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第二話 いよいよ社交界デビューなんですが?


 この国の貴族は子供が六歳の誕生日を迎えると御披露目をする習慣がある。


 子供が主役の昼間に開かれるパーティ。

 それは十五歳で成人となり、十代後半が結婚適齢期ということもあるからなのだろう。

 所謂、未来の花婿、花嫁候補を見定める機会の一つでもある。

 貴族は家の繋がりを重視する傾向があるので特に後継ぎである長男、その補佐を務める次男辺りは政略結婚も珍しくない。将来有望なタマゴか、それとも甘やかされて育ったクソガキか見定めようといったところか。

 もっとも私のような三男以降は成人すると家を出て独り立ちして生活のために騎士や冒険者、商人になる者も少なくないので娘の婿に、などという期待値は低いようだ。

 そして最近になって知ったのはこの国では同性婚、重婚(但し養う事が出来る場合に限る)が認められているという事だ。父に三人の妻がいるので一夫多妻は認められている事は知っていたがそこまでは知らなかった。

 百年ほど前に大きな手柄を立てた魔法騎士の望んだ報奨がその時付き合っていた男の恋人との結婚で、法律の改正を願ったのがキッカケだったらしい。

 腐女子的になかなかロマンのある話だ。

 もともと表立って公表する者こそ少なかったが同性愛者や女装好き、その他変わった趣味を持つ者も貴族には結構いたのでその願いはあっさりと受け入れられ、数こそ少ないが今では珍しくもなく、特に出逢いの少ない男ばかりの騎士団等には多いらしい。


 それを聞いた時、ここ暫く私の奥底に眠っていた腐女子の血が騒いだ。

 これは騎士団入りも有りかもと一瞬考えてしまったくらいにはそそられた。

 そして同性婚が許されているということは自分の恋人を女性に絞る必要もない。

 つまり恋人候補は単純に考えるなら倍ということになる。

 これなら私の前世からのささやかな夢、ごく普通の恋も夢ではないかもしれない。

 転生したことだし前世の祟られていると言われていた私の恋愛運も改善されている可能性もある。

 これは気合を入れて御披露目に臨むことにしようと屋敷にやってきた仕立屋にとびきりカッコ良く見えるようにとお願いした。

 前世と美醜感覚は大きく違わないことはすでに確認済。

 両親が美男美女なのだから当然なのかもしれないが我が家の顔面偏差値は決して低くない。

 綺麗な人や物を見るのは好きだが私は特に面食いなわけではない。

 前世でさんざんデブ、ブタ、ブサイクだと言われてきたのだ、人の価値を外見で判断したくはないし、性格の悪い美形と性格の良いフツ(メン)なら迷いなく後者がいい。顔にも流行があるだろうし、他人の評価がちょっとしたことでコロコロと変わるのはよくあることだ。

 外見は化粧や服装、髪型等である程度カバーできる。

 とはいえ、初対面、第一印象はいいに越したことはない。

 自分で言うのもなんだが今世の私はかなりの美少年だ。

 銀に近い淡い白金髪の長い髪は陽に透けて輝き、濃いエメラルドグリーンの瞳は大きく常に濡れたように煌めき、くっきりと刻まれたような二重と長い睫毛、通った鼻筋と紅をひいたように薄紅色に艶めく唇、陽に当たっても焼けない白い肌は陶磁器のようで少年とも凛々しい少女にも見えるような中性的な顔立ちでありながら、剣術の稽古で鍛えた子供にしてはスラリと綺麗についた筋肉と凛とした雰囲気は間違いなく少年であると主張している。

 白金髪を際立たせる精緻な刺繍を施された純白の燕尾服に濃紺のドレスシャツ、胸には庭に咲いていた真紅の薔薇を挿して臨んだ御披露目会で拍手と父に手を引かれ、共に登場した私はある問題に気がついた。


 今の私は確かに美少年なのは間違いはない。

 事実、同じ年頃の女の子達がこちらを見ては恥ずかしそうに俯き、可愛らしく頬を染めている。

 だが、どんなに可愛らしくとも子供なのだ。

 外見がどんなに綺麗な美少年であろうが中身は三十路半ばを超えた大人、十にも満たない子供は守るべき対象にはなっても恋愛対象になるはずもない。


 これは、この世界の男の結婚適齢期の二十歳くらいまで恋人探しは保留したほうがいいかもしれない。


 と、すればだ。

 それまでに生活の基盤を築いておくのが吉。

 二年後に通う学校を快適に過ごすための子供社会での人間関係の形成の準備とその親に悪印象を与えないための下地作り、まずは子供らしく元気よく大きな声で。


「只今紹介に預かりました、ハルスウェルト・ラ・グラスフィートと申します。

 どうぞハルトとお呼び下さい。

 本日は私の誕生日を祝うためこのような大勢の方々に御足労頂き、感謝申し上げます。

 全てに於いてまだ至らぬ事も多く、御迷惑をかけることもあることと思います。

 その折には是非とも皆様の御指導、御鞭撻を頂戴致したく存じ上げます」

 そう締め括ると一歩右足を引くと出来るだけ優雅に見えるようにお辞儀して、とびきりの笑顔を添えた。

 無難に、貴族らしく、礼儀正しくだ。

 すると会場内にいた大人達が驚いた様に目を見開いてこちらを凝視していた。


 あれ? 

 何か思っていたのと反応が違う。

 何かマズイことを口にしてしまっただろうか?


「ハルト、そんな言葉いつ覚えた?」

 招待客と同じ様に驚いた顔で父に見下ろされ、

「あの、父様の部屋にあった書物で・・・」

 小声でボソボソと苦しい言い訳を答える下を向いた。

 しまった、やりすぎた。

 会場にいるのは殆どが自分より目上の存在、丁寧すぎるのは悪いことではないけれど私は今、外見的だけで言うならまだ六歳の子供。

 この珍妙に静まり返った空気をどうしたものか。

 すると広間の奥にいた一人の御婦人が手を叩いてくれるのが視界の隅に映った。それと同時に広間は拍手の渦に巻き込まれた。

 助かった、あの御婦人に感謝だ。

 あれは確か、隣の領地のステラート辺境伯の第一夫人だったはず。

 一度遠目にお会いしたことがある。前世で憧れていた理想の女性像に近い、理知的で色気のある綺麗な人だったのでよく覚えている。


「さあ、ハルスウェルト。自分でファーストダンスを申し込みに行けるかい?」

「勿論です」 


 そう、これがこの世界の貴族の男子の社交界デビューというやつだ。

 王族など例外はあるが基本的に貴族の子供はこの御披露目会前に貴族間のパーティに出ることはない。

 気をつけなければならないのはここで条件が合えば相手に選んだ御令嬢がそのまま婚約者になるケースもありえるということだ。

 まだ相手を特定するつもりがない以上、これは避けなければならない。

 会場を見渡すと私にダンスを申し込まれることを期待しているのかモジモジとしながらこちらに視線を送ってくる女の子が非常に多い。

 その女の子を見て鼻の下を伸ばしている男子達も。


 これは下手を打つと男子の反感も買う可能性もある。

 と、なれば取れる手段は二つ。

 一つは自分の身内、つまり家族。

 だがこれは招待客を差し置いてということになるのであまりよろしくない。

 そして、残されたもう一つの手段は・・・

「父様、どなたに申し込んでも良いのですか?」

「ああ。だがお断りされたら潔く引いて母様かユリナに頼むんだぞ」

「はい」

 つまり申し込んだ女性にフラレれば後は家族でも構わないということだ。

 適齢期近くまで恋人を作る予定のない私にはフラレ男の汚名はむしろ望むところ。

 確認し終わると広間の奥を真っ直ぐに見つめ、出来る限り堂々と男らしく見えるようにと気をつけながら歩いてその人の前に立った。


「貴方と踊る栄誉をどうか私に与えていただけないでしょうか?」

 胸に刺した赤い薔薇を差し出し、深く礼をしたのは先程一番初めに拍手をくれたステラート辺境伯夫人。

 そう、選んだのは既婚済の御婦人。

 しかも女性の中で一番爵位が高いのがポイント。

 彼女を差し置いて他の御婦人に申し込んでも角が立つ。

 辺境伯夫人のメンツを立てた上で断られても当然、この場では年上美人にフラレた身の程知らずの子供と笑って済ませられる。

 そして何よりとびきりの美人だ。

 すると私を見て彼女はくすくすと笑った。

 うん、綺麗な人は何をやっても絵になる。


「あら、他に貴方と踊りたがっている御令嬢が沢山いるようだけど私のようなおばさんでいいのかしら?」

「おばさんなんてとんでもない。

 薔薇の花の精霊も眩む、春の女神様のようにお美しいと私は思います」

 決して嘘ではない。

 打算がないとは言わないけれど。

「それに、先程私が不安に心揺れている時に貴方は一番に拍手をくださいました。あの時、私には貴方こそが救いの女神に見えたのです。

 だからこそ私は貴方と踊りたいと思いました。

 まだ下手で頼りないリードしか出来ないかもしれませんが・・・」

 一生懸命言い募る私の前にスッと右手が差し出され、手に持っていた薔薇を指から抜き取られた。


「光栄だわ、喜んで貴方のファーストダンスの相手、務めさせて頂きましょう」

「ありがとうございますっ」

 パッと顔を輝かせて礼を言う私に彼女はまたくすくすと笑った。

 しまった、貴族らしく振る舞うのを忘れてた。

 だが、微笑む彼女は本当に綺麗で。

「そのかわり私が将来ファーストダンスを踊った事を自慢出来るくらい、とびきりのいい男になってね。約束よ」

 小声で色っぽく囁かれた言葉にドキドキした。

 さすがいい女は言う事も違う。

 昔憧れていた女性そのものの彼女に私は目を輝かせた。


 そして彼女の手をとって広間中央に向い、浮かれている私の後ろで冷や汗を家族が流していた事には最後まで気がつくことはなかった。



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