第二十二話 言わなければならないのは謝罪ではなく感謝の言葉です。
雑貨店ではマルビスだけが降りて商品の確認、受け取りを済ませるとすぐに袋一杯の商品を両手に抱えて馬車まで戻って来た。
沢山の瓶や木製の樽に詰められたそれらをさすがに馬車の中で開けるわけにもいかずに座席の下の荷物入れに押し込んだ。いつもなら商業ギルドで届けてもらい、まとめて持って帰るのだがここは店主が一人で店番をしているのでそれは無理らしい。
なるほどそういうこともあるわけか。
配達要員がいないのであれば確かに無理だ。
次に向かったのは土木工事業者。必要資材を書いた紙を届け、開発予定地の土壌調査の依頼とツリーハウス建設の見積もり依頼。この後、金属加工業者と木材加工業者に向かうのだが、その前に昼食にしようということになった。
近くに個室のある店があるということで騒ぎになっても困るのでそこで取ることになった。時間的にまだ昼には少し早いのでそう混んでもいないだろうというのもある。
案の定、開店と同時に入ったこともあって店内に客の姿はなく、そのまま個室に通されて九人で食卓に着くと、私だと分かった店主がこちらから断るまでサービスだと次から次へと料理を運んできた。
みんなが喜んでガツガツと食べていたので御厚意をありがたく頂戴することにした。
帰り間際、ズラリと店員が並び、一人一人に握手を求められた。
「あれ、他のお客様は?」
静かな店内に私達以外の客の姿はなく、不思議に思って店主に尋ねてみた。
「只今、貸切にしております」
「そんな、食事まで御馳走になったのに」
思いもかけなかった言葉に店主は静かに首を振る。
「当方がゆっくり御食事を楽しんで頂きたかっただけで御座います。
どうかお気になさらず。
これくらいはお安いご用で御座いますよ。
貴方がたがワイバーンを倒して下さらなかったら店は焼け落ちていたかもしれないのです。本当にありがとうございました。
またのお越しをお待ちしております」
店主の言葉と同時に店員達が一斉に頭を下げた。
どうすべきなのか迷ってマルビスを見上げるとポンッと軽く背中を叩かれた。
そうだった、こういう時に言わなければならないのは謝罪ではない。
「こちらこそ、ありがとうございます。御馳走様でした。とても美味しかったです」
私はニッコリと微笑んで御礼の言葉を述べた。
さて、外はどうなっているのだろう。
ガヤガヤと騒がしい声が聞こえてくる。
また揉みくちゃにされるかもしれない。
でも私は下を向いてはいけない。
悪いことをしたわけではないのだ、堂々と胸を張って歩けばいいのだとマルビスが教えてくれた。
何かあっても助けてくれる仲間がいるのだから怖がる必要はない。
私は先に出たナバル達を追い、マルビスが開けてくれた扉をくぐった。
外に出て、驚いた。
そこには沢山の、数え切れない人達がいた。
にもかかわらず、馬車までの道は綺麗に空けられ、まるでランウェイのようになっていた。
私が姿を現した途端、騒がしかった辺りは一瞬静まり返り、
次の瞬間、歓声と拍手が沸き起こった。
「ナバル達が説得したのですよ。
本当に感謝してるのならそれを押しつけるのは止めて、最低限の礼儀は守った上で礼を言えと。仕事の邪魔をするのは間違っていると」
そういえば食事が終わる前に馬車の用意をしてくると言って席を外していた。
まさか領民を宥めに行っているとは思わなかった。
そうだ、私は怖がるばかりで何もしていなかったじゃないか。
押しつぶされるのは困るとも、この先、まだ仕事があることも伝えなかった。
口に出さずに伝わるわけなどないではないか。
「みんなただ御礼が言いたかった、ただそれだけなんです。
どうか嫌わないでやって下さい」
ターナーが小さな花束を私に差し出した。
それは道端に咲いている草花を摘んで集めたであろう素朴なもの。
私はそれを受け取ると今度こそ作り笑いではない笑顔でその歓声に応えた。
沈んでいた気分も晴れ、次に向かったのは金属加工業者。
ここにあるのは簡易野外コンロだ。午後に来ると約束していたためか、工房の前では職人がまだかまだかと待ち構えていた。到着と同時に馬車から降りたマルビスはそのまま引きずり込まれるようにして中に入っていったので私はランスとシーファの二人と一緒にその後を追った。
ベテランと思しき人達に囲まれ、三つの簡易コンロを前になにやら真剣に相談している。さしづめあの中のどれを持って行くべきか相談しているといったところか、マルビス達は私達に気付かず話し込んでいるので邪魔するのも悪いかと入口付近で工房の中を見渡した。
結構広いなあ、窯もここから見えるだけで三つあるし、作業台も大小合わせて八つはある。
職人の数も確認できるだけでもマルビスの周りに六人、見習いらしき若い職人が五人みえる。その中の何人かが私の姿に気が付き、慌てて駆寄ろうとしたので唇に人差し指をあて、静かにするように合図する。
若い職人達が足音を忍ばせて集まってきた。
「初めまして、ハルスウェルトです」
挨拶すると思わず声を上げそうになった若い職人達が慌てて口を塞ぎ、小声で話しかけてきた。
「お会い出来て光栄です。
今日はマルビス殿と御一緒に献上品の確認にいらしたのですか?」
「それもあるけど一度工房を見てみたくて。邪魔だったかな?」
「そんなこと、絶対ありえません」
ブンブンと音がしそうなほどの勢いで首が横に振られる。
「良かった、仕事、見せてもらっても大丈夫かな?」
「俺達が御案内できる範囲でよろしければ」
「勿論それで構わないよ」
若い職人さん達、みんなこっちに来ちゃったけど大丈夫かな?
後で怒られないといいけど。
話を色々と聞いてみるとこの工房は生活に関わるものを主に作っているところで、戦闘に使われる盾や剣を製造しているところとはまた違うらしい。この工房が得意とするのは主に包丁や鍋、フライパンといった調理器具と店の看板の型抜きや生活雑貨などの細工を得意としているようでここにいる半分は飾り細工職人らしい。
まだ卸す前の商品達を少しだけ見せて貰った。
想像していたよりもなかなか精緻で綺麗なものが多い。
惜しむらくはやや田舎臭さが抜けていないところだろう。
技術があるのに勿体ない、デザインをメインで担当するいい人材がいれば随分変わるに違いない。屋敷の壁に絵画が飾ってあるくらいだから絵を描くことを職業としている人がいるとは思うのだけど。
絵にも向き不向きがあるから一概に絵が描ければいいというものでもない。
デザイン画は肖像画や風景画とは違うものだし、私が作りたいのは芸術品ではない。また時間がある時にマルビスに聞いて見よう。
ついでに聞いてみようかな?
この工房は調理器具みたいな生活雑貨がメインだって言うし、私のお菓子作りの必需品や欲しい道具のアレコレが作れるのかどうか。
私は机を借りると持ち歩いている紙とペンを取り出して、定規を貸してもらい、図解し始めた。
欲しいのは沢山ある。
いくつかの文房具用品とお菓子の型と穴開きお玉、注ぎ口付きのお玉とマッシャー、金属製のグラタン皿、大きめのフライ返し、鍋の上に重ねてセット出来る穴の開いた蒸し鍋、小麦粉のダマを取るためのふるい、かき氷器や冷蔵庫代わりの厚めの密封性の高い棚付きの箱、それにピーラーの刃だ。
若い職人さん達と簡単な物を試したり、作ったりしてもらいながら色々話し込んでいるとマルビスのいた方向から怒号が飛んできた。
「コラッ、お前ら、仕事サボってんじゃねえぞ」
やっぱり怒られたか。
よほど先輩方のカミナリが怖いのか、シンクロしたみたいに同時に若手の職人達の肩が竦められた。
五人全員こっちに来ちゃってたし、私が色々聞いてみたくて引き止めてたしね。ここは一応彼らの名誉のためにも釈明しておくべきか。慌てて持ち場に戻ろうとする彼らを片手で制止するように合図すると怒鳴り声を上げたスキンヘッドの彼にペコリと頭を下げた。
「すみません、私がお願いしたので怒らないであげて頂けませんか?」
マルビスが私の姿に気がついてゆっくり歩み寄ってくる。
「ああ、ハルト様、こちらにいらしたんですか」
「話は終わった? マルビス」
「ええ、大丈夫です」
それは良かった。
まあ持っていくと向こうに伝達済みなわけではないからなくてもなんとかなるだろうけど、折角の宣伝のチャンスだし。
マルビスの後ろでは職人さん達が綺麗に箱詰めした商品を運び出していた。
他の二つも箱にこそ入れられてはいないが丁寧に布で包んでいるところをみるとチャンスがあれば取り敢えず顧客になりそうな貴族か宣伝になりそうな騎士団辺りにでも持って行くつもりなのだろう。
近くまでくるとマルビスは私の手もとに気付き、雑に描かれた走り書きを興味深そうにみている。
その横では先程威勢よく怒鳴り声を上げたスキンヘッドが固まっていた。
「・・・ハルト様?」
ぐるりと周囲を若手職人達に囲まれていたので私の姿が見えなかったのか。
固まっているとこ申し訳ないが彼らが怒られないようなするためにもトドメをしておこう。
「はい、ハルスウェルトと申します。
お仕事のお邪魔をしてしまったようで申し訳ない」
ニッコリと微笑んで軽く挨拶すると土下座でもしそうな勢いで頭を下げられた。
「大変失礼を致しやした、こちらこそ申し訳ございやせん。
コイツらで良ければどんどん使ってやって下さい。
お前ら何やってんだ、椅子くらいお持ちせんかっ、気の利かねえ馬鹿共が」
あらまっ、結局怒られてる。
「私が工房の中を案内して欲しいとお願いしたのですからいいんですよ」
それに現在成長期の身体ではあるが、ここにある椅子では多分私が座って作業するには無理がある。
三枚の紙にびっしりと描かれた私が使いたい道具の数々を食い入るように見たまま、マルビスとスキンヘッドの彼。
前世は当たり前のように使っていた道具だけど彼らから見たら相当変わっているに違いない。マルビスが興味津々なのはいつものことだけど、スキンヘッドの彼は不審感丸出しだ。
「何か気になるものはありましたか?」
頼んで作ってもらえるものはとは別に確かに気になることもあった。
思っていたより工房の技術力は上だったし、改善点もわかった。
「いくつかね。試してみないとわからないけど欲しい道具とかもあるし。
今、聞いてみたら問題なく作れそうだっていうから。頼んでも大丈夫かな?」
「勿論構いませんよ、試作品も出来上がっていましたし」
袋の中身を腰を屈めてマルビスが見せてくれた。
草花をモチーフとした焼き印やバッグの持ち手だ。色々と素材は揃ってきた。
目を輝かせて覗き込んでいる横でマルビスが私の書いたメモを書き写しながら会話をしていた。
「親方、これもくれぐれも内密にお願い致します」
「承知致しておりやす。それにあっし等ではコレを見ただけじゃいったい何に使う道具なのか見当もつきやしませんよ。穴の開いた鍋に底の抜けた器、ひん曲がったお玉。
どれもこれも売りに出せば返品どころか苦情もんでさあ」
「ハルト様に使用方法と詳細を聞いて一応、商業登録の準備は整えて置きます。ですので用意する数は余分に一つずつお願いしますよ」
「了解っす。出来上がったらハルト様宛に御屋敷の方に運んでおきやす」
・・・話の進み方がめちゃくちゃ早い。
なんか物凄いスピードで商業登録がまた増えそうな気がするけど大丈夫かな?
まあ所詮台所用品、世界が変わるわけでもなし、戦争を起こすような道具でもないし大丈夫だろう。
銃や大砲、ダイナマイトに戦車、あんなものは存在しないほうがいい。私にはあんなものを作れるような知識はないし、提案しなければ形になることもないだろう。
私が変えられるのはせいぜい台所事情といずれ廃れる運命の雑貨や小物の流行くらいだ。
この世界には娯楽が少なすぎるから余計なことを考えるのだ。
人間は食や娯楽に対して貪欲だ。
楽しいことを知ればやってみたくなる。
欲しいものが出来ればそれを手にするために必死になる。
それに何より美味しいものを食べている時は文句なしに幸せになれる。
自分の欲望に人は忠実だ。それが人として許されるものなら尚更。
人生楽しんで何が悪い。
前世の私には剣と魔法と冒険の世界も悪くはない、ロマンだってある。
でもこの世界の人にとっては現実と生活だ。
それだけに追われる生活は楽しくない。
「本当にハルト様の頭の中はいったいどうなっているんでしょうね」
「凡人のあっしらには想像もつきやしません」
いや、私も凡人なんだけどね。
ただこの世界にない知識を持っているだけで。
それだけで簡単に成り上がれるとは思ってないし、世の中、そんなに甘くないだろう。
でも頑張れば私と私の周りの人が幸せになるくらいにはなれるかもしれない。
少しくらいは夢見てみよう。
地味に埋もれて生きることはもう叶いそうにもないので諦めたのだから。