第八十八話 全てをその一言で片付けないでほしいのです。
お嬢様方は全部で九人。
どうにか歩ける方には申し訳ないが歩いていただき、イシュカが一人、閣下と辺境伯に二人ずつ背負って頂いた。ガイには先頭で警戒しつつ逃走経路の確認と確保を、細心の注意を払って甲板の見張りをしてくれているリディとケイのもとに向かう。
本当はカッコ良く女性の一人くらいは抱き上げたかったのだが失礼ながら力不足で持ち上げらなかった(女性が重かったわけでは決してない)。ならばおんぶで背負おうとしたら背が足りなくて女性を引き摺りそうになり、お姉様がたにクスクスと笑われて、『今後に期待しているわ』と、慰められた。
男としては実に微妙なところだが、お姉様がたが笑ってくれたのでこれはこれでヨシとする。
私のヘッポコぶりがウケて笑いを取ったのもこの際上等だ。
やはり美人には笑顔が似合うというものだ。
女性九人を順次ハンモックを吊るしたジップラインでライオネル達のもとに送り出し、残る要救助者は甲板に転がる船乗り達を残すのみ。
ウォルトバーグ達の目に入りにくい遠くから一人ずつ背後から近付き、口を塞いで救助に来たことを伝えた上で縄を解き、静かに脱出させていく。これは気配を消すのが上手いガイとリディが担当し、ケイは念のために他にも人質が残っていないか船内の見回りに出かけて行った。閣下と辺境伯は気付かれた場合に備えて戦闘体制を整えたまま密かに待機。一番強いと思われるウォルトバーグをどっちが相手にするのか言い争っていた。
言うまでもないだろうが、雑魚二人ではなく、親玉を相手取りたくて揉めていたのだ。
この人達、自分が負けるとは全く、全然、微塵も考えていない。
強いヤツとただ遊びたいだけなのだ。
大人げなく静かに喧嘩している二人を私は睨み、二本の紐を取り出し片方だけを片結びして二人の前に差し出すと、『結び目がある方を引いた方にウォルトバーグのお相手をお願いします』と伝えると、不承不承頷いて二本の紐を睨み据えた。これもどちらが先に引くか揉めたのだが有無を言わさず閣下に先に選ばせると辺境伯がアタリを引いて喜び、閣下は不本意そうに顔を顰めたが、それも仕方なしと潔く諦めてくれたのでひとまずホッとする。
こうして一人、また一人と回収しつつ、残すところは目立つ場所にいる四人だけ。
だが、これが問題なのだ。
二人は場所的に少し離れているからなんとかなるかもしれないが、残る二人はどうやってもウォルトバーグ達の目の前を横切る必要がでてくる。
とりあえず閣下達に気を引いてもらったその隙に、と思ったところでケイが一人担いで戻って来た。
聞けばこの船の船長で、女性達が乱暴されそうになったところを止めようと飛び出したが、多勢に無勢、戦うことが本職の兵士達に敵うはずもなく、あっという間にノされて船底近くの船室に閉じ込められていたという。オマケにそこは集まる負の感情に引き寄せられて魔素が溜まり始めていたために慌てて抱えて来たのだと。
魔素というのは人間を含めた動物の負の感情や死に際の生への執着、死臭に引き寄せられるものだとサキアス叔父さんが言っていた。私は魔素と縁が比較的薄い。私所有の私有地に魔素溜まりみたいなものが見られないのは娯楽施設であるウェルトランドは人の陽の気が集まりやすい、魔素が集まる環境や条件と対極にある場所であるからだろうと推察していた。
閉じ込められ、生命の危機を感じる人質と船員、凶暴で残酷な人間の性を剥き出しにした人間が集まれば、当然そういうことになる可能性もありえるわけで。
だが、ケイがそこから回収して来たこの人は船長で船乗り。
私はとりあえず傷口を塞ぐ初級の治癒魔法を掛けながら考える。
と、なると、だ。
これは明らかにおかしい。
一人多い、数が合わないことになる。
どういうことだ?
ウォルトバーグの手下の数ならまだしも助けた船乗りが同僚の人数を間違えるというのはありえない。
となればすぐに考えられる理由は三つ。
これは輸送する商船、商人が船乗りと間違えられたか。
船長が重傷だったため、既に殺されたと判断していたか。
もしくはウォルトバーグの配下が船員になりすましているかだ。
だが同僚が殺されたとは聞いていない。二つ目は外していいだろう。
他に可能性がないわけではないのだけれど。
商人か、配下か。
だとすれば・・・
「おいっ、リディ。お前、先に岸に戻って助けた船員達を確認が取れるまで隔離か拘束しろ」
私のいつものブツブツと言う呟きに咄嗟にガイが即座に小声で指示を出すとリディが頷いてジップラインに飛びつき、すぐに岸に向かう。
「悪いがジイさん。アンタも拘束させてもらうぜ。敵方でないという保証がない」
「ああ、構わん。そうしてくれ」
ガイの言葉に背を向け、彼は縛りやすいように後ろに手を回す。
そしてその手足をケイが縛り上げていく。
「どうする? 残り四人の中に混じっていないとも言い切れん」
「拘束したまま担いでくるしかあるまい」
辺境伯と閣下の言葉にガイが難しい顔をする。
「だが何も仕込んでないとも言い切れないぜ?」
ありがちな縛られたフリや縄抜けするための道具、その他色々用意していないとも限らないわけで、助けに行ったはいいが仕込まれた毒にヤラレましたでは問題だ。そうでなくてもまだバレていないであろう船に乗り込んできた私達の存在を大声を張り上げて知らせる可能性だってある。
しかし、だからといって、
「かといって見殺しにするわけにもいかんだろ」
閣下の言葉にガイは少しだけ床の一点を見つめて考え込むと縛られたままジップラインのハンモックに乗せられようとしていた船長に尋ねる。
「ジイさん、一応聞いておくが残っている四人の中で見覚えのないヤツはいるか?」
確かに白髪でそれなりに年配だと思われるけれどジイさんというほどの歳には見えない。だが今はそんなことを押し問答している場合ではないので黙殺する。彼はガイの問いかけにその人はぐるりと甲板の上を注意深く見渡し、
「暗いんで断定はできんが」
そう、言いおいて顎で船の前方、デッキの方を顎で指し示した。
「あれだ。あそこに転がされているヤツが保証できん」
「何故だ?」
「着ている服と腕だ。何日間も同じ船の中で生活してれば何度も同じ服を着回しているヤツが殆どだ、見慣れてもくる。潮風や日差しを浴びれば服の傷みも早い。新品のおろしたてをたまたま着ているならわかるが服が上等すぎる。
ただ若いヤツの中にはハルウェルト商会の所有する新しい船の船長になりたいという野望のあるヤツもいるんでカッコつけて一張羅を着ているかもしれん。それにあの腕、海の男にしては細いようにも見える。海の男は力自慢が多い、筋肉のつき方にも特徴がある。だが腕の全部が見えているわけではないんでウチのヤツという可能性も捨てきれん」
聞けば納得の理由にガイが頷く。
「わかった。参考にさせてもらおう」
しかし、ウチの船の船長が若い船乗りの憧れとは。
そういえばマルビスが小さい船の操縦士はすぐに見つかっても客船の船長を任せられるというとなかなか人選が難しいと言っていたっけ。だけどまあ、この船長以外は私からすればどんなに腕が良くても却下かな。女性の危機に庇って前に出られないというのは大きなマイナス点だ。状況確認の必要はあるだろうが客船でお客様を守ろうとしない船員はアウト、任せられない。それを考えればか弱い女性が襲われているのに見て見ぬフリをした時点で失格だ。
守れないではなく、守ろうとしないのがいけない。
「で、どうするんだ?」
船長をハンモックに乗せて送り出した後、辺境伯がガイに尋ねてきた。
「多少手荒いが後ろから近づいて気絶させてから拘束したまま運ぶ。向こうにはリディもライオネル達もいるから問題ないだろ。理由はすぐに察してくれるはずだ」
ガイの出した提案に閣下が頷いた。
「まあ無難だな」
確かに、大の男を担いで運ぶのはそれなりにキツイだろうがここにいる私以外の人達は人一人運ぶ程度の重労働など屁とも思わない人ばかりだ。その程度なら多少の面倒が増えたという程度だろう。この中で一番細身に見えるイシュカでさえ団長の立派なガタイを抱き上げられるというし。
特に口を挟む不安要素も思いつかなかったので私が黙っているとケイがまずは名乗り出た。
「了解しました。ではガイはあちらの船員を。デッキの方は私が」
デッキって、一番危険性の高い人ってことでしょう?
相変わらず選択肢がある中で一番危ない仕事を迷わず率先して取るところは変わっていない。むしろそれが当然だと思っているところがある。そりゃあ立場上仕方がないことなのかもしれないけど、だからってケイを粗末にしていいなんて思っていない。それは綺麗事かもしれないし、誰かがやらなきゃならないことだってわかっている。
釈然としない顔をしている私を見てケイが微笑む。
なんでそんなに嬉しそうな顔をするの?
文句を言ったって全然構わないのに。
私は無意識にイシュカの服の裾を掴んでいるのに気がついて慌てて放すと、それを見たイシュカが優しく髪を撫でてくれる。
みんな私に甘い、甘過ぎると思う。
「気を付けろよ?」
すぐにそちらの方向に向かうケイにガイが声を掛ける。
「心配ありません。荒事には慣れてますから。御存知でしょう?」
「そうだったな。じゃ、頼んだぞ」
こんな時の私は役立たずだ。
まだ身体も小さくて力も弱い。
女性一人も抱き上げることが出来ない。
体格上、ある程度は仕方がないってわかってる。
でも、それが悔しい。
「イシュカ、お前は絶対御主人様の側を離れるんじゃねえ。いいな?」
「わかってます。絶対に傷一つつけさせません」
イシュカが私の肩を抱いて力強く答える。
「俺らの回収が終わったら後は予定通りだ。閣下と辺境伯はウォルトバーグのヤツらの相手を、俺達は残った船員を回収しつつ、必要なら援護に入る。イシュカは団長達に突入の合図を。それでいいか?」
「構わん。任せておけ」
「ワシもだ。援護など必要ないとは思うがな」
ガイの確認に閣下と辺境伯が頷く。
「一応他にも潜んでいる可能性もある、充分に気をつけろ。
じゃあ行くぞ、ケイ。ドジるなよ」
そう言ったガイの言葉にケイと二人、音も立てずに足早に歩き出した。
そうして無事(?)二人を回収してジップラインで送ったところでいよいよ作戦は最終段階。
閣下と辺境伯がジリジリとウォルトバーグ達との距離を詰め、その後にガイとケイが続き、閣下達がウォルトバーグ達に襲いかかった時点で行動開始。
ガイとケイは閣下達に全員の視線が集中したところで素早く残り二人の人質の後ろに周り気絶させるとすぐに用意していたハンモックに押し込み、速攻でライオネル達のもとに送り、剣を交えている二人の方を振り返る。
案の定というべきか、嬉々として閣下達は戦いを楽しんでいる。
笑ってるし・・・まあいいけど。
一応万が一に備えてガイを二人の見物人に置き、私達は三人で港にタラップを降ろす。
するとすぐに団長や連隊長達が乗り込んできて、
「よくやった」
と、一言、私に声を掛けるとイシュカに視線で合図を送り、即座に私はイシュカに抱えられて強制撤退となった。不本意そうに声を上げる私に連隊長が小さく笑った。
「ここからは私達の仕事ですよ。お疲れ様です、ハルト」
そう言われては引っ込むしかない。
罪人の捕縛は国の仕事、私の出る幕ではない。
私の立場はあくまでも協力者だ。
団長達が突撃してくるとガイ達も一緒に引き上げて来た。
船に背を向け、四人で通用門に向かって歩き出す。
・・・結局私が今回したことは?
大筋の作戦立てて、運河を渡る氷の橋を作っただけ。
付いてくる意味はあったのかな?
二年前、役立たずはもう嫌だと思っていたのに、結局私は何も変わっていないのではないか?
悔しかった。
もっと頑張っていれば何か他にも出来ることがあったんじゃないのか?
こうしてイシュカに抱きかかえられ、戦場から引き離される。
私はダメダメのままじゃないのか?
みんなに頼られる男になると誓ったはずなのに。
「そんなことありませんよ?」
唇を噛んで俯き、黙っていた私の上から、そんなイシュカの声が降って来た。
あれっ?
なんでこのタイミングでその言葉?
カッコ悪い泣き言を言うつもりなんてなかったのに。
「私、何か口に出してた?」
いつものようにブツブツとやらかしてしまったのかと見上げると、そこには優しい瞳が私を見つめていた。
イシュカは小さく首を振って教えてくれた。
「いいえ、何も。ですがこういう状況で、貴方のそんな顔を見れば貴方が何を考えているかくらいはわかります。伊達に二年間、離れずずっとお側に置いて頂いたわけではありませんから。
『私は何もできなかった』とか、仰るのでしょう? わかってますよ」
それもそうか。
もともと私はそんなわかりにくい性格していない。
「お見通しなのか。そうだよね、私、単純だし」
なんか益々落ち込みそう。
役立たずの上に甘やかされて、気を遣って貰って。
私が目指すカッコイイ男像はまだまだ遥か彼方だ。
シュンとした私を見てイシュカがクスリと笑う。
「そんなことありません、今でも貴方は私にとって目が離せない、不思議でならない存在ですよ。私がわかるのは貴方の喜怒哀楽の感情くらい、相変わらず貴方には吃驚させられるばかりですから」
「だよなあ、俺もそう思うぜ?
今回の侵入方法とかについてもそうだ。まさか運河の川の上を歩いて渡ろうなんて突拍子もない手段を使うとは思わなかったし、船と陸をワイヤーで繋いで救出させようなんて考えもしなかった」
イシュカに同意して続けたガイの言葉に私は小さく首を横に振る。
相変わらずの過剰評価だ。
私はそんなに変わったことをしているつもりはない。
ただ広い範囲を凍らせるにはそれなりの魔力量がいるから誰もやらなかっただけだろうし、ジップラインにしたってまだ馴染みが薄いからみんながその存在を思い出さなかっただけだろう。
チラリとガイが私に視線を流す。
「それだけじゃねえ。オマケにあの状態の女達をあそこまで上手く宥めるなんて思ってもみなかった。
ああいう現場に出くわすのは初めてじゃねえが、大概泣き喚いて手がつけられねえことが殆どだ。それでいつも時間も食うし、苦労すんだよなあ」
「ですよね。あれにも感心させられました」
・・・・・。
私、少しは役に立ってたの?
いつものように言いたいことを言いたい放題言っただけなのに。
イシュカとガイの会話を私は黙って聞いていた。
「いつもながら驚かせてくれるよ、我が御主人様は。
全く、末恐ろしいったらないぜ。
将来とんでもねえ女タラシになるんじゃねえの?
いや、まあそれも今更か。既に大勢の男をタラシ込んでいるしな」
「タラシてないよっ」
思わずガイの宣った言葉に反論すると何を馬鹿なことを言ってるとばかりに肩を竦めて返される。
「タラシてんだろ。ファンクラブ、親衛隊、信者に崇拝者。それも何百って単位で。イシュカ、警備体制はしっかり敷いとけよ? その内誰かに拉致られんとも限らねえ」
「勿論です」
だからタラシてない。
いや、タラシ込んでいるつもりはないとこの場合には言うべきか。
「まあ大人しく捕まるタマでも、捕まったままでいるタマでもねえけど」
「相手が正攻法で来るとは限りませんよ」
ガイの言葉にケイが割り込んできた。
そりゃあ私は黙って王子様や騎士様の助けを待つような殊勝なタイプではない。
決してないけれど。
「だが御主人様に手を出した時点でソイツの人生はほぼツミだ。腹黒陛下とハルウェルト商会の両方を敵に回して無事でいられるわけもねえし。そんな馬鹿は滅多にいないとは思うが今回のようなこともある、油断はできねえか」
「ええ。この間マルビスが隠密諜報部隊を作ると息巻いていましたよ。
今後、全ての暗殺計画は実行に移される前に全部握り潰すと」
なんなの、この扱い。
私はどこぞの深層の令嬢か、姫君か。
さもなくば国の重要人物みたいじゃないか。オカシイだろう?
いや無事じゃいられないって、むしろ要危険物取扱注意指定人物なのか?
何よりもマルビスのその発言こそ危険極まりないような?
私は悪の組織の総統か?
「怖えよ。本当にやりそうだな、アイツ」
「やるでしょう。おそらく」
ガイとイシュカの言葉に思わず顔を青くする。
「なんか、話が大きくなってない?」
恐る恐る尋ねた私にガイ、イシュカ、ケイの声が返ってくる。
「そうか? こんなもんだろ。なにせウチの御主人様だし」
「ハルト様ですから」
「驚くほどでもありませんね」
なんか最近、何か非常識な事件や事柄、私のやること、成すこと全て『ハルト様ですから』の一言で片付けられているような気がするのは私の被害妄想だろうか?
最早普通だとは、流石の私も口にしませんけどね。
出来ればもう少しマイルドに表現して欲しいと願うのは、
私の贅沢なんでしょうかね?




