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閑話 マルビス・レナスの独白


 彼の方には何か大きな秘密がある。


 それはなんとなく、お側にお仕えしている者は皆、気づいていた。

 だがお会いした時から少しも変わらぬその生き様。


 魅せられていた。

 親子と言っても差し支えないほど歳の離れた彼の方に。

 隠されている秘密など、どうでも良いと思えるほどには。

 信頼されていることはわかっている。

 誰にでも他人(ひと)に言えないことの一つ二つはあるものだ。

 私達に話されないのは何か理由があるのだろうと。

 豪気でありながら、その組まれる戦略の用意周到さ。

 少女のような外見に似合わず大胆不敵。


 そんな世間一般の評価とは裏腹に彼の方は臆病で繊細な一面がある。

 勧善懲悪、正義の味方の如く庶民には語られていても、その実、清濁合わせ飲むような大人の顔を見せる二面性。

 その姿はまさしく人の上に立つべき王の器。

 なのに親しい者が傷つき、離れていくことを何よりも恐れ、私達を守るためならば自ら危険な最前線へ立つことも厭わない。

 雄々しくも凛々しい姿は見る者の目を惹きつけて離さない。


 いったい何人が気づいているだろう。

 その裏側にある焦燥感にも似た彼の方の怯えを。

 乾いた砂地に吸い込まれるような水の如き飢餓感を。

 彼の方は酷くチグハグだ。

 だからこそ私達は目を離すことも出来ず、そのお側で支えたいと願うのだ。


 完璧でないからこそ惹きつけられる。

 自分が必要だと思わせて下さるからこそついて行きたくなる。

 本当にタチが悪いと、そう思うのだ。 

 それでも。

 そう思っていても離れられない理由。


 私は恋をしているのだ。


 初めて出逢ったあの日から、ずっと。

 幼い頃から変わらぬ、凛と真っ直ぐ前を見据えるあの瞳に。


 

 様々な事件や問題を乗り越えて、三年前、旧ベラスミ領を陛下から賜って、私達のハルウェルト商会は拡大の一途を辿っていた。

 デキャルト領への支援をハルト様がお決めになってから、更に多忙を極める毎日が訪れることとなった。今までの観光娯楽産業に加えて各領地との取引、支援が始まったからだ。

 内密に陛下からお呼び出しを受けられた時からそんな予感はしていた。

 ガイにしては妙にもってまわったような言い方。


 何かが起きる。

 それは確信めいた、何かが変わる予感だった。


 今までの過去のことを鑑みれば、おのずと陛下の狙いも読めてくる。

 陛下はおそらくハルト様を次代の国王陛下、フィガロスティア殿下の近衛連隊長か財務大臣、いや違う。もっと身近に置くことのできる重席、宰相あたりにと考えているのだ。

 ことあるごとに次期国王陛下たるフィガロスティア第一殿下との交友関係を強調するかのような発言、人員の配置。それは団長とリディがハルト様を騎士団内別邸までお連れ下さり、翌日やってきた前外務大臣シューゼルト様がみえた時、口にこそ出さなかったがそれは確信に変わった。


 次々と商会に送り込まれるハルト様の不在を守れる、厳選された人物。

 ハルト様が八歳の誕生日を持って与えられた領地とその民は、おそらく、ハルト様以外の領主を置けば問題が起きかねない場所だ。

 本人に自覚こそ無いがハルト様はあの地に於いて最早英雄。

 いや、伝説と言ってもいい。

 民を魔獣に脅威から幾度も救い、雪解けの水害から守るための運河を建設し、土地が栄えるための産業を起こし、民が日々の糧を得るための仕事を与え、生活を、その他諸々の生活環境を変えた。ベラスミ帝国が何代も、何百年と掛かっても成し遂げられなかった偉業を僅か三年ほどの年月で実現してみせたのだ。

 他の貴族が領主がその任についたとしても民から比較され、不満が出る。だがハルト様であれば歓迎されるのは間違いない。かといってハルト様をその領主に就ければ領地を簡単に長期間空けられなくなる。

 ましてあの地は辺境、魔獣の危険大と言われる地域、国境に接しているのだ。

 並大抵の武力、政策では対応できない。

 運営が軌道に乗るまでは資金も赤字になりかねない。

 そうなれば軍事力、財力、名声、それらの揃ったハルト様に白羽の矢が立つのも当然。

 そこで派遣された貴族にも顔が利き、影響力を持つシューゼルト様。そしてグラスフィートの当主が御長男のアルフォメア様に代わり、落ち着き次第領地を管理、運営を担当できる旦那様をここに配することで解決。

 これだけの人物が揃えば、領主たるハルト様がある程度の長期間屋敷を留守にされたとしても全く問題はないだろう。経営についてなら我がハルウェルト商会が全面的にサポート出来るのだ。

 つまりは将来を見据え、綿密に練られた計画、この人員配備。

 おそらく足りないと思われる人材であれば更に送り込んでくるだろう。既に、ではなく将来有望と思われる伸び代を期待される者を。ウチに送り込んで来たのはシュゼット他、数名以外、ほぼそういう者達だ。陛下は彼等を私達に『有望』から『有能』に育てさせるつもりなのだ。

 御子息、フィガロスティア殿下の将来の治世の力とするために。

 流石はガイに腹黒いと言わせるだけのことはある。

 アンディの失態は予想外であっただろうに咄嗟にこれだけの手を打ってこられるあたりが名君と国民達に言わしめるだけの人物であるということなのだろう。


 しかしながら、それはこちらにとって都合が良いことも間違いなかった。

 兎角有力貴族に敵が多いハルト様の新しい味方。

 シューゼルト様こと、シュゼットの影響力はハルト様に足りない力となる。

 陛下に少々踊らされた感は拭えないものの歓迎すべきこの人材は、更にハルト様の名を国内外に知らしめることとなった。

 竹林による砂防の構築、魔法を用いない濾過設備の考案による技術革新、貯水池による灌漑設備とビニールハウスを用いた農業革命。いや、畜産業においても新たな可能性を提示して今やその畜産業の経営形態はアレキサンドリア領の頭文字を取ってアレク式とも呼ばれている。

 経営の厳しい領地と結ぶ、新たなリース契約という方式により、資金繰りの厳しいところでも手が出しやすい環境を整え、次々と改革、革命を起こしていく。


 過去にも改革をなされた方がいないでもない。

 だが貴族の方々は往々にしてまずは自分の足下、国の上層部から変えようとなされることが殆ど。その効果は平民にまで届くことなく、途中で消えることも多かった。

 だがハルト様が変えるのは、いつも庶民の暮らしから。

 上に立つのではなく、その中に入っていくことでその効果を最大限に発揮する。

 あくまでも庶民感覚だ。

 あるはずの貴族と平民の間の高い垣根を感じない。

 屈託なく笑い、油断なく綿密に組まれる計画。

 多くの知識と知恵を詰め込んだその頭の中は、いったいどのくらい先まで見通されているのか。

 私達と違う、この世界と感覚がまるで違う錯覚に陥るのだ。

 天才は時に常人とまるで違う考え方をする。

 だが彼の方はいつだってそんな自分を『天才ではない』という。

 その理由がわからなかった。

 驕ることなく強かで、繊細でありながら大胆不敵。

 それ故、彼の方の人物像は人によってかなり異なる。

 

 無理もない。

 お側に置いて頂いている私達ですら掴み難い御人柄。

 少年の顔をした大人。

 大人顔負けの知恵と実力を兼ね備える恐るべき子供。

 王都の貴族達が言う『魔王』という言葉は案外的を得ていると思う。

 ある種の人間にとってはハルト様は恐怖の対象だ。

 裁きの(つるぎ)を持った御使(みつかい)とでもいうべきか。

 その姿は敵対する者を震え上がらせる。

 

 私がなりたいのはイイ男であって良い人じゃない。

 ハルト様がよく口になされるその言葉に相応しく、時折背筋がゾクリとするほど冷徹になる。

 これが上に立つ者の資質というものかと感じるのだ。

 甘いだけではナメられる。

 それを彼の方はよくおわかりになっているのだ。

 だからこそリース契約が成立するのだと私は思っている。

 味方ならば支援する、敵ならば容赦なく叩く。

 そのどちらでもなければ一切の関心を持たない。

 このスタンスがあるからこそリース契約を結んだ領主、大地主達はハルト様を裏切れない。商業班の幹部達からは不安と反対の意見も上がったが私は商業契約書も必要ないと主張した。その設備が持ち出すことができないものである以前に、ある意味ハルト様の存在こそ、その契約の鎖であり要なのだ。


 だから私は告げた。

 ハルト様は敵には容赦無く鉄槌を下す。

 万が一、裏切る者が出てきたとしても、その行く末を見せつける方が効果的だと。

 徹底した設備管理の名のもとに敷かれる管理、監視体制とハルウェルト商会で大量消費される食料品の確保まで考えられた当方の赤字から始まるこのリース契約という仕組みは、半年も経たずに商業班幹部達の反対意見を覆した。

 苦労していた大量の食料確保が容易になったばかりか余裕も出来て新しい事業展開も格段にやりやすくなる。今まで取引に難航していた領地とも契約、取引、納品がしやすくなったのだ。そうして各領地の食糧生産が上がり、経営が苦しかった地方領主達はみるみる間に力をつけ始め、ハルト様の味方が次第に増えていく。


 『今日の敵は明日の友』だと、ハルト様が笑ってそう言っていたのを思い出す。

 敵を排除する最善の手段は味方につけること。

 仲良くした方が得だと思わせればこちらの勝ちなのだと。

 その言葉を借りるならハルト様の勝率は圧倒的だ。

 損を取って得を得る、回りくどいようでも心強い味方が増えるなら多少の損失くらいすぐにカバーできるとハルト様は言う。これにより商業班幹部達のハルト様への信頼、忠誠は益々高まって、『本当にここはハルスウェルト教信者の聖地だな』と、そうガイが笑った。


 次から次へと打ち出される対策、新しい娯楽施設の提案。

 ビニールハウス事業が軌道に乗ると、すぐに次の手が打たれた。

 グラスフィート領でのビニールハウスを使った植物園だ。

 それだけでは集客力が弱いからと温室栽培によって作られた新鮮な南国フルーツをふんだんに使ったフルーツパフェやタルト、プリンアラモードにサンドイッチ、果物の甘さを利用して作られた芳醇な香りのフルーツティ。その他諸々の甘い果実を使ったデザート菓子は客を何度もその地に運ばせる。

 しかも集客しやすいようにと選んだ場所はグラスフィート港のすぐ近く。更には宿屋も完備して観光客の足をそこで止め、更には近場のウェルトランドと植物園のペアチケットを割引で販売し、お得感を演出。相次ぐ観光スポットの設立で客足が落ち着き始めたウェルトランドへと直通馬車を繋ぎ、誘う。それだけでも充分だと思うのに、更にはミゲル様を中心として営業企画部を立ち上げ、季節ごとの客を飽きさせないためのイベント企画を提案、実行する。


 いったいどれだけの手を打てばこの人は満足するのか。

 私はこれでもそれなりに腕利き商人だと思っていたのだが、ハルト様を見ているとその自信が揺らぎそうになる。

 それを口にすれば、『私がマルビスに敵うわけないでしょう』と。

 どこからその自信の無さが来ているのか私には甚だ疑問だ。

 自分には私のように客が欲しいと思っているものを先んじて用意することはできないからこそ客に欲しいと思ってもらえるものを用意するのだと。自分の考えた商品は私みたいな売る人間あってこそ売れるのだと。

 成程、聞けば納得の理由だ。

 足を運んででも客の欲しいと思わせる魅力的な商品を作ろうとするハルト様と、ある商品の中から客が欲しいと思うものを先んじて用意しようとする私。つまり、ハルト様がいらっしゃることで私の用意できる商品に幅が広がり、私がいることでハルト様の商品を望む客に届けることができる。

 私達は商売に於いて一緒にいることで無類の強さを発揮するのだ。


 やはりハルト様との出会いは私の人生最大の幸運であり、最早運命だろう。


 恋していたのはその才能。

 初めて会った時に抱いた敬愛は親愛に、親愛は情愛へとハルト様がより美しく成長されるに連れて形を変えていく。

 なのに彼の方にはその自覚がない。

 その容姿を褒めると、『ありがとう、御世辞でも嬉しいよ』と言うのだ。

 御世辞などではない。

 本当に綺麗なのだ。

 確かに顔立ちは男らしいとは言い難い。目を閉じれば大人になりきってないその(かんばせ)はまるで少女のようだ。ただシャープなラインを描く頬がかろうじてそれを否定している。そして瞼を開ければ凛と強い光を宿すその瞳がハルト様が決して女性ではないと語り出すのだ。

 眠る姿は少女と見間違うばかりに麗しいのに、目を開けばどこから見ても男の子。勿論、お美しいのだが顔立ちが、というのではなくてその佇まいが人を惹き寄せるのだ。

 あの潔いとも思える生き方が滲み出ているのだろう。

 私は多少見られるようになったとはいえ凡人寄り。どうしたってロイやイシュカ、ガイと比べれば見劣りする。テスラに至っては身なりさえキチンと整えれば規格外の美貌だ。

 そこに並べばどうしたって私は埋もれがち。

 だからこそ必要以上に服装に気を遣う。

 そんな私をハルト様はいつもマルビスはお洒落で素敵だよねと褒めて下さるのだ。

 調子にも乗りたくもなる。

 だから私は朝の支度にはいつも気合を入れている。

 ハルト様にお洒落で素敵だと思って頂きたいからだ。


 そんな見栄を張ってどうする?

 疲れるだけだろうって?


 それは違う。

 商人の私にとって装いはイシュカ達の鎧や防具と一緒。

 戦闘服なのだ。

 野暮ったい格好の商人から流行のものを勧められても説得力がない、買う気にもならないだろう。だからこそ太っていた頃から服装、小物だけには気を遣っていた。華美過ぎず、地味過ぎず、流行も取り入れつつセンス良く。

 身嗜みは私の仕事の一部なのだ。

 ただ少しだけハルト様好みに偏っているのは否めないけれど、それくらいは許されるだろう。

 お慕いしている御方にはカッコイイと思われたいのが男心というものだ。


 毎日のようにその御姿は拝見している。

 いつだって見惚れてる。

 どんなに美男美女がその隣にいたとしても私にとってハルト様以上に美しいと思う人はいない。それを口にすると『ありがとう』と照れたように笑って、そして言うのだ。


 『それが欲目、贔屓目って言うんだよ?

 でもそれって愛されてこそのものだよね、だから嬉しいよ』と。


 それを言うなら私をお洒落で素敵だと言う貴方の目も大概節穴だと思うのだ。

 すると貴方は笑って返すのだ。


 『じゃあお互い様だね』と。


 その言葉は私を天にも昇る気持ちにさせてくれるのだ。

 私はハルト様にそう思って頂けるのなら他の誰に、いや、ハルト様以外の全員に不細工なデブと思われたって構わない。


 貴方は私を外見だけで判断しない。

 痩せる前からマルビスはイイ男だったよと、周囲の女性に見る目がなかっただけなのだと。だけど以前が不細工なデブだったからこそ、今、貴方の側に居られることを思えば、そんな昔さえ良い思い出に変わるのだから私も大概ゲンキンだ。

 似たもの同士だから上手くやっていけるのかなって、そんな言葉で私を喜ばせる。

 本当に貴方は天然のタラシだ。

 私を調子に乗らせる才能は天下一品、天才的だ。

 時折何か誤魔化すように話されるところが気になることは気になるが、私達に話さないということは私達が知らなくても良いことなのだろう。

 彼の方は私達に害が及ぶことまで黙っている方ではない。

 好きになったらその人の全てを知りたい?

 その気持は理解できないでもない。

 けれど、ひとつやふたつくらい知らないことがあったほうがミステリアスで良いというものだ。

 秘密というのはわからないからこそ暴きたくなる。

 だからこそ追い掛けたくなるものだ。

 ならばハルト様をこの先ずっと追いかけるつもりの私には知らないことがまだまだたくさんあるくらいの方がいい。


 それを一つ、また一つ知る度に、

 もっと、もっと貴方を好きになる。

 今よりもきっと夢中になる。 

 だから無理に暴くつもりはない。

 私は貴方に振り回されるのが楽しい。

 貴方と一緒にいると世界が極彩色に輝いて見える。

 薔薇色の世界とはこういうものかと私は貴方に教わった。

 だから今は知らなくてもいい。

 これからずっと一緒にいるのだ。

 貴方の伴侶として。

 少しずつ貴方を知っていけばいい。

 

 シュゼットとアンディ、更にはミゲル様も加えて益々向かうところ敵なし状態のハルト様だが、その周囲は相変わらずに騒がしい。陛下がその折々に送り込んで下さる人材も優秀で、ハルウェルト商会の事業展開はどんどんと広がっていく。

 メインの観光娯楽産業に加えて、農林畜産系の協力支援及び提携事業、直接仕入れ、買付交渉できる品数、取扱商品も増えた。最早諸外国でも我がハルウェルト商会の名は轟き、国内外問わず、有力者との繋がりも出来、ハルト様はそう簡単に手出しの出来る方では無くなってきている。その分闇に潜られるから厄介なのだとガイとケイが言っていたが、警護人員も強化されているし、アンディをトップとする諜報活動部も三人が選別しただけあって有能だ。キナ臭い情報も逸早く持ち帰ってくれるので対処も早く出来るようになった。

 ガイもケイも諜報員として有能だが、やはりシルベスタ王国内の全ての情報を二人で網羅、監視するのは難しい。人手がいればそれだけ早く対応出来るし、この二人を極力ハルト様のお側に置き、突発的なアクシデントにも素早く動けるようになったのはありがたい。

 ハルト様はその秘めた強さに似合わず無防備だ。

 しかしながら周辺のビニールハウス契約により力を付けてきた方々がハルト様のお人柄を理解して味方について頂けるようになったのも上々。

 なにせウチの主人(あるじ)様は貴族の方々の間ではその名も轟く魔王様。

 彼の方は基本的に他人のことまで干渉しない。

 というか、興味がない。

 関わってさえこなければ恐れることもないのだが、貴族の(ああいう)方々は大抵自分の都合の悪いことは口になされない。結果、悪名の如く知れ渡っているだけなのだが、きちんと調査して彼の方の人となりを見ればすぐにわかる。

 学院の講義で忙しいであろう予定の合間をぬって、ビニールハウス契約、設置時には殆ど同席なさり、その土壌にあった農作物の提案や、設置場所における問題点、その解決策まで直接自分の目で見て考え、改善、助言、提案する。

 それも上から目線ではなく、専門家達の意見を聞きつつ対等の立場から笑顔で対応なされるのだ。


 どこに恐れる要素があるというのか。

 誠実な対応、堅実な経営をなされているならば怖れる必要など何処にもない。

 そうして接しているうちにいつものタラシぶりを無意識に発揮され、そして日々崇拝者を、『ハルスウェルト教信者』を増産していく。

 

 全く困った御方だ。

 どうかこれ以上恋敵(ライバル)を増やさないでくれと叫んでしまいたい。

 そう言えば『そんなに私はモテないよ』と言う。

 私達には熱烈にモテているでしょうと言えば私達が物好きなだけだと。

 自覚がないにも程がある。



 そして陛下と約束した学院での四年限定の講師業もとうとう終わり、やっと商会オーナー業務に専念出来ると思った矢先のルストウェルでの魔獣討伐応援要請に出掛けて行ったかと思えばとんでもないウォーグ(もの)を連れ帰ってくる。

 本当にこの方は規格外だ。

 しかもその魔獣(ウォーグ)まで見事にタラシ込む始末。

 まさにここに極まれりといったところだ。

 もう乾いた笑いしか出てこない。

 またテスラと面白そうな提案をしてきたことだし、お金持ちの方々からのボッタクリ営業の案件も気になる。

 退屈と暇とは無縁の無縁のこの生活。

 私は私なりに楽しんでいるし、ハルト様のお側に居られるこの状況は至上の贅沢だと思っている。

 多くの者が望み、それでも限られた者にしか与えられないこの場所。

 たまらない優越感だ。

 甘えて下さるとつい緩む表情に、時折ゲイルにコソッと耳もとで、『マルビス様、顔を戻して下さい。崩れてますよ』と、指摘される。

 威厳もガタ落ちしそうな顔をしているということだろう。

 私が、いや、私達が彼の方にベタ惚れなのは周知の事実。

 今更だ。

 

 そうして様々なことが落ち着いて、ハルト様にもやっとそういう意味で意識して頂けるようになり、レイン様も新たに婚約者に加えたところで、やっと取れた休暇。

 久しぶりにやって来たルストウェル。

 やはりここでも暇とは無縁のハルト様のもとには事件が舞い込んだ。

 新たに発見された洞窟。

 今までとは違い、人の手の入っていると思われるそれの調査に三日間お出掛けになるという。とりあえず危険な空気は感じないと偵察に行ったガイが言うので、対処に困るような危険があれば出直すつもりということで安心して送り出した。


 ところが、だ。

 どこまでいっても厄介事を引きつける体質は健在のようで、結局、三体のグリズリーの素材を手土産に、いつもの調子でお人好しモードを発動し、五人の子供を連れ帰って来たのだ。

 それもベラスミ帝国建国以前からの先住民族の生き残り。

 話す言葉は以前オーディランスの秘境とも言われている集落で聞いた言葉。それ自体は特に驚くこともない。


 吃驚したのはハルト様がその言葉を理解していたこと。


 取引先や交流のある諸外国の言葉、シルベスタに併合される前の古い国の言葉であるユニシス文字や古代語ならまだ解る。

 そういった書物がそれなりに出回っているからだ。

 ハルト様が博学で語学にも堪能なのは周知されている。

 だが、この言葉を知っている者はかなり稀だ。

 書物自体出回っていない、おそらくもうすぐ歴史から消えるであろう言語。

 何故ハルト様が御存じなのか。

 あそこの村にハルト様は行ったことはない。

 ウチの従業員の中にもあの地方出身の者はいなかったはず。ハルウェルト商会が巨大とはいえ、それはシルベスタ国内での話。取引はあっても国外拠点はまだ持っていない。

 知り得るはずがないのだ。

 

 それは何故なのか。

 おそらく隠されている秘密にあるのはハルト様の表情を見れば判る。

 いつもハッキリと口にされる言葉も言い淀み、微かに震えている肩。

 明らかに怯えてる。

 ビクついているなんてハルト様らしくない。

 そんなに知られたくないのか?

 いつもなら美味しそうに口いっぱいにほうばるロイの料理もどこか気もそぞろ、食も進んでいない。

 

 ハルト様のことなら何でも知りたい。

 だけどそれは無理に暴きたいというわけではない。

 そう伝えるとハルト様はきゅっと唇を噛み締め、神妙な顔付きで話し始めた。

 自分が何故か産まれた時から全ての言語が理解できたこと、生まれる前に事故で亡くなり、気がついたら旦那様の子供として産まれていたこと。


 世の中には私達が理解できない、不思議なことが起こることもある。驚きはしたが、それがハルト様であるなら尚更嫌悪するほどでもない。

 ただ前世の記憶があることを既にテスラが既に知っていたことには些かムッとしたが、それはハルト様に、ではなく、一人だけ先にハルト様の秘密を知って、それを隠し、優越感に浸り、コソコソと二人仲良く語らっていたことにだ。


『そりゃあそうだろう。ライバルを出し抜くチャンスなんだから。 お前らだって、同じ立場に立ったら俺と同じことをするだろう?』

 テスラはしたり顔でそう言った。


 ええ、そうですね。

 その通りですよ。

 恋敵(ライバル)を出し抜くチャンス、逃すわけがないでしょう。

 それを言われると返す言葉がない。

 だが言語読解能力と前世が女性であったことまでは知らなかったらしい。

 それは本当に知ってまだ間もないということだ。

 私はその事実に少しだけホッとする。

 ただでさえ私は他の五人の婚約者に比べると加点要素が少ない。

 いくら独り占めできるような御方ではない、末席でも構わないと思っていても、できるならより愛されたいと思うのは当然だろう。

 とりあえず私の最大の長所(ウリ)、仕事の出来る男としてアピールしなければ。そう思って今後の対策について切り出した。そしてキールが自分が下町育ちなのを利用しようと言い出し、成程、それは名案だと、早速至急でリステル達の教師を手配することにした。


 どんな時にも冷静に、自分の仕事を見極め、役割を果たす。

 それが重要だ。

 平静を失っては見えるはずのものも見えなくなる。

 ハルト様にお聞きした事実に驚いたことは驚いた。

 だが世界には解明できない摩訶不思議なことはいくらでもある。

 ハルト様に出会う前、私は仕事で世界中を旅していた。

 そんな中では理解を超えた現象に出会うことも何度かあった私にとっては『たかがその程度』のこと。

 一般の、普通に生活している者であるならば、確かに脅威の対象ともなり得るかもしれない。人は自分達の理解の及ばないものに対して怯え、排斥しようとすることもある。それは武力にしろ、知識、財力、その他の様々な力にしろ、自分達が敵わないと萎縮するからだ。そんな力の前では自分達など簡単に捻り潰されるのでは無いかという脅威がそういう感情を持たせるのだろう。

 アイゼンハウント団長がいい例だろう。

 彼の方は常人とかけ離れた、この国最強と言われている戦闘力をお持ちだが、団長を恐る庶民はいない。

 魔獣から自分達の生活を守ってくれる存在だと認識されているからだ。

 多少、それとは方向性も違うが、結局のところ最終的にはその人の持つ人間性に左右されることなのだと私は思うのだ。


 ハルト様がどんな力を持っていようと関係ない。

 私は、いや、私達はハルト様がどのような御方なのかをよく知っている。強く、優しく、おおらかで、でも寂しがり屋で甘えたがり。

 口では厳しいことを言いつつも、仕方ないという言葉を言い訳に困っている者に手を差し伸べる露悪的な性格。私は本当に優しい人間というのはハルト様のような方のことを言うのではないかと時々思うのだ。


 言葉だけなら優しいことなどいくらでも言える。

 その人のためを思って口に出される言葉は時に刃となってその者の心を抉るのだ。


 可哀相に、辛かったね、その気持ちわかるよ。


 犯罪者を糾弾してもその被害者にそんな言葉を決して口にしない。

 それは時に冷酷無慈悲に映るだろう。

 だが労りは言葉ではなく、態度に表れている。

 差し出される温かな毛布や食事、仕草、柔らかな笑顔。

 それはどんな言葉よりも優しく心の沁みるのだ。

 

 私達はそんなハルト様に何度も救われてきたのだ。

 生まれも、育ちも、生い立ちも関係ないと、その言動全てでそれを教えて下さった。


 前世では全然モテなかった?

 ならば今世ではたくさんの愛情を私が溺れるほどに注いで差し上げよう。

 誰よりも私達に愛されているのだと言葉で、行動で惜しみなく貴方に伝えよう。

 貴方の照れて、恥ずかしそうに微笑うその顔がたまらなく愛しいから、私の言葉は殊更に甘くなる。

 貴方の願うことならば何でも叶えたくなる。

 私は貴方の我儘に振り回されたい。


 貴方は私に必要とされる喜びを教えて下さった。

 だからこそ今度は私達が貴方に伝えよう。

 言葉だけではなく、自らの行動で。


 私が好きになったのは、

 今の、ありのままの貴方なのだから。

 前世など関係ない。


 貴方が貴方であること以上に、

 大事なことなど何もないのだと。



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