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第六話 討伐完了? とはいかないようでして。


「今だっ、威圧しろっ」


 そうガイから指示が出されて私は殺気を放つと同時に茂みの中から三頭の狼が飛び出してきたが私の前で急ブレーキをかけた。

 圧倒的存在感を放つやや後ろにいる真ん中の個体は他の二頭よりも明らかに大きい。通常サイズがフォレストウルフより一回り大きいくらいだが、私の獣馬、今回連れてきたシンと体格的に同じくらい。他の二頭が真っ黒に近い灰色の毛であるのに対して月光に光る白銀色の毛並みと真紅の瞳。

 パッと見はまるでアルビノだ。


 正直に言おう。

 シュタッと現れたその瞬間のその姿。

 ハッキリ言って凄く綺麗でカッコイイ。

 これで禍々しい気配を漂わせていなければ思わず見惚れたであろうその姿。

 猫か犬かで聞かれたら間違いなく犬派であった私からすれば凶暴でさえなければ思わずその首に取り付いて、スリスリしてグリグリと可愛がりたいくらいには。

 しかしながら私を警戒して睨んでいる姿は開いた真っ赤な口から覗く牙も鋭く低く唸る声も、そこから滴る涎も、釣り上がった真っ赤な鋭い目、地面に突き立てられた鋭い爪、身体のサイズ、その全てが可愛くない。

 ガイの見立て通り私の放つ六割の殺気に敵意剥き出しだ。

 襲い掛かってこないということは私の実力を測りかねているといったところか。

 魔力量が多いだけの剣の腕は二流そこそこの小僧ですよ?

 本当は。

 貴方が注意すべきは私の両横にいる強者ですよ?

 イシュカとガイ、ライオネルと私が中央に立ち、ガジェット率いる第一班が右、ルイジス率いる第二班が左に陣取ってそれぞれ睨み合いが続く。威嚇はされているけど然程怖いと感じないあたりでおそらくガイの読み通り、推定三千から三千五百程度ってなのだろう。

 最近ではそれなりに見慣れてきたせいか魔獣の前に立ってもあまりビビらなくなってきた。それは私の持っている魔力量に起因しているらしいのだが実のところよくわからないし、自覚はない。

 威圧して垂れ流している魔力が相手の方が少ないために私が生命危機を感じなくなっているせいだろうと団長が言っていた。

 それってヤバくないのだろうか?

 要は危機感知能力が更に低下しているってことだよね?

 ただでさえガイに鈍いと言われているのに。

 微妙にショックを受けつつも眼前のウォーグを睨み据える。

 イケナイ、イケナイ。まずは集中。

 コイツらをランス達の方に行かせるわけにはいかないんだから。

 設置型の罠は嗅ぎつけられるということで、私お得意の罠は地面に張れないわけだけど策は幾つか用意してありますよ?

 当然ではないですか。

 タイミングを測るのが難しいんですけどね。

 その辺りはイシュカにお任せで。

 最近では私のよく使う手段に関してはみんな要領を得てきたんで連携も取れるはず。注意一秒怪我一生ということで、油断さえしなければ問題ない。まず私がしなければならない仕事は目の前の魔素憑きウォーグの足止め。残りの二頭をルイジス達が排除出来れば次はコイツ。ライオネルには二班の戦況次第でいつでも応援に入れるように気を配ってもらっている。

 私が視線を外せないこともあって戦況はイマイチ把握できていないけど、聞こえてくる悲鳴はギャインッという犬にも似た鳴き声であることからすれば戦況はこちらに有利に進んでいるのだろう。

 暫くするとシンッと周囲が静寂に戻る。


「ハルト様、終わりました」

 私が魔素憑きから目を離さず威圧している背後からライオネルの声が聞こえた。

 良かった。無事二頭の討伐は終わったようだ。

「怪我は?」

「一名負傷しましたが下級のポーションでも充分治る程度です」

 ライオネルの報告に気を緩めることなく睨み合いながら指示を出す。

「念の為上級のを使って。次は目の前のコイツに掛かる。負傷者は退がらせて休ませて。残りは所定の位置に」

「承知しました」

 その声と同時に後ろからザッとみんなが散開する足音が聞こえる。

 飛びかかってくるかと思ったんだけど意外なほどに用心深い。

 いや、コレは知恵が回るからこその結果なのか。

 すぐに防御できるように構えていたイシュカを呼んでお願いする。

「私は万が一に備えて詠唱を始めるから後の指揮はお願いしてもいい?」

「お任せください」

 後は手筈通りに。

 もしコイツに逃げられたとしても速攻で後を追い、ランス達の方に合流する。

 ランス達にはコイツが現れるようなことがあった場合には私達が駆けつけるまで防御に徹する手筈になっている。

「ガイッ」

「わかってるよ。任せておけって。御主人様には指一本、じゃねえ、脚一本触れさせねえよ」

 イシュカの呼ぶ声にガイが言われなくてもわかってるとばかりに面倒臭そうに言葉を返す。

 ガイが背中から私を抱き込むように左腕を胸に回し、右手にナイフを持つ。

「いいか、御主人様。少し、少しずつだ。

 ゆっくり殺気を上げて行け。

 アイツらが動いてもそっちに気を回すことができないように。

 相手の喉元にナイフを突きつけるような感覚だ。

 アイツが御主人様にビビッて前脚を後ろに引いた瞬間が狙い目だ。

 その時は周囲に注意を払うほどの余裕はない」

 囁くような、唆すようなガイの声に微かに頷く。

「大丈夫だ。俺が何があっても守ってやる、絶対だ」

 緊張する私に揶揄うように言う。

 それは心配してないよ?

 信じてる。

 ここが正念場。気張りどころだ。

 上手くいけば明日以降に持ち越すまでもなく今夜にでもカタがつく。

 ウォーグは鼻が良い。

 地面に仕掛けた罠は全て避けられていたとランスが言っていた。足跡が綺麗に罠を仕掛けた地面の外側に残っていたと。

 私がジリジリと上げていく殺気にウォーグが僅かに脚を地面から浮かせた。


 その刹那。 

 イシュカの指示が飛ぶ。

 ほぼ同時に二人の土属性持ちに地面を深く掘り下げられ、散らばった六人の剣が地面に打たれた杭に向かって振り下ろされた。


 そう、地面に罠は仕掛けていない。

 あるのは上空。

 木の上だ。

 土属性持ちの二人が思いっきり掘り下げたタイミングで上に釣ってあるワイヤー網を落下させたのだ。

 当然そのままでは風と空気抵抗でスピードが落ちる可能性を見越して石の重石付き。そのロープを上空に留めていたロープをイシュカの合図で一斉に断ち切り、飛び上がったところで網に引っかかって再び落下。穴へと逆戻り。

 そしてすぐさまワイヤーロープの端を太い幹に縛りつけ、固定する。

 更に穴の網目から投入するのは用意した大量の生きた雌鶏だ。

 勿論このタイミングで放り込まれる鶏に仕掛けが何もしてないはずもない。

 あらかじめ卵の殻の中身を抜き、ここに聖水を注ぎ、蓋をしてこれを凍らせた。そしてウォーグを落とした穴の中に放り込む前に雌鶏の肛門にこれを押し込んで投入。

 辺りはいきなり叩き起こされた雌鶏の大きな鳴き声が響き渡り、コッコ、コッコと先ほどとは打って変わった大騒ぎ。

 いきなり冷たいものを押し込まれた雌鶏が吃驚して狭い穴の中で暴れまくればウォーグからすれば五月蠅いことこの上ないはずだ。知恵が回るとなれば罠かもしれないと疑うかもしれないが餌となる獲物が投げ込まれて暴れているのだ。爪で引き裂くだけではなく、食い千切り、飲み込むかもしれない。そうなればウォーグの腹の中で卵が割れて聖水が体内に溶けて流れ出すという寸法だ。食べないまでも爪で引き裂き、卵を踏み付けヤツの体温で温まっても氷は溶けるわけでそれを踏めば当然制水で足が炎症を起こし、爛れるだろう。そのまま聖水をかけても良かったのだが皮膚に到達する前にブルブルと身体を震わせて飛ばされてしまっては効き目も薄かろうと、ならば試しに体内からという実験だ。

 穴の中からは、けたたましい雌鳥の鳴き声とウォーグの唸り声が聞こえてくる。

 果たして作戦は成功しているのか?

 念のため唱えた聖属性魔法をすぐに発動できるように待機させつつ様子を伺う。

 そうして穴の中から聞こえてくる喧騒が収まったところでイシュカが指示を出し、ライオネルがすぐに結界内に閉じ込められるようにすべく構えつつ、少しずつ掘り下げた穴を迫り上げ、六人が穴を囲んで剣を構える。

 果たして・・・


 ・・・・・。

 あれっ?

 なんか大きさ、縮んでない?

 地面とワイヤー網に挟まれたその体躯。

 ルイジス達が倒してくれたウォーグよりも一回り小さい。

 フォレストウルフよりも大きいことは大きいのだけれど。

 死んでる?

 いや、生きてるか。微かに身体が震えている。

 明らかにこちらに怯えている様子は先ほどとは大違い。

 さっきまでの禍々しくも凛々しいあの姿は何処に?

 アレは私の見間違い?

 そんなことないよね?

 ジリジリと一歩づつ近づく度にビクリビクリと身体を竦ませる。

 随分と気が弱い。

 なんか、弱い者イジメをしている気分だ。

 危険がないことをガイに確認して貰い、私は待機させていた魔法を解除する。

 

「コレってどういうこと?」

 私が疑問に思って首を傾げるとイシュカが口を開く。

「多分、ですが、雌鶏に仕込んだ聖水が溶けて身体の内側から魔素が浄化されたのではないかと」

 外から浄化魔法をかけてもこうはならないのに?

「面白いな。外側から浄化されると表皮だけが爛れるのに内側からだと取り憑いた魔素そのものが浄化されるのか」

「みたいですね。魔素で肥大化していた身体が縮んでこうなったと」

 ガイとライオネルの言葉になんとなく理屈がわかってくる。

 つまり頑丈な表皮に普通なら阻まれるところが内臓から吸収されたことで体内に巡る血液の循環によって全身に浄化が行き渡った結果、みたいなものなのかな?

 よくわからないけど。

 これはあくまでも仮説、なのだけれど。

 今度時間のある時にサキアス叔父さんとヘンリーに調べてもらおう。

 この先何か魔獣討伐に役立つ情報になるかもしれない。

 だがそれにしたって他のウォーグより小さくなったあたりは解せないのだが。

 その答えはイシュカが導き出した。

「おそらくこの個体は他のウォーグよりも弱かったんでしょう。それ故、なんらかの原因で魔素に取り憑かれた。ですが皮肉なことに魔素が取り憑いたことで群れの中で一番力を持つことになった、こんなところではないかと」

 成程。

 それが正解かどうかはわからないけど、つまり群れの中で最弱だったが故になんらかの事情で死にかかり、けれども生への執着が強かったためにたまたま瀕死の状態で魔素の取り憑きを許し、こうなったと。

 この時期、吹き荒ぶ風で血臭は感知されやすく、エサとなる獲物が限られているため通常であれば深傷を負った場合、魔素が取り憑く前に他の魔獣の食料になる。凍えるような寒さもあって血肉も腐り難い。瀕死の状態ながらも運良くその難を逃れたために魔素強化され、本来群れで最弱であった個体が最強になり、群れを従えていたが浄化されたために元の最弱個体に逆戻り?

 あくまでも推測の域を出ないわけだが面白い現象が起きたものだ。

 是非もと魔素研究の権威であった叔父さんの意見を聞いてみたいところではある。

「どうしますか? ハルト様」

 イシュカに聞かれて考える。

 魔獣とはいえガタブルと震えているものに刃を振り下ろすのも気がひける。

 かといって野放しして村や町を襲われても困る。

 偶然が重なっただけかもしれないけれど今回の件が解明できれば今後の討伐に於いても役立つことは間違いない。

 となれば、

「面白い研究結果が得られるかもしれないから出来れば生きたまま持ち帰って叔父さん達に調べてもらいところだけど。大丈夫かな?」

 マジマジと眺める私の視線にビクついている様は実に憐れだ。

 最初に眼前に現れた時はあんなにカッコ良かったのに。

 私がそう尋ねるとイシュカが答える。

「無理ではないとは思いますよ? 長い時間となればハルト様に結界を張って頂く必要はあるでしょうが」

「まあそれくらいなら」

 たいした手間でもないし。

「年末年始休暇がズレ込むかもしれませんよ?」

 ライオネルに言われてついでに私は冬季休暇をのんびり過ごそうかと思っていたことを思い出す。

 どちらが優先かと問われれば当然こちらだろう。

 魔獣討伐にかこつけてシュゼット達に押し付けてきた仕事もある。

 私の予定が狂うのは毎度のこと、慣れたものだ。

「それも今更でしょ。思ったよりも早くカタもつきそうだし。

 一旦屋敷に戻ってシュゼット達の都合が良ければ先に休暇取ってもらって私達は年明けに休みを取れば。一緒に来た警備達にはこのまま年越し温泉でのんびりして貰えばいいよ。ジュリアスには酒蔵からお酒を出してもらうように頼んでおく。

 多分叔父さん達なら面白がって休日返上で調査研究取り掛かりそうな気がするけど」

「間違いなく、そうでしょうね」

 イシュカが乾いた笑いを浮かべる。

「では俺は一足先に港へ行って船の手配付けてきます」

「ランス達の方は大丈夫かな?」

 私がそう言うと遠くからそれを知らせる音が聞こえてきた。

「みたいですね。討伐完了の銅鑼の音が鳴ってます」

 手際良くガイ達が網に掛かっているウォーグを縛り終えたところで結界を張って閉じ込める。重傷者が出た場合に鳴らされる合図が聞こえてこないということは多分大丈夫だとは思うけど。

「ガイ、イシュカ、付いてきて。一応向こうの状況も確認する。

 ライオネル、ルイジス達とここを頼んでもいい?」

「構いませんよ。港の支部の方に運んでおきます」

 重傷でないにしても怪我人が出ているなら治療もしたい。

「ソイツは一応叔父さん達に持って帰りたいと思っているけど絶対じゃない。危険を感じたら迷わず切り捨てて。緊急事態が起こったら・・・」

「手に負えないと判断したなら迷わず逃げろ、ですね? 承知しています」

 ならば安心、問題ない。

 私はシンに飛び乗るとイシュカとガイと一緒にランス達のもとに獣馬を駆った。


 

 ランス達のところに現れたウォーグは全部で十二匹だったそうだ。

 こちらに向かった三頭分の食い扶持を残して囲いに繋いだ牛に喰らい付き、腹を存分に満たした後、ワインを注いだ樽に興味を示して口を付け、それを飲み干したウォーグが千鳥足になったところでギャジー達が駆けつけてきたので一緒に討伐、数人の軽傷者で治療も既に済んでいるのだそうだ。

 そういうわけで後始末が終了次第、順次一週間の休暇に突入してもらい、祝勝会はジュリアスに手配を任せて今回私達は朝一番の商会の船で帰ることになった。

 捕らえたウォーグは檻に入れて夜はガイとライオネルが、船に乗ってからは私がイシュカと結界を張りつつ甲板で見張をしていたのだが随分と気弱で暴れる様子もない。

 白銀の毛並みも深紅の瞳も変わらないけれど外見だけならまるで大型犬。

 イシュカは剣を抜いたまま離さず私の隣に座っていたけれど、こちら、というか私の様子を伺いつつ怯えている。

 ここまであからさまに怯えられると気分は複雑だ。

 私はそんなに怖いのだろうか?

 まあ怖いんだろうな。

 

「ねえイシュカ。魔素強化された状態からこんなふうになった例は今までないの?」

 ウォーグから視線を外さないまま私はイシュカに尋ねる。

「私の覚えがある限りはありません。

 そもそも魔物は聖水を嫌うものですから被れば爛れて炎症を起こすそれを胎内に入れようなどという魔物はいません」

 そりゃそうだ。

 口の中に放り込まれた怪しものをそのまま飲み込もうなどと人間だって考えない。普通なら吐き出すだろう。まして敵対した相手から投げられた怪しいそれを素直に飲むとは考え難い。

「魔獣は強さこそ正義、魔力量が強者の証ですから体内の魔素が浄化されるだけだと判ったところで尚更それを口にするとは思えません。

 魔物化した人間にしてもそれは同じことでしょう。判断力が残っていれば判りませんが、一旦魔物化すれば理性は失われます。弱体化すれば切り捨てられると知って、それでもそれを口にしようと考えないと思います。魔素は死体か瀕死、もしくは心が弱ったところに取り憑きますからね」

 魔素が抜けたところで待っているのは死か絶望。

 イシュカの言葉に私は少し考えた。

「確かに、さ。弱った心に取り憑かれた場合はどうしようもないかもしれないけど、例えば、もし、それが解明出来たら、戦場とかで亡くなった人とかの体内にそれが取り込ませられたならその人の家族に最期に一目会いたいって願いを叶えてあげられるかな?」

 戦場で家族のもとに必ず帰るのだと無念のまま亡くなる人もいる。

 魔素が取り付くから遺体を焼却するのが常というなら、その常識が覆ればどうか?

 私がそう問いかけるとイシュカが難しい顔で答える。

「不可能ではないかもしれません。

 ですがそれを本人が望むかは微妙ですね」

「どうして?」

「男、特に戦場に生きる兵士の多くは見栄っ張りが多いからです。

 常に強く、勇ましく、カッコイイ男でいたい。

 家族や愛する者に無様に戦いに敗れた姿を見せたいと思うかと問われれば、おそらく否というでしょうね」

 男の誇り(プライド)と意地か。

 理解できなくはないけれど。

「それに身体の全部が残っていればマシでしょうが対魔獣となれば体の部位が大きく欠損していることも少なくありません。

 御婦人や子供にその姿を見せるには問題があるかと。

 それにまともな遺体だけを持って帰ったとして、そうでない者の家族に今度は不公平感を感じさせるでしょう。喰われて死んだと伝えられるのと、勇猛果敢に戦って戦場で散ったと伝えられるのでは印象も違います。

 真実は優しいものばかりではありませんから知らない方が幸せということもあるかもしれません」

 そう続いたイシュカに言われて納得してしまった。

 私に万が一があったとしてグシャッと潰れていたり喰われかけの姿をロイ達に見せたいかと聞かれたら否だ。

 何が何でも生き残ろうと足掻いても、それが叶わない場合もある。

 前世の最期の私の死に際のように。

 どうしても免れることが出来ない死に様ならば、みっともない死に際よりも少しでもカッコイイと思ってもらえる姿で覚えていてもらいたい。

 潰れた遺体を見てもらいたいかと言えば答えはNoだ。


「それでも、この件が立証されれば助かるかもしれない命があるのも事実だと思いますよ。強力な魔物であれば僅かな弱体化でも戦士の生死を分ける場合もありますから。

 特に辺境の地であればその利用方法次第でかなり戦況が変わってくると思います」

 イシュカが明るい声で言ったけど、私は全面的にはその意見に賛成出来ない。

「それはどうかなあ。厳しいと思うよ」

 討伐部隊などに限っては確かに利用価値は高い可能性もあるけれど。

「何故です?」

「魔獣や魔物は学習するからだよ。

 今回は雌鶏に仕込んだわけだけど、これらをこの先罠に仕掛けて家畜に対して使ったとすれば最初は効果があるかもしれないけど、その危険を知れば魔獣対策の一環としてそうして家畜を飼ったとして、繰り返せば魔獣はそれが危険だと認識する。腹が満たせれば家畜でも人間でも同じであれば容易く食える家畜を選んで襲っても、危険があると魔獣が覚えれば逆に危険のない人を襲うようになる可能性も否定できない」

 私の指摘にイシュカが『あっ』と小さく声を上げる。


「便利なことは必ずしも良い結果を招くとは限らないよ。

 仮に立証できたとしても、国の魔獣討伐部隊である緑の騎士団の団長達とも話し合う必要性はあると思う」


 ただ運用方法さえ間違えなければ便利な道具ともなり得るのは間違いない。

 サキアス叔父さんとヘンリーには研究とその成果の報告はなるべく対外秘にしてもらう必要はあるだろう。今度リディが来た時にでも内密に陛下と団長に報告しておいた方が良さそうだ。

 関わりたくないと思ってた国家とガッツリ繋がってしまったのは不本意だが、それを言ったところで全て今更、諦めた。

 こうなれば極力面倒にならない方向を模索するのが最善。

 なんとなく、また陛下から人員送り込まれそうな気がしないでもない。

 優秀な研究者というのは問題児も多いんだよね。


 考えたくないけど。

 コイツ、討伐しちゃった方が面倒がなかっただろうかと思いつつ、イシュカの言うように使い方次第では危険を減らせるのも事実で。


 後はウチの『隔離病棟』を増築するような事態にならないことを祈るばかりだ。



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