第三十六話 タチが悪いということは?
翌日、鉱石に詳しいジェットと地質学に詳しいフラウを連れて再び洞窟前にやって来た。
陛下に提出する報告書に足りない、その洞窟の地質学的観点と鉱物資源的観点からの意見をまとめるのにこの二人を貸して欲しいというフリード様の依頼からだ。
流石はあのヘンリーを上手く扱うだけあってフリード様はこの二人の変人ぶりにも動じなかった。珍しいものを発見したと思えば欲望のままに走り出し、洞窟の壁面に取り付き、意見を交わす様はなかなかに病気だ。
ジェットに似ていると聞いていたので驚きはしなかったが、今朝その話を持ち込まれた時、この二人はすぐさま自分の部屋に駆け込んで、大きなマイピッケルを担いで戻って来た。そしていつ出発するのだと、私達の朝食が終わらぬ内から騒ぎ立てたのだ。
まあいいや。
ヤル気があるのは悪いことではない。
この手の人種には既に慣れた。
とはいえ慣れたからといって進んで相手にしたいわけでもないのだけれど。
洞窟を結界で塞いでいるのはウチの領地、つまり国境の真下と思わしき場所、別荘からそこそこの大きさの小山二つ分ほど越えたあたり。
直線ではないのであくまでも目安、アバウトなわけだが、小さな羽虫や小動物が入り込んでいるようなので空気が抜ける穴は存在しているのだと思う。
そういうわけで今日は三人ほどの警備に薪を背負わせてそれらを発見するために、ついでに燻す準備も万全。細かい目の網も用意してあるので出来れば小型の生物の洞窟侵入をできる限りブロック出来たらいいなあと考えているわけだが。
洞窟自体の危険が少ないことは既に調査済みなのでイシュカとライオネルは本日は山の外で待機、煙が漏れ出たところの場所を特定するための調査隊の指揮を取っているので本日はガイとケイが護衛に付いてくれている。そしてここ数日間大活躍だったポチも一緒だ。
どこぞの貴族が買い上げて、アレキサンドライトが採掘出来ないかと探し回っただけあってカネ目の資源はあまり無さそうだがフラウの話では残る地層の断面などから太古の昔はこの辺りは海の底だったのではないかという。
温泉が湧き出ているのだ。この辺りの火山が噴火を繰り返した結果、ここまでになったと聞いても別段驚くほどでもないが、その話からすれば岩塩が取れるのかもしれない。ならばウチの商会で需要が高いそれが採れるのは実にありがたい。
是非とも更に掘って調べたいと二人は言ったが、まずは国の調査団が入ってからにしてくれとフリード様と二人で念押しする。
ウチの変人達は暴走すると何をやるかわかったものじゃない。懲りてもらうためにも彼等には相応の罰なり減給なりを課しているわけだがあまり功を奏していない。
夢中になると周囲に対する気遣い、その他が一切抜け落ちるせいなのだろうとは思うけど、だからって全て許していてはキリもない。とにかく、その後ならジュリアスの許可を取れば自己責任で掘ってくれと。但し、何か見つかったのなら必ず報告も忘れてはいけないからねとも伝える。
ここはあくまでも私の領地であり私有地なのだからと。
二人は当然とばかりに首を縦に振り、ハルウェルト商会を敵に回すつもりはない。好きなことが存分に出来て安心して趣味に勤しみ、更には給金までもらえるこの就職先をクビになるつもりはないので安心してくれという。
人間、満たされていれば悪いことはあまりしないものだ。
現状では足りないと感じればこそ、それを手にするために罪を犯すことも出てくるわけで、そういう意味ではウチの従業員達はのびのびと仕事をしてくれているので非常にありがたい限り。
一部暴走気味のメンツもいるが、ここには頼もしい管理人であるバード達がいる。
リステル達も彼らの子供達と上手くやってくれているようで、進んで洗濯や薪割り、寮の食堂の皿洗いなどの手伝いを申し出てくれる彼らはとても助かっているので問題ない、屋敷に戻る予定の明後日早朝まで面倒見てくれるという。
おそらくバード達を見て育っているおかげでその子供達も素晴らしい父親達に似たのだろう。
是非ともこのまま成長して、ウチの隔離病と・・・ではなく、商業棟従業員寮の管理人になってほしいものだ。
そうなればマルビス達の苦労も少しは減らせるだろう。
ジェットとフラウは報告書を提出するのに必要なフリード様の質問その他に答えつつ、ケイがその仔細を書き留めてくれている。サキアス叔父さん達が作ってくれた地図とライオネルが付けた印もあるから集落までの道に迷うこともないだろう。それでなくてもイシュカとガイが手を加えた如何にも怪しさ満点の道はある意味最強の道標になっている。
私はといえば。
昨日、今まで隠していたことを一気に吐露したせいか気分はスッキリしている。
私は私、過去がどうであれ自分達の知っているハルトに変わりはない、なんの戸惑いも躊躇もなく断言してくれるのは嬉しかった。
それを思い出して思わず微笑むと私を見たガイと目があった。
どうやら私の百面相を眺めていたらしい。
本当にガイのこういうところは趣味が悪い。
いや、私を選んでいる時点でそういうところも、というべきか。
なんとなく悔しくて、そっとその腕をつねってやろうかと伸ばした手はするりと避けられ、少しだけムッと顔を顰めた瞬間、その手を握られ慌てた。
今まで荷物のように担がれたり、脇に抱えられることはあった。
でもガイと手を繋いで歩いたことはなかったから。
その繋いだ手を凝視していると婀娜っぽい瞳で微笑まれ、ガイは歩みを止めることなく手を握ったまま歩き出す。
ここ数日、色々ありすぎてすっかり忘れていたけど、あの集落でガイが叫んだ言葉。
『惚れてるんだぞっ、心配に決まってるだろうっ』と。
ガイはあんまりそういう直接的な言葉を口に出さない。
でも大切にされてることは伝わっていたから気にしたことはなかったけど。
ガイが私と婚約したのは名前を捨てたかったから。
最初はそうだったはずなのに。
自覚したのは最近だって言ってた。
色々と聞いてみたいような気がしないでもないけれど、ガイはきっと教えてくれないだろうなって思う。
マルビスやロイ、イシュカと違って照れ屋だし。
あの三人は多分私が止めるまで滔々と喜んで何時間でも美辞麗句を並べ立て、それを語りだしそうで、ガイとは別の意味で聞きにくい。
前世の彼氏や恋人、旦那がいる友人達は触れればわかるよって言ってたっけ。
触れる肌から伝わる体温で感じるものがあるんだって。
そういう経験が皆無の私は理解不可能だったけど。
でも、心が折れそうな時、励ますように肩に触れるロイの手や、疲れた時に抱き上げてくれる時に感じるイシュカの胸板から伝わる鼓動、悩んでいる時そっと添えられるマルビスの掌、落ち込んだ時に後ろから抱きしめるように回されるテスラの腕、こうしてガイに引っ張られるように繋いだ手からも確かに伝わる気持ちがある。
大切な人ができて初めて知ったその温もりが与えてくれる幸せ。
照れ臭くて振りほどきたいような、でも離したくない、離してほしくない。
女だった前世では壊滅的に男にモテなかったのに。
だけど笑われても、馬鹿にされても、傲慢だって罵られても私は今のままがいい。
私はみんなが大好きだから。
「ねえ、ガイ」
なんの迷いも衒いもなく繋がれる手。
ロイやイシュカ達は出会った頃から子供の手を引くように繋いでいたので今更だけど。
「ガイって絶対女の人にモテるでしょう?」
こういうことがさりげなくできる男の人って遊び人のイメージだ。
「ああ、まあな」
私がそう問いかけるとアッサリとそれは肯定される。
「そこはそうでもないぜって言うところじゃないの?」
「嘘を吐く必要性を感じないからな」
言ってる意味はわからないでもないけれど、女性に興味のなかったイシュカやテスラ、フラレ男だったマルビス、恋愛に臆病だったというロイ。
みんなと比べるとやっぱりガイは明らかに女慣れしてると思うのだ。
だからこそ私はガイに余所に女を作るなら隠して騙し通してくれって頼んだ。
なんとなく釈然としない気持ちで繋いだ手をジッと見ているとガイがそれに気付いて笑った。
「まあ、でも本当にモテるかっていう微妙なところだろうな」
ロイの上品な香る色気とは逆の艶めく匂い立つ色気は間違いなく経験豊富なモテる男の証だと思うのだ。
「どういう意味?」
「女もスリルを味わいたいヤツがそれなりにいるってことさ」
スリル?
要するにドキドキ感を味わいたいってこと?
怖いとわかっていても入りたくなるお化け屋敷とか、高い場所から落下するフリーホールみたいな感じってことかな。
そういえばウェルトランドのジップラインも最初は恐る恐る乗ってる人や、その滑り落ちるスピード感に着いた対岸で白目を剥いてる人もいたっけ。だけど何度も挑戦するごとにその爽快感にやみつきになった人も多い。
それとも非日常的な、イケナイって思うからこそのドキドキみたいな?
確かにガイはビジュアル的にも危険な男感があるけど。
「俺は火遊び的な恋愛相手には選ばれても、マトモな神経してる女なら普通結婚相手に選ばねえよ。女は男みたいに恋愛感情だけで突っ走るヤツばっかじゃねえからな。結構計算高い。
最終的にはイイ男よりマルビスみたいな良い亭主になりそうな男を選ぶ女が多い」
それはあるかも。
スリルある毎日もいつかは飽きる。
ホッと安心させてくれる男の人は側にいて居心地が良い。
「将来のことまで考えてるって言った方が正しいのかもしれんが、恋愛において結婚ってのは男には通過点でも女は新しい生活のスタートって考えるヤツが多いだろ?
不安を抱えたままそれに踏み出せる女はそう多くはないだろうぜ」
成程、そういう意味か。
わからなくもない。
男は惚れた女を自分の女房に迎え入れて家族を増やす、どちらかといえば日常生活の延長。女は結婚した相手の家に入って新しい生活環境が始まる。結婚したからといって庶民はすぐに新しい家など買えない。まずは親との同居で生活資金を貯めて、やがて独立ということの方が多い。
要するに女性は相手の家に入る覚悟がいるのだ。
だから自分を大事にしてくれる男を選ぶ。そういうことだろう。
それにモテる男は憧れても実際付き合うとなると別だって女性も多い。
アレは眺めて幸せに浸るものだと。
隣に並ぶ度胸と自信があれば別だけど、多くの女性は何かしらのコンプレックスを抱えてる。
モテ過ぎる男は捕まえておくのにも苦労する。
誘惑が多いイケメンは浮気されるのではと考えて不安になるのだ。
だから男の詐欺師にはとびきりの美男子は少ないんだって話を聞いたことがある。
イイ男すぎると女の人が騙されてるんじゃないかって疑うし、この人には私しかいないって思わせるのはハンサムでは難しい。
「言えてるかも」
私の婚約者達はみんなイケメン。
多分、前世の私なら特にガイは遠巻きに眺めても絶対近づかないタイプだ。
「男は基本的に狩猟民族なんだろ。
オトすまでは必死に追い掛けてもオトした女には急に態度を変えたり、興味無くなったりするヤツもそれなりにいる。浮気するってのは大抵そういう本能が強い男なんじゃねえの?
良妻賢母よりもそういうヤツには、むしろ悪女の方が長続きするかもな」
ガイの言うことにも一理ある。
だからといって浮気を正当化するのは違うけど。
私が複雑な顔をしているとガイは続けた。
「俺みたいな男は安心させちゃいけないのさ。
追い掛けても追い掛けても自分のモノになったと思えなけりゃムキになって追い掛ける。そういう男は不安にさせとくぐらいが丁度いいんだと思うぜ。
まあコレは男の勝手な言い草だけどな」
なんとなくガイの言いたいことがわかった。
だから本能で動く子供の頃、男の子は車や電車、虫など動く物に興味を持ち、女の子は花やぬいぐるみなどに愛着を示すケースが多いんだって聞いてことがある。
結局人間も動物、組み込まれてるDNAには逆らえないのかな。
それも生活環境や成長とともに多種多様になってくるのだろうけれど、そう考えるとそういう男の人って子供のままな部分が大きいってことなのかなあ。
でもそうなると私の場合はどうなのだ?
男で今回生まれたわけだけど、中身は女(男よりも男らしいと言われていた分際でそう言って良いのかどうかは定かじゃないが)、拒否反応を示されるかとも思ってたのにアッサリ受け入れられて、むしろ納得したとさえ言われた。
自分の行動が少々(?)おかしな自覚はあった。
男でありながら女の意識もあるわけで、だからこそ奇異に思われていた行動がある意味その証拠みたいになってたわけで。
今思えばかなり奇々怪々な行動だったんだろうなあ。
同性婚は認められて、多少変わった性癖にも寛容なところはあるけれど基本は男は男らしく、女は女らしくが主流の考え方だ。男らしいのに実家の母親みたいなところがあるって、そう言えば連隊長に言われたこともあったっけ。
私は女性は女性として扱われることで女らしくなるところがあると思っているわけだが女は結婚して子供を産むと女でいることより母親でいることに時間を取られて忙しくなり、時間に余裕が無くなれば無くなるほど『女らしさ』が犠牲になりがちだ。
綺麗な格好で、綺麗に化粧していては子供の世話が出来ないのだと、美人で学生時代モテていた学友は一気に老けていたっけ。綺麗なままでいるには本人の努力だけではどうにもならないことも多いって。化粧するのにも時間とお金が掛かるし、新しい服を買うのにもお金がかかる、旦那の理解と協力がいる。いいなと思った服の値段を見て独身時代には買えた服も購入することを躊躇する。
まずは子供が優先と言い聞かせて。
だけど『妻』ではなく『母』になっていく妻に恋愛感情が持てなくなる男もいたっけ。
「うん。まあわかるよ、その言い分を認められるかどうかは別だけど。
女次第で男は変わるし、それは女性も一緒で男次第で女も変わる。比率は違えどそういう喧嘩や揉め事は両方に原因があることが多いもんね。
男の言い訳ばかり聞いてても、女の言い分だけ聞いててもお互い相手が悪いって大抵責め立てるもん。
理想と現実は違うよね」
かといって現実ばかりに囚われて夢を見れなくなったら人生味気ないし、夢だけじゃお腹は膨れない。その匙加減が難しいんじゃないかなって思う。
夢を追いかけてる男の人ってカッコ良く見えるけど、それを支える女性は苦労することも多いし、家族が犠牲になることもある。
夢は叶わないからこその夢だって言う人もいる。
小さな夢で満足していられる人ばかりじゃないし、その小さな夢が叶えば、今度はもっと、もっとって、それで満足できなくて先を目指す人が多い。
途中で満足して引き際を見極められる人ばかりじゃない。
成功し続けられる人間はほんの一握りだ。
そういう意味では私は多分ハタから見れば成功し続けてる側の人間に見えてるんだろうなって思う。
だけど、私が最初に願ったのはほんの小さな幸せだった。
「それに、タチの悪いのがいるのも男だけの話じゃないしね」
サキアス叔父さんの弟も以前その手の女に引っ掛かったわけだし、今は立ち直って、平民だけどウチのもと従業員の可愛い女の子と結婚して、既に子供もいる。メイベック叔父さんとこが管理している鶏舎で卵を買付、引取について行った女の子に一目惚れしたメイベック叔父さんが一生懸命口説き落としたのだ。
ウチには綺麗な娘多いからね、無理もない。
タチの悪い女に懲りているメイベック叔父さんはきっとその子を大事にしてくれるだろう。
ガイはしみじみと語っていた私をジッと見て宣った。
「そういう意味ではウチの御主人様はとびっきりタチが悪いよな?」
なんですとっ⁉︎
この私がタチが悪い?
それは私に男の人や女の人を惑わす色香がとうとう発現したということかっ!
だとしたらメデタイ・・・いやいや、コレは褒められているわけではないだろう。
焦るな、焦るな。
喜ぶのはコトの真偽がハッキリしてから。
「それってどういう意味?」
私が恐る恐る尋ねるとガイが口を開く。
「追い掛けても追い掛けても俺だけのモノにはならなさそうだろ?
なのに諦めたくねえ、諦めるって選択肢を選びたくねえって思うほどに俺らに夢中に追い掛けさせる。
コレがタチが悪いんじゃなけりゃあ他になんて言うんだ?」
・・・まあ確かに。
結局六人も抱え込んでる時点でそれを否定できるはずもなく、私はグッと詰まる。
「多分そういう意味では俺もアイツらもタチ悪い男なんだろうよ。
お互い様だ。
常に追い掛けていたいってタイプの男だからこそ御主人様を選んだんじゃねえの?
追い掛けていたいんだから、御主人様はこれからも俺らを不安にさせて、振り回して、追い掛けさせときゃあいいんだよ。
俺らはそれが楽しいんだから」
それってどうゆうこと?
私もタチが悪いがロイやマルビス、イシュカにテスラ、ガイもみんなタチが悪いってことでいいのかな?
レインはどうなんだろう?
私がフッてもフッても諦めなかった時点でもしかしたらタチ悪いのかも?
だけど、それって、
「要するに、今までもこれからも変わらないってことさ」
そう言ってガイはニカッと歯を見せて笑った。
それは私にとって最高ということだ。
ならばいつまでも追い掛けたいと思ってもらえるような私でいたいと思うのだ。
フリード様やジェット達の後ろ姿を眺めながら私はガイと手を繋いだままで、そんなことを考えていた。




