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第百三話 支援とはずっと続くものではありません。


 屋敷にやってきたアンディと共にマルビスとロイを連れ、次の日馬車でデキャルト領へと早速出発。


 流石に金貨二万枚では馬車を使わないわけにもいかないわけでライオネルの他にも専属護衛の中でも特に強面の面々を十人、実家が農家だという護衛五人を連れて支援のための視察も兼ねて向かうことにした。

 山間を抜ける道と迂回路、どちらが速いかといえば当然山間を抜ける道だ。山間を抜ければ魔獣に出会す危険が、迂回すれば野盗に狙われるリスクがある。

 どちらがマシかと聞くとガイが山間だというのでそっちを選んだのだ。

 何故かと理由を聞いたら魔獣のほうが馬鹿じゃないからだという。

 近隣の野盗(ゴ◯ブリ)達にはすっかりウチの紋章は知れ渡っているので問題なかろうが、遠く離れるとまだどうなるかはわからない。

 人間は危機察知能力が退化しているから殺気を放たない限りはその人の持っている魔力量を読みきれないんで金持ちの馬車と見れば襲ってくる。だけど魔獣は純粋な魔力量で判断するから敵わないと思えば襲ってくる確率は格段に減るらしい。

  十頭以上の獣馬がいて、更にそれを操る騎手がいれば低ランクはまず襲って来ないし、高ランクでも私がいれば今やワイバーンクラスでも一頭ならば逃げるだろうと。

 その言い方に引っ掛かりはしたもののすぐに思考を放棄した。

 こういうのは深く考えたら負けなのだ。

 虫除けならぬ魔獣除け。

 この際、立派にそのお役目、果たそうじゃないの。

 でもこの魔力量、内緒なんですよね? 

 一応。

 いいのかな?

 まあ普通に考えて魔獣が寄って来ない理由が私とは思わないだろう。

 せいぜい運が良いと思うくらいだ。

 そういうわけで山間部を抜けながら最寄りの町に寄りつつ途中で一泊予定。各地にある流通拠点である支部に頼んでしっかり宿の手配をマルビスがしておいてくれたので特に困ることもなく無事到着。

 ガイの言う通り、魔獣一団御一行様は本当に襲って来なかった。

 

 やはり私は最早バケモノですか?

 

 微妙にショックを受けつつも、危険が避けられたならまあいいかと思い直す。

 そうして到着したデキャルト領は検問所付近にある小さな町を抜けると本当に殆ど草木の生えていない見渡す限りの荒野が広がっていた。

 砂漠というほどではないのか?

 砂丘みたいな丘が一面広がっているわけではない。

 だがこのまま何もしなければそうなるのも時間の問題だろう。

 乾いた大地、崩れた崖、風に舞う砂埃。

 私はこんな光景を今まで見たことがない。

 いや、正確に言えば前世でテレビなどでは見たことはある。

 だけど画面で見るのと実際に目にするのは全然違う。

 

「驚きましたか?」

 言葉を失くしている私にアンディが語りかけてきた。

「デキャルト領の土地の約半分はこのような状況です。残り四分の一はかろうじて背の低い草が生えているくらいのものでそこで放牧がなされ、残る四分一ほどの土地、湖や検問所近くの地域に人口が集中してます。

 ここの土地の者が多く持っている魔法属性は主に水と風です。

 ですが一般庶民の魔力量からすれば生活用水は調達出来ても田畑に充分な水を撒けるほどではありません。ですのでハルト様が提案して下さった水道設備工事の話が国から上がった時、我が領地はすぐにその話に飛びつきました。国からも援助が出るとはいえそれなりの資金も必要で、今ある借金は半分以上がその時のものです」

 つまり水道設備を活かしきれなかった結果がこれなのか。

 そりゃあそうか。

 前世では当たり前にあった下水道設備や農作業用の溜池や水路、その他諸々のものだって昔からあったものじゃない。時代と共に人間が考え、効率化を図り、試行錯誤と努力の結果で出来上がったものだ。

 テレビの映像などで映し出されていた途上国では土を固めた畦道の横を水路が通っているようなところはまだマシで、女性や子供が桶やバケツなどで近くの川や湖、井戸まで水を汲みに行く。そんな光景もあったではないか。

 恵まれた環境は便利過ぎてつい忘れがちになる。

 当然が当然ではない環境がここにある。


「これで民の暮らしも変えられると喜んでいたのですが領地内での整備は遅々として進んでいません。水路を掘ってもすぐに砂で埋まってしまうのです。

 木々の生えない山は崩れ、年々砂地も砂埃も増えています。

 貴方が仰るように目先の生活を優先して木々を切り倒してしまった結果なのでしょうが、かといって今生きている民に飢えても我慢しろとは言えません。まさしく貴方の仰る通りの切羽詰まった状況が広がっているわけです」

 生産量を上げるための過放牧。

 糧を得るための木材加工と出荷。

 それがこういう結果を産むとは思わなかったのだろう。

 無理もない。

 前世でだって建築資材などに使用するために森を、林を切り倒し、便利で快適な生活を手に入れていた。森林破壊が大きく騒がれるようになってからまだ一世紀も経っていなかった。それにそれが叫ばれるようになってからも人は大地を切り開き、木材を切り倒し、生活の糧と便利さを手に入れた。

 貴重な木材は生活の糧になる。

 先進国に輸出して財を得て楽になる暮らしがあるのなら、その悲劇を説いて回っても説得力はない。その木材を当然のように消費しているのだから。

 何十年、何百年先、この世界もあんな未来に変わって行くのかもしれない。

 だからといって、その自分の生きていない未来のことまで考えろというのは難しいのが現実だ。より便利に、より快適にを求めてこその文明、発展、発明であり進化だ。

 そしてそれは必ずしも成功するものばかりじゃない。

 失敗して滅びた文明や国は前世でもたくさんあったではないか。

「思ってた以上に深刻だね」

 私は思わずポツリと呟いた。

「ええ。言ったところでどうしようもないことではありますが、もう少し、貴方があと十年、いえ、五年早く生まれてきて下さっていればと、そう考えたこともあります」

「アンディ、それは・・・」

「わかっています。貴方の責任ではありません。

 貴方を責めるのはお門違いというものです。

 これは私達が領地経営の仕方を間違えた結果。

 責任を取るべきは私達一族なのですから」

 何事もやってみなければわからない。

 一つ間違えるだけでどうしようもなくなることだってある。

 それに五年早く生まれていたとして、その時にマルビスやロイ、テスラのように私の話に耳を傾けてくれた人がいなければ無理だっただろうなって思う。

 出逢えたことが奇跡のような人達。

 私が持っていた知識はみんながいてくれたからこそ役に立った。

 どんな情報も持っているだけでは価値がない。

 使える環境と協力してくれる人あってこそ活かせるものだ。

 俯いた私にアンディが微笑う。

「それに領民達は感謝していますよ、貴方に。

 水道が通ったおかげで水を手に入れるのにも少し楽になりましたから」

 多少は違うってことか。

 私が手助けできることがあるかどうかはわからないけど、乗りかかった船。やれることはやってみよう。

 アンディはまっすぐに延びる一本道を指差した。

「領主邸はここを一刻半ほど行った先の湖近くになります。

 田舎なので驚かないで下さいね」

 何を言っている?

 そんなことで私は動じない。だって、

「驚かないよ。三年くらい前までは私の屋敷周辺も似たようなものだったもの。

 今でも私の私有地の半分以上は山と森、林だよ? 

 道も橋も整備されてないところもまだまだ多い」

 そう答えるとアンディは目を丸くした。

「そう、でしたね。御屋敷周辺があまりに賑やかなのですっかり忘れていました」

 まあ確かに。

 あれは私ではなくマルビス達の仕業というか仕事の成果。

 まさしく怒涛の勢いで開拓、開発されていったもの。

 

 もう陽もかなり傾きかけている。

 急がないと到着するまでに夜になりそうだ。

 私はノトスの手綱を握り、走らせた。



 デキャルト邸に到着したのは丁度空が夕陽に染まる頃。

 出迎えてくれたのはアンディのお兄さん夫婦とシュゼットの奥様だった。


「ようこそおいで下さいました、ハルスウェルト様」

「今日から数日間ですがお世話になります」

 何日間かは特に決めていない。

 早めに片付けて帰りたいところだけれど中途半端で戻るわけにもいかない。その他諸々の話し合いもあるし、出来れば少しデキャルト領の様子も聞いておきたいところだ。そのために連れてきた農家出身の、特に似たような気候の領地に住んでいた警護の者を連れてきた。明日はアンディには土地に詳しい者とロイを連れて土地を少し回って見てきてもらおうと思っている。

 適材適所、ロイはもと父様の秘書。農業系のことはそこそこに詳しい。とはいえ、ロイが詳しいのはグラスフィート領の農業についてなわけだけど、ここもグラスフィートと同じ内陸部。共通することもあるかもしれない。

 少なくとも私よりはずっと頼りになるだろう。

 その間にマルビスと私は借金返済の手続きと新たにウチが貸し付けるお金の返済方法と契約などの取り決めをと考えている。

 ウチも暇ではないし、どちらにしてもすぐに動くのは難しい。

 必要な人材、資材の手配にも時間が必要だ。

 

「とんでもございません。お世話をお掛けするのはこちらの方。本来ならこちらからお伺いするべき状況であるのにも関わらず、わざわざ御足労頂き、申し訳御座いません」

 私の簡単な挨拶に現当主のアンディのお兄さんが頭を下げて答えた。

 嫌な感じはしない。

 シュゼットによく似た面差し。苦労しているせいか年より老けて見える。アンディといくつも変わらないはずなのに既に白髪がチラホラと出ているが鬱屈したような雰囲気はない。

 私はにっこりと笑って答える。

「それなりの金額ですからね。道中狙われては困りますから。

 幸いにも私は近隣領地の盗賊、野盗に嫌われていますので」

「恐れられているの間違いでは?」

 アンディにツッコミを入れられて一瞬表情が固まる。

「そのへんの違いはたいしたことじゃないでしょ」

 どちらでも避けられていることには変わりはないんだから。

 慣れてくるとアンディも意外にズケズケ言うなあ。

 まあこれくらいでないとあの陛下に付いて回れないだろう。

「アンディ、本当にこの方があのハルスウェルト様なのか?」

「ベルデンッ、失礼ですよ。アンディがお連れして来ているのだから間違いないでしょうっ」

 ボソボソと喋ってる声、全部聞こえてますけどね。

 嘘が吐けない人達のようで。

 そりゃああのとんでもなく美化された人物像を聞いていたなら信じられないのも無理はない。

 でもこの人達が聞いているのはどっちの噂だ?

 魔王の如く語られている貴族の方のヤツか、それとも後光が差してる平民の方のヤツか。どちらしてもかなりイメージ違うだろうなとは思う。

 私としては魔王の方が幾分かマシなのだが。

 他人であるのなら余計な期待をされるより怖がられている方が面倒も少ない。

「大丈夫ですよ。噂とだいぶ違うのは私も承知してますから」

「すみません。武勲、功績は充分存じあげているのですが、思っていた以上に華奢で美しい方だったので」

 どうやら伝わっているのは魔王の方らしい。

 ならばさぞかし拍子抜けしたことだろう。

 華奢で美しいというその言葉が褒め言葉であるか御世辞なのかは判断しかねるがゴツくて不細工だと言われるよりもマシだとこの際割り切ろう。

 華奢はともかく美しいというのは褒め言葉だ。

「到底ワイバーンやコカトリス、巨大な蛇の魔物まで倒すようには見えないだろ?」

「アンディッ」

 気やすいアンディの言い様を奥様が制する。

「心配ない。ハルト様は細かいことは気になされない。

 御自身と従者に無礼な言動さえ慎めば動じるような方じゃない」

 まあ確かに。

 よく肝が据わっているだとか、図太いとは言われます。

 それは自分でも自覚しているので否定するつもしもありませんよ?

 私は所詮見た目は小僧。

 敬意を払って頂くまでもない。

 許せないのはロイやマルビス達を平民だからという理由だけで蔑む輩。

 そこさえ押さえてもらえるのならどうということもない。

 私は大きく頷いた。

「ええ。勿論正式な場所では弁えて頂く必要はありますが」

 形式というものは必要な場所で守られなければ侮りも招く。

「敬意というものは言葉よりも態度に出るものですよ。形だけのものなど必要ありません。私は堅苦しい貴族の付き合いというものが苦手なんです。どうぞ気を楽に。

 緊張ばかりしていては肩が凝ってしまいますよ?」

 遠回しに馬鹿にされているのでなければ問題ないのだと伝える。

 若干バケモノ化してきている気がしないでもないけれど私も一応人間ですからね?

 自分をコケにしている人間に力を貸すつもりはない。


「アンディ、まずは紹介してくれる? 

 短い間とはいえお世話になるのだし、これからの付き合いもある。それともこちらから名乗った方がいい?」

 私がそう問うとアンディは小さく首を横に振る。

「いえ、貴方は先日より侯爵の地位を陛下から賜っています。

 下位である私達から名乗るのが礼儀。ではまずこちらから・・・」


 そう言って一人ずつ、そこにいる人達を紹介してくれた。



 挨拶が一通り終わったところで用意してくれた夕食を頂くと、早速現当主のアンディの兄上、ベルデンに借用書とここ数日間で用意してもらった金貸しに現在の返済金額を確認した用紙を見せてもらいつつマルビスが難しい顔をする。一箇所だけでは足りなかったということで全部で五軒のところから借りられていた。


「もと外務大臣伯爵家相手とあって一応は殆ど法定金利内ですね。

 一件だけ暴利と言えなくもないですが、これは返済が滞った場合の条件付きなのでこちら側の分も悪そうです。これらの次の支払い期限はいつですか?」

 マルビスの言葉にその一件の高利貸しのやり口の巧妙さが伺える。

 おそらく複数件から借りているというのを知ってのことだろう。

 返済が滞る事態を明らかに想定している。

 だが返済が滞った人間相手にどうやって貸付金を回収するつもりなのかと覗き込めば成程、なんとなく状況が読めてきた。

 聞き覚えのある商会の名前。

 国内最大手のウチの商会ほどではないがそこそこに大きな、ウチが台頭してくる前までかなり有名だった。アコギなやり方で評判だってマルビスが言っていたところだ。つまりマルビスに分が悪いと言わせるほどに巧妙な契約を交わしているのだろう。

 ガイサック商会、平民出身で親子二代でノシ上がり、親族経営しているという商会だ。親子共々それぞれ十人以上の妻がいると聞いているが、その妻は二極化されていると言っていた。下級貴族階級の娘か、もしくは若くて容姿端麗か。

 例の私に喧嘩を売る度胸がない貴族(バカ)も狙っていたとなればアンディの妹君や婚約者は相応の美姫なのだろう。

 たくさんいる息子の一人でも婿入りさせて借金返済をタテに伯爵家乗っ取りでもカマすつもりなのか? 

 私には理解できないが、それなりの名声と財産を手に入れれば充分だと思うのに、何故そういうものを持つと更にそこに地位を加えようとする人間が出てくるのだろう。

 貴族になったって余計な責任が増えて堅苦しいだけだと思うよ?

 マルビスの問いかけにベルデンが答える。

「今月末に三件、月初に二件です」

「問題ありません。まだ十日ほどありますし、明日明後日までに全て精算してしまいましょう」

 そう断言するってことはマルビスに任せておけば問題なさそうだ。

「悪徳高利貸しではないんだ?」

「行ってみないとわかりません。一括返済できるとなればフッかけてくるところもありますから。専属護衛を何人かお貸し頂けるならハルト様はロイと一緒に行かれても構いませんよ?」

 私が尋ねるとそんな言葉が返ってくる。

 表向きと裏稼業、別の顔があることも少なくない。

 フロント企業に隠れたブラック企業ってとこか。

 少し考えてから私は答える。

「一応当初の予定通りマルビスについてく。

 私の顔が役に立つこともあると思うし農林畜産業のことは専門外だもの。ロイ達に任せる」

 どっちに私が行った方が効率的か。

 それを考えた結果だ。

「助かります。間違いなくその方が話が早いでしょうから」

 私が行けば漏れなくイシュカとガイ、ライオネルもついてくる。

 何かコトが起きても即座に対応できる戦力が過剰であることは悪いことではない。

「結局総額幾らになったの? 持ってきた金額で足りそう?」

「金貨一万八千ってところですかね。来月になるとそれも二万枚近くなりそうですが」

 一カ月違うだけでそんなに違うってことはその厄介な一件での貸付が一回は滞ったということか。

 しかしながらそうなってくると借金完済するまでは女性達を隠しておいた方が良くないか? 返済されると都合が悪い輩が何かしらに文句をつけて連れ去ろうとしかねない。となれば明日明後日は一緒に馬車で一緒に連れて行った方がいいかな? 高利貸し同士で繋がりがあるところがあれば情報が伝わって押しかけて来られても面倒そうだ。ああいう輩は悪知恵と言い訳が特に上手いものだ。

 もっとも私のマルビスには頭も口論でも勝てないと思うけどね。

 ただ例の貴族が絡んで来て色々と言い掛かりをつけられたら厄介だ。

 所謂無礼打ちってヤツだが、それを防ぐには私が同行するのが手っ取り早い。面倒なものを押し付けられたのは迷惑だとは思うが権力至上主義者には今回の侯爵位拝命は好都合。

 この際、使える物はなんでも使ってやろうじゃないの。


「当方も慈善事業ではありませんので次は契約の方に話を戻しましょう。

 返済方法は当面、シューゼルト様とアンディ、御婦人方々の給金から生活に必要な金額を差し引いてのお支払い、担保はこの屋敷と家財道具一式ということで宜しいですか?」

 シュゼットにも万が一のことを考えればウチに迷惑をかけないためにも対面は整えておくべきだと申し出されてとりあえず保険をかけておくことにしたのだ。

 ベルデンが頷いて答える。

「はい。父からもそのように承っております。まずは領地の経営立て直しを優先し、余裕が出てきたら領地収入からも返済を考えるようにと」

 ちゃんとシュゼットの話は伝わっているようだ。

 特に反論、反対もなさそうだ。

「ではこちらの契約書を確認して頂いてサインを。金額が金額ですのでシューゼルト様、ベルデン様、アンディの連名でお願い致します」

 マルビスはアンディから受け取っていた既にシュゼットとアンディのサイン済の借用書を差し出した。

「御安心下さい。ハルト様の御厚意により無金利で貸付致しますので返済して頂く必要はありますが今後は借金が膨らむことはありません」

「ありがとう御座います、それだけでも当方としてはとても助かります」

 ベルデンはそれを手に取ると開いてその内容をしっかりと奥様達と確認した後、ペンを持ち、サインする。それを再びマルビスは受け取ると目を通す。

「はい、確かに。では明日からの高利貸しへの返済には御当主のベルデン様にも御同行を、アンディはロイ達の案内をお願いします」

 そう言って借用書を折り畳むと服の内側のポケットに仕舞う。

 では、とばかりにマルビスが本題に入る。 

「今後の援助、支援方法についてはある程度調査も必要ですから資料が整い次第、提案書を作成してこちらにお持ちするよう手配致します。勿論、それに同意して実行されるか否かはそちらで決めて頂いて結構ですし、既にお考えになっていることも御座いますでしょう。ですが、支援させて頂く以上、当方が納得できない御提案には援助できません。

 それを踏まえた上で御検討下さいますよう、お願い致します」

 なんでもかんでも手伝ってもらえると思われては困る。

 そのあたりはハッキリさせておくべきと決めていたのだ。

 だが納得できない限りは援助出来ないという言葉に不安を覚えたのか彼等は少し狼狽えた様子を見せる。

 素直というか、スレていないと言うべきか。

 まあ借金取りに押しかけてられている状況ではそれも無理ないか。

 私はマルビスの言葉で伝えきれていないであろうことを言うために口を開く。


「要は私達を納得させて頂ける提案であればそちらの考えたものでも構わない、協力も致しますということです。

 私達は商人です。商売である以上、利のないものには協力できないというだけですよ。貴方がたに強制するつもりはありません」

 あくまでも選択権はデキャルト領側にある。

「ここは貴方がたの領地。変えるのは私達ではなく領主のベルデン様がその主導となり、ここの民の協力を得て行わなければなりません。

 私達には私達の守るべき領地があります。

 お手伝いはしても、こちらを優先させることはありません。

 デキャルト領の民は、ベルデン様、貴方が責任を持って守り、統治して下さいね」

 話が違うと言われても困るわけで、領主にしっかり管理してもらわねば一時的に上手くいったとしても軌道に乗って私達が支援の手を緩めた途端に元の木阿弥ではどうしようもない。

 私達には私達の仕事がある。

 デキャルト領にかかりきりにはなれない。

 だからこそ、

「当然拒否権も御座いますよ? 

 こちらの提案を断って頂いてもこの借用書の契約内容が変わることはありませんし、余計な口出しをするなというのであればそれでも構いません。ただ後々失敗の理由を当方だけに押し付けられても困るというだけです。

 責任というものは当事者が負うものです」

「我々も納得して動いた以上ある程度の損失も覚悟していますが、そうならないようにお手伝いも致します。

 ですがそれがずっと続くと勘違いしてもらっては困ります。

 私が出来るのは共同経営ではなくあくまでも支援と提携。

 それを忘れないで頂ければ大丈夫です」

 マルビスが私に足りない言葉を付け加えてくれる。

 言いたいことをしっかり言い切って前を向くと彼等の視線が私に集中し、一様に目を見開いている。

 

「何をそんなに驚いてみえるのですか? 

 私は特別傲慢なことを言ったつもりはないのですが」

 然程酷いことを口にしたつもりはないのだが、少しはオブラートに包んだ方が良かったか?

 でも遠回しに言って伝わらなかったら意味がない。

 こちらは援助する立場、少しくらいの強気は許されると思うのだけれど。

 怪訝な顔でそう問い掛けるとすぐにその表情は崩れ、頭を下げられた。

「すみません。大人顔負けの弁舌に少々吃驚してしまっただけです。

 成程、近年でも稀にも見ない天才児というその看板に偽りはないと、こういうことで御座いますね」

 感心しきりといったその言い回しに『またか』と思う。

「偽りだらけだと思うのですけど」

 私の評価はどうしてこうも上向きに解釈されるのか。

「御冗談を。貴方が天才でないというのならこの世は凡人以下ばかりです」

 ああコレは謙遜していると思われているなと感じた。

 ベルデンは尋ねるまでもなく顔でそれを語っている。

 こういう時は否定すればするほど評価が上がると既に学んでいるので私はそれを否定も肯定もせずに黙り込む。


「承知致しております。この領地における全ての決定権は私にある。

 このどうしようもない現状を助けて頂ける方に如何様な戯言も申すつもりは御座いません。どうぞ御協力、御指導、御鞭撻のほど、宜しくお願い致します」


 まあいいですよ。

 この際、そんなに顔を合わせることがないであろう方にどう思われようと。

 今更ですし。

 ただ一番後方でニヤニヤと私を見ているガイが思っていることは嫌というほど伝わってきた。

 

 多分、また信者を増やしたとでも思われているんだろうな。

 きっと。 



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