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閑話 ガイリュート・ラ・マリンジェイドの言い訳 (1)


 俺は退屈が大嫌いだ。


 のんびりするのは構わねえ。

 だけど暇なのは性に合わない。

 どう違うんだと問われると説明し難いところだが、早い話、時間を持て余しているのが『暇』で、ゆっくり流れる時間を楽しんでいるのが俺にとっての『のんびり』だ。

 似て非なるその二つだが俺の御主人様の側は暇とは無縁だ。

 だがそれが楽しい。

 適当に疲れた時にゆっくりしているとイシュカが目を吊り上げて蹴りを入れて来るが、御主人様はいつもそれを微笑って見ている。

 『ガイは動くべき時には動いてくれるから別に構わないよ』と。

 俺にそんなことを言ったヤツは今までいない。

 目につくところで寝っ転がっていれば仕事をサボるなと蹴り飛ばし、手を抜けるところで抜いてのんびりしてれば何を遊んでいるのだと怒鳴られる。そんなヤツばかりだった。

 休んでいる暇があるのなら働け、と。

 大多数の雇い主はそう言って尻を蹴り飛ばすのが普通。

 だけど俺の御主人様はやるべき仕事で手を抜いているんじゃなければそれで良いと言う。

 俺に何か頼み事をする時は命令するのではなくお願いする。

 その方が気持ち良く仕事が出来るでしょうと。

 なるほど、確かにその通りだ。

 

 適当な仕事をすれば信用を失くす。

 信用を失くせば仕事は回って来なくなる。

 だから自分の仕事に責任が持てるならそれで良いと。

 俺達情報屋は特にそうだ。

 裏付けなくガセネタを売りつければ誰もソイツから情報を買おうとしなくなり、結局最終的に自分の首を絞めることになる。逆に確実で貴重なネタを用意し続ければ多少割高でもアイツの情報は間違いないと同じネタでも高く売れる。そういうものだ。

 時間の使い方が上手い人もいれば、ゆっくりでも丁寧な仕事をする人もいる。

 覚えるのが早い代わりにすぐ忘れる人もいれば、時間が掛かっても一度覚えれば二度と忘れない人もいる。

 一つのことを長い時間繰り返していても苦にならない人もいれば、驚くほどの集中力で一気に片付ける人もいる。

 人によって特性は違うのだからその人にあった仕事と仕事の仕方がある。

 みんな同じでなくて良いのだと。

 

 まだ八歳の子供(ガキ)のくせにまるで大人の考え方だ。

 いや、大人でもそんなふうに考えられるヤツは滅多にいない。

 最初は父親の伯爵の教育かとも思ったが、それよりも更に平民寄り。

 いや平民というにも語弊がある。

 人間の価値は等しく平等であり、個人の価値とは別、優先度によって変わるのだから他人の大事な者と自分の大事な者は違って当然だろうと言う。自分にとってロイやマルビス達が陛下より大事であっても陛下にとっての私達は国民の一人でしかないでしょうと。

 一国の王と比較するのは如何なものかと思わないでもないがもっともだとも思った。

 なんにせよ、俺みたいな人間にはこれほど居やすいところはない。

 御主人様の側は居心地が良いのだ。

 だからこそ婚約者の立場も受け入れた。

 団員、騎士達の嫉妬の視線も気分がイイ。

 上げる功績も武勲も半端ない我が御主人様は開発事業にも余念がない。

 ベラスミの施設建設、運河開港準備に鉱石の発掘、この勢いはどこまで続くことやらわからない。

 

 だが強烈な光を放てば当然だが影も色濃くなる。

 腹黒陛下の覚えもめでたい我が御主人様は権力欲の強い王都の貴族には悉くに嫌われていると言ってもいい。

 功績を上げるということはもれなく褒美もついてくるということで、瞬く間にノシ上がった御主人様には妬み嫉みも一緒についてくる。張り合って功績を上げようとするならまだしも、そういう輩は敵わないとなれば大抵足を引っ張る方にシフトする。

 謀略、計略、妨害に暗殺計画のオンパレード。

 列を成してやってくる。

 もっとも、そんなものを周囲の側近、従者達が許すはずもなく、そのことごとくは御主人様に到達する前にほぼ握り潰される。

 国内最大手、ハルウェルト商会の情報網は恐ろしい。

 商人ってヤツは、特に生活に欠かせない食料、日用品が主な主力商品であるヤツは生活の中に入り込んでくる。

 どんなヤツでも食わずに生きていけるわけではないからだ。

 ハルウェルト商会はまさにソレなのだ。

 国内各地に広がった流通網を使っての連絡網と素早い対処、仮にそれをすり抜けても待っているのは御主人様の周囲に侍る手練れの護衛。特に外出時はほぼイシュカとライオネルがもれなくついて回るとなれば到達前に完全ブロック、シャットアウトだ。

 狙ったヤツにはお気の毒様という他ない。

 ただ面倒なのは闇に潜まれ、蠢くヤツらで、これの対処が俺とケイの仕事になる。

 御主人様は気配を読むのが下手クソだ。

 小さな体に内包する膨大な魔力量は表向きの最高最大魔力量を持つ近衛連隊長を遥かに凌駕する。おそらくそのせいもあるのだろう。

 獅子は兎を恐れない。

 圧倒的絶対強者はその足下で蠢く虫を脅威に感じるはずもない。

 ただ単にウチの御主人様はそれを踏みつけるような性格をしていないだけなのだ。それが良いのか悪いのか、イシュカのヤツは人の醜悪な悪意など知らないで済むのならその方が良いだろうと言っている。自分達が側にいればさりげなく排除することもできる。戦闘力は劣るもののロイなんかも人の気配にはかなり敏感だ。おそらく人の動きに気遣って動く執事という仕事も影響しているのだろう。そういうわけで鉄壁の護りに固められた周囲を潜り抜けるのは容易ではない。

 そしてそんな側近、護衛達が守るのは公にこそされていないがおそらく国内最大最強戦力たる我が御主人様なのだ。

 勝てるわけなどないのだから無駄なことなど止めれば良い。

 だがその最終兵器ともいうべき御主人様は基本的にお人好し。

 罪人は貴族も平民も等しく罰を受けるべきとしつつも犠牲が出ることを嫌い、手を尽くす。

 まあわからなくもない。

 俺としてもまだ子供(ガキ)の御主人様の手を血で汚させるのは賛成しない。まともな神経をした一般人なら胸クソ悪いどころか悪夢に暫くうなされるのがオチだ。アレは一歩間違えれば倫理観が欠如しかねない。特に権力者であればあるほど人の、特に平民の命の価値が暴落する。幼い頃からそれが身につけば大人になれば間違いなく性格は破綻するだろう。

 思考も考え方も大人そのものの御主人様にその理屈が適応されるかどうかわからないが手を汚さないで済むのならその方がいい。

 上に立つ者なら特にだ。

 そういう汚れというものは綺麗に洗ってもシミが残るモンだ。

 人の血ならば尚更こびりついて落ちやしない。

 臭うのだ。

 どんなに取り繕ったとしても人を殺したことのあるヤツは特有の臭いがする。

 騎士や兵士、裏稼業や高ランク冒険者なら大抵一度は経験がある。

 剣や槍、弓など武器を持った、もしくは攻撃魔法を得意とする悪党相手に不殺を貫き通そうと思うなら圧倒的な力量の差が必要だ。多勢に無勢で切り掛かられたら容赦する余裕などあるはずもない。要はそうやって自分の行いを正当化して折り合いをつけるしかないわけだが、実際、これに順応できずに戦闘職を辞めるヤツもいる。

 どんな理由を付けたところで所詮人殺し。

 潔癖なヤツは耐えられない。

 だからこそ人気の近衛ではなく魔獣相手の緑の騎士団を選ぶヤツもいる。

 人殺しになるよりマシだからと。

 

 ウチの御主人様が殺人鬼になるのは想像がつかないがあの戦闘能力だ。

 道徳が欠如すればエゲツない未来がやってくることだろう。

 あの頑固な御主人様がそう簡単に堕ちるとも思えないが子供というものは環境に染まりやすいことを思えば危険とリスク回避するべきだ。

 俺達側近と護衛、警備の間ではそれが共通の認識。

 極力そういったことは御主人様の目の届かないところで。

 御主人様にバレたら甘過ぎだと言うかもしれない。

 だが甘いのではなく、これは俺達の我儘、エゴというべきだ。

 

 俺達は変わって欲しくないのだ。

 今のままの御主人様が俺達は気に入っているのだから。



 そんなわけで俺もケイも御主人様に必要以上に気安く近付いてくるヤツは警戒するようにしている。

 もともと真っ当な仕事をしていたわけではない俺らは特にそういう臭いには敏感だ。そうでなくては生き残れない。

 そんな俺らの警戒網に引っ掛かったのはベラスミの領主代行。

 特に『どこが』と言われてもわからない。

 だがなんとなく臭うのだ。

 人を人とも思わないロクデナシの臭いが。

 穏和なとも見えなくもない張り付けた笑顔が胡散臭い。

 特に確証があるわけじゃねえ、あるわけではないのだが・・・

 

「どう思う? ケイ」

 御主人様との面会を終えて帰っていく後ろ姿を見ながら尋ねた。

「断定はできません。ですがなんとなく嫌な感じですね」

 やはり、か。

 ゴードンのヤツは気づいちゃいないようではあるが巧妙に隠している裏側の顔がありそうな気配がするのだ。

 何故だと問われればカンだとしか答えられねえが。

「俺もだ。こういう時の予感っていうのはほぼハズレねえよな」

「ですが彼に関する妙な噂はあまり聞いたことはないんですよね」

 そりゃそうか。

 ケイはもともとベラスミ(こっち)側の関係者だ。

 今は身分が剥奪されているとはいえ代行はもと侯爵家。

 知らねえはずもねえ。

 それにあの陛下が領主代行に指名したくらいだ、それなりに優秀なヤツであることは間違いないだろう。真面目だったヤツがはずみでネジが二、三本飛んで抜け落ち、狂うこともある。

 悪事を働くのが全て馬鹿なわけじゃねえ。

 なんにせよ頭の良いヤツが関わるとややこしく面倒になる。

 ならば早めに動いた方がいい。

「ちょいと出掛けてくる」

「お願いします。俺はこちらでは大っぴらには動けないんで代わりに他の方向から探ってみます」

 場合によっては御主人様には先に帰って少しここで調べた方がいいかも知れねえな、などと考えつつ情報を集めるために出掛ける。

 まずはアイツの出身地、それから城下町ってところか。

 早速ガイアに跨ると町に向かう。

 ベラスミにはハルウェルト商会の支店や店舗が四件ほど今では立っている。一応商品も取り扱っているが売るというよりは主に内職として女達に割り振られた商品仕立ての委託と出来上がり品回収のための店舗といった感じの店ではあるが獣馬のガイアを預けて動くには都合がいい。

 そうして出掛けた先々で聞き込みしつつ、アイツの生家にも忍び込んでもみた。

 特に怪しい動きや情報は出てこない。

 調べれば調べるほど人望と武力、その手腕は疑うべくもない。

 長男を押し退けて家を継いでいただけのことはある。

 領主代行に抜擢するくらいだ、表向きのモンなら陛下がとっくに調べているだろう。となれば調査すべきは裏側の顔。だが調べても調べても全然浮かび上がってこないその顔に苛立ってきたところに一人の男がすれ違いざまに声を掛けてきた。


「アンタか? 領主代行の周辺を嗅ぎ回っているヤツは」

 かなり潜められた声は、ともすれば安酒場の雑踏でかき消されそうなほどの囁き。

 俺は表情を変えることなくフードを深く被った男の後を警戒しながら付いて行くと、店の一番奥、壁際の二人掛けの小さな席にソイツは座った。注文を取りにきた店員にエールのジョッキを二つ頼むと俺が前に座ったのを確認して話し出した。

「面白いネタを持っているんだが買う気はないか?」

 ハッキリ顔は見えない。

 別にこういうところじゃそれも珍しくねえが覗く目付きは鋭い。

 油断と無駄が無い動きや気配が薄いところを見て取るに俺と同じく闇属性持ちのヤツだろう。こういうところじゃ俺も気配と風貌を誤魔化すために幻惑系の闇魔法を使うことも多いんで、なんとなくカンでわかる。多分それなりに腕がいいヤツだろう。

 コイツがなんの情報を持っているのかは気になるところだがすぐに返事をするわけにもいかない。

 こういうのは駆け引きだ。

 まずは足もとをみられないように適当に流してみる。

「そのネタの内容にもよるな」

 買ったはいいがどうでもいい内容でしたなんてのは勘弁だ。

 中には確証もなくデマを売りつけてくるようなタチの悪いヤツもいる。

「どんなネタが欲しいんだ?」

「素行、悪行、裏側の人間関係。

 一発で化けの皮を引っぺがせるような情報なら高く買うぜ?」

 問われて興味無さそうな(ツラ)で探りを入れてみる。

 これで簡単にノッてくるなら十中八九ガセネタだろう。

 男は運ばれてきたエールの金を払うとその内の一杯を俺の方に押し出して来た。

 へええ、金まわりはそこまで悪くないってことか。

 俺はありがたくエールを引き寄せて口を付けるとソイツは小さく笑った。

「流石にそこまでのヤツはない」

 フ〜ン、ネタをデカく見せようとしてこないってことは益々信憑性は高そうだ。俺が視線で続きを催促すると男は前屈みになって更に声は小さくなった。

「だが、表に出てこない、清廉潔白で品行方正なもと侯爵家の御当主様の少々変わったお遊びに関するネタなら握っている」

 そりゃあまた変わったネタを売り付けに来たな。

 だが興味はある。

「へええ、面白そうだな、ソレ」

 お貴族様の隠れた妙な趣味とくれば種類はある程度絞り込めてもくるが俺が調べた限りではまだそのネタは上がって来ていない。内容によってはその人間性も浮き出てくるその情報は気になるところではある。

 俺はテーブルの上を軽く指で叩き、周囲から見えねえようにそこを隠して情報の対価を聞き出す。

 机の上に示されたその金額は金貨二十枚。 

「高えな」

 内容にもよるが通常金貨一枚以下、貴重なソレでも相場は金貨十枚前後。

 それを鑑みればかなり高額なことは間違いない。

「他のヤツらが持っていないネタだ。それくらいの価値はある」

 余程自信があるのか金額をまける気も見えない。

「ホントかどうかもわからねえソレにその金は出せねえよ」

「なら前金で半分、事実を証明するための手引きしてやるから確認できた時点で残り半分。これでどうだ?」

 つまりガセではないってことか。

 だがアッサリここで頷くわけにもいかない。

「ダメだ。まずは簡単な情報のみで四分の一、俺の欲しい情報(ネタ)なら更に四分の一、確認できた時点で残り全額だ」

 毒にも薬にもならないような情報なら金を払う価値はねえ。

 これでどうだ? 頷くか?

 自信があるネタなら退きはしないだろう。

「いいだろう、交渉成立だ」

 男はそう言うと残ったエールを一気に飲み干して付いて来いとばかりに扉の方向を視線で指し示した。

 場所を移すってことか。

 貴重な情報をここで安売りするつもりはないってか?

 これは面白いネタが聞けそうだ。

 俺はソイツの後を追い、店の戸口から出て行った。


 そうして男に聞き、三日後待ち合わせして手に入れた情報は面白いと言えば面白い情報だった。

 端的に言えば男にありがちな飲む、打つ、買うというヤツだ。

 まあ酒を飲まねえ男は滅多にいねえ。

 酒に飲まれているんじゃなきゃたいしたこともない。

 博打も限度を越えなきゃ趣味の範囲。

 闇カジノに出入りしていたとしても公金横領や使い込み、賄賂に関わってなきゃ俺的には騒ぐほどでも無いと思っている。

 問題なのは『買う』だ。

 娼館などでは買えない『春』が問題といえば問題だった。

 かなりイイ趣味というべきか、特殊な趣味というべきか、下劣極まりないものだ。

 世間一般の品行方正なものとは違う裏の顔。

 ウチの御主人様の好みも八歳児の子供にしてはかなり変わった趣味をしているとは思うが、まあアレはなくもないことではある。子供の頃は自分には出来ないことを簡単にやってのける大人がカッコ良く見えたり、デカく見えたりするもんだ。

 所謂憧れってヤツだ。

 だがそれも歳を重ねていくうちに自分に出来ることが増えていき、憧れは現実となり、追いつき、追い越せば消えていく。

 とはいえ出来ないことの方が少ない(本人はそう思っていないが)ウチの御主人様がその一般論に当てはまるかどうかはさておいて、男の手引きで知ったお上品な領主代行のおおよそ高尚とは言い難いその悪趣味。

 子供相手の買春。

 いや、買春と言えるかどうかも怪しい。

 歳の頃は十歳未満、男児女児見境ないものだ。

 聞いた話では未婚ではあるが年頃の女を二人ほど囲っているという情報を聞いていたので意外ではあった。

 もと侯爵家、抜け道の類があっても別におかしくねえ。

 屋敷から少し離れた山肌の洞窟の中から出て来たその格好は昼間に見る紳士然としたソレとはまるで違う雰囲気だ。小綺麗な格好はしているが少し砕けた印象、商家の息子といった出立ちだ。男の話によれば二、三日にいっぺんくらいの間隔で現れるという。持った袋の中には子供の好きそうな菓子や食い物、小銭が詰まっているらしい。要するにそれで釣って致しているというわけだ。

 滅多に食えないソレらは貧しい家の子供らには高級品。

 それをまずは与えて手懐けて、自分の欲を満たすために遊んだ後はまた甘味で釣って黙らせる。

 腹を空かせた貧しい子供はそうやって手懐けられていく。

 ほめられたもんじゃねえ。

 だがあの両親殺して攫っていたへネイギスより幾分かはマシだろう。

 子供は親もとに戻されているし、菓子が代金代わりとはいえ与えられている。腹を空かせた子供にそれは目に毒だ。数刻我慢すれば与えられる菓子(それ)はおそらく耐え難い誘惑だろう。

 そんなことをするぐらいなら死んだ方がマシだと言うヤツがいるがそれは本当に飢えたことのないヤツの台詞。明日を生きられる保証があるヤツの言葉だ。

 大概のヤツは死に直面すればどんなことをしても生き残ろうとする。

 人間の生存本能ってヤツだ。

 まして子供は良くも悪くも自分の欲望に忠実だ。

 家族が食っていくために娘を娼館に売り飛ばす親もいる。

 家族全員が食っていけねえからと森に年老いた親を置き去りにするヤツもいる。

 死ぬという言葉は生きていてこそ言える言葉。

 仮にこれを親が知っていたとして、果たして止めるだろうか?

 流石にコレは御主人様には報告できねえなと思っていると男が後金を要求して来たんで渡してやると更にとんでもねえ情報をオマケだと置いていきやがった。

 領主代行のターゲットは以前には適齢期前後の女が多く、娼館通いが主だった。

 そういう趣味に走り出したのは一年ほど前あたりからだという。

 餌食になっている子供には共通点があるのだと。

 背格好、髪と瞳の色、その顔立ち。

 適度に筋肉がついた細身、白金髪にエメラルドの瞳、中性的な面立ちなど。

 二つ、ないし三つの条件が揃っていると。

 聞いたそれらの特徴には覚えがありすぎるほどあった。

 

 御主人様だ・・・

 

 俺は必死に動揺を隠しつつ、その男の背中を見送った。

 ゾッとして嫌な汗が掌に滲み出た。

 おそらく犠牲になってる子供は御主人様の代替品。

 俺とケイが感じた嫌な感覚の正体はコレだったのか。

 一年前、つまりベラスミへ運河建設の話が持ち込まれた頃。

 多分その頃侯爵だったアイツはどこかで御主人様の姿を見たのだ。


 そして魅せられ、堕ちたのだ。


 なのに何故ごく普通に対応したのか。

 わからなくもない。

 男は、特に貴族はプライドが高い。

 いい歳をした大人の男が子供に夢中になったなどと言えるわけもない。

 まして貴族から平民に落ちる原因の一端を担う存在。

 悩み、隠し、苦悩した。

 自分はまともなはず、真っ当だったはず、自分のせいじゃない、自分がおかしいのか、妙な魔法でも使われたのか、そんな葛藤もあったかもしれない。

 自分に、他者に、御主人様に理由を探して追い詰められた?

 何かしらのキッカケで狂うヤツもいる。

 

 団員達の熱狂的なアレは集団だからこそのあのノリだ。

 自分だけではないという安心感の上で成り立っていると言ってもいい。

 だからこそ御主人様に騒いでいても街を歩けばイイ女には目がいくし、娼館にも通う。本気でお近付きになりたいと思っているヤツもいるだろうが男だらけの暮らしをしていれば娯楽や潤いってヤツを求めたくもなるわけで、御主人様はある意味大っぴらに騒いで、語って、同意を得られる存在であることが大きい。

 色恋沙汰というよりも憧憬。

 男が惚れる男ってヤツだ。

 団長もそういうタイプではあるがゴツい体格と迫力のある御面相は男っぷりに惚れても恋愛、結婚相手にまでは考えない。

 だが御主人様は伯爵似よりも夫人寄りの中性的な女顔、黙って立っていれば間違いなく花も恥じらう美少年。少々行動に残念なところもあるが将来も充分期待出来る綺麗な顔立ち。出会いの場が少ない騎士団内だからこその、コレならもう少し育てば男でもイケるかも(?)とも思えるほどではあるが故の人気だろう。

 男の貞操観念なんてものはあって無きが如し。

 惚れてしまえばそれが正義だ、関係ない。

 騎士団内にも男同士の夫夫(ふうふ)もいる。

 

 アイツのはおそらく本気(マジ)

 

 絶対コッチにいる時は御主人様を一人で寝かせるべきじゃねえ。

 これがどういう結果と事態を招くかはわからない。

 何事もなければそれでいい。

 寝込みを襲われる可能性もなくはない。

 それは二通りの意味でだ。

 思い余っての夜這いか。

 さもなくば愛しさ余って憎さ百倍の殺意となるのか。

 そういう未来もあり得るのだとこの瞬間、感じたのだ。

 

 とりあえず、だ。

 領主代行の交友関係は徹底的に洗っておく必要がある。

 まずは側近連中だけにでもこの情報は共有すべきだろう。

 それ以外は今のところ広めない方が無難。


 秘密ってヤツは共有するヤツが多くなればそれだけ漏れる確率も上がる。

 顔に出さないでいられるヤツばかりでもねえ。

 いや、側近というよりも御主人様の婚約者連中に絞った方がいい。

 後は伝えておくとすればケイくらいか。

 アイツは気配察知に於いてはイシュカよりも上。

 それにアイツは御主人様の奴隷、秘密は絶対漏らせないし、アイツは御主人様に忠義も厚い。迷惑をかけるくらいなら迷わず自分の首を刎ねるだろう。

 そういう意味では俺らよりもある意味信頼できる。

 御主人様はいろんな意味で印象が強烈だ。

 忘れられないのも無理ないが顔を合わせなければ記憶が薄れて他に目が行く可能性もある。


 御主人様の見つけた鉱石の採掘やら施設建設、運営なんて商会の仕事は俺の関与するところではないし、商売の話をされたところで経営の話なんてものはサッパリわからねえ。というか面倒臭そうなんで関わりたくもねえ。大雑把なだいたいのところを情報として頭の隅にでも入れときゃあ俺とケイの仕事は事足りる。

 屋敷に戻ったところで御主人様が寝入ったタイミングを見計い、ライオネルのヤツに出入り口を見張らせて王族や団長達が滞在している時に使っている空き部屋の一室に御主人様の婚約者達を押し込み、男から仕入れた情報を伝えた。

 仕入れた領主代行の特殊な趣味についての話をすると口には出さなかったが察しは悪くない連中だ。その起因となっている存在にはすぐに気が付いた。


「それはなかなか面倒そうな事態ですね」

 話を聞いて一番最初に口を開いたのはマルビスだ。

「だよな。流石御主人様、貧乏クジ引き率が高えよ」

「そうですね。雰囲気がまるで変わってるんですよね? 

 更に変装して抜け道を使い、行動している辺りが特に厄介です。それでは目撃者も期待できません」

 特に表の顔がそれなりに評判が良いのが面倒だ。

 ロイも眉を顰めて考え込むように言う。

「しかもこちら側から問い詰めるわけにもいかないでしょう。当方に直接的な被害が出ているわけではありませんし。あくまでも推察の域でしかないわけですから直接聞いたわけではない以上、現場を押さえたところで単なる個人の趣味と好みだと言われてはどうしようもありません」

 現状、あくまでも仮説でしかないわけで器用に隠されて終わりだろう。

「子供が犠牲になっているんですよっ」

 声を荒らげたイシュカに静かにと指を唇の前に立てて指示すると慌てて口を押さえて黙り込む。

 ロイもマルビス、テスラも平民出身、貧しい生活状況下での暮らしがどんなものであるか知っているので苦虫を噛み潰したような顔をしているが特に口は挟まなかった。

 最底辺の階級だったとはいえイシュカは貴族。

 決して恵まれた環境とは言い難かったが、それでも食うことすらままならない状況というものは味わったことがない。

 俺は貴族出身でも後継ではなかったし、追い出されるように家を飛び出し、騎士団に入ったものの馴染めず早々に退団。その後はその日暮らしの貧民街にほど近い場所を寝グラにしていたんで知っている。

 まともにメシも食えないということがどういうことなのか。


「イシュカの言い分もわからなくはない。

 最初がどういう状態から始まったかはわからないがベラスミはまだまだ貧しい一日一食食えりゃあマシって暮らしをしている者もまだまだいる。いけないことだからやめろと道徳を説いたところで現状ではどうしようもない。それが通用するくらいなら子供を娼館に売ったり、口減しのために山に置き去りにしたりしないだろうよ。一時的に食い物を配給しても一生彼らの面倒を見るわけにはいかないだろ。

 綺麗事だけじゃ済まないのが現実だ。

 餓死するよりマシ、そう思う他ないだろうな」

 俺がそう言うとイシュカが言葉を失くして黙った。


 一時的な施しで二、三日生き延びたその後は?

 昔、飢饉に見舞われ、見かねてそういう者達に教会で配給を行ったことが地方であった。

 それでどうなったか?

 限界を超えた飢えは人の理性を狂わせる。

 用意した食材は足りなくなり、集まって来た全員分に配ることが出来ずにメシにありつけなかった者達の不満は厚意と善意で食事を振る舞った配給者達に向かい、惨殺されたのだ。くれると言うから遠くからわざわざやって来たのに何故自分達の分はないのかと腹が立ったのだと。

 あんまりな言い草だ。

 だがそれが理性を失くすほどの飢えがもたらす狂気というものだ。

 以降こういった場合には早い者勝ち、定員一杯になったらそこで列は切られて配給されるようになったが、それでも前の奴の方が量が多いだの、こんな量では腹の足しにもならないだのと不平不満が出る。

 善意の結果が悪意を向けられるのでは割に合わない。

 こんな噂と話が出回ると余裕ある者でも二の足を踏む事態になって施しをする者も減ってくる。

 資金も食材も有限だ。

 今日全員の腹を満たせたとしても明日の分が賄える保証はないのだ。

 仮にそれができたとして、今度は別の問題が発生する。

 楽して食えることを覚えると人間ってヤツは働かなくなる輩が一定数出てくる。そして働いているのに食えねえヤツから今度は不満が噴出するのだ。

 御主人様が仕事を紹介しても施しをしないのはコレが理由。

 長く働く気があるのなら勿論当面日払いもするけどね、と。

 実際、御主人様のここの私有地に住んでいるヤツらも最初の頃は着の身着のままでやって来た。だが寝床を用意して、食事を与え、働く意志のある限り雇用した。何故そこまで飢えたことがないはずの御主人様に最底辺のヤツらの暮らしと心情が理解できるのか不思議ではあったけれど。

 テスラも俺の言葉を否定しなかった。

「そうだな、暮らし向きが急激に改善するという事態は本来滅多に起こることじゃない。俺達が恵まれていただけだ」

「団長に報告は・・・」

「とりあえずはしない方がいいでしょうね、おそらく」

「何故ですかっ」

 言いかけたイシュカの声を遮ってロイが言うと納得できないとばかりにイシュカが問いただす。

 団長(アレ)は良くも悪くも太陽の下を歩く男。

 庶民に人気はあっても陛下の縁戚で侯爵家出身だ。

「平民の最下層の暮らしが理解できねえだろうからだよ。

 おそらく御主人様の方がまだ正確にわかっているだろうな。

 第一、被害届も出てねえのに国が動けるわけねえ。

 今のところコロシもやってねえしな。それにロクでもないとはいえ、それで食えている子供もいる。皮肉なことにな。

 イシュカ、お前はその子供にコレはいけないことだから我慢して餓死にしろと説教できるのか?」

「食べるのに困っているのはベラスミに住んでいる者だけじゃない。

 シルベスタにも貧民街はある。そこにいる人間は幼い頃から盗みや体を売って生活している者がいるというのが現実だからな」

 俺に続いたテスラの呟きにも似た言葉にイシュカは拳を握りしめて俯く。

「そう、ですね。そう、でした。

 ここのところそんな光景を目にすることもなかったのですっかり忘れていました」

 王都にもある貧民街、その付近の川には時々子供の死体が浮く。

 その身体には無数の傷やアザが刻まれていることが多い。

 遺体はその日のうちに燃やされ、灰は海に撒かれる。


「ここの屋敷は二階と三階で二重にブロックされているからな。警備の数も多いしそう問題にはならねえだろ。問題はそれ以外の場所に滞在する場合だ。そういうわけで安全が保証されている場所や状況以外では出来るだけ理由を付けてお前らは御主人様のベッドに潜り込め。御主人様は人の気配に鈍感だからな」

 気付いて知らせれば御主人様が結界を張れる。

 時間さえ稼げれば俺達や護衛が駆けつけられる。

 ロイが承知して頷く。

「そうですね。ハルト様にそのような話、聞かせたくもないですし」

「知ったところで心配し過ぎだというだけだろ。

 あの人は自分の魅力に無頓着で自覚がないからな」

「サキアスには何か理由を付けて、そうですね、鉱石の盗難対策とでも言って警備体制を強化するような物を早急に開発させましょう」

 テスラとマルビスもそれに同意した。


「とりあえずアイツを見張らせておきたいんだが使えそうなヤツがいる。資金は出せるか?」

「当然です。すぐに準備します。但し持ち逃げされては困りますから契約金は支払っても構いませんが先払いはやめて下さいよ」

 その辺りは流石マルビス、しっかりしている。

「任せろ。しっかり値切って来てやるよ」

「値切って肝心な仕事に手を抜かれては困ります。こういう場合には正当、妥当な報酬であれば値切る必要はありません」

 要は管理をしっかりしろってことか。


 了解。

 俺としても御主人様に害を及ぼしそうな輩は放っておけねえ。

 キッチリ仕事はさせて頂くぜ。

 自分のやるべきことさえしっかりやれば文句は無い。


 それが我が御主人様の言葉でもあるのだから。



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