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第十三話 まだまだ考えが甘過ぎるところです。


 そのまま現実逃避して気絶するかと思ったものの、そこは図太さに定評アリの私だ。

 嫌いな相手に無理矢理奪われたわけでもなし、割り切りはしたものの完全復活は流石に無理。ダッシュで自分の寝室に閉じこもると鍵を掛け、更には棚で扉が開かないように塞いだ上でベランダに続く窓にもキッチリ鍵を掛けてハンカチで把手を縛ったところでカーテンを閉めて安心し、布団の中に亀のように潜り込む。


 嫌・・・では、なかったのだ。

 キスされた時も、知らない間にファーストキスを奪われてたと知った時も。

 ただ混乱しただけで。

 だってガイの言う通りなのだ。

 納得の上で婚約して告白もされてた相手。

 私が本気にしてなかっただけで。

 考えてみれば実に失礼極まりない話で悪いのは私。

 責めるつもりは毛頭無い。

 今まで全然、気が付かなかった。

 まだ先の話だと思って安心してたから。


「ハルト様っ、申し訳ありませんっ」

「つい寝顔がお可愛らしくて」

「悪気はなかったんですっ」

「謝罪しますから開けて下さいっ」


 ドンドンと叩かれるドアの向こうから聞こえてくるロイ、イシュカ、テスラ、マルビスの声は必死だ。

 出来れば許可を取ってからにして欲しかったと思わないでもなかったが、多分、私のことだ。新手の冗談かと躱していたことだろう。それを思えば責められようはずもない。

 

「大丈夫っ、怒ってないっ、怒ってないから少しだけ一人にして。頭の中整理したいだけだからっ」

 

 眠っている間にキスされてたと知ってしまえば照れ臭いし、『なんでっ』とか思わないでもないけれど私にとっては今まで知らなかったこと、記憶に無ければ正直実感もない。それよりも(と言ったら失礼かもしれないが)衝撃が大きかったのはガイとのキスだ。

 あの言い方からするとガイとは初めてなのだろう。

 ロイ達の行動はわからなくもない。

 ロイもマルビス、イシュカやテスラはここ数年、いつも眩しすぎる笑顔と好意全開丸出しの態度で隠そうなんて気すらなかったのだし、そりゃあ婚約までしてる相手が警戒心ゼロでスヤスヤと目の前で眠っていたらつい出来心なんてのは実にありがちな展開で糾弾できるはずもない。

 その相手が自分ではない他人事、漫画やラノベの展開なら多分私は『そこだっ、いいぞっ、いけっ』と、目を爛々と輝かせ、人目を気にする必要のない部屋でなら叫んで手を振り回しているだろうシュチュエーションだ。

 私がそんなわけないって勝手に決めつけていただけで。

 でもまさか、ガイまでそんなことを言い出すとは思いもしなかった。


 私は本当にどれだけ鈍いのだ。


 これはむしろ気が付こうとしなかった私が悪い。

 その好意を疑っていたわけじゃなかったけど、完全なる思い違い、勘違い。あんなモテそうな大人のイケメンズにこんな私がそういう意味で好かれるはずなどないと確かめもせずに信じ込んでいた。

 もっともこういうところはヘタレ気味であるという自覚もあるのでそれを疑ったところで図々しくも『私のこと好きだよね?』などと問い詰められるはずもないことを思えばこれはある意味当然の結果で自業自得。

 そりゃあ少しは見られる顔だと思っていたけれど、みんなに比べたらどう考えても見劣りしてる。成長期で少しは大人びてきたけど体型はあくまで標準、鍛えても筋肉が付きにくい身体はヒョロくは無いけど自信持ってお見せできるほどのシロモノではない。

 男らしいと巷で言われている性格に反しての女顔。流石に以前のように女の子に間違えられることは無くなったけど、これでは軟弱そうに見えるかもと、いっそ後ろで束ねていた肩より長い髪を何度刈り上げようと思ったことか。

 でも切ろうとする度にマルビスに折角美しい髪なのですからと言われて調子に乗って、イシュカにこの方が綺麗だと言われて『まあ良いか』と思いつつ、ガイにクシャリと髪を撫でられるのが嬉しくて、テスラに作業する時は後ろで縛っていた方が楽で優雅にも見えますよと言われて粗雑でガサツな行動もこの方が少しはマシに見えるかもなんて考え、ずっとロイが楽しそうに解かして丁寧に洗ってくれるのも心地よくて、ついそのまま伸ばしてた。

 綺麗、可愛い、美しい、なんて、そんな言葉に調子に乗って。


 だってしょうがないじゃないっ!

 そんな言葉前世じゃ縁がなかったんだものっ!

 御世辞に違いないと思っていても、


 その言葉、嬉しかったんだ。


 それでも構わないってくらいには嬉しかったんだ。

 大切に、大事に扱われるのが嬉しかった。

 ただ言われ慣れていなかったから欲目だろうって決めつけて。

 それでもやっぱり嬉しくて。


 恋した相手が一番綺麗で可愛い。

 カッコ良くて素敵に見える。

 だから私がどんなに不細工だったとしてもロイ達には可愛く映ってた?

 確かにロイ達と比べるのが間違いであって私も不細工というほど酷くはない、と思う。

 『でも』、『だって』と、そんな言い訳が頭の中でグルグルまわる。

 こんなのちっとも私らしくない。

 太々しいほど図太くて大胆不敵、それが私のウリのはずなのに。

 イイ歳して情けない、まるで小娘みたいじゃないか。

 いやまあ今は小僧なわけだけど。

 もうすぐ小僧とも呼べない歳になる。

 急に現実味を帯びてきた結婚生活。

 そりゃあロイ達は無理強いなんてしないだろうけど私は私の優柔不断さをよく知っている。

 その結果が六人の婚約者持ちなのだから。

 前世で祟られていると言われていたほどの男運は改善されたどころか逆ハーレム、その他諸々の欲しいと願っていたものは厄介事と共に雪崩にように舞い込んだ。

 それこそもう勘弁してくれというほどに。

 でも、誰一人も勘弁してくれなんて思ったことはない。


 つまり、彼氏いない歴イコール年齢で生まれ変わった私は恋人も夫もいなければそういう経験もゼロだったわけで、だからこそのこの状態?

 私はただ前世で叶わなかった砂を吐きそうなほど甘い恋人同士の雰囲気とイチャラブ生活を満喫してみたかっただけで、そしたら俗に言う『薔薇色の世界』が味わえるかなあ、なんて、らしくもなく、乙女な夢見ていただけ。


 いや、思い出してみろ、私。

 自分が子供だからそういう絵面ではないと自分が思っていただけで、ここ六年の記憶を遡れば少女漫画かBL小説バリの花をバックに背負ったようなキラキラ感たっぷりのシーンが数々あったではないかっ!

 姫抱っこは日常茶飯事、料理を作れば味見で定番の『あ〜ん』、手を繋いでの買い物デート、獣馬に跨っての相乗り(タンデム)、うたた寝からの抱え込まれての添い寝での目覚め、魔獣討伐では危険が及びそうになればその背中に庇われ、弱音を吐けば腕の中で抱き締められて泣かせてもらって、色っぽいラブシーンと呼べるほどのものは無いけれど、まさしく憧れのイチャラブ満喫ヒロイン生活。


 ヒロインではなく小僧だったわけだけど。

 いや、私が気が付かなかっただけでハタから見れば寝落ちした状態での寝顔へのキスという王道シーンがあったわけで、さっきのはありがちな寝っ転がる相手の顔覗き込みからの引き寄せられてのファーストキス(ではなかったが)。

 思い出したところで再び顔からボンッと火を噴いた。

 キョロキョロと誰もいないはずの寝室を見回して間違いなく誰の姿もないことを確認するとホッと息を吐く。


 結局。

 今回の件でわかったことがある。

 私はみんなが好きなのだ。

 多分、みんなと同じ意味で。

 実際、みんなが言っていることは正しい、というか一理ある。

 巨大過ぎるハルウェルト商会とアレキサンドリア領、これを経営するには誰が欠けても厳しいという他ない。

 贅沢だって罵られてもいい。

 誰一人も手放したくない。


 友達や親しい者の間で交わされる顳顬への挨拶のキス。

 家族やごく親しい者に贈られる頬へのキス。

 それも最初の頃は気恥ずかしかったのに今ではすっかり慣れてしまった。

 それがたった数センチ、ズレただけ。

 でもそのたった数センチが大きく違う。

 それを他の人としたいとは思えない。

 他の誰かなら無意識に奪われていたことを許せるはずもない。

 嫌だなんて、カケラも思わなかった。

 

 いいのかな? 

 本当にいいの?

 私がみんなを独り占めして。

 家族になる約束。

 それが夫(?)としてだなんて考えたことなくて。

 私はそれを想像して耳までカーッと紅くなる。


 待って、待ってっ、待ってよ〜っ!

 無理無理無理無理無理っ、無理だってっ!

 現実の男一人と恋愛したこともない私にハーレムの主なんてどう考えても無理ゲーでしょうっ!

 私の経験値、考えて下さいよ〜っ!

 でも、いや、だって、しかし、そんな単語が頭の中に渦巻く。

 

 だけど・・・

 誰一人離したくないならその覚悟を決めるしかないのだ。

 覚悟というにも烏滸がましい、贅沢過ぎる状況を受け入れる覚悟を。

 転生してからというもの、私のもとには前世では恵まれなかったり、望んでも手に入れることができなかったものが大量に転がり込んできた。

 でも、手にしたそれら全てを失くしても、ロイやマルビス、イシュカやテスラ、ガイ達みんなを手放したくない。

 たった一人で良いと思ってた、一番欲しいと願ったものを私は既に手にしている。

 ならば私は・・・



 そうっと寝室の扉を開けると、続く私室の中には誰もいなくてホッと息を吐く。

 一人にして欲しいと言った私の気持ちを察してくれたのかな。

 もう夜だしみんな寝てるのかも。


 ・・・違う。

 眠れないよね、きっと。

 ただ私の気持ちを尊重してくれてるだけ。

 私はそうっと窓を開けるベランダの手摺に手を掛けて月の明るい夜空の下へと飛び出した。

 地面に着く前に風の障壁で衝撃を張って衝撃を和らげるのももう慣れたものだ。

 出来るだけ音を立てないように静かに庭を抜けて湖畔まで辿り着く。

 少しだけ夜風にあたって頭を冷やしたかった。

 まだ冷たすぎる夜風も今は気持ち良い。

 激し過ぎる動悸で身体が寒さに鈍くなっているのかもしれない。

 そんなこと考えながら水面に映った月を眺める。

 膝を抱えて芝の上に座って暫くすると流石に少しだけ寒くなって身震いすると小さく後ろでガサリと音がした。

 風かなとも思ったけど、なんとなくそこに人がいるような気がして声を掛ける。


「ガイ、そこにいるでしょ?」

 多分いるとしたらガイ。

 そう思って振り向かないままその名を呼ぶと案の定、木陰から黒い人影が姿を現した。

「よくわかったな。俺がいるって」

 足音も立てずに近付いてくるその姿。

 こういうところも変わらない。

 私は苦笑して答える。

「半分くらいはカン、っていうのも違うか。

 残念ながらまだガイを誤魔化せるほど気配を消すの上達してないし、多分気づかれているだろうなって、そう思っただけ」

 私の言葉にクスッとガイが笑う。

「まあ、な。だがイシュカに感付かれなかったのを思えば充分上出来だと思うぞ?」

 かもしれないね。

 でもガイが追いかけてきてくれたから安心して来なかっただけかもしれないけど。

 私の横に立つとガイは私を見おろして尋ねてきた。


「で、整理は付いたのか?」

「うん。一応」

 逃げ出すみたいに寝室に閉じこもっちゃったし、そりゃあ気になるよね。

 なんとなく視線は感じるけどまだ視線は合わせられないし。

「その前に確認したいことがあるんだ。聞いてもいい?」

「答えられることならな」

 それでいいよ。

 私も言えることばかりじゃないし、お互い様だもの。

 頷いて私は口を開く。

「ガイは、いつから私のこと、そういう意味で好きでいてくれたの?」

 他のみんなは気付かなかった私の方がいっそ失礼だと思うほどにストレートだったけどガイは全然そんなそぶりを感じなかった。

 大切にされていることくらいはわかっていたけど。

 ガイは左手で髪をかきあげながら少しだけ間をおいて答えた。

「決定的に自覚したのはごく最近、イシュカが御主人様の寝顔にキスしてるのをウッカリ目撃した時だ」

 やっぱりされてたんだ、キス。

 照れ臭いとか恥ずかしいとかあっても嫌だとは思わないけど。

「多分、惚れてたのはもっと前からだと思う。

 そんな予感があったし。

 ただまあ御主人様は子供(ガキ)だったからな。全然子供(ガキ)らしくなかったが」

「でもガイは私を子供扱いしてたでしょう?」

「そりゃあどんなに大人びていようと子供(ガキ)子供(ガキ)だ」

 出会った頃からガイはそう言ってた。

 父様でさえ私を大人同様に扱っている中、ガイはいつもそうだった。

「私ね、ガイに子供扱いされるの、好きだったよ?」

 前世でも弟達の世話をしていた私は『面倒見の良いお姉ちゃん』でいることが当然で、両親に甘えた記憶も殆ど無かったし、今世では三男っていうのもあってあまり構われることもなかった。それでもラルフ爺やマイティ、リザ達メイドが優しかったから孤独だとは思わなかったけど彼等は父様の屋敷の使用人、どこか他人行儀だった。

 でもガイが子供扱いしてくれると、そんな子供の頃に満たされなかった何かが埋められていく気がしたんだ。

「ああ、知ってた。俺の前では殊更子供(ガキ)っぽかったしな。気付くだろ」

 ガイ、だもんね。

 誤魔化せるなんて思ってないよ。

「でももう子供(ガキ)扱い、してくれないんだ?」

子供(ガキ)には手ェ出せねえだろ?」

 そういう意味か。

 私は殊更紅くなってグッと息を詰まらせる。

 つまり私も子供だからと容赦される時間はあまり残されていないってことか。

 そうだよね。

 二つ上の姉様も来年には結婚する。

 アル兄様はミーシャ様が私と同じ歳だからまだ三年先だし、ウィル兄様の婚約者も同じ歳、今年の冬には嫁入り前の同居が始まる。

 流石にミーシャ様は王族なので結婚と同時みたいだけど。

 そういう歳が近づいているってことだ。

 でも、

「・・・私、ガイだけを選べないよ?」

 これだけは言っておかないといけないと思って叱られるの覚悟で口にすると、

「ああ、知ってる」

 と、そう、あっさり肯定された。

 ロイ達といい、ガイもレインも驚くほど簡単にそれを許容する。そりゃあシルベスタ王国では重婚も許されているけれど意外だ。

 いや、それなりに葛藤はあったのかもしれないけど。

「良いの?」

 恐る恐る尋ねた私の頭の上にポンッと掌が乗せられてクシャリと髪を撫でられる。

「仕方ねえだろ? そういうヤツに惚れちまったんだから。

 それに前にも言ってただろ?

 俺達は御主人様に足りないものを補うために集められた。俺と御主人様に足りないモンはイシュカやテスラ達が持ってる。俺等は御主人様を中心に形作っていることを思えば誰が欠けてもイビツになる。

 俺にその穴は埋められねえよ。

 それを望まれても困るしな。だったら割り切った方が早い」

 だいたいがロイ達の意見と一緒。

 破れ鍋に綴じ蓋なんて言葉もあるくらいだ。足りないところを補うために伴侶を探す人だっている。それを思えばこの六年、私達は互いの足りないものを補い合いながら様々な苦難を乗り越えてきた。

 誰かが欠けてもイビツになる。

 既に運命共同体ともいうべき存在なのだ。

 それは私だけではなく、ガイもってことなのかな。

 だけど、

「ガイらしいね」

 その割り切り方。

「俺はおためごかしは嫌いだ」

 どんなに綺麗事を言ったところで手放せない存在。

 だから丸ごと受け入れてしまおうってことか。


「こういうのは理屈だけじゃ片付けらえねえよ。

 それにアイツらがいてくれた方が面白ェ毎日が送れる。

 俺がもともと御主人様のところに来た理由はソレだっただろ?」


 言われて思い出した。

 ガイが私を主人に選んだ理由。

「そう、だったね」

 退屈な毎日が嫌いだって言ってたっけ。

 そういうところも変わっていない。

 だからこそ私も正直になろう。

 ガイは私のそんなところを気に入ってくれてたはずだから。

「私、ガイもイシュカ、マルビス、ロイ、テスラ、レインはまだよくわからないけど、みんなそういう意味で好きだよ。我ながら欲張りだなあとは思うけど」

 そう言った後にクシュンッと小さくクシャミをするとガイが私の後ろに座り、その温かな腕に抱き込んでくれる。

 ガイの表情はわからなくなったけど服越しに伝わる鼓動が私を安心させてくれた。

「別に個人的な感情ならそれもアリだろ。

 男ってヤツは強欲だからな。一人で満足出来ないヤツは他にもいるし、一人だけで満足しててもそのたった一人に強烈に執着するヤツもいる。

 人それぞれだろ。

 まあ恋愛が全てじゃないヤツもいるから一概には言えないだろうが要は相手がそれを許容できるか否か、だろ?」 

 確かにその通りなんだけど。

「ガイは許容範囲ってこと?」

 割り切れない感情があるのも人間だと思うのだ。

 そう問い掛けるとギュッと尚更強く腕の中に抱き込まれた。

「正直言やあ面白くねえところもある。

 だが言ったろ?

 アイツらがいたほうが都合が良いことが多い。

 六年近く一緒に暮らしてりゃあ情もわくしな。

 要するに妥協だ。取捨選択の結果、俺等は選んだ。

 それだけだろ?

 別に強制されてもいねえしな。

 多分、アイツらも似たようなモンじゃねえの?」

 面白くない。

 でもいてくれた方が都合が良いか。

 全てが上手く、丸く収まるなんてことは滅多にない故の妥協。

 私が口に出すのも図々しいが的を得ている。

「こういったモンに正解なんてねえし」

 いつか贅沢者だって詰られる時がくるかもしれない。

 でもみんながそれを許容してくれるというなら私はこれからより一層努力しよう。

 私の伴侶でいることを誇りに思ってもらえるように。


「だったら、さ。ガイ、お願いがあるんだけど」

 聞いてもらえるかどうかわからない。

 でも頼んでみようと思うのだ。

「なんだ?」

「他所に女を作る時は隠して私を騙し通して。

 私の前では私だけだって信じさせて」

 本当は私だけのものでいてって言ってしまいたい。

 でも自分ができないことをガイに望むのは違う気がする。

「他に女を作るなとは言わないのか?」

 言いたいよ?

 だけど言えない。

「勿論私だけのものでいてくれるならその方が嬉しいよ? 

 でもガイ一人のものになれないのに、ガイには私のものだけでいてくれなんて都合のいいこと、言えないでしょう?」

 だからお願い、私の前だけでもいいから私だけだって信じさせて。

 そして吐いた嘘なら吐き通してほしい。

 私は単純だからきっとガイの言うことなら信じてしまうから。

 そう言った私の言葉のどこがツボに入ったのかガイは破顔して私を抱えたまま笑い出した。

「そういうところが御主人様らしいというか。

 とりあえずは御主人様で手がいっぱいだから今んとこ作る予定は無いが、わかった」

 ? ? ? 

 納得して、くれた?

 何故だ?

 よくわからない。

 結構勝手で我儘なこと言ってるって思うのだけど。

 まあいいや。ガイは守れない約束はしない主義。

 ならばきっと私を上手く騙し通してくれる。

 となればもう一つのお願い。

 これは聞いてくれるかどうかわからないけれど。


「あともう一つ。気持ちの整理出来たけど、こういうのは慣れてないからさ。色々な覚悟はまだ出来てないんだ。私の心が追いつくまで、後、少しだけ待ってくれないかな」

 自覚したばかりで怒涛のように迫られては、いくら『心臓に毛が生えているのでは?』といわれる私でも心臓発作起こしてあの世に召されてしまいそうだ。

「後少しってどのくらいだ?」

 尋ねられて返答に迷う。

 こういうのってどのくらいが妥当なんだろう。

「正直、わかんない。私は本当の恋をしたことなかったから」

「まだそういうところは子供(ガキ)ってとこか」

 いやまあ外見は、ですけどね。

 我ながら情けない。

 前世の私のハニー達は二次元世界の住人でしたから。

 リアルな恋には縁がなかったのだ。

 女性にはモテてたけど彼女達にとっては所詮私は2.5次元的存在だっただろうし。そう考えると前世も今世も異性に縁が無いというのは一緒らしい。

 今世では未婚の女性と知り合う機会は殆ど無く(知り合おうともしてなかったけど)、前世でなかった男運には恵まれまくったわけで、結局この男運も前世で皆無だったが故に大当たりを引きまくっているのだろうか?

 ガイは笑うのをやめて、きゅっと私を抱え直した。 

「まあ俺も人のこと言えねえし。仕方ねえか。

 俺も他人の人生まで背負う覚悟をしたのは初めてだ。

 そう思える相手が、この歳までいなかったからな」

 ガイはそう言って笑ったけど。

 でも、それってさ。凄い殺し文句じゃない?

 だって、つまりは私が初めての本気の相手、ってこと?

 私は再び鼓動が急激に早く脈打ちだした。

 

「待っててやるよ。但し、成人して結婚したら遠慮はしねえぞ?」


 いやいくらなんでもそれはない。と、思うケド。

「流石にそれ以上は待たせるつもりはないよ」

 そこまで待ってもらっても決まらない覚悟ならいっそブチ壊してくれればいい。

 私の往生際の悪さはよくわかってる。

 でも一度開き直れば肝も座るから。

 かと言って今それを実行されても困るので私は口を噤む。

「なら構わねえよ。アイツらもそう言ってただろ。

 大人しく待ってるだけのつもりは無いけどな。

 それは構わねえんだろ?」

「手加減、してくれるならね」

 私の心臓を潰さない程度にお願いしますということで。


「了解。その辺は心得た」


 ニヤリと笑ったガイの顔に若干の不安は覚えたけれど。

 でも、きっと、鈍い私はそれくらいが丁度良いのかも、と。


 そう思った私はまだまだ考えが甘すぎるのだと、

 嫌というほど思い知らされるハメになるのだ。



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