第二十五話 益々人間離れしてきました。
ハイアットの記憶にある情報とジェットとフラウ、ガイとケイの情報を照らし合わせつつ、屋敷からの専属警備が到着次第、その洞窟に向かおうということになった。
とりあえずはガイがその洞窟に結界を張ってきてくれたというので何か異常があればすぐに駆けつけられるからと、ポチの面倒を見つつ、のんびり休日を過ごすことにした。
そうして我が専属護衛騎士団と緑の騎士団支部代表でフリード様が到着したのは翌日の夕方。
結局、調査は明朝に持ち越し。
シュゼットがいない以前は事はこう簡単にはいかなかった。
長期になりそうな場合には父様に協力を仰ぎ、日程を調整して補佐でロイかマルビスを留守番にといった感じで、それが今ではシュゼットがアンディとゲイル達と一緒になって協力して対応してくれる。
安心して屋敷を任せ、空けられることが出来る。
つくづくありがたい限りだ。
しょっちゅう厄介事を押し付けてくる陛下だが二人を送り込んでくれたことに関しては感謝している。面倒なことも確かに多いけど、だからこそ余計な仕事を押し付けられても『まあ仕方ないか』って、溜め息吐きつつ協力する。多分陛下はそういう私の心情を読んでいるんじゃないかなって時々思う。
しかしながら呼び寄せた人員で別荘は満員御礼状態。それでも床暖房付きのここでは床にラグを敷き、眠る人も少なくないので寝床に困ることはなかったけれど。
そうして夜が明けた翌日。
私達はある程度の野営が出来る準備を整えて、戦闘体制も敷いた上でその洞窟に出発した。
勿論ポチを連れて。
完全に教育し終わっているわけではないけれど、戦闘要員が少ない場所に置いていくというのはいろんな意味で不安と不満が蔓延しそうだったからだ。
やってきたのは鉱山として管理している一番奥の山の国境線近い場所だ。
閉ざしてベラスミとの国境とは離れた隣国オーディランスからも少し遠い、丁度人が殆ど近づかないという問題の魔獣の森の渓谷に程近い。そこにいる魔獣は独特の進化を遂げているという話だが、物語の中でなら興味はあっても現実となればお近づきにはなりたくない。
勿論、キッチリと国境線となる塀は頑丈に作ってあるし、対策も施してある。
とはいえ、何時ぞやのイビルス半島のスタンピードみたいな例もある。何事も絶対というものはないわけで。もっとも、険しい山林と切り立った崖が存在しているので地形的に考えるなら三年前に切り離した鎖国状態のベラスミの方に向かうだろうけれど。
五年ほど前までこの辺りも雪と氷で閉ざされていたのだ。
埋もれていた何かが出てきてもおかしくはない。
気候や地形というものは悠久の時を経て変化するものだし、そうでなくても火山の噴火による地動変化、崖崩れ、その他諸々の自然災害や人の手が入れば容易くその形を変える。そして前世のように近代文明が発達していても、人が踏み入ることの難しい領域、未開の土地というものが少なからず存在していたのだから。
そういったものの発見というのに浪漫を感じないでもないけれど、私の場合にはもれなく厄介事がオマケとして付いてくることを思えば、本音を言わせてもらうなら、極力お近づきにはなりたくない。
しかしながら見つかってしまったものを今更見ないフリもできないのも現実。
それも自分の領地内となれば一応仮にも領主の身としては確認しておかないとマズイ。そういうカンは野生動物並みのガイが危険な気配を感じないのであれば生死に関わるような案件ではないとは思うけど、魔獣関連が出てこないから安心というわけでもない。
まあ他にもあり得そうなものは幾つか心当たりがないでもない。
出来れば平和的且つ穏便に済ませられるような展開がいいなあと思いつつ、一昨日ガイが張ったという結界の前までゾロゾロとやってきた。
勿論、興味津々のサキアス叔父さんと興味本位で途中で仕事を放り出し、専属と共にやって来たヘンリーも一緒だ。
まあいいんですけどもね?
何が出てくるかはわからないけど、モノによっては叔父さん達が役に立ってくれそうでもありますし?
そういうわけでいざという時には自分達の身は自分達で守って、戦うなり、逃げるなり、結界張って閉じこもるなりしてくれと言っておいた。一応ヘンリーは国内でもトップクラスの魔力量持ち、頑丈な結界も張れるだろう。
ジェットとフラウの問題児二人はバードとタッドの見張り付きで置いてきたけど。いくらなんでもこれ以上の問題児の同行は御免被る。調査が済めば出入り自由にするからと納得させてきたので大丈夫、なハズだ。
イシュカ達は周囲を警戒しつつ、ガイと顔を見合わせて頷く。
「ヨシ、結界を解くぞ」
漂う緊張感にゴクリと息を呑む。
鬼が出るか蛇が出るか。
何もないことを願うけど、こういう場合において私の『引き』は最悪と言っても良いくらい悪い。大きなオマケがついてくることも少なくないので、それが幸運なのか不幸なのかは判断迷うところではあるけれど。
ガイが結界に触れて、それを解くと確かにこちら側のランプの灯りが結界に反射して見え難かった光景が目の前に現れた。
確かに、同じ洞窟でもよく見ればこちら側と質感というか、何か違う。
フラウが言ってたように滑らかな壁面は加工された痕跡だろう。
ただこの辺りを以前買い占めてアレキサンドライト発掘の調査に乗り出していた貴族が国に報告していたことに間違いがないのならたいした資源は発見されていないという話だけれど、こういうものが見つかったというような報告もなかった。
ガイの話によれば暫くこのような状態が続いていて結構長かったから途中で戻ってきたということだったけど。
「俺とケイで前を行く。大丈夫だとは思うが人の手が入っているとなれば妙な仕掛けがしていないとも限らない。真ん中は極力歩くな、壁にも手は付かない方が無難だろう。充分注意して進め。
イシュカ、ライオネル、お前らは絶対御主人様の側を離れるなよ?」
そうガイの口調からするに何某かの仕掛けや罠の可能性を疑っているってことか。
私が前世で好きだった遺跡発掘御宝発見系の冒険活劇の中にあったようなものとか、ラノベのダンジョン攻略みたいな感じなのかな?
だとすれば、聞いてみたいことがある。
「ねえ、ガイ?」
「なんだ?」
私の想定通りなら多分多少の効果はあるのではないかと思うのだが。
「威嚇しとく?」
私は洞窟の奧を指差して言った。
私の唯一無二(?)と言えなくもない取り柄、『魔獣避け』。
一緒にいるポチは首輪に漏れ出た魔力を吸い取られているからそういったものを追い払うには適していない、タダの狼(?)に近いし。この穴がどこかに抜けているなら生きてるそれらは向こう側に逃げるはず。空いてなかったらこっちに押し寄せてくるのかな?
その時はすぐに結界張って、暫く収まるまで待っていればいいか。どちらにしても何かが潜んでいるならば燻り出しておくのは悪くないと思うのだけれど。一般人でも対処可能そうな小物も潜んでいたってガイ、言ってたし。
そうでなくてもこっちに向かってくるなら設置型の罠や仕掛けがあればそれらが踏んでくれたなら私達より先に落ちてくれればその位置も把握しやすいだろう。いや、設置型であるならば下は踏み固められているものの舗装されているわけでもないから、ならばいっそ浅く広く土魔法で掘り下げるという手も使えるのでは?
そうすれば落とし穴があるなら見つかるんじゃなかろうか?
深く掘れば地盤は崩れるかもしれないがそういった仕掛けのフタの厚さ程度に浅ければ問題ないのでは?
フタというのは厚すぎては罠も作動しないだろう。
それとも結界を地面の上に張って、そこの上を歩いくのも一つの手段では?
ふと思いついた方法を語ると、ガイが腹を抱えて大笑いした後にニヤリと笑う。
「成程な、それも悪い手じゃねえ。
御主人様らしいといえばらしいが、常識を思い切り外して斜め上をいきやがる。
罠に掛からないように普通なら気をつけて歩くところを先にそれを暴いて進もうなんて馬鹿げた発想はしねえよな。
そういやあ前にも洞窟で扉を開けて罠に掛かる危険があるなら横の壁を崩せば問題ないんじゃねえかって言ったことあったか。
イシュカ、どう思う?」
「悪くないと思います。威嚇するにしても少なくともこちら側に脅威があると知れば無闇には襲いかかって来ないでしょうし、ハルト様の魔力量と魔術コントロールからすれば地面を少々掘り下げる程度の魔力消費は知れています。
ただ結界の上を歩くのはいくら頑丈とはいえ何かが起きた場合割れる可能性もありますね。その場合、上を通るのが私達だけとは限りませんし」
成程、流石はイシュカ。先の先を読んでいる。
こんな時、私が名を馳せているというのはこうやってみんながフォローしてくれるからこそだとつくづく思う。
ガイは楽しくてたまらないといった顔で私の隣に並び、ポンッと肩に手を置いた。
「ってなわけでとりあえず威嚇頼むわ、全開百パーセントで」
確かに自分で言い出したことではあるけれど。
「いいの?」
「いいんじゃねえ? 鉱夫達は今日は他の山で作業させているんだろ。ここにいるのは若干1名を除き、ウチのヤツらだけだ」
ガイの1名という言葉にそこにいた者達の視線が一斉に一ヶ所に集中する。
緑の騎士団支部副団長、フリード様にだ。
向けられた注目に一瞬だけ目を見開いた後、フリード様は小さく笑う。
「私は何も言いませんよ。そのあたりは何を見聞きしても報告するなら自分達だけに、必要以上に他国に騒がれても困るので他の団員には口を噤んでおけと陛下と団長にも言われてますから。
それもあって今回は私が先行して来たのですし。
洞窟の調査報告結果はしっかりと報告させて頂きますけどね」
暴走したヘンリーを見張るために一緒にやってきたのかと思っていたのだけれど、そういう理由もあったのか。それともだからこそヘンリーを理由に自ら立候補したのか定かではないが、多分その話からすると後者なのだろう。ヘンリーもウチでは変人奇人の扱いに慣れてきた商業班幹部達があまり動じなくなってきたので最近フリード様の手を煩わせる事態も減っている。
人間とはつくづく柔軟性に優れた生き物だと思う。
「ってワケで頼んだぜ、御主人様」
つまり何も問題ないってことね。
もっとも、最近ではウチの専属護衛達だけでなく、一緒に討伐現場に出ることも多い騎士団支部の面々にもある程度私のおおよその総魔力量がバレている気がしないでもない。多分気づかないフリをしてくれてるような気がするんだけれど。
「ライオネル、専属のヤツらに一声掛けとけ」
「わかりました」
返事をするとライオネルはくるりと向きを変え護衛達に声を掛けに行った。
だが全力の殺気を放った結果。
予想外の事態が起きた。
いや、作戦自体は上手くいったのだ。
洞窟の地面には幾つかの落とし穴も見つかり、潜んでいた小物の動物、魔獣にも襲われることはなかった。
じゃあ何が予想外だったのかって?
それは逃げ出す気力のない本当に弱い、低ランクの魔獣、獣達が泡を吹いてボタボタと地面に堕ち、降ってきたのだ。それにより地面を掘り下げるでもなく仕掛けは作動し、危険な罠が幾つか見つかった。
その光景を見た時、思わず前世で飛び交う蝿などを一撃必殺で落とした強力ジェット噴射殺虫剤を思い出した。
果たして私は人間だろうか?
最近少しばかり自信がなくなってきた。
殺気だけで気絶するとはたいした根性無しだ。
逃げる努力くらいしなさいよ。
全く。
それにより危険は回避出来たがそれらの首を落として回収する余計な手間が増えた。
それを見たガイが再び腹を抱えて大笑いしたのは言うまでもない。




