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第二十四話 それは繰り返される歴史です。


 ルストウェル滞在三泊四日の最終日、私は早起きするとオーナー特権で開園前の施設内を巡り、遊び回ったところで別荘に戻って一息吐く。

 珍しく、大した騒ぎも問題も起こらずに休暇が終わると思った、そんな矢先だった。

 事件が発生したのは。

 

 いや事件というのは正しくない。

 キッカケは鉱山の落盤事故。

 それ自体は珍しいものではない。

 ロイの入れてくれた美味しいお茶を味わいつつ、のんびりしていた時に聞こえてきた、ドーンッ、ガラガラガラという轟音。

 何事かとも思ったがこの辺りに住むバード達はあまり驚いた様子もない。

 別名『隔離病棟』、寮に住むの問題児の面倒をしっかりと見てくれているバードとタッドの二人を労うべく昼食への御招待をして、その準備が整うまで優雅にお茶会などを開きながら近況その他を伺っていたのだが、鉱山や雪山の多いこの地方の人達にとっては時々あることで然程驚くほどのこともない日常だそうだ。

 三年前にしっかりとウチで国境建設をして以来、雪崩も分厚い塀で食い止められ、ルストウェルに在住の領民達にはたいした被害も出ていないし、アレキサンドライト発掘のための鉱山も徹底した安全管理で危険と判断されれば即調査、人命救助が必要となるような大きな事故もなく、警備も巡回、商会支部にもポーションと毒消しは上級、中級、下級と常備され、対応してくれるので安心してみんな働いているそうだ。

 今では鉱石フェチの変人ジェット以外にも地質学に詳しい者が一人いて(その彼も少々個性的なようだが)、未開発地区の調査にも携わっているということだ。

 そういうわけでいきなりの轟音にも動揺していなかったバードとタッドだが、暫くして血相を変え、飛び込んできたジュリアスに一気に緊迫感が漂った。


「たっ、大変ですっ、ハルト様、マルビス様っ」

 転がるように息急き切ってやってきたジュリアスに思わず眉を顰める。

 こういう時はいつも大抵普通じゃない案件が持ち込まれるのだ。

 とはいえここはウチの領地。

 他人事を決め込むわけにもいかない。

 となれば問題解決はサッサと素早くだ。

 まずは状況把握から。


「どうかしたの?」

「鉱山の一つで落盤事故がっ」

 今まで人身事故が起きていないからと安心していたのだが怪我人が出たというなら早急に駆けつけて救護すべきだろう。

 ここには聖属性持ちのサキアス叔父さんと私がいる。

 役に立つはずだ。

「誰か巻き込まれたのっ⁉︎」

 立ち上がって確認するとジュリアスは小さく首を振る。

「いえ、違います。設備等に多少の被害は出ましたが、その兆候が出ていましたのでその近隣の作業は中止させて様子を見ていましたから鉱夫達もウチの従業員達も無事です」

 ならば良かった。

 機材設備などまた買えばいい。どうということもない。

 ならいったい何をそんなに慌てていたのか。

 不審に思ったのは私だけじゃなく、テスラが尋ねる。

「じゃあ何があったんだ?」


「洞窟ですっ、崩れた岩肌から、洞窟が発見されましたっ」


 へっ⁉︎

 また洞窟?

 それだけならこんなに騒ぐほどのこともないはず。

 ランス達が担当警備している郊外の山林地区ならまだしも、以前ならともかく今ではしっかり警邏隊も配置しているし、娯楽施設、宿泊施設、居住区、倉庫街、鉱山と各ブロックごとに囲われた城塞都市とも言われるこのルストウェルの中でならそう大きな問題にならないはずなのだ。

 大物魔獣でも這い出てきたっていうなら話は別になるけれど、そこまで逼迫した様子は感じられない。

 それに新しい山を採掘、開発する時は洞窟が見つかれば厳戒体制を敷いた上で煙を焚き、虫や蝙蝠、魔獣などは燻し出しをしているから小物ならまだしも穴からそういったものがいきなり出てくるということはあまりない。

「別にそれも珍しくねえ。今までだって幾つも見つかっているだろ。妙なのがウヨウヨと這い出てきたってわけじゃねえんだろ?」

 それはガイも思ったようで窓際に寝っ転がっていた身体を『よっ』と掛け声を掛けて起こし胡座をかいてそう言った。

「はい、それは。確定ではありませんが一応鉱山警備の者は然程大きな気配は感じないと。一応その入口は今、警戒させていますけど」

「ならば何をそんなに慌てているのですか」

 ロイが水を一杯ゼイゼイと息の整わないジュリアスに差し出すと、それをグイッと飲み干して一息吐くとその理由を語った。


「それがジェットとフラウが言うには今までのものとは明らかに違い、人の手が入ったものだと」


 つまりそれってどういうこと?

 要するに自然に形成されたものではなくて人に造られたものじゃないかって認識でいいのかな?

「ところでフラウって誰だっけ?」

「ジェットと一緒に仕事をしている例の地質学者ですよ」

 そう尋ねるとマルビスがそう言って微かに唇をヒクつかせた。

 ああ、あのジェットと似た変わり者っていう?

 ウチには変人が多いけどマルビスのこの反応を見るに相当変わっているのだろう。それでもたいして問題になっていないのはここにいるバードとタッドのお陰に違いない。

 とりあえず、

「テスラ、ケイを呼んできて。

 ポチを温泉に浸けて洗うって言ってたから庭にいると思う」

 私の言葉に即座にテスラが立ち上がる。

 確か、以前聞いたビスクとケイの話ではあの辺りに人里があったという話はなかった。ここのアレキサンドライトが発見されなかったくらいなのだ。このあたりの開発調査は五年前運河が開通するまでは進んでいなかったはず。

 欲の皮の突っ張った貴族連中が掘り返していた鉱山周辺からもそんな話は出ていなかった。もっとも、そんなものが見つかれば国への報告義務が発生する場合もあるので面倒で報告せずに知らぬ存ぜぬを押し通していた可能性もあるけど。

 とにかく確認せねば話にならない。

「ロイ、このあたりの地図を持ってきて」

「すぐに」

「マルビスはシュゼットに連絡を。

 場合によっては戻るのが遅れるかもしれないって」

「かしこまりました」

 そのまま出て行こうとするマルビスをイシュカが呼び止める。

「ついでにライオネルと専属を何人か、そうですね。こっちにはランス達もいますし、とりあえずは二十人くらい寄越してくれと伝えて下さい。一応騎士団支部の方にも一言連絡を」

 それにマルビスが頷いて今度こそ出ていくと続けてガイが立ち上がる。

「俺はちょっと現場を見てくる。ジュリアス、案内できるヤツを寄越せ」

「承知しました。イルゼットッ」

 ジュリアスに呼ばれて一人の男が走り寄ってくる。

「私もっ」

「大丈夫だ、慌てるな。

 危ねえと思えばすぐに避難勧告出して引き返してくる。御主人様の仕事はここでの指揮だろ?」

 釣られて立ち上がった私をガイが押し留め、出て行った。

「俺はハンス達に連絡してきます」

 アレキサンドリア騎士団ルストウェル支部にランスが連絡に向かおうとする。

「ランスッ」

「わかってます。巡回警備連絡要員は半分残してきますよ」

 ならいい。

 いくらこっちに非常事態が起きたとしても今はまだ冬も明けていない。減ってきているとはいえ国境付近では魔獣もまだまだ出現する。緊急事態であるならまだしもこちらにかまけて本来の仕事が疎かになってはいけない。

 現状把握はガイが向かってくれたし、となればあと必要なのは、

「バード、タッド」

「何か俺達にお手伝い出来ることが御座いますか?」

 それに私は大きく頷く。

 二人に手伝ってもらいたいことは他にもある。

 だけどまず必要なのは、 

「ベラスミやここ周辺の歴史に詳しい人を誰か知っていたら教えてくれない?」

 まず把握すべきは何故今回の落盤でそんなものが見つかったのかということだ。

 ビスク達の話ではベラスミ建国以来、この辺りの土地はずっとベラスミの国土で町や村があったという歴史はないと聞いていた。それが思い違いでないというのなら、見つかったというその痕跡はベラスミ建国以前のものということになる。

「今この土地に残っている者で、ってことですよね」

「そうだよ」

 タッドの言葉に頷くと教えてくれた。

「でしたら宰相亡き今、退位なされたもとベラスミ帝国国王陛下ではないかと」

 そうか、そうだったっけ。

 ビスクは死んだことになっていたんだ。

 長かった髪も髭も剃って雰囲気は全然違うから同一人物と気付くかどうかはわからないけどケイと違って国政に携わっていた人だ。多くの人に顔を知られているので向こうの屋敷の敷地内ならまだしもここをうろつくのはマズイだろう。

 そうなるとその隠居されたもと国王に聞くのが一番良さそうではあるけれど。

「近くに住んでいるの?」

 町の外れに質素な屋敷を構えたという話は聞いていたけれど、この地がベラスミから切り離され、正式にシルベスタの国土となったあの時、現在のアレキサンドリア領以外に住んでいた者以外が移動対象となり、ベラスミの民の約三分の一がこのルストウェル近隣に引っ越しをすることとなったわけで。

 彼も多分移動を迫られたはず。

 その疑問にはバードが答えてくれた。

「ええ。正式にアレキサンドリア領の民となった今は御自分も日々の生活の糧を得るためにハルト様のもとでお役に立つべきと、名前を変えられて現在は御婦人方の内職仕事である縫製製品や織物を回収するための馬車の手配の仕事をされています。

 まさかもと国王陛下が民に混じって働いているなどと考える者も少なく、改名したこともあって他人の空似で済んでいるそうです。

 自分ほどここの地理や地形に詳しい者はいないからこの仕事は自分が適任だと」

 成程、確かにそうだ。

 自分の治めていた土地なのだ。地理などに明るいだけでなく、その他色々なことについても新米領主の私より詳しいに違いない。

「呼んで来られる?」

 もと国王であるならばベラスミ建国の歴史なども知っている可能性が高い。

「大丈夫だと思いますよ。ハルト様のお呼びとなれば。

 ハルウェルト商会の方も一緒に仕事をなされていますから」

 そうだね、バードの言う通りかも。

 私は領主でしかもハルウェルト商会のオーナーだもんね。

 権力を振りかざすわけではないが、この地に於いて大抵の無理は押し通る。

 ならばこの際、それを利用して連れてきて頂きましょう。


 別に吊し上げするわけじゃないのだから。



 そうして各々が必要な仕事を終え、ジェットとフラウを含めたルストウェル周辺にいる必要な人員が揃い始めたのは昼過ぎ。専属警護が駆けつけてくるのは最速でも明日昼頃になるだろう。

 遅めの昼食を取りながら待っていると、とりあえず今日の内に揃う人員、最後の一人がやってきた。

 もとベラスミ帝国国王陛下、その人だ。


「お久しぶりで御座います、ハルスウェルト様。

 お呼びと伺い、参上致しました」

 現れたその人物は見たことあるはずだった。

 何度かお会いしているはずの、久しぶりに会ったその顔はまるで印象が違っていた。

「どうかなされましたか?」

 彼は食事をする手を止め、呆けている私にそう尋ねてきた。

「いや、随分と雰囲気が・・・」

「今の私は平民。どうぞハイアットとお呼びください。

 両肩に重くのしかかっていた重責から解放されましたから気楽なものです。貴方様にこの地と民を押し付ける形になってしまい、誠に申し訳ないとは思っておりますが今は妻と息子夫婦と一緒にハルウェルト商会で働かせて頂いてます」

 そう答えたハイアットに私は姿勢を正して立ち上がろうとした。

 今は一般庶民とはいえもと国王陛下、それなりの礼儀は尽くすべきと考えてのことだったのだが、それを止めたのは意外にも彼だった。

 そしてその場で膝をつき、頭を深く下げた。


「もとベラスミの民のため、色々と御配慮、御尽力頂いたというのに私が王位を退いた後も恥知らずのもと貴族共があのような謀反を起こし、一度直接謝罪を致したかったのです。

 本当に申し訳ございませんでした」


 それは最上級の謝罪。

 確かにあれは面倒なことも多かったし、手間もかけさせらた。

 どうにも私は何か揉め事に巻き込まれる度に誰かに頭を下げられているような気がするのだが、既にあれは三年も前の過去のこと。いつまでも引き摺るつもりはない。

「どうぞお立ち下さい。既に済んだこと。蒸し返すつもりはありませんから」

 この施設オープン前に片付いたし、被害も然程出なかった。

 マルビスが傷付けられたのは赦せないけど、それは彼が悪いわけではない。

 失った地位と権力にしがみついた往生際の悪い輩が起こしたことで、それを煽動したわけでもなければ関わりを持ったわけでもない。

 あれは油断してた私も悪かったのだ。

 貴族がどういうものであるのかをよくわかっていたはずなのに。

「重ね重ね寛大な御言葉、感謝の言葉も御座いません」

 あの時はまだこの地を私が治めることになろうとは思わなかったけど。

 今思い返してみれば商会保有のアレキサンドライトの鉱山と娯楽施設があることを思えば容易に想像できたはずなのだ。陛下はその前から成人した時点に私が所有する土地が私の領地になると言っていたのだから。

 ただ、もとベラスミ帝国民の九割以上を領民として加えることになったのは予想外だったけど。お陰様で(?)我がアレキサンドリア領の人口は王都に次ぐ規模となってしまったけれど。

 そりゃそうだよね。

 いくらベラスミが国土が広いだけの小国だったとしても、そのほぼ一国の民が領民となり、更には屋敷周辺のハルウェルト商会保有の敷地に住む労働者を含めれば、下手すれば数年の内に王都を凌ぐ人口増加もありえるわけで、しかも領内に住んでるほぼ九割近い人達がなんらかの形で商会に関わりを持っている。なかなかにあり得ない事態だ。

 しかしながら人が住んでいる場所は寮や借家が多いので人口集中度合いは半端なく過密化、それ以外の土地は山林が多いのも事実で、都会なのか田舎なのかは判断に悩むところだ。

 いや、所有する土地の八割近くは山林であることを考えるなら、やっぱり田舎者なのだろう。


「ここにくるまでの間におおよそのことはお聞き致しました。

 貴方様のお知りになりたいことはこの地方の歴史、ベラスミ建国以前のこと、ということで宜しかったでしょうか?」

 昼食を終え、場所を商会の会議室に移し、今後のことについて話し合いを持つ。

 席に着いたところで早速ハイアットがそう切り出した。

「御存知ですか?」

「私も詳しいというほどではありません。父に幼い頃に語り聞かされた歴史と城の蔵書室にあった書物を読んだ程度で」

「その書物は? どうしました?」

「三年前に建設された国境の向こう、ベラスミ城の中で御座います」

 そりゃまた厄介なところに。

 私達は盗賊でも強盗でもない。

 ベラスミの城は高価な物は売り捌いて被害者達の補償に充てたが、それ以外はそのままにしておいた。財政厳しい国家であったのでたいした金額にはならなかったけれど。城にあった書物もある程度は換金されたが、それはシルベスタ王国管轄のものだし、事実上滅びると同意の閉鎖される国の歴史書など買取に入るとも思えない。あったとしてもその所在は王都。私達が閲覧できるかどうかもわからない。時間もかかって手続きも面倒そうだ。

 それにハイアットがそう言うということはその買取の時に現場にいたのだろう。

 自分がかつて治めていた国の歴史書。

 手元に残しておきたいと願わなかったのだろうか?

 いや、謀叛、叛乱が起きた状態でそれを願えばその意志を疑われる可能性もあるか。

 それを考えるなら下手な申し出はしないほうが利口だ。

 私は大きな溜め息を一つ吐く。 

「仕方ないか。わざわざそこまでして取りに行くほどじゃないしね。

 覚えていることだけでいいから教えてくれないかな?」

「記憶があやふやなところも御座いますので覚え違いをしていることもあるかと思われますが」

「構わないよ。大雑把なことがわかるだけでも今後の調査で助かると思うから」

「かしこまりました」

 そう頷いてハイアットは話し始めた。


 あくまでも伝承の話だと言い置いて。



 ベラスミ帝国建国の歴史はかなり諸外国に比べると歴史は浅く、三百年ほど前はシルベスタに併合されたというユニシス王国から国を二分する宗教戦争の末、独立、建国した国ということだ。つまりベラスミはかつてユニシス王国の一部でもあったということになる。

 とはいえ、凍えるような寒さ厳しい土地。

 民が住める範囲少なく、開拓、開墾を進め、かつての規模まで国土を拡大した。

 ところがその過程で試練にぶち当たる。

 先住民族の存在だ。

 当然、彼等とも領地を争うこととなったのだが少数民族であるにも関わらず、その抵抗は激しく、苦戦の末、ベラスミ建国の民は見事に勝利を収めたということらしい。

 

 歴史の認識などというものは立場が変われば正義も変わる。

 ベラスミにとって初代国王は自分達の住むべき国土を勝ち取った英雄王ってとこなのだろうけど、どんなに御大層な理屈を並べたところで先住民族達からすれば自分達の代々受け継いできた土地を奪った侵略者、極悪人だ。

 それも既に過去の歴史。

 今更それを口に出すつもりはないけれど戦争なんてものはいつでもそんなもの。

 どんな正義を振り翳したところで所詮人殺し。

 話し合いで解決できるはず。

 なんて、綺麗事を言う気はない。

 人には何を於いても絶対に譲れないものもある。

 それは人間の尊厳、権利、主張、宗教、思想、大事にしている家族や恋人。

 無慈悲に奪われようとするならば抵抗だってするだろう。

 権力者というものは大抵に於いて強者。

 他者が従って当然の強者に弱者の言い分が理解できるなら戦争なんて起こらない。

 そして全ての人の意見を聞き入れることは無理なのだ

 人によって考え方は多種多様。同じではない。

 全ては上に立つ者次第。

 現在の平民の命の価値が低いのは力を持たないからだ。

 それは武力という意味だけではない。

 知力、資金力、権力、人心掌握力、その他諸々の、ありとあらゆる力の差。

 たとえこんなのは許されないと思っていたとしても抗う心が強くなければ難しいのが現実で、それは明日の命をも危険に晒す。強者の命令に従って、その背後に隠れている方が遥かに楽だし安全だ。自分だけなら無茶ができても人というのは縦にも横にも繋がりがある。

 集団で、数の有利で圧倒できるなら勝ち目もあるだろうけど。


「要するにベラスミ帝国建国の礎となり、消えた民族のものである可能性が高いということですか」

 そう言ったのはイシュカだ。

 軍属、もと国家騎士団の副団長らしい言葉ではある。

 イシュカはその礎として働き、戦う側の人間だったから。

 私もそれを全て否定する気はない。

 こちらが望んでいなくても、向こうの都合を一方的に押し付けられて抵抗から始まる戦もある。

 そんな時、真っ先に駆り出されるのは国家を守る騎士なのだ。

 イシュカの言葉にハイアットが頷く。

「おそらく、ですが。その当時は諸外国でも奴隷が普通に存在していましたから」

 オブラートに包まれたその言葉の裏の意味。

 戦いに敗れた先住民達の運命は想像するまでもない。

「先住民族の人権問題として奴隷が問題視されてきたのはここ百年前後の話ですからね。今も諸外国でその名残として罪人奴隷や借金返済までの仮契約としてその風習は残っていますし」

 マルビスがそう言って納得する。

 実際、私も現在三人の奴隷を抱えているので他人事ではない。

 死ぬか、生きるか。

 ビスクもケイも、そしてクルトも罪の代償としてそれを受け容れている。

 それに彼等のように罪を悔い、改心してそれを償おうとする者ばかりではない。悪人が捕えられたからといって全ての人が今までの罪を悔い改めるかといえば難しいだろうとも思う。

 仮に釈放されて社会復帰できたとしても罪人である彼等を雇う人間は少ない。

 信用というものは失うのは一瞬で、それを新たに築き上げるにはかなりの労力が必要になる。それらを考慮するのであれば奴隷契約という形で行動を制限するのは有効的、且つ合理的だ。罪人の更生を見張るためにそれを監視する者を雇っては効率も悪いし、割高となる。そんなリスクと経費を負ってまで罪人を雇う人間は皆無に等しいのが現実だ。

「実際にそれが当然としてまだ残っている国も、行方不明の子供が他国に奴隷として売られていた事例も少なくありませんし、女性の身売りもある種の奴隷契約ですからね。たとえ奴隷という言葉がなくなったとしても、奴隷同然の扱いを受ける人の存在はなくならないでしょうね」

 ロイの言うことも尤もで。

 私のところで最初の頃に受け入れた子供達がいい例だ。

 あのままへネイギス達の悪行が横行していたなら今、私のところで働いてくれているエルドやカラル、メイドや各工房で働いている従業員達の何人かは奴隷として売り払われるか、貴族の玩具として命を落としていたわけで。

 どこの世界にも、どの時代にもそういう問題はある。

 攫って閉じ込めて、あるいは言葉や行動で巧みに洗脳、束縛し、恐怖で追い込まれて自由を取り上げられ生きる、そんな人もいる。

 誰かの不幸の上に成り立つ幸せもあるのが現実で。

 全ての人が幸せなんてことは夢物語。

 そんなことは諭されるまでもなく知っている。

 綺麗事を並べて正義を振り翳し、諭すつもりはない。

 それらは人によって違うものだ。

  

 片方を立てればもう片方がヘコむ。

 世界は弱者に優しくなく、不平等なものなのだ。

 現在の私がヘコむ側でないのは力を持っているからで。

 みんな大なり小なりの不平不満は抱えている。


 誰よりも私は幸せになりたい。

 だけど、きっとそれは誰かの不幸の上に成り立っている。

 それでも譲りたくないものがあるから、


 私はいつも自分の大事なものを守るために戦うことを選んでいるのだから。

 


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