第十六話 いつでも勝てる自信などないのです。
その日の午後に届いたポチの首輪と鎖を団長達の協力を仰ぎつつしっかりと付けた。
魔力を吸い取る首輪。
とはいっても体内の魔力を吸い取るわけではない。
そんなことをすれば魔力が枯渇して死に至るからだ。漏れ出た魔力や魔法発動のため使用する魔力、つまり体外に放出された魔力を吸い取るもの。
とはいえ流石に危ないので躾が出来ていない以上いまだ檻の中だ。
首輪を付けられた時は魔力が吸い取られるのがわかったのか随分と暴れたが、団長が屈強な力自慢を団員から総動員させたこともあって怪我もたいしてすることもなく付けられたが恨めしそうにこちらを睨み上げていた。
「ねえ、叔父さん。ポチの魔石って大きさどのくらいなのかな」
ふと浮かんだ素朴な疑問に思わず聞いてみた。
辺境伯のところに運ぶ馬型の魔獣など、今まで生け捕りをしたことがなかったわけではないがまさか自分が飼うことになるとは思わなかった。
絞めないということは魔石を採取できないということで、実際のポチの魔力量を計測するのは難しい。
いや、その気になればあの魔力量測定の石碑をここまで運んでくれば可能なのか?
でもアレがここにあるのはあまり公になっていない。
何故かって?
当然でしょう。
あれは本来神殿や冒険者ギルド、学院その他など、重要拠点にあるものですから。
まああんなもの、普通に考えれば貴族の屋敷にあまり必要ないものだけど、私の場合は魔力量を測るという本来の目的とは違う、保有魔力量量を誤魔化すために使っているわけで。隠しているわけではないので所謂公然の秘密というものだが、大騒ぎになるほど珍しいものでもないので特に問題にもなっていない。
とはいえ、あまり大っぴらに使用するのも如何なものかと思うし、壊れないというわけでもないのでポチに猫パンチならぬ犬(?)パンチで破壊されても困るのだ。
あれは相応に高価なものだ。
私の疑問にポチにしっかり視線を向けたまま叔父さんが言葉を返す。
「なんだい? 急に」
力仕事に私はお呼びじゃないということで、邪魔だと邪険にされたので、今回ばかりはやや遠巻きに様子を眺めている叔父さん達の側でポチに睨みを利かせつつ、私は尋ねた。
「魔素強化された時は結構存在感あったけど今って随分と大人しいし、脅威を殆ど感じないじゃない?」
初めて見た時は怖いとは思わなかったけど、こっちを威嚇するくらいの気概はあったのに随分と印象が違う。
するとそれを聞いていたケイから思わぬツッコミが入った。
「ですからそれはハルト様だけです」
うん、まあそのあたりのことはこの際聞き流してくれるかな?
表情からするとケイに悪気は全くなく、むしろなんかこう背中がむず痒くなるような(?)尊敬の眼差しを向けられているような気がするのは気のせいではないだろう。こうも私のやることなすこと全肯定、賞賛されると微妙な気分になるのは何故なのか。
誉められるばかりでは真実味が薄れてくるのだろうか?
いやいや、流石にそれはケイに失礼だ。
その胸に刻まれた奴隷紋にはマインドコントロール作用など無かったはずなのだが、やはりケイはガイの言うようにハルスウェルト教狂信者なのだろう。
タチの悪い病気に取り憑かれたということか。
そんなもの量産するつもりはこれっぽっちもないのに世の中とはままならないものである。
とりあえずそれはそれ、これはこれということで、気になった疑問を投げかける。
「強い魔獣や長く生きた魔物が大きな魔石を持つっていうなら魔素が取り憑いて変化して間もない魔物って魔石の大きさはどのくらいなのかなあって」
魔素憑きは元の個体より魔力量が跳ね上がる傾向がある。
実際今まで倒した魔獣は相応の魔石が採取できていた。
ということは、現れた瞬間は間違いなくポチは魔力量三千オーバーだったはず。
だが今はそれほどの圧力を感じないのだ。
するとサキアス叔父さんは少しだけ考えて口を開く。
「それは私より団長の方が詳しいと思うぞ。
以前の私の研究とは方向性も若干違うしな。
現場に出ている団長なら魔素変化したばかりの魔物や魔獣を狩ったこともあるだろう」
ひと仕事終わって額の汗を手の甲で拭いつつ檻から出てきた団長に叔父さんが視線を向ける。
「団長は知ってる?」
首を傾げた団長に今話していたことを説明する。
それを聞いてなるほどと相槌を打ちながら記憶を辿っているのか少しだけの沈黙が続き、団長が答えてくれた。
「個体にもよるが定着するのに多少なりとも時間がかかるんじゃないかと思うぞ?」
魔素を吸収して巨大化したり異形になったりするけれど、魔素強化される前というのはそこまで脅威でない場合が結構多い。実際、そういう現場に居合わせたこともあるけれど、極力変形する前に倒すよう心掛けていることもあってなのか、魔石の大きさは最初の魔素憑きのなる前の予測相応の物しか採取出来たことはない。
だけど最初から魔素憑きで相対した時は大抵その魔素憑きの持っている魔力量相応の魔石が取れていた。
つまり、魔素憑きも変化したてはまだその魔力量の魔石が生成されているわけではなく、定着していないということだろうか。
「へネイギスの一件はお前も覚えているだろう?
解剖したがヤツらの身体からは魔石は採取されなかった」
アレ、やっぱり解剖されたのか。
団長達が苦戦してたことを思えばその魔力量はそれなりにあったはずなのだ。
人間は本来魔石を体内に抱えていない。でも魔素憑きに堕ちれば体内に魔石が生成されというのはリッチの討伐で判っていた。
「だが確か魔石のなりそこないみたいな物体があったらしいが脆く、触れただけで割れたと聞いている。
ヘンリーがその解剖現場に立ち合ったはずだぞ」
団長に話を振られてヘンリーが頷く。
「ああ、あの件か。
そうだな、検体としては実に面白いものだったぞ。
魔獣、魔物化した現場ですぐに、しかも王都内で討伐された症例というのは滅多にないからな。身体が魔獣はそのまま運ぶのが困難であるため、大抵現場で解体されることも多いんで魔獣討伐に駆り出されることのなかった私はそういうものを見ることは殆どなかった。
あれは魔石が生成される途中だったとみるべきだろう。
要するにどのくらいの時間なのかはっきりはしないが魔石が生成されるには団長が言うようにそれなりの時間がかかるということなのだろう。今までは大抵しっかりとした形で体内から取り出されていた」
やはりそうなのか。
「俺らが相手取るのは殆どが既に完全変化後のヤツだ。
出動要請が届き、準備をして駆けつけるまでにそれなりに時間もかかるしな」
そりゃまあごもっともで。
王都内ではあまり通常であればそんなに問題になるような魔獣の出現率はあまりない。あったとしても人口密度の高い王都では発見、目撃されるのも早い。
だが地方への遠征ともなれば出兵の準備には時間がかかる。
調査、兵の招集して、兵糧の手配、作戦立案、その他諸々あるからだ。
そうでなくても王都以外の領地でそういう問題が起こればまずはそこの領主が対応、解決に当たるわけで、手に負えないと判断されれば緑の騎士団に出動要請が来る。つまりそれだけの段階を踏むとなればそれだけ時間も食うわけで。
そうなれば魔石の生成も既に終わっている、と、こういうことなのだろう。
団長は記憶を辿りながら話してくれた。
「だが稀にそういう現場に居合わせることもある。
そういう場合は強敵だと思ったヤツでも魔石がやけに小さいこともあったんだ。俺達は討伐するのが仕事だからな。現場に足手纏いになるような研究者を連れて行くこと自体滅多にない。危険な場所にまで出張ってくるそういうヤツらもいないしな。
まあ全ての魔物や魔獣から魔石が取れるわけじゃないし、所詮目安だからな。正確なところが現場でわかっているわけでもない。ソイツの圧力とこのタイプでこの大きさならこれぐらいが妥当だっていう経験則みたいなもんなんでハズレることも多かったから俺はあんまり気にしたことはなかったんだが」
そのあたりは団長らしいといえば団長らしい。
細かいところは気にしないという性格も勿論あるだろうが、逆に魔石を持たない魔獣を狩った経験も多いからこそなのだろうが。
二人の話を照らし合わせるとするなら、つまり、
「あの魔石の硬度を形作るのはすぐには無理ってこと?」
私の問いにヘンリーが答えてくれる。
「多分な。魔石の耐久性に差があるのは使用頻度だと思っていたんだが、あれ以降、それを否定する論文や魔石とは魔物や魔獣が本来持っているものではなく、なんらかの成長過程で魔素が集約して結晶、鉱石化したものではないかという説が出てきた。そういう意味では貴重な検体だったぞ」
それは初耳。
そんな話は聞いたことなかったのだけれども。
結構、ウチにはいろんな情報が流れてきていると思っていたのだけれど。
「その論文、公表されてないよね?」
「ああ。陛下が差し止められたからな。
あれは滅多にない偶発的なものとして処理されている。
実証されていない案件でもあるし、他の症例があるわけでもない。これが出回ると魔石の価格が暴落しかねないんで市場が混乱するからと」
でしょうね。
折角手に入れた大きな魔石がすぐに割れてしまう可能性があるとなれば買い付けに慎重になる者も出てくるかもしれないし、それを利用して詐欺紛いの商売が横行しないとも限らない。
「いいの? そんなこと私達にバラして」
暗に陛下が隠された案件でしょうと問い掛けると、ヘンリーはケロリとして答えた。
「構わんだろう。もう六年近くも前のことだしな。
それにここはハルウェルト商会本部。確証の無い眉唾ものの話で市場が混乱するのは望むところじゃないだろう?」
そりゃあまたごもっともな御意見で。
それが真実であるならまだしも不確定な情報に踊らされるのは好ましくない。
「俺達も聞いているんですけど?」
シーファがそう口を出すとあっさりそれも受け流した。
「問題ない。お前達はハルトが不利益を被るようなことは言わないだろう?
言ったとしても一介の兵士の言葉に定説を覆すほどの力は無い。嘘つきか頭がおかしいと言われるのがオチだ。ハルトやサキアスみたいなヤツの口から語られれば信じるヤツもいるだろうが、広まったとしても平民の生活にまで影響するようなものでもない。
それらが関係してくる大きな魔石を保有しているのは富裕層だ。一般庶民は一つが金貨何百枚もするような魔石を持っていないだろう?」
そりゃそうだ。
一般家庭にそんなものの利用価値は皆無に等しい。
持っていたところでそれが周囲に知られれば悪党から狙われるだけだ。利用価値が無いものを置いておくより換金してより良い生活を送る方が現実的だ。
「それにそれが立証され、その話が広まれば故意に魔素憑きを量産して魔石が胎内で生成されるまで放置する輩が出てこないとも限らん。それを討伐できる保証もなく、な。貴族の私欲のために兵や民を犠牲にしてはならないとの陛下の御言葉だ。
お前らだって魔石採取のために魔獣が強くなるのを待って戦死するなんて馬鹿な真似はしないだろ」
団長にそう言って話を振られ、更に納得した。
「そんなことをすればウチでは魔獣に殺される前にハルト様に蹴り飛ばされますから。
何事も命あっての物種、余計なことを考えるなってね」
そうシーファが笑って団長に返した。
いくらなんでもそんなことは・・・するけど。
倒さねばならない敵が目の前にいる状態で余計なことを考えたところで良い結果が出るとは思えない。犠牲者を出して得た魔石に価値などない。たとえ価値があったとしても支払う見舞金や討伐にかかる経費、その他諸々計算すれば下手したら赤字だ。そんな博打みたいな真似をせずともウチは資金繰りに困っていないし、魔石は金庫にゴロゴロと転がっている。
しかしそこまで考えない馬鹿や自分の欲望を満たすことしか考えない阿呆は一定数いることを思えば陛下の対処ももっともなもので。
「つまりポチは魔素憑きになってまだ間もなかった可能性もある。
イシュカやガイの話によればその圧力は推定三千オーバークラスだったというが今のポチにその迫力は無い。となれば確証はないが魔素が取り憑いて日が浅く、完全結晶化していなかったために食わせた聖水入りの玉子で浄化されて元に戻ったとみるべきだろう。だからこそ私としては是非とも解剖してみたいところなのだが」
そんなことを宣うヘンリーの言葉をサキアス叔父さんが遮る。
「どちらにしても浄化されているなら魔石は元の大きさに既に戻っている可能性が高い。その痕跡が残っていたとしても得られるのはその推論が当たっているかもしれないという不確かな情報だけで裏付けるほどの確証は得られない。
ならば確証の無い理論を実証できるかどうかに賭けるより経過観察して今後の様々な問題に役立てるべきだ」
「と、サキアスが言っているので解剖は諦めた」
成程。
この二人の間でも結構な討論がなされたようだ。
「実際、仮にそれが実証できたとしても陛下の仰るように混乱を招くだろうから発表も出来ない。大きい魔石が欲しいからと魔物を放置して国や兵、民に被害を出すのは愚の骨頂だ」
陛下の言い分に団長も賛成ってことね。
それに関しては私も同意見だ。
魔素憑きの変化というのは予測が出来ない。
下手をすれば討伐できない怪物を生産した結果が国の崩壊では笑えない。
「私達が好きな研究を存分にできるのも世が平和であればこそだ」
団長の言葉にヘンリーが大きく頷いた。
言っていることはわかるのだが、それをヘンリーが言ったことが意外で私がジッと見つめていると『なんだ?』と返された。
「いや、意外にまともなことを言ってるなあって」
もっと自分本位の研究のためなら他者の迷惑を顧みないタイプだと思っていたのだけれど。
「前王は戦好きだった。私は学院生時代、好きでもない兵器開発を押し付けられたからな。正直、迷惑していたんだ」
ヘンリーの返答からすると過去の経験あってこその発言ってことなのだろう。
地位や名声のために仕事だからと割り切れる研究者もいるだろうが叔父さんやヘンリーはそのタイプではない。
自分が興味のあることならば熱中し、寝食を忘れるほどに没頭しても興味がないことに関しては食指を動かさないタイプ。典型的な専門バカたる研究者肌だ。
逆に興味を持たせられればこっちの勝ち。
おそらく前国王陛下はそれを理解していなかったのだろう。
「あの頃は冗談じゃないと断れなかったんで、わざと欠陥品を作ってやった。マトモなものを渡す義理も必要性も感じなかったからな。苦情と文句を遣いの者が持ってきたが学院生如きにそのようなものが作れると思うほうがおかしいだろうと追い返してやったが」
国王陛下に対してその態度。
まあ私でもそうするだろうけど。
逆らえないからこそ努力しているフリ。
それが自分が正しいと思えることならまだしも人殺しの道具など絶対作りたくないもんね。
でも、
「そんなことまでバラしていいの?」
「問題ない。前国王陛下は既に御逝去なされている。
今の陛下は平和主義だからな。
この国は諸外国に比べてもかなりの大国だ。これ以上領土を広げれば管理にも限界があると思うぞ。それを考えれば今の陛下は聡明というべきだろう」
そういえば前国王は戦場で華々しく散ったとか?
戦が好きで国土を広げんと出張ったところで死んだら何にもならないではないか。まあそれで御逝去なされたというならば自業自と・・・いや、本望でしょうとここは言っておこう。
それで今の陛下が国政舵取りをするようになったと。
私がこの世界にまだ生まれてくる前の話だ。
今の陛下は随分と若くして最高権力者の座に就いたわけだが、その手腕に今では稀代の名君とさえ言われている。
あの腹黒さは苦労の証なのだろう。
そして陛下の側には宰相や団長、連隊長が控え、支えていた。
厄介で面倒この上ない御仁だとは思うけれど、私は陛下のそういうところは素直に凄いと思うのだ。
フィアも偉大な父君を持ってこれから苦労するだろうな。
私は出来ればあまり関わりたくはなかったのですけどね。
ガッツリ関わっている今ではそれも今更だけど。
「で、その陛下は今回の件、どうするつもりなのかな?
団長は聞いてる?」
すぐに間を空けずに団長が来たってことはまだ何も決まってない可能性もあるけれどあの陛下がグダグダと対処に悩むようにも思えない。
「どうするも何も、調査次第だ。そういった研究についても勿論だが、今回の件は本当に魔獣を手懐けられるかどうかも関心度が高い」
その言い方からするとむしろ後者の方が期待値高そうなふうにも聞こえるんだけど。
「どういうこと?」
「例えばだ。ポチは魔素浄化されて減ったとはいえ、この気配から察するに二千クラスの魔力量はあるだろう。そうなれば魔獣討伐においてそれ以下のクラスの魔獣を追い立てることができるように訓練できれば討伐も随分と楽になるし、鼻が良いとなれば魔獣の巣穴も見つけやすい。魔素濃度が高く、普通の犬では怯えて近寄ろうとしない場所でも探れるようになればそれだけでも飼い慣らす価値がある」
なんとなく。
なんとなくだが団長の言いたいことが解ってきた。
つまり、
「ウォーグだけではなく、ワイバーンなどの翼竜種を手懐けられるとなれば、その背に乗って上空からの調査もできるようになると?」
「その通りだ。そのあたりの察しの良さは相変わらずだな。
他は鈍いのにどういうことだ?」
ほっといて。
その一言余分です。
それは余計な御世話というものだ。
まあ少しは直さなきゃいけないとは思っていますけどもね。鈍過ぎるのは一歩間違えると無神経になりかねない。他人の気持ちを気付かなかったから踏みつけていいという話にはならない。
そういうところはロイやマルビス、シュゼットに頼り切りの自覚もある。おおらかといえば聞こえは良いが結局のところ気遣いの足りない粗忽者というわけですから。
しかしながら現在その技術が確立されていないということは、つまりその手段が見つかれば逸早く制空権を取れるということ。
「でもそれが戦争で使われないという保証は?」
「ない、だろうな」
団長は難しい顔でそう言った。
言い方は悪いがこういったことは『やった者勝ち』なのだ。
戦争というのは決して敗者に優しいものではない。
それがたとえどんな卑怯でエゲツない手段であったとしても。
国が戦いに負けるということはそういうことなのだ。
逆らえるだけの戦力、気力、経済力、軍事力、その他諸々の力を破壊され、根こそぎ奪われる。それは過去の歴史が証明してる。『世界は一つ』などという理想論は遥か未来のものでしかない。
それを思うのなら勝てない相手ならサッサと白旗を上げた方がマシにも思うのだが、残念ながらこの時代、そんなに優しい国ばかりではない。
敗戦国は植民地化、奴隷のように働かされ、搾取される。
そうして滅んでいく国もある。
他国の人間を、目の色、肌の色、話す言語などが違うというだけで同じ人間として扱わず虐げる。前世でいうところの白人至上主義者や黒人差別だ。
自分の下に見ていた者をある日突然、自分と同等と扱えと言われたところで納得できる人間ばかりではない。上だと思っていた者からすればそれは蔑んでいたものと同格に堕ちるというように考える者もいる。
人の不幸は蜜の味。
自分よりも下の人間がいることに安心して暮らせる者もいる。
私はまだマシな方。
そう思って前世の私も生きていたことを思えば人のことをとやかく言えた義理ではないのかもしれない。
それでも関係ない他人を踏みつけ、犠牲にしていいなんて思ったことはない。
人類みな平等と言えるほどの博愛主義者ではないが、生まれや育ちで人の優劣など決まらないと思うのだ。
貧しくても己の腕と才覚で成り上がる。
それはすごいことだと思うのだ。
だが魔獣を戦争に駆り出す、それが当然と化せば平気で小国を蹂躙するようになってしまうところも現れる可能性も捨てきれない。
全ての国王が友好且つ平和的であろうはずもない。
いや、むしろ、制空権を取れるなら小国が大国に勝てる未来もありえるだろう。それだけ空を飛べるということはアドバンテージが高いのだ。
自分を神か何かと間違えている馬鹿も、他人の意見や心情などカケラも考慮しようとしない独裁者、己が贅沢のため平気で貴族平民を使い潰すロクデナシ、既得権益に取り憑かれた貴族のお人形になりさがった形ばかりの国王元首。
暴君がいないはずもない。
シュゼットからはそういう国もあると聞いている。
国家の繁栄、衰退はその国の舵取りをする者の責任。
その犠牲となるのはその国に住まう多くの民達だ。
私は戦争なんて大嫌いだ。
大切な資源を湯水のように無駄にし、他人の大事な者を殺戮する。
力で押さえつけて得られるのは賞賛なんかじゃない。
恐怖で押さえつけた隷属と従属。
無慈悲に踏みつけた罪の無い人々の数と同じだけの怨嗟と戦で荒れ果てた土地。
そんなものを少しでも減らしたくて私はたくさんの楽しい興行を起こすと決めたのだ。
私のたくさんの大事なものを護るために。
今の幸せを護りたいと思ってくれる世の中になればそんな不幸を少しは減らせるのではないかと思うのだ。
世界平和なんて立派な考えじゃない。
ただ大事なものを護りたいだけの実に自分勝手な理屈。
でも私の側近も、シュゼットやフリード様達もそれを手伝って下さると言った。
この夢はもう私だけのものじゃない。
私が顔を思い切り顰めると団長が苦笑して私の頭の上に掌を置いた。
「だが悪いことばかりではない。
空を飛べるということはそれだけでも格段にできるとこの幅が広がる。上空から地面が見渡せれば正確な地図も作りやすくなる。そっちの系統の魔術はまだ研究が進んでいないからな」
・・・浮かぶだけなら多少手間はかかりますが魔法を使うまでもないですけど?
すぐに思い浮かぶ方法は三つ。
魔法で補助が可能ならあと一つ。
それに魔法でも多分出来なくはない。
出力と安全性が確保できれば理論的には実現可能だと思う。
ただそれなりの魔力量は必要不可欠だろうけど。
残念ながらそれをペロリと言っては私の大いなる野望の足枷にならないとも限らない。流石の私もコレはブツブツと囁き漏らすわけにはいかないので極力記憶の奥底に沈めておこうと思っているのだ。
団長の言い分もわからなくはない。
わからなくはないのだが、それは危険と紙一重。
多少の危険、諍いがあっても平和な世の中が一番と思っている私は結局、前世の平和主義が染み付いているのだろうな。
多少(?)負けん気が強く、売られた喧嘩は買い回っても所詮私は小心者。
そこっ!
そんなはずないだろうって笑わないっ!
確かに私は御世辞にも繊細などと言えない性格ですけどね。
自分から喧嘩を吹っ掛ける度胸が私にはないのです。
必ず勝てる自信などどこにもない。
勝てないと思ったら負けだと思っているだけで。
だからこそ先手必勝。
相手の準備が整う前にカタをつけるのが最良だろうと。
私がしてるのは、いつも負ける要素を潰しているだけなのですから。




