閑話 レイバステイン・ラ・レイオットの目標 (1)
ハルトはズルイ。
初めて会ったあの日から、僕は変わらずハルトに夢中。
必死になって、追いつきたくて、頑張って。
ほんの少し近づけたと思った時には遠く、遠く離されてる。
なんとなく気付いているのは『子供扱い』されている自分。
悔しい。
歳で言えば僕の方が半年くらい上なのに全然敵わない。
余裕で僕の本気を交わすんだ。
僕がハルトに勝てること。
剣技と力とピアノ、そして身長くらい。
それだって、魔術で強化されたら僕は戦闘力では下なのだ。
結局僕がハルトに負けないのはピアノと身長だけ。
それでも諦めたくなんかない。
絶対に諦めたくないと思うなら、
僕は頑張るしかないんだから。
学院に入学してもハルトは注目の的だった。
ハルトと一緒のクラスになりたくて必死に勉強だって頑張ったのに、ハルトは同じクラスどころか学院高等部卒業資格まで手に入れてしまったと聞いて僕は呆然としてしまった。
そんなのってない。
僕はロイやイシュカ達みたいにいつも側にいられるわけじゃない。
でも学院に入学すればもっとハルトと長い時間一緒にいられるはず。
同じクラスで、机を隣に並べて。
そりゃあハルトは頭が良いから免除される授業数も多そうだからずっとってわけにはいかないだろう。だけど、学院内にはロイもマルビスも、ガイやテスラだって入って来れない。イシュカだって講義以外では一緒にいられるわけじゃない。
学院内でハルトを守るのは僕の役目。
多すぎる恋敵を押し除けて、近づけさせないのは僕に課された任務。
そう思って張り切っていたんだ。
それなのに・・・
こんなのってあんまりだ。
僕は泣きそうになって、でも泣きたくなくて溢れそうになる涙を拳を握りしめて堪えた。
そんな僕を見て父上が笑う。
「なんだ? レインはハルトを諦めることに決めたのか?」
床の上で膝を付き、俯いてた僕に揶揄うような、そんな父上の声が聞こえて僕はギッと睨み上げた。
「ならば同じ年頃の女の子をいくらでも紹介してやるぞ?
どうだ? この子なんてすごく可愛いと思うぞ?」
そう言って机の上にあった絵姿を僕に差し出してくる。
そんなもの見たくなんかない。
僕は父上の差し出したそれを振り払った。
「いらないっ、どんなに可愛くたってハルトの方が絶対良いに決まってるっ」
ハルトが一番だ。
ハルトよりカッコ良くて綺麗で優しい子なんて絶対いない。
他の誰かなんて考えたことなんかない。
「ならばお前はいつまでそうやって蹲っているつもりだ? レイン」
父上は僕が払って床に落とした絵姿を拾い上げながら言った。
「簡単には追いつけない。
そんなこと、最初からわかっていたんじゃないのか?
それでも頑張るのだと言ったから私は協力もしてやった。
己の非力さ、未熟さを嘆いている暇がお前にはあるのか?
無理だと思うのならさっさと諦めて他に可愛い女の子を探せ」
諦める?
他の女の子を探す?
そんなこと、できるわけないっ!
「嫌だっ、僕はハルトがいい、ハルトじゃなきゃ嫌だっ」
簡単に諦められるくらいならこんなに頑張ったりしなかった。
今のままの僕じゃ全然足りない。
そう思ったからこそ必死になって強くなろうとしたんだ。
少しでもハルトに相応しい男になるために。
僕がそう叫ぶと父上は僕に聞いてきた。
「ならばどうする?」
そんなの決まってる。
「もっと頑張る。今までよりも頑張って、ハルトに少しでも追いつくっ」
今までので足りないならもっと頑張る。
それしかない。
だって僕はハルトを諦めたくないんだから。
僕がそう言うと父上はよく出来たと褒めてくれる時のように髪を撫でてくれた。
「なんだ、やるべきことはよくわかってるじゃないか」
見上げた父上は優しい顔で微笑っていた。
「お前が頑張る限りは私も応援してやる。
レイオット家の男は何事も簡単に諦めるような腰抜けでは困る。
簡単に手に入るもので満足しているようでは上を目指せん。
どうしても欲しいと思うのなら足掻け。
足掻いて、足掻いて、足掻きまくれ。
己に悔いがないと思えるまで必死にな。
そうやって手に入れたものこそ一生かけて大事にする価値がある。
私はそう思うが?
それともハルトはお前がそれだけ頑張る価値もない、安いヤツだったかな?」
僕は思い切り首を横に振った。
簡単に手に入らないからこそ価値がある。
そうだ、父上の言う通りだ。
僕は誓ったじゃないか。
ハルトに頼られる男になるって。
まだ僕に見せてくれない弱さと脆さを守れる男になるって。
泣いてる暇なんて僕にはない。
父上は言った。
『惚れた相手を自分の手で守り抜けてこそレイオット家の男』だと。
ハルトに守られなきゃいけない僕のままじゃまだまだ足りない。
僕は必ずハルトを守れる男になる。
レイオット家の名に恥じない強い男になってみせると、この日、改めて誓ったんだ。
なのに、それなのに。
入学式早々からハルトは僕をまた吃驚させたんだ。
それはハルトが挨拶のために壇上に上がった時の出来事だった。
演説するために前を向いた瞬間、ハルトの表情が止まった。
どうしたんだろう?
演説文、忘れたのかな?
稀にハルトはホケッと、ついうっかりをやることがある。
だけど何か呟いて窓を指差した直後、外に向かってダッシュした。
何事かと騒めき始めた講堂を連隊長が走って追い掛けたのを見て、僕は『何か』が起こったのだと悟った。
ハルトを助けなきゃ。
違う、助けられないまでも手伝わなきゃ。
きっと僕にも何か出来ることがある。
そう思って駆け出した目の前、講堂外に飛び出す寸前で結界が張られ、僕はそこに閉じ込められた。
そこから見えたのは駆けつけてきたイシュカの姿。
出遅れたっ!
僕の方がハルトに一番近いところにいたのに。
最大の恋敵相手にまた出遅れた。
僕は拳を握りしめて思わず張られた結界を叩いた。
悔しい。
悔しくて、悔しくてたまらない。
目の前であっという間にイシュカと二人、ベルドアドリの大群を片付けているのを眺めていることしかできない自分に腹が立った。
ハルトが駆け出した時に一緒に飛び出せば間に合ったはずなのに。
判断が遅れた。
一瞬の躊躇いと油断が命取りになる。
そう父上にも、騎士団でも教わっていたはずなのに。
落ち込んで下を向きそうになった僕の頭に先日の父上の言葉が甦る。
そうだ。
簡単に諦める腰抜けになんかならないって僕は誓った。
だったら目を背けてちゃ駄目だ。
恋敵がどんなに強敵か目に焼き付けて気合い入れなきゃ。
しっかり目を見開いてそれを見る。
自分の非力さを認めて足掻け。
悔しいと思うならば前を向いて走れ。
全力で足掻いてこそ欲しいものを掴めるチャンスがやってくる。
僕はいつまでも負けたままでなんて、いたくないんだから。
こうして始まった僕の学院生活。
首席は座学の点数で少し及ばなくて取れなかったけど、なんとか次席を取って特別クラスのSクラスに入ることが出来た。ハルトには全然及ばないけれど、授業免除もそれなりにもらった。
だから僕は日頃の鍛錬と勉強をなるべく詰めて休みを取れるように調整して、空いた時間は騎士団本部に置いてもらっている獣馬のノワールに会いに行くのと同時に訓練に混ぜてもらえるよう、父上に頼んでもらった。まだまだ全然付いて行けないけど、最初の頃に比べたら体力もついたし、魔力量も多くなった。
人見知りも大人の男の人相手ならあまり緊張もしない。
まだまだ同年代と女性は苦手だけど少しはマシになった。
クラスでも僕が浮いているのはわかってる。
不器用で無愛想だし、目付きが悪いって妹にも言われてたから遠巻きに眺められているのは体格もクラスの中で一番大きい僕は怖いと思われているのだろう。
別に構わない。
僕が好かれたいのはハルトだけ。
ハルトが怖がらないならそれでいい。
他の子なんてどうでもいい。
今週末にはハルトと待ち合わせして選択科目の授業を受ける予定だ。
その日はイシュカも側にいない。
僕が独り占め出来る。
浮かれ気分で僕はその日を待っていた。
それなのに。
どこに行ってもハルトはみんなの注目の的。
全然二人っきりになんてなれない。
音楽、美術、マナー、どの授業でもハルトは女の子に囲まれた。
ハルトはみんなの憧れの的、考えてみれば当然だ。
隣に並びたいのは僕だけじゃない。
だけど負けてたまるかっ!
僕にはイシュカっていうもっと強敵がいる。
こんなところで折れてる男が勝てるはずがない。
僕はハルトの隣は絶対譲るもんかと頑張った。
ギリリと睨みつけた僕の視線にビクつかれたけど構うもんか。
これ以上恋敵が増えるのは絶対阻止。
だけど唯一、最後のダンスの授業。
この時ばかりは僕の睨みも効かなかった。
ハルトをぐるりと囲んだのは上位貴族の御令嬢達。
みんなハルトと踊りたくて、僕は思い切り押しのけられた。
女の子に囲まれて、誰と踊るのだと迫られて、ハルトは怯えてた。
集団になると女の子は怖いもの知らずで遠慮もない。
ハルトが困って先生に助けを願ったのに見て見ぬフリで視線を逸らされてハルトは半泣き。
困ってる生徒を見捨てるなんて先生として最低だ。
「先生」
僕はムッとして手を上げた。
負けるもんかっ、絶対負けるもんか。
僕は強くなるって決めたんだ。
「ハルトの相手、僕がしても良いですか?」
なんで僕も踊ったことがないのに、殆ど赤の他人に等しい女の子にハルトのダンスの相手を譲ってあげる必要がある?
それに学院内では僕がハルトを護るって決めたじゃないか。
こんなことくらいで怯んでどうする?
それに今日はここにイシュカもいない。
これは神様が僕にくれたチャンスだ。
「レイバステイン君、ハルスウェルト君の相手ということは貴方が女の子のパートを踊るということよ?」
先生が僕に確認してきたけどそんなの関係ない。
僕はハルトとダンスを踊ることが出来る。
それ以上に優先することなんてない。
「わかってます。僕、踊れますから大丈夫です。
上手くリードできるようになるには女の子のパートも踊れたほうがわかるって練習させられたから」
父上に感謝だ。
習っておいて本当に良かった。
僕はハルトのところまで歩いてくると手を差し出した。
「代わりにお願いがあるんだ。ハルトも僕の相手をしてくれる?」
誰にもハルトの相手は絶対譲らない。
「私、女の子のパート、上手くないよ?」
そんなの関係ない。
僕はハルトと踊れることの方が嬉しい。
ハルトの泣きそうな顔はいつものカッコイイ姿と違って少しだけ可愛い。
「ハルトが僕と踊ってくれるなら何度足踏まれても良いよ。
ねえ、僕と踊ってくれる?」
にこっと僕が微笑うとハルトはそれを取ってくれたんだ。
最高に嬉しかった。
天にも昇る気持ちって、きっとこういう感じなんだろうって思った。
「うん。ありがとう、レイン」
「僕、ずっとハルトと踊りたかったんだ。
イシュカばっかりズルイって、ずっと思ってたんだよ。
僕、一生懸命練習したんだ。絶対イシュカより上手にリードできるよ」
ずっとハルトと踊ることを夢見て。
今日、僕の夢の一つが叶った。
頑張れば神様はちゃんと御褒美をくれるんだって思えて嬉しかった。
息を呑んで真っ赤になったハルトの手を引いて僕は教室の中央まで歩いていく。
「上手く僕をリードしてね」
そうして流れ始めた音楽に合わせて僕達は踊った。




