第十二話 どうか手加減お願い致します。
よくわからないんだけれど、何故かレインとの婚約は歓迎ムードで迎えられ、実に微妙な気分だった。
夕食をみんなで取った後、四階リビングへ戻って来てからも上機嫌。
テーブルを囲んで座り、和やかにお茶を飲んでいる。
ロイやマルビス、イシュカやテスラまで、まあガイがそういうことに興味を示さないのは毎度のことだから部屋の隅で我関せずを決め込み、寝っ転がっていようと、その辺りは取り立てて騒ぐことではないのだけれど。
そりゃあね。
私に文句言う権利などあろうはずもない。
責められないのを咎めてはいけないと思うのですよ?
悪いのは優柔不断で気が多い私。
わかっているんです。
とても贅沢極まりない状況だって。
でもなんで?
だって私は結局全部で六人の婚約者持つことになってしまったんですよ?
こんな節操無しの男、普通なら遠慮したくなりません?
自分以外の婚約者が増えるって喜ぶべきことなの?
好きな人を独占出来ないなんて私なら絶対嫌だと思うのに。
そんなに私は面倒臭くて、一人で背負いきれないってこと?
それとも然程好きじゃないってこと?
いやそんなことはないはずだ。
どういう意味でかって聞かれると自信は無いけれど、いくら私が鈍くても愛されてることくらいわかってる。
誰よりも優先されること。
何より大切にされてるってこと。
どんな無茶なことも笑って許してくれること。
抱き上げて、『貴方が一番ですよ』と囁いてくれる言葉が嘘だなんて思ってない。
いくらこの国で重婚が当たり前に認められてると言ったって、アッサリそれを受け入れて、大歓迎状態ってどういうこと?
それともただ単に家族が増えたって認識なのだろうか?
まあ確かにみんなからすればまだまだ私は所詮色気のない(外見年齢だけは)子供。
そういう対象ではないのだろうけれど。
そう考えたところでハタと気がつく。
そうだっ、そうだったっ!
こんなイケメン達を惑わせる色気が私にあろうはずもない。
何をそんなに勘違いして自惚れていたのか。
図々しいにもほどがある。
もともと恋愛感情なくたって、恋人になんてなれなくたって、ずっと側にいてもらえるならそれでいいって思って納得したのは自分ではないか。
確かに恋をしてみたいと思ってはいた。
思っていたけど、それは誰よりも私を優先してくれる存在が欲しかったからだ。仮に私が今誰かに恋したとして、ロイ達以上に大切にしたいかと問われれば間違いなく否。どっちが大事と聞かれたら即座に迷わずロイ達だと答える自信がある。誰より大事に出来ないのに恋人になってくれなんて言えるはずもない。
それに自分だってこの独占欲が恋だなんて自信がありもしないのに。
何を今更そんな贅沢を望むのか?
そりゃあ夫婦(夫夫?)は家族の最小単位でもあるけれど、同じ家族でも親子、兄弟、その他諸々あるではないか。
となれば私は差し詰め手の掛かる歳の離れた弟感覚?
つまりロイ達の『好き』はブラコンのお兄ちゃんみたいなものなのでは?
私にそんな可愛げがあるとは思っていないが、確かにこの屋敷の中で(中身は違うが)一番下なのは間違いない。
成程、そういうことだったのかと勝手に納得しかけた横でロイが口を開いた。
「違いますよ」
何が?
いきなりそう声を掛けられて私はキョトンとする。
「漏れていましたよ? いつものように貴方の呟きが」
「嘘っ」
私はカーッと紅くなった。
これはまたなんと恥ずかしいことを。
確かに毎度のことではあるけれど、こんなのまで漏らしていたなんて恥ずかし過ぎる。
どうりでことあるごとにロイが私の心情までお見通しなわけだ。
私が羞恥のあまり縮こまっているとロイがあっさり言い放つ。
「今更でしょう? 貴方が考え事に夢中になると他が見えなくなるのも、それがブツブツと小さな声で漏れ出すのも」
ハイ、ソウデスネ。
仰る通り。誠に申し訳ありません。
いつもお手数、御迷惑をお掛けしていますということで更に身を縮こめてる。
でも、あれっ?
違うってなんのこと?
私が疑問に思って首を傾げるとロイが静かに言った。
「貴方の勘違いではありません。
私はちゃんと、そういう意味で貴方が好きですよ?」
・・・・・。
はい?
今、ロイ、なんて言いました?
私の聞き違い?
「ただ私は貴方が大人と呼べる歳になるのをお待ちしているだけです」
・・・ではないようだ。
ロイが?
私を好き?
そういう意味でって、つまり恋愛的な意味でってこと?
いや、まさか。
でも大人になるのを待ってるって・・・
いや中身は既に大人なんですけどね。
なんてどうでもいいツッコミはこの際、横に置いといて。
私はまだ十二歳前(もうすぐ誕生日だけど)の子供なんですよっ⁉︎
確かにこの世界では十二歳で一人前、女性は十六、七で嫁に行き、二十歳前が結婚適齢期、それを過ぎれば女性は行き遅れと呼ばれてますけどもね。
すっかり頭は混乱状態で頭から煙が上がりそうだ。
混乱気味であたふたとなっている私にマルビスが更に追い討ちをかける。
「いけませんね、ロイ。自分だけ売り込もうとするのは。
貴方はどうもすぐに抜け駆けしようとする傾向がありますね。
そこは私達と言って下さいませんと」
えっ、ええええええええ〜っ!
私達っ、私達って何っ!
それはいったい誰と誰を指してるのっ!
そんな物好き、そこまで多くはないでしょうっ⁉︎
いや、待て。
そういえば私の側近は趣味の悪い物好きばかり。
目を見開いてオタオタとする私にクスッとマルビスが笑う。
「少しは自惚れて頂きたいですねえ。
これだけ私達を夢中にさせているのに当の本人が無自覚で崇拝者を増産しているなんて。どれだけ私達が邪魔者に苦労しているか、まるでわかっていらっしゃらないのですから」
確かに崇拝者をことあるごとに増やしているとはよく言われてきましたよ?
だけどアレは単なるネタみたいなものでソレとコレは話が別でしょうっ!
アレって私を揶揄っていたんじゃなかったの?
そりゃあ大好きだって、私が一番だって、何かあるたびにいつも囁いて、みんなで私の心臓潰しに掛かってきてましたけれどもね。
「・・・えっと、あの、それって」
そういう意味、だったんですか?
そう尋ねたいのだけれど、それを聞くのもいろんな意味で些か憚れる。
だってそれは私の勘違いでないとするなら恐ろしく鈍いと、こういうことですよね。
いやまあそれに間違いは無いのですけれど。
自覚だってありますよ?
だからこそいつも私は鈍いから『言いたいことがあるならハッキリ言え』と、ことあるごとに主張してきたわけですし?
私に『察してくれ』を望むなと。
それ故ズケズケと言われる忠告もありがたいものだと感謝しているわけですから。
たまに心当たりあり過ぎて心にグサッと刺さることもあったけど、気付かず陰で言われ、悪化するよりずっとマシだと思っていたから私は普通に忠告として聞いていたわけで。
だって鈍い私はハッキリ言われねばわからない。
嫌われたり、避けられたりする前に指摘されれば直すことができる。
でもだからって、イケメン揃いの我が婚約者の方々にそんなふうに思われているなど考えるハズもないでしょう?
自意識過剰、自惚れもいいとこだって思っていたわけで。
だけど、あれは私が真っ赤になって狼狽えるのが面白かったから揶揄っていただけなんじゃ・・・ない?
既に混乱を通り越し、逆に妙に冷静になっていくのは何故だろう?
信じられない状況に頭が深く考えるのを拒否してるとか?
いやいや、それも失礼、ですよね?
さっきから浮かぶのは疑問符ばかり。
そんな私の様子を見てテスラが宣った。
「自覚がないみたいですけど、今の貴方は俺達みたいなオジサンを相手にしなくたって百人どころか千人の美姫さえ囲える地位と名声、甲斐性があるんですよ?」
・・・はい?
それは正気で言っているんでしょうかね?
誰がオジサンだって?
「テスラ達がオジサンなわけないじゃないっ」
テスラもマルビス、イシュカ、ガイ、一番上のロイだって、まだ三十手前でしょ?
どこの誰がそんなことを言った?
教えてくれれば私がソイツら、蹴り飛ばしに行きますよっ!
即座に否定した私にテスラが苦笑する。
「そう仰るだろうことはわかっていましたけれどもね。
私達にとって貴方は特別中の特別。
貴方が御心配なされているのは杞憂でしかありません。
それはたとえ貴方が誰かを一番として選び、俺がその他大勢となったとしてもです」
「でもそれじゃあ・・・」
「そんな覚悟など、貴方と婚約した時からとっくに出来てましたよ。
貴方に好きな方が出来たら側室か愛人に退がる。
それが婚約時にハルト様の御父上が私達に課した条件でしたから」
「そんなっ」
イシュカの言葉に真実を知る。
どうりで父様どころか陛下、その他関係者がアッサリそれを許容したはずだ。
普通なら多少なりとも揉めそうなことなのに。
「当然でしょう?
ハルト様は全く気になされないでしょうが私達では身分的に釣り合いが取れていません。以前であればまだしも、貴方の爵位からすれば一般的に年頃になれば後継問題もありますから、いずれ奥方様を娶らなければならなくなると思っていました。
その時あなたの御子を産む女性が側室では体裁も悪く格好がつきません。
まさか自分の子である必要はない。優秀な養子を迎えて教育すれば良いと貴方が言い出したのは予想外でしたけど」
そう続けられて、自分の持つ侯爵という爵位が如何に重いか改めて思い知る。
私は爵位なんて、気にしたことは一度もない。
それは私が現実がどうであれ、人類皆平等と言われる世界で育った記憶があるからこそなのだろう。
この世界では身分差というものは絶対だ。
前世の歴史を顧みてもそうだったではないか。
支配者の一声で簡単に大勢の命が失われ、使い潰される。
私と出会う前まで、みんなはそんなのが当たり前の中で生活していた。
もしかしたら、私の目の届かないところでそういった扱いがあったのかもしれない。
「・・・私が誰か一人を選ばなかったから?
ごめんなさい、自分勝手で」
傲慢にも、それで構わないというみんなに甘えて。
選べないと、選ぼうとしなかったから?
たった一人で良いと言ってたのに結局六人も。
申し訳ない気持ちでいっぱいになって謝罪すると、そんな声を遮ってマルビスが言った。
「貴方がそんな顔をする必要はどこにもないんです。
選べない状況を作ったのは私達ですよ?
むしろ押し付けたのは私達の方、謝罪の必要があるとするなら私達だと思うのですがね。貴方が選べないのをいいことに強引に取り付けたのですから」
そりゃあ確かに私の意見が聞かれることはなかったけど、それは断れなかった私も同罪。それを理由に甘えていたのだ。
私が何も言えずに黙るとイシュカは微笑う。
「選択肢はあったのですよ?
私は自ら立候補した、それは貴方も御存知のはずでは?
貴方は私達に一度も強制しなかった。
生活にゆとりがあるのなら複数の伴侶、奥方様を抱えることが出来る。それはこの国では普通のことです。
国王陛下のみならず、多くの貴族や資産家には数人、多い方なら十人、二十人、もっと多くの方と婚姻を結んでいる。親しくさせて頂いている閣下や辺境伯は勿論ですが、ハルト様の御父上にも三人の奥様がいるんですよ?」
それもそうなんだけど。
多くの男主人公の漫画やラノベ、アニメにも、ハーレム状態、複数の魅力的な女性を嫁に抱えるエピソードはありがちだった。女性主人公でも後宮や大奥、たくさんの女性を抱える王族とかに見初められて玉の輿に乗ったりと、設定自体はありふれたものではある。
まるで逆ハーレム状態だって、思ってもいた。
綺麗どころの男を侍らす設定なら差し詰めBLものではあるけれど、まさか色気のない私がその立場になろうとは。立候補された時も色気も歳も恋人には足りないから伴侶として家族になってくれるつもりなんだって解釈してた。
「俺達には子が成せませんからね。貴方がそれを自覚して、千人の女と争いたくなかったんですよ」
「そんなにいらないよっ、六人だって多すぎるって思うのに」
テスラの言葉に慌てて反論する。
五人で贅沢過ぎると思っていたのに、まさか子供扱いしてたレインまで。
節操無しにもほどが過ぎると思うのだ。
外見的には同年代であるのだが、トータル四十超えの記憶がある私としてはどうにもイタイケな子供を誑かしてしまった感が拭えない。
そりゃあ私の精神年齢がそれに達しているかと言われれば言葉に詰まるけど。
どう考えても記憶だけなら同年代近いシュゼットのような落ち着きは私には無い。
かといって、既に六人の婚約者持ちで生意気にも否定なんて出来やしない。
だってそれは事実なのだから。
私がそれ以上言えなくて俯いているとマルビスの声が頭上から降ってくる。
「そう、貴方は仰っていますけれどもね。
現実はそう甘くはありません。
おそらく何もしないまま貴方がそれに見合った方をその席に据えずにいれば難癖つけて自分の娘を押し込んでこようとする輩はこの先も間違いなく出てくるでしょう。
取引という形でね。
貴方は自覚が薄いですが地位、資産、名声、その他諸々と取り揃っている超の付く最高優良物件なんですよ? あの手この手で割り込んで来ようとする女は一山どころの話ではないんです」
それはそうかもしれないけど。
もっともな意見、あり得そうな事態に何も言い返せない。
ハルウェルト商会が巨大化する前でさえ父様の机の上に積み上げられていた縁談のための絵姿。ウンザリしてたのは私も一緒。それを考えるならここまで急成長した商会のトップに縁談が来ないはずもない。今は陛下が私への縁談は自分を通せと言って抑えてくれているらしいけど、それなりに多いという話も団長や連隊長から聞いたことがある。
「軽く二山、三山ってとこですかね?
国内のみならず数多諸外国にも及びますから」
えええええええええ〜っ!
そんなにいるのっ!
ロイの言葉に思わず俯いていた顔を上げる。
私みたいなのに嫁いでこようなんてそんなにたくさんの物好きが・・・
って、それもそうか。
私のバックにあるハルウェルト商会への影響力はさぞかし魅力的だろう。国内最大手、そこら中にツテもコネもあり、いろんな利権にも絡んでこれる立場の今となっては私本人に魅力が無くても関係ないのか。きっと多少頭が足りなくてチンチクリンだったとしても娘を嫁に出す価値有りってことか。
子でも孕めば、その父として口出し出来ると。
そんなの、どんな絶世の美女であっても私は願い下げだけど。
複雑な顔の私にイシュカが口を開く。
「私達が婚約者として居座れば貴方は女性に興味がないで押し通せますし、都合が良いと貴方もそう仰っていたでしょう?
ですが身分の低い私達だけでは決定打に欠けますからね」
確かにそういう思惑もあって公の場ではイシュカ達にべったりと張り付いていましたけどもね。
それで名門レイオット侯爵家のレインに白羽の矢を立てたと?
だから歓迎ムードなわけなのか。
そりゃあ余計な諍いは無い方が良いに決まっているけど随分と私の都合が良すぎでは?
「ですから貴方は私達の中から一人を選ぶ必要はないんです。
私達の全ては既に貴方のものなんですから。
実際、貴方を一人だけで支えるにはどう考えても無理がありますし、ただ、できればこれ以上はあまり増やして欲しくはないのですが」
そう言ってロイが微笑う。
「アレキサンドリア領もそうですが、ハルウェルト商会は些か巨大化し過ぎましたからね。どうしたってマルビスやロイ、イシュカ達の協力は不可欠です。仮に俺一人を選んで頂いたとしても現実的に考えて、ここをハルト様と二人で取り仕切るのは無理があります。
ならば協力し合った方が良いだろうという結論に達したわけです」
テスラの言うこともわからなくはない。
今いる誰か一人が欠けても運営、事務、警備、その他諸々手が回らなくなる。
「まあ十人までなら許容しましょう。
出来ればここの階にある部屋の数まででお願いします。
但し、私達にも品定めはさせて欲しいですね。
私達と同じ、家族になるわけですから」
マルビスにそう言われていくらなんでもこれ以上は、と、言いかけて、自分の優柔不断さを思い出す。一人で充分と思っていたくせにここまで増やしておいて絶対無いと断言出来るはずもない。
私の押しの弱さは既に立証されている。
「気に入ったのならまずは側近からでお願いしますよ?
私達が気に入らなかったらイビリ出しますから。
まあそれに耐えられるくらいの根性が座っていたら認めてあげてもよろしいですけど」
ロイ、その発想は小舅だよ?
いくらなんでも基本的に面食いではない私に一目惚れはあり得ない、ハズ。
だが世の中に絶対ということは滅多にない。
自分の欲深さに呆れ果てている今、口が裂けても言えやしない。
ロイ達のイビリに耐えられるかどうかは別として、基本的に私の側にいるのなら神経太いか肝が据わってないと厳しいと思うのだが。イシュカの話からすれば私の『男好き』の噂は上手く定着してるみたいだし、みんなの心配は大袈裟過ぎる気がしないでもない。多分いつもの欲目贔屓目だろう。
「でも私、みんなのことは大好きだけど、そういう意味かまだよくわかってないんだけど?」
いいの、それで?
そう問おうとしたところでマルビスが宣った。
「何を今更。貴方が鈍いのは今に始まったことではないでしょう。
構いませんよ。今まで貴方がまだ子供だからと加減をしてのですが、十二歳ともなれば遠慮も入りません。これから全力で口説き陥しにいくだけですから」
いやいやいや、マルビスは今でも結構スゴイですよね?
「貴方は私達が大好きですよね? ハルト様は口説き文句と押しに弱いのですし、それまでにはそういう意味で愛して頂けるよう努力するだけです」
「六年待ったのです。後三年くらいお待ち致しますよ」
「勿論、貴方にそこまで待ちたくないと仰って頂けるのであればお応えするのも薮坂では御座いませんが」
続いたイシュカ、テスラ、ロイの言葉に再び真っ赤になって私は叫ぶ。
「無理無理無理っ、心臓発作起こして死んじゃうよっ」
全力で首と掌を横に振った。
「大丈夫だよね? ハルト、心臓強いから」
レインにそう言われて赤面状態のままぐっと息が詰まる。
確かに図太いことは自他共に認めるところではあるけれど、それとこれとは話が別っ、違うよねっ、私はそういうことには慣れてないのっ!
手加減、お願いしますっ!
「ですが告白程度で紅くなられているようではこの先困りますねえ。
少しずつ慣らしていきますか?」
「それもいいかもしれませんね」
「僕も僕もっ」
「私はこの真っ赤になった純情なところもお可愛らしくて好きなのですけど」
「確かにそれも捨てがたいところだよな」
マルビス、ロイ、レイン、イシュカ、テスラの言葉に私はたじろぎ、更に尻で後ずさると寝転んでいたガイにぶつかって振り向いた。
そういえばガイは今までの会話に参加していなかった。
となれば、みんなとは唯一違う部外者(?)なのだろう。
思わぬ展開に戸惑って、思わず縋るような目で這ったままガイの上から見つめると閉じていた目蓋をゆっくり開私とバチッと目があった。
「俺に助けを求めても無駄だぜ?」
なんでっ!
そりゃあガイには関係ないかもしれないけど、少しくらい助け船出してくれたっていいでしょう?
「だってこのままじゃ私の心臓止まっちゃうよっ、ガイは多くを望まれても困るからって言ってたし」
他のみんなとは違うでしょう?
と、そう言い掛けたところでガイの言葉で遮られた。
「言ったな、確かに。でも口説かねえとは言ってねえよ?」
えっ・・・?
「色気のない子供には興味はねえが、御主人様はもう子供じゃねえだろ?」
そう言い放ったと同時に覗き込んでいた後頭部を思い切り引き寄せられた。
間近にあるガイの顔、何よりも唇に触れる感触。
私は頭の中が真っ白になった。
ああああああ〜っ、という、みんなの大きな叫び声が聞こえたが全ては素通りだ。
ゆっくり頭を押さえる手が離されて、思い切り目を見開いたままの私の瞳にガイのドアップが。
してやったりと言わんばかりのニヤリと笑ったガイの顔にボンッと再び私は耳まで茹でダコになり、舌舐めずりするように唇を舐めるガイを見つめたままピキンッと固まった。
キッ、キスされたああああああ〜っ!
「イイねえ、その顔。油断大敵ってヤツだぞ?
俺はコイツらみたいにイイコチャンで待つ気はねえからな」
それってどういう意味っ、それってどういう意味〜っ!
完全に理解不能状態の私の後ろでマルビスが叫ぶ。
「ガイッ、抜け駆け禁止ですよっ」
「知らねえな。俺はそれに頷いた記憶もねえし。
第一、俺が初めてってわけでもねえだろ」
サラリと返すガイに私は大声を張り上げる。
「初めてだよっ」
正真正銘、初めてですよっ!
前世からの記憶と合わせても、そんな覚えはありませんっ!
私は耳年増、小説、漫画その他で知識だけはありますけどもね。私はそういう意味でモテたことは皆無だったのっ!
お願いですからもう少し手加減して下さいっ!
喚く私に動じることなくガイは視線を私の後ろに向ける。
「じゃねえみたいだぞ? ほらっ、後ろ、見てみろ」
そうガイに言われてロイ達のほうを振り返ると見事にそこにいた全員についっと目を逸らされた。
これっ、どういう意味?
それを見てガイが面白そうに腹を抱えて笑い出す。
「仕方ねえよな? いったい誰が御主人様のファーストキスを奪ったのかは知らねえが、仮にも婚約している男の前で無防備に寝コケてりゃあ襲ってくれって言ってるようなモンだろ。寝込みを襲われたくなけりゃあこれからはしっかり鍵掛けて対策でもするんだな。
まあ俺には鍵も意味ねえけど」
・・・・・。
誰を責めるべきか、それともガイの言うように、やはり無神経にも危機感なく寝コケていた私が悪いのか。
それでも最後に付け足されたガイの聞き捨てならない不穏な一言に全ての思考は吹き飛んで、私は更に顔を耳まで紅く染め上げた。
もう完全に思考回路は停止。
ただ自分の置かれた状況に慌てることすら出来ずに私は呆然と立ち尽くした。




