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第百十八話 とうとう正式に領主持ちとなりました。


 そうしてマーべライトの不正が発覚し、それに関わっていた者達の処分、処遇、降位等も決まり、不在となっていたその他の新たな領主の発表と明日の私の誕生日よりベラスミ改、アレキサンドリア領の運営開始の正式な公示が陛下によってなされた。


 当然といえば当然なのだがその後に催された舞踏会に欠席は許されない。

 致し方なしと諦めて、婚約者兼護衛としてイシュカと代行のシュゼットに付き添って貰い出席したのだが、幸いにも(?)悪政を敷いていた貴族の方々を散々追い堕としたせいで私の魔王たる悪行(?)も知れ渡り、喧嘩を吹っ掛けてくるような輩もなく、進む先々には常にスペースが空いた。


 そうそう、近づいて来なければいいんです。

 よくわかってきたじゃないですか、みなさん。

 それでいいんですよ?

 魔王様(わたし)は雑魚には興味ありません。

 チョッカイ掛けて来なければいいんです。

 大人しく隅にでも引っ込んでいて下さいまし。

 ここはそれを知らしめるためにも堂々と胸を張って過ごしましょう。


 そういうわけで久しぶりにドレスアップした凛々しいイシュカを自慢し、見せびらかすべくその左腕を取り、紳士然としたシュゼットを逆側に配置しつつ壁の華になるべくいそいそと部屋の隅かベランダにでも逃げ込もうとしたところでリディに捕まった。

 いつもの眼胡散臭さ満載の眼帯ロン毛状態ではなく貴族仕様の長い髪を後ろで束ねたオールバック、目を引くオッドアイ姿でやって来た。

 こうしてみるとしっかり貴族に見えるから不思議だ。


「お話しさせて頂いても宜しいでしょうか、アレキサンドリア侯爵」

 そう話しかけられて一瞬反応が遅れる。

 まだ呼ばれ慣れていないのは仕方ないにしても不思議な気分だ。

「今日は付いていなくていいの?」

 誰に、とは、あえて言わなかった。

 リディは諜報部、都合の悪いこともあるだろう。

 視線だけをチラリとそちらの方角に向ける。

 するとリディも苦笑して視線だけを陛下に向けた。

 そこにはしっかり双璧たる団長と連隊長に挟まれた陛下の姿がある。

「今日は彼の方達が側にいますから私の出番はありませんよ。

 そうでなくてもここは公の場ですからね。

 私が指示されているのは貴方の護衛です。

 そういうわけで、今日は御一緒させて下さい」

 リディは微かな声でそう言った。

 つまりは一応こっちの心配はしてくれたってことね。

 ではありがたく付いて頂きましょう。

 多分大丈夫だとは思いますけどね。

 この場所に来るまでの間にもパックリ人波割れてましたから。

 それはもう、綺麗に花道ができていましたとも。

 でも用心するに越したことはないだろう。

 そして今度は周囲によく聞こえるほどの張りのある声で宣った。

「イシュカとは古い知り合いですから婚約したと聞いていたので話をしてみたくて声を掛けさせて頂きました。宜しければ少し話をさせて頂いても?」

 なるほど、そういう設定ね。

 リディは隠密。了解、了解。

「ええ、ランスロイド子爵、お久しぶりです」

 そうイシュカが適当に話を合わせる。

「彼とは友人でしたからね。私では彼の力になることができなかったんで感謝してますよ、貴方には。いつもならこういったことはしないんですけど、せめてもの御礼と感謝の気持ちをと思いまして」

 リディが曖昧な言葉で適当にボカして指しているのはイシュカのことではなくアンディのことだろう。

 別に感謝されるほどのことはしていないと思うのだけれど。

 世の中、ギブアンドテイク。

 こちらばかりが割りを食うような案件には関わるつもりはない。

 私がやったことはデキャルト領の借金の肩代わりではなく返済期限を延長しただけのことだし、デキャルト領再建の手伝いは陛下に押し付けられたけれど、結局そのお陰でシュゼットとアンディ、更に優秀な人材をしっかり送り込んでもらったし、ウチにも充分な利がありましたからね。

 人材は宝ですよ、なにものにも変え難いほどのね。

 そう言いたいのは山々だが、ここで余計なことを言っては折角リディがどうとでも取れるように言った会話を台無しにしかねない。そうでなくても私はついウッカリをやりがちだ。ここは余計な口を挟まず、適当に笑顔と相槌で誤魔化しておこう。

 私の横にはそういう意味でも頼りになるシュゼットが横にいるし。

 周囲の視線もこちらに多少向いていないこともなかったが話しているのがイシュカとリディということもあって興味が少しだけ逸れたのか少しずつ遠巻きに出来ていた人垣が崩れてくる。一組、また一組と派手な装飾品やドレスを身に纏った者から抜けて、今こちらを見ているのは比較的地味な身なりの貴族達だ。おそらく階級が低いか経営が苦しいところだろう。

 私を敵対視しているのは暴利を貪っている方々が殆どだって話だし、自分達に益がないとわかって早々に退散したのかな。それとも中央に近い位置で人も集まりだしているみたいだからそっちに興味が移ったのかもしれない。少しだけ興味を持ってそちらに視線を向け、目を眇めるとシュゼットが耳打ちして教えてくれた。

「財務大臣と宰相のいらっしゃるところですよ。運河運営事業が好調なので今度は王都とグラスフィートを繋ぐという計画が本格化していますからその建設事業に関わりたい方々があちらに行かれたのではないかと」

 そういえばそんな話もあったっけ。

 それは好都合、目立たないに越したことはない。

 会場の雰囲気がもう少し落ち着いてきたらシュゼットが中央の権力争いとも縁が薄い、ウチに付いてくれそうな地方貴族の方々を紹介してくれるというし、それまでは少しのんびりしている予定だ。

 問題のありそうな方々が離れたせいかリディの雰囲気が少しだけ和らぐ。

 ふと目があって小声で話しかけられる。

「ですが一番の話題の人物が早々にこんな場所に陣取るとは、貴方は全然変わっていませんね」

 変わっていないっていうか、変わるつもりがないっていうか。

 派手なのは本来あんまり好きではないんですよ。

 すっかり派手で目立つのが板についてきてしまったのだけれども、最初の頃は地味に生きてくつもりでいましたから。

 一応ですけど。

 私の基本スタンスは昔も今も変わっていない。

 極力余計なことには関わらない。

 ただでさえ面倒事に巻き込まれやすいのだ、それもある程度諦めているとはいえ、それが一つでも少ない方が良いに決まってる。

 売られた喧嘩は買うけれど、売られてもいない喧嘩を買ってまわる趣味はない。

 それに、

「今日は祝いの席でしょう?

 魔王様が目立つところにいたんじゃ場の雰囲気が悪くなるじゃない」

「むしろ魔王であれば真ん中に堂々と居座っていればよいのでは?」

 結構言うなあ。

 まあそれも確かに。

 だが遠巻きにされたいのは厄介な方々だけで関係のない人達まで威圧する気はない。

「目立って彼の方に余計な仕事を押し付けられるのは御辞退申し上げたいのです。急いては事を仕損じるとも言いますからね。急がねばならないことと急がなくても良いことというものがあります。

 私にも少しは長めの休暇を取らせて頂きとう御座います。

 お陰でやりたかったアレコレが半分も実現出来てません」

 忙しいのは良いことだという人もいるだろう。

 でも忙し過ぎて自分の時間が無くなるのは本意じゃない。

 自分の時間がなくなって余裕とゆとりがなくなるのはゴメンだ。

「アレコレとは?」

「言いませんよ。彼の方にまた便乗されるのは勘弁願います」

 リディに言えば陛下の耳に間違いなく入るでしょう?

 あの人はやたらとチョッカイかけてくるし。

 これが妨害なら突っぱねるところだが後押し、協力、支援という方向で関わってくるから無碍にできない。手伝ってくれるというなら関わってもらえば良いだろうと言われるかもしれないが冗談ではない。

 邪魔ではなく加速するから厄介なのだ。

 これにマルビス達が乗っかれば更に倍速になるわけで。

 陛下が関わった瞬間から私の予定がガラガラと音を立てて崩れていく。

 とはいえ反乱の意志ありと取られるのも問題なので付け加えておく。

「心配されなくても大丈夫ですよ。安心して頂いて良いかと。

 私は基本商人です。それも観光娯楽産業がメインの。

 楽しいことを創るのが私達の仕事。

 位が上がろうとそれに変わりはありませんから」

 デキャルト領再建に関わったことで少々予定は狂ったが、それも今後他の方面で利用できそうだし、結果的にウチとしても新たな事業が展開できそうだ。

 それに他領のことや国の国境警備等々のことを考えるならウチに人口集中し過ぎるのもよろしくない。父様が果実狩りや植物園経営に乗り出すかどうかはわからないけどやりたいというのであれば、今後はグラスフィートやデキャルトとは業務提携とか相談役という形を取って基本的にその領地の領主に管理してもらおうと思っているのだ。

 少し違うがフランチャイズ契約に近い感じだろうか。

 ハルウェルト商会は大きくなり過ぎてるし、これ以上大きくなると管理しきれなくなったり、何かの折には巨大な分だけ身動きが取りにくくなる。それに基本、他領にある施設はそこに住んでいる者達が経営に関わっていくべきだ。頑張って稼いだ結果がウチで利益を吸い上げられてはやりがいというものもなくなる。協力関係を結びつつ、帳簿などで経営状況を定期的に報告してもらいつつ純利益の一割程度くらいの相談料を受け取り、後は責任持ってその領地にあった形で管理、運営してもらうという方法だ。

 多少の売上の変動は気にするほどでもないだろうが、そうすることで早期に運営状態をある程度こちら側で把握出来るというマルビス達商業班の提案。

 ビニールハウス栽培計画もサキアス叔父さん達の研究開発が進めば多分今まで食糧生産自給率の低かった領地からも問い合わせが入ってくるのではないかという意見も多い。

 そうすれば国の食料生産率も上がり、他国への輸出も可能。

 食料が不足すれば貧しくなるのは食生活だけではない。

 だがそれが豊かになれば出来ることが増えてくる。

 周辺諸国にまでその影響が波及すれば他国との同盟もより強固になり、戦のない世界に一歩近づけるかもいれない。そのためにもまずは目の前のデキャルト領での農地化計画を成功させなければならないわけだけど。

 運河、水道設備が波及し始めている現在なら、ビニールハウス計画が実現すれば、もしかしたら今まで農作物の生産が厳しかった南の砂漠地帯、北の雪国地方でも野菜が育つようになるかもしれないとサキアス叔父さんやマルビス達も言っていた。

 そうしたら他国の領土を侵略する必要性も低くなるだろう。

 私が変えるべきは既得権益を持つ貴族ではない。

 一般庶民の生活、私達のメインとなる客層だ。

 そこに我がハルウェルト商会の発展がある。


「私は贅沢がしたいわけではありません。

 仲間と楽しく暮らしたいだけなのですよ。

 そういうわけで彼の方々に不利益が出る時にはどうぞ仰って下さい。随時検討致します。国と民は共存共栄、どちらかに天秤が傾いても不都合が出るものです。

 私は国と争うつもりはありませんので」

 イビツな形になっては長続きしない。

 待っているのは衰退だ。

 だからこそバランスを取る必要がある。

 うちだけが利益を独占しては問題も出てくるだろう。

 いずれ分離、子会社化して分ける必要も出てくるかもしれない。

 巨大になり過ぎては端の方まで目も行き届かなくなる。

 そのためにも国との連絡手段は必要不可欠。

 私はにっこりと笑ってリディに告げる。

「貴方も時々ウチに御飯を食べにいらして下さい、

 あの者達とも上手くやって頂いていますし、心配なら存分に調査して頂いて結構ですよ。

 まあそれも必要ないとは思いますけど」

 既にウチには陛下の手の内の方々が大勢就職している。

 調べるまでもなく、彼等から報告書が届いているだろう。

 するとリディは皮肉げに笑った。

「そうですね、そのあたりは彼の御方も俺も特に心配していませんよ」

「ではいったいなんの心配が?」

「貴方の御身ですよ」

 私の身?

 何故ゆえ?

 私一人がどうこうなったところで最早ハルウェルト商会は揺らがないだろう。

 勿論、どうこうされるつもりはないけれど。

「貴方には色々と自覚が足りていないようですから」

「魔王の、ですか?」

 その自覚なら既に充分ありますよ?

 これだけ権力のありそうな方々に遠巻きにされれば。

「それも含めて、ですよ」

 そう言ってリディは微笑う。

 その辺りは聞いてみたいような、みたくないような?

 少しくらいの駄目だし食らってヘコむほど繊細ではないけれど、『色々と』というからには複数あるってことですよね?

 二個や三個ならまあまあ御愛嬌、これから気をつけますで通せるかもしれないけれど、思い当たるアレコレの数はその程度じゃ済まないような気がしないでもない。

 微妙に居心地悪くてさりげなく逸らした視線の先でイシュカの笑顔にぶつかって私はヘラリとわらう。

 まあなんとかなるだろう。

 私は一人じゃない。

 キュッと掴んでいたイシュカの腕に力を込めるとイシュカが口を開いた。

「いいのですよ、ハルト様はこのままで。

 完璧になってしまわれては私達の仕事がなくなります」

「ええ。その補佐をしてお助けするのが私達の仕事なのですから」

 『ねえ』とばかりに振ったイシュカの言葉に頷いてシュゼットまでそんなことを言う。

 う〜ん、要は手が掛かるってことでいいのかな?

 それって扱いがサキアス叔父さんやヘンリーと一緒では?

 微妙に複雑な気分で顔を顰めると頭の上にポンッと大きな手の感触が乗った。

「まあそうだな。大人しくなった此奴は既に此奴じゃない。

 ハルトのこの性格あってこそのハルウェルト商会であろう?」

 その聞き覚えがある声は辺境伯っ!

 私が大きく振り向くとそこには私の憧れ、麗しのミレーヌ様の姿があり、私は思わず目を輝かせる。

「お久しぶりですっ、ミレーヌ様っ」

 今日も素敵だっ!

 私が目を輝かせて彼女を見上げるとふふふっと色っぽい声で微笑う。

「あらっ、嬉しいこと。こんなおばさんを見てそんなに喜んで頂けるなんて光栄だわ」

「ミレーヌ様はいつまで経っても若々しく美しい女性ですっ!

 そんなことを言う者がどこかにいるのですかっ、教えて下さいっ、私が蹴り倒して参りますっ」

「ありがとう。貴方にそう言って頂けるだけで充分よ」

 この品のある色気、出るとこは出て引っ込むべきところは引っ込んでいる抜群のスタイル。

 素晴らしいっ!

 女性にはその女性の歳に合った魅力があるというのに、それを理解しない男が何故驚くほど多いのか、私には不思議でならない。

 若く瑞々しい美しさとはまた別の、滴り落ちるようなこの色気。

 結局のところ、おそらく私のこの趣味は『ないものねだり』からきているのだろう。

 それに貴族の女の子は多少の差はあれどみんな可愛いし綺麗だ。

 たまにすごく綺麗な子だなあと思うような女の子がいても未婚の十五歳以下の女の子は中身が三十路のオバサンたる私から見るとやはり庇護対象にはなっても憧れにはならないというのが現実。せめて二十歳は超えて貰わないと厳しいところだが、二十歳すぎて独身の女性は十八くらいが結婚適齢期のこの世界ではウチの商業棟女子寮にいるような自分の趣味に没頭しているか、もしくは個性的過ぎる方達が殆どだ。そうなってくると彼女達を嫁に迎えたいかと問われれば、正直御遠慮申し上げたいわけで。

 つまり二十歳以上でと考えていた私のお相手が男ばかりになるのは必然だったと、こういうわけだろうか? それに今更ながらに気がついた私は随分と間抜けだ。

 まあ私の贅沢過ぎる婚約者に文句が一欠片もないので構わないのだけど。

 そんなことを考えていると横から辺境伯の呆れた声が聞こえてくる。

「おヌシはワシではなくまずミレーヌに挨拶するのか。

 そういうところは相変わらずよな。

 まあよい、我が妻がそれだけ魅力的だというのならワシも鼻が高いというものだ」

 生憎筋肉ダルマのマッチョは私の趣味ではありません。

「当然ですっ、ミレーヌ様は私の憧れなんですからっ!

 今日のお召し物も素敵ですねっ、ですが今宵も庭園に咲き誇る薔薇も霞むほどに美しく、その艶やかなドレスも大粒の宝石でさえミレーヌ様の美しさの引き立て役にしかなっていません」

 本当に綺麗な人というのは豪華な宝石にも負けないものだ。こういうのは小娘が付けるよりも大人の女性にしっくりくると思うのだ。

 それはお前の好みの問題だろうと言われると弱いけど。

 ランプの色で紫がかった赤色に光るアレキサンドライトの色が映えるグラデーションが裾に掛けて濃くなる藤色のドレス。ウチの職人達が御要望をお聞きして仕上げたオーダーメイドで染め上げたうっすらと模様の入った力作だ。すごくお似合いになっている。

「相変わらずお上手ね」

「事実ですから」

 御世辞なんかでは決してない。

 私が御機嫌でミレーヌ様と会話しているとイシュカとリディ、辺境伯が何やら情報を交わしている。シュゼットが凄いなあと思うのはこういう時、両方の話をちゃんと聞いていることだ。一つのことに集中すると他のことが疎かになる私とは大違い。

 シュゼットは自領の経済を傾けた能無し領主だと自分のことをそう言っていたが人の才能というものは違って当然。経営手腕が劣っていたとしてもシュゼットの才能はそこではない。大概の人には私はどこかに才能があるものだと思っている。

 ただ残念なのは自分の欲しい、望む才能とその人の持つ才能が必ずしも一致するとは限らないし、その才能が必ずしも見つかるものではないというのが皮肉な所ではあるのだけれど。

 実際、私の才能はどこにあるのか自分でも判ってないわけだし、偉そうに人のことを言えやしない。

 一つだけ自信があるとすれば人のとの縁に恵まれていることくらいか。でもそれは私の才能と言っても良いのだろうか?

 如何にも他人頼みで情けないような気がしないでもない。

 あっ、いかん。落ち込んでしまいそう。

 でもまあここは人と出会える才能ということで無理矢理納得しておこう。

 そう思い直したところで自分を呼ぶ声に気が付いてそちらに顔を向ける。


「今年も来るだろう? ウチに。育っているぞ、また四十頭ほど」

 ああそうだ、それもあった。

 しかし、今年は四十頭か。

 結構増えたなあ。馬型魔獣を見つけたらせっせと捕まえてステラート領に運んだ甲斐があったということか。しかしながらそこまで増えてくるとありがたみがなくなってくる。

 まあ良いけど。

 獣馬は長生き傾向があるとはいえ、実は平均寿命は短い。何故なら獣馬は危険な戦場に駆り出されることが多いからだ。

 団長も既に過去三頭死なせているらしい。

 それだけ過酷な戦場で先頭に立っているということに他ならないわけだけど。

「勿論、辺境伯さえよろしければ」

 今年は去年振られたメンバーに合う獣馬がいるといいなあ。

 専属枠も倍近い五十に増やしたし今年は何人が選ばれてくれるかな。

「そういえばまた面白い獣馬が何頭か生まれ・・・」

「私は馬場には行きませんからね」

 言いかけた辺境伯の声を遮って、私は断言した。

 また辺境伯の思惑にハマってなるものか。

「今年はミレーヌ様とお茶をしてそのまま失礼しますから」

「なんだ、つまらんな」

「つまらんな、じゃありませんっ」

 やっぱりそういう魂胆か。

 いくら魔力量の多い獣馬に私が懐かれやすいとはいえ冗談ではない。

 キッパリお断りを申し上げると辺境伯が宣った。

「別に良いではないか。去年連れてった五頭の内三頭は別の乗り手を見つけたのであろう?」

 それを言われると弱いところでは確かにあるのだが。

「まあそうなんですけど」

「やはりおヌシのところには面白い男が集まってくる。

 おヌシが抱えていたほうが良い乗り手が見つかりそうではないか?」

 ガイの推察通り、ケイが去年選ばれたのが偶然ではなくて本当に獣馬が隠密、間者、密偵系の人間に懐きやすい性格であるとするならばこの間新設したばかりだが辺境伯のところに連れて行けない諜報部隊の何名かが気に入られそうではある。

「獣馬もタダではないんですよ?」

 専属護衛の彼等と違って諜報部隊の人達が高い獣馬を欲しがるかは疑問なのだ。

 獣馬は目立つ。

 ガイのように闇属性持ちとかケイのヘブラエルのように変わった特徴を隠しやすい外観なら良いのだけれど、特徴があり過ぎる馬は諜報員に向かないだろう。私がよく好かれるのは普通の馬に近いのじゃなくて明らかに魔獣寄りな獣馬なのだ。

 それでも辺境伯は押し売りする気満々で、

「山ほど資産があるクセにケチ臭いことを言うな」

「そういう問題ではありませんっ」

 管理が大変なんですよ?

 ウチは獣馬だけでなく騎馬も馬車馬も結構な数がいるんです。

 世話人も一緒に増やさなきゃならないし、飼葉も必要なんですよ。

「だが結局蒼毛のシン、だったか? アレもおヌシが乗ることにしたのだろう?」

 ・・・・・。

「仕方なかったんですよ」

 そう、去年押し売りされてウチに連れて来た獣馬。

 ケイとフリード様に譲って、ヘンリーも多分もうすぐ乗れるようになるはずだ。

 残っていたのは魔力量が特に多かった青いグラデーションの掛かった獣馬シンとユニコーンみたいな外見のアシュタルト。

「ちょっとトラブルがありまして、それを収めるために跨ったらガッツリ主人認定かかってしまいまして」

 少し前にウェルトランドに滞在していた貴族が噂に名高いルナを一目見ようと權力を振り翳し、馬場に入り込んだことがあったのだ。そこでたまたま目にしたシンとアシュタルトを見つけてしまったのだ。そういう人間が配慮、遠慮という言葉を知るはずもなく、噂にも上っていない二頭を見つければどうなるか、結果は言わずもがなというものである。

 二頭が興奮状態で手がつけられなくなって屋敷にいた私達のところに連絡が来て落ち着かせようと手を尽くした結果が主人認定。獣馬が従順になるのは自分の認めた主人だけ、つまり私だ。不可抗力と言えなくもないのだがこうなってしまった以上どうしようもなかった。

 当然騒ぎを起こした貴族にはウェルトランド入場時の規約に基づき、高額の罰金を支払わせた上で出禁にしたのだが。

「面白い特性が判明したらしいな」

 そう、シンに乗るようになってから判明した魔力量が多い獣馬ならではの特性。

「そのニヤニヤ笑い、やめて頂けません? 御存知なんでしょう?」

「まあな」

 獣馬には属性がある。速く駆けるということからわかるようにその多くは風属性持ちだ。ルナが空を飛ぶように駆けるのはこのためだ。

 シンには風属性以外のもう一つの水属性があったのだ。

 背から尻にかけての鱗模様はこういうことだったのかと納得した。

 何故それが発覚したのかと言えば、水の上を走ったのだ。

 いや、正確に言うなら足下の水面を凍らせてその上を。

 朝に屋敷のすぐ側の湖沿いを走っていた時に発覚したのだが。

 水浴びが好きだというのは辺境伯や世話係からも聞いていたので知ってはいたのだが正直、吃驚した。

「ルナとは別の意味で目立ちますけど、面白いですよ。

 私の領地は半分以上が山林で、山と森が多いですけど水場も多いのであれは便利です。ついでに白馬の一本角、アシュタルトにも珍しい特技が発覚しましたし」

「なんだ?」

「他の馬では登れない急勾配も駆け上がり、駆け降りるんですよ。多分他の獣馬に比べて魔力量が多いのもあるのでしょうが加速が早く、直線に強かったのは瞬発力が並外れていた結果のようでして」

 こうなってくるとヘンリーに懐いているあの一頭、オシリスにも変わった特性がありそうな気がしてならない。ガイのガイアとケイのヘブラエルには因みに土属性があり、他の獣馬と比べてもかなりタフであったのはそのせいだった。こうなってくるとフリード様に懐いたハデスにも珍しい特性がありそうな気がするのだが、お伺いしたところ今のところまだわからないが、ただ夜目が他の馬より効くようで、もしかしたら闇属性持ちの可能性もあるとのことだ。

「ということはソイツもおヌシが乗ることになったわけか」

 そうですよ、予定外でしたけどね。 

「ですからもう無理ですっ、これ以上の目立つ獣馬は必要ありません」

「そんなことを言わずにもう一頭くらい・・・」

「押し売りはやめて下さいっ、今度は何を企んでいるんですかっ」

「いや、ミレーヌに新しいアレキサンドライトを・・・」

「それこそマルビスにまともに買取交渉して下さいよ。

 資産がないわけじゃないんですから」

 全くもうっ!

 私が呆れてそう言うと辺境伯が目を輝かせる。

「都合してくれるのか?」

「他ならぬ麗しいミレーヌ様の御身を飾るものとあらば。

 マルビスには私から伝えておきますよ」

「帰りに寄って見て行っても良いか?」

 早速ですかと言いたいところではあるがステラート領に帰る途中に我がアレキサンドリア領を横切るわけだからその方が早いのも確か。

 私は溜め息を一つ吐いて告げる。

「それは構わないんですけど一応明日には屋敷に戻る予定ですが、ちょっと野暮用がありまして。学院での講師業が始まる前に片付けてしまいたい案件なので、明々後日にはデキャルト領に向かう予定なんです。王都に明日以降用事がお有りになるようでしたら私は不在の可能性がありますけどそれでもよろしければ」

 春先の種蒔きシーズンの一ヶ月に行動が制限されるのは勿体無い。

 そこで私がいなければ片付かない案件を先に片付けておこうというわけだが、辺境伯が引っ掛かった言葉はそこではなかった。

「おヌシ、また何やら新しいことをやらかすつもりか?」

 やらかすって、人聞きの悪い。

「新しい農地運用をテストするための下準備ですよ。興味あるんですか?」

 辺境伯領のメイン産業は馬の生産育成だ。

 農業は主たるものではない。

「農地運用?」

 だが意外だったのはそれに興味を示したのはミレーヌ様だ。

「ええ。その土地の環境に左右されにくい状況を人工的に作れるかどうか試すんです」

 ビニールハウス計画で農作物が育つのかの実験だ。

 ウチの敷地内では今のところ作物は順調に育っているのでこの際、うだうだやっているよりどうせなら早々にデキャルトで試してみようということになったのだ。

 それを簡単にシュゼットが説明してくれた。

 するとみるみる間にミレーヌ様の瞳が輝き出した。

「貴方、私、拝見したいわっ、都合つけられなくて?」

 辺境伯にそれをねだり始めた。

「ミレーヌ様は興味がお有りになるのですか?」

「ええ。ステラートは北に位置しているでしょう? 気候的にウチは他の領地に比べて特に食料自給率が低いの。貴方の御父上の領地、グラスフィートに随分と頼っているのよ?

 御存知なくて?」

「すみません、勉強不足で」

 私は領地経営にはサッパリでして。

 マルビスやロイ頼りなんです。

 自分の商会だけでも把握しきれていないのだ、父様の領地までわかっているわけもなく私はペコリと頭を下げる。

「ハルト様は抱えていらっしゃるお仕事も多いもの。御存知なくても仕方ないわ。

 そういうわけでステラート領も叶うなら少しでもそれを上げたいと思っているの。見学させて頂きたいと思うのだけれどお邪魔かしら?」

「私も是非御同行させて頂きたいですね」

 リディは興味というより調査だろうけど。

 私はどう返答したものかと悩んでシュゼットを見上げる。

「私は構わないと思いますよ。マルビスに相談してからの方がよろしいとは思いますが、もともとアレは各領地のそれを上げるために開発を進めているものですし」

 そうか、そうだよね。

 商業登録申請書も既に提出済みなわけだし、問題ないか。

 シュゼットは辺境伯に向き直り、口を開く。

「事情はご理解致しました。ですがこちらとしてもマルビスに確認を取らないと御返事致しかねます。まだテスト段階の確立されていない技術ですから。別邸に戻り次第、文を持たせて御返事を送らせて頂きます。宿泊先を教えて頂けますか?」

「何の話をしている?」

 で、なんでこうタイミング良く(悪く?)閣下までやってくるのかなあ。

 まあいいんですけどね。

「デキャルト領再建のための農地運用についてですよ。

 レイオット領はあまり関係のない話でしょう?」

「そんなことはないぞ? ウチは農地が狭いからな。その辺りはグラスフィート領に頼っているところが多い」

 流石シルベスタの穀倉地帯と言われるだけはある。

 隣接する有力貴族領地の食料事情にも関与しているわけね。

「でも作付に困っているわけではないでしょう?」

 私がそう閣下に問い掛けた。

「まあレイオット領はエメラルド鉱石の採掘とその加工がメインの産業であるしな」

「ではあまり必要のないものですよ」

 困っていないなら。

 そう遠回しに伝えると閣下が焦ったように慌てた。

「私を仲間外れにするでないっ、隠されると余計に知りたくなるではないかっ」

「別に隠しているわけではないんですけど」

 子供みたいなセリフ、やめて下さいよ。

 シルベスタ王国きっての強者が、威厳が台無しですよ?

 私は少し考えて口を開く。

「ですが仮にマルビスからOKが出たとして問題があるのですよね」

 早い話あそこが田舎町だということだ。

「シュゼット、あの辺りに適当な宿はあったっけ?」

 ウチの商会事務所兼店舗の上にも何部屋かあるにはあるのだが、ウチのメンバーで満員御礼なのだ。かといっていきなりデキャルト領主邸に突然押し掛けるのも如何なものか。あそこの屋敷の客室もそう多くはなかったはずだ。

 難しい顔でシュゼットが小さく微笑う。

「残念ながら。町に宿屋はありますが高貴な御方をお泊め出来るほどのものでは」

「宿がないと言うのであれば馬車の中でも構わないわ。どうしても拝見したいの」

 う〜ん、辺境伯だけなら雑魚寝に放り込んでも問題無さそうだからいいんだけど、ミレーヌ様にあの環境で寝泊まりして頂くのはなあ。かといって言葉通りにたいした支度も無しに馬車の中でというのもちょっと。

 どうしたものか。

 困っている案件というならば急ぎたい気持ちもわからなくはない。

 私達も今が春先であることを考えて急ぐことにしたわけだし。

 唸っているとシュゼットが対応してくれる。

「まだテスト段階のもので御座いますよ?

 屋敷にも規模の小さいものでしたら御座いますからまずはそちらを御覧になってからお決めになっては?」

 なるほど。

 いきなり現場ではなく、ここはまず、興味だけなら屋敷にあるビニールハウスをご覧になるだけでも良いのではないだろうかということか。

 流石はシュゼット、助かった。

「見せて頂けるの?」

「それだけでしたら既に商業登録書類は提出済ですから特に問題はないかと思われますよ?」

 それなら私達が先行して獣馬で帰れば迎賓館を開けてお迎え準備を急げば良いだけか。今は屋敷のメイド隊もルストウェルの応援から戻ってきている。問題ないはずだ。

 私が頷くと遠巻きにこちらを見ていた何人かの貴族が近付いてきて声を掛けてきた。

「・・・あの、御歓談中、申し訳ございません」

 どちらかといえばこの会場の中では比較的粗末といえなくもない地味な服装。

 おそらく地方貴族の人達だろう。

「いきなり図々しく、無礼であるかとは存じあげているのですが、すみません。新しい農業技術というのであれば、是非私共にも拝見させて頂けないでしょうか?」

 誰だ? この人達。

 社交界に全くといってもいいほど顔を出さない私には正直誰なのかわからない。

 すると小声でシュゼットが教えてくれる。

「メゾノット伯爵とリンデロール伯爵、ウェイトラス子爵です。ハルト様」

 ああ内陸部の、グラスフィートやデキャルトと似たような環境と思われるところの領主の方々か。

 彼等は深く腰を折り、私に挨拶する。

「この度は侯爵位及び新領地御当主着任、御喜び申し上げます。アレキサンドリア侯爵。

 立場も弁えず、非常に無礼なこととは存じ上げていますが、つい興味ある御言葉が聞こえて参りまして居ても立っても居られず、誠に申し訳御座いません」

 要するにこの方達も自領の食料事情で困っているというわけか。

 こういう話は私に振られても現在対処に迷う。

 いずれはできるようにならなければならないのだろうが、こういう時のために付いて来てもらったのが、

「シュゼット」

 ありがたくも私に足りないそれを担当してくれる陛下が用意してくれた優秀な人材だ。私がその名を呼ぶと彼はにっこりと微笑った。

「心得ております。どうぞこちらは私にお任せ下さい。

 ハルト様はイシュカと踊っていらっしゃると宜しいですよ?

 御約束されているのでしょう?」

 そう、約束しているのだ。

 今日はイシュカの誕生日なのだから。

「じゃあお願いするね」

「かしこまりました」

 私に向かって差し出されたイシュカの手を取る。

「いつもイシュカは欲がないよね。

 誕生日プレゼントはいつもこんな感じのものばっかり。まあロイとマルビスもだけど」

 側近のみんなの誕生日はいつも内輪でお祝いしている。

 誕生日プレゼントは何が良いかと問いかける私にこの三人が願うのは、二人だけで出掛けたい、ゆっくりしたい、遠駆けに行きたい、自分のためだけに料理を作って欲しいとか、そんなのばかりだ。

 本当にそんなもので良いのかと問えば、『今日のこの日に貴方を独り占めできることが一番のプレゼントなのですよ』なんて砂を吐きそうな甘い言葉が返ってくるわけで。

 考えてみれば私も似たようなものだ。

 いつも素敵なプレゼントを用意してくれるけど、みんなからもらう誕生日プレゼントが道端の草花一本もなくたって、ただ『おめでとう』の言葉をくれたならそれだけで嬉しい。

 つまりイシュカ達も私と同じように思ってくれているという証拠だ。

 それが嬉しくないわけではないのだけれど。

 いやむしろ嬉しくてたまらないのだが。


「ずっと貴方と踊りたかったんです。公の場で。

 私は貴方のものだと自慢したかったのですから」


 こんな小僧と踊って自慢になるのかは甚だ疑問だが、イシュカが喜んでくれるならそれでいい。

「そっか、そういえばこういう場所ではまだイシュカと踊ったことなかったね」

 こういう場所にやむを得ず出席する時は私はいつも決まって目立たないように壁の花かベランダで時間を潰すのが常だ。今日は一番の主役といえなくもない状況では隠れるわけにもいかないから壁寄りに陣取っていたのだけれど。


 きっと私はこの日を一生忘れないんだろうなと、そう思った。

 明日から私は名実共に領地持ちの領主。

 なる予定のなかったものになってしまったわけなのだけれど、これからも頼りになる仲間が側にいてくれるなら、


 必ずなんとかなるはずだ。

 


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