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第九十三話 大事なことは忘れてはなりません。


 全て片付いたとは言い難い。

 けれど今回の件が国家反逆罪でもあることを考えれば私が口出しできる範疇を既に超えているので陛下達にお任せするしかないわけで、後は報告をして頂けるのを待つのみか。


 気がかりが一つ無くなったということは、めでたいことはめでたいのだけれど既にカオスとなっている階下の宴会に混じるのは憚られる。

 というよりもハッキリ言ってしまえば混じりたくない。

 どうしたものかと思いつつ階段の上から覗いていると居心地悪そうにキョロキョロ見回しているレインと目が合った。目に見えて嬉しそうな顔をする辺りが(図体はすっかり可愛くなくなってきたが)相変わらず可愛い。

 いつまでも酒呑みの大人達の中に置いて置くのも可哀想だ。

 私は唇の前で人差し指を立てて『静かに』と伝えると慌てて口を両手で塞ぎ、そっと隣の閣下をチラリと仰ぎ見る。レインに背を向けたままなことを確認し、ホッと息を吐いているがまだまだ甘いよ? 

 しっかり閣下の視線だけがレインに向いている。

 気づかぬフリをされているんだよ?

 まあいいか。

 酔っ払いの相手をさせたくないし。

 私が小さく手招きすると静かに目立たぬようにと足音を忍ばせてやって来る。

 その努力も認めるけどそれも無駄な行動だよ?

 レインの後を幾つかの視線が追っている。

 歴戦の猛者達相手にそれは無謀だ。

 まあ彼等も酒を飲む手を止めるつもりはないらしく知らぬフリをしてくれている。なんだかんだでみんな子供には甘いのだ。レインは朝練を一緒にやっていたのもあって団員達にはすっかり馴染んで可愛がられているし。

 この二年で子犬とは言えないほど成長してしまっているけれど。

 私も低くない、決して低い方ではないはずなのに並ぶと些か男として見劣りしているような気がしないでもない。

 いやいや男は外見ではない、私は中身で勝負をするのだと自分を慰めつつも果たして勝負できるような中身があっただろうかと首を捻る。すぐに思い当たるものがなくて些か落ち込んだものの今日は無礼講、こんな時まで暗く沈み込みたくはないと考えることを放棄した。

 お前のそういうところがダメなのだと何処かから諌める声が聞こえたような気もしたがきっと気のせいだろう。

 階段を駆け上がって来るレインを待っていると目の前、一段下でレインが止まると視線が殆ど正面、まっすぐになっているということはその身長差、おおよそ階段一段分。

 本当によくもまあニョキニョキと。

 ・・・ちょっとイジケてしまいそう。

 同い年なはずだよね?

 私、母様譲りの遺伝子で低身長になるのかなあ。

 いや多分比較対象が悪いのだと強引に納得する。

 テスラは無理でもせめてマルビスくらいの身長は欲しいなあ。

 タイプの違うハンサム達に囲まれてしまったら背が低くては存在も埋もれてしまいかねない。いくら中身で勝負だと言ったところで私の周りは外見も中身もイイ男揃い。更に威厳もない、才能もない、存在感もない、ナイナイ尽くしとなれば何故こんなのにこんなイイ男が大勢付いているのかと言われそうだ。

 だが彼等は今の時点で私を選んでいるあたり、まごうことなきゲテモノ食い。多分大丈夫だろうとは思っているけれど、ある日突然目が覚めて、エクボに見えていたアバタはやっぱりアバタでした、なんて思われないことを願うのみ。

 お願い、もう少し猶予を下さいね?

 頑張って、みんなが誇れる主人になってみせるから。

 

「ハルト、話は終わったの?」

 明るい笑顔で尋ねられ、私は頷く。

「うん、終わった。私はこっちでゆっくり御飯食べようかと思って」

 騒ぐのも悪くないけどのんびりしたい。

 それにあそこ(・・・)はやはり些かハードルが高い。

 お酒はまだ飲める年齢でもないし、肉食系大食漢達の食べ残しはちょっと御遠慮願いたい。野菜しか残ってなさそう。

「レインはもう食べた?」

「まだだよ」

「ロイ達は向こうで一緒に呑んできてもいいよ?」

 私は最早収集がつかなくなっている広間を指差して振り返るとロイとイシュカの嫌そうな顰めっ面とマルビスの苦笑いがそこにあった。

「いえ、あそこはちょっと」

「私も出来れば・・・」

 ロイ達も御遠慮願いたいわけね。

 まあ尻込みするのもわからなくはない。

 カッコつけるべき異性の目が無いというのはこういうことだ。

 普段は騎士だ、貴族だとお上品ぶったところで男が寄り集まればこんなもの。それにこういうことは男に限ったことでも無い。女性も女ばかりとなれば遠慮というものが薄れがち。

 ずっとカッコ付けてばかりでは疲れるし、これはこれで良いのだと思う。

 眼前に広がる光景は大量の酒が入って筋肉マッチョの方々が完全に出来上がっている状態、既に床に大の字で既に夢の中、大イビキかいている人も、半裸どころか全裸になっちゃってるのもいるし。最初の頃は男性陣のそんな姿に狼狽えていたものの今ではすっかり慣れてしまった。

 大事なとこくらいしっかり隠して下さいよ。

 私はそんなモノ、見たくはありませんって、みっともない。

 立派な筋肉は素晴らしいですけれど芸術品にはなりません。

 実用的な筋肉と見せるための筋肉は別物ですよ。

 ムサ苦しいだけです。

 少なくとも私にとっては。

 しかし、いくら室内とはいえ寒くはないのだろうか? 

 男ばかりの宴会なんてこんなものだと言ってしまえばそれまでだがなかなかに壮絶な風景だ。

「マルビスはどうする?」

「私もハルト様と一緒がいいです」

 では答えが出揃ったところでこちらはこちらでのんびりと。

 ガイはどこだと見渡せばケイとリディと三人で角の方で飲み比べをしているみたいだし。親交深めるのは悪いことではないのだが、三人の前にあるお酒、確かめっちゃアルコール度数が高いヤツじゃなかったか?

 まああの三人なら酔い潰れることもない、放っておけばいい。ここのところ忙しく動き回っていたんだし、一区切りがついたのだ、ハメを外したっていいだろう。

 全員潰れて床でひっくり返って眠ったとしてもここは床暖房完備、風邪をひくこともあるまい。

 私達はジュリアスとノーマンが運んできたくれた鍋をみんなで囲んでありがたく食事をいただくことにする。寒い時期には嬉しいコタツを囲みつつ、運ばれてきた湯気の立ち昇る土鍋をマジマジと見つめる。

 確かコレは去年にはまだなかったはずだ。

 団員達(むこう)に出されている鍋は実際金属製だし。


「ねえマルビス。こんなものどこで見つけてきたの?」

 土鍋は金属のそれとは違い、割れるという短所もあるが保温という面において非常に優秀だ。

 去年の冬に陶器と金属の器の特性の違いについてマルビスと話をしたのは覚えているけれど、いつの間にこんなの手配したんだろう。

「ああ、これですか? テスラが商業ギルドに問い合わせしてくれましてね。調べてもらったんです。そうしたらバイリス王国の北の方で使われているらしいということで取り寄せしてみたんです。ただベラスミより更に東、海の向こうで、結構時間がかかりましてね。ツテのツテを頼って幾つかの商会を経由していますのでそれなりに高額になってしまいました。つい先日ここの支部に届いたばかりで御屋敷の方に輸送するつもりだったのですが、最近は忙しくてそれどころじゃありませんでしたからね。どうせなら今回の件が片付いてからハルト様を驚かそうとここに置いたままにしていたんです」

 コレはなかなか嬉しいものだ。

 おでんなども懐かしいが蒟蒻芋が存在しているかどうかはわからない。存在していたとしても流石に蒟蒻の作り方まではわからないので厳しいところだが、大根、卵に魚のすり身、つくね団子があれば上等の部類だろう。後は土鍋で炊く炊き込みご飯なんてのも美味しそうだし、すき焼き、シメのダシがしっかり出たスープでの雑炊、煮込みうどんなんてのも捨てがたい。いや、うどんを作りたいなら麺類の開発が先か。

 だがそれには卓上コンロなるものも欲しい。

 魔法で温め直せないこともないのだがこういうのは気分も大事。

 帰ったら早速サキアス叔父さんに開発お願いしてみよう。

 私が溢れ出る食い意地に目を輝かせて土鍋を見ているとマルビスが笑った。

「目新しいものではありませんし、その地方では昔からあるものですので商業登録も出来ませんが使ってみた具合によってはシルベスタにも陶磁器で有名な産地がありますから交渉して制作依頼してみようかと」

 それが可能になったら嬉しい。私は目を輝かせた。

 とりあえずその話は横に置いておくとして、まずは鍋だ。

 覗いてみると鍋の中身は昆布ダシの水炊きのようだ。

 アッサリしていて良いのだが少々味気ないと思っているとジュリアスとノーマンが再び追加食材と数種類のタレを持って上がって来た。

 成程。お好みに合わせてお使いくださいってことね。

 しかしながらそのタレは実にバラエティ豊かだ。

 定番のおろし醤油に甘味噌ダレ、テリヤキソース、マヨネーズにピリ辛トマトソース、ウスターソースだ。

 ウ〜ン、なんと言えば良いのか微妙なところだ。

 しかしながら日本の寿司も世界各国で様々なアレンジが加えられ、おおよそ寿司とも呼べばないようなものも広まっていたのでコレはコレでアリなのか? その土地の料理が広まって、その国の特性に合わせて変化していくのは特に珍しいことでもない。味覚も好みも地域差がある。発祥と伝播による変化は別物、それは食の可能性だ。

 各々好みのソースに手をかけて取り皿に注いでいる。

 私は無難におろし醤油で。私と一緒なのはロイで、マルビスはトマトソース、イシュカは甘味噌でレインはテリヤキソースをつけている。

 まあ当人達が美味しく食べてくれるならそれが一番、鍋にこうでなければならないなどという決まりはない。

 実際、前世でも毎年のようにメーカー各社から定番から目を疑うような変わり種の鍋スープの素が発売されていた。それが美味しければやがてそれも定番と化していくだけなのだ。

 

「ジュリアスとノーマンはもう食べたの?」

 大食らいの団員達の給仕はそれなりに大変なはずだ。

 私が尋ねると案の定二人は首を横に振った。

「いえ、私達はこれからですが」

「じゃあ一緒に食べて行きなよ。下の食材給仕はだいたい終わったんでしょ?」

 あそこまでいけば腹はだいたい膨れてて、後はちょっとしたツマミと酒があれば充分なはず。チーズとスルメ、タコの燻製などが山盛りになっていたから問題もなかろう。

「一応。ですが良いんですか?」

「良いに決まってるじゃない。ついでにこっちの成人組の分のお酒も何本か持ってきてくれる?」

 マルビス達のことだ。急な宴会や打ち上げに備えて大量にストックしていることだろう。

 二人は酒という言葉に目を輝かせる。

「承知しました。ありがとうございます」

「下のウワバミ達に全部呑まれる前にとびきりいいヤツをね」

 あの人数だ。ここの酒蔵が空になっても不思議はないが、どうせ飲まれて困るような高価なのは別の倉庫にしまってあるだろうから問題ない。空になったらまた取り寄せて、保管しておけばいい。

 こういう時のお金は惜しむべきではない。

 どうせ私の部屋には金貨が山となって崩れてる。お金は腐るものではないけれど使わなければただの飾りと一緒。ここには銀行みたいなものはない、預けて増やせる場所もない。登録使用料もまだまだ入ってくる。使わなければそのうち私の部屋が金貨で占領され、床が抜けそうな気がしないでもないし。

 落ち着いたらサイラスと相談して従業員の福利厚生施設や学院生の奨学金その他についても本格的に相談しよう。

 物騒な事件はこりごりだ。

 出来れば暫く御遠慮願いたい。

 とはいえ、ああいうものは時と場合と場所を選ばずやってくるものだし、私はそういうものに好かれやすい。


「それで施設の被害状況はどうなの?」

 あれだけの騒ぎになったのだ。なるべく建物その他への被害は抑えたつもりだがどこに被害が及んでいるかわからない。私も一応一周まわった見たけど園内は問題なさそうだったし、ショッピングモール及び宿泊施設側は封鎖していたから特に異常も見受けられなかった。通用門側も被害を極力避けつつ広場で囲い込んだ。となれば一番被害が出ていそうなのは港周辺なのだけれど。

「大丈夫です。多少港が焼け焦げた場所はありますが近衛の方々が早急に対応に当たって下さいましたから運行業務に差し支えるほどではありません。まだ開園までは二週間以上ありますので修復可能です。ジュリアス達とも話をしていたのですがグラスフィートの方の建設要員を一旦こちらに回そうかと。開園の日付を遅らせるほどの被害ではありませんし、充分間に合うかと」

 マルビスの報告にホッと息を吐く。

 それなら良かった。

 既に商業ギルドには通達済みなので被害が大きければ延期も考えていたのだが。

「沈んだ商船の持ち主の商会には国の方から連絡を取って処理して下さるそうです。損害賠償も今回の主犯格の財産を没収した中から支払うと連隊長が仰っていました。勿論、その被害者の方々にも。ただ人数がそれなりの数になりますので全部の補填は厳しいかもしれません。ウチの方にまでそれが回ってくるかどうか・・・」

 言いにくそうに口籠もり気味で最後の言葉をそう締めるジュリアスに私は笑う。

 そんなもの、たいしたことではない。

 人さえ無事なら後はなんとでもなるものだ。

 壊れたものなら修理修繕すればいい。

 形あるものはいずれ壊れる。

 壊れたらまたそこからより良いものを作ればいいだけだ。

 私は明るい声で応える。

「構わないよ。被害者優先で。ウチは困ってるわけじゃないから今後の評判にも関わってくるし。経費が足りなければ私の方で補填してもいいよ。もとはといえばウチにチョッカイ掛けられた結果、彼等はそれに巻き込まれたわけだし。それくらいの損失ならすぐにカバーできるでしょ?」

 なにせウチには有能な人材がこれでもかってほどにはあふれてる。

 足りなければ募集もスカウトもしますよ?

 人手も一時期の頃に比べれば随分落ち着いてきてるけど、先のことを考えれば人材育成は必須。ウチの商業班の勢いは何をしでかすかわからないところがあるし、いざという時に足りないというのは困る。

 まだまだ観光娯楽産業は始まったばかり。

 これから発展していくものだ。

 可能性は無限にある。

 私の問いかけにジュリアスが当然とばかりに頷いた。 

「勿論です。今回の広告料だと思えばたいした金額でもありません」

 ・・・・・。

 広告料?

 今回の騒動がなんの宣伝になるのだろう? 

 言いたいこと、聞きたいことは山ほどあるが、ここはツッコんだら負けのような気がして私はスルーした。

「それよりもマルビスは本当に大丈夫なの? 

 いくらフリード様に治してもらったからといって無茶しないでよ? 

 少しは休んだ方がいいんじゃないの?」

 真っ赤に血で染まった左腕を見た時は胸が潰れるかと思った。

 矢継ぎ早に質問する私にマルビスが笑う。

「平気です。見た目ほど傷も深くありませんでしたし、それなりに鍛えてきましたから。弓の腕は上達してきたのですが体術はやはり駄目ですね。後衛向きとはいえ最低限の護身術くらいは身につけるべきと実感しました」

 そう言いながらホラッとばかりに腕まくりして見せてくれたその腕は確かに傷一つ見当たらなかった。触ってみますかとばかりに差し出され、私はそっとその腕に触れてみる。

 二年半ほど前には柔らかかったマルビスの腕。今ではしっかりとした筋肉が付いて硬くなっていた。ぷにぷに気味だった綺麗な掌も細かい傷がたくさんあってガッチリと固い。

 これはそれだけマルビスが努力してきた証なのだ。

 マルビスは戦闘職ではない。

 ただでさえ繁忙過ぎるのだ。本当はこんな頑張る必要もないのに。

「専属に護衛をつけたっていいんだから無理しなくてもいいよ?」

 巨大組織化したハルウェルト商会を動かすのは並大抵のことではない。

 そりゃあ他にも有能な人達が付いていてくれるからこそそれもできるのだろうけど。

 だけどマルビスは小さく首を横に振る。

「守られるだけの男でいたくないんです。ハルト様、貴方と同じですよ」

「私はっ」

「本来なら大勢の護衛の後ろに隠れていたって貴方は許される方なんです。

 そろそろ自覚して頂けると嬉しいのですけどね」

 反論しようとした私の言葉はマルビスに遮られた。


 確かに私は目の前の誰かを犠牲にするような生き方なんてしたくない。

 それが大事な人なら尚更だ。

 知らない人がどこかで困っていようと気の毒だとは思っても助けようとは思わないし、私の前でないならば関わりのない人が死のうと大変そうだねとは感じても心は動かされない。

 不幸なんてものはどこにでも転がっているものだ。

 全ての人を救えるわけもなし、自分の生活や大事な人を危険な目に合わせてまで他人を守ろうなんて思わない。

 だからこそ私は英雄なんかじゃないっていつも言っている。

 余計な期待が向けられるのは勘弁してくれと。

 それでもトラブルメーカーの私が大事な人を守るにはそれなりに力が欲しいと思ったからこそできることは頑張ってきたし、私に足りないところはそれを補ってくれる人を探してきたのだ。

 大勢の人の後ろに隠れて、大事な誰かを犠牲にしてまで保身に走りたくはない。

 私はいつだって、私にできることで自分の価値を示していただけだ。

 みんなの隣に相応しくありたかったから。

 要するに自己満足、立派なもんじゃない。

 唇を噛んで俯いた私の上からイシュカの声が聞こえてくる。


「ですが貴方はそれを黙って見ていられる方ではない。

 それが私達の愛すべき貴方の御姿、ハルト様なのですから」

 その言葉に私は顔を上げると私の目の前にあるイシュカが大きく頷いて続ける。

「ですので私かガイ、ライオネルを必ず一緒にお連れ下さい」

「僕もいるよっ」

 突然割り込んだレインにイシュカが小さく笑う。

「そうでしたね。ではレイン様も是非お手伝い願います。

 仲間を必死に守ろうとする貴方の御身は私達が御守り致します。

 ですからどうぞ御存分に。

 貴方は貴方の生き方を変える必要はありません」

 そういえば。

 この間ロイにも似たようなことを言われたっけ。

 イシュカの言葉にマルビスがボソリと呟く。

「そう、ですね。

 私達はそのままの、そんな貴方をお慕いしているのですから」

 こんな向こうみずの無鉄砲がこのまんまでいいわけないじゃない。

 みんなに迷惑かけまくる未来が見えているというのにそれはあまりにも・・・


「みんな、私に甘すぎるよ」

 ついでに趣味も悪すぎだ。

 私はぎゅっと拳を膝の上で握り締める。

「そんなことはありません」

 ロイは否定してくれるけど、どう考えても私の面倒なこの性格がこのままでいいとは思えない。

 黙ったままの私に再びロイが口を開く。


「ですが貴方がもしそう思うのだとしたら、それは私達もそれだけ貴方を大切に思っているのだということです。

 ですから他の何を忘れても、これだけは覚えておいて下さいね」


 そうか、そうだった。

 私達はそういう意味ではある意味相思相愛。

 マルビスを傷つけられたことに私が怒ったように、みんなだって私が傷つけば悲しんでくれる。

 犠牲にしてはならないのはみんなの命だけじゃない。

 私のもだ。

 私は大事なことを忘れていた。


「うん、ありがとう」


 絶対、二度と忘れない。

 私はそれを教えてくれた隣に座っているロイの胸に抱きついた。

 温かい。

 刻む鼓動の音も私を安心させてくれている。

 私はこの存在、みんなの心も忘れてはならないのだ。


「あっ、ロイ、ズルイですよ。オイシイとこを持っていくのは」

「マルビスは昨日しっかり人前で抱きしめていたじゃないですか。これくらいの役得、譲って下さい」

「ロイだって今朝疲れたからといってハルト様のベッドで一緒に眠っていたでしょう。ここは私に」

「イシュカはしょっちゅうハルト様を抱き上げているでしょうっ、ロイは側にいることが多いんですから私と変わって下さいっ」

「じゃあ僕もっ、僕も今日もハルトと一緒に寝る」


 ・・・・・。

 背後で聞こえるみんなの声。

 なんか、色々とブチ壊しになっていると思うのは私の気のせい?

 だけど、それでも。

 それはロイの言うように私を大好きでいてくれる証拠だと思うと、


 そんな些細なやりとりも、嬉しくて私はクスクスとロイの腕の中で笑った。




 

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