第二十五話 男は中身が重要です。
「片付けはやっておくから大丈夫。残りの仕事、頑張って片付けてね」
食べ終わったロイを戸口まで見送って戻ると机の上の食器はすでにマルビスに片付けられていた。
「まるで新妻みたいですねえ」
新妻って誰が?
って、私か? 御飯食べさせて仕事に送り出すために御見送り、言われてみればそう見えなくもない。
「ロイに失礼だよっ」
私は赤くなって叫んだ。
男の子供相手にその言い方はオカシイよ。
今の私の実年齢からすると仲の良いお兄さんってほど年が近いわけでもないし、お父さんっていうのも違うし、なんて言葉が相応しいかはわからないけど。精神年齢的には上になるのかもしれないけど、中身がオバサンだからと言って身体的年齢が上がるわけでもない。
結局私は前世の記憶を持つ子供にしか過ぎない。
ロイは綺麗で優しくて有能、文句なしのイイ男なのにこんな子供相手に噂にでもなったら気の毒だ。
「自分にではないんですねえ」
どういう意味だ?
時々マルビスの言うことが意味深過ぎて理解できないことがある。
「いえ、わかっていないのならいいですよ」
首を傾げた私にマルビスは呆れたようにため息をついた。
「言いたい事があれば遠慮なく言っていいよ?
自分でも大概鈍いことわかってるから怒らないよ?」
「ええ、知っています。私は貴方のそういうところも尊敬していますし。
貴方が怒るのは自分に対する中傷や陰口ではなく自分の大事な人や仲間に対するものが殆どですから。だからこれは言えないのではなく、貴方が自分で気付くべきかと」
さすがにここまで言われれば私でも意味がわかる。
「それはロイが私にとって特別だってこと? わかってるよ、それくらい」
マルビスの目が大きく見開いた。
やっぱりそういう意味か。ロイに対して結構挙動不審だったこともあるし、あのタイプに弱いのも確かで、そう思われても仕方ない。事実、この数週間で私の中でロイの存在が大きくなっているのも自覚がある。
あんなふうに強く抱きしめられたの、いつだったか忘れるくらい前だったから。
特別だけど、ロイに近づきすぎるのは正直、怖い。
「でも私にはマルビスも特別だよ?」
なに? その鳩が豆鉄砲くらったような顔、そんなに意外かなあ。
「私も、ですか?」
「当たり前でしょ。マルビスにはバレてるみたいだから白状するけど、ロイみたいな顔、私、大好きなんだよね。勿論ロイのいいところは顔だけじゃないけど。綺麗で、でも女っぽいわけでもなくて、色気があって。いいなって思うよ。見つめられるとドキドキするくらいにはね」
心臓に悪いよね、近すぎるとパニックになりそうなくらいには緊張する。
「でも私を誰よりも優先させてくれるマルビスが特別じゃない訳なんてないよ」
仕事だからっていうのもあるだろう、でも嬉しかった。
私は誰かに何かを頼む時、いつも遠慮してた。
今は忙しくないかな、仕事の邪魔じゃないかな、迷惑だって思われないかなって。
人の顔色を窺いつつ、上手く立ち回ろうとしていた。
子供なんだから我儘言って甘えればよかったのかもしれないけど忙しくしているみんなを見てると言い出し辛かった。
私はウチに使用人が少なくて、忙しい理由を知っていたから。
「私は三男で期待されてなかったからね。跡取りである兄様達が優先されるのは当たり前で、妹達が産まれてからは手がかからなかった私は結構放って置かれることが多かった。愛されてないなんて思っていないけど私はいつも二番手、三番手。
私よりも優先されるべき存在が常に他にいたんだ。
私は後回しにされることに慣れてた」
ちょっと待ってて、後にしてね、今忙しいの、ごめんね。
そんな言葉を繰り返されるうちに私は周囲に期待することを諦め、自分の力でなんとかしようと決めた。
幸い私には前世の記憶もあったし、書物も苦労なく読むことができた。
前世ではなかった魔法が使えるのも楽しかったし、みんなの邪魔をしない範囲であれば私の意見や願いも聞き入れられたし、行動を咎められることもなかった。途中から開き直ってこれだけ監視が緩ければ多少の『オイタ』はバレないだろうと思い、それならそれで自由に色々やってみようと思って開きなおり、行動した結果が今の状況。
ある意味、自業自得感は否めない。大人しくしてればよかったものを好奇心に任せてのやりたいほうだい、今までバレなかったのが不思議なくらいだ。
自由というのは孤独と引き換えに得られるものだ。
だから後悔していないし、誰のせいにもしない。全ては自分で選んだこと。
わかってる、わかってはいても、それでも少しだけ、さみしかった。
そんな私の世界にとびこんできたのがロイとマルビスだ。
ロイの最優先は私じゃない。だけど、
「マルビスは他の誰かじゃなくて、私を一番に優先させてくれたでしょ?
それが凄く嬉しかった。
だからかな、たった三週間しか経っていないのにマルビスがいつも傍にいてくれたからもっと昔から隣にいてくれたような気がするよ」
一ヶ月もない短い期間。
だけどいろんなことがあり過ぎて密度がやたらと濃い時間だったしね。
私の人生設計も大幅に変更された。でもそのおかげでロイともよく話すようになったし、マルビスや他のみんなとも出会えたのだからそう悪いことでもなかったと思うのだ。
「私のお目付け役が終わればロイは父様のところに戻る、期間限定だもの。マルビスがここにくる少し前まで挨拶するくらいでほとんど喋ったことなかったし。
寂しいけど仕方ないよね」
会えなくなるわけではない。
同じ屋敷の中にいるのだから顔だけなら合わせることもできる。
暇があれば話し相手にだってなってくれるだろう。
「期間限定、なのですか?」
「そうだよ、だってロイは父様の秘書で、この屋敷の執事だもの。
私についてるのは臨時、父様の指示」
いつまでかはわからないが少なくとも一年、オープンするまではいてくれるだろうけど。
「知りませんでした」
「言ってなかったっけ? まあわざわざ言うことでもないし。
リゾート計画の発案者は私だけど、私だけでは心配だった父様がロイとランス、シーファをつけたんだ。領地内を私一人で出歩かせる訳にもいかないし、私一人じゃ事業も興せない。だから伯爵家三男坊の御世話係としてロイを、護衛としてランスとシーファを貸してくれた。それまで私にはそんなのついてなかったよ、屋敷からほとんど出なかったから必要なかったし」
ウチはそんなに裕福ではなかったしね。
一応グラスフィート伯爵家の事業になってるけど資金はワイバーンの素材から出てるので私の出資になってるから名義も全部私。事業が成功すれば勿論私の財産になるけど、税収が上がれば領地としての利益も上がるから伯爵家としてもロイがいない間、父様の仕事が増える以外の損はない。
ワイバーン素材も伯爵家の収入とするより冒険者としての私の収入にしたほうが国に税を払わなくて済むから全て開発費に注ぎ込めるというメリットもある。名義は私になっていても成人するまでは保護者として父様も口を出せるし、なかなか上手く考えられている。
リゾート開発計画が軌道に乗るまでの、ロイは借りものなのだ。
「でもマルビスはロイがいなくなっても、傍にいてくれるんでしょ?」
「勿論です。私は一生貴方についていくと決めたのですから」
一生って、そんなに簡単に口に出しても知らないよ。
「またそんなプロポーズみたいなことを。子供にそんな事言って本気にしたらどうするつもりっていったと思うんだけど?」
「ありがたく頂くと申し上げたと思うのですが?」
たしなめる私にマルビスはきっぱりと言い切った。
確かに前も言ってたね、なんの迷いもなく。
そして胸を張ってこう宣った。
「私には甲斐性があります。なので万が一のことがあっても貴方一人くらい余裕で養ってみせますよ」
「それじゃあ本当にプロポーズだ」
私ははははっと声をあげて笑った。
ホント、びっくりだ。
甲斐性か、マルビスにそれがあるのは間違いない。
確かに私が路頭に迷うようなことになったとしても有言実行で養ってくれそうだ。
「貴方と私は一蓮托生、そうとって頂いても何も不都合はありません。
ですが、私は無能ではありませんので必ずやこの事業は成功させます。安心して任せて頂いて大丈夫ですから貴方は貴方の望むままに、私が全力でフォローしてみせます」
この男前な発言、思わず惚れそうだよ。
知らないだろうけど、私の外見の好みがロイならば中身の好みはマルビスが近い。
責任感が強くて仕事が出来る、したたかでちょっとだけ強引で押しが強い、だけど決して無理強いはしない。おまけにこの包容力と甲斐性だ。
これだけの条件が揃っているのに何故いまだ独身なのか謎だ。
「マルビスって恋人とかいないの?」
「なんですか? 突然」
「いや、モテそうだなって思っただけ」
多少ぽっちゃりしてはいるけど太いというほどでもないし、肉付きのせいかハンサムとはいかないまでも決して三枚目ではない。背もロイには負けるけど低いほうでもないし、性格も悪くない。人をからかう癖はいただけないがそれもご愛嬌、嫌味はない。敵対したら容赦なさそうではあるけど。
いまだ独身というのは信じられない。
素朴な私の疑問にマルビスはあっさりと答えてくれた。
「いませんよ、事件前には財産目当ての方なら大勢見えましたが、ああまで露骨だとチョット、ね」
モテていたのはマルビスの後ろにある財力か。
所謂玉の輿狙いというところか。
でもそういうのって普通に考えればバレないように隠すものだよね?
下心っていうぐらいなのだから、笑顔の下に隠してこそだろうに欲望丸出しでは食いつくものも食いつかない。つまり隠す気もないのか、隠す頭もないのかのどちらかだったのだろう。
「それに例の事件以降は巻き添えにならないよう、関わりになるのを避けられていましたから。貴方に雇われる前までは無職でしたし。それでなくても私のような男は倦厭されがちなのですよ。仕事で各地を飛び回って、いつ戻るかもしれない男を気長に待っていてくれるような奇特な人はいませんでしたねえ」
この世界はつまり、まだそういう女性が多いということだ。
その時代、その世界に合った生活や習慣もあるからそれが悪いことだとは思わないけど。
「世間の方々は見る目が無いんだね。
待っているのが嫌ならついて行けばいいだけじゃない」
マルビスは目をまんまるくして私の方を見て、そして爆笑した。
ホント、よく笑うよね、マルビス。
私は笑わせるつもりは一切ないのにもかかわらず。
まあ難しい顔してるより、無理して茶化すよりその方がずっといいからかまわないのだけれど。
「確かに、貴方ならそうしそうだ」
間違いなくそうする自信はあるけどね、だって面白そうじゃないか。
もしマルビスみたいな人を好きになって、本当に手に入れたいと思うなら難しい話ではない。
一緒に世界各地を旅して回ればいい、好きな人と二人でなら旅路も楽しいはずだ。
「私、そんなおかしなこと言ったかな?」
いつまで経っても笑いが収まらないマルビスに首を傾げると彼は笑いを止め、私を見つめた。
「いえ、これでも多少は独身であることを気にしていたのですよ。
でも貴方の言葉を聞いたらそんな自分が馬鹿らしく思えただけです。
自分が独りでいた理由がわかりましたから」
「わかったの?」
「ええ、私はまだ出会ってなかっただけなのだということがわかりました」
つまり自分を追い掛けて来てくれるような人を探せばいいっていう意味かな?
でもそういう人って気が強そうだから間違いなく尻に敷かれそうだよ?
いいのかな?
清々しい顔のマルビスに、私は彼が納得したならそれでいいかと思うことにした。