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第二十四話 叔父さん、餌付けしてみました。


 料理が全て完成すると特注した座卓に並べていく。

 一応椅子に座るテーブルもあるがこちらに今回出番はないだろう。

 人数が多いのでスープ以外は全部自分で皿に取り分けてもらうことにした。

 フレンチトーストを出すのは料理が終わった後の方がいいだろうということになったので煮込みハンバーグはテーブルの一番真ん中に、後は二つの皿に分けて山盛りにしてとりやすくしておいた。そうして準備が終わったところでみんなを呼びに行くために扉を開けると、外には予定外の息を切らしたロイともう一人、見たことがない人がそこにいた。 


「申し訳ありません、ハルト様、ちょっと目を離したスキに」

 ロイがくっついているということはもしかして、

「サキアス叔父さん?」

「そうです、食事は既に済んでいるのですがいい匂いがすると・・・」

 走り出してここに来たというわけか。

 約二日ぶりに見たロイは少しやつれていた。

 あまりこういうロイは見たことがない、いつもパリッとしてて忙しくて目の下に隈が出来ていたことくらいは今までだってあったけど今日はなんだかゲッソリとして見える。

「ロイ達はまだ仕事?」

「はい、今夜中にはなんとか終わるかと」

 そこまでハードな状態なのかと心配になったが、前にワイバーン討伐の際、手配に走り回っていた五日間の時ですらこんな疲れた顔をしていなかったような気がする。

 と、いうことは・・・

 思い当たった原因ではないかと思われる人物にちらりと目を向ける。

 クンクンとまるで犬の様に鼻を鳴らし、私とマルビスが立って塞いでいる倉庫入口から奥を必死に身を乗り出して覗き込んでいる。

 もしかしなくても、この叔父さんのせいなのでは?

「いったい何を作っているんだ、今まで嗅いだことのない匂いだ」

 嫌な予感に私達は開けた戸をロイを引っ張りながら再び閉めて倉庫の中に引っ込んだ。

「マルビス、ハンバーグは何個あったっけ?」

「ニ十五個です」

 食べ盛りの成人男子達用に一人二個ずつの予定だったのだが一個の大きさが少し小さかったようで余分に出来たのだが、大食らいがいるかもしれないのでいいだろうと思っていたのだけれど。

 当初の予定の数は一応足りているので分けてあげられないということもないのだけれど。

「ロイ、まだ仕事をしているのは何人?」

「四人です」

 父様と兄様達、サキアス叔父さん、多分、ロイのことだから自分を頭数には入れていないに違いない。

 だがタダで渡すのも違う気がするので確認の意味も込めて尋ねてみる。

「叔父さんって、ちゃんと仕事してるの?」

「一度集中してしまうと処理能力は私よりもかなり早いのですが・・・」

 切れてしまうとああなるわけか。

 成程、動物みたいな人だな。

 まあ変わった人だと聞いていたので驚くほどではない。

 天才とナントカは紙一重だというし、多分叔父さんはその類いの人なのだろう。

 然程珍しいことでもない。

 サラサラの長い栗色の髪、澄んだ淡いアクアマリンの瞳、切れ込んだような二重に少し下がり気味の目は柔らかい印象を与えている。普通にしていれば二番目の母様と似たかなりハンサムな部類に入ると思うのだが行動があまりに残念すぎる。

 いくら顔が良くても普通の女の人なら間違いなく倦厭しそうなタイプだ。

 だがこのタイプの人間は総じて他人を振り回しがち。

 上手く扱うにはコツがいる。

 私は大きくため息をついた。

「マルビス、悪いけど六個だけハンバーグ避けて取っておいてくれる?」

 私に二個は多いので念の為一つ余分に取り分けをお願いする。

 今日の料理で面倒なのは煮込みハンバーグだけ、後は材料さえあればそんなに手間はかからない。それに匂いと言ったので多分叔父さんを引き寄せたのはコレに違いない。マルビスが小鍋に移してくれているのを確認すると私はロイと一緒に倉庫の外に出た。

 強引に連れ帰ってもこの手の人種はまた戻ってくるに違いない。

 ここは自らお帰り頂くべきだろう。


「サキアス叔父さん、申し訳ないですけどアレは私達の夕飯なのでお分けするわけには参りません」

 私は叔父さんに向き直るとキッパリ笑顔で拒否を申し渡した。

 すると彼は泣きそうな顔で私にすがりついてきた。

「そんな、凄く美味しそうな匂いがするのに、酷いよ、ハルト」

「腹ペコの子供から御飯を取り上げようとする大人の方が酷いと思うのですが?」

「少し、少しだけでいいから」

 確か叔父さんってロイと同じくらいの年だよね?

 やっていることがまるでダダっ子だ。

 こういう人は物で釣った方が多分早いに違いない。

 優秀なのは間違いないそうなので、まともにこの人が働けばロイの仕事もかなり楽になるはず。

 ならばまともに働いて頂きましょう。

 私は叔父さんに向かってニッコリと笑った。

「確かに私達の分はお分けすることはできません。

 ですが、叔父さんがもし、仕事を頑張って片付けて下さるのなら後ほど私が新しく夜食を作ってお届けに参ります。

 それでいかがですか? 

 御飯はお腹が空いた時に食べたほうが美味しいですよ?」

「本当かい?」

 よし、掛かった!

 私は大きく頷いて答える。

「ええ、本当です。ですがもしその時お仕事が片付いてなかったら、それは他の者の胃袋に入ることになりますからね。

 働かざる者食うべからずですよ、叔父さん。 

 ご褒美というものはしっかり働いた者のみに与えられるものなのです」

「わかった、約束だよ」

「はい、約束です」

 私の言葉を聞くと叔父さんはやる気を出したのか、すぐに屋敷に戻っていった。

 私はそれを見て胸をなでおろした。

 よかった、なんとかなった。

 まるで子供というよりも子供のまま大きくなった感じの人だ。

 あれは子育てにほぼ無縁のこの世界の男の人には扱い辛いに違いない。

 私も友達の子供の面倒を見たことがなかったら多分厳しかっただろう。むしろウィル兄様あたりに自分より年下だと思って扱ってもらったほうが早いかもしれない。

 明らかにホッとした様子でロイが頭を下げる。

「ありがとうございました、助かりました」

「お疲れ様、後でいいから厨房から鶏肉と卵、パンと野菜を少し運んでおいてくれる?」

「はい、すぐに」

 叔父さんの後を追って駆け出したロイの背中に声をかける。

「誰かに頼んでもいいからね、頑張ってね」

 あの調子なら張り切って仕事をしてくれそうだし、明日までに間に合うだろう。

 さて、面倒な人も片付いたことだし、私達も食事にしよう。

「みんな、できたよ〜」

 大声で叫ぶと八人の腹ペコ君達が一斉に駆け寄ってきたので私は大きく扉を開いた。


 作った料理は大好評で見事に皿は舐めたように綺麗に平らげられた。

 勿論、デザートに作った山盛りのフレンチトーストも空になった。

「すっっっごく美味かったッス、御馳走様でしたっ」

 お酒も入ってみんな陽気になったが深酔いするほどの量ではなかったらしく、帰る前にそう言い残してしっかりとした足取りでみんな揃って町へと戻って行った。ランスとシーファが片付けを申し出てくれたのでお願いして私は父様の部屋への差し入れを作るのに取り掛かる。マルビスにサラダを任せてスープと揚げ物を作ることにした。

 今度は五人分だし、夜食だからそんなに量はいらないだろう。

 スープは具材を細かく切って皿ではなくてカップに入れて飲みやすくしよう。チキンカツはパンで挟んでサンドイッチにして、それだけじゃ寂しいのでついでに玉子サンドも用意、デザートはカスタードクリームと生クリームを使ってフルーツサンドにしておけば彩りもいいし、サラダはクレープで巻けば仕事しながらでも食べられる。ハンバーグは一口サイズに切り分けて上に楊枝を刺しておいた。

 手際良く作っていく私を横目で見ながらマルビスがポツリと言った。

「貴方は部下の胃袋まで掴むおつもりですか?」

 それは今日の料理がそれだけ美味しかったという意味でいいのかな? 

 物珍しさもあるだろうから一概には言えないだろうけど確かに人を自分につなぎ止めて捕まえておくには有効手段の一つかもしれないが、

「そんなに深くは考えていないけど、叔父さんは部下じゃないよ」

「サキアス様だけのことを言っているわけではないのですが。あの調子では多分あの方には・・・」

 お茶を濁すような言い方をしているのは叔父さんが貴族で、私の縁戚であることもあるのだろう。

 私は小さく息を吐き出した。

「そうだね。私もそう思う、あの人には秘書も執事も無理だ。どうしても雇用しなければならないとなればこっちに回されてくる可能性は大きいだろうね」

 実に面倒そうだ。

 面倒そうではあるが使い方次第といったところか。

 珍しい五属性持ちで、王国内に知れ渡るくらいの研究者。

 この話だけを聞くなら多少の欠点は目を瞑ってでも欲しい人材であろうが、あれは多少どころの話ではない。私は少々鬱陶しくはあるけれど単純で自分の欲求に忠実な分、扱い易いだろうと思っているが、みんながみんな私のように割り切れるわけではないだろうし。

 ロイがそのいい例だ。真面目に対応しすぎると胃に穴があくだろう。

「叔父さんが部下っていうのも変だよね。

 私がリゾート開発責任者やってるくらいなんだから今更か」

「いいんですか? かなり面倒なことになりそうですけど」

 面倒そうではあるが私的には腹黒悪徳代官もどきの馬鹿貴族の相手をするよりよっぽど楽だ。

 ああいう人種は無駄を嫌う傾向があるので腹芸は出来ないが表裏がない分、わかりやすい。

 表裏がないというより人の顔色を窺う気がないというか、空気を読む気がないのだ。自分の都合を優先させるためにその並外れた頭を使う人も勿論いるけれど、叔父さんはそういうタイプに見えないので多分前者だろう。接客等の対人関係の仕事は出来ないが間違いなく研究や専門職には向いている。一度興味を持てば自分の寝食すら忘れて没頭する。もっとも、そういう状態になってしまうと今度は健康や仕事の進捗状況など管理する人間が必要になってくるのでどちらにしろ面倒なのは間違いない。

「大概、こういうことに対しての拒否権って私にないんだよね。

 優秀なのはロイも認めていたし、幸い食い意地が張ってるみたいだからなんとかなるんじゃない?」

「そんなに簡単ではないと思うのですが」

 多分ね、でも先のことはわからない。

 これから先の、もっと人手が必要になってくるのだから叔父さんより厄介な人も出てくるかもしれない。マルビスの心配もわからないでもないけど。

「難しく考えすぎるとハゲるよ?」

 私がそう言って笑うと焦って両手で頭のてっぺんを押さえたマルビスの口に背伸びして余っていたフルーツサンドを押し込んだ。

「どちらにしてもどうなるかは父様次第だし、とりあえず折角の夜食が冷めない内に運ぼう? あんまり遅いとまた叔父さんが特攻かけてくるかもしれないし。ランスとシーファも手伝ってくれる?」

 マルビスを羨ましそうに見ている二人の口にも差し出すと満面の笑みで食い付いてきた。

 大きなトレイはみんなに任せて私は湯気の出ているスープの入った陶器を持ち上げ、歩き出した。



 父様の書斎の前までくると私は軽くノックをする。

 暫し待つとロイが扉を開けてくれた。

「叔父さん、ちゃんと仕事してる?」

 小声で問いかけると視線が窓際の方へと向けられる。

 そこには父様の横で物凄いスピードで書類に目を通しながら報告書を書いている叔父さんの姿があった。真剣に仕事をすればロイより速いという言葉に偽りはないようだ。

 読みながら書くなんて器用な人だ。私には真似できない。

「仕事は終わりそう?」

「お陰様でもうすぐ。

 サキアス様がやる気になって下さったので予定より早く終わりそうです」

 ほっとしたようなロイの顔に安心する。

「夜食持って来たんだけど入っても大丈夫?」

「今、旦那様に確認してきます」

 側まで行くと耳もとで報告したロイに父様が顔を上げてこちらを見て頷いた。

 私達が静かに部屋に入るとロイが応接セットの机の上を片付けてくれる。

 カチャカチャと食器の鳴る音に兄様達が気がついて仕事をしていた手を止める。

 マルビスとランス達は食事を置くと退室していった。

「みんな、ハルトが夜食を持ってきてくれたから一休みしよう」

 父様の声に兄様達が嬉しそうに駆け寄ってくる。

 しかし叔父さんはあれだけ楽しみにしていたのにもかかわらずその音すら聞こえていないようだ。私は叔父さんの前に立つと持っている書類に手をかけ、少しだけ引っ張った。

 見ていた書類が動いたのに気がついて叔父さんが顔を上がる。

「約束通り、お夜食持ってきましたよ。冷めないうちにどうぞ?」

 私が微笑んで話しかけると叔父さんの顔が難しそうな顔から一転、ぱあっと喜色満面に変わる。

「いいのかいっ?」

「約束しましたから。温かいうちにどうぞ。但し、報酬の前払いになりますから仕事は最後まで宜しくお願いしますね」

「勿論だっ」

 バッと机から立ち上がると応接テーブルに向かって駆け出した。

 なるほど、約束を守るつもりもあるし、仕事をする気もある。

 思っていたより随分マシだ。

 本当に子供みたいな人だ。傍で見ているだけなら結構可愛いかも。

 ロイは相変わらずテーブルに付かずに父様や兄様達のお茶を用意したり、取り分けたりと忙しそうだ。夕食はすっかり消化されているのか四人とも物凄い食欲だ。食べやすくしておいたせいもあるのだろうけど減るスピードが早い。

「美味しい、美味しいよ、ハルト」

 本当にこの人、美味しそうに食べてくれるなあ。

 兄様達はまだわかるとしても、貴族の大人が食事をする時の顔ではない。

 あっという間に皿は空になり、父様達は私に礼を述べると食後のお茶を片手に机に戻っていった。

 予想通りの展開だ。一応五人分だったのだけれど。

「片付けるの手伝ってくれる? ロイ」

「はい、差し入れありがとうございました」

 自分は一口も食べてないじゃない。

 多分、こうなるだろうなと思ってはいたのだ。

 ロイと私は机の上の食器を片付けて廊下に出た。

「倉庫のキッチンのお皿だからそっちまで頼んで大丈夫?」

「勿論です」

 二人で屋敷の廊下を歩き、外に出て、倉庫のキッチンまで並んで歩いていく。

 私が持っているのは行きと同じ、スープの入っていた陶器だけだ。


 まだ明かりのついている倉庫の前までくると物音に気づいたマルビスが戸を開けてくれた。

「どうでした?」

 私の持っていた食器を受け取りながらマルビスが尋ねてくる。

「やっぱり予想通りの展開だったよ」

 私は靴を脱いで上がるとコンロの前まで歩いていく。

 ランスとシーファはもう自分の部屋へと戻ったようだ。

 食器を持った二人は洗い場まで運んで行くとそのまま片付けて始めた。

 私はその後ろでコンロに火をつけて、準備をする。

 食器を洗い終わって棚にしまうとそのまま戻ろうとしたロイの服の裾を掴んでを引き止めた。

「座って、ロイ」

 座る自分の前の椅子を指差してお願いする。

「長い時間はとらせないから少しくらい、叔父さんを宥めた功労者に付き合ってくれてもいいでしょ?」

 断りにくい言葉をわざと選び、私は言った。

 案の定、少し逡巡したもののロイは頷いて椅子を引いた。

「はい、まだ仕事が残っているので少しでよろしければ」

 失礼しますと、律儀に断ってから腰掛けたロイの前に机の端に置いておいたトレイを引き寄せ、ロイの前に差し出し、掛けてあった布を外す。

「どうぞ、召し上がれ。ロイもお腹空いてるでしょ?」

 彩りよく盛り付けたサンドイッチとサラダのクレープ、それに温めたばかりのハンバーグのトマト煮込みとスープは湯気を立てている。

 折角腕を振るったのだ、ロイにも食べてほしかった。

「折角作った差し入れ、全然食べてくれなかったでしょう?」

 五人分の夜食は全て父様達の胃袋の中に消えてしまった。

 ロイの口にひと欠片も入ることなく。

「あれは食べなかったのではなくて」

「知ってるよ、食べられちゃったんだよね。全部、父様達に」

 言い訳するように言葉を紡いだロイの声を遮った。

 別にそれを責めるつもりなんてない。

「あの人達に悪気ないのもわかってるけどね。いつも御世話されているのが当たり前の人達だから。なんとなくこうなる予感はしてたんで全部で六人分作って一人分だけ避けといたんだ」

 忙しい時間を削るのは申し訳ないけど食事を疎かにして倒れてしまっては意味がない。

 私をじっと見ていたロイに右手を差し出してどうぞと合図する。

 すると少しだけ戸惑う素振りを見せた後、ふわりと、花が綻ぶように微笑んで食事に口をつけた。

 男の人にはあまり使わない表現かもしれないけど、綺麗な、今まで私には見せてくれなかった顔に一瞬、ドキリとして二日前の朝の出来事が蘇り、思わず赤面する。

 あの日からロイは私の前で事務的な態度を取らなくなった。

 父様や他人、知らない人の前では執事の顔を崩さない。

 あの時の言葉通り、鈍い私でもわかる程度には露骨な愛情表現にも似た態度。まるで家族にでも接するようなそれは私を戸惑わせるのに充分な威力を持っていた。私の外見が子供だから十六歳の年の差もあって知らない人が見たら親子のようにも見えるかもしれない。でも向けられる視線は家族のものとも少し違う、表現の仕方が私には思い当たらないけれど。

 目の前で食事をしているロイを見ていたら片付けの終わったマルビスが三人分の紅茶を持ってきてロイの隣に腰掛ける。

 入れてもらったお茶に口をつけながら私はロイに話しかけた。

「叔父さん、凄い集中力だったね」

 あれだけいい匂いがすると騒いでいたのにもかかわらずだ。

「ええ、一度没頭してしまうと近くで大きな音がしてもあの方は気がつかないんです。ハルト様にはすぐ気が付かれたので驚きましたが」

「ちょっとしたコツみたいのがあるんだよ。叔父さんが感情で怒り出すような人でないことはあの時わかったから使えた手ではあるんだけど」

 夕食は分けてあげられないと言ったとき癇癪を起こすでもなく、説得に納得して引き下がった。

 面倒であっても我を押し通すわけではない。

 叔父さんの世話に手こずっているロイには私の叔父さんの扱い方が気になるようだ。

「いったいどんな魔法をお使いになられたんですか?」

 魔法、ね。

 理解しにくい相手となればそういうふうにも思えるよね。

「ああいう人は気がついてないっていうより、聞こえてないっていうのが多分正しいと思う。自分の世界に没頭しちゃっているからそれ以外を無意識に遮断しているんじゃないかな」

 私も夢中になっちゃうと叔父さんほどじゃないけどそういう時あるし。私の場合、何回か名前を呼ばれると気付くことが多いのだが。ああいう時は身体に触れても気がつかないか、もしくは驚いてひっくり返ったり、心臓止まりそうになったりするんだよね。

「だから没頭している世界を乱すと効果あるかと思って私は叔父さんが読んでいた書類を少しだけ引っ張って目線の邪魔をしたんだ。まっすぐ横に流す事の出来ていた文字がズレれば何かおかしいって気がついてくれるかと思って」

 ロイが納得したように頷いた。

「それから苦労性のロイにアドバイス。叔父さんをウィル兄様より下、私くらいの、凄く頭の良い子供だと思って対応してみて。全く同じとは言わないけど行動パターンが子供に近いから多分それで随分扱い易くなるんじゃないかな? 

 上手くいくかどうかは保証しないけど今よりはマシだと思うよ」

「子供ですか?」

 マルビスが首を傾げて聞き返してきたので私は大きく頷いた。

「自分の欲求に忠実で、興味の対象を見つけるとそれに向かって突進、夢中になると他の事が目に入らなくなる。それが遊びか、仕事かの違いはあるけど似ていると思わない?」

 二人は少し考え込んだ後、同時に吹き出した。

「確かに、失礼だとは思うのですが似てなくもないですね」

 腹を抱えてマルビスが笑う。

「私からすれば腹黒貴族と化かし合いしてるより叔父さんの方がよっぽどわかりやすいと思うんだけど」

 面倒臭いけど真っ直ぐだし、すぐに横道に逸れそうになるけど基本的には優秀。

 手は掛かりそうだけど嫌な人だとは思わない。

 順序立てて話せばこちらの話も聞いてくれる。

 仕事にだって手を抜かないし、多分、抜こうとさえ思っていない。

 素直なのだ。

「なるほど、確かに」

「私達は難しく考え過ぎていたのかもしれませんね」

 マルビスは納得して、ロイは意識を変えたようだ。

 これで幾分か二人の叔父さんに対する苦手意識は和らぐだろう。

 ロイの顔色も少しだけ明るくなったし、食も進み始めた。


 まずは一安心だ。



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