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第三十話 その道のりは焦らず、ゆっくりと。


 サキアス叔父さんとフリード様も離れた場所、民家寄りに場所を移して治療を続けてもらいつつ、手が空いた者は村の壊れた柵の修復と倒したグリズリーの素材を剥ぎの仕事を、そして討伐のための全ての準備が整ったところで必要人員を残して距離を取る。


 討伐は大人数で囲めば良いというものではない。

 人が密集すれば剣を振るうにも気をつけねばならなくなる。

 作戦が失敗した時、つまり肉弾戦のために更にその周囲をユニットを組んで待機だ。一頭ずつ確実に当たるためにまずは土属性持ちを二人少し離れた場所に配置、私は注ぎ込んだ水を凍らせた後、近くの大木の上に退避予定。ここから聖属性魔法で妨害、援護、支援担当だ。

 集められた大量の雪が傾斜をつけた穴から大量に火で溶かされ、放水される前に冷気で冷やされ、流し込まれる。

 重い筋肉は水に沈む。だからグリズリーはあまり泳ぎが得意ではない。更に魔素憑きとなれば更に硬化された身体は水に沈みがち。全く浮かないというわけではないが息をするのにも必死だ。暴れれば暴れるほど水を飲み、身体は重くなり、益々身動きが取れなくなっていく。そうして結界面ギリギリまで水が注ぎ込まれたところで私はそれに冷気を送り込み始める。

 このタイミングで暴れてくれるのは非常に都合が良い。

 だって冷えた水を自ら撹拌してくれてるのだ。水が凍り始める一歩手前まで水を冷やしたところで一気に冷気を流し込むと手元からピキピキと音を立てて水が凍結し始める。

 当然キンキンに冷やして差し上げましょう。

 むやみに暴れられても面倒ですから。

 もがいて大きく開けた口から入り込んだ水もしっかり凍りつき、身体の芯まで凍えるように。 

 そうして完全にグリズリー二頭を凍らせたところで仲間からワッと歓声が上がる。


「油断は禁物、みんな位置について。迫り上げるよ」

 

 そこには土まみれの氷の円錐体が現れた。

 中には組み合ったグリズリー二頭の姿が見える。

 但し、その太い氷の柱の色は綺麗な透明ではなかった。泥が入り混じり、我先に助かろうと水の中で暴れ回った結果だろう、鋭い爪で互いの身体を傷つけ、切り裂き、大量の血が流れたのか赤黒く染まり、酷く濁った色をしていた。

「これ、生きてるか?」

 そう言ったのはバイスだ。

「一応な、まあ結構な深手みたいだから弱っているのは確かだろうが、僅かに魔力が漏れ出てるぜ。

 それに手負いは必死になってくるからな。弱っていても要注意だ。

 御主人様はサッサと木の上に登れ、早くっ」

 ガイが叫ぶと同時にピシリッと氷に亀裂が走る。


「構えろっ」


 イシュカの怒号が響き、私は慌てて木をよじ登り、気配を消す。

 ガイみたいに完全にってわけにはいかないけど、ライオネルとバイスも背後から首を狙うために木陰に身を隠す。逆にイシュカとガイは私達の存在に目を向かせないように殺気のオーラを放っている。

 ところが、だ。

 ここで予想外の展開が起きた。

 グリズリー二頭が木の上にいる私に視線を向け、目が合ったのだ。

 

 なんでっ⁉︎

 疑問に思ったがすぐにその原因が判明した。

 見下ろしていたグリズリーがクンッと鼻を鳴らしたのだ。

 しまったっ、失敗した。

 こっちは風上だ。

 閉じ込める前の威嚇で多分私を一番の危険分子と判断したのか。

 何事も全て計画通りに行くはずもない。

 少々計画は狂ったが、大筋を変える必要はない。

 逆に都合が良いというものだ。

 私が囮になれば本来予定のライオネルとバイスにイシュカとガイを加えて四人でその首を狙うことができる。

 グリズリーの狙いが私に向いたことに気がついたイシュカが血相を変えて駆けつけてこようとするのを止める。


「ダメッ、来ないでっ」

 一瞬だけ足を止めたイシュカに続けて指示を出す。

「予定に大きな変更はない、私が囮を務める。四人で首を狙ってっ」

「しかしっ」

「大丈夫、私の逃げ足の速さは知っているでしょう。頭の良い魔獣は一度逃せば同じ手は通用しない。ここで仕留め損ねればあの洞窟を通って私達の領地に向かってくるかもしれない。

 不確定要素は私の民に危険が及ぶ前にここで排除する」


 そして氷の柱はビキビキビキッと音を立て、パリンッと一際高い音がして一気に崩れた。一気に重苦しい緊張感が増す。

 グリズリーが身体に纏わり付いた氷を身体をブルブルッと震わせて払い落とすと同時に血飛沫も飛んだ。流血も止まっていない。互いの爪で作った傷が深くてまだ塞がっていないのだ。

 歩くたびに血溜まりを作っている。ドシンッドシンッと響く重量感のある足音からは先程までの素早さがまるでない。

「コイツらが本来の動きを取り戻す前に二人一組で一頭の頭を落としてっ」

 そう告げると即座に私は殺気を放つ。

 コイツらが無視出来ない、脅威と思わせるほどの威力で。


 大丈夫、慌てるな、落ち着け。

 私は深く深呼吸してサッと周囲を見渡す。

 コイツらは木登りも出来るがこの太さの幹だ、身体が上手く動かせず手負の状態で木を倒しはしないだろう。そうなればコイツらが幹に飛びついた瞬間がチャンス、完全にイシュカ達に背を向けるはずだ。万が一、イシュカ達が一度で仕留め損ねても枝のしなりを利用すれば森の中だ、隣の木に飛び移れるはず。

 ヤツらは重量がある、私のように飛び移れやしない。

 私は誘き寄せるべく下の枝に移動する。

 まずはこの木を上に向かって枝から枝に飛び移り、ヤツらが登ってこれない細い枝まで上がれば身が軽い私のところまでは登って来れない。幹を折られたなら倒れる幹を伝って他の木に飛び移れば良い。ヤツらに私と同じ真似は出来ないはずだ。そんなことをすれば枝が体重で折れるだろう。それならそれで巨体が落下すればその瞬間にイシュカ達が首を切り落としてくれる。

 尚も私を助けに来ようとしているイシュカの手首をガイが掴む。


「イシュカ、御主人様の言う通りだっ、その方が早いっ」

 そう、感情抜きに考えるなら。

 イシュカが私を心配して、気遣ってくれているのはわかるよ?

 私は基本的にビビリだ。

 いつも気合と意地と根性で立っている。

 みんなに自慢と思ってもらえる主人でいたいから。

 そして一対一ならまだしも二頭がいっぺんに私に敵意を向けてる。一点集中型の私は複数相手の戦闘は苦手だとイシュカは知っている。頭の悪い低級なら充分相手取れる。でも今回の相手はグリズリー、危険度も桁違い。

 止めるガイにイシュカが感情的に叫ぶ。


「貴方は心配じゃないんですかっ」

「惚れてるんだぞっ、心配に決まってるだろうっ」

 

 心配してくれるのはすごく嬉しいよ?

 でもイシュカが私を守りたいって思ってくれてるように私もイシュカ達を守りたい。大事な人達だから。

 そしてガイも私を大切にしてくれてるのも知っている。

 イシュカは心配がどうしても勝ってしまうのに対してガイは心配よりも信頼してくれているのだ。

 多分、誰よりも。

 どっちの方が強く想われているという話じゃない。

「だが救出に手間取るより倒した方が間違いなく安全に早く助け出せる、違うかっ」

 ガイがイシュカに向かってそう怒鳴る。

 一瞬動きを止めて目を見開いたイシュカに続けて言う。

「俺達の御主人様はグリズリー如きに遅れを取ったりしない。

 信じろっ、そして自分の役目を果たせっ」

 その言葉に冷静さを取り戻したのかイシュカは落ち着いた表情で大きく深呼吸を一つして剣を握り直した。

 良かった、いつものイシュカの顔だ。


「必ず一度で首を落とします。

 私はバイスと右のヤツを、貴方はライオネルと左をお願いします」

 パワーとバランスを考えてのコンビ編成にガイが頷く。

「わかった。焦ってドジを踏むなよ」

「誰に物を言ってるんですか。私がそんな失態を犯すわけないでしょう」

 いつものイシュカに戻ったなら何の心配もない。

「ならいい。行くぞ、ライオネル。気配を消せ」

「俺達も一発で仕留めましょう、必ず」

「ああ。当然だ」 

 そうして各々が自分の役割に集中すべく動き出した。


 警戒MAX状態で二頭のグリズリーが私の立っている木の枝の下にいる。

 動きが鈍いながらも、それでも自分の後方で自分達の様子を伺っている私の専属警備達を視界に入れつつ警戒しているのがわかる。油断していないのだ。

 だがそれはこっちも同じ。

 私の役割は囮。

 倒すのが仕事じゃない。

 充分に引きつけてから上方に移動しなくてはイシュカ達に注意が向く。さっきので鼻が良いのはわかってる。だけど然程脅威と思っていないからこその私の排除を最優先したのだろうけれど。


 その考え、甘いよ?


 彼等は私自慢の側近と警備兵達だ。

 魔力量じゃアンタ達に敵わなくても経験と実力がある。

 私如きに集中しては、その結末は既に確定だ。

 自分に魅了の魔法をかけつつ集中する。

 確かに私はカッコイイ物語の主人公に程遠い。

 でも代わりに私には団長ほどの一騎当千とまではいかなくても当百以上の心強い味方が大勢いる。一人で全てを背負う覚悟も倒す必要もない。

 みんなが私を支えて助けてくれる。

 だからこそ不本意ながら、こんな私が英雄とまで祭り上げられるほど高名になったのだから。

 私はただ信じればいい。

 みんなが完璧にそれぞれの仕事をしてくれるって。

 他に注意向けるな。

 私は何かをしながら他のことが出来るほど器用じゃない。

 真下に視線を向け、上に飛び上がるためのタイミングを測ることに集中する。

 一頭、もしくは二頭が木によじ登るために前脚を掛け、幹に身を寄せた瞬間が狙い目。捕まえられると思わせられるギリギリだ。

 焦るな、落ち着け、大丈夫。

 そんな言葉を心の中で繰り返す。

 心臓が速く脈打ち緊張が張り詰めた刹那・・・


 ドッシンーッという音が二回立て続けに森に響き、私に真紅の雨が降り注いだ。

 それは二頭のグリズリーの鮮血。

 見下ろした地面には二頭の立派な体躯からは見事に頭が切り離されていた。

 早い。

 流石私自慢の人達だ。


「ハルト様っ」


 木の下ではイシュカが剣を放り投げ、私に向かって大きく腕を広げて待っていた。

 私はそこに目掛けて飛び降りる。

 しっかりと不安なく受け止めてくれる腕にギュッと抱き締められる。

 浴びたグリズリーの血で汚れているにも構わずに。

「良かった、ご無事で」

 その苦しいくらいの腕の強さで自分がどれほど心配されたのかわかる。

 そして急ぎ、どんな思いで剣を振るってくれたかも。

 私はその大きな背中に手を回す。

「ありがとう、イシュカ。私を守ってくれて」

 私を大事に思ってくれて。

 それが何より嬉しい。

 そしてイシュカの背中の向こうにガイのホッとした顔を見つける。

「ガイもありがとう。私を信じてくれて、嬉しかった」

「当然だ」

 でも、ガイも一瞬、慌てた顔、してたよ?

 いつも飄々として動じないガイのあんな顔、初めて見た。

 でもそれは気づかないフリ。

 だってガイはカッコつけ。ダサイのは嫌い。

 だけどそれって普通のこと。

 私もカッコ悪いとこばっかり見せちゃうけど、大切な人にはやっぱりカッコイイって思ってもらいたいもの。それでも、情けないところをたくさん見せて、それでも好きでいてくれる人が貴重だってことも知ってるよ?

 ガイはニカッと笑って口を開いた。

「なんたって俺の惚れ込んだ御主人様だからな」

 うん、ありがとう。

 すごくその言葉、嬉しいよ?


「イシュカ、仕事はまだ終わってねえぞ」

「わかってます」

 ガイの言葉に言われて頷き、するりと拘束が緩み、イシュカが立ち上がる。

 魔獣は討伐して終わりじゃない。

 後片付けまでが仕事。

 倒したグリズリーはそのままでは大きすぎて運べないから解体も残っているし、怪我人への対応だってある。

 イシュカに続いて立ち上がった私の頭の上にガイの手がポンッと置かれる。

 何かあった時、こうして子供を慰めるように、労うように私の頭を撫でるのはガイの癖みたいなものだ。そんな優しい仕草に顔がつい綻んでしまうけど。


「でもあんまり心配させんなよ? 寿命が縮むから。

 俺達に長生きして欲しいんだろ?」

 それを言われるとイタイところではあるのですよ?

 だけど、

「うん、気をつける。約束はできないけど」

「そこは素直に頷くだけにしとけよ」

「でもそれじゃガイ達が好きになってくれた私じゃなくなっちゃうもの」

 大人しく待ってるだけのお姫様にも、命令して見ているだけの王子様にもなれないから。

 でも二人はこんな私を見て、知って、それでも私を選んでくれたから。

 私の言い草にガイが目を丸くして破顔する。

「ホント、こういうとこも敵わねえって思うよな。

 確実に俺らの惚れてた弱みを突いてきやがる」

「本当に」

 クスクスとイシュカが微笑った。

 タチ悪ィぜと呟きながらガイが背中を向けて歩き出す。


 それはガイ達も一緒だと思うんだけどなあ。

 リアルな恋に縁がなかった私をこぞって夢中にさせて、

 それは罪じゃないのかな?


 だけどみんな、責任取ってくれるって言うし、私も放すつもりはない。

 まだまだ慣れないことも多いけど、いつか、みんながくれた分と同じだけの愛情を返せたらいいなと思ってる。


 でも焦る必要なんかない。


 だって私達はずっと一緒にこの先も、

 歩いていく約束なんだから。



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