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第百六話 目指すは立派な魔王様です。


 デキャルト領の借金返済のカタもつき、翌日町で貸し馬車屋から調達してきた馬車に御婦人方々の荷物を積み込むとマルビスがロイと少し帳簿などを見て経営状況を把握しておきたいというので一日滞在を延ばし、明日の早朝出発を決め、一日空いた時間を使ってデキャルト領を少しだけ見て回ることにした。


 農林水産業については素人でも私の知識が役に立つこともあるかもしれない。

 そこで外観が普通の馬とは違うノトスとガイアは目立つのでイシュカに一緒にアルテミスに乗せてもらい、ライオネルを連れて三人で出掛けた。

 昨日は砂漠化目前の土地しか見ていなかったけれど既にそうなっている地域もあり、領境の塀に通る水道から流れる水の恩恵を受けられる地域とそうでない地域の格差がそれなりにあることも知る。町の主な産業は山羊や羊、牛から獲れる素材、食料の加工業。主な仕事は牧畜とその食材、素材の加工に分かれていてマルビスが言っていたように丁寧な仕事で品質自体は悪くない。だが土地の砂漠化が進めば牧畜業が縮小し、その原材料が手に入らなくなればその加工業も衰退する。

 そうなれば共倒れ、早急に他の力をつける必要がある。

 途中、昼食を町で適当に屋台で済ませつつ日が暮れる前の早めに戻った。



「お帰りなさいませ。如何でしたか? 我が領地は」

 そうベルデンに尋ねられて返答に詰まる。

 流石にマズイですねとは言い難い。

「大丈夫ですよ。ハッキリ仰って頂いて。

 立て直しが急務であることは充分理解しておりますから」

 そこまでわかっていて何故そのまま放置していたのか。

 まあそれも仕方がないのかな。

 人はそんなにすぐに変われるものではないし、変える手段を必死に探しても、それを見つけられる人ばかりではない。

 失敗すれば更に酷い未来が待っていることだってある。

 踏み出す勇気は一歩間違えば蛮勇、破滅への第一歩だ。

 私にはマルビスがいて、父様が私の提案を受け入れ、ロイを私に付けてくれて、ランスやシーファが手伝ってくれて、テスラに出会い、団長がキッカケでイシュカに、その紹介でガイに出会い、全てが変わり始めた。

 もしマルビスが、ロイやイシュカ達がいなかったら私も今のような立場にはいなかったと思う。

 私はすごく恵まれていたんだと思う。

 前世の記憶と知識を持ち、それを実現させてくれる人達がいた。

 それを考えれば彼に私にとってのマルビス達に当たる人が今ければ難しいのかもしれない。

 私は俯いてその言葉に答える。


「そう、ですね。早く手を打つ必要はあると思います。

 ですが基本的に人は努力と工夫次第で生活水準は上げられると私は考えています。ただ、それは誰か一人が頑張っただけ変えられるほど甘いものではありません。大勢の者の協力が不可欠なんです」


 見て回ってみて、特にそう思った。

 この土地は基盤にあるのが放牧を始めとした牧畜業。

 それが破綻すれば多くの失業者が出るのは必至。

 この時代は平民にまでしっかりとした教育が行き届いているわけではない。

 勉強して知識を蓄える機会が殆どないのだ。

 読み書き、計算、その他の知識や教養。それらを知らないということはそれを利用する術を知らないということだ。何故こんな簡単なことが出来ないんだという人もいるかもしれないけれど、それは恵まれた環境にいるからこそ言える言葉。

 知識があるからこそ利用するそれを術も思いつく。

 閃きや発明などというものは基礎となる知識がなければ大多数の凡人には不可能だ。

 価値を知らなければ宝石がただの綺麗な石ころと変わらないのと同じ。それが莫大な財産になるという知識がなければそれを金貨に変えることが出来ないから持っていたとしても生活は変わらず、結果飢えることになる。

 つまりはそういうことなのだ。

 主となる領地の産業を変えようと思うなら、まずはその知識を根付かせねばならない。

 やったことのないことをやれと言うのだ。

 それは簡単なことではない。

 私は前に立つベルデンを真正面から見上げた。

「領民の協力を得ようと思うなら、その主たる領主が率先して動く必要があると私は思います。

 貴方には土に塗れて民と一緒に田畑を耕す覚悟がありますか?」

 そう問いかけるとベルデンは少しだけたじろいだ。


 無理もない。

 難しいことを言っているわけではないけれど、それは貴族として平民を使うことに慣れた人には厳しいだろうなとは思う。

 でも机の前に座っているだけでは現実を変えることは出来ない。

 いや、できないこともないだろうが確率は遥かに下がる。

 自分に出来ないことを他者にやれと言って従う者は少ない。


「ただ命令するだけでは人の心まで動かすことはできません。対価も無しに一方的に要求したところで従う者は殆どいないでしょう。

 人を動かすにはまず上に立つ者が率先して手本となるべきと、私はそう思っています」

 給金を支払えば給金分の仕事はしてくれるかもしれない。

 だが、それだけだ。

 何の犠牲も払わず他人だけにそれを強いたところで協力は得られない。

 領主の立場を利用して命令すれば動く者もいるだろう。

 だが相手のことを考慮せず、こちらの都合を押し付けたところで監視の目が無くなれば続かない。出来ない理由と言い訳を探し、努力を怠るだろう。

 彼等には彼等が守るべき生活がある。

 言葉だけでは説得力に欠けるのだ。

 改革なんてものは上手くいく保証のない博打みたいなものだ。

 失敗すれば当然命令を下した者に非難が集中する。

 そして次に他の手段を講じようとしたところで、また協力しようとは思わないだろう。

 ベルデンは信じられないといった表情で尋ねてきた。

「貴方は私に鍬を握り、土を掘り起こせと仰るのですか?」

 私はその言葉に大きく頷いた。

「その通りです。

 犠牲というものは強いるものではありません。

 それは支配、傲慢、もしくは強制というものです」

 他者を変えるにはまず自分が変わらなければならない。

 グラスフィート領の財政が苦しかった時、父様は屋敷の家財を売り、それでも納める税金が足りない時はダイアナ母様と一緒に冒険者ギルドで稼ぎを得て補填していた。

 領主自ら出稼ぎとも言うべき仕事をしていたのだ。

 父様は偽名を使っていたらしいがマルビスの話では多くの町民がそれを知っていたという。

 当然だ。

 グラスフィートは田舎町、領主の顔を知らない者は少ない。

 自分達が苦しい時、領主の父様もなんとか頑張って財政を立て直そうとしていたのを知っていたからこそ領民達は気付かぬフリをして、貧しい時期を一緒に乗り切ろうとしていた。

 それをみっともないとか、情けないという貴族もいただろう。

 だが、だからこそ父様はグラスフィートの領民に好かれ、尊敬されている。

 誇るべき私の自慢の父親なのだ。

 それは誰にでもできることではない。

 多くの貴族にとって一番大事なのはプライド。

 それを捨てろというつもりはないし、個人の自由。

 父様は貴族のプライドよりも領民の生活を守ることを選んだだけのこと。

 だからベルデンはベルデンの好きにすればいい。

 自分の行いは回り回って自分に返ってくるものだ。

 父様が捨てたプライドは王都の貴族達の嘲笑の的になっていたという。だがグラスフィートはそれで苦難の時期を乗り越え、財政破綻を免れた。

 ベルデンに誇りを捨てろという権利は私にはない。


「私は貴方に命令も強制も致しません。

 ですが覚悟のない者に現在(いま)を変える力は無い。

 それが私の持論であり矜持です」

 今世はともかく、前世では最初から肝が座っていたわけじゃない。

 最初の頃は嘆いて、恨んで、苦しんで、他人のせいにした。

 何故私ばかりがこんな目に遭うのだろうと不幸を嘆いた。

 でもそんな日々を過ごしていても事態が変わることなんてなかった。

 私を支えたのは負けん気の強さ。

 いまに見ていろ、いつか見返してやると。

 お前達と同じロクデナシになんかになってたまるかと。

 あの頃私を虐げていた人達が今の私を見たらなんて言うだろう?

 図らずも手にした地位、権力、財産、名声。

 更には魅力的な婚約者までたくさん手に入れて。

 羨ましいって言うだろうか?

 それとも男に生まれ変わった私の姿を見て『やっぱりお前は女じゃなかったんだな』って笑うのかな?

 でも、そんな他人の評価はどうでもいい。

 私は私が手に入れた大切なものを守るだけ。

 前世(むかし)があったからこそ私は今の自分がどんなに恵まれているか知っている。

 だから努力するのだ。

 手に入れた大事なものを何一つ手放さなくても済むように。

 昔の私ならきっと今と同じことは言えない。

 随分と変わったなと、自分でも思う。

 私は小さく苦笑する。

「まあ私も以前はそうではなかったわけですし、他人のことをとやかく言えた義理ではありませんので貴方の下された決断に文句を言うつもりはないですよ?」

 私の話を聞いていたらしいマルビスが私の隣に立ち、ポンッと肩に手を置いた。

「誰もが貴方のようにできるわけではありませんよ」

 うん、わかってるよ、マルビス。

 だから『やれ』なんて言うつもりは全く無いよ?

 貧乏貴族の三男坊。

 産まれ落ちたその立場は才能に恵まれるか、さもなくば人一倍努力せねば境遇を変えられない環境。それでも今世こそ前世で得られなかった欲しいものを手にして幸せになりたい、そう願って私なりに頑張ってきたつもりだ。

 全く思う通りになんて事は運ばなかったけれど。

 のんびりと平和に、平凡に。

 そんなふうには生きられなかった。

 だけど後悔なんてしていない。

「私には守るべきプライドなんてなかったからね。

 だから自分に出来ないことは頭を下げてみんなに頼んだ。

 あの頃の私が出来るのはそれくらいしかなかったもの」

 資金も今みたいに潤沢ではなかった。

 何かを興すにはそれなりの財力だって必要で、最初の頃はまさに自転車操業。

 増えて、減っての繰り返し。

 でもみんなが必要とする資金を出すことに勿体無いと思ったことは一度も無い。

 だってあれはみんなのおかげで得られたもの。

 今までも、これからも必要ならば出し惜しみするつもりはない。

 そりゃあ私もそれなりに頑張ったつもりだから自分の使いたいことには使わせてもらうけどね。

 財産が空になるのは怖くない。

 私は三年前までは金貨一枚も持っていなかった。

 みんなが側にいてくれるなら無一文からでもまたやり直せる。

 あの頃の私とは違う。

 金貨なんかなくたって私には最高の仲間という財産がある。

「頭を下げて、ですか? 

 失礼ですが、側近、従者の方々はみんな貴方より位は下の方達ですよね?」

 信じられないというベルデンの顔。

 これが貴族の普通なんだろうなとは思う。

 ただ私は嬉しかったんだ。

 みんなが側にいてくれることが。

 だから変わらずずっと側にいて欲しくて私は私にできることをしただけ。

 

「私は位なんて気にしたことは一度もありませんよ。

 彼等は何ものにも代え難い宝なんです。

 だから私は頭を下げて願うんです。手伝って欲しいと。

 難しく考えたことはありません。ただそれだけなんです」

 私が微笑んでそう答えると横に立っていたイシュカが口を開く。

「私達はお仕えするようになって以来、御指示を受け、お願いされたことはあっても一度として命令されたことはありません」

 言われて少し考え、記憶を掘り起こしてみる。

「そうだっけ?」

 そんなことないと思うけど。

 私が首を傾げるとイシュカは口にした言葉を言い直した。

「正確には『理不尽な』というべきですかね?

 貴方が命令するのは決まって私達が遠慮や思い違いをしている時ですから」

 それって要するに説教だよね?

 私はそんなことした覚えは・・・結構あるかも?

「一緒のテーブルで食事を取れ、命を粗末にするな、必ず生き残れ、自分を頼れ、長生きしろ、ですか。

 私が覚えがあるのはそれくらいですよ?」

 そう言ったイシュカに私は乾いた笑いを浮かべた。

 かなり好き勝手言ってるかも?

 最近はそんなことしなくなったけど出会って間もない頃はイシュカって無茶ばっかりしてたし、自分の身を顧みず、私を危険から遠ざけようとしてたからクドクドと生意気にも屁理屈じみた講釈垂れて説教かましていた記憶が・・・

 やっぱり私は人に偉そうなことを言えるようなモンじゃないかも。

 肩を竦めて身体を縮こめた私の耳にライオネルの声が届いた。

「ハルト様は何か物事を成される時は決まって自ら先頭に立ちます。

 それは魔物や魔獣の討伐だけに限ったことではありません」

 まあ確かにそれはそうなんだけど。

「主人であるハルト様が率先して働き、埃に塗れ、汗を流し、危険な場所に立っているのに側近である私達が楽をしているわけには参りません」

「私達が動けばその下の者、その下の者が動けば更にその下の者が動かざるを得なくなります。自分の上司が働いていてそれを突っ立ったままで見ていられるほど神経の太い、厚顔無恥な方は滅多にいませんからね」

「協力してくれる者に感謝し、労い、心を砕く。

 ハルト様はいつもそうして私達を含めた『人』を動かしてきたんです」

 続いて言ったロイ、マルビス、イシュカの言葉だけ聞くと随分と立派な人物に聞こえてくる。

 流石は私に甘い側近バカなみんな。

 美化されまくっている。

 ここは一つ誤解されないように否定しておこう。

「そんな立派で御大層な事をしたつもりはないんだけど?」

「貴方からすればそうなのでしょうね。

 貴方はそれを当然と思っていらっしゃいますから」

 マルビスの言に私は大きく頷いた。

「当たり前でしょ。助けて、手伝ってくれる人に感謝しなくてどうするの?」

 それは普通で片付けていいものではない。


「ここは貴方の領地です。お好きになさって下さい。

 命令してやらせるのも、監視をつけて見張らせるのも、給金を与えて仕事としてやらせるのも貴方の自由。

 私と違うやり方もあるのは理解しています。

 この領地で最後に責任を取るのは貴方なのです。

 私は貴方の決めた事に異論を唱えるつもりはありません。

 他人の領地にそこまでの責任は持てませんから」


 無責任と後で言われないように責任の所在はしっかり釘を刺しておかないと。

 なにもかもを背負えるほど私は強くもなければ出来た人間でもない。

 ロイやマルビス達のように有能なんかじゃない。

 私は所詮凡人。


 いや、最近は少々人間離れしてきた自覚はあるので凡人とは言えないか?

 バケモノと他人に言われたところで傷つくようなヤワな神経は・・・していないこともないけれど。

 流石に少しだけ傷つかないわけじゃない。

 でも『普通』でいることで大切な人達を守れないなら、私は『バケモノ』でも『怪物』でも構わない。

 恐れ慄かれ、害を成そうとする者達が尻尾を巻いて逃げ出すほどの、立派な魔王様に是非ともなってみせようじゃないの。


 私はそう思い、胸を張ったのだ。


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