第十一話 節操なしにも程があるというものです。
私が落ち着くのを待って、レインに繋いだ手を引かれて戻ってくると、そこにはロイだけが残ってた。
てっきり勢揃いでお出迎え、囃し立てられるかと思っていたのに。
「お帰りなさいませ。無事ハルト様をお連れして下さったようですね」
ジッと繋いだ手を見てロイがそう言った。
あれっ?
なんか反応が想像と違う。
私がキョロキョロと辺りを見回すとケイが中庭で寸胴を抱えて歩いているのが見えた。モツ煮込み料理の用意をしてくれているようだが他のみんなの姿が見えない。
「イシュカ達は?」
「イシュカはレイン様が一緒であれば安心だからと不在のライオネルの代わりに警備本部の仕事を、マルビスとテスラは休暇を取るためにも早く片付けたい仕事があるからと。サキアスとヘンリーは調べたいことがあるからと研究室に戻りました。団長は支部で今後について相談してくるそうです」
そうか。
みんな暇ではないもんね。
いつ戻ってくるかわからない私を待っているわけもないか。
なんとなく顔を合わせづらいであろう私に気を使ってくれたのかなあ、なんて思ったんだけど。
「ロイは? 待っててくれたの?」
「ええ。仕事をしながらではありますが。私は貴方の秘書兼執事ですから」
世話の焼ける私の面倒を見るのが仕事ってことね。
誠にありがたいことだ。
ロイのことだ。
多分万端片付けて、既に書類は私の執務机に準備されているのだろう。
私も休みを取ってのんびりしたいなら仕事を早めに片付けて、シュゼット達にすぐに引き継ぎできるように整えておかないといけないよね。
そう思って解こうとした手は尚更強く握られて、私は気恥ずかしくなった。
以前のレインなら慌てて離したはずなのに。
「レイン様はお食事はお済みになっておられますか?」
「まだだよ」
ロイの問いかけにレインがそう答える。
本当に私のために一刻も早くと食事も取らずに駆けつけてくれたのか。
そう考えると益々顔に血が昇ってくる。
「ではサンルームの方に用意させましょう。
ハルト様も一緒にお茶をお召し上がりになりますか?」
私が小さく頷くとロイが微笑む。
「ではすぐに準備させますね。レイン様とお待ちになっていて下さい。
後でキールが来ると思います。エメラルドを何の飾りにするか、レイン様は考えておいてください」
思わず『あっ』と声を漏らす。
既にキールに声が掛けられている。
それはロイ達はこの展開を読んでいたということだ。
思い出したのは前世の友人に続き、マルビス達にも私は『好意を持つ相手からの押しに弱い』と言われたあの言葉。
そして見事に押されて陥とされてしまった事実。
優柔不断という文字が私の頭の中に横切った。
もう言い訳もできなきゃ、尚更否定なんてできやしない。
要するに私はチョロイのだと認めるしかないではないか。
頭を思わず抱え込んで蹲りたくなった私の前でロイが自分の耳に手を伸ばす。
そこにあるのはキールのデザインした耳飾り。
私の瞳の色、エメラルドが埋め込まれた側近の証。
そのデザインは最初の物から五人、つまり私の婚約者達はデザインが変更されている。サキアス叔父さんとキール、ライオネル、既に結婚している者と区別するためだ。だって妻子(伴侶)持ちが自分の旦那が私と婚約しているなんて間違えられたら奥さん(伴侶)に失礼でしょう?
「欲しかったのでしょう? 私達の持つこれを。
羨ましそうに御覧になっている時がありましたからね。
ハルト様の一番近くに置いて頂ける、ハルト様のものであるこの証を」
現在その側近の証である婚約者達のそれには一つのデザインに二つの石が、もしくはロイの耳飾りのように対で付けられている。
一つは私の瞳の色のエメラルドが、そしてもう一つはアレキサンドリア領で産出されるアレキサンドライトだ。
普通なら瞳の色というのが定番なのだが、昼間はエメラルド色に近く、夜は赤紫のルビー色に輝くこのアレキサドライトは私の特別である、婚約者の証。
エメラルドの装飾品を身につけていることがイコール私と婚約していると勘違いされるのを避けるための策だ。側近達がエメラルドの装飾品を付けているのは既に広く認知されているので、それならばと、アレキサンドリア領でしか採れない宝石であるアレキサンドライトを新たに婚約者達の装飾品に追加した。
鉱石が産出されている領地の多くの領主の御婦人達はその宝石を宣伝も兼ねて身につけることが多いからという理由でシュゼットに提案されたのだ。
珍しい宝石であるなら尚更宣伝効果とその身分を証明するに相応しいと。安物でいいと言うロイやイシュカ達の意見を押し退けて、当然みんなが身に付けても恥ずかしくない物をと最高品質の物で用意した。
だってそんな安物付けさせたりしたら私がみんなを軽く扱っていると思われるかもしれないじゃない。
そんなの絶対許せない。
ロイもマルビスも、イシュカ、テスラ、ガイだってそんな宝石なんて及びもつかない私の大事な宝なんだから。
となると、これからレインもそれを身につけることになるのか。
そう考えて私はまたボンッと紅くなった。
どうしてこう私は節操というものがないのか。
子供(私も外見は子供だったのだが)は守備範囲外だったはず。
『ほらな、時間の問題だっただろう?』っていう団長の声が聞こえたような気がしたのは気のせいではないはずだ。
思い当たるごく近未来の光景に私はクシャリと顔を歪める。
バツが悪くてサンルームに向かうロイの後に続きながら複雑な顔でテーブルに私達にレインはカラルにレインの分の朝食を用意するように指示してそのままお茶を入れてくれる。
こんな寒い季節にはロイの淹れてくれるお茶が何よりも美味しいのだけれど、今はそれをゆっくり味わうゆとりもない。
そんな私を見てロイがクスッと微笑ってレインに視線を戻す。
「ではアレキサンドライトとエメラルドはこちらで準備します。貴方からはハルト様に自分の瞳の色の石を用意して頂けますか?
キールにハルト様に似合う指輪にデザインしてもらいますから。
それともそれもこちらで用意致しましょうか?」
そう言って胸元のポケットから一通の書類を取り出し、スススススッとレインの前に差し出されたのは婚約届。
しかも保護者である父様のサイン入り。
私はそれに思わず目を剥いて一気に恥ずかしさも消し飛んだ。
なんでそんなものまで既に準備されているのっ!
つまりずっと前からこの展開はロイ達にはお見通しだったと?
すっかり私の性格、性質、その行動まで予測されているのだろう。
それは心強いというべきなのか、それとも怖しいというべきか。
些か複雑な気分だ。
しかしながらレインの瞳の色の指輪って、私は指にいったい幾つの指輪を付けるつもりなのか。節操がないにも程がある。
ロイに揶揄うように言われてレインが少しだけムッとする。
「僕が選ぶ。すぐに用意する」
「急がなくても大丈夫ですよ?」
「するからっ、なるべく早く仕上げてっ」
それは暗に気が変わっても良いんですよと、そう言っているようにも聞こえたのは気のせいだろうか?
「御期待に添えるかは分かりませんが、一応職人には伝えておきます。
ではお願い致しますね。
それから、イシュカ達からの伝言です。
『名目上の一席はお譲り致しますが、そう簡単にハルト様の一番はお譲りしませんよ』と。
勿論、それは私も、ですが」
にっこりとロイが微笑ってそう言った。
要するにこの先レインが私の第一席になるの?
そりゃあ確かに侯爵家子息となれば平民の下の席では格好がつかないだろうから妥当ではあるのだろうけど。
何故ゆえサクサクと私の意見を聞かれることなく全て決定されていくのか。
いやまあ私に決めろと言われても困ることには間違いないのだが。
ロイに焚きつけるように言われてレインが言い返す。
「僕も負けないからっ」
「頑張って下さいね。レイン様は私達より一歩どころか二歩、三歩出遅れているのですから」
・・・・・。
わかってた。
いや、ホント、わかっていたことではあるんですけどね。
「ロイって意外と性格悪い?」
やはりレインもそう思ったのか。
だけどそれに狼狽えるでもなくロイは平然と『そうですか?』と返し、こう宣った。
「私はいつもこうですよ。客人にはそれなりに対応しますが。
特別なのはハルト様だけです。
それとも貴方には客人として対応した方が?」
それは結構意地悪な言い方だ。
つまり部外者のままで良いのかと聞いているのだろう。
レインはキッと闘争心丸出しでロイを睨む。
「それでいいっ」
ムキになってる時点で既にレインはロイの掌の上だ。
こういうところはまだまだ子供。
経験も生きてる年数も違う人生の先輩のロイと張り合うにはレインはまだ若過ぎるか。
思わず動揺してこんな事態になってしまったけれど、だからってロイ達よりもレインの方が好きかと問われたら、やっぱり否なのだ。
一番ビリでも今は良いとレインは言っていたけれど。
本当にそれでいいのだろうか?
だけど実際、ロイやマルビス、イシュカにテスラ、ガイ達を捨ててレインだけを選べと言われても『無理です、それなら諦めて下さい』って言うしかないのだけれど、だからってレインが嫌いなわけではない。
そりゃあシルベスタ王国では重婚も認められているけれど、こんなイイ男揃いだとその内彼等に恋した御嬢様方に背後から刺されたりしないだろうか?
独り占めはズルイって。
非難轟々雨あられで恨まれたらどうしよう。
少々不安にならないでもない。
それでもみんなを手放せない以上、勿論恨まれる覚悟もできてるけど。
非常に贅沢な悩みなのだろうな、これは。
いや間違いなく贅沢過ぎる状況だろう。
タイプの違うイケメン達をこんなにいっぱい抱え込んで私はいったい何がしたいのか?
我ながら優柔不断、節操無しにも程がある。
朝食を食べるすぐにキールに剣を振うのに邪魔にならないバングルのデザインを頼むと再びレイオット領に戻り、その翌日、夕方にはレインの瞳の色によく似た見事な紫水晶と閣下のサイン入りの婚約届を持って。
「父上が『よくやった』って褒めてくれたよ」
よくやったって・・・
閣下、それ、本気なんですか?
言いたいことはいくつかある。
いや、たくさんあるのだが拒めなかった時点で私にそれを言う資格はないだろう。
嬉しそうにそう言って紫水晶と一緒にレインが差し出した小さな袋に入っていたのは大量の良質のエメラルド。
レイオット領で産出されているものだ。
「一席を譲ってもらった慰謝料代わりにロイ達に渡せって、父上がこれを持たせてくれたんだけどどうすれば良いかな?」
そういえばレインがずっと前にそんなことを言っていた覚えがある。
私さえ口説き陥せばその慰謝料は払ってやると言っていたと。
アレ、本気だったのか。
マルビスが早速それを受け取り、舞踏会などでの私が身につけるアクセサリーにしようとキールに装飾品のデザインを頼んでいた。
そしてすぐにレインはキールのデザイン画から自分の好きなものを選ぶとマルビスによって職人の手に渡された。
『至急』のメモ書きが添付されて。
次の春の私の誕生日パーティまでに間に合わせたいらしい。
こうして私は六人の婚約者を持つ、節操無しの男となった。
これで私の男好きの噂は事実として間違いなく肯定されるのだろうなと、
そう思ったのだった。




