第九十五話 事後処理は面倒なものと決まっています。
ルストウェルオープン初日。
問題を起こしそうなサキアス叔父さんとヘンリーはキールとフリード様に朝一番の定期便に乗せて頂き、グラスフィートと屋敷までお帰り頂いた。
予定通り開演挨拶は父様に、王族の案内係はアル兄様にも手伝って頂き、私はテスラと今後控えているルストウェルの娯楽施設及び客寄せ企画について検討していた。
焦る必要はないが何事も計画は余裕をもっておかないと、兎角私の予定は狂いがちなのだ。年末年始はいつものようにみんなでゆっくり休養したいし、働き詰めは身体にも心にも良くないと思うのだ。勿論私の御守りからたまには解放されたいというのなら無理して予定を合わせてもらう必要はないけれど。
当然従業員達にも年末年始には交代にはなってしまうがしっかり休暇、取ってもらうつもりでいますとも。里帰りしたい人だって、家族でのんびり過ごしたい人だっているだろう。ウェルトランドも一斉点検の名の下に年末年始年始は臨時休業して従業員はルストウェルに応援要員として出張予定だし。
ウェルトランドは春から秋の気候が稼ぎどき。
ルストウェルは秋から春の寒い期間が稼ぎどき。
微妙にズレているので空き人員を回しやすい。働いてくれている従業員のみんなには苦労をかけるけど人手をしっかり確保して、従業員教育が行き渡るまでの辛抱だ。勿論労いの言葉だけでなく、出張手当はつけますとも。
今度の私の誕生日には隔離病棟にいるみんなの家族も希望があれば招待状を贈るつもりでいる。
今や我が商会の重要戦力となってくれている彼等を見下していた家族達を見返すチャンス。マルビスや女性陣と協力して開発していた化粧品達の宣伝も兼ねてとびきりお洒落に着飾ってもらうつもりなのだ。準備にはマルビスやロイ達にも手伝ってもらって、男も女も外見だけなら服選びのセンスとヘアメイクの腕でいくらでもカバー出来ると証明してみせる。その程度で変えられる外見よりも中身の方が余程重要であると。
その一年後にはミゲルとその友人もグラスフィートにやってくる。
ミゲルの成績もそれなりに上がってきているが勉強よりもやりたいことがあるからと上の高等部には進級するつもりはないようだ。仮にも王族がそれでいいのかとも思ったが継承権を既に放棄しているので問題はないそうだ。
それに卒業証明書はある程度通わなければ取れないが卒業資格は相当以上の学力があれば取れるのは既に私で実証済み。優秀であれば国からの資金援助付きで研究室ももらえるのでのらりくらりと在学期間を伸ばし、それが許される期限いっぱいまで居座る学生もいるという話はサキアス叔父さんから聞いていた。要するに叔父さんもその居座る学生の一人だったということだ。
ミゲルにはまずは現場を知ってもらうために下積みを一通り経験してもらってから秋には本格的に企画営業部を立ち上げ土台を作り、冬辺りにそこへ配属するつもりでいる。マルビスにはその人材をピックアップしてもらっているし、益々楽しみが増えてきそうだ。こうなってくると今度はどんな興行を起こそうかと迷うところではあるけれど、暫くは講師業もある。とりあえずは四季折々のイベント計画を手掛けてもらっておいて大人しくしているのが賢明だ。
となれば、サキアス叔父さんとヘンリーがいることだし、魔法、魔術を使った花火や見世物などの娯楽方面を充実させるのもいいかもしれない。グラスフィートの素晴らしい景色を上空から眺められるような魔法や技術も考えていきたいところでもある。花の盛りの春、新緑の美しい夏、色付く木々の美しい秋、大地が雪で覆われる純白に染まる冬、季節ごとのそんな景色はきっと溜め息が出るほど綺麗だろう。
やりたいこと、やってみたいことがたくさんある。
「なんか、楽しそうだな」
テスラが応援に呼ばれて出て行くと、近くで眠っていたと思っていたガイが薄めを開けてこちらを見ていた。
まあガイは気配に敏感だし、テスラが出て行った時点で気が付いていたのだろう。
怠惰に寝そべったまま肘を付き、こちらを見ているガイに問い返す。
「そう見える?」
「ああ、何を考えているのかわからんが顔が緩んでた」
その言葉に慌てて私が頬を押さえるとガイが小さく笑った。
「大丈夫だ。今、ここには俺しかいねえしな。
ニヤけて崩れた顔も俺が見てるだけなら問題ないだろ」
そんなことはないですよ。
だらしなく緩んだ顔は誰に見られても恥ずかしいものは恥ずかしい。
とはいえガイにカッコつけても仕方がないのも本当だ。
「まあ今更だしね。ガイには結構いろんな顔を知られてるし。
ガイは今日は出かけないの?」
イシュカ達が警備に駆り出されているっていうのもあるだろうけど、今日ガイは一歩もこの別荘から出ていない。
「ああ。こっちの調査はだいたい終わったからな。使えるヤツも何人かピックアップして気になる情報は経由してノーマン宛に届くようにしてある。後は別口で調べてるリディの報告と近衛が取り調べてる調査報告書の出来上がりと陛下の沙汰を待つだけだ」
そんなにあの人数の調書が取れるわけもないか。
関係者や監禁されていた人達含めれば実に四百人以上にのぼる数だ。
聞いたところで同じものでも人によって感じ方も違えば捉え方も違う。記憶も人の頭の中に完全な形で残っているわけでもないだろう。齟齬や記憶違い、うろ覚えの事実などの擦り合わせと再確認も必要になってくる。
一朝一夕で終わるものではない。
それが終わったとしても情状酌量の余地無しと裁判に掛けられずに罪が確定する者もいれば、弁明が赦されることもある。それについて私に口出しできる権限もない。
「もう危険はないの?」
「いや。ないこともない。御主人様は味方も多いが敵も作りやすいからな。ウォルトバーグ達反乱軍の残党も僅かばかりまだ残っている。それが脅威となるかどうかは別の話になるが一応身辺警護は当分の間必要だろうな」
やっぱりか。
こういうゴタゴタは後を引くものだ。
怨恨の根というものは想像以上に根深いことが殆どだ。
私が溜め息を吐いて俯くとガイが口を開く。
「安心しろ。今回ほど物騒なことには早々ならねえよ」
それは安心していい言葉なのか?
今回ほどってことは、それ以下なら有り得るってことなのか?
ほんの少し目を離した隙にマルビス達に降りかかった災いには肝が冷えた。
押し黙った私にガイが語りかける。
「不安か?」
不安がないとは言えなかった。
「大丈夫だ。当分遠出の予定はないし、暫くは俺も側にいてやるよ」
「本当?」
最近出掛けていることが多くて姿を見てもほんの少し、ガイとはすれ違いも多かった。ガイは人一倍危険に対する嗅覚が強い。ガイがいてくれるなら油断はできないだろうけど少しは安心できる。
「ああ。最近働き過ぎたしな。少しはのんびりさせてくれ。
マルビスに頼まれてることもあるからな」
「何を?」
「教えてもいいが、まずは駒を集めてからの話だ。まだ待て」
気になって尋ねるとガイのそんな言葉が返ってくる。
駒?
その言葉には心当たりがあった。
「ひょっとして隠密部隊とか諜報部隊を作るって話?」
数日前の記憶が蘇る。
「なんだ、知ってたのか」
「知っていたってほどじゃないけどね。小耳に挟んだくらいだよ」
あの時は私はどこぞの深層の姫君かとでも思ってた。
「御主人様は反対するかとも思っていたんだが」
「そうだね。そう思ってた。
だけど多少の危険でやり過ごせる大きな危機もあるならそれも必要かなって今回の件で思い直した。情報は早く知れば知るほど手を打ちやすいし対処しやすいもの」
情報は何ものにも勝る力だ。
どうせ資金は腐る程ある。
その力を手にしておくことは手段としても悪くはない。
「でも、無理は絶対しないでね、ガイ」
心配なのは非戦闘員のマルビス達だけじゃない。
ガイの仕事はいつだって危険と隣合わせだ。
「どんな姿でもいいから必ず私のところまで帰ってきて。
そしたら私が魔法で全力で、それで駄目ならそれ以外の方法を一生かかってでも探すから」
私がそうお願いするとガイは目を丸くした。
魔術で全部治療できるかどうかわからない。
でも帰ってきてさえくれたなら後はどうとでもなる。
いや、どうとでもしてみせる。
そりゃあすぐには無理かもしれないけど、現在の技術で無理なら優秀な医者に技術者、研究者、金と権力にものを言わせてかき集めて、資金が足りなくなったならS級冒険者の特権使って魔物魔獣一掃してでも用立る。
無駄に増えた魔力量はこの間の一件以来また増えた。
その総量実に七千三百だ。
やはり私は最早バケモノでしょうか?
イヤイヤ、こんなマヌケが脅威であるわけがない。
バケモノさんに失礼だ。
増加に限界ってないのかな?
それでも身体という器がある以上あるとは思うのだけれど、魔力量による相乗効果があるとするなら治癒系の魔法でも効果を発揮するとしたら他の人には治せない傷も私なら治せるかもしれない。
私がいつものようにブツブツと独り言を垂れ流しているとガイが楽しそうに笑った。
「そいつはスゲエな」
「聖魔法は少し苦手だけど、今はフリード様が近くにいるし、教えてもらおうと思って。備えあれば憂いなし、いざという時に自分の力が足りないのだけは嫌だもの」
折角だもの、身につけておける術は身につけておいて損はない。
するとガイは珍しく口篭ってボソリと言った。
「・・・そういう意味じゃなくってな」
「? 違うの?」
じゃあどういう意味だろう?
時々ガイは妙なところで言葉を濁すところがある。
こういう時はガイは何を聞いても応えることはない。
私も無理に聞き出すつもりはないので流すことにしているけど。
「まあいい。俺も上手く説明できる自信ねえし。
そのうちハッキリしたら教えてやるよ」
ふううん、そう言うってことはこの件についてはガイはいつか話してくれるつもりがあるってことなのか。
ガイは話す気がないことは『さあな』とか、『なんでもねえ』って誤魔化すし、それをしないってことはそういうことなのだろう。
ならば私は、
「じゃあ待ってる」
ガイが話してくれるまで。
「ああ、そうしてくれ」
私の答えが気に入ったのかガイはニヤリと笑うと再び床に寝転がった。
外からは人々の喧騒が風に乗って微かに運ばれてくるけれど、忙しく働いているみんなには申し訳ないが、こんな穏やかな日がたまにはあってもいいよねと、私はぼんやりと外を眺めて考えていた。
残念ながら私がそんなのんびりとした時間が丸一日続くわけもなく。
その日の夕方、貴族向けの宿屋の最上階を貸し切った王族の方々に呼び出しを受けた。
まあね。
王家の方々がお見えになっていて、このまま全スルーできるとは流石に私も考えていませんでしたよ?
王族相手ではガイが護衛に付くのを嫌がったので迎えに来た近衛と共に今回はイシュカとライオネルに同行をお願いし、私は参上仕った。
そこにいたのは王妃マリアンヌ様とフィアと財務大臣。
近衛も連隊長他数名のみ、内密にというほどではないがミゲルとミーシャ様の姿がないということはあまり聞かせたくないってことだろう。
「お久しぶりね、ハルト」
相変わらず凛とした気品ある美しさを持った人だと思う。
私はその前に跪き、頭を下げる。
「マリアンヌ様も益々お美しく、夜空に浮かぶ月やその星々も翳り、恥じらって雲も影に隠れることで御座いましょう」
「口がよく回るのも相変わらずのようね」
それは褒められているのだろうか?
疑問は残るが御世辞を言ったつもりはないのだけれど。
しかしながらここで余計な口を開くのも失礼だろうと声を掛けて頂くのを待つ。
「まずは今回の件について協力、尽力頂いたこと、御礼を言わせて頂戴」
「勿体なき御言葉、ありがとう御座います」
半分はウチの上に降りかかった火の粉でもありますしね。
みんなに被害が出るのは御免被るし、私も面倒事とは早く手を切りたかった。来るとわかっている敵を呑気に待っていられるほど気の長い方ではない。
「貴方とならくだらない世間話も楽しそうではあるのだけれど、折角ここに来たのだもの。美肌に良いという温泉をゆっくり堪能したいの。なので早速で悪いのだけれども話に移らせてもらってもいいかしら?」
「勿論で御座います」
私も出来ればそうして頂きたい。
畏まったこういうところは苦手だ。
礼儀作法もまだ発展途上、完璧ではない。
もとが粗雑な私が頑張ったところでたかがしれているというものだろうけどいつまでそれが許されるかはわからない。そろそろマズイ頃合いだろう。最低限の出来で勘弁してもらえるのも時間の問題、落ち着いたら礼儀作法も学ばなければいけないとは思っている。
思ってはいるのだけれど・・・
ダメだ、私のこういうところがいけない。
つい先日、もっと頑張ると決めたではないか。
主人が無作法なままではロイ達だって恥をかく。
私はキュッと唇を噛み締めて前を向く。
「それでお話とはどのような御要件かお伺いしてもよろしいのでしょうか?」
別に問いただされるような案件も、バレて困るような話もなかったはずだ、多分。
私が自覚無しに何かやらかしている可能性も無きにしもあらずだが王族の方々に隠し立てするほどのものではない。陛下をはじめとする彼の方々はちゃんと約束も守って下さるし道理は通してくれる。無茶な要求はあっても無理なお願いはされたこともない。
私の問いかけにマリアンヌ様が頷いて切り出す。
「勿論よ。まずは今回の賠償と騎士達の遠征費用についてなのだけれど、掛かった経費については算出出来ていて?」
まず、ということは他の話もあるということか。
「それでしたらマルビス達が既に計算は終えていたはずですが」
「ではそれをこちらに回して頂けるかしら。
今回は当方の不手際で掛けた迷惑ですもの。しっかり補償はさせて頂くわ」
任せてもらったのに手を煩わせることになった云々という話か。
それはまあなんとでもなるのでたいした問題でもないのだが、出してくれるというのなら特に断る理由もない。
それより気になるのは、
「それはありがたいのですが被害者達への慰謝料はどうなりましたか?」
私としてはこちらの方が気になるのだ。
お姉様方を助け出した時に私は約束したのだ。
しっかり不届者からは慰謝料を搾り取ると。
「誰のことを言っているのかしら?」
「家族を人質に取られ、奴隷契約を結ばされ、反乱軍に加担させられていた人達のことです」
問い返された言葉に、まずは大きな括りで尋ねてみる。
彼等は加害者であると同時に被害者。
被害者であるから他者に酷いことをしても許されるということでは決してないけれど。それは新たな被害者を作る行為であり、自分もまた加害者になるということだ。
マリアンヌ様は小さく溜め息を吐いて教えてくれる。
「残念だけど理由はどうであれそれに手を貸していたのは事実。
情状酌量の余地はあるけど自分の迂闊さが招いた事態ですもの。ある程の罪は課せられることになるでしょう」
まあこれは予想通り。
クルトが赦されなくて集団で襲いかかってきた彼等が赦されるわけもない。
「その家族達は?」
問題はこちらだ。
犯罪者の家族の扱い。これはどこの世界でも変わらない。
石や言葉の刃を投げつけられ、傷つけられる。
家族の中から犯罪者を出してしまったという事実の下に、場合によっては罪を犯し、投獄され、その場からいなくなった当人よりも辛く酷い、晒し者になるという現実が待っている。
裁かれるべきは罪を犯した当人であって家族ではない。
殆どの人間は自分とその周囲の人間には寛容でもそれ以外の者には攻撃的になることも多い。自分が苦しんでいることの理由を他に探したがるのだ。
罪人の家族というのは恰好の餌になる。
人の不幸は蜜の味。
自分より恵まれていない者を見て、自分は底辺ではないと安心する。
別にそれが悪いことだとは言うほど私はイイ子ではない。
それが生きる理由、そこから這いあがろうとする力になることもあるからだ。
だが、他者の足を引っ張り、より弱い者に攻撃的になるのはいただけない。
それは単なるイジメだ。
私の質問にマリアンヌ様が眉を寄せる。
「微妙なところね。状況次第ってとこかしら。とりあえず財産の没収は免れないわ」
やっぱりか。
そうなってくると反乱に関わっていた者が稼ぎ柱だった場合には日々の暮らしにも差し障りが出てくる可能性もある。住む場所を追われ、仕事も失う可能性もある。
そうなればそれは刑無き殺人にも等しい。
「ウォルトバーグに酷い扱いを受けていた方もみえるんですよ?」
「人質に取られていたという方達のことね。聞いているわ。
そちらは被害者になるから家の財産自体は没収になるでしょうけどある程度の補償は受けられるはずよ」
その言葉に少しだけホッとする。
少なくとも嘘つきにならなさそうだ。
だが彼女達が保障されて、それ以外の家族が補償されない理由は?
「その差はどういうものによるのですか?」
疑問に思って尋ねると、これには連隊長が答えてくれた。
「反乱に加担していると知って、それを止められる状況にあったか否かですよ。
女性や老人、子供に止める力がないというのなら憲兵や衛兵に連絡してコトが起こる前に助けを求めれば問題なかったのですが、知っていて黙っていたとなれば隠蔽、幇助の罪が課されます」
なるほど。
聞けばわからないでもない。
「なかなか、厳しいのですね」
裁く立場にない私には法律で決まっていることをとやかく口出しすることはできない。彼等が起こしたことで大勢の人間が動き、その手を煩わせてしまったことには間違いがないのだ。
「後は陛下の采配次第よ。私に権限はないの。
お願いしたいことがあるなら直接陛下にお願いね。近いうちに呼び出しがあると思うわ。連絡はこちらでいいのかしら?」
そう言われてしまってはこれ以上ここで話をするわけにもいかない。
「一ヶ月ほどはこちらに滞在予定ですが、ある程度の猶予が頂けるのであればグラスフィートの方でも構いません。父宛に送って下されば定期便が毎日運行しておりますので連絡がこちらに届きます」
「わかったわ」
往復で二日、支度に一日か二日、王都に行くまで一日、キッチリとはいかないだろうから一週間あれば大丈夫だろう。
「ではもう一つの用件を」
そう言ってマリアンヌ様が隣に視線を流すと一礼して財務大臣が歩み出る。
「実はマリンジェイド連隊長とこちらにいる近衛からここの防犯設備についてお聞きしまして。是非、そちらの話を伺いたいのですが」
ああ、それね。
図らずも御披露する結果となったわけだけど、閣下達があれだけ食いついて、即座に注文を頂いたのだ。それも予想範囲内ではある。
だがこれを私に振られても困るのだけれど。
とりあえず問題となりそうなことといえば・・・
「話というとどのような御用件で?
私ではわかりかねることも多いので価格についてでしたらマルビスに、簡単な説明でよろしければテスラに、詳しく聞きたいと仰るのであればグラスフィートにいるサキアスにお願いしたいのですけど」
サキアス叔父さんの名前が出たところで、そこにいた近衛が顔を引き攣らせて一歩後ろに引いた。
叔父さんが恐れ慄かれているのも相変わらずか。
「簡単で構いません。詳しいことは私もわかりかねますので。
その二人はこちらに滞在なされているのですか?」
「来てますよ。そろそろ別荘の方に帰っていると思いますけど。呼んできますか?」
それならばライオネルにチョット一走りしてもらって、と思ったのだが彼は首を横に振った。
「いえ、では私がそちらに伺います。その方が早そうですから。御案内頂けますか?」
「ならばミゲルを一緒に連れてってもらえる? あの子、 オープン記念祭と冬休みの間はこちらにいたいと言っているのだけれど構わないかしら?」
ミゲルならば全然問題ない。
まだミゲルはルストウェルの施設内を詳しく見たことがないはずだ。今後のことを考えれば見てもらっておくのは悪くない。
「私は構いませんが?」
私がそう答えるとマリアンヌ様の隣にいたフィアが彼女に耳打ちする。
すると小さくクスリと笑ってマリアンヌ様が付け加える。
「フィアも貴方とゆっくりお話がしたいのですって。滞在中、そちらに置いて頂けるかしら?」
それも別に構わないことは構わないのだけれど。
「よろしいのですか?」
仮にも次期国王陛下、以前ウチに滞在していた頃と立場も違う。
「ええ。たまにはこの子にものんびりとさせてあげないと。
大丈夫よ、護衛としてアインツとここにいる三人をつけるわ」
「承知致しました」
連隊長がいてくれるなら然程問題も起きまい。
「ただこの三人にはマルビス達との話し合いが済んだ後、大臣をここまで送り届けてもらいたいの。その間だけアインツと一緒にフィアの護衛をお願いできるかしら?」
確かに大臣も国の要人。マリアンヌ様の言うことももっともだ。
だがお願いするなら私ではなくイシュカとライオネルでは?
警護で私が役に立つとは思わないけれど。
二人は私の護衛だから私に頼んだってことなのか?
まあその辺の細かいところはどうでもいいか。
とにかく三人が戻ってくるまでの間はお願いねってことだろう。
「私程度でお役に立てるかはわかりかねますが、勿論で御座います。
友人を守るのは当然のことですから」
頼まれるまでもない。
安請け合いはどうかとは思うけれど、友達は守って当たり前、否はない。
「ありがとう、嬉しいわ。では頼んだわね」
喜ぶフィアの横で本日一番の極上の笑みを浮かべてマリアンヌ様はそう言った。
『ありがとう』はわかるけど、『嬉しい』とはどういう意味だろう?
私は首を傾げつつ、イシュカ達とフィア、ミゲルと大臣達を連れてマルビス達の待つ別荘へと戻った。




