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閑話 レイバステイン・ラ・レイオットの目標 (2)

 

 それからもハルトは講師や商会の仕事でいつも忙しそうにしていた。


 なんか学院内に支部を作るんだって言ってたけど詳しい話はわからない。王都にも何か新しいものを作るんだって聞いた。だけど王族が関わることはハルトが困るから邪魔しちゃ駄目だって父上に言われてたから僕は大人しくしてた。

 守秘義務っていうのがあって、僕が知っちゃいけないこともあるんだって。

 そういう時は必ず席を外すんだぞって父上に言われてた。

 僕がそれを聞いてうっかり父上に喋ってしまったりすると罪になって捕まることもあるからなって。

 だから授業がある時とそういう時は寮の自室か図書館で必死に勉強して、休みの日はハルトが王都にいる時は王族がみえる時以外は朝から出掛けて騎士団の朝練に混ぜてもらってからハルトのところに遊びに行くのが僕の日課。来年はもっと授業免除の日数増やせるようにして、ハルトとなるべく一緒にいられるように。

 学院祭の話もあったけど、僕は全員参加のクラスの出し物は裏方で参加するけど、その後のダンスパーティには参加するつもりはなかった。

 だって貴族の出会いと社交の場で、婚約者のいる子はパートナーと、いない子は相手を探す場でもあるって言ってたから、僕に婚約者はいないし、ハルト以外の相手なんてしたくない。何人かの女の子に出席しないのって聞かれたけど、しないってキッパリ返事した。

 ただでさえ僕は人見知り。

 ハルトに出会ってからマシになってきたけど、苦手なものは苦手。

 女の子は褒めるものだって言うけど口下手な僕には無理難題。

 思ってもいないことを喋れない。

 どこを褒めれば良いのかわからない。

 綺麗、可愛い、素敵だねって?


 ハルトの方が綺麗。

 ハルトの方が優しい。

 ハルトの方がカッコイイ。


 嘘が吐けない僕はつい余計なひと言を言って姉様を呆れさせた。

 その『ハルトの方が・・・』を言わなければ良いのよって。

 それを見ていた父上が笑って姉様を宥めてくれた。

 僕はこれでいいんだって。

 思ったままの言葉をストレートに伝えているから大丈夫だって。

 ハルトは男でも、女でも一途な人が好みらしいからって。

  

 でも知ってる。

 姉様にはもう婚約者がいるけどハルトが来ると扉の影から覗いてる。

 『単なる野次馬、好奇心よ』って。

 お目に掛かるだけで幸せになるってジンクスがあるくらいだもの、弟の友達として尋ねて来たのなら見ていたっていいでしょうって。

 ハルトが僕の友達なのが自慢らしい。

 僕は姉様を睨みあげる。

 すぐに婚約者になってみせるって言うと頑張ってねって言うんだ。

 『弟がハルスウェルト様の婚約者になったら友達に自慢できるから』だって。

 すごく気分は複雑だ。


 それって僕を応援してくれてるの?

 少し違う気がする。

 僕が顔を顰めると『そんな顔をしちゃ駄目よ』って笑うんだ。

 『どんな殿方も、女性だって笑顔っていうのは一番魅力的なんだから仏頂面なんてやめて笑ってなさいよ』って。レインはただでさえ目付きが鋭いんだから好きな人に振り向いて欲しいなら笑顔を忘れちゃ駄目よって教えてくれた。

 

 だけど僕は知らなかったんだ。

 まさか僕が必死に勉強や訓練している間にまさかあんな計画が進んでいたなんて。


 特別クラスのSクラスは貴族の子息子女で構成されている。

 勿論成績優秀であれば平民だって入ってこれるけど、子供の頃から家庭教師を付けられる貴族の子供に平民の子供が敵うはずもなく、年度始めのクラス分けで平民が食い込んでくるのは三年生くらいからのことが多い。Sクラスは教室も特別専用棟も貴族専用の有料の食堂もある。特別クラス以外の一般生徒の無料で提供されているものとは料理も料金も違っていて、ここを使えるのは親に支払い能力がある生徒のみ。月毎に精算されて親に請求書が届くようになっているそうだ。ハルトが学院にいる時はハルトと中庭で待ち合わせしてロイ手作りの御弁当を一緒に食べるけどそれ以外は殆どこの学食を利用している。

 だから平民と下位貴族の間でダンスパーティ以外の後夜祭の企画がミゲル殿下達の間で計画されているのに気がつくのに遅れた。

 そして気付いた時には参加募集も終わってたんだ。

 姉様と兄様にはマヌケだって笑われた。

 人との関わりを持たないで社交界にもロクに顔を出さず、勉強と鍛錬ばかりやっているからそうなるんだって。

 もっと色んな人と話をして情報収集しなきゃ駄目だって。

 僕は人と話すことが苦手だ。

 それは父様にも直すように努力しろって言われてた。

 会話が苦手でも話を聞いて相槌を打つ『聞き上手』になれば問題ない。だけど人と関わりを持たないのは駄目だから頑張れって。それじゃなきゃ大事な話も聞き逃すぞって注意されていた意味がわかった。

 一年Sクラスは貴族ばかりだから参加するのは全員パーティの方。

 でもハルトが一般生徒の学食で大金を募金したって話題になっていたんだって。

 知らなかった。

 みんなと話していれば気付けたはずの情報。

 落ち込んでいた僕に更に追い討ちをかけたのはハルトのコンテスト参加の発表が張り出された時だった。

 それまでパーティとは別の後夜祭に興味を持つウチのクラスの生徒は殆どいなかったのに、コンテスト優勝者と審査員特別賞の賞品に学院内は大騒ぎだ。

 ウェルトランド周年祭招待券とハルウェルト商会の未発表スイーツを受賞したクラス全員に配布。

 ハルウェルト商会のお菓子は貴族の間でも大人気だ。見たことのない、食べたことのないお菓子はすごく美味しくて、王族の間でも評判が高い。これにはお菓子が高級品の平民だけじゃなくて貴族の子供も騒めいた。

 出場者だけじゃなくてクラス全員。

 平民も貴族もお菓子が嫌いな子供はいない。

 みんなそれが欲しくて、参加に乗り気でなかった生徒達も勢い込んで力を入れ出した。コンテスト出場者だけじゃなくてその子が特別賞を取れればクラス全員が食べられるスイーツに色めき立った。一年Sクラスは後夜祭参加者がいなかったからエントリーしていなかったし、すまし顔で見せ物になるのはゴメンだって言ってたけどそれは負け惜しみ、その賞品に興味津々なのはわかった。しかも同時に発表されたハルト自ら女装コンテストに参加するって話題は物凄い衝撃で発表されてから数日間はその話で持ちきりだったんだ。

 僕はパーティにも後夜祭にも参加出来ない。

 ミゲル殿下にお願いすれば多分入れてもらえる。

 だけど僕は口下手だ、なんて頼めばいいのかなんてわからない。

 そのまま学院祭に向けて盛り上がる雰囲気はまさにお祭り騒ぎだ。

 結局言い出せないまま日は過ぎて、学院祭当日を迎えた。

 

 ハルトの作ったお菓子はどれも美味しいし興味はある。

 周年祭招待券も魅力的だ。

 でも多分どちらもハルトに頼めば手に入れられる。

 だけどハルトの女装姿は見れない。

 それは頼んでも見せてもらえる可能性はきっと低い。

 ハルトはそのままでもすごく綺麗だけど、女の子の格好をしたハルトも絶対綺麗に決まってる。僕はそれがどうしても見たかった。

 だけど後夜祭の会場に入るには屋台の料理の引換券三枚が必要で、揃っていないと入れてもらえない。転売されて入場数が増えたり不審者が入り込んだりするかもしれないから警備の手が回らなくなるんで必ず三枚が必要だって言われると当然だけど手放す子供はいない。それでなくても入口で団員のチェックが入るから生徒以外は入り込むのは難しい。

 当日、券を持っていない僕は当然入れなかったけど諦めきれなくて入場口の近くをウロウロしていたら警備と目があった。

 不審者と間違われるかもって慌てたけどそれは見知った顔。


「あれっ、レインじゃないか。どうしたんだ? こんなところで」

 僕が時々騎士団で一緒に訓練していた時に相手してくれたダンだ。

 気まずくて、でもここで逃げたら間違いなく不審者だって思ってオズオズと出て行くと、自分がここで彷徨いていた事情を話した。

「成程なあ。そりゃあ確かに諦め切れないよなあ。俺らの殆どもそれ目当てだし。まあ俺らには御褒美が待ってるから良いんだけどよ」

 ハルトは団員の人達にすごく人気だ。

 やっぱりみんなハルトのドレス姿見たいんだ。前に団員のシエンやダグは見たことあって、すっごい美少女だったって自慢してた。団長やイシュカ、ロイも見たことあるって聞いたけどマルビスとテスラは無いって言ってた。

 でも御褒美ってなんだろう?

 聞いたら団長に口止めされているらしくて教えてくれなかった。

 ダンは少し考えて、

「ちょっと待ってろ」

 って言うともう一人の警備員をしている団員のところに走って行って、何か会話を交わすと僕に向かって手招きした。

 なんだろうって思って近付くと二人は閉めてあった扉を開けてくれた。


「入っていいぞ、レイン。但し、内緒でな。

 あんまり前に行きすぎて目立つなよ? 約束できるか?」

 片目を閉じて僕にそう言った。

「いいの?」

 本当に?

 僕、入って良いの?

「レインは不審者じゃないだろ? でもくれぐれも内緒だぞ?」

「ありがとうっ」

 僕は頭を下げて御礼を言うと、中に入った。

 嬉しくて駆け出そうとすると後ろから走ると目立つのは駄目だぞって声をかけられて慌てて足を止め、はやる気持ちを押さえつつそっと人混みに混じった。

 参加人数が多いのは聞いていたけどすごい数だ。

 押し合いへし合いの人の間を苦労してすり抜けて、前よりの目立たない端の方、最前列は目につくからそこから少し離れた場所に着いて、そこで僕はハルトの出番を待った。

 ハルトはいつも平民とあまり変わらない服を着てる。

 良い服は汚れが落ちにくいしゆとりが少ないから働くには向かないし勿体ないでしょうって言って商会の取り扱っている商品をいつも着ている。御客様が来る時はちゃんとした格好でお出迎えするから良いんだよって。オシャレしなきゃいけない時はちゃんとオシャレするから大丈夫って。

 どんな格好で出てくるんだろうって僕はドキドキしながら待っていた。

 いつもと違うハルトが見られる。

 そうして出てきたハルトの姿を見て僕はあんぐりと口を開けた。

 

 すごく。すごい綺麗だ。

 一瞬、誰かと思ったけど、僕にハルトがわからないわけがない。

 いつもカッコ良くて綺麗だけど、全然違う。

 どこから見ても女の子にしか見えない。

 綺麗で、可愛くて、すっごくドキドキして見惚れた。

 だけどそれはすぐに別の意味の驚きに変わる。

 会場から飛び出した男子生徒がナイフを持ってハルトに襲い掛かったんだ。

 ところが僕が助けに入るよりも、側にいた団長やイシュカが駆けつけるよりも早く、ハルトはその暴漢を蹴り倒し、捕まえてしまったんだ。

 上がった悲鳴は一瞬で静まり返り、すぐに騒めきに変わった。

 

 僕の方が体格も剣術も上。

 そう思ってた。

 だけど違う。

 体術は僕よりもずっと上、敵わない。

 体格で劣る分、相手の力を利用して戦わないといけないからガイに護身術を教わっているっていうのは知っていた。

 それがどういう意味か、僕はこの時、気がついた。

 僕は確かに同じ年頃の子供の中ではダントツに強いかもしれない。

 だけどハルトを襲ってくる犯人達は僕より大人で、体格じゃ敵わない、勝てないんだ。


 これじゃハルトは守れない。


 僕はトボトボと寮の部屋に戻った。

 頑張るって決めた。

 諦めたくないから必死に、今まで以上に頑張るって。

 でもハルトを守れるくらいに強くなるまで何年かかる?

 すっかり落ち込んで学院生活を送っていた僕を父上が迎えに来た時は驚いた。

 外出届が出されていて連れ出された僕の顔を見て父上は顔を顰めた。


「レイン、お前、自分がどんな顔をしてるかわかっているか?」

 僕は父上の言葉に頷いた。

 うん、多分酷い顔をしてると思う。

 下を向いたままの僕の上に父上の言葉が降ってくる。

「まあいい。ついて来い。ハルトがまた面白そうなことを企んでいるみたいでな。私も参加するついでにお前も連れて行ってやろうと思って迎えに来た」

 ハルトに会いたい。

 でも会いたくない、こんな気持ちは初めてだ。

「僕なんか一緒に行ったって邪魔になるだけじゃ・・・」

「お前はまたただの腰抜けに戻るつもりか?」

 父上に言われた言葉に僕はビクッと肩を揺らす。

「とにかく今回はついて来い。

 諦めるならそれでもいい。だが自分の惚れたヤツがどんな人間なのか、戦う姿をその目で見て、確かめてから決めろ」

 溜め息と一緒に言われた言葉に頷いて、僕はハルトのいるグラスフィート領に父上と一緒に向かった。


 

 そこで僕はハルトを見てた。

 父上に言われた通り。

 ハルトは自分の出来ないことを全部自分でやろうとしない。

 それができる人に頭を下げて、お願いして協力してもらってる。

 何度も、何度でも考えて、時間が空くと必ず作戦会議室で立体地図と睨めっこ。イシュカやガイだけじゃない、団長や連隊長、フリード様、父上、マルビスやテスラにも頼んで必死になって頑張って考える。

 その横顔は後夜祭で見たドレス姿よりもずっと綺麗でカッコ良くて。

 何度も見惚れた。

 そんな僕に父上が言った。


「私はアイツ、ハルトの一番凄いところはああいうところだと思う。

 男というのはどうしてもメンツに拘ったり意地を張って自信がなくても自分は出来ると見栄を張る。

 そして失敗するんだ、大概のヤツはな。

 でもハルトは自分に出来ないことは出来ないとハッキリ口にする。

 そしてそれが出来る者に頼むんだ。ああやって頭を下げて。

 命令されるのと、お願いされるのと、どっちが人間やる気を出すと思う?」

 尋ねられたけど、そんなの考えるまでもない。

 お願いされる方だとすぐに答えた僕にそうだと父上が頷いた。

「自分の慕う、尊敬する者に頭を下げて自分の得意なことを頼まれて、嫌だ、出来ないと言える男がいると思うか?」

 僕は大きく首を横に振る。

「ハルトはいつも言っているだろう?

 『私だけでは何もできない』と。

 お前が落ち込んでいる理由はわからなくもないが、お前はハルトの全部を守る必要なんてどこにもないんだ。

 レインは知っているはずだ。

 ハルトはものすごく強い。

 だが万能ではない。

 全部が足りているわけじゃないんだ。

 だからお前はハルトの足りないところを補ってやれる強さを持て。

 それがアイツを守るってことだ」

 じっと黙って父上の話を聞いていた僕にもう一度父上が問いかける。

「私の言っている意味がわかるか?」

 その時、僕の頭の中に前にテスラが言ってた言葉が横切った。

 戦闘力のないテスラがハルトの側にいる理由。

 テスラも、マルビスも、ロイやキール、サキアスやゲイル、他のみんながハルトの側にいる理由。

 強さには種類があるんだってハルトは言っていた。

 その言葉をこの時、僕ははじめて本当の意味で理解した。


「それでどうする? お前はハルトを諦めるのか?」

 確認してくる父上を僕は顔を上げてまっすぐに見つめ返した。

「ううん、諦めない。絶対諦めないよ、父上」

「良し。ならば頑張れ。お前が頑張る限り、私はレイン、お前の味方だ」 

 

 僕はもう落ち込んだりしない。

 めげて膝を付いたりなんかしない。

 僕はハルトじゃない。

 ハルトになる必要はないんだ。

 ハルトより強い男になろうとするんじゃない。

 僕が目指すべきなのはハルトの隣に立てる男。

 ハルトの隣に似合う男だ。


 だからついて行った。

 ハルトの行くところ、ついて行けるとこには全部。

 まだ一緒に戦えなくてもいい。

 ハルトに足りない、僕に出来ることを知るために。

 排水溝を二人で登った時はハルトが無詠唱で魔法を使ったことに驚いたけど、僕にも教えてくれるって言った。

 僕は出来る限りハルトを見てた。

 ハルトは本当にすごい。

 だけど全部一人で片付けようとはしなかった。

 みんなの力を借りて、みんながハルトを支えて、それで悪人を倒してく。


 僕にもきっと出来ることがある。

 必ず出来ることがあるはずだ。

 港の方角から火の手が上がったのを見て水属性持ちの騎士達が走って駆けつける。それ以外の騎士はすぐに彼らと持ち場を交代して守った。

 僕も水属性は持っている。

 多分、きっと、僕にも出来ることがある。

 本当は暗闇が怖いというハルトに僕が付いていくことで安心してくれたみたいに。

 まだ出来ることは少ないけど、それでも力になれることがあるはずだ。走り出そうとして父上を一度振り返ると父上は僕の背中を押し出してくれた。


「行って来い、レイン。

 水属性持ちではない私はここを守る。

 だがお前ならハルトの力になれるはずだ」


 僕は大きく頷いて飛び出した。

 

 たくさんの水属性持ちの騎士達が動く船に並走しながら消火に当たっている。

 それでも火の勢いはまだ止まっていない。

 前方を見るとハルトが氷を張った運河の上に立っていた。

 氷で船を止めるつもりなのはすぐにわかった。

 船を追い越した騎士達が次々と氷の上に降りていく。

 ハルトを助けるために。

 僕にだってできる。

 水を凍らせるだけなら難しい魔法じゃない。

 運河の側面の階段を駆け降りて僕はハルトの近くに立つ。

 向かってくる船はすごい迫力だ。

 でもハルトは逃げない。

 負けない。

 僕は今度こそ本当にレイオット家の名に恥じない男になる。

 呪文を唱えて僕はありったけの魔力を振り絞る。

 氷のバリケードを築くために。

 そうして船が止まったのを見届けて力尽き、倒れたハルトをイシュカが受け止めたのを見て安心し、僕も力尽きて倒れてしまったんだ。

 

 目が覚めた時、ハルトのベッドに一緒に眠っていた。

 連隊長が僕を運んでくれたんだって。

 一緒に入った温泉の中でハルトに御礼を言われて教えてくれた。

 

「ねえ、ハルト」

 僕は早速お願いしてみることにした。

 一緒に登った排水溝でした約束。

「詠唱なしで魔法を発動する方法、教えてくれるって言ったの覚えてる?」

「覚えてるよ」

 詳しくは今すぐには無理だってハルトは言ったけど、それでもいいからと僕は簡単にコツだけ教えてくれた。

 すると詠唱破棄は無理だったけど、さっきハルトが見せてくれた指先に灯した炎を思い浮かべながらやってみた。すると目を閉じた時も、早口でも同じような炎の大きさで火を指先に灯すことが出来た。

 そしたら褒めてくれたんだ。スジがいいって。

 もしかしたらイシュカやガイより早く出来るようになるかもって。

 嬉しかった。

 僕でもイシュカやガイに勝てることがあるかもしれないって。

「そしたら僕はもっとハルトを守れるようになる?」

 身を乗り出して聞いた僕にハルトが微笑う。 

「今でも充分守ってくれているよ?」

「でもまだ僕は置いて行かれる」

 絶対二度と諦めようなんて思ったりしない。

「僕、頑張って早くハルトが頼ってくれる大人になる。大丈夫、負けないよ?」

 誰にも負けない。

 僕はまだ九歳だ。

 イシュカ達よりもずっと歳下、これからだ。

 僕は成長期なんだから。

 でも力を込めて拳を握った僕にハルトは言ったんだ。

「そんなに早く大人になることないと思うけどなあ、私は」

 どうして?

 僕は早く大人になりたい。

 ハルトの隣に似合う、強い男に。

「なんで?」

 理由がわからなくて僕は聞いた。

「子供には子供の頃にしか体験出来ないこともあると思うからだよ。

 急ぎ過ぎていろんなものを飛ばして大きくなっちゃうと後で飛ばしたところが欠けた大人になる。それは大人になってからじゃ取り戻せないものもあると思うから。

 いろんな経験をして、たくさん友達を作って、人の傷や痛みを理解出来る優しくて強い男になる方がずっといいんじゃないかな」

 ハルトの言うことは時々すごく難しい。

 でもなんとなくハルトの言っていることはわかった。

 ただ力が強いというだけで威張り散らしている大人もいる。

 そういう人は強くても、ちっともカッコイイとは思えない。

 団長や連隊長、父上も強いだけじゃなくて優しい。

 

「ハルトはそういう男の方が好み?」

 僕がそう尋ねるとハルトは少しだけ考えて答えてくれた。

「うん? 私は無理して急いで大人になったただ強いだけの人より、ゆっくり時間をかけて大人になった心の強い、優しい、人の傷みがわかる人の方がすごくカッコイイと思うよ?」

 僕もそう思う。

 だから僕の目指すのは強くて優しい、父上みたいな男。


 でもそれにはまだまだ僕には足りないものが多い。

 だから僕は決めたんだ。

 多少遠回りになったとしても、僕は絶対にハルトにカッコイイって言ってもらえる男になる。

 ハルトに頼ってもらえる男になる。


 大丈夫。僕にはまだ時間がある。

 後六年、ハルトが成人するまでに時間がある。


 僕は絶対、イシュカを押し退けて、第一席の伴侶の座を勝ち取ってみせるから。

 待っててね、ハルト。

 

 僕はその未来を必ず実現させてみせるから。



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