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第九十八話 なんだか妙な雰囲気です。


 色々と考えるところはある。

 だけど陛下に呼ばれて参上しないわけにもいかないのが現実。

 私達は準備を整えるとアンディの用意した馬車に乗り込んだ。

 

 結局のところ、ガイがあのようなことを言い出したのには多分、それなりのワケがあるのだろう。

 ここは王都だし、平民主体で考える私を面白くないと思っている(きぞく)も多いのも知っている。冷遇しているわけではないのだが、特別扱いが当然としている側からみれば私のやり方はさぞかし面白くはないだろうなとは思う。

 同列に扱われること自体が気に食わないというわけだ。

 私からすれば平民の納めた税金で暮らしておいて何をふざけたことを言っていると思うのだが、それを言ったところで自分は選ばれた存在だと思っている頭のおかしな貴族からすれば私の考え方の方が変なのだろう。しかしながら私は貴族の身ではあっても現在領地を持たない、謂わば身分のみが与えられている状態なので、商売して稼がせてもらっている私は父様の管理しているグラスフィートに納税している側であって、立場的には平民の方が近いのだ。

 現在のグラスフィート領の平民の納税負担率は三割五分。

 平均が四割四分の王国内でもトップクラスの税率の低さだ。

 ウチの業績が好調で売り上げが上がっているのもその要因の一つで、ここ数年、苦労をかけていた領民に利益を還元しようというのが父様の狙いだ。経済的状況が落ち着き、所得が上がってきたら段階を踏んで四割にまで戻すつもりのようだ。

 景気も良い、税率も低いとなればウチの商会就職希望者以外にも他領から移り住んで来る者が増えるのは必然。となれば当然領地の民が減っているところもあるわけで、グラスフィート周辺の領地は人口減少を食い止めるために税率を下げたり、逆に減った人口分の税金補填のために税率を上げ、自領の民が検問所を通る料金を大幅に引き上げているところもあるようだ。だが、当然、税率を上げれば人々は暮らしは貧しくなり、より良い生活を求めて余計に人口流出に歯止めが掛からなくなる。傲慢な貴族は民が自分のために働くのが当然と思っているが故に、その間違いに気付けない。

 ウチの商会は現在臨時アルバイト人員と縫製作業等の内職は例外として専門職以外雇用を停止してるが、それは国内の商業ギルドにも通達されている。新しい事業でも起こせばまた新たに人員募集を掛けねばならないだろうが、グラスフィート領自体の職業、つまり本来の国の穀倉地帯としての仕事、農林畜産要員、父様の方では募集にも空きがある。人口増加すれば当然その分の食料が必要になるわけで、開墾開拓作業も随時募集中になっている。

 グラスフィート領の人口は現在、三年前と比べると既にニ倍近い。

 このおよそ三分の一がウチの従業員及びその関係者である。

 堕ちた者で他人の成功を称えることができる者が少ないことを思えば、この躍進ぶりは相変わらず私が貴族達の暗殺対象であることに間違い無いだろう。

 特にここ王都では私は敵も多い。

 だからこそ護衛を限られた数しか連れて行けないこの状況をガイは危惧したのだと思う。

 耳栓をしていれば大きな物音はかろうじて聞こえてくるが雑踏までは聞き取れない。となれば周囲への警戒もいつものようにはいかないわけで、陛下にとって私は利用価値が高くても、その周辺の者達まで全員私に好意的とは限らない。陛下に害が及ぶと考えれば私を排除しにくる可能性も考えた、そんなところか。

 実際、私を挟んで両側にいるイシュカとロイは不安があるのか私の手をぎゅっと握って離さない。

 しかしながら私は多分、今はまだ大丈夫だろうとは踏んでいる。

 学院での講師業は既に一年以上先まで席が埋まっていると聞いた。

 私を始末すれば国側が負うデメリットの方が大きいことを考えれば、余程先走った行動をするような馬鹿でない限りはありえないと思うのだ。その危険があるとすれば、少なくともその講義に空きが多くなってくるか、私の代わりが育ってきたあたりだろう。

 耳栓のせいで会話もままならず前に座るリディと睨めっこ状態なのだが、正直かなり居心地が悪い。

 ずっと無言のまま暗幕をひかれ、ランプで室内を照らされた馬車をを走らせていると暫くして馬車の揺れが止まった。

 着いたのか?

 前に座るリディの様子からどうやら到着したらしいのがわかる。

 扉が開けられ、馬車から降りるとそこはどこかの納屋や小屋のようにも見えた。成程、馬車ごと直接建物の中に入ることでここがどこであるかを悟られ難くしてるってことか。余計な詮索、興味は持たない方が賢明だろう。案内されるがままに地下へと続く階段を降りて行く。幾重にも枝分かれした道を迷いなく進むアンディの後ろをイシュカが、続いてロイと手を繋いだ私、リディの順で付いて行く。

 下手に道を逸れると危険だと忠告されたことを思えば万が一のことも考えて様々な罠やカラクリみたいなものも仕掛けられているに違いない。まさしく一般人には縁遠いものだなあと考えつつ、そういえば私もベラスミの別荘にビスク達が用意してくれた抜け道があったんだっけと思い出す。それを考えると私も随分と面倒な立場になってきたんだなあと感じた。

  

「随分と落ち着いておられますね、ハルト様」

 アンディに尋ねられ、私は小さく笑う。

「まあね。ガイの心配もわからなくはないんだけど」

 私はトラブルメーカーで、行く先々で問題が勃発する。

 望んで首を突っ込んだ覚えは多分(?)ないはずだが、売られた喧嘩は買うタチなので自信はない。でも、

「多分国にとって私はまだ利用価値が高いし、国側から排除される可能性は低そうだからそんなに心配はしてないよ。どちらかといえば狙われるならそれ以外の勢力でしょ? 余程なことをしない限りは陛下もそう簡単に私を切り捨てないと思うから。

 民衆側はマルビス達商業班が商会運営で掌握に努めてくれてるし、となると、残る心配は貴族側の勢力なんだよね。地方貴族は水道工事事業のお陰でウケもいいけど、その恩恵の薄い王都や有力貴族を敵に回してるのは承知してる。

 『出る杭は打たれる』だよ。連隊長や団長、閣下と辺境伯が睨みを利かせてくれてるから助かっているけど、もう一人か二人くらい出来れば味方をつけたいところだよね。

 私の味方は武力的な立場の強い人が多いし、できれば他方面で」

 経済的的にとか、政治的な方面とか。

 兄様姉様達の婚約者達が国の姫君、重鎮の御子息御令嬢とはいえ結婚はまだまだ先だし、私の立場はあくまでも義兄弟。あんまり頼り過ぎるのは如何なものか?

 でも貴族の世情とかの方面は私は明るくないし、マルビスも貴族のツテは少ない。二年前まで貧乏貴族だった父様達にも上位貴族に知り合いは少ないので付き合いがあるのは隣接している閣下と辺境伯くらいのもので、まあこの二人が隣領だったことは幸運としか言いようがないけれど。

「何か手を考えているのですか?」

 前を行くイシュカの後ろを歩きながらアンディに聞かれて少し考える。

 そういえば前に陛下や父様にも言われたっけ。

 他領の観光地化開発みたいなことについて。

 あの時は手一杯で絶対無理だって思ってたけどベラスミのルストウェルがオープンして少しだけ落ち着いた。人手も増えたし、混雑時期のアルバイト人員の確保も学院と提携することで可能になった。

 行き当たりばったりの行動が上手い具合に転がってくれている。

 すぐに手をつけるつもりはないけれど、観光業というものはそのままで良いと成功に胡座をかいていてはすぐに廃れる。大衆を飽きさせてしまったら終わりなのだ。

 遊べるところが複数あれば選択肢も増える。選択肢が増えれば今日はこっち、今度はあっち、その次はそっち、でもってじゃあ今度はあそこが面白かったからもう一度と客は戻ってくる。そういう意味では同じものを作っても面白味に欠けてしまうし、その地域の特色を出さないとそこに作る意味がない。意味がないならグラスフィート周辺にそれを作って一日二日では遊びきれない場所にして長期滞在客を狙い、イベントを打っていく方が賢いのではないかと思うのだ。私はあくまでもグラスフィート家の人間であって他領の繁栄にまで手を貸す理由はない。

 それにその事業が成功すれば良いが商売は水物、成否はやってみなければわからないし、開園時は客入りが良くてもそこからの経営が悪ければポシャるのも早いのが観光娯楽産業というものだ。

 だからこそ実質的に他領への干渉はかなり厳しい。

 ベラスミはウチの領地と隣接していたからこそいざとなったら領地併合できるという利点があったので着手しやすかったし、シルヴィスティアは低価格の開発費用、跡地の海産物加工工房としての利用価値や港を建設することでの海産物入手経路の確保と国の後押しもあったからというのが大きいわけで。

「向こうから申し出てくれれば動けるけど、口出しし過ぎると内政干渉になっちゃう。自領でなければ責任も負いきれないから口だけ出して放ったらかしはマズイでしょう? 

 だから無理。そう簡単にはいかないよ」

「つまり望まれれば口だけなら出しても構わないと?」

 まあそれくらいなら。

 何事も競争力というのは必要だ。

 競合(ライバル)あってこその互いの発展なのだから。

 しかしながら後で責任を取れないなら手を出さない方が良いのではとも思うわけで、私は顔を顰めて口を開く。

「そんな都合良くはいかないでしょう。失敗すれば人は大抵他所に理由を求めたくなるものだよ。成功は自分の手柄、失敗は他人の所為。貴族は特にその傾向が強いでしょう?」

 それで散々な目に遭ったこともある。

「貴族に限ったことではありませんが、確かにその傾向は強いですね」

 それにリディが苦笑して同意した。

「ではもし、そういう者でないなら、貴方に好意的な、貴方の味方になり得る人格者であればどうです?」

 そんな人いるのかな?

 アンディに聞かれて迷いつつも答える。

「そんな人なら是非味方につけたいところではあるかな?」

 私はあまり貴族と関わりを持とうとしていない。

 それを思えば伯爵位でありながら民のためにと心を砕いていた父様がいるわけだから、そういう領主が他にもいる可能性は勿論あるが、人を見る目に自信のない私は素直に頷けない。

 経済を動かそうとするならばそれなりにお金はかかる。

 失敗しました、すみませんで済むとは思えない。

「商業経済的観点からすればマルビス達の協力も不可欠だから貴族と平民の差別意識の強い人も厳しいことを考えるとねえ。最後まで責任を取れないなら口出しすべきではない思うんだよ。

 私は万能でもないし、相談されても力になれるとは限らない」

 相談されたからといって良い案が必ずしも浮かぶとは限らない。

 そもそも私の提案は前世の知識を利用したものであって、私の考えたものではない。天才じゃない以上限界もある。私の手伝えること、アンテナに引っ掛かるものがあるか興味をひくようなものがなければ提案すら出来ずに期待だけさせて、『やっぱり無理です、ごめんなさい』は果たして許されるのか?

 頭を捻っていると後ろからリディのクスクスという笑い声聞こえてきた。

「私、何かおかしなこと言った?」

 ロイと手を繋いだまま振り返ると楽しそうなリディの顔がそこにある。

「いえ、本当に貴方は謙虚だなあと思いまして」

 謙虚?

 私のどこにそんな言葉が当て嵌まるというのだろう。

 やりたい放題、言いたい放題やっているような気がしないでもないのだが。まあ少しくらいはマルビス達にも責任がないとは言わないけど、こんなに手広く大規模展開するつもりなど私は微塵もなかったし、とはいえお前がウッカリ願望、妄想を漏らしたせいだろうとツッコミを入れられたら返す言葉もありませんけどね。

 わけがわからなくて首を傾げるとリディは言う。

「大人にも出来ない数々の偉業を成し遂げておいて万能ではないという」

「事実でしょう?」

 私がここ数年で関わった案件は私一人が突っ走ったところでどうにもならないような案件ばかり。これを私の偉業と胸を張るのはおこがましいにも程がある。

「いえ、まあ、そうかもしれませんね。貴方からすれば」

 リディの言い方には引っ掛からないでもない。

 私からすれば何故私の功績になっているかの方が謎なのだ。

 それを聞いていたロイまでもクスクスと笑い出す。

「ハルト様は私達の評価を気になされても御自分の評価に興味は持たれませんから」

「私は他の誰かよりイシュカやロイ達に褒められた方が嬉しいもの」

 ロイの言葉にそれは違うと私は言い返す。

 ロクに知らない他人より、私は私の側にいるみんなに褒められたい。

「でも私達が褒めると貴方はいつも私達の欲目だとか、自分の手柄じゃないって言いますよね?」

 じっとロイに見つめられ、私は口籠る。

「・・・だって恥ずかしいんだもの」

 間をおいてボソリと漏らした私の言葉にロイ達は目を丸くする。

 そりゃあ素直じゃないところがあるのは認めるけど、欲目贔屓目マックスで曇りまくったその評価は大袈裟で。

 私は真っ赤になって俯き、ヤケクソ気味に声を張り上げる。

「でもいつも嬉しいと思ってるよっ! ・・・素直に言えないけど」

 正直にゲロったものの恥ずかしくて顔が上げられない。

 私は繋いでいた手をギュウウッと握る。

「本当に貴方は私達をこれ以上夢中にさせてどう責任を取るおつもりで?」

 そんなロイの言葉が聞こえてきて私はか細い声で答える。

「・・・望むところだもの」

 どうやら小さすぎて私の声が届かなかったらしいロイが屈んでもう一度言ってくれと言わんばかりに耳を傾けてくる。

 ロイは私に恥ずか死ねとでも言いたいのだろうか。

 私はギュッと目を瞑ってヤケクソ気味に怒鳴る。

「喜んでって言ったのっ、お爺ちゃんになっても側にいてくれるって、ロイもイシュカも言ってくれたもんっ」

 責任なんて、取るに決まってる。

 むしろ取らせて下さい、お願いしますと言いたい。

 やっと手に入れた私の居場。

 絶対何が何でも離さないって決めている。

 困ったヤツに取り憑かれたと後悔してももう遅いんだからっ!

 我ながら恥ずかしい主張をしてしまったと顔を見せられなくてロイの腕にしがみつくようにしてみんなの視線から隠れるとリディに覗き込まれた。

「・・・これはまたなんともお可愛らしいですね。意外です」

 可愛いは男でも褒め言葉だと思うけど、この場面で言われるその言葉に対してなら些か微妙なところだ。多分それは私の目指す『カッコイイ男』像から外れていると思うのだ。でも耳まで真っ赤になったこの状態をマジマジ見られるのは正直、居心地がかなり悪い。

 そんな私の心情を知っているのかいないのか、ロイが自慢げに宣う。

「でしょう? なのにこのハルト様のお可愛らしさを理解しない方が多いんですよ。私達はこれ以上余計なライバルを増やしたくないので助かってますけど」

 こんな私を可愛いという物好きはロイとイシュカとマルビスだけ。

 そう思っていたのにリディまでそんなことを言うなんて。

 いや、ライオネルにも似たようなことを言われた覚えが・・・

 二人のは小動物に対するものと似たようなものだと思うけど。まあみんなに比べたら身長も身体の大きさ、年齢的にも小動物に間違いないのだろうけども。

 私は複雑な気分で顔を顰めたのだが、ふと気付く。

 こんな時、ロイと一緒に話に乗ってきそうなイシュカがこの抜け道に入ってから一言も喋っていないことに。

 前を歩くイシュカを見れば左の腰に下げた剣に手が掛かり、アンディを睨みつけるようにまっすぐ視線が前に向けられたままだ。

 真剣な表情。

 それに気付いたのは私だけではなくリディとロイもだ。

 ロイがさりげなく私を後ろに庇い、リディがロイの前に出てショートソードを抜き、構える。

 状況が掴めないが何か非常事態であるらしい。

 私がいつも首に掛けている魔石のネックレスを握り締めるとイシュカが静かに尋ねた。


「それでアンディ、貴方は先程から妙な気配を放っていますが何か事情がありますか?」

 

 へっ⁉︎

 思いもかけなかったイシュカの言葉に私は目を丸くした。

 てっきり私は後をつけられたとか、待ち伏せされたとか、その類だと。

 イシュカが静かに剣を抜く。

「隠すならもっと巧妙にお願いします。

 空気が揺らいで漏れ出ていますよ、隠しきれない殺気が」

 イシュカの言葉にアンディが自嘲気味に笑う。

「気づかれるとは思いませんでしたよ。上手く隠したつもりだったのですがね」

「昔の私なら気づかなかったでしょうね。確かに」

 私はまるで気付かなかったけど。

 イシュカが油断なく前を見据える。

「・・・ガイ、ですか」

「認めるのは癪ですがアレの危機察知能力は桁外れ、野生動物並みですから。ガイらしくない、妙な言い回しをしていたので警戒はしていたのですよ」

 ポツリと漏らしたアンディの声にイシュカが頷いて答える。

 アレって、そういう意味もあったの?

 全然気付かなかった。

 ならどうして私がロイを連れて行くって言った時点でライオネルを勧めてこなかったのか。そこまで考えたところでその理由に思い当たる。

 ひょっとして、それは多分、ここに呼ばれた事情を考えたから?

 ガイはそういう先のことを見越して考えて動くところがある。

 それは情報屋として身についた癖みたいなものだと言っていた。

 勿論先が見えているわけではないのでその予測が外れることもあるわけだが、状況と情報の分析で独自の考え方と判断をする。だけどそれは確定した未来ではないからとガイは殆どそれを直接口にすることはない。謎かけのように酷く遠回しに言う。別に間違っていても推測なんだから構わないと言ったことがあるけど性格みたいなものだと。

 情報屋の仕事は用心深い、臆病者でないと生き残れないのだと。

 人の負の感情を常に考えがちで疑り深いと。

 偽情報を掴んで流しても客は減る。不確定要素は口にしない。

 伝えるならばそれを許容できる者、それすらも状況判断で利用して動くことができる者、限られてくる。そんなことを前に言っていたことがある。

 つまり予想、予測を伝えるなら人と状況を選ぶべきなのだと。

 思っていること、考えていることを全て口に出せば良いというものではないというのは私にも理解できる。

 人の思考、解釈、考え方は人それぞれ。

 どんなに正確に伝えようとしたところで齟齬は出る。

 ロイは私の秘書、私はまだまだ領地間の問題や人間関係、貴族関係のしきたりみたいなものには詳しくない。でも父様の秘書をしていたロイならば私の側近の中で一番詳しいわけで、だから私の人選に何も言わなかった代わりにリディに脅しを掛けた?

 あくまでも推測でしかないけどそれが正解のような気がした。

 

 アンディは苦笑して口を開いた。

「安心して下さい。危害を加えるつもりはありませんから」

 いやいやいや、殺気放っていた相手に安心しろって言われても。

 はい、そうですかとすぐに警戒解けるわけないでしょうが。

 それはイシュカもロイも、そしてリディも同じ。

「何がどう安心しろと? どういう意味ですか?」

 イシュカが眉を顰めて問い掛ける。

 アンディはすみませんと、一言謝罪してから続けた。

「私の至らぬ、不徳の致すところ、というべきでしょうね。

 未熟故に揺らいだ感情が表に出てしまった。

 貴方がたに非も害意もありません。イシュガルドが一緒で、しかもリディもいる。リディは陛下と貴方達側ですから私が下手に動いたところでそこにハルト様が加わればどう考えても私に勝機はありません。それはよくわかっていますから」

 言葉からすると悪意はなかったってことなのか?

 それとも勝てないとわかって挑む馬鹿ではないと言いたいのか?

 わからない。

 どう対応するべきか迷っているとリディが眼光鋭くアンディを睨んで確認するように尋ねた。

「陛下に仇成すつもりではないでしょうね?」

 そうか、私達に害意がないということはその可能性もあるのか。

 張り詰めた空気の中、アンディはそれを否定した。

「違いますよ。流石にそれはあり得ません。

 ちょっとした個人的事情がありまして、未熟で申し訳ありません」

 要するに陛下にも私達にも敵意はないが、何か事情があると?

 ペコリと頭を下げてアンディは微笑う。

「その辺りの事情はお望みでしたら後でお話し致します。

 勿論責任を負えということでしたらそちらも承りますが、今は先を急ぎましょう。陛下達がお待ちですから。

 御心配でしたら縛って頂いても構いませんよ」

 そう言ってアンディは縛ってくれと言わんばかりに手首を揃えて差し出した。

 戸惑う私達を他所にリディがすぐに前に出る。

「悪いがそうさせてもらう。私は陛下とガイに約束した。

 必ずハルト様を無事にお連れし、お戻り頂くと」

 そしてすぐに手首を縛り上げる。


 なんか陛下の御前に出る前からこんな事態になるなんて、やはり私のトラブルメーカー体質は変わらないなあとこっそり溜め息を吐いた。



 細い通路を通って長い縦穴に掛けられた縄梯子を登っていくとそこには団長が待っていた。

 どうやら既に城の中らしい。

 そこには扉はなく、横に飾り棚があった。

 豪華な造りの棚自体が扉になっているらしく、私達がそこから這い出ると団長がそれで出入口を塞いだ。

 アンディはどうやって登ったかといえば縄梯子横に垂らされたロープをその手で器用に昇った。縄梯子があるのに何故わざわざロープまでと思わないでもなかったが、考えてみると降りるなら梯子よりロープの方が早いかも?

 一段一段下がるより、一気に降りることも可能だろう。

 服の生地が擦れて傷みはするだろうが緊急時ならそんなこと構っている場合ではないだろし、金はあるのだから洋服の一着や二着惜しむほどでもない。しかしながら女性にはこの通路を使うのは厳しそうだ。

 手首を縛られたまま現れたアンディの姿を見て団長が顔を顰める。

「何か、あったようだな。

 まあいい、それは後回しだ。陛下がお待ちになっている」

 普通に目立たない格好で出てきたのでかなりラフなのは間違いない。

 城内を歩くことも想定しての格好だったのだが、ここが何階なのかはわからないが階上に繋がっているとは思わなかった。穴の形からすると多分本来の利用目的を隠すために暖炉の煙を排出する程で作られたのを利用しているのではないかと思うのだけれど。

 長い縄梯子を登ることを考えればこの格好は正解だったわけなのだが。

「あの、一応着替えも持ってきたんですけど」

「別にそのままでかまわん。正式な謁見でもないからな。陛下をお待たせしてまで着替えるほどではない」

 いや、こんな格好でのこのこ御前に出ていくのも如何なものか?

 仮にもこの国の最高権力者の前でしょう?

 私の問い掛けに構うことなく団長はリディにアンディを見張るように指示してからスタスタと歩き始める。

 問答無用ってことね。

 まあそういうことでしたらそれも仕方なし。

「例の契約の件とベラスミの今後についての相談だ。付いて来い」


 やはりそれでしたか。

 そりゃあそうですよね。

 だって領主代行があの世に逝かれたわけですし。

 現在ベラスミ領は管理者不在のままだ。

 既に納税の時期は過ぎているので急ぎの仕事はないだろうが放ったらかしというわけにもいかないだろうし、なんでこういう時、こういう面倒で重要な場面に私は呼ばれるのだろう?

 私程度の猿知恵などたかがしれている。

 実際独立自治区として併合、やがては統一予定の段階で計画は破綻したのだ。やはりそんなに国の自治というものは簡単なものではないわけで。


 まさか責任取れ、なんて言われないでしょうね?


 私は戦々恐々としながら団長の後を付いて行った。



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