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第八十五話 それは失礼というものです。


 塀の上から侵入出来ない。

 となれば残る手段は通用門をブチ破るしかないわけで。

 当然こちらも頑丈に作ってありますよ?

 人の出入りがありますから火属性、光属性魔法は通していませんが。

 危険ですから。

 重厚な門は表面こそ装飾と厚みを出すためと、威圧感削減のために木材加工を表面にしていますけど当然ですが鉄板入り。

 鍵もカンヌキも勿論掛かります。

 ですが安心しないで下さいね?

 攻め込む敵を懲らしめる手段は他にも用意してありますから。

 まずは折角綺麗に仕上げた通用門を簡単に壊されては困るので丸太を数十人で抱えてブチ当て、壊そうとしているようですが、こちらも計画通りにさせません。

 内側に観音開きに開く扉前、道を空け、丸太を抱えて突進して来たところで敵兵を塀の中へと御案内。

 勢いを殺すことができずに飛び込んで来た彼らをわけがわからず唖然と見送っている残りの兵達を入口前の門をピシャリと閉めて再び太いカンヌキをしっかり二本掛け、まずは三十二人を本隊から引き剥がし、分断。


 状況が飲み込めずに内側に誘い込まれた兵は目を白黒させつつも閉じられた通用門を振り返る。が、ザッと聞こえた足音にそこが敵地のド真ん中であることを思い出し、剣を構えるが予想外の事態に目を見開く結果となる。

 ベラスミのこの施設に所属している警備兵はその数およそ五十。

 しかしながら彼らを取り囲んでいたのはそのおよそ四倍以上、シルベスタ王国所属近衛騎士百名余りとハルウェルト商会の抱える兵士の内上位五十名を加えた総勢二百超えの兵力でお出迎え。

 圧倒的な人数差に加え、最前線を陣取っているのは近隣諸国でも名を馳せている戦闘狂・・・って、違う、違う。国内屈指の猛者達だ。

 マリンジェイド近衛連隊長、アストラエル元近衛連隊長、レイオット侯爵閣下、ステラート辺境伯だ。


「何故だっ、何故こんな数の兵がここにいるっ」

「こんなものは格好だけのコケ脅しに決まっているっ、検問所の記録にこんな数の兵士の入領記録は残っていないっ」

 次々と飛び出す眼前の事実を否定する言葉。

 信じられない、信じたくないって気持ちはわからないでもない。

 やや後方で彼等の様子を伺いつつ、私とマルビスを隠すように前に立っていたイシュカとライオネル達が陣取っている。既に彼等にとって見知った顔であろうイシュカがにっこりと微笑んで応える。

「いいえ、彼等はまごうことなき我がシルベスタ王国近衛騎士達ですよ?」

「そんなはずはないっ、だとしたら不法入領だっ」

 まあそう言い掛かりを付けたくなるのも道理だが、そんなことは当然だがしていない。だからこそ王都からウチに向かっていた彼等を検問所を潜る前にレイオット領の街に戻したのだから。大勢の騎士がグラスフィート領に滞在していることを隠すために。

 一歩ライオネルの背後から歩み出てマルビスが彼等の前に姿を現してそのタネ明かしをする。

「いいえ、ちゃんと間違いなく手続きしています。

 但し、騎士としてではなく、商人として」

 レイオット領の街に戻した理由はただ一つ。

 大勢の騎士がグラスフィート領に滞在していることを悟らせず、ベラスミでの検問所を商人として通過してもらうための下準備のためだ。

 百人の近衛騎士達はレイオット領の商業ギルドで商人として登録を済ませ、グラスフィートの我が家に滞在、そして二日前、ハルウェルト商会保有の商船で商人としてベラスミの検問所を通過したのだ。

 騎士としての通過記録がないのは不正でもなければ不思議なことでもない。

 

「検問所での身分証提示はそれを複数持っている場合、必ずしも騎士として通る必要はない。彼等が持っている身分証は騎士、貴族、商人の証明書。身分を証明出来るのならどれを使おうと個人の自由なのですから。

 そうですよね? 我が主人、ハルウェルト・ラ・グラスフィート様」

 マルビスにそう話を振られてイシュカが少しだけ身体を横にズラすと勿論そこにいるのは私だ。

 彼等はいるはずのない私の姿を見て明らかに動揺する。

「なんで貴様がここにいるっ、死んだはずではないのかっ」

 私はなんのことだとばかりの顔で首を傾げる。

「何故? 何を根拠にそう思ったのでしょうか?」

 肩を竦めてみせる私の姿を彼等は凝視している。

 彼等からすれば暗殺に成功しているはずの私の幽霊が現れたようなもの。ワザとらしく少しだけ間を空けてポンッと掌を叩き、今思い出したとばかりに付けくわえる。

「ああ、そういえば先程検問所付近からシルベスタ王国魔獣討伐部隊の一団が到着したと連絡が入ったのですが、その合図は火炎系魔法の二発打ち上げ、でしたかね?」

 私がチラリと視線を流すと連隊長が苦笑する。

「ああ。アイゼンハウント団長達もやって来ているぞ。この開園前のベラスミでゆっくり温泉に浸かって休暇を楽しむのだと言っていたな」

「連隊長も既に温泉は愉しまれたので?」

「ああ勿論だ。いいな、アレは。日頃の疲れもすっかり取れた」

 それが本当かどうかは定かではないが、彼等を迎え打つ準備の合間に入る温泉は悪くはなかったのだろう。白々しくトボケた調子で合わせてきた。

「しかしながら居心地が良すぎて些かのんびりし過ぎてしまってね、すっかり身体が訛ってしまったよ」

 そうにこやかな顔で彼等を見渡すと連隊長はゆっくりと見せつけるように腰の剣を抜く。

「なので今日は久しぶりに身体をしっかり動かそうと思っている」

 そう言って連隊長が剣を構えたのを合図にそこにいた騎士、兵士が一斉に剣を抜く。


 こうなってしまえば最早言い逃れは出来ない。

 私を貴様と呼び、生きていることを疑った時点で暗殺未遂共犯者であることは確定、ハルウェルト商会ベラスミ支部襲撃も現行犯。よくて牢獄か島送りの強制労働、悪ければ極刑。全ての企みは泡沫の夢と消え、ここを拠点とし、新生ベラスミ王国の貴族へと返り咲くつもりが犯罪者。行くも地獄、戻るも地獄の道行ならばやぶれかぶれで突撃するくらいしかないわけで。

 しかしながらシルベスタ王国五強のうち四人が揃い踏み、逃走すべき退路からは残りの一人、連隊長と肩を並べ、双璧と謳われる団長が進軍中、五強全てがもうじきこの場所に雁首揃えることになる。それプラス総勢三百超えの軍勢から逃げられるわけもない。しかも現在ここにいる三十二名は襲撃部隊本隊から切り離され、塀の内側へと誘い込まれてしまっているのだ。

 一週間前からまだかまだかと臨戦状態の閣下と辺境伯が先陣切って突撃をかますとあっという間に近衛騎士百人に取り囲まれ、抵抗虚しく呆気なくお縄となる。この三十二人をしっかり踏んじ張り、服をひっぺがし、奴隷紋がないことを確認すると空にしておいた倉庫に見張りを付けて転がしておき、残りの襲撃兵をまた分断に掛かる。

 分厚い扉はこちらの状況を伝えていないのか、通用門前では再び太い丸太が用意され、再度突撃準備をしているようで、門の上に陣取ったガイが身振り手振りとゆっくりとした唇の動きでそれを伝えてくる。

 そしてガイの合図とともに再び今度は三十八名の兵を御案内、門を閉められる前に割り込んで来た十五名もついでに招き入れ、残りはまた締め出した。そうして閣下と辺境伯がまたしても暴れ回り、僅かばかりの負傷者はフリード様にお願いして癒しに掛かり、一人の死者、重傷者を出すことなく敵勢力の半数弱を捕らえた。


「なかなか考えましたね。相手がほぼ同数であるなら相手戦力を分断して戦いに持ち込むとは」

 連隊長に感心したように言われたが、これも古い映画で使われていた手段。私の考えたものではないけれど、これは何度も使える手ではない。

 こんなものはいつまでも続けられるものじゃない。

「別にたいしたことでもありません。

 相手の戦力を削るのには悪くない手段ですけど、どちらにしてもこの方法は何度も使えるものではないですから。相手も馬鹿ではないでしょう、次も上手く行くとは限りません。

 それに肝心の親玉がまだ出てきていませんから」

 ウォルトバーグを捕らえなければこの戦は終わりじゃない。

 安心するのはまだ早い。

 通用門上にいるガイを見遣ると腕を顔の前で交差してバツ印を作り、握った掌を動かしてこちらに外の状況を伝えてくる。

 どうやら向こうもこちらの策略に気付いたようだ。

「やはり向こうも対策を打ってきたようですね」

 そう簡単にはいくわけないか。

 どうやら今度は開いたと同時にもう一本の丸太を放り込み、扉が閉まらないよう算段をつけているようだ。結構対応が早い。半年以上も近衛の特殊部隊の目をかい潜ってきただけはあるということだろう。

 もう一回くらい成功させて半分以下に向こうの戦力を削りたかったところだが仕方ない。頭が良い人間がいるということはこういうことだ。私程度の猿知恵でいつまでも優勢を取れるわけもない。

 だが下手な鉄砲数打ちゃ当たるということで。

 

「では次の手に参りましょう。それではみなさん、お願いします」

 そう私が言うと通用門前の広場にいた騎士、兵士達が連隊長達実力者を残して一斉に建物の中や物陰に隠れる。

 本当は敵戦力を目一杯中に誘い込むために有名どころは下げたかったのだが立候補されては仕方がない。囮になれるのかも定かでない強者が待ち構えているところにイシュカとライオネルが門を開け、すぐにその場を離れると二人は私が隠れている物陰までやってくる。

 その正面、建物前には閣下と辺境伯のツートップが仁王立ち、少し離れた広場の隅には連隊長が待機している。そこにいるはずの味方の姿もなく、不思議そうにキョロキョロと見渡しているのだがニヤリと不敵に笑った二人が殺気を放つと一瞬彼等はビビッたものの、そこは多勢に無勢、まとめて掛かれば怖くないとばかりに突進を始めたところで広場は大きく穴を空け、水を張った穴に落下する。

 今まで何故底が抜けなかったのか。

 それは土属性持ちの兵士達が掘り下げた穴の上に連隊長が平らに結界を張り、蓋をしたからだ。その上に土を被せてカモフラージュ。魔力量四千超えの連隊長の結界はちょっとやそっとじゃ割れたりしない。それを魔石を使って保持していたわけで、兵の大多数が広場中央を走り抜けようとした瞬間に解除。雑兵達は落下し、この寒空の下、凍えるほどに冷たい水の中にドボンッというわけだ。

 僅かに逃げおおせた兵達も、門の上からガイに網を掛けられ、縺れて倒れてところを物陰から飛び出した近衛達にあっという間に取り押さえられる結果となる。


「おおおおおっ、大量だな。コレは」

 掘られた穴の底で悲鳴を上げつつアップアップしている襲撃者達を見下ろしながら辺境伯が呑気な口調で宣った。

「ええ。真冬の寒中水泳はさぞかし凍えることでしょう。重い装備を万全整え、鎧を着ているならば尚更です」

 そんなふうに同情しつつ、連隊長がその隣に立ち、一緒に彼等の必死に足掻く姿を眺めている。

 この人達、完全に面白がってないか? 

 それはそれで構わないのだが何事も程々にしてほしい。

 冷水で体力も体温も奪われて、這々の体で水から上がってきたところをガッチリと捕縛されることになる。死ぬか生きるかの寒中水泳から脱出できたところで彼等を待っている人生は既にほぼ詰んでいる。


 ハンパな覚悟で反乱なんて起こさないで下さいよ。

 全く。

 私は心の中でブツブツと呟く。

「死なせては面倒なので服を剥ぐか、風魔法で乾かして焚き火でも焚いてあたらせておいて下さい」

「その必要はあるか?」

 私の言葉に閣下が尋ねてくる。

 ひょっとしてそのまま見殺しにするつもりだったとか?

 いやいやいや、それは流石にマズイでしょうよ。

 自業自得と言えなくもないですし、生き残ったところでマトモな人生が待っているとも思えないのも確かなんですがね。

 それでも、

「私の私有地内で死人が出るのはなるべくなら遠慮したいです。開園前の施設ですから縁起が悪くなりそうで」

 やめてほしいんですとは言わなかったが私の言いたいことは伝わったらしい。

「成程、承知した。それはわからんでもないからな」

 辺境伯は納得してくれたのかクイッと顎で近衛達に指示するとロープが水の中に投げ込まれ、残った襲撃兵も引き上げられた。

 良かった、理解してくれた。

 ホッとして顔を上げると通用門の向こうに見慣れた姿を見つけた。

 団長達、緑の騎士団御一行様とウチの警備達だ。

 どうやらそちら側もおおかた片付いたらしい。

 思っていた以上に片付くのが早いのはやはり過剰戦力のせいだろうなと思った。



 ドタバタとした騒ぎが落ち着いてきて辺りを見回すと斬り合い、打ち合いの戦闘になっているところはもうみえない。

 だが肝心の報告がきていない。

 どこかでもう捕まった?

 それとも私のところに報告がきていないだけ?

 今回の場合は私はどちらかと言えば命を狙われた被害者的立場になるのではないかと思われるので報告が後回しになってもおかしくないけれど。

 私は広場付近をイシュカとガイと一緒に見回りつつ、異常や捕縛の取り残しがないことを確認して回ったところで痺れを切らし、団長のもとに言って尋ねる。


「もうウォルトバーグは捕らえられました?」

「いや、こちらには逃げて来なかったぞ」

 外周側にはいなかったのか。

 ならばあの水の中にいたのだろうか。

 鮨詰め状態というか、ごった煮状態というか、見事に上からは頭しか殆ど見えなかったし、水から上げられた兵士達はみんな一様に疲れた顔をしていたので区別がつきにくかった。

「連隊長、ウォルトバーグはいましたか?」

「いえ、まだその報告がきていませんね」

 やはり連隊長も見ていないのか。全ての兵がウォルトバーグの顔を見知っているわけじゃないし、確認が取れていないだけ?

 でも貴族から平民に格下げされたから気に食わないと反乱勢力集めるくらいプライドが高いヤツが縛られ、無様な姿を晒して大人しくしているものだろうか。策略家であるのなら逃げ出す隙や反撃の機会を伺って大人しくしているというのも考えられなくはないけれど。

 二百人という数は少ないようで結構多い。

 身元などの確認もすぐにできるものでもないだろう。

 とりあえず水の中にもう人がいないことを確認すると地面に開けた穴を魔法で迫り上げ、ついでに水で湿った土を乾かす。誰かがついうっかり足を滑らせて落ちないとも限らない。

 国内屈指の近衛騎士と団員を馬鹿にするなって?

 誰が彼等が落ちると言いました?

 おそらく落ちる誰かがいるとしたら間違いなく私でしょう。

 考えことを始めると前が見えなくなってコケたりするし。

 だからこそさっさと戻すんでしょうが。

 地面をトントンッと足で踏んで、間違いなくそこが埋め立てられたことを確認すると不意に上げた視線の先にリディの姿を見つけ、駆け寄る。

 気になるものは気になる。

 うだうだ考えているなら聞いた方が早いというものだ。

 私の考え過ぎ、急かし過ぎというならそれでもいい。

 聞くだけならばタダだ。


「リディ、ウォルトバーグが陸と船、どちらにいたか知ってる?」

 私がそう尋ねるとリディは頷いて応えてくれる。

「船です。船に乗り込んだのを確認しています」

「となると船の中で戦果の報告でも待っているのか? 自分の手下どもが全員とっ捕まっているとは考えていないってことはあるか? 御主人様が生きてるってまだ知らないとなればその可能性もなくはないか。

 それとも気づいているなら逃げる手段を考えていやがるのか」

 ガイがブツブツと呟きつつ首の後ろを右手でさすりながら思案げに左上空を見上げる。

 確かにその可能性もなくはない。

 こういうことをしでかす人間は大概において部下や仲間を救うために飛び込んでくるなどということをするとは思えない。

 だが襲撃者達はズラリと並んだ近衛兵を見て驚いていた。

 つまりここにこれだけの数の兵がいることをここに来るまで知らなかったということだ。そうなるとウォルトバーグが現場に出張って来ていないとするならば、彼等が全て捕縛されたことをまだ知らない可能性も捨てきれない。しかしながらウォルトバーグの魔力量からすれば反乱軍と呼ぶには小さいがその中で最高戦力であろうことを考えると現場に出て来ない可能性はあるのか? それともヘンリー様のような魔力はあっても体力はない、戦闘に向かないタイプであるから出てきていないということもなくはないけれど。だが逆に用心深い相手であるならばこちらの様子を下々の者に任せっきりということなどあり得るだろうか。

 色々と考え始めればキリもない。

 ガイの意見を考慮しつつ、リディが応える。

「それはどうでしょう? あの規模の船を動かすにはそれなりの数の人間がいりますよ」

「まあな。数の帳尻はおおよそは合っているのか?」

「ほぼってところですかね。確実なところまでは把握しきれていませんから兵以外はどうだと言われると微妙なところですが。余分な人間を乗せればその分の荷物も食料も嵩みます。極秘裏に動きたいというなら人数を増やせば秘密も漏れないとも限らないでしょう?」

 リディの言う理屈もわからなくはない。

「最初からそれだけのために使い捨てるつもりならどうだ?」

 そう、ガイの言う通りなのだ。

 人を平気で奴隷に貶す人間のやることだ、普通に考えてはいけない。

「ああいう手合いは目的達成のためなら手段を選ばないぜ?」

 私達が何やら相談しているのが気に掛かったのか、団長と連隊長達が寄ってくる。

 まず確認したいのはウォルトバーグに詳しい連絡がいっている可能性だ。

 この騒ぎで私兵が戻ってきていないとすればある程度の状況は把握できるとしても戦況まで把握し、私が生存していることを知っているのだろうか?


「団長、取り逃した兵は?」

「おそらくいないはずだ。逃げ道となりえる場所は事前にお前らから確認している。三手に分かれて全部塞いだはずだ。見晴らしもいいし、しかも逃走してきたヤツは数人だぞ? 俺らがやったことといえば殆どソイツらの逃走経路を塞いだことくらいだ」

 三手ということは、目の前の運河に掛かる橋と塀沿いの西と東に延びる道のことか。橋は正面、東はベラスミ港方向、西側は施設の入園口に続いていて、すぐ近くにはウチの管理するハルウェルト港が荷を降ろすのにも便利な場所に存在している。

 ここは検問所からも遠くない。

 団長達がここに駆けつけてくるのにそんなに時間も掛からないだろうが、それはあくまでも正面からだ。塀沿いの道の片側は運河だ。入場門側の橋から回り込んで道を塞ぐとすれば正面から来るよりは時間が掛かる。塀沿いには隠れる場所は殆どない、近づき過ぎても向こうに気づかれやすいはずだ。

 私が考え込んでブツブツと言い始めるとイシュカが眉を顰めて口を開く。

「何か嫌な予感がしますね」

「ああ、俺もヤバイ感じがする」

 ガイがそれに同意して港の方向を見遣る。

 すぐに手の空いて者を率いて向かう準備を整えると見張りの兵を残してフリード様にこの場をお願いして連隊長が動き出し、団長も団員達にすぐに追いつくと言い置き、それに追随させる。

 勿論、血気盛んな閣下と辺境伯もこれに付いて行った。

 周囲に人気がなくなったところで団長が持っていた封筒を差し出してきた。


「悪いがハルト、至急コレにサインをしてくれ」

「なんですか、コレ」

 怪訝な瞳で眺めて私は尋ねると団長は私の耳もとに口を寄せてきた。

「渓谷の方の襲撃犯の中にいた奴隷契約者達の新たな契約書だ。

 ウォルトバーグがそっちの指揮権を他のヤツに預けてたんでコレ幸いと命令権がウォルトバーグに戻される前にソイツに指示させてサインさせた。後はお前のサインを書けば完成する。アイツらもある意味被害者だ。ウォルトバーグの道連れにさせるのも偲びないんでな。念のため陛下に許可を取って用意していた」

 なんともまあ用意のいいことで。

 囁かれた内容はわからなくもない。

 既に私の魔力量なら解除可能なのは実証済み。

 主人であるウォルトバーグにソイツに従う命令を出されていたというなら確かに絶好の機会。

 団長達はプライドが高ければ自害もあり得ると踏んでいるわけか。

 そうなれば上書きしておいた方が間違いない、間違いはないが。 

 私がジト目で見上げると団長が苦笑する。

「一時的なものだ。取調べが終わって処分が決まった時点で一度解除する」

 本当でしょうね、それ。

「それなら良いんですけど。

 これ以上色々と私に押し付けるのは御遠慮願いますよ?」

「わかっている。疑うのなら契約書はとりあえず持ったままでもいいぞ? そうすればお前の方で契約破棄も出来る。陛下には俺から言っておくから」

 いや、それもちょっと出来れば御遠慮願いたい。

 奴隷契約書といえばかなりの重要書類。管理するのも面倒そうだ。

 そういうものは極力身の回りに置きたくはない。

 小さく溜め息を吐いて私はそれを受け取る。

 団長の言う通りだ。

 主人と共に命を落とすことを考えるなら無理矢理脅迫されて従わされた結果が憎いウォルトバーグの地獄行きの御供ではあまりにも悲惨だ。


「承知しました。では団長を信じます。

 まあ約束を破ったら団長の今後御飯の用意を止めるだけですから」

 団長が一番嫌がりそうなペナルティを用意すれば問題もなかろう。

 私がそう言うとウチの御飯がお気に入りの団長は大いに慌てた。

「そっ、それは勘弁してくれっ」

「約束を守って頂ければ済む話です」

「わかったっ、わかったっ、絶対だ、絶対っ」

 この焦り方なら間違いなく守ってくれるだろう。

 安心してそれを受け取ると結構重い。

 いったい何人が奴隷契約させられていたというのか。

 本当にロクでもないことだ。


 早速すぐにでもコレを終わらせて私も港に向かいたいところではある。

 すぐにペンのある近くの事務所に向かおうとすると通用門から入ってくるケイの姿が見えた。

 どうやら向こうでの仕事を終えて追いかけてきてくれたようで、私達の姿を認めると足早に近づいてきた。何か向こうで不都合があったのか、それとも単純に私達の手伝いに来てくれたのか。

 多分後者だろうなと思いつつ尋ねてみる。

「どうかしたの? ケイ、何かあった?」

 こういう時は不測の事態というものが充分起こり得る。

 見上げたケイの表情は少し固い。

 彼を疑う必要はないのだが、迷っているといったふうの様子に首を傾げるとガイが割り込んできた。 

「おいっ、ケイ。その手に持っているヤツはなんだ?」

 持ってるって、何を?

 そう思って視線をそちら側に下げる。

「いや、その、ここに来る途中で港に停まっているはずのない船が停泊していまして、これを」

 おずおずと差し出してきた右手に握られていたのはかなり大きなもの。

 見覚えのある、ここにあるべきではないものの存在に私は目を剥いた。

「計画では商船は全て他の港に移動させるという話でしたので怪しいと思い、忍び込んで外してきたんですが」

 そう、船の心臓ともいうべき操縦に必要な舵輪。

 盗難を避けるためにそれを外して港に止めている船もあると聞いたことはあったけど。

 計画では確かに貴重な船を壊されても困るし、基本的にウチでは夕方以降の受け入れはしていないので停泊を認めているのもウチの船積だけ、それ以外は許可していない。

 つまりはウチの船でない以上、所謂不法停泊状態なわけなのだが。

 みんなの反応にケイが決まり悪そうに呟く。

「流石にマズかったですかね。やはり戻してきた方が・・・」

「そんなことない、そんなことないよっ、これはお手柄だよ、ケイ」

 要するにコレの予備が置いてない限り、船は動かすことが出来ない、運河を使っての逃走は出来ないわけで。

 ガイは一瞬の間を置いた後、腹を抱えて笑い出した。

 その笑い声に何事かと周囲にいた人達の視線がこちらに集まった。

 うん、まあ、わからなくもないよ?

 舵輪が無くては逃走を計ろうにも、コレがここにあるってことは、まだそこにウォルトバーグがいるとするなら連隊長達が捕縛に向かった今、完全に包囲網が完成したということになる。


「なんか、お前の側にいるヤツら、みんなお前に似てきてないか?」

 大笑いしているガイを眺めながらボソリとこぼした団長のその言葉に私は首を傾げる。

 このタイミングで言うということはガイかケイのことだとは思うのだけれど、側にいるみんなと称するからには一人ではないということで、イシュカに関しては二年前くらいからことあるごとに似てきた、似てきたと言われている。そんなに似てきたかなとは思えどもイシュカに関しては私の困った癖が感染っているので否定しきれないのだが、ガイやケイはそこまで似てるとも思えない。

 しかしながら一緒に暮らしていると性格や嗜好が似てくることもあるというから一概に否定もできない。家族のように、いや、もしかしたら家族より長い時間一緒に過ごすことも多いとなれば別に不思議なことでもないのかもしれないけれど、だからといって、

「そうかな? それはみんなに失礼な気がするけど」

 こんな無鉄砲な粗忽者に似ていると称されるのは如何なものか?

 後先考えずに飛び出して、周囲に迷惑かけまくる(こんなの)に似てると言われたら私だったら間違いなく嫌だ。

 ねえ、とばかりに同意を求めるとケイは大きく首を横に振る。

「いえ、とても光栄です」

 ・・・・・。

 だからなんで嬉しそうなの?

 わからない。

 どう考えても趣味が悪過ぎでしょう?

 いや、聞いた人選が悪かっただけか。

 私のやること、なすこと全肯定のケイに聞いた私が間違いだ。

 微妙な顔をしている私を見て団長がクックッと笑っている。


「とりあえず俺も先に船に向かう。お前らはハルトのサインが終わってから来るなら来い。念のため橋と通りには団員のヤツらも半分残して配置して、逃げ出して来るヤツらがいたら捕まえるように指示してある。応援要請の連絡が来てないってことは滅多なことはないだろう。そうなるとやはりヤツはまだその停泊中の船のなかに隠れている可能性が高いからな」


 団長はそういって私が頷くのを確認すると港に向かって走り出した。

 

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ケイの手に握られた舵輪… 〜〜〜 笑いが止まらん〜 お腹痛い〜〜〜
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