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第九十四話 臆病者の心理というものは?


 打ち上げから一夜明けて。


 それぞれがそれぞれの仕事をするために動き出す。

 ウォルトバーグ邸の監視でフリード様と団員の三分の一が近衛の調査隊が戻ってくるまで残り、私達は朝港に着いた定期便で屋敷に戻って来た。

 捕らえた全ての罪人の護送も既に終わっているが、すぐに陛下に呼び出されるかと思っていた登城も、人数が多いため報告書をまとめるのにも時間がかかるらしく暫く後になるらしい。それを王都から再び戻って来た連隊長から聞くと私達はそれでは先にベラスミ開園準備をと取り掛かった。

 ロイは仕上がった客船に臨時応援の従業員達が寝泊まり出来るように準備を。

 マルビスはまずは被害を受けた港の修繕工事の手配を。

 テスラはサキアス叔父さんと一緒に施設設備の最終チェックを。

 キールはハイドと一緒に売り出し予定の商品デザインと店舗のレイアウト確認を。

 ガイはケイとリディと一緒に残党が残っていないか調査を。

 イシュカと私は彼等の人手が足りないところのお手伝いだ。

 プレオープンとして大々的に今回予定していないが招待客にはチケットは送付済み。残り枠半分のオープン初日のチケットはプレミア付きで既にソールドアウト。二日目、三日目まで一般売りはされていないので最初の三日間はほぼ王侯貴族と諸外国のビップ、金持ちのみ、陛下のところには来場予定の人数確認の手紙の返事をもらい、特別招待チケットは送ってある。今回はマリアンヌ様とフィアとミゲル、ミーシャ様と財務大臣、連隊長他近衛の警護の方々が総勢三十人ほど来場予定。そういうわけでミーシャ様の婚約者であるアル兄様も父様と一緒に来る予定だ。

 施設は三段階に分けられて階が上がるごとに入場料が発生し、価格も跳ね上がり、内装、外装共に豪華になるという仕様。基本はゆっくり温泉に浸かってのんびりしてもらうのが目的なため来場するのは宿泊客が多いということもあってプレオープンはやめたのだ。

 予定していた洞窟探検ツアーは流石に間に合わなかったので、これも順次整備が整い次第新エリアオープンとなる。

 

 施設の名は『ルストウェル』。


 私は特に希望もセンスもないので任せていたのだが、命名したのはマルビス達商業班。

 またもや私の名前の一部から取っている。

 こだわる必要もないこだわりで付けられたその名前に私は引き攣ったものの、好きにすれば良いと仰ったでしょうと言われれば反論もできず、私の名前を使うなと念押ししておかなかった私の落ち度でもあるので溜息一つで諦めてそれを受け入れた。

 何故そんな名前を付けたのか問えば、『貴方が関わっていると言われるまでもなくわかりやすいでしょう』と。

 宣伝効果も狙ったらしい。

 いったい私のどこにそんな効果があるのかと首を捻ったが、考えてみれば私は噂だけなら御利益ありきの『後光が差した有り難くも立派な御仁』である。実物像と伴っていないところが問題ではあるもののネームバリューだけは抜群だ。商魂逞しいマルビス達がそれを利用しようと思わないはずもなく、私は諦める。

 まあ響き自体は悪くはない。

 有名税も今更だ。

 そのうち様々な事件や事柄で埋もれていけば私の名も忘れ去られて、なんでこんな名前にしたのだろうで終わる話、大騒ぎするほどでもない。

 私は歴史に名を残せるような偉人ではないのだから。


 そういうわけで計画していた打ち上げお疲れ様パーティはお流れにはなってしまったが、既に打ち上げの宴会は済んでいる。通達していたわけでもないので問題ない。参加していなかった近衛の方々にはお酒の差し入れをマルビスに頼んでおいた。

 閣下もレインを連れて『ルストウェル』オープン時にまた来るとお帰りになり、のんびりしていた辺境伯もミレーヌ様の『いつまで遊んでいるおつもりですか』という熱烈な(?)ラブレターを頂き慌てて帰って行った。

 やはり辺境伯はミレーヌ様の尻の下に敷かれているらしい。

 お二人にも勿論招待券は渡しておいた。

 まあ女性優位の方が家庭というものは上手く回るものだし、ミレーヌ様の尻の下になら私も是非とも敷かれてみたい。あの方なら多少私がヤンチャでワンパクなことをしでかしたとしても動じず私の手綱を握り、乗りこなしてくれそうだ。

 そういうわけで暇とは言い難いがいつもの忙しい日常が戻って来て、無事に日程通り、ルストウェルのオープンを二日後に迎えることが出来た。

 

 前日入りは気忙しないとその日の昼には父様と兄様達がやってきた。

 いつもの如く開園の挨拶は保護者という名目の下に父様に押し付・・・違う、違う、お任せして、私はガイとライオネル、ケイを護衛に一緒に別荘に二週間、閉じ籠ることにする。

 勿論、問題、応援要請がかかれば出動しますよ?

 フィア達の案内はアル兄様がいるし、未来の義兄弟ですからね?

 だけど私がのこのこ出て行っては余計な騒ぎになりかねないので困るからと、ありがたくも別荘にてお留守番を申しつかったわけでして。

 ロイとゲイルは母様達と私達の留守のウェルトランドの管理を引き受けてくれているので今回一緒に来ているのはエルドとカラルだ。オープン一週間が過ぎた時点で父様とエルドとカラルが入れ替わりでロイと一緒にやって来る母様達が滞在することになっている。温泉が美肌にいいとの話を聞いてゴネたのだ。

 マルビスは父様達に施設内を案内しつつ開園準備を、イシュカは明後日からの警備体制の割り振り、ガイは情報収集に、ケイはこの辺では面が割れているのでライオネルと一緒に別荘周辺の警戒、エルドとカラルは明日の来客お迎えの準備に忙しく動き回っている。

 そういうわけで私は今は別荘で明後日に備えて私はテスラと溜まっていた登録書類関係を少しでも片付けようと睨めっこである。

 

 今回はサキアス叔父さんとヘンリーはどうなったかって?

 ウチの御飯に慣れ親しんだヘンリーが今回はゴネることはなかったと言いたいところですが、当然ゴネましたとも。

 仕方がないのでオープン前日にフリード様に御守りをお願いし、二人はルストウェルを満喫している。その間はフリード様の奥様とお母様も一緒に温泉宿に御招待、存分に楽しんでもらうことにした。サキアス叔父さんの御守りはいつものようにキールが付いていてくれたのだけれど、私は別荘を出て行く四人を見送って、目撃した光景に目を剥いた。


 っんんんんんっ⁉︎

 なんだっ、アレ(・・)はっ!

 なんでキールと叔父さん、さりげなく手を繋いでんのっ⁉︎

 しかも叔父さんからっ!

 以前は仕方がないなあって感じでキールが嫌そうに引っ張っていた覚えがあるのだけれど、なんで積極的に叔父さんから繋ぎに行ってんのっ!

 それにあの繋ぎ方、所謂『恋人繋ぎ』というヤツではっ⁉︎

 目を白黒させている私にテスラが後ろから声を掛ける。


「だから言ったじゃないですか。寝た子は起こさない方がいいって」

 そういえば以前キールだっていつか結婚して面倒見てもらえなくなるんだよと、サキアス叔父さんに言った時、テスラにそう言われたっけ。

 アレってこういう意味だったってこと?

「貴方が学院にいる間、サキアスが何度もキールを口説いていましたよ? 

 おそらく婚約するのも間近だと思いますが」

 私がいない間になんてことしてくれちゃってんのっ、叔父さん!

「ひょっとして、私、取り返しのつかないことをやってしまったとか?」

 注意を促したつもりがこういうまさかこういう事態になろうとは。

 これはキールに深くお詫びせなばなるまい。

 慌てた私にクスクスとテスラが笑う。


「サキアスが自覚したのはあの時でしょうね。

 まあキールもまんざらではなかったようですし、俺は時間の問題だったとは思いますけど」


 えええええ〜っ!

 そうなのっ?

 嘘でしょうっ⁉︎

「ショックですか?」

「叔父さんにキールは勿体無いよっ」

 テスラに問われて私は反射的にそう答えた。

 何も叔父さんみたいな面倒臭いの相手にしなくても。

 更に面倒なお前が何を言っているのだと言われそうではあるけれど。

「そっちですか。普通逆だと思いますけど。

 貴族の男に平民の男の子が婿入りですよ?」

「あの叔父さんだよ? 普通の感覚が著しく欠けた叔父さんだよ?

 キールが苦労するのわかりきっているじゃないっ」

 叔父さんの世話してくれるのはすっごく助かっていたけど、そんな気もなかったしそこまで押し付けるつもりもなかった。

 私が力説するとテスラは笑う。

「まあそうなんですけどね。キールも来年十五で結婚できる歳ですし、サキアスも慌てたんだと思いますよ。貴方が仰っていたようにキールはその気になれば可愛い女の子もよりどりみどりでしたから」

「そうだよっ」

 何もあんな難アリ物件選ばなくても。

「ですがキールは早くに父親を亡くしているせいか歳上の男に結構憧れがありましたし、こうなるんじゃないかなあとは俺は思ってましたけどね。

 本当に嫌ならあんなに手が掛かる男を甲斐甲斐しく面倒は見れないと思いますよ?」


 テスラの言葉にああそうかと、思い当たった。

 叔父さんは平気なのに似たタイプのジェットをキールが苦手な理由。

 崩落事故で亡くなっているというキールの御父上。

 とても優しく子煩悩な良い父親だったらしくキールはたまにその思い出を語ってくれていた。大好きだった父親を突然亡くして途方に暮れてはいたものの、そんな優かった父親を嫌いになれるはずもない。

 母親を支えるために早く大人になる必要に迫られていたキール。

 更にはウチに来て大人と対等に話し、仕事をするようになったことも手伝って、実際の年よりかなり大人びて見える。

 同年代の子供では物足りなく見えることもあるだろう。

 そういう点からいけばサキアス叔父さんは絶妙にハマる可能性もある。

 サキアス叔父さんは子供と大人が同居しているような人だ。

 寝食忘れて夢中になる子供のような面と、頼りになる大人の顔を併せ持つ。

 普段は世話も面倒もかかるケド。 

「それにキールの御母上も再婚を考えていらっしゃるようですから」

 その話も初めて聞いた。

 今日はテスラの爆弾発言オンパレードだ。

「誰っ」

「ウェルムですよ」

 意外といえば意外だが、それはありえなくもない組み合わせ。

 むしろキールと叔父さんよりもしっくりくる。

 二人とも年頃も近いし、初期からのメンバーだ。

「流石キールのお母さん、男を見る目があるね」

 ウェルムは不器用なところもあるけれど働き者だし、今やウチの領地を代表する鍛冶職人。たくさんの御弟子さんも抱えているし、注目度も高い。同じバツイチで話もあったのかもしれない。

 そうか、キールのお母様、結構ウチの男共の中でも人気が高かったからなあ。何人の男が泣くことになるのやら。

 しかしながらそれも仕方なし、恋の敗者に情けは無用だ。

 人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られるものと昔から相場が決まっている。

 だがそうなってくるとウェルムはキールと叔父さんの父親にもなるわけか。

 う〜ん、自分の歳に近い息子かあ。

 確かウェルムは今年三十で、キールの母親と同じ歳、叔父さんは二十七くらいだったはず。キールのお母様はこのこと知っているのかな? 

 もし知らないというのなら謝罪すべきか私が頭を抱えて苦悩しているとテスラは笑った。

「俺はキールの見る目も悪くないと思いますよ?

 バツイチですけど仕事もできますし、性格も素直でお人好し、悪くありません。サキアスはただ扱いが難しいだけで、キールはそれをクリアしてるわけですから。それを考えるなら地位、名声、財産、才能、甲斐性が揃っているサキアスもかなりの優良物件です。

 ただ一つの難アリの欠点が殆どの者を尻込みさせていたわけですが、それが障害とならないなら全然問題ないと思うんですがね」

 言われてみれば。

 あの扱いにくささえなんとかできれば私も叔父さんは結構なオススメ物件であると思っていた。

 でも、

「結構な年の差だよね?」

「貴方がそれを言いますか?」

 まあ確かに。

 年の差でいえばロイと私の方が大きい。

「それに俺達は貴方とこのまま結婚することになれば一応名目上貴族の仲間入りになるわけですが、そうなると側近の中で貴族でも、もと貴族でもないのはキールだけになります。貴方はそんなこと全く気にしないでしょうが、周囲の目と対応を考えれば対外的にも悪くないと思いますよ。

 貴方の縁戚ともなれば尚更手出しし難くなるでしょうし」

「・・・あっ、そっか。そうなるとキール、私と親戚関係になるんだ」

 叔父さんは母様の弟だし、その伴侶ってことだもんね。

「御母上とウェルムもですね。あのお二人は扱いは平民のままですけど」

 そう考えると悪くないかもと思い始めたのは単純な私故だろう。

 キールが嫌がっているというなら叔父さんを蹴り倒してでもやめさせるけど、キールがサキアス叔父さんでいいというなら特に問題はない。

 面倒な輩というものはこちらの弱いところを突いてくるのが常。

 正直身分などどうでもいいがいざという時には役立つこともある。 

「そうなると住まいは分けた方が良いよね?」

 ちょっと寂しくなる気もするけれど。

「どうでしょう? 分けるとしても屋敷の敷地内で良いのでは? サキアスの家事能力は皆無ですし、キールも料理は得意じゃありませんから。メイドを雇うという手も使えなくはありませんがその辺りは微妙ですね。そもそもメイドを入れられるくらいならサキアスの面倒をキールが見ることもなかったでしょうから。御母上と同居する可能性もなくはないですが、互いに新婚家庭に割り込むというのも考えものですからね。

 キールは経済的にも既に独り立ちしてますし」

 それは言えてる。

 ウェルムとキールのお母様が結婚するにしても新婚家庭に独立した息子はまだしも更にそれより大きな大人、しかも貴族の息子はどう考えても邪魔だろう。暮らし難いことこの上ない。

「そうだね。じゃあ婚約が決まったら結婚するまでに二人の希望を聞いて、新居を用意して、それを結婚祝いにしよう。研究室の上を改装しても、屋敷の隣に家を建てて渡り廊下で繋いでもいいし」

 勿論無断で新婚家庭に踏み入ったりはしませんよ?

 それは野暮というものですから。

「それでウェルム達はいつ結婚するつもりか知ってる?」

「来年の春先には籍を入れようと考えているみたいですよ。近いうちに彼等から挨拶と報告が来るでしょう。一応正式に決まったわけではないようですのでまだ内密にお願いします」

「わかった。じゃあその時に二人には結婚祝いは何が良いか聞くとしよう」

 身近にめでたいことが続くのは悪いことではない。

 ついつい私は常日頃、自分の今の年齢を忘れそうになるけれど、考えてみればロイ達と婚約して既に二年が過ぎている。あの時はまだまだ先と思っていたけど次の春がくれば私も九歳、あっという間だ。

 テスラ達と出会ってからもうすぐ三年になるのだ。

 光陰矢の如しとはよく言ったものだ。

 もう三年というべきか、まだ三年というべきか、一緒にいる時間が長くてみんなとはもっと前から一緒にいるような気もする。


 あの頃はこんな未来が待っているなんて想像してもみなかった。

 いつも一人で父様の書斎で本を広げ、魔法の実験を繰り返しては魔力切れでぶっ倒れ、ベッドで一人、寂しく時間を過ごしてた。一人なんて慣れてるって自分に言い聞かせながらベッドの中で丸くなっていた。

 なのに今の私の周りにはたくさんの人がいてくれる。

 寂しさを感じる暇がないくらい激しいスキンシップにも随分と慣れてきたが耳元で囁かれる口説き文句のような甘い言葉にはまだ慣れない。

 特にマルビスは確信犯、私が真っ赤になって反応するのが楽しくてやっているフシがある。

 自分はテスラやロイに比べると見劣りするからとって言うけれど、そんなことはない。マルビスだって充分ハンサムだし、醸し出す如何にも仕事の出来る男的雰囲気はカッコイイ。イシュカやガイのように私を護れないとも言うけれど別の意味でマルビスは守ってくれている。

 マルビスの自信の無さの原因は劣等感。

 私もそれはよくわかる。

 頑張っても頑張っても欲しい一番がもらえなくて、『どうでもいいよ』とか、『◯◯さえもう少しマシならね』と言われ続けると記憶に、心にそれが染み付いて簡単に落ちてはくれないのだ。

 だからこそまだ足りない、もっともっとって貪欲になる。

 私も人の事を言えた義理ではないがマルビスはどうしたらもっと自信を持ってくれるのかなって思う。自分に置き換えてみてもわからない。

 私もどちらかといいえば自分に自信がない方だ。

 もっとも私の場合は自信を持てる素養もないのだが。

 ロイやイシュカ達に甘やかされて、大好きですよと言われても、『どこが?』と思ってしまうし、それを尋ねて返ってくる言葉を聞いても、結局それをすんなり全て信じられるほど素直な性格をしていないわけで、面倒な性格なのは自覚してる。

 漫画やアニメの主人公達はどうしてあんなに素直にそれを受け入れて自信が持てるんだろう。要は私が捻くれているだけなのだが簡単に自信なんて持てない。

 まるで白いシャツに染み付いた油汚れみたいだ。

 随分落ちてきたと思っても、ふとした瞬間に残るソレ(・・)が気になって仕方ない。

 不安というものは簡単に消えてくれない。

 臆病者と言われても仕方がないけれど。


「ねえテスラ。マルビスってさ、あんなに仕事が出来るのに結構自分に自信が無いところがあるよね?」

 短期間でハルウェルト商会を一気に国内トップの座にまで押し上げたあの手腕。もっと誇ってもいいと思うのだけれど、マルビスにはそういうとことがあまりない。

 思わずボソリと溢して言葉にテスラが目を一瞬丸くして笑う。

「貴方も人のことは言えないでしょう?」

「私のは事実だもの」

 間違いなく一番と誇れるのは魔力量くらい。

 それだって実戦経験が不足気味だから活かしきれていないところがある。

 するとテスラは溜め息を吐いて口を開いた。

「まあ言っても無駄でしょうからいいですけど。

 ですがそうですね、でもマルビスはだからこそ腕利の商人でいられるんじゃないかと俺は思いますよ?」

「どうして?」

「自信のない臆病者は油断をしないからです」

 テスラに言われて、ああ成程と納得する。

 何事に於いても油断というものは一番の難敵だと私も思う。


「失敗というのは驕りによるものが多いです。調子に乗って油断した結果が足下を救われる。大胆に賭けに打って出る度胸も時には必要ではありますが、他者をナメて警戒を怠っていては成功はありえません。

 どんな職業においてもそういうところはありますが、商売の神は特に気まぐれですからね。他者を出し抜いて成り上がるためには生き馬の目を抜く必要があります。ほんの少しタイミングがズレるだけで一瞬のチャンスを掴み損ねるなんてのはザラです。

 油断したら負けなんですよ。

 そして負けを知らない強者こそ油断しがちです。

 自分は絶対に失敗しないと驕っては勝ち続けられない。

 実際、俺はそういう強者(しょうにん)をギルドでたくさん見てきましたからね。勿論、中には強運で勝ち続ける方もみえましたが滅多にいません。というより、そういう方は大抵不確定な自信で大博打に売って出て、最後の最後に大コケします」

 

 確かにテスラの言うことは正しい。

 戦闘に於いても同じこと。

 私が今までランクの高い魔獣魔物と戦って勝ってこれたのも私が臆病者だからというのが正しい。正面から勝負を挑んでも勝てない、だからこそ策を何重にも張り巡らせる。対策というものは安全を確保するために幾重にも警戒してこそ被害は最小限に出来るものだ。

 不測の事態というのはいつだってあり得る。

 この世に絶対勝てる勝負などというものはない。

 大企業が急速に店舗数を増やしすぎて採算が取れなくなって倒産したり、勢いづいて関係のない職種や海外に進出したはいいが畑違い、文化や感覚の違いで失敗して経営が破綻するということは前世でもよく聞いた話だ。

「だから俺はマルビスはあれでいいのだと思ってますけどね。

 俺には真似できませんけど」

 そうテスラは付け足すように言った。

 

 マルビスが勝ち続けられる理由。

 自信の裏側にある劣等感と臆病な小心者の心理。

 だからこそ油断なく先を見据えて動くことのできるマルビスは強い。

 臆病であることは恥ではない。

 勝ち目がないからとか、どうせ駄目なのだと諦めてしまうのがいけないのだ。

 

 そして簡単に諦めることなく勝負に出て勝ち続けられるマルビスは、やっぱりカッコイイのだと、そう思った。

 


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