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第百話 昨日の敵は今日の友、細かいことは気にしません。


「それで、結局なんでアンディは縛られていたんだ?」


 そういえば、それもありましたね。

 話は後でいうことで、そのあたりの事情はまだ確認していない。

 どう話すべきかとイシュカを見上げる。

 すると失礼ながらと言い置いて、イシュカが続けた。

「彼から妙な殺気を感じまして、念のために縛りました。

 彼もそれを否定しませんでしたので個人的なものなので害するつもりはないということでしたが事情を確認するまでは安心できませんでしたから」

 それを聞いた陛下の目がスッと細められた。

 連隊長がやや動揺して動き出す。

「リディが話を聞き出しているかもしれません。ちょっと見てきます」

 慌てて出て行った連隊長を見送って、重要な話は済んだとばかりに呑気に陛下がロイの差し入れに手を伸ばす。陛下が食べ始めるとフィアや宰相も手に取り始め、ロイがすっかり冷めた紅茶を入れ直すために立ち上がる。 

 ロイお手製のそれは美味しそうではあったけれど王族の前でそれに手を出すのは憚られたのでぐっと我慢していると入れ直した紅茶を一口飲んでから陛下が口を開く。

「それでハルスウェルト。今回の件でまた世話をかけたな。

 何か褒美に欲しいものはあるか?」

 やはりそれはついて回るのか。

 これ以上余計なものをもらうつもりはないですよ。

 一緒に厄介事も列を成して順番待ちしそうじゃないですか。

 余計な仕事は押し付けられたくないんです、やりたいこと、やってみたいことがたくさんあるんですから。

「いりませんよ。それはさっき無しの方向で決まったのではないですか?」

 私だけ褒美があるってことが変でしょう?

「そうもいかん。叛乱勢力鎮圧と魔物化したウォルトバーグ討伐への助力、燃える船舶の停止による運河への被害抑制、その他諸々あっては対外的にも何も取らせんというわけにはいかぬ」

 だからそれ、私だけの功績じゃないですよね?

 仰っていること矛盾してませんか、陛下?

「メンツなんてものは捨てた方がいいと思いますけどね」

「一般の者ならそれもまた真理。だが国王となるとそうもいかぬ。アインツやバリウス達は仕事で片付けられても其方は有名人だ、諸外国への体面もあるのでな」

 ホント、面倒ですよ、それ。

 本人がいらないって言ってるんだから問題ないと思うんですけどね。

 良くやったの一言で終わりで良いんじゃないですか?

 それともケチだとでも思われたくないのかな。

 まあいいや、ならば当初の予定通りで。

「ではまたお酒で。マルビスが楽しみに取っておいた入手困難なお酒が今回の件で参加して下さった方々の胃袋に消えてしまったんで。我が屋敷の酒蔵も景気良く放出しましたので空に近くなってしまいましたから」

 酒は余分にあっても困らない。

 丁度安酒でも空いたスペースに押し込もうとしていたところだし。

 私がそれを強請ると陛下が口を開く。

「それもまたアヤツらの腹へと消えるのであろう?」

 間違いなくそうでしょうね。私はまだ飲める歳ではないですから。

 でも、

「いいんですよ、それで。貰い物なら惜しむことなく出せるでしょう?

 私は自分の本当に欲しいものは自分の力で手に入れる主義なので」

 それでこそ本当に価値があると思うのだ。苦労して手に入れたなら尚更人は大事にするものだ。人からホイッと簡単に与えられてしまったら拍子抜けしてしまうじゃないか。

 それこそ勿体無いというものだ。

「其方に欲しいものなどあったのか?」

 陛下に尋ねられて私は大きく頷く。

「ええ勿論。既に手に入れましたけど」

 思いもかけずに図らずもあっさり手に入れてしまったけど、それは保持し続けるものが難しいもの。

 私は両隣に座っている二人の腕にするりと自分の手を回す。

 欲しいと願ったのは何よりも、誰よりも私を優先してくれる存在。

 私の味方。

 なにものにも代え難いものだ。


「後は頑張って手にしたものを手放さずにいられるよう努力するだけです」

 絡めた腕を引き寄せて見上げると優しい瞳がそこにある。

 私の大事な宝物なのだ。

「ハルトは相変わらず大変そうだけど楽しそうだね」

 黙って話を聞いていたフィアがクスクスと笑って私に言った。

「当然だよ、フィア。大好きな人達が側にいてくれるんだもの、キバらなきゃダメでしょ?

 まあ迷惑ばっかりかけているような気がしないでもないけど、そのあたりは私の駄目なところでもあるよね」

「貴方が駄目であるはずがありませんっ」

 二人同時に返ってきた言葉に私は微笑む。

 私は嬉しいのだ。

 こんな私を一番だって言ってくれる人がいることが。

 ニタニタと締まりのない顔をしているであろう私の耳に扉をノックする音が聞こえた。

 連隊長だ。

 入室許可を出した陛下に複雑そうな顔で連隊長が入ってくる。

「で、どうだったのだ? アインツ」

 実際私達には何事もなかったわけだがどうやらそこそこ面倒そうな案件のようだ。なんで私にこう次々と厄介事ば転がり込んでくるのかは謎だが、また巻き込まれそうな予感がしないでもない。

 連隊長は思案顔で陛下に尋ねる。

「陛下に直接は関係のない話ではあるようなのですがね。どう致しますか?」

「良い。話せ。ハルスウェルトにも迷惑がかかりそうではあったようであるしな。構わん」

 陛下の許可が出たことで連隊長が喋り出す。

 

 正直、私が帰ってからそういう話はしてもらえないだろうかと思ったが、帰ったところでそういった問題は私を追い掛けてくるのが常だ。

 私は諦めて溜め息を吐くとその話に耳を傾けた。



 アンディがついウッカリ、殺気を漏らした理由。

 それは実に物語ではありがちな話だった。

 実家である領地経営不振による財政破綻、要は借金だ。

 どのくらい金額なのかはわからないが、陛下直属の隠密部隊所属の彼ならばそれなりの給料が支払われていたであろうことを考えるならそこそこに大きな金額なのだろう。

 彼の領地は三年前のウチと同じく、いや、借金せねば回らなかったということであれば多分財政的にはウチより厳しかったのだろう。最初はなんとか工面できていた返済金額もここ一、二年の領地経営の落ち込みで首が回らなくなった。そこで返済期限を延ばして欲しいと彼の実家で願い出たらしいのだが叶わなかった。

 資金繰りで困っていたところに降ってわいた話はありがちな女性の身売り話だ。

 持ちかけて来たのは王都在住の同じ伯爵位を持った貴族。

 政略結婚などよくある話。

 彼の妹もそれで家が救われるのならと承諾しようとしたところが、その貴族が要求してきたのはそれだけではなかった。

 彼の妹だけではなく、彼の従姉妹で幼馴染みである婚約者の身柄も差し出せと言ってきたということだ。しかも正妻ではなく側室でもない、自分の玩具として買い取ると言い出した。

 ソイツの言い分としては金を出して買ったものをどう扱おうと自分の自由だ、何故そんな身分を与えてやらねばならんのだと。

 彼の家族は勿論抗議したが、『では金はどう工面するのだ?』と返された。

 そしてそれが嫌ならばと出してきた条件が私への傷害。『あの生意気なグラスフィート伯爵家三男坊の腕の一本でも持ち帰って来たら全て無しにしてやらんこともないぞ』と。

 私は今や国の重要(取扱危険?)人物。

 そんなことをすれば当然タダでは済まない。

 下手をすれば御家取潰し。だがこのままでは家も大事な人達もどちらも失ってしまう、ならばいっそ自分が全ての罪を背負って私の腕を一本持ち帰れば妹と婚約者だけでもソイツの玩具にならずに済むのでは? と、私達の脳天気な会話を聞いていて思わずそんな考えが頭を過ってしまった、と、まあこういうことらしい。

 守備よく私の腕を持ち帰ったとしてもソイツが約束を守ってくれるとは限らないことくらいは承知しているので行動は起こすつもりはなかったのだがイシュカにその感情の動きを悟られてしまったというわけだ。

 その貴族の名はマーベライト伯爵。

 覚えのある名前だった。

 コカトリスの一件では根拠のない言いがかりをつけた一団に、シルヴィスティアではフィガロスティア杯グルメグランプリカップで最下位近くを彷徨き店を撤退、連隊長にウチの支店事務所に連れられて来た中にいたあの体格よろしい脂肪太りしたあの貴族だ。

 自分で直接喧嘩を私に売る度胸がない馬鹿が寝言を言ったと。

 こういうことでいいのかな?

 まあアンディの言うようにああいう輩は到底約束を守るとは思えないけどね。私の腕を持って行ったところで『あれは冗談だ、あんな言葉を本気にするとは思わなかった』とか言って約束は守らないことだろう。

 赦せないと思うのは二人の女性を最初から使い捨て、弄ぶつもりでいることだ。

 借金のカタに娼館で身売りするということ自体珍しくはない。

 金を貸す方も慈善事業でやっているわけではないのだからある程度は仕方がないとも思う。

 需要と供給があってこそ成り立っているわけで。

 でも身売りするのとロクデナシの玩具になるのとはおそらく雲泥の差がある。売り物でないということは商品でないということ、つまりどんな目に合わせられるかわかったものじゃないし、それに文句もつけられない。彼女達が死にたいという目に合わせられたとしても、下手をすればそれすらも許されない可能性がある。

 近衛に勤めているとはいえ保証のない貧乏伯爵家四男のアンディに大金を貸してくれる金貸はなく、給料の前借りにも限界がある。友人知人に頭を下げて借りたとしても返すアテがあるわけでもない、困り果てていたということらしい。

 いったいいくらの借金があるのかと尋ねればおよそ金貨ニ万枚。

 何か大きな功績でも上げれば別だが平和なこの御時世ではそれも厳しいしアンディの給料の実に一生分でも足りないそうだ。困っている貴族の借金をいちいち国で肩代わりしていたらキリがないし、その分の税金が他の民に回らなくなる。借金を背負っても国がいざとなったら助けてくれると安易に思われても困ると考えるなら陛下が用意するわけにもいかないわけで。

 そこにいた者は一様に渋い顔になった。


「デキャルト伯爵領ですか。あそこの領地は確かにかなり経営状態が悪化していますからね」

 宰相が唸るように言った。

 目立ったところや特色のあるところ、隣接しているところならある程度把握しているけれど私は名前しか知らない領地も多い。

「デキャルト領ってどんなところか知ってる?」

 イシュカなら討伐遠征とかで行ったことがあるかもしれないと尋ねると首を横に振った。

「いえ、私は詳しくは・・・」

「前外務大臣を務めた御方の領地ですよ。もっともその御方自身は既に御隠居されていて御長男が後を継がれているはずですが、領民の信頼も厚いなかなかの人格者ですよ。

 内陸部に位置するのですがめぼしい特産物も産業もありません」

 答えてくれたのはロイだ。

 なるほど、それでアンディのあの台詞か。

 他人に言い訳と原因を押し付けない人ならば意見を求めても良いのかと聞きたかったってことなのか。

「どんなところなの?」

「領地の半分は砂地に近い大地です。年々それも広がって人の住める場所も狭まっていると」

 要するに岩や砂漠みたいな荒地が多いということね。

「メインとなっている産業は?」

「放牧による牧畜、畜産業ですね」

 これまた厄介な。

 おそらく借金返済や領地の収益を上げるために過放牧になった結果に違いない。

 家畜に食べられた草地はすぐには元に戻らない。

 食い尽くした草原は荒地に変わり、人の住める場所を狭めた、そんなところだろう。

 私はウッカリ口を滑らせた。

「そりゃあ駄目だよ」

 私の言葉に反応したのは陛下だ。

「何故駄目だと言える?」

 鋭い視線でいるように見られて私はまた自分が墓穴を掘ったらしいことに気付く。

 いや、ね、でもそこまで詳しいわけではないんだよ?

 私の知識は前世の聞き齧り。

 本や新聞、テレビやネット、小説とかで知った雑学程度。

 突っ込んだ話をされても困るわけで。

 しどろもどろになりながら必死に頭の中に浮かんだ情報、知識をかき集めながら話す。

「だって放牧している家畜が土をそこに留めている草を食べちゃって、草が育つスピードを多分上回っているんだよ。おそらく草は放っておいてもある程度生えてくるからあまり気にしてなかったんじゃないかな? 人や家畜が増えれば当然消費される牧草とかも増えるんだから砂漠化は進むばかりで止められるわけないよ。多分売るものがないからって森林も伐採しちゃってるんじゃない?」

 疑問符が多いのはどうか許してほしい。

 あくまでも『多分』と『だろう』でしか語れないんだから。

 考えながら喋っていたせいですっかり敬語は抜け落ちていたが誰一人気にしていないようだ。

 私の推測は大きく違っていなかったのか陛下が驚いたように聞いてくる。

「よくわかるな。ここ最近は木材の出荷も確かに多かった」

「だってその方が収入を得るのも簡単だもの」

 それは難しいことじゃない。少し考えればわかること。

 森林伐採による環境破壊は前世でも大きな問題だったから。


「風が吹けば砂が舞う。砂が舞えば折角芽吹いた緑の芽も砂が積もればその下に埋もれてお日様が当たらないから育たない。悪循環だよ。木々は降った雨を大地に蓄える役割も果たしている。伐採すれば植物の成長に必要な水も行き渡らない。切り倒された森もすぐには戻らない。だから砂漠化は加速する」

「解決方法はあるか?」

 陛下に尋ねられて少し考え、私は唸る。

「ないこともない。けど、かなり厳しいね。

 そのためには住人の協力は絶対不可欠。

 そこに簡単に生活費を手に入れる方法があって、それを我慢して、今困っているのに未来のために我慢しろって言われて出来ると思う?」

「解決しなければならないのだから仕方ないだろう?」

 私の問いかけに団長がそう宣った。

 その言葉に私は眉を吊り上げて言い返す。

「これだから本当に生活に困ったことがない人は駄目なんだよ」

 団長は悪い人ではない。

 それはよくわかっている。

 だけど団長達は生まれた時からあくまでも恵まれた側の人間、説明されたところで経験したことがないことは本当の意味で理解できない。

 それは仕方がないことなのだけれども些かその言葉は無神経だ。

 想像力が足りていない。

「明日が生きられるかどうかもわからないのに一年後に期待しろ?

 それは無茶ってものだよ。

 それは恵まれた立場にいる者の言い分、暴動が起きるよ」

 私がキッと睨み上げると団長は肩を縮こまらせて小さな声で謝った。

「砂漠で一杯の水を出されて、喉が死にそうに乾いてて、でもそれを目の前の草木に与えれば一年後には実がなって、その果実で存分に腹も満たせるし、果汁で喉も潤せるよって聞いて、今自分が死にそうなのにそれを草木に与えられる人がいると思う? 考えてみなよ」

 私がそう例えると誰も言い返してこなかった。

「つまり、そういうことだよ」

 今日を生きられないということは明日(みらい)がないというのと同じこと。その水を草木に与えて実がなったとしてもそれは口にすることができないものだ。

 そこに自分はいないのだから。

 静まり返った空気の中、陛下が再び問うてきた。

「では仮に住民の協力が得られたとして、其方ならどうする?」

 それはすごく難しい質問だ。

 簡単にできることならば苦労はしないし、環境破壊も進まない。

 一度失われた自然を元に戻すのは容易なことではない。

「その地域によっても変わるし、詳しい状況が判らないとハッキリ言えないし責任持てないけど」

「構わん、申してみよ」

 私ならどうするか?

 暫く考え込んで必死に記憶と知識を探し出す。

「まずは植林かな? 砂漠で植林を実施するには何年もかかる。

 その地質に適した樹種、できれば日照りや乾燥に強いものを選んで砂防を作ったり、塀を作って砂の侵食を防いだり、後は砂の移動を抑えて水を管理することも重要かな。例えば吸水力のある素材で網を編んで地面に固定して、枯れ草や麦わら、肥料になりそうな生ゴミや家畜の糞尿などを地面に押し込んで砂の移動を抑えることで地面に水と栄養を蓄えられるように工夫したりとか、とにかく風によって肥沃な土が飛ばされてしまうのを防がないとどんどん砂漠化が進んで植物が育たなくなっちゃうと思うんだよ。

 でも目の前に生活に必要な薪を調達するための木があれば切り倒したくなるでしょう? 草が生えていれば腹を空かせた家畜に栄養をつけさせて家計の足しになるような食材を出荷したり、空いた腹を満たしたいって思うでしょ。

 明日の生活に困っている人に未来のために今を餓えろというのは残酷だよ。仮にそうして民を犠牲にして緑化に成功したとしても、そこに住む人が存在しなくなればその緑を守る人がいなくなって結局元に戻るよ」

 例えば人が住まなくなって何千、何万年と経てば緑が戻る可能性もあるけれど、少なくとも人の一生の内には厳しいだろう。

「もし其方がその領地を与えられたならどうする?」

 くれてもいらないんだけど、苦労しそうだし。

「それは今の資金が潤沢な状態で考えていいってこと?」

「構わん」

 開発にはお金が掛かるものだ。

 資金無しでは何をするにも難しい。だけど、

「成功するかどうか判らないけど、多分ある程度の土地を確保した上で高い塀でそこを囲んで今言った方法を試してみるかな? そこが他人の土地であることを認識すれば無断で木を切り倒そうとしたり、草を家畜に食べさせたりしないでしょう?

 その上で領民の暮らしが安定する方法を並行して考える。

 手を出しやすいのは農業かな。

 砂地でも育てられる農作物を探して試す。

 放牧はやめて柵の中で牧畜して、でもそれじゃあ餌が足りなくなると思うから柵を三つに分けて、一つの囲いで牧畜して残り二つで牧草を育てながら経営する。でもそうなるとある程度の敷地面積が必要だからそれを確保する方法も考えないといけないかなあ。牧草を育てながらっていうと仕事も増えるから家族経営だと難しいだろうから組織化して。

 人々の暮らしが安定して収入も食料も得られるようになっていたら木々を切り倒す必要もなくなるだろうから、土地に緑を生やすことに成功したらそれを浸透させていく。成功するかどうかもわからないことをやれって言われても協力はなかなか得られないと思うし、成功した事例を実際に見せる必要はあるかなって」

 失敗すると思うところに労力を割けと言ったところで実行しようとする人は少ない。でもそれが自分の生活を豊かに変えてくれると知ったならやってみようとする人も出てくるはず。

「でも実際には口で言うほど簡単なことじゃないと思うよ。

 それには下手をすれば何年どころか何十年もかかる。

 そうなると尚更領民の協力と理解が必要不可欠だと思うよ」

 そこまで一気に捲し立てるように喋ったところでハッと我に返る。

 珍妙に静まり返った空気が異様に重く感じて私はごくりと唾を飲み込んだ。


 ・・・・・。

 しまったあっ!

 またやってしまった、ついウッカリと余計なことを。


「宰相、今の意見、理解出来たか?」

「なんとなく、ですが」

 ボソリと呟いた陛下に宰相が応える。

 夢中になると私は早口に、しかも余計な情報までペラペラと喋っているらしく、記憶力と理解力が相当試されるということらしい。しかも声も大きくなったり聞き取れないほど小さくなったりもするようで、多分それは曖昧な記憶や情報を整理している所以ではないかとは思うのだけれど集中力その他も必要なようだ。

 私も無意識に考えながら喋っていることもあるので言ったこと全てを記憶しているわけではない。

 苦笑いしていると団長の視線がロイに向いた。

「ロイ、ハルトのこういう言動に慣れてるお前なら理解出来たんじゃないのか?」

「おおよそでしたら」

 団長の問いにしっかり頷くロイに陛下が声をかける。

「わかりやすく資料にまとめられるか?」

「時間を頂けるのであれば。マルビスやテスラ達であればそういった地方で生産されてる農産物にも詳しいかもしれません」

 そう答えたロイにまた大事になりそうな予感がした。

「よかろう。では一ヶ月後、其方達のところに遣いをやる」

 陛下の言葉に私は余計な仕事を増やしてしまった実感にひきつった。

 まあ環境破壊対策は早いに越したことはない。

 何事も手遅れになってからでは遅いのだと自分に言い訳しつつ、さりげに視線を逸らそうとすると、それを止めるが如く陛下の声が大きくなった。

「それから肝心のアンディの処罰についてだが」

 いや処罰って、たいしたことどころか何もしていないでしょう?

「別に私は気にしていませんよ? 

 事情が事情ですし、気の迷いというものは誰にでもあることです」

 ウチに出入りしているのはリディが主だし。

 思うだけなら私も心の中でしょっちゅう思っていますって。

 上級国民気取りの自分の都合ばかり宣うロクでもない貴族相手にサッサと退散してくれ、地獄に落ちろと祈ってますよ。口には出せやしないけど陛下相手にだって勘弁してくれ、もうたくさんだって思っていますって。

「其方ならそう言うだろうなとは思ったが、そういうわけにもいかないのだよ。ただの近衛や団員の騎士であればそれでも構わん。私のすぐ側に仕えるということは国家の重大案件にも関わる可能性が大きいということだ。揺らぐ者、弱みのある者を国家機密に関わるような場所に置くわけにはいかぬ」

 陛下の言葉に何も言い返せなかった。

 それはそうかもしれない。

 以前騎士団内の別邸に来た時、陛下が伴っていたのはリディとアンディだけだった。いくら二人が強くても、片方に裏切られれば即座に命が危険に晒されることになる。

 信頼というものは一度落ちればもとに戻るのには時間がかかる。

 何かあればどうしたって疑わずにはいられない。

 全て元通りなどという物語のようにはいかないのだろう。

 国王という名の玉座に座る者の責任と重圧。

 それが国王が孤独と言われる所以なのだろう。

 陛下も大変なんだよなあと思いかけたところで目の前の顔がニタリと笑った。

 しんみりとした感情は一気に霧散して一瞬ゾッとした悪寒が走る。


「そこで、だ。其方にくれてやろう」


 だからなんでそうなるっ!

 さっきまでの王たる威厳はどこへ行った?

 だいたい本人抜きで何を勝手に決めてんのっ!

 思わず目を剥いたのは私だけでじゃない。

 そこにいた全員の目が陛下に集中した。

 だが少しも動じた様子を見せることなくさも名案だとばかりに宣った。

「本人の意志は確認するが優秀な人材なら押し込んでも良いのだろう?」

「ハルト様を害そうとした者ですよっ」

 即座に拒絶したのはイシュカ。

 いや、それも確かに問題なのかもしれませんけどね、物事には経緯と順序ってものがあるでしょうよっ、展開がおかしい、早すぎるでしょうがっ!

 してやったりと言わんばかりの陛下は長椅子の肘掛けに腕を付きニヤニヤと笑う。

「勿論、断っても良いぞ? どうする? ハルスウェルト」

 問われて迷ったのは一瞬。

 私は迷わず前を向いて答えた。

「頂きましょう」

「ハルト様っ」

 止めるロイとイシュカの声が聞こえたが目の前の陛下は私の答えがわかっていたのか驚くでもなく、小さく眉を上げただけ。

 この際、お望みなら踊ってあげましょう、その掌の上で。 

「今更でしょ、ロイ、イシュカ。

 ウチには訳アリ、傷アリ、規格外な人達が多いんだから。

 陛下に取り立ててもらっていたくらい優秀なんだから、くれるって言うならもらっとこうよ」

「ハルト様っ、大雑把、おおらかにも程がありますっ」

 まあそれは否定出来ません。

 でもイシュカは心配性だなあって思う。

 ありがたいことだけど。

 だけど今回の件は取り立てて騒ぐほどのことでもない。


「そういうわけですので本人が了承するというのであれば問題ありません。おそらく金銭を稼ぐということに関してなら宮仕よりウチの方が向いてるでしょうし、彼の抱えている問題さえ解決すれば私に手を掛ける理由も無くなるわけですから。

 ウチで働いてくれるなら給料天引きで必要な金額も用立てましょう。領地経営が軌道に乗ればそこからも回収させて頂けば良いことですし、針仕事がお願いできるのであれば女性の方々にも仕事は回せます。他にも何か得意なものがあるようでしたら教えて頂ければそれに見合った仕事もお願いできます。その方がロクデナシの玩具になるよりは幾分かマシかと思われますよ。

 彼にはそうお伝えください」


 私がにっこりと笑ってそういうと陛下は楽しそうに問う。

「自分に危害を加えようとした男だぞ?」

 まあそうなんですけれどもね。

 細かいことは気にしても仕方のないことですし。

「実際に加えられたわけではありませんし、止めたということは理性があるということですよ。流されているような方では流石に御遠慮致しますけどね。

 『昨日の敵は今日の友』、ですよ。

 有能であるなら尚更拒む理由はありません」


 実際私も陛下を後ろからドツキ倒したいと思ったこともありますし、実行しようと思ったことはありませんけどね。

 そう考えればアンディの行動など可愛いものだ。

 見破られた時点で即座に自ら手を差し出した。

 私よりマシなくらいじゃない?

 そう言った私の言葉を聞いて陛下は笑いを爆発させ、腹を抱えて面白そうに言った。


「其方は相変わらずそういうところは剛気よな」


 剛気ね、剛気。

 要は図太いって言いたいんでしょうけどね。

 これまでに起きた事件、問題、騒動を考えれば、私の神経細かったなら、とっくに発狂寸前だと思うのですよ。

 ならば太い神経もありがたいと思うべきかと思う今日この頃。

 ただそれも磨かれ、叩かれ、鍛えられ、益々逞しくなっているように思うのは、


 私の気のせいでしょうかね?



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