第二十三話 気分は見世物小屋の珍獣です。
金属加工業者の所を出る時も結局、馬車までの花道がしっかりできていた。
さっきは自分の失敗と反省で気にしてなかったけど、落ち着いた二度目になると流石にこれは照れる。
警備員に守られながら登場し、笑顔で手を振って歩く、どこぞのアイドルのようではないか。
恥ずかしい。ハッキリ言ってメチャクチャ恥ずかしい。
だが、恥ずかしがって歩くと更に恥ずかしいことになりそうなので堂々と平気なフリを装い、営業スマイルで努めて平静を保つ。どちらにしても明日からは暫くグラスフィート領にはいないので、その間にこの熱狂ぶりも落ち着くだろうと思いたい。リゾート計画が本格始動すれば出歩く機会も増えてくるので、この状態が続くと護衛も増やさないといけなくなってしまう。いつまでもランスとシーファに負担かける訳にもいかないし、ロイ同様、二人の雇い主は私ではなく父様だ。
本日、まわる予定の工房も残り二ヶ所、そしたら後は商業ギルドに寄って終わり。
次に回るのは木材加工業者、ブランコの確認と引き取りだ。
ブランコは既に貴族相手に何組か受注生産しているので椅子を取り付ける支柱は屋敷に既に配送済みということなので受け取らなければならないのは椅子の部分だけだ。適当に板を貼り付けただけのものとは違い、さぞかし豪華に仕上がっていることだろう。基本、板一枚でも事足りるものなのだが事故が起こって責任問題になるのは避けたいので背もたれ、肘掛け付きにしたのだ。売るときにはくれぐれも使用上の注意と定期点検の必要性を説明した上で確認のサインを貰ってから渡すようにとマルビスにはお願いしておいた。リスクは出来得る限り減らしておくべきだ。
やはり木材加工の工房でも到着と同時に表で待ち構えていた職人にマルビスは連れ込まれた。
献上品ともなればどこでも気合の入り方が違う。気に入られれば王室御用達、そうでなくても店には箔がつくチャンス。わからないわけではない。
私は護衛と一緒に戸口から入ろうとすると、そこが店舗であることに気がついた。
ショーウィンドウの一番目立つところに飾られていたのは豪華な木彫りと光沢感のある革が張られた応接セット。受注承りますの張り紙から予想するならオーダーメイドの家具屋みたいなものだろう。
店の中に入ると店員が近づいてきてお決まりの挨拶をされた。
接客を断ってゆっくりと展示されている家具達を見て回る。
なかなか品の良い造りの物が多い。絢爛なものから実用性重視のものまで置いてある。
値段の相場はわからないのでなんとも意見のしようがないが私がキッチンに入れたテーブルの十倍近い金額は一般的な家庭では手が出ない代物だ。実用性と利便性、価格重視の私にはあまり縁が無さそうだが、あまり繁盛していなさそうなのはうちの領地の平均的収入に比べて高価なのも理由の一つだろう。店の奥には申し訳ない程度に置いてある比較的安い家具の方が主力商品になるはずだ。店のディスプレイの仕方が悪いように思うのは私だけだろうか。
見バ 見栄えの良い物を全面に出して腕をアピールしたいのも理解できるが売れなければ商売にならない。
それに確かに豪華ではあるけどウリがない、オーソドックス過ぎるのだ。
腕は悪くないが圧倒的というほどではない。
だからといって悪いわけでもなく、個性もない。
一般的で特徴のない、特筆すべきものがない普通の店。
中途半端と言わざるを得ない。
王都ではいろんな店を覗いてくるとしよう。
売れている物や店がわからないと流行や需要が読めない。
私としては特徴を出したいのでここでしか買えない物というのをある程度用意したい。
家具も受注生産として展示も悪くはないけれどウリがない状態では難しい。
客というものは気まぐれだ。
その時の雰囲気や勢いで欲しいと思っても、後で冷静になって考えてみたらやっぱりいらない、という事態もあり得るので欲しいと思っている時に売ってしまうのが一番だ。目玉商品や売れ筋商品はよほど高価な物でない限り、在庫で二つくらい持っているのが望ましい。そうなってくると家具というのは場所を取るので保管が難しいから折り畳みや組立て式が便利だ。更に住宅事情からすると庶民では狭い家の中で幅をきかせる大型家具は置く利点がないと手を出しにくいだろう。収納付きやソファベッド等他の使い道があれば変わってくるかもしれない。マルビスが献上品の発注を出したくらいのところなのだからウチの領地の中ではトップクラスの腕ではあるのだろうけど。
父様が領地経営に苦労していたのもわかる。
これは一朝一夕ではいかないものだ。
外がガヤガヤとまた騒がしくなってきた。そろそろ私がここに来ているのもバレ始めているようで、ショーウィンドウのガラスから覗き込んでいる人やへばりついている人がいる。ナバル達が一生懸命人混みを整理してくれているのが見えた。それをありがたく思いつつも、外の様子にただ事ではないと感じたのか店員が店の奥に駆け込んで行くのが見えた。私はシーファ達と顔を見合わせ、なるべく道から見えない場所に移動するとマルビスが店主らしき人と一緒に店に戻って来た。
「また、凄い人垣になっているようですね」
慌てもせず、呑気な口調のマルビスの横でギョッとしているのはやはり店主のようだ。ぞろぞろと奥から出て来た職人らしき作業服とは違い、仕立ての良い服を着ている彼はすぐに平静を取り戻したものの私の姿を目にした途端、腰を抜かしたようにその場に尻餅をついた。
そこまで驚くほどのことでもないと思うのだが座り込んで出入口を塞いでしまっている店主の後ろの職人達は目を輝かせて身を乗り出し、私を見ている。
「見世物小屋の珍獣の気分だよ」
「珍獣よりも価値がありますから当然のことかと」
あっ、そう。
突っ込むのも疲れたからもういいや。
マルビスが軽く紹介してくれたので挨拶の代わりに会釈をすると握手を求める店員の行列ができる。
並んだ七人全員と握手を済ませると店員が荷物を馬車に運び込んでくれるのを待つ。
「また面白い物でも見つけたか、新しい商品でも思いつきましたか?」
期待に満ちたマルビスの目に大きなため息をついた。
「ないこともないけど、商品が大きいからそんなに簡単にはいかないよ」
「ないこともないんですね?」
食いつくのはそこなのかいっ!
マルビスらしいといえばらしいがツッコミを入れるわけにもいかずにジト目で眺めるに留めた。
「後でね、開発はそんなに楽なものじゃないし」
「普通はそうでしょうね」
そうだね、私は確かに普通ではありませんけれども万能ではありませんよ、マルビス。
六歳児の中に三十路の異世界のオバサンの魂が入っているだけだからとは言えないけれど。
あんまり期待を込めた目で見ないでほしい。
虚覚えの記憶にはハッキリいって自信がない。
「物が大きい上に、形に出来るかどうかは疑問あるし、試行錯誤が必要になると思うから今は無理」
「では王都から帰ってから手配します」
「了解。じゃあ次に行こう、次」
私が思いついたもの、片っ端から商品化していくつもりだろうか?
全部は無理だと思うよ、絶対。
技術力の問題もあるし、似たような発展の仕方をしているので再現できるものも多いだろうけど私がせいぜい出来るのは百均レベルの知恵と簡単な家具組立のDIY技術、ハンドメイド程度の知識だけ。商品知識はあっても実現可能レベルかどうかは別問題。
「まだガラス工房が残っているし、商業ギルドで書類の受取と、ナバル達に御馳走する約束あるし」
夕食時間前にはなんとか終わらせてしまいたい。
やらなければならない事を残して行くのもあんまり好きではないし、十日もあれば依頼しておけば戻って来た時には既に出来ている物もあるだろう。
木材加工の工房の方々に挨拶を済ませると店の出入口に向かう。
すると護衛のために前を歩いていたシーファが扉に手を手をかけたまま、停止した。
どうかしたのかと思って首を傾げると意を決したように彼が振り返る。
「あの、ハルト様、実はすごく図々しいお願いがあるのですが」
図々しいって、何か無茶な頼みでもしたいのかな?
いつも色々と付き合わせているのは私だし、ある程度なら考慮するよ。
「先程、雑貨店で調味料を購入されていたじゃないですか」
「うん、してたけど」
すごく楽しみに待ってたものだし。
「ナバル達がハルト様が喜んでいらっしゃるのを見てて、その、色々質問されて、その・・・」
「何か言いにくいこと?
怒らないからハッキリ言っていいよ、ダメなら断るだけだし」
「俺らがハルト様の料理を食べたことあって、すごく美味いって話になって、あの・・・」
そういうことか。
それは確かに言いにくいし、頼みにくいだろう。仮にも貴族で、上司で、しかも子供の私では。
別に図々しいというほどのことでもないとは思うけどね。
「いいよ、手伝ってくれるなら簡単な物でいいなら作ってあげる」
「ダメなら無理にとは、って、いいんですかっ?」
駄目でもともととでも思っていたのか、あっさり承諾した私に驚いた様子で聞き返す。
「今日の報酬は手料理がいいって、そういうことじゃないの?」
「いえ、はい、そうなんですけどっ」
「本当にいいんですかっ」
ランスまで確認してくるとは、そんなに意外なことなのか。
「豪華なのは無理だよ?」
「いえ、そんなのは全然、この前、外で食ったメシも美味かったんで」
ああ、一番始めに行った候補地で食べたボルシチ風のポトフとバーベキューのことか。
ポトフはともかく、バーベキューは私が作ったのはタレだけなのだけれど。
あれくらいでいいのならお安いご用だ。
マヨネーズとケチャップの作り置きもまだあるし。
「もうキッチン使えるようになってるし、あっ、でも材料が」
「必要な物を言ってくだされば次の所で俺らが馬車止まっている間に買ってきますっ」
そこまでして食べたいのか。
まあ、そんなに美味しいと思ってくれたなら気分的には悪くない。
「わかった。じゃあ移動中に書き出しておくよ」
ガッツポーズまでつけて意気揚々と扉を開けるとランスと二人で他の五人に向かって親指を立ててOKの合図を送る。目に見えて、一層張り切り出した五人につい笑ってしまった。
こんな子供のつくる御飯より、恋人か綺麗な女の子の手料理のほうがいいだろうに、みんな物好きなことだ。手間をかけてあげられるほど時間はないがせめてお腹いっぱい食べさせてあげよう。
「貴方は部下に甘いですね」
「今日は世話になったしね、これくらいならカワイイお願いだと思うけど」
「テスラもついてくるかもしれませんよ」
着いた時に仕事が終わってたならそれもいい。
新しく部下になるのだし、もう少し話してみたい。
「ああ、なるほど。別に構わないよ、ついでだし。
倉庫なら床に座り込んでしまえば広さは充分でしょ、お皿は厨房から借りて来なきゃいけないと思うけど」
「食器もある程度の数なら棚にもう入れてありますよ」
「さすが、仕事が早いね、マルビス」
どうせ明日は移動だけだ、多少遅くても馬車の中で寝ていけば済む話だ。
余れば厨房で残りを使って貰ってもいい。
私は馬車に乗り込むと何を作ろうかと思案し始めた。
ガラス工房に着くと、さすがに今度は献上品を頼んでいたわけではなかったのでマルビスが連れ去られる事はなく、マルビスのエスコートで馬車を降りるランス達を護衛に工房に向かう。
買い物リストは金貨を五枚と一緒に近くにいたハンスに渡す。
リストの最後には余ったお金でお酒を買ってくるようにと付け加えておいた。
そのメモを見た皆が大声をあげて喜んだのは言うまでもない。
「ここには何を頼んであるの?」
「見て頂いた方が早いかと。問題がなければ量産に入ります」
何か頼んでいたかな? 覚えがないのだけれど。
ドアベルを鳴らして戸口をくぐると中には様々な色とりどりのガラス製品が棚に並べられていた。
透明な物が圧倒的に多いが皿、グラス、ジョッキ、器や花瓶、その他実用的なものから装飾を施したものまで多岐に渡る。綺麗だけれど華がない。やはりここもデザインは今ひとつのようだ。ウチにある来客用のものと比べると見劣りしてしまう。
並べてあるのは商品というよりも見本と言うのが正しいようだ。並び方に統一感はなく、値札もない。
作業中の若い男の人が私達に気がついて手を止め、近づいてきた。
「お待ちしておりました、マルビス殿。見本は出来上がっておりますよ」
「それは良かった。丁度今日は私の主も一緒なので見て頂こうかと思い、お連れ致しました」
マルビスの言葉に一歩前に出る。
「こちら、ハルスウェルト・ラ・グラスフィート様でいらっしゃいます」
挨拶をすると彼は驚いたように目を見開くと慌てた様子で奥の方に走って行った。
「おっ、親方っ、親方っ、たっ大変ですっ」
「何をそんなに慌ててやがる、落ち着け」
「それどころじゃっ」
先程の彼に引っ張られて頭にタオルを鉢巻き代わりに巻いた中年男性が現れた。
「いったいどうしたって言うんだ、全く。何をそんな・・・ハ、ハルト様っ?」
「はい、なんでしょう」
なんか、今日こんなんばっかりだな。
仕方ないと言えば仕方ないけれど。
直立不動でガチガチに固まった親方に返事をすると1オクターブ高い、裏返った声が響いた。
「お会い出来て光栄ですっ」
「ありがとう」
「それで本日はどのような御用件でいらっしゃったので御座いますでありましょうかっ」
うん、言葉がおかしいことになっているね。
そんなに緊張されても困るのだけれど。
私が対応に困っているとマルビスが用件を切り出した。
「お願いしていた例のものを見て頂こうかと思いまして」
「すっ、すぐに取って参ります」
二人して再び奥に急いで戻って行くのを確認すると彼らに聞こえないような小声でマルビスが尋ねてきた。
「棚の商品を見てどう思いました?」
どうと聞かれても返事に困って私は曖昧に答えた。
「まあ、それなりに」
「イマイチでしょう? 大丈夫ですよ、はっきり仰って。
実際、潰れる寸前でしたから」
あっけらかんと驚くようなことをマルビスが言う。
普通は頼まないだろう、そんなところ。
「なんでまた・・・」
「ここだけなのですよ、引き受けてくれたのは。
単純なものですし、手間がかかるだけでそんなに技術のいるものではありませんからね、腕に自信がある職人達はこの仕事を嫌がったのです。どちらにしろマヨネーズを売りに出すために大量の瓶詰めが必要でしたからその発注を出す替わりに作らせました。芸術性が問題なだけで他は腕が悪いというわけではなかったので。
早い話が買収です」
「それで何を作らせたの?」
「見て頂けばわかります。私もなんと呼べば良いのかわからないものなので」
ますますわからない、見ればわかるというのなら待てばいいだけなのだし問題ない。
奥に引っ込んだ二人が明らかにおかしな歩き方で大きな盆に沢山の箱を乗せて戻って来た。
「お持ち致しました、どうぞご覧下さい」
・・・ビーズだ。
机の上に置かれた、大きさ、色ごとに分けられ手のひらサイズ位の箱いっぱいに詰められたそれは私が前世でよく手にしていた物だ。私は洋服に合わせたアクセサリーを探すのが面倒でよく手作りしていた。リメイクにも使いやすくて洋服や夏のサンダル、鞄を飾るのにも使用していた。私は一粒で一ヶ月の給料が吹き飛ぶような宝石よりもチープで太陽の光に透けるガラスのビーズが大好きだったのだ。
でも私はこれが欲しいと言った覚えがないのだけれど。
「私、頼んだ覚えないんだけど」
「はい、頼まれては、いませんね。
でも前に仰っていたでしょう、このようなものがあったらいいと」
言った、ような気もする。確か、服飾雑貨の取り扱う店で結んだ紐を隠すために木を削って作られたそれを見ていた時に。
「よく覚えてたね。私は言ったことも忘れてたよ」
「貴方の欲しいと言われる物に無駄は無いと思っておりますので可能な限りは用意致しますよ。それでどうです? 使えそうですか?」
そういえばそうだった。染色した時の道具もこちらが言うまでもなく用意されていたっけ。
全くもって手回しのいい。
さすがとしか言いようのない手際の良さ。
「勿論、使えるけどサイズはこれが最小?」
「もう少しだけなら小さく出来ますが」
「用意出来る色は他にもある?」
「ご要望があれば」
用意されたのは二ミリ程度のものから一センチ程度のものまで、大きさは箱ごとに揃えられ、サイズは五種類、色は基本の十二色。最低限はあるけどこの色彩だけでは味気ない。もう少しバリエーションが欲しいところだ。同系色のグラディエーションデザインは基本だし、単色も悪くはないが最初は華やかさで売り出す方が目を引くはずだ。
「とりあえず全部で最低三十色くらいで、無理なら出来る範囲内で構わないよ。大きさはこのままでいいけどもう一回り小さいサイズを加えて。色はそうだな、女の子が好きそうな色をメインにピンクや紫、黄色、青を濃淡つけるか、中間色でお願い。デザインが決まらないと必要数もわからないので量産は保留で」
「承知致しました」
「粒でも箱単位でも構わないので量産になった場合の見積もりも用意しておいていただけますか?」
「ある分だけならこちらに」
差し出された紙を受け取り、確認するとそれは箱単位で記されていた。
大小様々なそれらは箱毎に値段は違うがやはり染料の値段の差があるのか、色の違いでもバラバラだ。使う量にもよるだろうが値段的には充分低価格に抑えられそうだ。細いワイヤーと糸はまだウチにあったはずだから量産可能そうな簡単なものから手をつけていこう。
小さいものはさすがに丸くするのは無理だったようだけど大きいサイズの二つはしっかり球体、手作業なので若干バラツキはあるが充分許容範囲、できれば他の形も作れるのか確認してみたい。オーバル型やドロップ型、他にも出来る形があるか試してほしいとお願いしてみると快く引き受けてくれた。
それを見ていたマルビスも私の作ろうとしている物の意図を見抜いたようで身を乗り出してきた。
せいぜい紐の結び目隠しか簡単なネックレス等のワンポイント使用くらいにしか考えていなかったのだと思うけど、使い方次第、デザインや作り手の腕次第でビーズアクセサリーというものは化けるのだ。
話が終わり、すっかり上機嫌で馬車に戻る私の後ろではマルビスが職人達にしっかり口止めをしていた。
残す仕事の予定は商業ギルドでの書類と荷物の受け取りだけ。
混乱を避けるために私は馬車で待機することになり、荷物はマルビス指示のもとハンス達によって詰め込まれ、連れにテスラを加えて屋敷に戻った。
私とマルビスを入れて総勢十人の御飯作りはなかなか大変だ。
簡単な物で良いという言葉に甘えて献立はシーザーサラダとカリカリベーコンのポテたまサラダ、きのこたっぷりのクリームスープ、オニオンフライ、そして肉好き男子達のためにチーズ入りハンバーグのトマトスープ煮込み、チキンカツのタルタルソースがけ、デザートにフレンチトーストといったところか。このラインナップならチキンカツ以外を先に作ってスープと煮込みは弱火で火にかけておけば、チキンカツとオニオンフライが揚がり次第一気にテーブルに上げられる。アツアツの熱いうちの方が料理というものは美味しいものだ。
倉庫一階の土足禁止フロアに始めはみんな、驚いたようだったが慣れてくると冷たい床の感触が気持ちよくなってきたのか裸足でペタペタと歩き出し、下ごしらえを手伝ってくれた。
人数分の包丁はさすがになかったので夕食の準備の終わっていた厨房から借りてきて、一斉に取りかかると下準備はあっという間に終わる。手伝うことがなくなるとぐるりと私を囲み、やっている作業を覗き込み始めたので鬱陶しくなりマルビスを残して後は出来上がり次第呼ぶからと外に追い出した。
既に二種類のサラダとスープ、トマトソースは完成済、今はハンバーグの成形中だ。折角の肉を叩いて微塵切りにしたのは不思議に思われたがそこにパン粉と卵、玉ねぎを加えて混ぜ合わせ、作ったタネでチーズを包み込んでみせるとマルビスが後はその作業を引き受けてくれたので私は今はフレンチトーストを焼いている。十人分となれば大量だ。お皿も足りないので大皿に小さく切って山盛りにして、上から装飾代わりにジャムをかけることにした。
「ナバル達を追い出しておいてくれて助かりました」
マルビスが成形したハンバーグを焼きながら追い出した彼らの方を見た。
剣の重なる音が響いているところからすると模擬戦でもやっているのだろう。
「貴方の料理のレパートリーにこんなものがあるとは思いませんでしたからね」
「そんなに難しい料理じゃないよ?」
家庭でもある程度の料理をする人なら作れるものだ。
私がオニオンフライを揚げながら答えるとマルビスがなんともいえない難しい顔をして唸る。
「貴方がそう言うからにはそうなんでしょうけど。難しくないということは他にも手のこんだものができるということですよね。レシピ公開はできるだけ止めていただきたいところです。今後は関係者以外にはせめて出来上がったものを供する程度にしておいて下さい」
「了解、マルビス、焼き上がったらそれはトマトスープの中に入れて」
「承知致しました」
色々とややこしいが騒ぎになるのは困るのでとりあえずはマルビスに従っておいたほうが良さそうだ。
形を崩さないようにトングで挟み、マルビスがゆっくりとスープの中に落としていく。
後はチキンカツを揚げて盛り付けてタルタルソースをかければれば完成だ。
なかなか商業登録というのも面倒なものだと思った。