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閑話 ゴードン・ジ・ベルトラルクの宣誓 (2)


 討伐依頼の出ていたイージス村に到着したのは昼過ぎ。


 ここから彼の商会の支部まではどんなに馬を飛ばしても夜半近く。

 間に合わない。

 とりあえずここにいる人員をウォルトバーグの巻き添えにしなかっただけ良しとしなければなるまい。村に早速聞き込みに出かけた隊員数名が、そんな依頼は出していないと首を横に振ったと言う。

 当然だ。

 これはブラフなのだから。

 不思議そうに首を傾げる隊員にとりあえず食事にしようと準備を始める。

 出発してからの隊員の数に増減も入れ替わりもない。


 私はホッと息を吐く。

 良かった。

 少なくともこの中には反乱に加担している者はいないということだ。

 だが彼はこの間にも戦っているかもしれない。

 危険に晒されているかもしれない。

 なのに私はこんなところでのほほんと食事をしていて良いのか?

 心の中で葛藤する。

 この領地を守るべき立場でありながら私は彼に助けられているばかりで恩を一つも返していない。

 力になりたい。

 彼の周りには私が心配するまでもなく私より強い者が大勢いる。

 しかし、だからといって私が戦わなくてもいい理由にはならない。

 彼は言っていた。

 その土地の民の危機はそこに住まう者が力を合わせて対処すべきだと。

 自分が居合わせたのはたまたま運が良かっただけの話だと。

 私は、いや、私達はまた彼が関わっているからとそれに甘えて、頼り切りで助けられ、それを当然として見ているだけで済ますのか?

 戦うことを、守るべき民を守る責務も果たさず、ただ黙って。

 それが悔しくて、情けなくて対処する術を身につけ、強くなろうとしたのではないのか?

 私は拳を握り締めた。


 行かなければ。


 今から駆けつければきっと間に合う、私にも何かできることがある。

 ここにいる者達はウォルトバーグに取り込まれていないからこそここにいるはずだ。

 とはいえ確認する必要はある。

 ならばまずは彼に対する印象、感情の忌憚ない意見を聞いた上で話を切り出し、有志だけを募って駆けつけたらどうだろう。どちらにしてもここから駆けつけるなら相応に急がなければ間に合わない。かなりの強行軍になる。それでも馳せ参じたいという者達だけを連れ、あの地へ向かおう。

 私は覚悟を決めると皆を集め、それを実行した。

 そしてそこにいた者全員の意志を確認した上で、間者対策にランダムに三人ずつ組ませ、互いが互いを見張り、不審な動きがあれば対処することにして即座に行動を起こした。

 彼に感謝している者は多い。

 魔獣の危機から救われた者、川の氾濫に怯えて暮らしていた者、家族に仕事が得られなく日々の暮らしが貧しかった者。

 彼が救ったのは彼の起こした事業に関わった者だけに留まらない。

 私達は大きく頷き合うと寸暇を惜しんで馬を飛ばした。

 

 早く、早く、駆けつけなければ。

 企みに気づいている彼が失敗する未来は見えない。

 到着しても既に全て終わっているのかもしれない。

 だがもしもということもある。

 我々が手伝える何かの仕事が、救える危機があるかもしれない。

 

 幸いにも脱落者も、間者の疑いある者もなく駆けつけたその場所は夜空が真っ赤に染まっていた。

 通りを見張っていた騎士に簡単な状況を聞けば魔物化しかけたウォルトバーグは既にアイゼンハウント団長達の手によって討たれたという。だがウォルトバーグが最期に放った炎が船に燃え移り、焼け落ち、風に煽られ、港を離れて動き出してしまったのだと。

 手綱を引いて馬を止めると即座に名乗り、手伝いを申し出る。

「ハルト様には故郷や家、家族を助けて頂いていますっ、このような時こそお力になるべきと同意の者だけを引き連れ、馳せ参じましたっ」

 拝見したことのある御方、マリンジェイド連隊長だ。

「ではすまないが馬に乗っているのなら丁度いい、そのままハルトを呼びに行ってくれ。通用門付近にいるはずだ。彼ならこの事態を見ればすぐに事情を察するだろう」

「承りました。では残りの兵は置いていきます、手伝わせてやって下さい」

 下された指示に従い、通用門まで走るとそこには体格の良い兵士達の中で一際目立つ小さな彼、ハルト様がいた。連隊長の指示に従い伝言すると彼はすぐに走り出し、即座に状況を判断すると簡単に連隊長に確認、部下のライオネル達が連れて来た獣馬に飛び乗った。

 私の馬では追いつけない。

 だが後ろからその様子を見ていれば走りながらも指示を出し、途中で彼とイシュカ、連隊長が止まり、他の者はそのまま駆けていく。

 前方を見ればハネ橋が降りたままだ。あれを引き上げさせるつもりか。

 残ったのは全て水属性持ちであることを考えれば消火をして出来るだけ被害を抑えるつもりなのかと思ったが彼とイシュカは連隊長を残し、水路脇の階段を降り始める。

 追いついた私も馬を降りるとすぐに消火の手伝いを申し出た。

「助かるよ、ゴードン。お願いね」

 そう言って駆け降りる彼の背中に連隊長が問いかける。

「何をするんですか?」 

「船を止めるんだよ、橋に到達する前に。

 運河の上に氷のバリケードを作る。イシュカも手伝って」

 

 水の上にバリケード?

 どういう意味だ?

 だがその意味はすぐにわかった。

 運河の中心までの道をしっかりと運河側面に固定するように張られた氷の上を歩き、彼らはその中央に立つとまず自分のいる位置を中心に広範囲に氷を張り、ガッチリと側面に固定。そこから更に魔力を注ぎ込み、氷を厚く、厚く張っていく。

 成程、確かにこれは氷のバリケードだ。

 次々に駆けつけて来た水属性持ちの兵士達に消火を任せ、私は連隊長と二人でそれを築く手伝いのために階段を駆け降りた。

 ゆっくりとハネ橋も上がり始めた。

 これなら最悪船足は止められなくてもスピードさえ落とせれば橋への被害は抑えられる。大破した船の破片が飛び散って森の燃え移ることも防げるだろう。

 次々に彼を助けるために兵士達が階段を降りてくる。

 ビキバキビキバキと船が氷を割る音が辺りに響く。

 もう船はすぐそこだ。

 だが彼は諦めない。

 最後の力を振り絞るように彼が顔を顰める。

 そして、速度を落とした船が止まったのはまさにハネ橋の掛かるその位置、上がりきる橋の合間。

 あと少し、ほんの少しで橋を破壊する寸前だ。

 沸き起こる歓喜の雄叫びの中、彼は力尽きたように気を失った。

 崩れ落ちた彼をイシュガルドが受け止め、愛おしげにそっとその胸に宝物を抱えるように抱き上げ、小さな声で彼に『お疲れ様です』と囁いている。

 本当にいつも驚かされる。

 

「・・・相変わらず、凄い御方ですよね。私はその御姿に何度も魅せられますが、恐怖というものを知らないのでしょうか」

 バリバリと氷を割り、接近してくる大型の貨物船積にも怯まず、堂々とその先頭に立ち、限界まで力を振るう。

 ポツリと出てしまった私の呟きにイシュカが苦笑する。

「いいえ、そんなことはありません。頼り甲斐あり過ぎて忘れがちですが、どんなにしっかりしていてもハルト様はまだ子供なんですよ?

 こんな時、時々震えているんです。微かに、ですけど」

 イシュガルドの口から漏れたのは意外な、しかしながら当然とも言える言葉だった。

 そういえば以前彼も言っていた。

 怖くないなどということは決してないのだと。


「ハルト様はよく私にこう言うのです。『逃げて事態が好転するなら勿論逃げる。だけど私は後悔を引き摺って歩く人生は送りたくない。だから立ち向かうんだ』と。後でああすれば良かった、こうすれば良かったと嘆くくらいなら今ある全力を振り絞るだそうです。

 それで駄目なら諦めもつくでしょうと。

 震えてるなんて知られたら巷で噂されてる英雄像もブチ壊しだろうねって。情けなくて、カッコ悪くてごめんねと、立派な主人じゃなくてごめんねと、そう私達に謝るんです。

 そして絶対カッコイイ男になってみせるから私達に待っててほしいと」


 これだけのことをして、この人はまだ自分に足りないというのか。

 いったいどれだけ強くなればこの人の気は済むのだろう。

 私は自分の身を振り返って猛省する。

 こんなにも強くなろうとしたことが私にはあっただろうか。

 言葉を失くしている私達にイシュカが続ける。


「逆ですよね。怯えて、震えても絶対に逃げようとしないその後姿は最高にカッコイイです。どんなに危険であっても簡単に諦めたりしない、誰も見捨てようとしない。

 私達の方こそハルト様に相応しい男であるために頑張らなくてはと、常々私達は思っているのですよ」


 本当にそうだ、その通りだ。

 大人でも震えて逃げ出したくなる状況でも彼は絶対に逃げようとしない。

 むしろ震えてもなおそこに立ち続けるからこそその姿は見ている者を魅了せずにはいられないだろう。

 イシュガルドはそう言い終えるとゆっくりと、彼を起こさないように気をつけながら氷の上を歩いていく。そうして二人が岸へと上がると氷の上にいた者が各々それに続き、人がいなくなったところでまだブスブスと燃え燻っている船に向けて、ハネ橋を上げ終えて戻って来たガイとライオネルに指示を出す。 

 ガイが唱えた上級風魔法は周囲の水と氷を巻き上げ、完全に船の消火は完了、船の残骸はライオネルが放った炎で氷は溶かされ、再び降ろされたハネ橋から降ろされた網で回収された。

 そうか、こういう使い方もあるのか。

 燃え盛る炎では風で煽れば勢いも増して逆効果。

 だがほぼ燃え落ち、崩れかかっているのであれば水や氷と一緒にそれを巻き上げることで船を残骸へと変えて水の中に落とし、完全消火できる。

 使い方とタイミングということか。

 流石は彼の一番弟子というだけはある。

 また一つ勉強になったと思ったが、ふと自分にはそれを活かす未来があるかどうか怪しいことを思い出して苦笑した。

 

 だが悔いはない。

 彼と同じ場所に立ち、民を助けるその一助となれたことを誇りに、


 後は自分の責任を果たすだけだ。



 夜が明ける少し前、やっと落ち着き始めた現場でアイゼンハウント団長達に案内を申しつかり、私は隊員達と一緒にウォルトバーグ邸に捕虜や人質として捕らわれているという今回の襲撃事件に関わった兵士達の家族の救出に向かった。

 他にも色々と問題を起こしていたらしいウォルトバーグの屋敷の地下には大勢の女子供が閉じ込められていた。

 身元確認と聴取を私達は申しつかり、団長達は屋敷の中を捜索し始めた。

 数日中に近衛が改めて調査に来るがその間に証拠や金目のものをを持ち去られては困るとガッチリと施錠され、

見張りも私達の中から数人一緒に警備に当たってくれと言われ、選抜すると再びハルウェルト商会の支部まで戻って来た。

 既に時は夕刻だったがそこには彼、ハルト様の姿も見えてホッとする。

 良かった御無事だった。

 気絶するようにお倒れになったから気になっていたのだ。


「手伝ってくれてありがとう。助かったよ、ゴードン」

 そう言って私を見つけてハルト様は手を振る。

 手伝った? 違う、本来であればそれは私達ベラスミの兵士の仕事。

 この春から魔獣討伐部隊の方に移動したとはいえ、領地内のこと。

 コトが起これば区別なく動かなければならない。

 それを思えば今回も助けて頂いたというのが正しい。

「いえ、私は・・・」

 バツが悪くて口籠もり、謝罪しなければと言葉を選んでいると、

「待ったっ、話があるのはわかってるけどここでそれはやめてね」

 そう、ストップをかけられた。

 私の立場を慮ってくれたのだろう。

 だが彼の気遣いを無碍にするわけにもいかずに私は小さく返事をして頷いた。

「まずはみんなの報告を聞いてから場所、移動しようか」

 有無を言わさず無言でかけられた圧力に私は黙る。

 連れて来られた人質となっていた者達のために宿屋の広間まで開放して下さるという。相変わらず細かなところまで気配りのできる方だ。

 参加した兵達に酒と料理も景気良く振る舞われ、ここに常駐しているウチの警備も入り乱れての無礼講の中、私は彼とロイ、マルビス、イシュカと一緒に四階に上がった。

 イシュカは四階階段前で酔っ払いを追い払うために待機、彼の私室で話をしようということになり、プライベートエリアに入るのを私が躊躇っているとロイに急かされ、寝室前の小さな応接室の扉を閉められた。

 私はこんな場所に案内されていい人間ではない。

 皆が揃うあの場所で吊し上げられても文句は言えない立場だ。

 それなのに・・・

 謝罪するつもりであったのに、何を言っても嘘くさくなることに気がついて私は床に膝をつき、額を床に付けてその場に伏した。

 小さく溜め息とともに彼の声が降ってくる。

「顔を上げなよ、ゴードン」

 お見せできる顔などない。

 謝ったところで赦されていいことではない。

 伏せたままの姿勢で私は言葉を紡ぎ出す。

「弟がとんだ迷惑をお掛けして、本来であればこのような場所におめおめと姿を晒すなど許されるはずも・・・」

「だからまずは顔を上げて。話をしよう」

 言葉を遮られ、小さな応接セットの椅子を勧められた。

 だがそんな場所に座らせていただけるような立場ではない。

「それとも命令されたい? 顔を上げて椅子に座れと」

 そう強い口調で言われて僅かに顔を上げると彼の苦笑いするような顔が目に映った。

「話がしにくいでしょう? 私は真面目な話をする時は相手の顔を見て出来れば話をしたいんだけど。だから私の前に座って。そうすれば相手の表情の変化や瞳からわかるものもあるでしょう?」 

 そうだ。

 この方はそういう御方だった。

 どんな時も逃げずに前をまっすぐに見据える。

 私は立ち上がると失礼しますと一言断って彼の前に座った。

 彼の両横にはロイとマルビスが座っている。


「それでゴードンとしてはどうしたいの?」

 こうしろ、ではなく、どうしたいとこの人は問うのか。

 悪ぶっているようで人が良いのも相変わらずだ。

 私は少しだけ逡巡して思ったままのことを伝えることにした。

 彼の前で嘘はつきたくなかったからだ。

「ベラスミの騎士団部隊長として、クーベルトの兄としてこのような事態を招いた責任を取るべきであると思っています。処分は如何様なものであっても受け入れる覚悟もあります。まずはこの度の責任を取って今の職を辞して償いのために・・・」

「クルトの手紙は読んだ?」

 クルトの手紙?

 ああ、あの私達家族にあまりにも条件が良すぎる、あの手紙のことか。

「はい。隊長職を辞した後はハルウェルト商会で警護として雇って下さるというお話で、ですが私にそのような資格はありません。そのような身に余るような立場を頂くのはあまりにも図々しく、厚かましい話でありますので辞退させて頂こうと」

「それで?」

 これが当然の報いであると申し出た私に彼は再び問いかけた。

 それで?

 何故ここでそんな言葉が出て来るのか?

 私は罪人の兄であり、領主代行の謀反にも気付くことができなかった愚か者だ。心に抱く未来を語っていい立場ではない。

「騎士団を辞めて、ウチに就職もせずにどうやって償うって?」

 押し黙っていた私に呆れたようにそう言われ、私は目を見開いた。

「団長が言ってたよ。騎士の仕事をしているヤツは大抵ツブシがきかないって。他に出来ることが少ないからどこかの用心棒か冒険者になってその日暮らしの生活で、身を持ち崩すんだって。

 ゴードンは騎士以外の仕事が出来るほどには器用なんだ?」

 私が器用? 

 そんなことあるはずもない。

 だが確かにそうだ。

 目の前のことばかりで私はその先まで考えていなかった。

 彼の講義でも散々先の先まで出来る限り考えろと言われていたのに。

「弟が自分のしたことに責任を取るためにウチで一生懸命仕事を覚えて働こうとしているのに、兄は自分の家族を放り出し、ケツ捲って逃げ出して落ちぶれるつもり? たいした責任の取り方だね。

 そういうのをね、無責任って言うんだよ」

 責めるように彼に諭されて気付く。

 仕事を辞め、後始末を部下に、家族の面倒を目の前のこの人に押し付け、私はいったいどうするつもりなのか。

 無責任と言われても仕方がない所業だ。

「仕事で失敗したことは仕事で取り返す。当たり前のことでしょう?

 私、何か間違ったこと言ってる? マルビス」

 尋ねられてマルビスが苦笑する。

「いえ、至極真っ当なことかと。

 ただ多くの場合は感情に任せて普通の方ならクビにされるところだとは思いますが」

 そう、普通ならそういう処分だ。

 お前の代わりなどいくらでもいると放り出され、路頭に迷う。

 それが罰だと言って。

「クビにしたってどうにもならないよね?」

 マルビスの答えに納得いかずに彼は聞き返す。

「雇っている側の気が多少済むくらいですかね」

 言っていることは理解できる。

 理解できるがそのように考えられる方などマルビスが言うように殆どいない。

 だがそうなると償い方などわからない。

「では私にどうしろと?」

 困惑して私が尋ねると私はにっこり笑ってこう言った。


「私のところで私のために強くなって私を守って。二度と危険な目に遭わないように」


 一瞬目が点になった。

 彼らしくもなく命令口調でそう言われたその言葉は、口調こそ尊大だがそれはあの手紙に書かれていた条件そのものだ。

 だが本当にそれが許されるのなら確かにこれほど相応しい償い方はない。


「・・・というのは半分冗談だけど」

 えっ、と、面食らった私に彼は続けた。

「慣れない仕事で無理して潰れるくらいなら自分の力が活かせるところで働いて償って。それが責任を取るってことだと私は思うけど。

 まだ正式に発表していないけど近いうちに、多分今度の私の誕生日の時になると思うけど、ライオネルの扱いが今度側近に格上げになるんだ。これから忙しくなるし、警護人員も増やせって陛下や父様にも言われてる。専属に上がれるかどうかは腕次第、戦術教育もイシュカが暇を見てやってくれているんだけど、ウチの警備は個性が強くてね。なかなか部隊の指揮を取れる人がいないんだ。これをゴードンにやってもらいたい」

 半分冗談というのはどこからどこまでが冗談なのか。

 私がどう答えて良いのかわからず言葉に詰まっているとマルビスとロイが彼の言葉を補足してくれた。

「ハルウェルト商会も随分手広くなってきましたからね。ハルト様が屋敷を空けられることも最近では多くなってきています。イシュカとライオネルは常にハルト様のお側に控えていますし、ガイは出ていることも多い。その留守を守って頂ける方が欲しいのです」

「とはいえ実績も無しに任せられません。貴方は彼等にその実力を認めさせなければなりませんのでそう簡単なことではありませんよ。貴方にはまず自分の力で専属の座を勝ち取って頂きます。その後、ここで最低でもベスト3、出来ればトップまで駆け上がって頂きたいのです」

 仰ることの意味はわかった。

 彼の専属ともなればその実力はかの有名なシルベスタ王国魔獣討伐部隊、緑の騎士団の班長クラスにも匹敵すると聞いている。私程度の実力でどこまでやれるのかわからない。

 答えに迷っている私に更に彼は言う。


「ウチの警備、特に専属ともなれば実力は折り紙つき。

 私が言ってるのは簡単なことじゃない。

 それでもやってみせる、なってみせるっていう気概と覚悟はある?

 ないと言うなら勿論、この話は断ってくれていい。

 どうするかは自分の責任で自分で決めて」


 迷ったのは一瞬。

 だが彼はすぐになれと仰っているわけではない。

 私の覚悟を問うているのだ。

 ならば答えは決まっている。

 犯した罪を償うために彼のもとで日夜働いているあの二人(ビスクとケイ)のように、この受けた御恩をいつか返せる時が来ると言うのなら・・・

 私は椅子から立ち上がると彼、ハルト様の前で跪いた。


「ハルト様のお望みのままに。

 必ずやそこまで駆け上がり、お役に立ってみせます」

 この心臓は貴方のもの、命尽きるまで貴方の傍で尽くしたい。

 覚悟はとうに決まっていた。

 自分に出来ることがあるならばなんでもやると。

 それがハルト様のお役に立てるというのなら迷う必要など一つもない。

 騎士の誓いを立てた私にハルト様は嬉しそうに笑った。

 

「じゃあ待ってるからね。

 急がないからここでまず自分のすべき仕事を果たしてからウチに来て」

「承知致しました」

 こんな時まで貴方は自分の騎士としての最後の使命を果たせというのか。

 本当に人が良い。

 すぐに来いと言われるのが普通であろうに。

 私は頷いて立ち上がると一礼して部屋を後にした。


 明日から忙しくなる。

 辞職した後の後任も決めて、出来れば才能のありそうな者を選抜して彼らの講義を受けさせるように手配して。金がないというなら援助してもいい。残して行く者の役に立つはずだ。

 今回の一件の後処理も残っている。

 半端に今の場所を出て行っては、きっとハルト様に叱り飛ばされる。

 彼の方の顔に泥を塗ることになる。

 

 ハルト様の要求に応えるのはすぐには無理かもしれない。

 だがいつか必ず、いや、近いうちに絶対その約束を果たしてみせる。

 そしてハルト様がお出掛けになる時には胸を張って、


「行ってらっしゃいませ、こちらは安心してお任せ下さい」


 と、自信を持って言えるようになってみせる。

 私は今日この日、この私の命に賭けてそう誓った。



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