第八十六話 使えるものはなんでも使うのがモットーです。
ひとまずは団長から渡された契約書にサインするのが先。
私は支部の事務所に駆け込むとすぐさまペンを握り、走らせた。
ウォルトバーグの道連れは一人でも少ない方がいい。
その間にも捕えた襲撃者の身元確認はほぼ終わり、フリード様が報告に来てくれた。
やはり捕獲された者の中にはウォルトバーグの姿はなく、逃走経路を塞いでいるなら船の中に潜伏している可能性が高いという。やっと百六人分の署名を終え、魔力を多少持っていかれたものの然程でもない。排水溝を登る時に使った魔力はまだ回復しきってはいないがほぼ満タン状態に近い。戦闘ではお荷物かもしれないけど補助魔法なら私でも充分役に立つはずだ。
私はイシュカとガイ、ケイとライオネルを伴って港へと向かう。
するとそこには突入したはずの騎士、団員、ウチの警備がズラリと並んでいた。
「どうかしたの?」
一番後ろにいた騎士に状況を聞けばウォルトバーグのヤツが船に残った船員などを人質に立て籠っていという。
先程見せしめとばかりに一人の船員が剣で刺され、運河に突き落とされたという。一応救助に一人運河に飛び込んだらしいがその生死はわからない。一応全員にポーションを持たせてあるので水から引き上げた時点で息があれば助かるかもしれないが微妙なところだという。そして今はまたこちら側が見える位置の船室にヤツは閉じ籠もっているらしい。タチが悪いのはこちらから射掛けられないように人質を甲板のところどころに縛り付けたり、放置したりと攻撃を防ぐための壁に使っているらしい。如何にも悪役らしいといえばらしいのだがそれを聞いた時私は呆れてしまった。
貴族の誇りを掲げて蜂起したのではないのか?
そんなみっともない真似して恥ずかしくはないのか。
己が野望と悪事が破綻したなら、いっそハラキリするくらいの潔さを持てというものだ。っと、サムライではないのだからハラキリはないか。この世界での一般的な自害の方法は確か首を自ら切り落とす、だったはず。魔素に取り憑かれて魔物化し、無様な姿を晒さないためなのだろうけど。
「それで突き落とされた人はどこ?」
まず最優先は被害者救済が先だろう。
無事ならその人から情報が取れるはず。
私は指し示された方向に向かって走り出す。
運河の側道沿いを通用門に向かって戻ると一人の船乗りらしき男を抱えた騎士とそれを囲む二人の兵が見えた。様子から察するに今、引き上げられたところのようだ。
「状態は? なんとか助かりそう?」
すぐに駆けつけると色々聞きたいことはあれどそれどころではない様子だ。切られた上で冷たい運河の水の中に落とされたのだ、タダで済むわけもない。
「一応ポーションは飲ませましたが微妙なところです。思ったよりも傷が深くて」
私の問いにすぐさま答えが返ってきたが、確かに顔色がかなり悪い。かろうじて息をしていると言った方がいいだろう。ポーションのおかげで傷は塞がり、出血自体は止まっているようだがこのままでは体温が奪われて体力が持たない。私は風魔法で服を乾かすが冷えた体を温める必要がある。
すぐに通用門に向かって走り、焚き火の元に走るが顔色も益々白くなり、身体の震えも止まらない。このままでは明らかにマズイ。
聖属性魔法は他と比べて少々魔力操作が私は下手クソだ。一般的に多少の怪我なら自然治癒力が落ちるのであまり使うべきではないとされているので使う頻度が少ないせいだと思うが必要以上に内包している身の上だ。どうせ使った先から魔力も回復していく、回復魔法に使ったとしてもさして問題はないだろう。
「私がやってみる。周囲の警戒をお願い」
「承知しました」
意識を集中するためにイシュカにそう言付けて呪文を唱え始めようとしたところで思わぬところから待ったがかかった。
「ハルト、待ちなさい」
フリード様だ。
「その人は私が治そう。君はこの先の戦いに備えなさい」
「でもっ」
「戦場で治療は私の方が経験も豊富だ。こういうことは加減も心得ている。
それよりも君には君にしか出来ないことがあるだろう?
人質はこの人だけではない。君の力はまだこれから必要になる。
まずは魔力は温存しなさい」
「だったら尚更フリード様の方がっ」
私よりもずっと強いのだ。私が担当した方が良いに決まってる。
そう言おうとしたところでフリード様が後ろに視線を流し、その名を呼ぶと、私の後ろから手が伸びてきた。
「失礼します」
イシュカだ。
私は抱え上げられ、そこから引き剥がされた。
その隙にフリード様が彼を癒しに掛かる。横たわっていた彼の顔色がみるみる赤みを取り戻していくのがわかった。まだ完全とはいかないであろうが荒く吐いていた息が落ち着き始める。
それを確認するとフリード様は立ち上がって私の前に立った。
「ハルト。私を立ててくれる君の気持ちは嬉しい。
しかし、私の魔力が空になっても私の代わりはアインツやバリウスが務められる。
だが君の代わりはまだ育っていないのだよ。
一番弟子であるイシュカですらまだ及ばない。
ハルトが言っていたように君の戦い方が浸透し、一般的になってくればいずれその才能を越す者が現れることもあるだろうが残念ながら今はまだいないんだ。
だからこそ私は私に出来ることを、君は君にしかできない仕事をやるべきだ」
私に出来ること?
つまり、船の中に囚われている人を助け出し、ウォルトバーグと捕縛する方法を考えろというのか?
「しかし私は戦場での対人戦闘経験はありませんっ」
それはフリード様の買い被りすぎだ、私にそこまでの力も知略もない。
出来ませんと言いそうになった私の声をフリード様が遮った。
「ハルト、君には足りないところを補ってくれる者達がいるだろう?」
その言葉に私は一瞬動きを止める。
するとフリード様は優しく微笑まれ、続けた。
「勿論、私達も協力する。『一人では出来ないことも力を合わせれば出来る』だろう? ハルトはよくそう言っているじゃないか」
そう仰って私の後ろに視線を向ける。
私はコクリと息を呑んだ。
そうだ、そうだった。
私には心強い仲間がたくさんいる。一人で考える必要はないんだ。
自分の足りない部分を補ってくれる、そんな仲間を今まで、たくさん集めてきたじゃないか。
私はキュッと唇を噛み締め掌を握った。
「イシュカ、ガイ、ライオネル、ケイ。私に力を貸して?」
そんな私の問いかけにすかさず応えが返ってくる。
「勿論です」
「ったりまえだろう?」
「聞かれるまでもありません」
「全てお望みのままに」
考えろ、考えろっ、考えろっ!
思考を止めるな、模索しろ、今出来ることの最善を。
何か絶対方法があるはずなのだ。
大丈夫、みんなが私を助けてくれる。
キッカケさえ掴めれば、足りないところは補ってくれる。
私の出した拙い案も必ず完璧に補強してくれる。
きっと、必ず見つけられるはず。
ウォルトバーグに気づかれず、船に近づき、人質を解放する方法が。
助けた人が気がついたら聞きたいことがあるから声を掛けて欲しいと頼み、私は一気に思考の海に沈んだ。
時間も掛けられない、物資にも限りがある。
その中で出来ること、利用できる物を利用する。
私が今までやってきたことだ。
マルビスとジュリアスに必要物質があることを確認しつつ、無いものは代替え品を検討して揃え、早急に人質救出作戦の準備が整えられていく。
舞台は運河上の船、港に停泊はしているものの突入経路となる桟橋から船へと続くタラップも外されている。アンカーが降ろされ、しっかりと船を岸壁に停める際に太いロープを巻き付けるビットに固定されているが、このロープを渡って船に守備よく忍び込めたとしても人質にコレを渡らせるわけにもいかない。
となれば当然水面に浮かんでいる船に近づく手段は限られる。
気がついた船乗りから聞いた話ではどこかに隠れて潜んでいない限りは現在ウォルトバーグとその仲間が七人、他船乗りが八人、女性が九人ということだ。つまり助け出す必要があるのは全部で十七人。鉄鉱石を運搬し、ベラスミで売るための食料品を積んで帰る航路でジャックにあったそうだ。
なるほど、敵のことを褒めるわけではないがなかなかに賢いと言える。
積荷が食料品あるということはそれをわざわざ手配してから乗っ取る必要もないわけで、後はそれに足りない物を用意するだけで事足りる。どのくらいの食料が残っているのは定かではないもののそれなりに籠城できるだけの備蓄がされているわけだ。しかしながら船で逃げるにしても船の運行に必要な乗組員全てを殺しては出航出来ないし、肝心の操舵はケイに外されてここにある。逃げ場は既にない。
全く往生際が悪すぎる。
最優先事項は人質の救出だ。
船乗りは多少手荒に海に放り込んだとしても海の男が泳げないということはないのですぐに引き上げれば問題もなかろうが水音が響くのはいただけない。全員いっぺんに飛び込ませたとしても御婦人はそうはいかない。船の上から狙い撃ちにもなる。となれば他の方法を取るしかないのは明白で。
極力迅速に、物音を立てずに侵入、人質解放の必要がある。
小船で近づいても大型船積の甲板に乗り込むにはなかなか骨が折れる。
だが、それを可能にする方法がある。
私達は準備万端整えてなるべく静かに、目立たぬように対岸にまでやってきた。
ここからは隠密行動に長けた人選が最適だ。
選抜メンバーは少数精鋭、大人数で近付けばそれだけ気付かれる危険も増す。イシュカ、ガイ、ケイ、後はリディをお借りした。閣下と辺境伯も付いて来ると言ったので、人質解放の準備が整うまで大人しく待機を条件にOKした。今回ばかりはレインもお留守番、閣下もゴリ押ししなかった。ライオネルとランス、シーファも一緒だが、彼にはこの場所でやってもらう仕事がある。
突撃するメンバーはなるべく闇に紛れるために暗い色の服に着替えた。
「準備はいい?」
小声で囁くように言った私にみんなが頷いた。
私達はそれぞれ必要な荷物を背負うと小型船舶用の桟橋に階段を伝って静かに駆け降りる。向こう岸では団長達には出来るだけウォルトバーグの気を引いてもらうようにケイの持ってきた操舵をネタに交渉を頼んである。
ここは密かに特訓していた成果を見せるべきだ。
まさかここでこれを披露する予定になるとは思わなかったけれど。
何故かって?
だってコレはとっておき。
冬場のウィンタースポーツの代表格の一つを流行させようと目論んでいたものだからだ。
私は身体が水に落ちないようにイシュカに押さえてもらいながら桟橋から身を乗り出して水面に手を近づけると呪文を唱え始める。水温が低い。これなら消費魔力も抑えられそうだ。
次第に辺りに冷気が漂い始めると手元からピキッと小さな音がしてそれは船に向かってまっすぐ一定の幅の道を作っていく。気を抜いてはいけない。厚く、長く、船の真横に届くまで。繊細な魔力コントロールが必要なのだ。真っ直ぐ、真っ直ぐ、水面に氷の橋を架けるようなイメージで。少しずつ、だがグングンと減っていく体内魔力の四分の一を消費した辺りでそれは完成した。
そう、氷の道の完成だ。
企んでいたのはスケート競技の発祥と流行。
まずは遊びとして楽しんでもらい、いずれは私の大好きだったフィギュア、迫力のスピードスケートなどの新たな氷上のスポーツ競技への発展を目論んで、再来年にでもベラスミが落ち着いてから冬場の客寄せとしてウェルトランドの湖にスケートリンクを開設しようとしていたのだ。とはいえスケート靴は完成していないので今日は短いベルトに釘を刺して、それを靴に巻きつけた簡易スパイクで歩くしかないわけだけれど。
寒空の下、緊張で汗をかきつつ、フウッと息を吐いて身体を起こすとガイとケイ以外が驚いたように目を剥いていた。
「信じられん。本当に運河の上に氷の道を作りおった」
「此奴が非常識なのは今更だが、しかし、驚いたな」
吃驚したように呟いている辺境伯に閣下が同意する。
その言い方、否定できないだけにちょっとだけ傷つかないでもない。
「私も知りませんでした」
ポツリとイシュカも驚いたように言った。
そりゃあ内緒にしてたもの。
みんなが寝静まった夜や早朝にそっと隠形の闇魔法の練習も兼ねて抜け出して練習していたのだ。
特にマルビス達商業班にバレると面倒そうだし。
またその理由を問い詰められ、聞き出され、猛烈な勢いで着手されたら益々暇がなくなるではないか。なんでも一気に広め過ぎては後も続かない。それに一つのものが定着する前に他のものを広めては一過性のものでしか無くなってしまうかもしれない。
血湧き肉躍る格闘技系の競技だけでは面白くないでしょう?
私は娯楽としてのスポーツを定着させ、出来ればそれが地方に伝わることによって形を変えて色々な競技に派生、発展していくのもありだと思うのだ。
「みんなを驚かそうと思って密かに練習してたんだけど、ガイとケイは知ってたみたいだね」
冬場の客足が落ちる季節の客寄せ企画を考えていたわけだけど。
「全部は知らなかったぜ?
夜中になんかコソコソやってんなあとは思ってたけどな。なあ、ケイ」
「ええ、まあ。屋敷の敷地内から出て行かれるというわけではありませんでしたから少し離れたところから周囲を見張ってはいましたけど。集中されているようだったので声を掛けるのは遠慮させて頂いてました」
気配に一際敏感な二人の目をかいくぐれるとは思っていませんでしたけどね。
最近は私が屋敷にいる時に出かけていることも多かったから大丈夫だとは思っていたのだけれど、やはり甘かったようだ。私が複雑な顔でクシャリと顔を歪めたのを見てガイがククッと笑う。
「ちったあ気配を消すのも上手くなってきたが俺らを誤魔化せるまでの腕にはまだまだ遠いってこった」
上手くなってきたと褒められたのを喜ぶべきか、まだまだ遠いと言われたことを嘆くべきかは微妙なところだがイシュカに気づかれなかったことを思えば少しは上達したのかな?
結構イシュカはオンとオフの切り替えがハッキリしてるから四階にいる時はリラックスしているせいもあるのだと思うけど、以前は大概気付かれていた。ガイとコッソリ特訓に出掛ける時はイシュカに見つからないようにと荷物のようにガイの小脇に抱えられて(姫抱っこではなく)抜け出していた。
「なんでまたこんなことを?」
イシュカに首を傾げて尋ねられ、私は答える。
「それは内緒。計画にも至らない構想段階だし、まだ上手く魔力の調整ができないからもう少し効率よく表面を凍らせられるようにならないと魔力消費が悪くて」
ただ凍らせるってだけではダメなのだ。
綺麗に平らにならないと氷の凸凹に引っかかって転んでしまう。しかも人が大勢乗っても割れない程度でっていうとそこそこの厚さも欲しいだろう。簡単そうに見えてなかなか厳しいところもある。
だが今回は真っ平らでなくてもいいわけだからそこまで魔力消費もヤバくない。
「また其方、何か始めるつもりか?」
「娯楽は一つでも多い方が楽しいでしょう? 人生は謳歌しなきゃ」
呆れたような閣下の声に私がそう答えると、今度は辺境伯に大きな息を吐かれてツッコまれた。
「おヌシは謳歌し過ぎであろう? 魔術を生活や戦闘にではなく娯楽に使用する方向で考える者は今まで殆どおらんかったからな」
辺境伯の言うこともわからないわけじゃない。
大抵の場合に於いて優先されるべきはそちら側だからだ。
生活にゆとりがあって安定していたとしても普通なら今の生活をより良く、暮らしやすくを求めるし、戦闘職や魔術師ならより戦いを優位に進めるための大規模攻撃魔術や強化魔術に舵を切る。『より楽しく』というものは『より暮らしやすく』に比べると必要性も優先度も低い。面白くなければ『それがどうした?』で切り捨てられるものだ。
だけど折角の人生、私は楽しまなきゃ損だと思っているだけで。
ただ生活のために生きるだけでは面白味にも欠けるだろう。
この世界ではまだまだ娯楽というものが少な過ぎると思うのだ。
カツカツの生活の中でもちょっとした小さな幸せ、喜びがあるのとないのでは潤いというものが違う。
そういう意味ではまずは劇場でのお笑い興業を将来定着させたいところだが、アイドル事務所なんてのも面白いかもとも思っている。しかしこれには歌や踊りといったエンターテイメント、見世物的要素も必要なのでまだまだ先の話ではあるけれど、それを考えるとまずは基盤として舞台役者をイケメン、美人、可愛い系の役者を揃えて抱えるのが先だろうか。
そんな自分の趣味に走った話は横に置いておくとして。
「その点については否定しませんが私としてはここまで急激に色々と広げるつもりはなかったんですよ。そのあたりの苦情はウチの有能過ぎる商業班の面々に」
私の今の年齢はまだ一桁。
この世界の平均年齢、五十から六十あたりということを考えれば人生の五分の一しか生きていないわけで先は長いのだ。
徐々に、徐々にですよ、そこは。
私がそう言うと辺境伯はモゴモゴと口を開く。
「いやまあ、特に文句があるわけでは・・・」
「ひとまずこれで道も出来ました。そういった話は全てが終わってからにしましょう」
時間は無限にあるわけではない。
「そうだな、団長達が向こうで交渉して気を引いてくれてる内にな」
「ええ、急ぎましょう」
閣下の言葉にイシュカが頷く。
「滑って落ちるなよ、リディ」
「誰に物を言ってるんですか、ガイ。私はそんなヘマはしませんよ」
ガイとリディは似た者同士と言おうか、イシュカとは別の意味でいいコンビだと思う。イシュカとガイが真逆とするならガイとリディは多分似たようなタイプでお互い勝手がわかってるってことだと思うけど。
私が二人のやりとりに気を取られ、足元がお留守になって転びそうになるとすかさず後ろにいたケイが背中を支えてくれた。
「ハルト様、歩きにくいようなら私が抱えてお連れしますが?
私はこういった道は慣れていますので」
そうか、ベラスミはケイは地元、雪国育ち。雪道も、アイスバーンも歩き慣れているということか。ならばコケてみっともない姿を晒して敵方に見つかるくらいなら素直に頼った方がマシだ。いつもならその役目はイシュカなのだが氷の道は流石のイシュカも歩きにくそうだし。
私はケイの申し出に素直に頷く。
「うん、足手纏いになるのも嫌だし、お願いしてもいい?」
「勿論です」
そう言うとケイは軽々ヒョイッと私を腕に抱え上げた。
ガイよりガタイのいいケイだけど、大量の荷物を背負った上でこの余裕。
「ケイ、荷物持ってやろうか?」
「全部背負ってますから問題ありません。ハルト様お一人程度の重さが負担になるほどヤワではないですから。御心配、ありがとうございます」
揶揄うように言ったガイに平然とケイがそう返す。
「まあそう言うとは思ったが」
「大丈夫ですよ、ハルト様は死んでも下に落としません」
いやむしろ、死ぬくらいなら落としてほしい。
氷の上に落ちたところでせいぜい打撲、悪くて水の中に落ちて風邪っぴき、二、三日寝込めば済む話、こんなところにまで命をかけてもらうほどではない。
「上の方の風がそこそこ強くて助かったな。音がかき消される」
閣下が上を見上げて呟いた。
確かに風は吹雪くというほどではないがそれなりに強いがこの氷の上は運河両岸の岸壁もあって上ほどは風も強くないので身体がさほど風で煽られることもないのはありがたい。
「気を抜くな。風が声を運ぶこともあるからな」
閣下の言葉を嗜めるようにガイが声を顰めてそう言った。
「ああ、そうであったな。悪い、気をつけよう。ではここからはなるべく手振りと視線で行こう。急ぐぞ」
閣下は更に声を潜めて謝罪するとそう提案し、みんながそれに頷いた。
折角立てた作戦も気付かれては意味がない。
最優先は人質の無事救出。
その後はほぼ行き当たりばったりだ。
話によれば船に立て籠っている敵方戦力は七人だけ。
その中で注意すべきは三人。当然ウォルトバーグとその護衛の二人だが当然閣下や辺境伯より遥かに格下。梃子摺るような相手ではない。人質を取られているからこそ厄介なだけなのだ。
後は資金面で影響力のある四人は雑魚に近い戦闘力。
つまり人質さえ救出してしまえばこちら側の戦力はむしろ過剰。
暴れ足りないというお二人に存分に活躍して頂こうというわけで。
私の今回の仕事もサポートだ。
邪魔にならないようにキバリますとも、当然でしょう?
私の最大の長所はこの無駄に多い魔力量だ。
使えるものはなんでも使うのが私のモットー。
その中には勿論私も含まれていますから。