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第二十話 商業ギルドの番犬? テスラ・ウェイントン。


 結局ランスとシーファを入れると護衛の数は七人になった。

 次に訪れたのは商業ギルド。

 保証金を払い、受け取りを頼むと私はマルビスの後をついて三階、商業登録受付に向かう。階段を上がる私達に、ここでも檻の中の珍獣よろしく私に視線が集中していたが流石に商業ギルドの中で人に囲まれるようなことはなくホッとする。初めて足を踏み入れたそこはうず高く沢山の書類が積み上げられ、ペンを走らせる音が聞こえるくらいに静かだった。

 他の階はそれなりに人で賑わっていたのとは対象的だ。


「おはようございます、テスラ」 

 マルビスが挨拶するとペンの音がピタリと止んだ。

 その部屋にいたのは彼一人、ヨレた白衣に黒地のシャツ、派手な金髪はボサボサで前髪の下に目が隠れている。勿体ない、手入れすればさぞかし見事なツヤが出て豪奢な印象を与えるに違いない。ゆっくりとこちらを向いた顔立ちは髪に隠れてわからないが不精髭のせいか野暮ったく見える。

 ピリピリとした雰囲気を漂わせてゆらりと彼が立ち上がる。

「またお前か、マルビス」

「はい、すみません」

 背は結構高めだ、多分ロイよりも頭半分ほど更に高いのに威圧感を与えないのはヒョロっとした細身のせいだろう。怒気を孕んだ低音、広い部屋によく通るアニメの二枚目キャラに使われそうななかなかの美声だ。無精髭をたくわえているせいでムサ苦しく見えるけど多分この人、手入れしてそれなりの格好をすればそれなりにイケメンなのでは?

 男を見る目に自信がないので確信はないけれど。

 コツコツと足音を響かせながら足早に近づいてくると左手で頭を掻きながら彼はぼやく。

「つい最近までここは至極暇な部所だったはずなのだが」

「みたいですね」

「次から次へとお前が書類を持ち込むから残業続きで最近はまともに家に帰ってもいないんだぞ」

「なかなか壮絶なようで」

「片付けても片付けてもお前が仕事を持ち込むから終りゃあしない」

「お手数おかけ致しております」

 ほとんどノリツッコミのような勢いだ。

 次々持ち込まれる仕事って、つまり彼が忙殺されている理由は多分ウチだ。

 飄々として応えるマルビスと対照的なくらい苛立った声。

「お前の上司の頭の中はいったいどうなっているんだ?

 こんな商業登録が立て続けに持ち込まれるなんて異常だぞ」

「おかげさまで」

「次はいったい何を持ち込んできやがった、食いもんか、道具か、それとも他のモンか」

「染め物技術です」

 一瞬、テンポ良く交わされていた会話が途切れ、沈黙が訪れた。

 マルビスが無言でカウンターの上に布袋を置くとそれをひったくるようにむしり取られる。

「見せてみろっ」

 取り出されたのは私が前に染めた茶色一色の絞り染め。

 布を折り畳むことによって複雑な染ムラが規則的に並んでいるのをテスラと呼ばれた彼は食い入るようにして見ている。折り方によって違いが出るこの染め方は珍しいらしく一枚一枚丁寧に目を通される。

「これは試作段階のものでして昨日複数の染料を使い、染められたものがコチラです」

 再びカウンターの上に置かれたそれは今度は丁寧に彼によって取り出される。

 王城に持って行く絹を染める前の試しで染められたそれは色彩豊かだ。

 同色のグラデーションを生かしたものから赤、黃、緑の多色染め、青系統の色をメインに黒をワンポイントで入れて染めたもの、他にもカラーバリエーションは多数にある。

 面白くなって結局夜中まで二人でやっていた。おかげで私が買ってストックしておいた安い布地は在庫切れ。買い足しておく必要があるだろう。

 この中から厳選して染めたのが先程仕立て屋に持って行ったものだ。

「いかがでしょう? ここまで複雑な模様を描く絞り染めは登録されていないと思うのですが」

 自信満々でマルビスその中の一枚を手に微笑む。

「これは絞り染めなのか? 手描きではなくて?」

「今までの絞り染めとはまた少し違うのですが」

「それはそうだろう、ここまで複雑なものは見たことがない」 

「貴方がそう言うなら問題無く商業登録は通りそうですね。受付、お願い致します」

 スッと登録申請書を彼に向かって差し出した。テスラはその書類を受け取り、視線を走らせ、詳細を確認すると彼の目が一点で止まる。

「スウェルト染め・・・って、またお前の上司の発案か?」

 やっぱりわかるよね、まあこの場合は当然といえば当然だが。

 申請者に名前が入ってるし。

「はい、本当に素晴らしい発想をお持ちの方で」

「頭がおかしいの間違いなんじゃないのか? 

 今まで一度にいくつか持ち込む奴はいたが系統はだいたい統一されていた。

 なのにお前んとこの上司は食いモンから家庭道具、子供の遊具、その他多岐に渡る。

 その上今度は染色技術だと? 

 こんなポンポンポンポンと思いつくなんて頭がイカレてるか変人かのどちらかだぞ。

 いったいどんな奴なんだ、見てみたいぞ」

 う〜ん、散々な言われようだがその気持ちはわからなくもない。

 だって全部もとは私が考えたものではないし。

 前世(まえ)の記憶を利用して、こちらにあるものでアレンジしてるだけだから完全なオリジナルではない。

 顔を引つらせて苦笑いしている私の横でマルビスがしたり顔で手のひらで指し示す。

「こちらにおられますが?」

 ピキンッと音がしそうなほどの勢いでテスラは表情が固まり、油の切れた機械のようにぎこちない動きで首を下に向けた。カウンターを挟んでいたので高身長の彼の視界から子供の私の存在は多分消えていたのだろう身長はほぼ半分、目に入らなかったに違いない。

「ハルスウェルト・ラ・グラスフィート様、私の上司になります」

「初めまして、一応マルビスの上司で貴方がいうところの頭のイカレた変人にあたるハルスウェルトです。どうぞハルトとお呼び下さい。以後、お見知りおきを」

 マルビスに紹介されて軽い皮肉を混ぜて挨拶する。

「ハルト? ・・・ハルトって最近何処かで聞いた覚えが・・・」

「それはそうでしょうね、ここに籠もりきりで殆ど外に出ることのない貴方でも流石に名前くらいは御存知のようで安心しました」

 人の悪い笑みを浮かべてるなあ、マルビス。

 多分テスラはいつもこんな感じなんだろう。

 今日入ってきた後直ぐに私の紹介をしなかったのもわざとに違いない。

 ホント、いい性格してるよね。そういうとこ、嫌いじゃないけど。

 対照的なのはテスラだ。

 完全に顔から血の気が引いている。お気の毒に。

「・・・グラスフィート領の英雄って」

 そんなふうに呼ばれてるのか、初めて聞いた。

「まあそうですね、そういう呼び声もあるようですが御本人は恥ずかしがって謙遜しておられるようなのでその呼び方は控えて頂いたほうがよろしいかと」

 うん、そうだね。恥ずかしいので是非止めて頂きたい。

 同意を求めるように私を見たマルビスに頷いた瞬間、ゴンッという大きな音がして驚いてテスラに視線を戻すと彼の頭がカウンターの上に衝突していた。どうやら彼が台の上に額をぶつけた音だったようだ。

「スミマセンッ、これは大変な失礼を、申し訳ありませんっ」

 額から血を出ているのも構わず彼はカウンターの向こうで頭を下げるだけでは足りないと思ったのか土下座状態のようだ。

 爪先立ちで向こう側を覗くと彼の頭のテッペンのつむじが見えた。

 面白いというか、潔いというか、うん、気に入った。

 言葉で誤魔化そうとせずに、即座に非を認め謝罪する辺りは私的には高評価だ。

「大丈夫ですよ、気にしてませんから」

 半分はマルビスのイタズラみたいなものだしテスラに悪気はない。

「私は少しは気にした方がいいと思うのですが」

「ガラじゃないよ、私は怖がられたり畏まられるより気軽に話しかけてくれるほうが嬉しいもの」

 馬鹿にされたり侮られたりするのは嫌だけど彼の口の悪さから推察するにあれは多分彼なりの褒め言葉だ。私と似た捻くれた天の邪鬼タイプ、それでも自分が悪いと思えば意地を通さず謝れる素直さは認めるべき美点だ。

「そういうわけなので顔を上げて下さい。私が変わっているのは間違いないでしょうし」

「普通はそう言われると怒るものなんですけどね」

「だって個性的ってことでしょう? 普通なのは構わないけど平凡は褒め言葉じゃないよね。だったら私は頭のイカレた変人でいいよ」

 世界を変えたり、常識を覆してきたのは大概そういう頭がオカシイと言われてきた人達だ。

 人の道に外れるようなことは許されないが多少変わっているくらいならご愛嬌だと思うのだ。

「・・・だそうなので、顔を上げても大丈夫ですよ。こういう御方なので。

 他の貴族の方なら名誉毀損で訴えられるか無礼打ちされても文句言えませんよ」

 やっぱり貴族社会は面倒そうだ。私も気をつけよう。

 カチンとくるとつい我慢出来なくて言い返したくなっちゃうからなあ、私。

 そういう時は極力丁寧に遠回しに伝えるようにしているつもりではあるけど私がまだ子供だからと許されるうちに少しは直さねば。私一人が処分されるならまだしも周りを巻き込まないとも限らないし。

 高い背を丸めて立ち上がった彼はまるで叱られた大型犬を思わせた。

 なんかカワイイよね、この人。

 憎めないっていうのか、ほっとけない雰囲気がある。得だよね、こういう人。

 ロイもマルビスも喜怒哀楽がないわけじゃないけど本心を隠すのが上手いところがあるのでこういうストレートに感情が表に出る人はある意味ホッとする。

「改めて紹介致しますね、テスラ・ウェイントン。

 この商業ギルドの番犬と言われている男です」

「番犬?」

 確かに犬みたいだとは思ったけど。

「新しいものには目がなくてすぐに飛びつき、誰よりも早くそれを知りたがる。

 なので彼がここに泊まり込み、自宅にあまり帰ろうとしないのはもとから。

 番犬というのはそういう意味も含まれているんですよ。

 この国の商業登録についてはこの領地内の誰よりも詳しいと思いますよ」

「お前のせいで忙しくなったのは本当だぞ」

「ええ。でも商業登録は受付の日時が優先される。

 つまり、貴方の手に渡った瞬間にすでに登録認定優先度は決まっている。

 なので貴方が忙しいのはご自分の欲求を満たしたいが故、同情の余地はありません」

 うわっ、バッサリだ。

 なるほど、彼は知りたがりの彼が新しいものや技術を一刻も早く見てみたい結果の忙殺ということか。ゆっくり片付けても問題ないものを自分の欲求に従ったためにこの状態になっているわけだ。

「とは言え、早く書類を片付けて頂けるのはありがたいことだと思っていますよ。王都なら五日はかかるところをテスラは一、ニ日で処理して下さいますからね」

「あいつらは仕事に手を抜いているだけだ。今日はこれだけか?」

 所謂御役所仕事というやつか。全ての人がそうだとは思わないけど一定数はいるよね、そういう人。

「ええ、申請はそれだけなのですが今日はもう一つお願いがありまして」

「なんだ?」

「ハルスウェルト様の商業登録一覧をお願いしたいのですが」

 そんなものあるのか? 

 一覧っていうほど数は・・・あるかもしれない。

 確か、マルビスとロイが二人して山のように書類を積み上げてたような気がする。

 全てが通るとは限らないし却下されるものもあると聞いたのでどれくらいのものがあるのか把握はしていない。まだそんなに申請を出し始めてから三週間も経っていないはずだし。

「今日の分は入れなくてもいいのか?」

「入れると特急でどのくらいかかりますか?」

 テスラはトントンと、カウンターを指で鳴らしながら少し考えてから答えた。

「明々後日、だな。今までの分だけなら夕方には出せる」

「明日の朝には間に合いませんね」

 う〜ん、とマルビスが唸る。

「何か理由があるのか?」

「ええ、実は明日王都に向かうのですがハルト様が登城なさるのでその時に旦那様に持っていって頂こうかと思っているのですが、流石に無理がありますよね」

 王族に献上する前に出来れば登録を済ませておきたいということか。

 新しいものだと薦めても確かに登録が済んでいるのといないのとでは印象が違う。

 するとテスラは不精髭を撫でながら思案を巡らせている様子で床をじっと見つめて暫くの間考え込むと何か思いついたのか顔を上げる。

「手がないこともないぞ」

 その言葉にため息をついて下を向いていたマルビスが弾かれたように顔を上げる。 

「ここでは最速で明々後日だが、王都でなら明後日だ。

 但し、三倍の特急料金はかかるがな」

 つまり地方で提出されたものが一度王都に集約され、正式に承認され、戻されているわけか。

「ここで二枚、今までのものと今回提出分を入れたものを作成する。

 サインと承認の印を押せるのは今までの分だけだが今回の分を入れたものは認証が通れば王都のギルドで確認してサインと印を貰えば問題ないはずだ。

 勿論、リスクがないわけではない。

 この染め物技術の登録が通らなければ二通分の特急料金はドブに捨てることになる。俺は通るだろうとはふんでいるがこればかりは運もあるからな、絶対ではない」

「ここで二通分、王都で一通分の特急料金というわけですか」

「ああそうだ。で、どうする?」

「それでお願いします」

 マルビスは一瞬も躊躇わなかった。

 こういう判断力の速さも私が彼が凄いと思う理由だ。

「わかった、手配しておく。依頼書三通分の特急申請用紙だ」

 そう言ってテスラはカウンターの下から三枚の紙を取り出し、マルビスに渡す。


 折角の機会なのでマルビスが用紙に記入している間、気になっていたことを私はテスラに聞いてみることにした。

「テスラ、商業登録って物や技術以外にどんなものがあるの?」

 特許みたいなものだと理解はしているがこういう申請みたいなものは色々な取り決めや約束事みたいなものがあってわかりにくい事が多い。解釈の違いや言葉のあげ足取りみたいなものもありそうだし、抜け道とかもありそうだ。

 マルビスが当たり前として理解していても私にとっては違うこともあるはずだ。

「商売、金になるものは殆どだ。マルビスに教わらなかったんですか?」

「同じように教えてくれたよ、でもよくわからないこともあって。

 要領書とか判例集みたいなものはないのかな?」

 よくありがちな専門家が当然としていることを省くので、素人には意味がよくわからない専門用語だらけの不親切な『初めての○○』というテキストみたいなものだ。聞けばマルビスは丁寧に教えてくれるけれど、そもそも初心者の私には何を聞けばいいのかということさえわかっていない事が多い。

「ギルドで売ってますよ、本は庶民にとっちゃ高額なんでほとんどは仕事をしながら覚えるのが常識で買う奴は滅多にいませんが」

「いくら?」

「金貨五枚です」

 確かに高いが安い紙でも価格は一枚銅貨一枚ほど、紙が貴重である以上、驚くほどの値段でもない。

 本は高級品だ。平均的庶民のほぼ一ヶ月分の給料だ。

 出せないわけではないが私にとっても決して安い買い物ではない。

「どの程度まで載ってるの? 試し読みはできる?」

「まあここで数ページ読む程度なら」

「見せて」

 中身を確認しなければ出せない金額だ。

 買ったはいいが知っている事ばかりだったということになったら買う意味がないからだ。私はテスラから差し出されたそれを受け取るとパラパラと流し読みをする。

 商売というものはしようとすれば物が無くてもできるものだ。

 その最たるものが情報という何をするにも欠かせないものであるが他にも技術や音楽、文学に至るまでお金に変わるものは沢山ある。どこからどこまでがこの国では登録に値するものなのか知る必要がある。私達が作ろうとしているのは商業施設であり、娯楽施設であり、保養施設でもある。マルビスは専門外のことにもある程度詳しいけど全部を網羅しているわけではないだろう。勿論、この先そういったことに詳しい人間も順次雇う必要があるだろうけど、全て任せきりにするのは駄目だろう。

 最低の基礎知識は頭に入れておかなければ。流し見たそれにはやはり形あるものではないものの登録についても色々と私の知らないことが載っていた。

「買うよ、どこでお金は払えばいいの?」

「即決ですか、ここで構いませんよ。あまり必要ないと思いますが」

 私が懐の財布代わりの袋から金貨を五枚、取り出すとテスラは領収証を書いて渡してくれた。

 こういった知識というものは無駄になることはないというのが私の行動理念でもある。

 まあ、興味があるかないかは別の話ではあるけれど。

「これから新しい商売しようと思うなら詳しく知っておいて損はないでしょう? 

 私が思ってたより随分登録範囲が広いみたいだし。後で使用料や追徴金がかかってくると赤字にならないとも限らない。そしたら金貨五枚なんてあっという間だよ」

「コイツが側にいるならコイツを使えばいいと思うのですが」

 そう言ってテスラは申請用紙に記入しているマルビスを指差した。

 確かに彼に聞いてしまうのが一番楽だし確かなのかもしれないけど、

「マルビスは信用してるし頼りにもしてるよ。

 でも私は彼におんぶに抱っこしてもらいたいわけじゃない。

 組織のトップである以上最後に責任を取るべきは私でしょう? 

 知りませんでした、わかりませんでしたは許されないことも多い。

 私は責任を部下に押し付けるような上司にだけは絶対になりたくない」


 私は私がなりたくなかったものにはなりたくない。

 部下のしたことはおろか自分の失敗ですら他人に押し付ける上司が大嫌いだった。

 押し付けるだけならまだマシだ、押し付けた上に自分のした事を棚に上げ、責め立てる、そんな人間には死んでもなりたくない。わからないなら聞けばいい、出来ないのなら任せればいい、だけど任せたのならそれは任せた者にも責任があって当然なのだ。出来もしない公約を掲げて守りもせず、何か問題が起これば下に責任を押し付けてトカゲの尻尾を切るような政治家みたいな上司にはなりたくない。

「私はまだ子供で守られる立場であることが多いし、出来ないことも多いけど私が守れるものもあると思うから対等は無理でも負担にはなりたくない」

 じっと見つめてくるテスラを私は見上げて答えた。

 するとテスラは長い前髪の間から見える目を丸くして爆笑した。

 あれ? ここは笑うところなのか?

 呆れるのならまだわかるけど腹を抱えて笑うほどおかしなこと言ったつもりはないのだけれど何かがテスラのツボにハマったらしい、暫くの間、彼の笑い声は止まらなかった。


「なるほど、コイツが惚れ込む理由がわかりましたよ」

 何故私にわからないものが私と初対面のテスラにわかるのだ?

 笑いが止まったテスラがマルビスの方を見て言うと、ちょうど書き終わったのかマルビスがペンを置いて顔を上げる。

 誇らしげな彼の表情の意味もよくわからない。自分が鈍いことは認めるが言葉にしない何かを二人が視線で交わしているのくらいはわかる。

 なんか仲間外れにされた気分だ。

 釈然としないままムッとしているとテスラは私に思いもかけなかった提案を持ちかけた。

「人手、足りてないんですよね? 俺を部下に雇う気はありますか?」

 へっ? なんでそういう展開になるの?

「仕事上、引き継ぎもあるんで直ぐにとはいきませんが是非貴方の下で働いてみたくなりました。ここにいる百倍は面白そうだ」

 要するにテスラの労働意欲の基準は面白いか、面白くないかの二択なのか。

 そういえば彼は新しいもの好きの知りたがりだった。

 好奇心旺盛なところは私と似ていなくもない。夢中になると周りがみえなくなるあたりも他人事とは思えない。人材としては面白そうだけどマルビスの意見を聞いてみなければわからない。

 私はマルビスを見上げた。

「私としては優秀な部下は一人でも欲しいところですがこれからも申請を出すのに彼がここに居てくれた方がありがたい部分もあるんですよね」

 テスラの事務処理速度が速いって言ってたし、マルビスの言うことにも一理ある。

 するとテスラはそれに首を横に振った。

「逆だな、俺がいれば申請が必要なものかどうかすぐにわかる。

 申請を出すにしても書類を上に回しやすく仕上げて提出すれば処理も早くなる。まあよっぽど出来の悪い奴がくれば別だがそれはないだろう」

「どうして?」

「ここのところのグラスフィート領からの申請の量が半端ないからだ。

 下手な奴を寄越せばパンクするのが目に見えてる。

 普通王都でも商業登録されるのは日にニ、三件程度だ。それを三人の人間が処理している。グラスフィート領ではこの三週間ほどの間に百件以上の申請が持ち込まれた」

 ってことは王都の倍以上の申請数なのか。

「凄いね」

「凄いって、申請者は貴方ですよ。

 代理人はコイツかロイエント・ハーツって男になってましたが」

 突っ込まれて私は思い当たり、あっ、と声を洩らした。

「だって、私じゃどれが申請対象かわからなかったから。

 マルビスがロイと二人で私の部屋で使ってたものをチェックして説明させられたり、図解させられたりはしたけど、私、説明下手だし」

「ハルト様はそれが新しい商品として売り出せるものだと自覚なく作ったり、使ったりしていたのですよ。ただこうしたほうが便利だからとか、自分が食べてみたかったからとかそういう単純な理由で」

「そうなると申請ラッシュはそろそろ止まるのか?」

「いえ、明日から十日ほど王都に参りますのでその間は止まりますが、試作段階に出されているものが何点かありますし、まだ屋敷の中に申請した方がいいものがある可能性も否定出来ない。それにこの方はいきなり何か閃いて走り出すこともあれば、帰宅するとこのような物を作っていることもあるので」

 そう言ってマルビスが視線向けたのは今日持ち込んだ布の山。

 別に特別な事をしているつもりはないのだけれど。

 だって複雑ではなくても他にも存在しているものなんだよね? 

「そんなにおかしな物を作っているつもりはないんだけど」

「と、いうことなんです」

 マルビスが肩を竦めて言うとテスラが再びゲラゲラと笑いだした。

 何故笑う? 

 私には彼の笑いのツボがわからない。

「こりゃあマルビスの苦労もわかるな。で、どうなんだ? 俺を雇う気はあるのか?」

「その胡散臭い格好をなんとかしてくれるなら私としては是非欲しい人材ではありますが」

 うん、確かに胡散臭いことこの上ない。

 この格好でウチにきたら門番に止められるのは間違いないだろう。

「マルビスが決めていいよ。どちらにしろ人手は増やすつもりだったし、私じゃ必要な人材はわからない。マルビスもロイも働き過ぎだからね、二人が少しでも休めるようになるのならそれに越したことはないもの」

「もっと働けとは言わないんですか?」

 テスラに問われて私は答えた。

「なんで? 休息は大事だよ? 

 優秀な人材は大事にしなきゃ、マルビスやロイの代わりはいないんだから」

 何を当たり前のことをと断言した私に彼は決めたようだった。

「是非とも俺も加えて下さい、格好は貴方の下に入るまでにはなんとかしますよ。

 ようは伯爵家に出入りしても問題ない程度に体裁を整えればいいんですよね?」

「本人に変える気があるならそちらは私がなんとかします」

 つまりその労力を使ってでも手に入れたい人材だということだ。

 ならば私に否はない。


「じゃあ決まりだ、よろしくテスラ」

 私は彼に向かって手を差し出した。




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