第四話 相変わらず私は主人公にはなれません。
考えなきゃいけないことも、考えたこともあった。
でもすぐには色々気持ちの整理がつかないことも多くていつもの日常に忙殺され、レインが不在なのを言い訳にすっかりそのことが頭の隅に追いやられ、ついでにルストウェルよりも東の森で魔狼の群れの目撃情報が届いたために速攻で討伐隊を組み、年末なのでその帰りに温泉にでもゆっくり浸かって休暇にしようという話になった。
討伐終了する前から何を呑気な話をと言われるかもしれないが何事も楽しみがあった方が頑張る気も起きるというもの。放っておけない事態である以上どちらにしても討伐しなければならないわけなのだから、ならば気分は盛り下げるより上げていくべきだろう。
参加メンバーには別荘にて宴会付き温泉休暇ということで釣り上げ、参加希望者百名を連れて翌日出発することにした。
途中になっている事務仕事をシュゼットとロイとテスラ達に丸投げ、速攻で必要な物資その他は既にマルビスが手配済、イシュカとガイ、ライオネル、ウチの有志(?)の騎士隊を連れて翌日には出発。仕事にキリがつき次第ロイとマルビス、テスラが私達を追いかけてきて留守はシュゼット達にお任せ、私達が屋敷に戻り次第、シュゼット達が交代で冬の休暇に入ってもらう。
ウチの騎士候補生達には月初に入隊してすぐに順次イシュカが一ヶ月の徹底教育と講義を行ってから各部署に現在配属している。それ故ウチのアレキサンドリア騎士隊は最近別名アレク魔獣討伐部隊とも呼ばれ、シルベスタ王国でも緑の騎士団に次ぐ屈指の魔獣対応討伐部隊と言われている。
勿論緑の騎士団と連携することも多いのだが今では緑の騎士団もウチ以外にシルベスタ王国内に新しい支部が出来たのだ。
冬は比較的ウルフやグリズリー系の魔獣出現率が高い。
我がアレキサンドリア領には私の屋敷にあるライオネルをトップとする本部の他に三箇所、点在する警備隊支部、所謂小規模の警察や自警団を兼ねたようなものがあり、更にその下に三つの駐在所が組織され、一つの支部でゴロツキや派手な喧嘩の仲裁、各種犯罪に対応、更にはランクB程度の魔獣討伐まで今では充分対処できるようになっている。
だけどウォーグでは戦力不足の可能性もあって分が悪い。
特に十数頭の内一体は明らかに魔素変化していて異形だったという。
フォレストウルフと同じ狼系でも知能も高い闇属性。体格も倍ほど違う。最近では出現情報もなかったのに、それがよりによって十数頭、しかも魔素憑きが率いての群れとはツイてない。まあ私がこういうことのクジ運が最悪と言ってもいいほどの悪いことを思えば驚くほどでもない。
対処不可能と思われた場合にはライオネルが取り仕切る本部のところに救援要請の連絡が来るようになっているので今回私に報告が回って来たというわけだ。
基本的に無理だと思ったら退避、避難、人命優先。
ケツを捲れと伝えてある。
何事も命あっての物種。
その他のことは大概後からどうとでもなるものだ。
但し、自分の仕事は忘れてはならないと。
警備隊の仕事は領民を守ること。
闘い、倒す必要はないが協力して民は守り抜けと。
イシュカにはこれを徹底して教え込んでもらっている。
勝てない敵に挑むのは勇気ではなく蛮勇。
最優先すべきは人命。
最初に目撃したのが月の明るい夜で警備隊員というのは不幸中の幸い。夜警で物見櫓の上から双眼鏡で発見した隊員は即座に緊急対応、飢えたヤツらの腹を満たすために家畜に傷を追わせて風上から順次森に放ち、難を逃れているという。
まだかろうじて陽のある内に到着した私達はそんな報告を聞いている。
とりあえず対策としては無難なところだろう。
血の臭いに誘われてくれればラッキー。
魔獣出現率の高い森はベラスミ帝国に押し付けて国境線を建築したはずだがどこから迷い込んだのか片がついたら調査すべきだろう。この冬は順次対応、次の冬までには対策を考えなければ。
安心安全第一ということで。
現在そこのルストウェル支部の隊長として指揮を取っているのはランス。ハンスとギャジー(もとベラスミ魔獣部隊副隊長)を補佐に付け、地元のもとベラスミ魔獣討伐部隊改め、アレキサンドリア領ルストウェル支部警備隊の面々を取り仕切っている。
到着早々に状況確認から始まり、既にお馴染みとなった立体地図による作戦会議。
狼系の魔獣が厄介なのは鼻が利くという点だ。
しかも今回は魔素憑きで知恵が回るとなれば更に危険度とランクは跳ね上がり、討伐レベルは実にS級。
さて、どうしたものか。
他のウォーグはともかく魔素憑きとなれば有効な攻撃属性は勿論『聖』。次点で『光』だ。とりあえず本部在庫の聖水は持って来たけれど足りるかどうかはわからない。すばしっこいとなればやたらと投げても避けられて終わり。
私はウ〜ンと考える。
何か良い手はないものか。
日暮まで時間もない。当面今夜をどう乗り切るか。
ライオネルに持ってきてもらった複数の水袋の中の一つに手を突っ込みつつ地図を眺める。
「現在最後にその姿を確認されているのはこの辺り、最初の目撃情報位置より人里近くなってきています。この辺りの住民には安全が確認されるまで村ごとに作られている地下もしくは山肌にある避難施設に身を隠し、警護の者を状況、町村の規模に合わせて配備しました。
ですが五日ほどはなんとかなっても、それ以上となると食糧などが底をつく可能性があります」
ランスが現在の警備、避難状況を簡単に指差しながら教えてくれる。
「勿論、それはわかってる。そこまで長引かせるつもりはない」
避難し続けるには物資もいるし、当然それを運ぶ人間も入り用になる。そうすればその護衛人員も手配しなければならないから危険度はどんどん増すわけで。そうでなくても魔獣というものは魔素を蓄えて力をつけて進化していく可能性もある。
「まずはどうこちらに有利な状況に持ち込むか、ですね」
ハンスが地図をジッと眺めて難しい顔でそう言った。
イシュカの教育の賜物なのだろう。今では魔獣出現、即特攻という者は格段に減ってきた。勿論そういった脳筋諸君もいることはいるのだが無闇に突撃する者はほぼいない。考えるのが苦手なら考えることができる者に尋ねるようになってきただけ進歩だ。
クラスSの闇属性。となれば、
「夜行性か。となれば出来れば昼間に挑みたいところではあるけど」
今日はもうすぐ日も落ちる。
可能な限りの対策をしつつ明日に繋がる布石を打ちたいところだ。
「それはそうなんですが特性上、厳しいかもしれませんよ。相手は闇属性持ちです。日の光を嫌う傾向がありますから」
だよね。しかも知能が高いとなればそんな真似はしないだろう。ゾウが踏み潰すアリの如き人間だったとしても数え切れない数になれば犠牲覚悟の特攻でアリも集団になればゾウを倒せるのだ。
真の強者は油断などしないもの。
夜行性の闇属性となれば当然日中の陽の光は苦手なのだろうが複数属性持ちとなればそうとも限らない。
「逆に昼間は安全?」
「比較的、ではありますが絶対とは言えません。ですが、昼に放った家畜が夜に食い荒らされているのが確認できていますので腹がある程度膨れているなら尚更その可能性は低いかと思われます」
飢えていれば可能性は充分にあるわけか。
ランスの言葉に頷きながら続くギャジーの言葉に耳を傾ける。
「冬場は餌の確保が難しいですからね。ウォーグの体格であれば雪兎が跳ねているのを捕らえたところで一匹、二匹程度では腹の足しにはならないでしょう」
「フォレストウルフの群れが食い荒らされているのもこの地点で今朝確認されています」
そう言ってハンスが指差したのは村から若干離れた林の中。
狼同士でも種族が違えば食い争いが起こるわけか。
まあそんなもんだよね。
自然界は弱肉強食、ナワバリ争いでもあったかもしれないなあ。
「つまり、ソイツはこの辺りの食物連鎖の頂点にいるってことか」
「そのフォレストウルフの死骸はどうしました?」
ガイの言葉にイシュカが続けて質問する。
「首は食いちぎられ、綺麗に肉と内臓は平らげられていました。魔素取り憑きの心配はないかと思われます」
ハンスの言葉にひとまずホッと息を吐く。
「次にヤツが狩りをするとしたらいつかな?」
野生動物ってのは腹が減っていなければ無闇に獲物を狩ったりしないものも多い。いくら食物連鎖の頂点にいたとしても獲物に繁殖の余地を残さず食い尽くしてしまっては今日は良くてもこの先の食事に困るからだ。
弱者に繁殖してもらわねば己の食糧が尽きてしまう。
「おそらく明日、早ければ今夜には」
「早いね」
ギャジーの回答は意外に猶予が少ない。
私の呟きにその理由を教えてくれる。
「腹に栄養を蓄えておけるヤツらじゃないんで。とりあえず今、警備のヤツ十人に交代で見張らせながらここ、風上の位置に柵を作ってますんで、完成次第、そこに家畜を十頭ばかり繫ごうかと考えています」
既に今夜の分は対策済みか。
「そこにヤツは来ると思う?」
「おそらく。絶対強者は油断はせずとも弱者を恐れませんから」
わざわざ用意してくれてる据え膳を警戒しても美味しくお召し上がりにはなると。
なるほど。
鼻が良ければ下手に毒物仕込めば嗅ぎつけられる可能性もあるし、厳しいか。余計なことして標的がこちらに向くのも厄介だ。
するとイシュカが苦笑して私を見た。
「もっとも、ハルト様がいらっしゃると警戒するかもしれませんが」
「何故?」
私が一人いたところでたいした戦力にはならなさそうだけど。
剣術の腕はかろうじて三流を脱した二流程度。
まともな打ち合いでは未だイシュカとガイどころかレインにも及ばない。たいした策も無しに近づけば噛み千切られてペロッ美味しく食されるだけだろう。
首を傾げた私にランスが苦笑する。
「自覚がないのは相変わらずですか」
ああ、そうか。
そういえば私は『魔獣避け』でもあったんだっけ。
魔力量だけなら人一倍。
「じゃあ気配断つようにするよ」
「できるんですか?」
なんでそんな意外そうに言うかな?
ランスとハンスがここに出向する前はそういえばまだ出来なかったんだっけ。
私は頷いて答える。
「完全には無理だけど一応ね。ガイに嫌味言われて徹底的に仕込まれた。魔獣は人間と違って鈍くないから討伐戦じゃそのままでいられたら困るって。仕留めなきゃならない魔獣を威圧して逃げられたら話にならないから勘弁してくれって」
本人にそのつもりは全くないのにも関わらず。
最近では大物が出てこない限りはみんなに任せられるようになったから私も出張る機会は減ってきたんだけどガイの言うことももっともだったんで頑張って覚えた。
逃げられたら追いかける手間が増えるってことだもんね。
みんなの口から乾いた笑いが漏れた。
あれっ?
どういう意味だろう?
まあいいか。馬鹿にされてる感じではないし。
「今すぐ消した方がいい?」
私がそう聞くとランスが首を横に振った。
「いえ。もし向こうがハルト様に気付いていたら、いきなり気配が消えては返って怪しまれかねません。とりあえずそのままで」
強大な魔力持ちがいきなり感知できなくなったらそりゃあおかしいよね。
やはり増え過ぎた魔力は気が付いてないだけで身体から随時垂れ流し状態なのかなあ。
あんまり考えたくないけど。
現在の魔力量は七千八百。既に団長の倍は超えた。
しかしながらここまで増えてくると使い切ること自体滅多にないので三年前と然程変わっていない。そう言ったらガイに普通は百増やすだけでも難しいのだと呆れられたけど。それでも伸び率はやはり以前に比べてだいぶ落ちている。
私は水袋に突っ込んでいた手を引き抜いてイシュカに渡すとそれの口をイシュカが縛り、新しいのを渡してくれたので再びそこに手を突っ込んだ。
一応は聖属性魔法も使えるので魔素憑きは追い込んでもらえればなんとかなるとは思うけど従えているウォーグも片付けなきゃいけないし。流石に魔力消費の多い聖属性魔法だけで全頭倒すのは厳しい。
っと、待てよ?
ボスはともかく他のウォーグは闇属性持ちじゃないのか?
どうなんだろう。
それを尋ねるとフォレストウルフや家畜の死骸から見て取るに持っている属性は風が確認出来ているらしいが確かにフォレストウルフよりは強いけれどランク的にAからC。連れてきたウチの精鋭を中心に五人くらいでユニットを複数組んで一ユニットで二頭程度倒す計算で当たれば十数頭程度なので討伐はそう難しくないという。
要は厄介なのは魔素憑きか。
「で、どうやって仕留めるかは決めてる?」
「一応幾つか罠を仕掛けてみたりはしたんですけどね。鼻が良いというのはなかなか厄介でして」
私の問いかけにランスがそう答え、『すみません』と、頭を下げる。
全部綺麗に避けられると、こういうわけか。
「はい。それでこっちも逆にそれを利用して現在、避難所付近に罠を仕掛けてあると思わせることで近づけさせないようにしています。それでいつまで騙せるかはわかりませんが」
何も考えずいたわけじゃなく使えると思われる手段は講じていたということか。それで民が無事ならまあ御の字ってところだ。S級ともなれば普通なら緑の騎士団、国家の魔獣討伐部隊が出張る案件。彼等が他の領地の魔獣討伐遠征に出ていなければ私も手伝ってもらうつもりでいたし。一応私達だけで討伐が無理そうなら応援要請するつもりでいるけれど、いつ戻るかわからないそれを待って手を拱いていては被害が出ないとも限らない。
無理ならひとまず防衛と避難対策だけど。
「なんにせよ、早急に手を打つ必要があるってことだね」
「そうなります。民を犠牲にするよりマシですが、家畜の数にも限界がありますから」
ヤツらへの供物にも限界があるわけか。
「マルビスに頼んでそのあたりは手配してもらうように頼んどくよ」
その程度なら三日もあればマルビス達が用意してくれるだろう。撒き餌として使い切ってしまってはルストウェルで使う食材も困るだろうし。
「ランス、ハンス、ギャジーとしてはどういう手でいきたい?」
まずはここでこの地を守っている、地理もよく知る三人に私は問いかけた。今回の件についても被害を最小限に抑えるためにしっかり動いてくれていたわけだし。
三人は顔を見合わせて肩を竦める。
「どうもこうもありませんよ。仕掛けた罠を全て綺麗に避けられてはどうしようもありません」
「一応他にも何か手がないか考えてはいるんですがね」
ギャジーとランスがそう答えた。もう一人、ハンスだけは考え込んでいた。
「ハンスも同じ意見?」
何か考えがあるのだろうかと尋ねると口を開く。
「犠牲を覚悟すればないこともないんですが」
「人命第一。特攻は最後の最期。負傷は止むを得ないにしても死者は絶対ダメ」
他のものはどうとでもなる。
優先して守るべきは代わりがきかないものだ。
私が即座に却下するとハンスが小さく笑う。
「ですよね。俺らも警備なんで万が一の場合には身体張る覚悟はありますけど。仲間は助け合うモンであって犠牲にするモンじゃないって貴方とイシュカに耳にタコができるほど聞かされてますので」
でも考えがあるならそれを基本にして犠牲を如何にして出さないかを絞って考えるのもアリだ。相手が強ければ無傷の勝利は難しい。だからこそ妥協せずに徹底的に考えて何重にも対策を打つ。一つの案で穴が塞げないなら二つでも三つでも、それ以上でも用意する。時間が許す限り考えようとみんなで地図を囲み、意見を交わす。
それに耳を傾けながら私は再び手を突っ込んでいた水袋から手を出してイシュカに渡し、ライオネルに新しいのを渡してもらう。
私のその行動に疑問を抱いたハンスが尋ねてきた。
「ハルト様。さっきから何やってるんですか?」
そういやあ言ってなかったっけ。
知らなきゃこの行動はおかしいよね。
「何って聖水作ってるんだよ。少しでも多い方が良いかと思って」
聖属性の魔力を水に馴染ませ、含ませることで作る聖水。
私のあり余る魔力の有効な使いだ。
アレキサンドリアの各警備支部に定期的に配っている聖水は実は私が作ったものだ。最近ではすっかり慣れて加減もわかってきた。
今ではアレキサンドリアにも二つの神殿がある。私的にはあまり必要としていないのだけれど領民へ違う。だから建設も認めているのだけれど生グサ坊主に極力近寄りたくない私は自領の警備支部に配る聖水を時間がある時に本などを読みながら作っていることがある。いつもはタライに張った水でやっていると隣でロイやイシュカ達が水を入れ替えて、せっせと瓶に詰めてくれるので非常に助かっているのだ。
その話をすると支部に配られている聖水の出所が判明して驚いたらしい三人があんぐりと口を開けた。
「そういうところも相変わらずですね。
まあいいです。そのへんは私達も非常に助かるところですし、特にツッ込むのはやめておきます」
この話のどこにツッコミどころが?
ランスの言葉に私は首を傾げる。
イシュカとガイ、ライオネルがと私の方を見て小さく笑っている。
そんなにおかしなことをやっているつもりはないのだけれど。
その後も話し合いが続くがなかなか良い案は出てこない。
難しい顔でランスが呟く。
「聖属性の以外の魔法も効かないことはないんですが決定打には欠けます。せいぜい一瞬動きを止める程度ですからね」
何を仕掛けるにしても闇属性持ちというのは厳しいらしい。
向こうは鼻が利くからこっちのトラップはバレるのに向こうの幻覚みたいなのはこっちにはわかりにくい。
まあ確かに戦力はイシュカの方が上らしいのにガイの機転と相手に認識を誤らせて誤認させる戦い方はなかなかに厄介で結局総合力は同じくらいになるのだ。逃げる、躱わすことに関してならあの双璧、団長を持ってしてもガイの相手は面倒だという。
ガイの戦い方は勝つことよりも負けないことに重きを置いているせいではないかと私は思うのだけだけれど。
「ただ闇属性持ちというだけならやりようはあるんですけど鼻も良く、知能が高いというのが一番問題なんですよね。更にはその内の一体が通常の倍のサイズがあるんである程度の距離もひとっ飛びであっという間に詰められます」
ハンスがそう言って唸る。
要するに私達の十歩が下手をすれば向こうの一歩。
背中を向けた瞬間『はい、終了』になりかねないってことか。
「イシュカは闘ったことある?」
「緑の騎士団入団して間もない頃に一度だけ。ウォーグ自体はないこともないのですが魔素の取り憑いた個体となると。確か当時かなりの死傷者が出たはずです」
やっぱり結構大変なんだ?
狼じゃ獲物は食い千切るだろうから大蛇の時みたいに身体の内側にたどり着くのは厳しいだろう。私もそれなりに成長してるし。
「その時はどうやって倒したの?」
「聖騎士を待機させている場所まで団員が誘い込みました。聖属性魔法を放って足止めした後は一斉に聖水に浸した矢を射掛けなんとか弱らせた後に団長が首を切り落として」
あの馬鹿力で叩き切ったのか。
流石歴戦の猛者は違う。私には到底真似できない。
「矢は肌を破って突き刺さるの?」
巨体となればそれなりに皮膚も厚そうだけど。
果たして矢がその下の筋肉組織や血管まで届くのか?
私の質問にイシュカは記憶を思い起こすように考えながら口を開く。
「それも厳しいですね。長い体毛で覆われている上に筋肉の弾力があって強靭なんで弾かれるといった感じですよ。まずは聖水で火傷みたいな炎症や爛れを負わせてから切り掛かりました。そういう場所は刃も通りやすくなったんです」
つまり手順をある程度踏む必要があるってことか。
皮膚の覆っていない目や鼻、口のところを狙うにしてもすばしっこいとなれば厳しい。オマケに毛長種となれば更にそれは困難。毛が薄い腹側を狙うにしてもその足下に入り込まなければならないわけで。
となればやっぱり聖水か聖属性魔法を使っての弱体化が必須。
私は手を突っ込んでいた水袋をジッと見る。
魔法も避けられてはどうしようもない。
聖属性が使えるのは私だけとなれば、いくら魔力量が人より多いとはいえ撃てる数にも限りがあることを考えるととりあえずは魔法、もしくは聖水をその皮膚まで到達させる必要があるってことだ。
「ウォーグも身体って身体能力が高いってことは体温が格別低いというわけじゃないよね?」
動くには熱量がいる。体温が冷たいということはないだろう。蛇などの変温動物も寒い時には動きが鈍るわけだし、少なくとも細胞や分子が凍り付いては活動も厳しくはないだろうか?
私の推測が正しいかどうかはわからない。
でも検証、確認、実験してみる価値はあるのではないかと思うのだ。
「何か良い方法を思いついたんですか?」
ライオネルに尋ねられてどう答えれば良いものかと首を捻る。
「思いついたっていうか、一つ確認したいんだけど」
知らないことは聞けばいい。
聞くことは恥ではない。
知らないことを知らないままにしておくことが恥なのだ。
知識というのは力だ。どこで役に立つかわからない。
私が前世で得ていた雑学が今までどれだけ役に立ったことか。
散々それを私は利用してきた自覚がある。
そりゃあ興味のないことまで記憶力を割こうと思う人ばかりではないけれど、一人一人が自分の好きなこと、関心を抱いたことだけでも追求して覚えておけば人が寄り集まることでより良い提案が纏まることもある。
よく三人寄れば文殊の知恵というではないか。
ならばもっとたくさんの人の様々な意見が聞けたならもっと良い案も出てこようというもの。私のまだ知らないことを知っている人がいればその人の知恵を借りるか調べてみればいいことだ。
「この聖水って凍らせたらどうなるのかな?」
まずは素朴な疑問から解決だ。
私がそう尋ねると不思議そうな顔でギャジーが返す。
「それになんの関係が?」
いきなり脈絡の薄い私の質問内容を聞けば全てを理解しろというのは難しい。
今日は人一倍察しのいいロイが側にいない。
それは私は私の思いついたことを自分で説明しなければならないということで私の最も不得意とするところだ。
水は液体。聖水の聖属性の効力が水の分子とか粒子に付いているものだとするならば、つまり物質にふりかけることで効力が付与されるってことは凍らせた水ならば表面からはその力が抜けたとして、その内側の溶けていない氷の部分からはその力は抜けてしまうのか、それとも残ったままなのか。
そういう目で確認できないことをどう伝えれば良いのだろう。
私は必死に脳をフル回転させながら考え、口を開く。
「いや、さ。聖水って保存用の瓶の底に一応魔法陣が刻まれて保たれるっていうのはわかってるんだけど、蓋をしても有効期限があって、ずっと使えるわけじゃないじゃない? ってことは徐々に抜けてくってことだよね?」
要するに多少違うだろうが成分みたいなものが揮発していく。コーラから炭酸が抜けていくみたいな感じなのかなあって思うのだけれど、炭酸水がこの世界にないわけだからそれも説明しにくい。
どう伝えれば解ってもらえるだろう。
私の言いたいことがわからないらしいランスが理解できないらしく眉を顰める。
「まあそうですけど」
「矢尻とか剣にかけたり浸しても一定時間は効果が続くわけだけどそれは刃にかけた聖水が蒸発していくから効果がなくなるの? それとも一定時間聖属性が付与されるのは拭き取っても変わらないのかな」
「何を仰りたいのでしょうか?」
う〜ん、如何に自分がロイに甘えていたのか思い知らされているような気が・・・
以前よりは幾分かマシになってきたからと油断してた。
でも努力しなければいつまで経っても改善されない。
私は必死に言葉を模索する。
「聖水に聖属性を付与する力があるってことはわかってるんだけど聖水に含まれたその効果が抜ければただの水と変わらないってことだよね。それは水に含まれたものが物に付着して効果を与えてるわけだから、えっと、つまり何が言いたいかって言うと説明が難しいんだけど」
凍らせれば触れてるその表面の水に与えられた効力は失われても、体温で溶ければその水にはその効果が残っているのではないかと考えたのだ。使い方によっては地雷とか時限爆弾みたいな使い方ができないだろうかと。そういうことを言いたいのだけれど地雷も時限爆弾もこの世界に存在していない以上適切な喩えが見つからなくて私は四苦八苦。形のないものや一定でないものというのは本当に表現が難しい。
何か上手く説明する方法はないものかと焦っているとイシュカがふと思いついたように顔を上げる。
「水を凍らせることでその効果も封じ込め、ウォーグの体温で溶かして効果を発揮させようと、こういうことですか?」
良かったっ、通じたっ!
「そうそう、そういうことだよ、イシュカ。
ありがとう。よく私の言いたいことわかってくれたね」
半泣き状態でイシュカに縋り付く。
「なるほど。それが確認できれば聖水を凍らせた氷を砕いてウォーグの長い体毛に纏わせることができればヤツの体温で溶けた聖水がヤツの皮膚に炎症を起こすのではないかと?」
つ、伝わった。
いや、でも犬とかの動物って体を震わせて身体から水分吹き飛ばすよね?
やっぱり難しいだろうか。
「無理? 出来ない? 厳しいかな?」
あくまでも私の単なる思いつきだ。
使えるかどうかも定かじゃない。
「いえ。面白い提案だと思います。そうすれば矢尻も太刀も入りやすくなるかもしれません。やってみる価値はあると思いますよ」
そう答えてくれたイシュカにホッと息を吐く。
「それが実証されればこの先闇属性持ちの魔獣とも戦いやすくなります。討伐部隊などでも聖騎士を治療に専念させられるようになるかもしれません。試してみましょう」
一つ一つ新しい魔獣討伐のための策が増えていけばより戦いやすくもなるはずだ。本当に聖水を凍らせて保存することが可能なら保存期間が伸びるのかにも興味がある。
以前は氷点下の保存が難しかったのだが今では我がハルウェルト商会売れ筋販売商品、冷蔵庫もあるのだ。
検討の余地は充分ある。
是非とも年が明けて屋敷に戻ったらサキアス叔父さんとヘンリーに色々相談して頼んでみよう。
「とりあえずそれだけだと不安要素もあるから他にも対策や方法考えてみようよ。私はまだそういった戦闘経験乏しいからガイも闇属性持ちの視点から気が付いたことがあったら教えて?」
「わかった」
少しでも楽に、直接対峙せず魔獣の体力と戦力を削る。
いつも私がしていることだ。
結局私は膨大な魔力量を持っていても六歳の頃とたいして進歩はしていない。
カッコ良くバッタバッタと悪役、魔獣を薙ぎ倒す、
そんな物語の主人公のようなとは私はほど遠いなあと思ったのだった。




