第百十二話 ほどほどなんて言葉は知りません。
年末までに必死になって仕事を片付けて、キリの良いところで来年に持ち越しということで今年最後の夜は親しい者で鍋を囲む。
特注の大型コタツ二つを並べて暖をとりながらサキアス叔父さんにお願いして作ってもらった卓上コンロにマルビスが陶磁器で有名なところに発注して作らせてみたという土鍋の試作品を火にかけ、ぐつぐつと煮込まれた鍋をつつく。
タレのバリエーションは相変わらずバラエティに富んでいるが側近のみんなに加えてライオネル、レインにミゲル、ヘンリー、サイラスとゲイル、団長が顔を出している。フリード様もよろしければと誘ったのだがどうやら家族とゆっくりお過ごしになるそうだ。
団長が来ているのは例の私が陛下の前でボヤいたあの例の提案書を纏めたものと新しい私の領地の名前を聞くためだ。
わざわざ団長がくる必要があるのかというのも疑問ではあったが、まあいつものことだ。どうせ張りに張った食い意地故だろうとその辺は黙殺しつつテーブルの上と周囲に並んだ酒瓶に視線を向ける。
約束通りに各領地から続々と珍しいお酒が商会の各支店に私宛で陛下から届けられるとウチに運び込む前に宛名をマルビスに書き換えて運河の港の倉庫に一旦入れて保管。ガイとテスラの留守中にせっせとマルビスとゲイルが選り分けて珍しいものや入手困難なものは中庭側の地下倉庫に詰め、私に結界を張ってくれと頼みに来た。
勿論、普通に手に入るものはちゃんと屋敷の地下倉庫に入れましたよ?
量が量ですし、全てを隠すのは無理ですから。
そういうわけで成人組にも一人五本までと制限つけて屋敷の地下の倉庫(当然中庭の地下倉庫ではない)から好みの物を選んでもらったが、その他の安酒とエールの棚に今日は特別持ち出し制限はかけていない。
特に酒豪でザルの網目も遠慮もない、放っておけば際限なく飲み続けるガイとテスラ、団長には安酒で充分。一応高価な棚からも数量限定とはいえ持ち出し許可したわけだし、全開放で許可出せば高い酒から消えていきそうだしね。
ルストウェルに応援行ってくれてる警備や従業員達にもお疲れ様ということで、労いの酒を出したいのでそれまで飲み尽くされてはたまらない。
そんなわけでこのズラリと酒に周囲を囲まれた状態になったわけなのだが。
まあまあ、たまには(?)こういう日があってもいいだろう。
普段はみんなしっかり仕事をしてくれているのだし、文句はない。
漂うアルコール臭は酒が許可されていない十五歳以下未成年には如何なものかと思わないでもなかったが、一応テーブルを分けてもらっているし、世話焼きのロイとイシュカとゲイルが甲斐甲斐しく動いてくれている。
この三人は後でゆっくりと楽しみたいからとガイ達に飲み尽くされる前に自分の部屋に選んだ酒は運び入れていた。
うん、その方が絶対間違いないと思うよ?
絶対ドサクサに紛れて空にされるのは間違いない。
「それで領地名は決まったのか?」
鍋の具がほぼ空になったところでシメの雑炊を作ろうと御飯を投入していると団長が問いかけてきた。
ここで聞いてくるのか?
酒のツマミになるような話でもないと思うのだけれど。
結局ロイ達が仕上げた書類もどこかに置き忘れると嫌だから王都に戻る時に渡してくれっていってたし、この人はいったい何をしにきたのだろう?
ミゲルのお迎えにかこつけて食事をタカリにきたという認識で間違いなさそうだ。
毎度のことなので慣れた。
最近は土産だと言って異国も変わった食材や王都の有名店スイーツ、自分達の飲むお酒を持ってきてくれることも増えたし。モノに釣られるわけではないが稀に興味深い、前世で見覚えのある食材なども紛れている。
おそらく陛下の差し金ではないかと思っているが珍しい食材というものは扱いに悩むものも多い。
特に異国のものは自国で育つ農作物も気候によって変わるから食べられているものとも違うため、一般的な味覚に合わないことも多々ある。最近の団長の持ってきたものでヒットだったのはコーヒー豆だ。
シルベスタでは紅茶が主流でコーヒーというものはまだお目にかかったことが無かったので非常に興味深い。出来ればチョコレートの味も懐かしいのでどこぞにカカオ豆も生えていないかと狙っているのだがそういう話は回って来ない。
コーヒー豆はありがたく頂戴し、ついでに仕入れ先の情報も聞き出した。
現在仕入れ待ちの商品開発待ちである。
っと、話がズレた。
領地、領地の名前の話だったよね?
かなり悩みはしたのだ。
領地の名前ということは私の今後のファミリーネームにもなる。
あんまり恥ずかしい名前も嫌だし、響きやイメージもある。
「一応。他にも候補はあったんだけど、無難かなって思って」
「なんだ?」
「アレキサンドリア。今のところウチが直営としては独占販売してるし、他国にも商会との結びつきがわかりやすいからって相談して決めた」
そう、ウチの所有する鉱山から産出される鉱石の名前をひねったものだ。
宝石の名前をつけるのは少々気恥ずかしい気がしないでもないけれど、発見者や開発者の名前が商品につくこと自体は珍しいことでもない。
それを踏まえての選択ではあったのだが、どうだろう?
「ダメかな?」
「いや、問題ないと思うぞ? 宝石は産地によっても呼ばれる名前が変わることもあるし、過去にもその地の有名な特産物から取ってつけられる、そういう事例もあった」
やっぱりあったのか。
良かった。宝石の名前をファミリーネームに頂くのは如何なものかとも考えたのだが、アレキサンドライトを売り出す時にもマルビス達にこういうものは発見者の名前がつくものだとアレキサンドライトの鉱石を『ハルスウェルト』か『ハルト』にしようと言われたのだ。
だがそうなるとアレキサンドライトが市場に出回り始めるとそれを扱う店や場所で私の名前を連呼されることになるから嫌だと反対したのだ。
そう主張したらマルビス達も納得してくれた。
見も知らぬその他大勢に私の名前を呼び捨てで連呼されるのは我慢ならないと。
別にそんなことはどうでも良いのだが、ならばマルビス達も呼び捨てにすれば良いだろうと言ったのだが、それは体裁が悪いから駄目だと言われた。
「そうなるとハルトの正式名は今後、ハルスウェルト・ラ・グラスフィート・アレキサンドリアになるわけか」
ロイにも一応聞いていたけどやっぱりそうなるのか。
私はグラスフィート家の血筋。それを示すためにミドルネームとして残る。
「長いね」
「まあそれもお前一代限りだ。ハルトの後継や伴侶達にグラスフィートはつかないからな。公式の場ではアレキサンドリア侯爵と呼ばれるようになるぞ」
う〜ん、馴染むまでに時間かかりそう。
嫁にも婿にも行かずに苗字が変わる(?)ことになろうとは。
私が少しだけ苦笑すると団長はその笑みを誤解したらしい。
「寂しいか? グラスフィートの名前が消えるのは」
そっちの意味で取られたか。
まあ全く寂しくないかと言われれば、ほんのちょっとくらいはないでもない。
たった九年弱とはいえ慣れ親しんだ名前。
だけど私は今までも父様がいるからグラスフィート伯爵と呼ばれることはなく、ファーストネームが通り名だ。
「別に。それは特にないかな。
私の後継からグラスフィートの名前が消えたところで父様達との関係が切れるわけじゃないもの。
ファミリーネームなんてものは単なる形式みたいなものだよ。
家名が重要だなんて思ってない。
それにグラスフィートの名前は兄様達がしっかり継いでくれるはずだもの」
血が繋がっていたって他人同然の、むしろ縁を切りたいと思うような前世の私の家族達もいれば、血が繋がっていなくたって、誰よりも側にいたい、いてくれようとするロイ達みたいな人もいる。
名前や血筋なんてものにたいした意味はない。
血統なんてものにも興味はない。
「兄様達がそれぞれ自分の家族を作るように私も自分の家族を作るだけ。
血の繋がりを大事にする人もいるかもしれないけど、私は私の家族でいたいと思ってくれる人と一緒にいたいもの」
婚約破棄されない限りはロイもマルビスも、イシュカ、ガイにテスラだって私と同じファミリーネームを持つようになる。
それは家族の証。
でも血が繋がっていなくたって、みんな私の大事な家族だ。
「それに私や後継、ずっとその先の後世がいつか大ドジを踏んで、アレキサンドライトという宝石の名前だけが残って、家名としての名前が消えていくことだってある。長い歴史からすれば私の名前なんてあっという間に泡沫に消えていくものでしかないと思うよ?」
長い時の中でいずれは消えていくものだ。
ウチは新興勢力。
語り継がれるほどの歴史はない。
私がポツリと漏らした台詞に団長の目が何か言いたげに細められた。
「・・・いや、それはないだろう」
なんで?
たいしたことやった覚えもないし、私の性格からすればその内大ポカやりそうな気がするんだけど。さもなきゃ特大のトラブル引き寄せて問題起こしそうな気も。
まあそれも、このままみんなが変わらず側にいてくれたならきっと乗り切れるとは思うけど。三行半を突きつけられないようにせいぜいキバっていかないとね。
それに何千、何万、何億という人の記憶になんて残らなくたって構わない。
私の大事な人達が私のことを覚えていてくれたなら。
いや、でも私が死んだ事をもしも世を儚むほどに嘆いてくれたなら、いっそ忘れてくれた方がいいかも。
大好きな人達にはやっぱり笑顔で幸せでいて欲しい。
私の存在が消されることになったとしても。
だから覚えていてくれなくてもいい。
私の死に際に、大事な人が側にいてくれたなら今世は幸せだったって、きっと思えるから私はそれだけでいい。
そのためにも私は私の側にいたいってみんなに思ってもらえるように頑張るだけなのだ。側にいて楽しい、幸せだって思ってもらえたならきっと変わらず側にいてくれる。
「まあいいや。自分が死んだ後のことまで興味はないし、歴史に名を残すような立派な人物になる予定もないから」
できるなら、私は私の好きな人達が誇りともらえるようになりたい。
たとえそれ以外の人達に忌み嫌われたとしても。
万人になんて好かれなくても構わない。
そう思って呟いた私の顔に、気がつくとそこにいた全員の視線が集中していた。
「・・・・・」
なんなのだ?
それにこの珍妙に静まり返った空気は?
私、そんなに変なことを言ったつもりはないのだけれど。
このなんとも表現し難い微妙な表情はなんなのか。
「何? その目。何か言いたいことがあるならどうぞ」
特に団長の顔は露骨だ。
呆れてるのか、笑いたいのか、嘆きたいのかハッキリしてほしい。
私がジッと睨むように視線を向けると団長はアタフタと口を開く。
「まあ、その、なんだ。
早い話、お前がそれでいいなら構わんということだ」
それ、どういう意味?
「全然構わないけど?」
私がその内歴史に名を刻むような大ポカやらかすとでも?
まあそれも否定しきれないとこではあるけれど。
この間のガイの一件でそれは身に染みている。
そうそう、忘れていけないその案件。
「ところでこの間引き渡したヤツらの調書、まだなの?」
勿論忘れていませんとも。
キッチリオトシマエつけさせてやりますとも。
色々と情報はみんなに頼んで集めてもらっている。
資金は当然私の懐から惜しまず出させて頂いてますよ。
金に糸目はつけません。
私が早く調書を寄越せとばかりに団長に向けて手を差し出す。
「もう少し待て。もうじき終わる」
そう言って団長がその手にポンッと自分の手に持っていたスルメを置いた。
だから私の欲しいのはそんなもんじゃなくってね。
サッサとバリバリ容赦なく聞き出して下さいよ。
そのために残らず殺さずキッチリ連れ帰ってきたんですから。
「お前、アイツらをどうするつもりだ?」
団長に問われて私は答える。
「安心していいよ。殺すつもりはないから。罪に問えないならそれでもいいよ」
悪党殺して罪人では割に合わない。
政治的な要素が絡んでくれば法で捌けないこともあるのは承知してる。
そういう立場にいる者は部下に全ての罪をなすりつけ、言い訳にもならない文言を垂れ流し、のうのうと生きているものだ。
ハタからみれば白々しいにも程があるとしても、厚顔無恥なツラを晒して自分の都合の悪いことは聞こえないフリ。下々から吸い上げた税金で優雅な暮らしを満喫し、自分は上級国民とでも言いたげに彼らのおかげで生活できている事実を認めず高い税金巻き上げて、豊かな暮らしができるのは自分の功績と経営手腕で領地が、国が回っているとでも言いたげに見下すのだ。
無能な経営者を持った領民の苦しみを理解しようともせずに贅沢を貪る怪物。
そんな悪徳政治家や上司、経営者、前世でも嫌というほど見飽きてる。
それで不都合が出てくるというのならそれでも構わない。
私はそれを見逃す気がないだけだ。
自分の力が及ぶ限りの範囲で。
相手は伯爵家。位も今は私の方が上。
なんの遠慮がいるものか。
私はニタリと思わせぶりに笑う。
「まあ死んだほうがマシって目には合わせるかもしれないけど」
「何をするつもりだ?」
同じくニヤニヤと笑っているマルビスに嫌な予感がしたのか団長が聞いてきた。
報復のしようはいくらでもあるというものだ。
私には現在あり余るほどの資金力がある。
こういう時にこそそういうものは活用すべきでしょう?
まあ総合的に見て、大きな商売敵が一つ減れば将来的にはもとも取れるだろうとマルビスも言っていたし、ならば遠慮なくいかせてもらおうということで。
「私は基本、商人だからね。商人には商人のやり方がある。
その天より高くそびえ立つ、後生大事にしているプライドへし折って、まともにメシも食えないようにしてやるだけだよ。
ねえ、マルビス」
「ええ、勿論。心の底から後悔して頂きましょう。
私達を敵に回すということがどういうことかキッチリ教えて差し上げます」
「当然です。二度とハルト様を狙おうなどと思わないように徹底的に思い知らせてやりましょう」
イシュカも大きく頷いて同意した。
既に最重要容疑者二人は下調べ済み。
彼らが裏で繋がっていることも確認できた。
裏では相当汚いことをやっていることも。
金にモノを言わせて諜報部スカウト候補になっている腕の立つ情報屋を総動員。
後は騎士団からの報告書を待って確証を得たところで仕掛けるだけだ。
しっかり私の大切な人を傷付けた代償はソイツの想定以上の高額利子つけて支払ってもらいますとも。
まだまだそういう輩が周囲に潜んでいたとしても、私とその周囲に手を出せばどういう結末が待っているかをしっかりと焼き付けて、心の奥底まで刻んでもらうためにも生贄となってもらいましょう。
勿論、真っ当な土俵で勝負させて頂きますよ?
当然じゃないですか。
私は誰かさん達と違って悪徳ではないですから。
「私とハルウェルト商会を敵に回したらどうなるか、骨の髄まで解らせてあげる。
どんな結末が待っているかは乞うご期待ってとこかな」
競う相手は勝負して勝ち残り、刃向かう悪党は叩き潰す。
ニヤリと笑う頼もしい私の仲間達に何か感じたらしい団長が引き攣った顔で笑う。
「ほどほどにな」
ご冗談を。
ここは魔王様ご降臨ということで。
その配下の者にも存分に働いて頂きますとも。
追い込み、追い詰め、送り込む先は地獄の一丁目。
しっかり己が犯した罪は償わせてみせましょうということで。




