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第百十六話 商人には商人のやり方というものがあるのです。


 結果からいえば発動はした。


 発動はしたのだが野菜の種だったのが悪かったのか、私の魔力量が多かったせいなのか定かではないのだけれど、土に埋めた種子はあっという間に発芽し、そして一気に枯れた。

 まるで植物の一生を倍速で、それも超ハイスピードで見ているような感じだった。

 どうにも加減も上手くできない。

 私は魔力コントロールは悪くなかったはずなのだが。

 ならば大きく、長く育つものならどうだというので私の魔力量ではどこまで育つかわからないというので危ないので、持って行かれた魔力量が意外に少なかったこともあり、発動するかどうかはわからないが試しにとサキアス叔父さんがやってみたのだが、結果は同じ。

 成長はする。

 だが、し過ぎた結果が枯れてしまうのでは意味がない。

 つまりどこか呪文や魔法陣に不備があるか、加速を止める呪文を組み込む必要があるのではという結論に達した二人はあーだこーだとその場で早速議論をし始めた。


 私にそこまで詳しい専門知識はない。

 勿論興味は有り有りなのでゆくゆくは深く勉強したいところではある。

 折角魔法があるファンタジー世界に生まれ変わったのだ。

 試してみたいことはアレコレある。

 が、しかしっ!

 もともと凡人の私にこんな専門的な話に付いていけるわけもない。

 理解できなくて、むうっと顔を顰めた私を見てフリード様が笑った。

「こういうことはこの二人に任せて私達はいつもの仕事に戻ろう」

 まあそうなんですけどね。

 一応釘は刺しておくべきだろう。

 夢中になるとこの二人は何をしでかすかわからない。

 爆発、異臭騒ぎに植物の無計画育成や庭園破壊されては敵わない。

 二人に私は向き直る。

「叔父さん、ヘンリー」

 大事で呼ぶ私の声に気が付いて二人の会話が一時中断する。

「実験するのはいいけど庭やウェルトランド内の植物で勝手試さないこと。やる時は必ずマルビス、ロイ、ゲイルか私の許可を取ること。わかった?」

 これだけは最低念押ししておかなければなるまい。

 案の定、二人は嫌そうな顔をする。

「一々取るのか? 面倒臭いな」

 ヘンリーの言い草にムッとして言い聞かせる。

「施設内と屋敷の景観が変わるのは困るのっ、ちゃんと考えてこっちは建設計画や工事を進めてるんだから。わかった?」

 尋ねる私に二人は返事をしない。

 全く、本当に相変わらず駄々っ子みたいなんだから。

「もし勝手に敷地内の植物に手をつけたら・・・」

「つけたら?」

 二人はゴクリと唾を呑む。

 私はそんな二人を見上げて断言する。

「損害賠償金請求した上で後始末は全部二人でやってもらって一週間御飯抜くから。

 その間は自分で炊事するか他所で調達してね」

「それはイヤだっ」

 二人声が揃って反論した。

 嫌だからこそ効き目があるんでしょうが。

 私はにっこり笑ってそれを却下した。

「実験するなって意味じゃない、ちゃんと了承を取れば良いだけだよ。

 私は言ったことは絶対に実行するからね? わかった?」

 不服そうな顔で頷かない二人に返事を催促する。

「返事は? 聞こえないけど?」

「わかったっ、了解したっ」

 揃って慌てて返事をした二人にホッとする。

「ならば良し。良い返事が出来た御褒美に今日は二人の好きなすき焼きにしてあげよう。ちゃんと夕御飯の時間には食堂に来てね?」

 不満げな顔も二人ともいい大人なんだから少しは隠して欲しいところだけれど、ここは二人の好物で釣っておく。案の定、途端に機嫌が直ったのでくるりと背中を向けて私は屋敷に戻るために歩き出す。

 本当に子供みたいだなあと思うけど、頭が良すぎる二人はこれくらいで丁度いい。

 だってこの二人が感情隠すのも演技するのも上手くなってしまったら、根が単純な私は間違いなく騙されると思うのだ。それはそれで別の問題が起きそうだし。

 後を付いて来て下さるフリード様がクスクスと楽しそうに笑っている。

「本当に君は母親のようだな」

 母親?

 冗談はやめて下さいよ。

「あんなに手のかかる大きな子供を持った覚えはありません」

 思いっきり嫌そうな顔をしたのにフリード様はすごく嬉しそうだ。

 不本意極まりない顔の私を見下ろして、フリード様は小さく『すまない』と謝ってくれたけど、その顔はどうみても『すまない』と思っている顔には見えない。

 ジロリと見上げた私に笑いを止めてポツリと言った。

「だが安心したよ。ヘンリーも君の言うことは聞くんだな」

「アレは食い意地が張ってるだけでしょう?」

 微妙にそれは違うと思いますよ、多分。

 もともとヘンリー様はウチの料理が気に入って押しかけて来た。

 叔父さんも食事に釣られて側近になりたいと言った。

 さすがにそれだけが理由だなんて今は思っていないけど一つだけフリード様の言葉で気になることがある。

 それは確認しておかねばなるまい。

「安心したからって、ここを出て行くとは言いませんよね?」

 私がそう尋ねるとフリード様は頷いた。

「ああ、勿論だ。母も妻もここの暮らしを気に入っている」

 それは良かったと言いかけた私の言葉よりも先にフリード様が仰った。

「だが私達は騎士、軍人だ。いつ、何時非常事態が起こって召集されるわからない」

 それは至極ごもっともな意見。


 そう、なんだよね。

 問題はそこなのだ。

 私も他人事ではない。

 イシュカとガイ、二人とも強い。

 だから私が今度の誕生日、侯爵になったら二人には退団してもらおうと考えている。

 勿論、強制するつもりはないけれど。

 国内が戦乱に巻き込まれれば貴族、一般庶民にも召集が掛かるかもしれない。だからそれで兵役を免れるとは思えないけれど、順番的には少しだけ後回しになるはずだ。その間になんとか早く戦を終わらせる方法を考える。

 でも私は少しでもそんな確率を減らしたい。

 そもそも戦が起こらなければ私の大事な人達が傷つく可能性が低くなる。

 だから私はこの際、フリード様にもお願いしてみることにした。


「ならば尚更是非私達を手伝って下さいませんか?」

 戦が起こればイシュカやガイだけでなく、フリード様や連隊長、団長だって戦場に担ぎ出されることになる。

 そして、多分、私も。

「どういう意味だ?」

 問いかけてきたフリード様に私はいつか考えた自分の考えた未来とその理由を話す。


「この世界には娯楽が少なすぎると思うのですよ。

 他に楽しいことがないから余計なことを考える。

 だったら楽しいことをもっとたくさん作ってしまえばいい。

 剣や槍、弓を使って争うのではなく、例えば各国でスポーツや競技、文化などで競い、交流を持つようになれば私はより楽しい世界に変わるんじゃないかって思うんです」

 国際試合、文化交流。

 もっと庶民も気軽に各領地や国々を旅行できるようになって、知らない他国の人々が友人になる。

 そんな未来がきたら素敵じゃないかなって思うのだ。


「国土やその財産を奪い合うのではなくて、互いの文化や伝統を尊重しあって大事にしつつ、その国の工芸品や特有の名産品を貿易で繋ぐ。貴族間の交流だけじゃなくて、庶民にもそれが行き渡るようになれば自分達の好きな人や食べ物がある大好きな国を簡単に踏み躙ろうとは思わないでしょう?

 国が焦土と化せば好きな果物が食べられなくなる、お気に入りの工芸品の作り手がいなくなればそれを手に入れることができなくなる。そうすれば戦で占領する前にまずは話し合いで解決しようとするんじゃないかなあって思うんです」

 だから私は領地持ちの貴族になっても商人でいたい。

 父様も言っていた。

 私には私にしか出来ないことがきっとあると。

 だけど、

「それで全ての戦がなくなるなんて、そんな夢物語は流石に私も信じていません。

 でも躊躇う理由が一つでも増えれば知らない相手ならば蹂躙出来ても親しい友人となれば話し合いも譲り合いもできるし、踏みつけることも躊躇い、迷うでしょう?」

 迷えば少しだけでも相手の立場を考える。

 それは大事なことじゃないかと思うのだ。

 そうしたら止められる戦もあるかもしれない。

 私の言葉にフリード様は目を丸くした。

「驚いた。君がそんなことを考えてるとは思わなかったな」

 そう、私もそんなことを考える日が来るとは思わなかった。

「ごく最近のことですよ。そう考えるようになったのは」

 ベラスミで叛乱が起きて、マルビスやガイ、知っている人達が争いに巻き込まれて怪我をしたり、大事な選択を迫られる事態に巻き込まれたり。

 たった一人で良いと思った私の味方は今や数え切れないほどいる。

 

「私は他人の幸せまで考えるほど立派な人間ではありません。

 でも私の多くの友人の中には戦うことを生業としている人達が大勢いる。

 戦が起こればそんな人達が戦場に駆り出される事態がやってくるかもしれません。

 だけど私は出来ればそんな未来は来て欲しくない。

 つまりは実に手前勝手な理由なんです。

 そんな戦に私は私の大切な人達や大事な友人を送り込みたくはない」


 イシュカとガイが無事ならば団長や連隊長、なにか事が起きる度に私の力になってくれる団員や近衛のみんな。

 今はイシュカとガイが無事ならば彼等が犠牲になってもいいなんて思えない。

 結局のところ私には大切に思う、また会いたいと思う人達が増えてしまったのだ。

 でも戦が起こってしまった時、彼等を救うほどの力が私にはない。

 だから考えた。

 ならば戦が一つでも少なくなる世の中が来たのなら、その犠牲になる人が少なくなるんじゃないかって。

 一番大事なものは変わっていない。

 ここで暮らしている私の大事な家族(みんな)の命。

 だからって騎士団のみんなが死んでもいいなんて思っていない。

 私は少しだけ俯いて続けた。


「でもそれを実現するには長い時間とたくさんの人の手が必要なんです。

 フリード様、こんな身勝手な私の仕事をお手伝い頂けますか?」

 そう言って頭を下げてお願いする。

 私にはプライドがない。

 違う、ここにいるみんなが私の誇り(プライド)だ。

 それを守るためならなんでもする。

 私の我儘な願いは果たして聞き届けられるのか?

 自信はない。

 でもきっと、フリード様は頷いてくれる。

 そんな予感があった。

 果たして・・・


「ああ。是非、私にも手伝わせてくれ。

 私が本当に騎士としての仕事を辞めた後も。

 君が君のままでいてくれる限り、私は君の力になろう」


 上から降ってきたその言葉に、私は喜色満面で顔を上げた。

 私が私のままでいる限り?

 こんな自分勝手なままの私で良いんだろうか?

 それでも微笑んで差し出された手に迷いは見られなかった。

 私はその掌をギュッと握ってもう一度深く頭を下げた。


「心強い御言葉、ありがとうございます」


 一人でも多くの仲間を増やすためにも私は頑張らなくてはならない。

「そのためにもまずは基盤を作らねばなりません。

 私は私の領地となる場所から変えて行こうと思うんです。

 みんなが幸せだと、今の生活を守りたいと思ってくれる平和な場所に。

 シュゼット達も力を貸してくれると言っています。

 だからせめて私の生きている間くらい、戦のない、平和な世の中であって欲しい。

 私は私の出来ることで、精一杯大切な人達を守りたいと思います」

 そう宣言して私はもう一度ペコリと『お願いします』と頭を下げる。

 とりあえず私は今日、もう一人、力強い味方を手に入れられた。

 それが嬉しくて御機嫌でくるりと背中を向けて屋敷へ戻る道を歩く。

 さて。

 調理場のシェフにすき焼きの準備をしてもらわなきゃ。

 叔父さん達と約束したしね。

 軽い足取りで向かう私の耳に小さなフリード様の呟きが届く。


「・・・私がこの地に来ることを選んだのは、もしかしたら、私の人生で一番最高の選択だったのかもしれないな」


 その声は小さくて私の耳に届く前に風の音にかき消されてしまった。

「何か仰いましたか?」

「君の作る未来が楽しみだと言ったのだよ」

 聞き返した私にフリード様はそう仰った。

 ならばその期待、裏切らないようにしないとね。

「その言葉を後悔させることのないよう、精一杯頑張ります」

 そう言った私にフリード様は首を横に振って微笑った。

「いや、ほどほどで良いよ」 

 それはどうして?

 楽しみだって言って下さるってことは期待されてるってことではないのか?

 よくわからない。

 首を傾げた私にフリード様は答えてくれる。

「君は何かに夢中になると頑張りすぎるきらいがある。

 最初から全力疾走では後が続かない」

 言われてみれば確かに。

 慌てて、急いで、失敗しては元も子もない。


「君の目標はすぐに実現できるものではないのだろう?

 ならば君は君の仲間を信じて、頼って、少しずつ着実にその歩みを進めていけば良いのではないかな?

 ここにいるのは君の集めた、最高の仲間だろう?

 一人でできないことも力を合わせれば出来る。

 君が学院の入学式で言った言葉だ。覚えていないかい?」


 あの説教か、講釈じみたあの挨拶したあの講堂にフリード様もいらっしゃったのか。

 最高の仲間を集めてきたのは間違いない。

 だけど私は恥ずかしくなって少しだけ赤くなる。

「いえ、覚えておりますが」

 大トリの挨拶申しつかって、用意したカンペが役に立たなくて焦って思ったままの言葉を口に出しただけの、演説とも言えないお粗末な挨拶。

 でも嘘を言った覚えはない。

 『よろしい』と言って、フリード様は教師の顔で語り出す。


「勿論私も全力で協力する。

 それはもう君だけの夢ではない。

 だから君はもっと肩の力を抜きなさい。

 今日から私も君の仲間なのだから」


 そう言われて、この人は本気で私を応援してくれるつもりなのだと知る。

 嬉しかった。

 私は込み上げる涙で滲んだ視界で、大きな声で返事をする。


「はいっ、よろしくお願い致しますっ」


 今日、また1人、私は新しい仲間をこの日、手に入れたのだ。



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― 新着の感想 ―
ハルトが可愛い! 側近のみんなが、騎士団の野郎ども((^^;))が 惚れるのが、わかります。(^^) ほんに、特等席で見続けるのが楽しいです。 みんなが、口を酸っぱくして 変わらなくて良い! と言う~…
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