第九十二話 大事なのはその気概と覚悟です。
みんなが見回り、点検をしてくれている中、ジュリアスの案内でイシュカとロイと一緒にレインを連れ、ほぼ完成している施設内を回る。
ここは私の発案ではあるけれど、基本的にジュリアス達に任せきり。
意見を求められない限りは口出ししないのが私のスタンスだ。
前世と今世では技術も文明も違う。
全く同じようなものを作ろうとしても無理がある。
技術面ではテスラとサキアス叔父さんに任せた方が早いし間違いない。
商業的観点からならマルビスとゲイルがその道のプロだ。
装飾や美術、外観系ならキールやハイドの出番だし、経理や税金、財務関係ならサイラスやビスク、各所の情報関連ならガイとケイが詳しいわけで、なればお前の仕事はなんなのだと聞かれると弱いところだ。
決裁書類のサインとそれから?
講師業は商会とは関係ないものだし、私って本当に役立たずなのでは?
思い当たった事実に青ざめたが、考えてみればハナから商会オーナーの座は私には荷が重いわけなのだから、当初の予定通りそれに相応しい人物の名前が上がればさっさと譲ればいいだけかと思い直した。
私には平社員が向いている。
御役目御免となったならテスラの助手か、厨房職員、有り余る魔力量を利用して開墾開拓事業の手伝いでもすればいい。普通に暮らせる分だけのお金が手に入れられればそう問題もない。深く考える必要もないだろう。一応人生十周回っても使いきれなさそうな蓄えはあるが、増減激しい私の財産はいつ空になるのか検討はつかないのでその時みんなと結婚してたならロイ達には申し訳ないが夫夫共働きをお願いするとして。
そんな馬鹿らしい、来てもいない未来の算段をしながら(人はこれを捕らぬ狸の皮算用という)私達が夕方事務所まで戻ってくるとそこにはマルビス達と一緒に団長とフリード様、ゴードンが待っていた。
「手伝ってくれてありがとう。助かったよ、ゴードン」
久しぶり、というか春の講義以来なんだけれども、また一段と頼もしくなっているような感じはするが、気まずそうなというよりもむしろ申し訳なさそうな憂いに満ちたその表情。
「いえ、私は・・・」
「待ったっ、話があるのはわかってるけどここでそれはやめてね」
口を開こうとしたゴードンにすかさずストップをかける。
一緒に行った団長からではないというならば残るはウォルトバーグの件についての責任的立場の謝罪かクルトの暗殺未遂事件についてだろう。ここにはそれを知らない人もいる、それを説明するにしても色々とマズイ。
「・・・はい」
「まずはみんなの報告を聞いてから場所、移動しようか」
ところ構わず謝られるのは勘弁だ。
有無を言わさず無言でかけた圧力に、その空気を読んだらしいゴードンが黙る。
その事情を察した団長とフリード様が手早く報告をしてくれて、監禁されていた人達の事情聴取をするから一先ず場所を貸してほしいというのでマルビスが一般客用の宿屋の広間を開けてくれたので、そこに布団その他を運び込み、団員達には別荘の三階以下で雑魚寝して頂くことにした。
床暖房が入っているのでベッドで床から距離を取るより冬はその方が暖かいのだ。
昨日の疲れを癒してもらうためにジュリアスが前もって手配していたお酒も景気良く振る舞われ、食事はこの季節には嬉しい鍋料理を用意した。ここに常駐しているウチの警備も入り乱れての大宴会。当然閣下と辺境伯もこれに混じり、上位貴族は苦手だと言っていたガイともすっかり酒好き仲間として意気投合、会場は無礼講というよりも最早収拾のつかないカオス状態だ。
現場監督(?)はフリード様に、食材提供はジュリアス達にお願いして私達は四階に避難、レインも込み入った話があるからと話が終わるまではと閣下の横にいてもらい、ロイとマルビス、イシュカを連れゴードンと一緒に四階に上がった。
イシュカには四階階段前で酔っ払いを追い払ってもらうために待機してもらい、私の私室で話をしようということになり、プライベートエリアに入るのを躊躇っているゴードンをロイが急かしつつ、寝室前の小さな応接室に入るとパタンと扉を閉める。
これで話が他に漏れることもないだろうとホッとしたところで振り返ると土下座状態の伏せた体制で額を床に付けたゴードンの姿がそこにはあった。
まあわからなくもない。
失敗に終わったとはいえ弟が暗殺未遂だもんね。
一応私は国の重要(取扱注意)人物みたいだし。
私は小さく溜め息を吐く。
「顔を上げなよ、ゴードン」
私の言葉が聞こえているだろうに顔は上げられることがない。
伏せたままの姿勢から声が紡ぎ出される。
「弟がとんだ迷惑をお掛けして、本来であればこのような場所におめおめと姿を晒すなど許されるはずも・・・」
「だからまずは顔を上げて。話をしよう」
言葉を遮って私は小さな応接セットの椅子に座る。
ゴードンは動かない。
仕方ない。
ここは多少強い口調で言うしかないか。
「それとも命令されたい? 顔を上げて椅子に座れと」
私がそう言うとやっとゴードンは顔を上げたがまるで死刑宣告された囚人みたいな顔だ。
そりゃあ世間体というものもある。
弟、クルトの件も、ウォルトバーグの反乱についても上に立つ者として知りませんでした、責任ありませんで済まされる立場ではないけれど、私は彼が悪いなんて思っていない。
けれどそう思わない人が多いのが現状だ。
ただでさえ下の者は権力者の犠牲、身代わりになるのが当然だと思われているような世の中だ。私が家族に責任はないと言ったところでそれで納得してくれる人ばかりではない。隣近所、近隣集落、噂が広まればベラスミにだって居場所はなくなるかもしれない。
特にゴードンは有名人だ。
「話がしにくいでしょう? 私は真面目な話をする時は相手の顔を見て話をしたい。だから私の前に座って。そうすれば相手の表情の変化や瞳からわかるものもあるでしょう?」
そう伝えるとやっとゴードンは立ち上がり、失礼しますと言って私の前に座った。私の両横にはロイとマルビスが座る。
これでやっとまともに話が出来る。
「それでゴードンとしてはどうしたいの?」
まずは本人の意思確認だ。
私が尋ねるとゴードンは重い口を開く。
「ベラスミの騎士団部隊長として、クーベルトの兄としてこのような事態を招いた責任を取るべきであると思っています。処分は如何様なものであっても受け入れる覚悟もあります。
まずはこの度の責任を取って今の職を辞して償いのために・・・」
「クルトの手紙は読んだ?」
そう言うと思ったよ。
だけどそれでは根本的な解決になっていない。
私は声を遮った。
「はい。隊長職を辞した後はハルウェルト商会で警護として雇って下さるというお話で、ですが私にそのような資格はありません。そのような身に余るような立場を頂くのはあまりにも図々しく、厚かましい話でありますので辞退させて頂こうと」
「それで?」
ゴードンらしいといえばらしいがその先は?
いろんなことがありすぎて、まともに思考が働いていないのかもしれないけどそれでは駄目だ。難しいかもしれないけどこういう時こそ冷静にならなきゃ。
そう思う私が図太いだけなのかもしれないけれど。
「騎士団を辞めて、ウチに就職もせずにどうやって償うって?
是非その方法を教えてもらおうか」
私の問い掛けが意外だったのかゴードンが目を見開いた。
「団長が言ってたよ。騎士の仕事をしているヤツは大抵ツブシがきかないって。他に出来ることが少ないからどこかの用心棒か冒険者になってその日暮らしの生活で、身を持ち崩すんだって。
ゴードンは騎士以外の仕事が出来るほどには器用なんだ?」
とてもそうは見えないけど。
真っ直ぐで、一途で、努力家で脇目をふらない。
そんな人だと思っていたのは私の思い違いかな?
そんなことはないでしょう?
ゴードンはベラスミという国が亡くなった後も領地のために働いていた。
一呼吸おいて私は続ける。
「弟が自分のしたことに責任を取るためにウチで一生懸命仕事を覚えて働こうとしているのに、その兄貴は自分の家族を放り出し、ケツ捲って逃げ出して落ちぶれるつもり?
たいした責任の取り方だね。
そういうのをね、無責任って言うんだよ」
私は呆れた口調で言い切った。
自分がいなくなった後のことを何も考えていないじゃない。
知りませんでしたということが許されないと思っているなら尚更だ。
ここは多少キツイ言い方でも間違っていると思い知らせるべきだろう。
返す言葉なくしているゴードンに追い討ちをかけるようなことを言っているのは百も承知。世の中には謝っただけで済まされることばかりではない。それから逃げたところで簡単に赦されることばかりではないし、周囲の目は厳しいものだ。それを覆すには覚悟もいる。
どんな非難を浴びても負けないという強い覚悟が。
私の知っているゴードンならばその覚悟もできるはず。
私は彼を信じて口を開く。
「仕事で失敗したことは仕事で取り返す。当たり前のことでしょう?」
ゴードンは講義の成績も優秀だった。
貪欲に知識を、力を蓄えようと努力していた。
私はそれをよく知っている。
驚いた顔でこちらをゴードンは見ている。
そんなに意外なことかなあ。
別におかしなことではないと思うのだけれど。
「私、何か間違ったこと言ってる? マルビス」
尋ねた私にマルビスが苦笑する。
「いえ、至極真っ当なことかと。
ただ多くの場合は感情に任せて普通の方ならクビにされるところだとは思いますが」
「クビにしたってどうにもならないよね?」
それで責任取ったと言えるのか?
むしろ責任放棄してるでしょうが。
「雇っている側の気が多少済むくらいですかね」
だよね。
それで溜飲が多少下がったところでその人が担っていた役割が大きいのであればあるほど損失は大きくなる。そういうことをするような人間は大抵後先のことまで考えていないのだ。
「では私にどうしろと?」
困惑した表情のゴードンに私はにっこり笑って横柄な態度で宣う。
「私のところで私のために強くなって私を守って。
二度と危険な目に遭わないように」
横暴とも傲慢とも言えるこの言葉にゴードンは呆気に取られているようだ。
そんな言葉を私が言うとは思わなかったのだろう。
勿論これは本気ではない。
私は誰かの影に、誰かを盾にして生き残る、そんな生き方はしたくない。
「・・・というのは冗談だけど」
私は優秀な人材を使い捨てになんかしない。
「慣れない仕事で無理して潰れるくらいなら自分の力が活かせるところで働いて償って。それが責任を取るってことだと私は思うけど。
まだ正式に発表していないけど近いうちに、多分今度の私の誕生日の時になると思うけど、ライオネルの扱いが今度側近に格上げになるんだ。これから忙しくなるし、警護人員も増やせって陛下や父様にも言われてる。専属に上がれるかどうかは腕次第、戦術教育もイシュカが暇を見てやってくれているんだけど、ウチの警備は個性が強くてね。なかなか部隊の指揮を取れる人がいないんだ。これをゴードンにやってもらいたい」
騎士、兵士には脳筋が多い。
一芸特化型の人間が大多数なのだ。
それではいざという時に犠牲が大きくなる。
考えて動ける人を上に据える必要が出てくるのだ。
私の言葉をマルビスとロイが捕捉してくれる。
「ハルウェルト商会も随分手広くなってきましたからね。ハルト様が屋敷を空けられることも最近では多くなってきています。イシュカとライオネルは常にハルト様のお側に控えていますし、ガイは出ていることも多い。その留守を守って頂ける方が欲しいのです」
「とはいえ実績も無しに任せられません。貴方は彼等にその実力を認めさせなければなりませんのでそう簡単なことではありませんよ。貴方にはまず自分の力で専属の座を勝ち取って頂きます。その後、ここで最低でもベスト3、出来ればトップまで駆け上がって頂きたいのです」
それは口で言うほど簡単なことではない。
相当の努力と鍛錬も必要だ。
「ウチの警備、特に専属ともなれば実力は折り紙つき。
私が言ってるのは簡単なことじゃない。
それでもやってみせる、なってみせるっていう気概と覚悟はある?
ないと言うなら勿論、この話は断ってくれていい。
どうするかは自分の責任で自分で決めて」
選択肢は示した。
後はゴードンの自由だ。
それでも荷が重い、出来ないと落ちぶれるのも自由。
逡巡したのは一瞬。
ゴードンの暗かった瞳はすぐに強い力を取り戻し、椅子から立ち上がると私の前で跪いた。
「ハルト様のお望みのままに。
必ずやそこまで駆け上がり、お役に立ってみせます」
右手で心臓を捧げる、それは騎士の誓い。
ゴードンにその覚悟があるのなら私はそれを信じるだけだ。
「じゃあ待ってるからね。
急がないからここでまず自分のすべき仕事を果たしてからウチに来て」
「承知致しました」
私の言葉に頷いて、ゴードンは立ち上がり、しっかりとした足取りで歩き始めた。
多分、これで心配はない。
もともと責任感は強いのだ。目標があれば大丈夫。
今は大変なことが色々あって上手く考えられないかもしれないけど落ち着けば道も見えてくるはずだ。
その時に、ウチから離れたいと言うならば解放してあげればいい。
私は彼の自由を奪うつもりは決してないのだから。