第百十四話 やはり悪趣味に間違いないようです。
結局団長が持ってきた話で私達は休暇どころではなくなり忙しなく動き始めた。
翌日の朝にはリディが、夕方にはアンディが到着。
その総勢三十七名のリストから消されていたのは三名。
そしてガイとケイの情報網から更に二名が消されて残ったのは三十二人。
これを即日でリディが持って帰り、アンディはこのままウチへ就職となった。
「これが陛下から頂く最後の仕事ということでしたから」
戻らなくてもいいのかと尋ねた私に返ってきたのはそんな言葉。
然程多くない身の回りの荷物は既に纏めてあるので連隊長が一緒に運んできてくれることになっているそうだ。
では早速とガイがアンディを連れて夜に出掛けていった。
例の諜報部スカウト候補者達への顔見せのようだ。
設立自体はまだなので臨時雇用で幾つかの案件を経て正式に勧誘、最終的にまずは二十人ほどで組織したいらしい。
今回の標的はカイザック商会とマーべライト伯爵家。
この二つを追い込むため商業的立場からまず打って出る。
マーべライト領にある流通拠点は既に店舗へと改装済み。
今回主となって動くのは我が商業班とアンディ達だ。
当然私も出る気満々だったのだが私は人目をつくので前に出るなと止められた。
最終切札、奥の間でドンッと玉座に座っているハズの魔王様が初っ端から、しかもあのような三下相手に出張ってどうするのだと。
確かにボスキャラというものは大抵最後の最後、大トリで登場するものではあるけれど。
それって体のいいお断り文句かな?
要するに邪魔するなってことね。
まあ、それもヨシとしよう。
勿論、口は存分に出させて頂きますよ?
ガイのことで頭に血が上ってはいたが実際に襲ったヤツにはしっかり報復した。それに今回の件は婚約者と妹が狙われていたわけだし、私の方は半分くらいトバッチリ。
ここはアンディに見せ場は譲るべきだろう。
自分の我が儘を押し通すほど我が儘ではない。
って、身体は子供だけど。
今回は裏方、マルビスには作戦参謀指揮官ということで魔王様はドシンッと後ろで構えててくれと丸め込まれた。
そういうわけでしっかり裏で糸を引かせて頂きましたとも。
カイザック商会があるのはデキャルト領なのでベルデンから大きめの空店舗を買い取ってウチの販売店を年明け早々、シュゼット達の受け入れが完了したところでマーべライト領とこの一店舗を同時オープン。
主力となって動ける者を教育するために商業班からは有望株の若い力を選出。自分達が出張ってばかりでは下の者が育たない。失敗したところで他の手段を取るだけなので試しにやらせてみようということになったのだ。
二つの領地で売られている様々な取扱商品をより低価格、より良い品質で売り出す。
より良いものをより安くがモットーのウチのポリシーに反して通常販売価格よりやや高めの三割上乗せ価格で売りに出す。この二つの領地では商売敵が存在しなかったため市場を独占状態、他と比べると粗悪商品が割高で売られていたのだ。定価なんてものが存在しない以上店の売値がそのまま買値。値引き交渉も難しい状態だ。
要するに中抜き、競合相手がいないことにアグラをかいた悪質なボッタクリ販売である。
カイザック商会は輸送コストを名目に過剰に上乗せしてこの二つの領地で販売、上げた利益をマーべライトに賄賂として送っていたのだ。
ウチで商品として取扱っている食料品は特級品から三等品。
特急品は金持ち、高級飲食店向け。
一等品は一般販売と大衆食堂向けに。
二等品は庶民向けの販売商品。
三等品となる味は良いが見た目が悪いものなどは特売品もしくは加工して販売、ウチの寮で消費され、それ以外はスープのダシや家畜の餌として利用される。
カイザック商会が扱っていたのはウチが三等品にもならないとしていたものと同等。
その他雑貨等も似たようなものだった。
輸送量というコストを名目に過剰に上乗せされた売れ残りの粗悪品販売価格は実にウチの通常販売価格の倍近い。三割上げてもまだ向こうより二割安いのだ。
より良いものをより安く買おうとするのは客の心理として当然。
客足はウチに流れ始める。
人の噂は光陰矢の如し。
あっという間にウチは繁盛、あちらでは閑古鳥が鳴く結果となる。そうなればマーベライト伯爵への賄賂も出せなくなるわけで。
勿論妨害工作阻止のためキッチリとウチの護衛達も一緒に派遣しましたよ?
約束通りウチに就職したゴードンも早速仕事に出てくれた。
とりあえず商品を売らなければ儲けも出ない。
ここから値下げ競争の勃発となる。
同じ値段では品質で劣るあちらの商品は売れない。
となれば値段をウチの売り値より下げる必要があるわけだ。
儲けが減っても売れなければ話にならないのは当然でウチより少しだけ安い価格。だが少々安い程度では品質で上回るウチに勝てるわけもない。しかしながら悪くても安い方が良いという客は一定数いるわけで、若干向こうに客が流れ始めたところでウチも値下げ、向こうの価格に合わせた。
そうなれば客足はまたウチに戻る。
向こうはそれに対抗して更に値下げ。
私達は再び向こうの売り値に合わせる。
その繰り返し。
同じ値段であればより良い品が売れるのは当然だ。
そして一月ほど経った頃。
ウチの一般販売価格まで値を下げたところで止める。
ここまでくるとウチの商品を繰り返し買って、仕入れて、使っていればその良さも知ってもらえているわけで。多少安い程度では客足が向こうに戻ることはない。
ウチの店は毎日は商売繁盛、完売御礼となる。
もともと商品の品質に合わない高値で売られていたのだ。
普通の価格で販売したところで以前よりずっと安い。
だが向こうは今までと同じ今までと利益を出そうとするならば数を売らねばならないわけで、更なる値下げが必要となる。そうなると粗悪品とはいえ輸送コストがかかるから赤字スレスレ、それでも売れなければ生鮮食品は長期保存も難しく腐り、輸送費だけが嵩んでいく。
カイザック商会はどんどんジリ貧となる。
贅沢な暮らしは一度身についてしまうと質を落とすのに苦労する。
利益が出なければ贅沢は出来ない。
そして利益が出たところで以前よりも利益単価が安いのだ。
入ってくるお金が減っているのにマーべライトへの賄賂を贈りつつ、変わらぬ贅沢な暮らしを続ければどうなるか?
財産は減っていく一方だ。
そうなれば対策に必死で他に目を向ける間もない。
その間にも人目がそちらに向いてる隙にデキャルト領復興支援対策の一環としてまずはベルデンの持つ私有地を柵でぐるりと囲んでもらい、出来上がり次第、順次水属性持ちの専属護衛、獣馬特急便隊で出掛け、夜に到着したところで闇に紛れ、私の魔力量に任せて景気良く地面を掘り下げ、水属性持ちの護衛達に手伝ってもらいつつその穴を水を満たし、貯水池を作り、翌朝にはデキャルト領を出る。これを三回ほど繰り返した。
ラッキーだったのはそこそこの広さと深さで掘り下げたのでその内の一ヶ所は地下水脈をブチ当てたことか。お陰で他の二ヶ所はともかく一ヶ所の貯水池は暫く水が枯れることはないだろう。
商売立て直しに向こうが必死になっている間に下準備を整える。
「最初から三割上げて販売させたのはそのためですか」
シュゼットがデキャルト領とマーベライト領の状況報告を持って帰ったアンディの話を聞いて感嘆の息を漏らす。
仕掛けてからまだ一ヶ月。
売上大幅減少でさぞかし向こうは慌てていることだろう。
「そうだよ。最初から普通の価格で販売したらウチの商品の良さを知ってもらう前に安いからという理由だけで向こうに客が戻っちゃうでしょ」
粗悪品は原価も安い。
最初からウチより安い値段で売られては客が定着する前に安い方に戻ってしまう。品質が悪い物はウチより安く売られても儲けが出る。それに対抗してウチの商品を値下げしてはこの先もその価格で販売する必要が出てくる。カイザック商会が潰れたからと値上げするのは如何なものか。
同じ物を昨日までの値段で買えなくなれば、それが通常価格だったとしても高いと感じるだろう。だからこその最初の販売価格に三割乗せた。
「つくづく貴方達は敵に回すべき御方ではないと実感致しますね」
感心したようにアンディの報告を聞いているシュゼットに私は言う。
「何言ってるの? これはまだ第一段階。
アンディ、次の計画はいつ実行?」
まず潰したのは表向きの資金源。
「三日後です。では私は今からジル達を連れてこれから王都に向かい、連隊達と合流します。馬車二台と馬をまた十頭ほどお借りしても?」
「構いませんよ。管理人のマイトには私から伝えておきましょう」
イシュカが引き受けると早速手配に階段を降りていく。
それを追ってアンディも出て行った。
「よろしくね〜」
アンディの背中を見送りつつ、成功を祈る。
まあ余程のことがない限り大丈夫だとは思うけど。
その一週間後、アンディは無事にジル達諜報部隊と一緒に戻って来た。
場所を私の執務室に移し、側近と大幹部達を集めて報告を聞く。
「それで、近衛の家宅捜索の方も上手くいったんですか?」
問いかけるロイにニヤリとアンディが笑う。
「勿論です。しっかりウチの者が手引きしましたから」
ウチの者ってことはジル達何名かは既にスカウト済みってことかな?
諜報部員はただ情報を集めてくるのが上手いだけではダメだという。
その辺りは私にはわからないのでガイやアンディ達にお任せだ。
「まあ入っていたはずの副収入の一つが途絶えれば焦ってその対策に手がかかりきりになるのは当然だよね」
ましてウチが関わって潰されたと知れば尚更だ。
私は王都でも言わずと名の知れた魔王様。
さぞかし生きた心地がしなかったに違いない。
「はい。そのタイミングで近衛と連絡を取り、監査に入るよう連隊長にお願いして手配しましたから。制服をお借りしてウチの諜報員を近衛に紛れ込ませ、しっかり摑んで置いた隠し部屋と裏帳簿の在処を暴いてきました」
「それでは向こうはひとたまりもないでしょうね」
クスクスと楽しそうにマルビスが微笑う。
マーべライトがやっていたのはカイザックと組んでいたものだけではない。
裏金、脱税、違法賭博、盗品の闇競売等々、叩けばホコリが出るわ出るわのオンパレード。コレらの証拠を連隊長の前で披露することとなったのだ。隠し部屋から出て来たのは帳簿上あるはずもない大量の金貨と行方不明、盗難届けの出ている美術品、その他諸々だ。揉み消しなどできるはずもない。
ただでさえ店舗の売上が超低空飛行、期待出来ないとなれば頼るところは裏稼業、尚更派手にやり始め、その現場にも近衛騎士達を御案内。現行犯でお縄である。
責任追及は勿論、追徴課税を徴収された上で爵位剥奪は免れない。
ついでにこれに関わっていた関係貴族達も揃ってお縄。
過去の判例からしてもしっかりと罰則、罰金、賠償責任、その他諸々も支払わされるはずだ。
「それで護送されるのはいつ?」
結構早いな。
取り調べは王都でやるのか。
「明後日には王都に到着するかと」
「じゃあ牢屋までお見送りに行こっか、イシュカ、ガイ、マルビス。早速支度して」
私が関わっている案件だと皆々様に知ってもらうためにも派手な馬車と獣馬並べて王都入りを歓迎して差し上げましょう。
「ええ、勿論」
「どんな情けないツラ晒してっかな」
「しっかり商会の旗をはためかせて行きましょう」
それはちょっと勘弁かな?
私のキャラ顔では緊張感が無さ過ぎる。
まあそんなもの始めっから無いか。
新しくキールとハイドが協力して作ったアレキサンドリア領の紋章ではまだ認知度低いもんね。
ここは派手でわかりやすいルナに乗っていくべきだろう。
魔王様のお出迎え御登場に是非とも心底震え上がって頂きたい。
こうして罪人として王都入りした彼等を特等席で見物。
思いっきり睥睨して見送ると私達の姿を見て彼等は歯軋り、暴れ出した。
だが近衛に囲まれ、縛られている状態で私達に手が出せるはずもなく、悪役令嬢バリの高笑いで見送ってさしあげたのだ。
当然だが売上が落ち、後ろ盾を無くしたカイザック商会もその一ヶ月後に倒産。
二ヶ月後には我がハルウェルト商会がめでたくデキャルト領公認の商会として収まった。
その後彼等がどうなったかといえば山と積み上がっていた金銀財宝もあっという間にその山を減らし、足りない分は屋敷も調度品美術品も差し押さえ。抵当、競売にかけられ、無一文。当然だがコレらを知って贅沢三昧、優雅な暮らしをしていた御婦人方々もしっかり懲罰が課されることになり、彼女達が持っていた宝飾品も売り捌かれ、着の身着のまま実家に戻され、沙汰を待つこととなり、巻き添えを喰らいたくない貴族の親達は保護監視を拒否、牢屋にブチ込まれた者もあったらしい。
同情はしない。
彼女達が湯水のように使い、贅沢していたお金は平民から巻き上げた税金や盗品売買等で得た利益。自分の夫を諌めるべき立場でありながら煽って、強請って、調子に乗せて自分の欲望を満たすために浪費して来たのだ。
折角色々手を回して王都の貴族達を味方につけようと金色に光る餅を詰めた贈呈品も立ち入り監査時に連隊長の目前に罪状を晒されては誤魔化す術も無く、全ては水泡に期した。
ザマアミロというものだ。
これで贅沢三昧から急転直下、平民として明日をも知れぬ貧乏暮らし。
色ボケジジイに相応しい末路だろう。
せいぜいビア樽の無駄肉付いた哀れな姿を晒して生き延びればいい。
贅肉というのは体内に蓄えられたエネルギー、そう簡単にくたばりはしない。
プライドが高いヤツなら惨めな姿を晒すのは死よりもキツイ屈辱だ。
カイザックもヤツとの繋がりはすっかり白日の下、全てマーべライトに責任を擦りつけて逃れようとしたところで無駄なのだ。私達に客を取られ、信用もガタ落ちどころか地にメリ込むほどの悪評。更にはマーべライトの後ろ盾を失ってはまともに商売できるはずもない。倒産したのも当然のこと。
優遇されて逃れていた税金もしっかり国に徴収され、金どころか足りない分は屋敷も抵当にかけられ、それをこれ見よ返しに我がハルウェルト商会で安値で買い叩いて上げましたとも。デキャルト領公認の商会となったからには拠点も必要ですからね。
悪趣味な内装は現在リフォーム検討中である。
こうして贅沢に慣れた男は無一文でこの寒空を彷徨う結果となり、妻達は彼に三行半を叩きつけ、子供と共に実家に戻ったという。
これも己の所業が身に返っただけのこと。
まともな商売をしていれば私達につけ込まれることも、こんな目に遭うことはなかったのだ。
「人に隠さなきゃならないような後ろ暗い商売をしているからそうなるんだよ。ウチなんて陛下の間者が探り放題、堂々と私有地内闊歩して年中監査されてるようなものだし、疑われようがないもんね」
どうぞお調べ下さい状態だ。
これで悪事を働こうとするならば相当の労力が要るだろう。
そんな馬鹿らしい得にもならないことはする気もない。
「で、結局二人はどういう魂胆だったのかわかったのか?
繋がっていたんだろう?
アンディの妹のアニスを二人とも狙っていたのはどういうことだ?」
テスラの問いにアンディが答える。
「簡単なことですよ。
マーベライトはウチの爵位興味はありませんから。逆にカイザックは妹に興味があったわけではなく、欲しかったのは爵位です」
つまり利害が一致したと?
そういうこと?
アンディは苦々しい表情を浮かべて続けた。
「アイツの遊び相手としての興味がなくなった後、カイザックに妹を払い下げるつもりだったんですよ。その後に兄を亡き者にすれば私に濡れ衣を着せるか貴方に危害を加えさせて爵位剥奪となればデキャルトの伯爵位の筆頭相続人は妹になりますから。
メルティはアイツの娼館で囲うつもりだったようです。
娼館とは言ってもアイツのハーレムみたいなものでしたけど、経営する賭場や競売の上客相手に接待の一環として相手をさせていたようで、女性達も保護しました」
要するに一般客相手ではない高級娼館みたいなものか。
さぞかし綺麗どころが揃っていたのだろう。
だがカイザックもカイザックだ。
それで上手く伯爵位を得たとして、マーベライトがヤツを同じ貴族として扱ったかは甚だ疑問だ。身の丈に合わない場所というものは苦労も多く、馴染めるものばかりではない。むしろ貴族社会が閉鎖的であることを鑑みるならばかなり肩身の狭い思いをして卑屈になることだろう。
海で生きる魚が出世して陸に上がったとしても足がなければ歩けない。陸の生活に適応、進化できなければ砂浜に打ち上げられた魚はやがて弱って死ぬだけだ。
だからこそ私は爵位なんて望まなかったのに。
世の中とはままならないものである。
なんにせよ、アイツらにはしっかりツケを支払わせた。
ああいうヤツらは金の切れ目が縁の切れ目、連んで悪事を働いていたヤツらのところに助けを求めたところで追い払われるのがオチだろう。
ソイツらもしっかり取り調べ対象らしいので構う暇もないはずだ。
「今回の件では表向き近衛の手柄となります。貴方が表立って陛下からのお褒めの言葉を頂くことはないでしょうが良いのですか?」
アンディに尋ねられて私は目を丸くする。
なんでここで陛下?
私は自分の都合、私怨で動いただけ。
特に褒められることをした覚えはない。
むしろマーべライト伯爵一家を追い落とし、領主不在の地域を作り、余計な雑事を増やしたわけだし。多少国庫はヤツらとその関係者からのせしめた金貨で潤ったかもしれないけどその程度。
それを思えば下手に呼びつけられて、また無理難題を押し付けられるよりこのままスルーしてくれた方がありがたいってなもんですよ。
私はニッコリと笑う。
「全然OK、問題ないね。むしろ謹んで御辞退したいから。
できれば私達を敵に回すということがどういうことか貴族の皆々様の耳に届けば御の字ってとこかな」
是非とも今回の件が知れ渡って彼等には余計な喧嘩をフッかけないで頂きたい。
だって面倒臭いから。
「それはバッチリみたいだぞ?」
ガイがニヤニヤと笑ってそう答える。
ならば上々。上出来だ。
「これで少しは平和になるかなあ」
私がボヤいた一言にブッとガイが吹き出した。
なんでこのタイミング?
私は笑わせるつもりはこれっぽっちもなかったのだけれど。
「何か言いたそうだね、ガイ」
「無理だろ。仮に平和になったとしても首を突っ込む必要がないとこにまで自ら首を込みに行くのがウチの御主人様だからな」
ガイのその言葉には心当たりがありすぎて反論できない。
「スミマセン」
私は肩を縮こませて謝った。
やはりこの性格は多少なりとも直すべきかと思案したところでガイが宣った。
「俺等も全然OKだから問題ないんじゃねえ?」
いいの?
私は訝しげに尋ねる。
「それはガイだけじゃないの?」
退屈が大嫌いなガイだからこそのそれは台詞だろうと私が言うとガイはそれを否定する。
「いいや、違うだろ。見てみろ、周りを。嫌な顔してるヤツ一人もいねえぞ?」
言われて見回せば確かに嫌そうな顔どころかみんな楽しそうに笑っていた。
これはどう考えてもやはり、
「ホント、物好きばっかりなんだから」
「その方が貴方のお好みでしょう?」
マルビスにそう返されて言葉に詰まる。
確かにそれは否定しない。
だって私を選んでくれて側にいてくれるってことはそういうことだ。
「悪かったねっ、物好きが好きで」
そう叫んだ私にマルビスがすまし顔で答える。
「いいえ。全く全然問題ありません。
貴方に好かれているのは最高に光栄なことですから。
それに貴方の揉め事にはもれなく何かしらのオマケがついてくるのが常です。我がハルウェルト商会はその恩恵を多大に受けていますからね」
それは言えてる、と、言えないこともないけれど。
おかしい。
私は成り上がるつもりは微塵もなかったはずなのに。
大概何かコトが起こる度ごとに成り上がっているような気がするのは思い過ごしではないだろう。
「でも今回は特にウチにメリットは・・・」
「ありましたよ」
・・・えっ?
「言ってませんでしたっけ? デキャルト領の羊毛は質が良いと。メインである取引先二つの店が潰れましたからウチがそこに割って入ることになりました。しかも貴重な山羊のカシミアも仕入れるコトが出来るようになったんです。今年は難しいでしょうが、来年の冬はそれで貴方のコートを仕立てましょう。
それにあそこは牧畜業がメインですからね。貴方のお好きなチーズの種類も豊富です。良かったですね。仕入れ量も大幅に増やせますよ?」
・・・・・。
またか。
カシミアのコートは前世の私の憧れで、チーズも私の節約生活での給料日のささやかな私の贅沢だっだ。そりゃあデパ地下や専門店で取り扱われるような高価な物は手が出せず、スーパーの乳製品を扱っている棚の隅にある一欠片が真空パックで売られていた高級とも言えないシロモノだったけど。
それが楽しみだったのだ。
なのに憧れがオーダーメイド?
好物の大量仕入れ?
私は心の中で喜ぶよりも勘弁してくれと叫びそうになる。
何故前世で私の欲しがったものは、もれなく厄介事と共にやってくる?
それも予想以上のスケールで。
やはりこの世に神はいないのか?
それとも信じていない私の言うことを聞くつもりがないと?
今以上の贅沢を私は願った覚えはない。
押しつけないでくださいよ。
「俺も文句はないですよ。貴方は揉め事が起こるたびに何かしら変わったものを作るか持って帰るか、さもなくば面白い提案していますし楽しいですよ?」
「私も貴方がなされることでしたら特には」
「勉強になります。正攻法とは違うやり方もあるのだと」
続いたテスラとロイ、イシュカの言葉に私は胡乱気な瞳を向ける。
やはりこの間マルビスが言っていた、私の婚約者達は趣味が悪いということに間違いはなさそうだ。
厄介事が好きだなんて、かなり危篤な人達だ。
色々と頼んでもいないものを押し付けてくる神様に文句を言いたいところだが、まあそれも、私にみんなを引き合わせてくれた代償だというのなら仕方がない。
そう考えて平和で平凡な生活は諦めることに決めたのだ。