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第十九話 再び町にお出掛けです。


 結局叔父さんと会うのは出発当日まで持ち越されたようだ。

 何故かと言えば父様もロイも兄様達、叔父さん、到着したばかりだという新しい執事候補も籠もりきり、食事も書斎に運ばせるという徹底ぶりで徹夜していたらしいからだ。

 今日も朝早くから仕事を始めたらしく扉の外にまで妙に張り詰めた空気が漂っていたので邪魔しないほうが良さそうだと判断してランス達を護衛にマルビスと一緒に町に出掛けることにした。今日はついでに冒険者ギルドと商業ギルドにも顔を出さなければならないということでおしのび仕様は解除、お出掛け用の服に着替えて馬車に乗り込んだ。


 まずは当初の予定通り、昨日染めたばかりの布を持ち、仕立て屋に出向く。

 前回来た時には身分を隠していたので今日は所作にも気をつけねばと先に降りたマルビスの差し出した手を取って馬車を降り、カランカランと扉に付けられたベルを鳴らしそのまま店内へと入る。

 さすが町一番の仕立て屋だけあって店内は華やかだ。

 この間町に来た時は極力一般庶民に近いところという私のリクエストもあったのでここまで豪華な店ではなかった。店内に飾られている布やレース等の装飾品も一目で一級品とわかる。鮮やかな色とりどりの布地、透けるように薄い物からベロアのような厚めの光沢のある物まで揃えられ、前世(もと)ハンドメイド大好き女子としてはテンション上がりまくりだ。

 無駄遣いが許されている昔の私のならボーナス後に大人買いしていただろう。


「いらっしゃいませ、ようこそお越し下さいました」

 店奥から店主らしき壮年の紳士が現れ、私達の姿を見て驚いたように少しだけ目を見開いた。

「おはようございます、朝早くからすみません」

 一歩前に歩み出て、マルビスがかぶっていた帽子を取り、軽く頭を下げる。

「いえ、もう開店の時間はとうに過ぎておりますのでお気遣いなく。

 失礼ですがそちらは伯爵家御子息、ハルスウェルト様であらせられますか?」

 随分と察しがいいことだ。

 マルビスの連れであり、貴族らしい格好をした子供とくれば当然絞り込まれる人選であるとはいえ、すぐさま見抜く辺りはこの人も一流である証だろう。私は軽く頷くと彼に向き直り挨拶する。

「はい、ハルスウェルト・ラ・グラスフィートと申します。以後、お見知りおきを」

「わざわざ御丁寧に、恐れ入ります。

 私、マクスウェル・ラインゴットと申します。この店の店主に御座います。

 お初目にお目にかかり恐縮です。こちらこそ宜しくお願い申し上げます。町で噂のハルスウェルト様とお会い出来る機会に恵まれるとは光栄の至り、ご来店歓迎、感謝致します。

 それで本日はどのような御要件で?」 

 実は、と前に一歩歩み出てマルビスは昨日のうちに染めて干し、乾かしておいた絹を取り出した。

 全部で十二枚、安い布で試してから染色したので失敗したものはない。

 ただ準備段階で私が井戸に水を汲みに行こうとしたところ、マルビスに止められ、彼の水魔法で準備がさくさくと進められたのを見て自分にもそれが出来た事を思い出し、少しばかり落ち込んでしまった。どうにも前世の癖が抜けずに私は魔法で済ませられることをつい忘れて普通に井戸に走り、火をマッチで擦って起こし、洗濯物を天日干しにしてしまう。

 そういうものだと刷り込まれた記憶と習性は簡単には抜けないということか。

 マルビスの持っている属性は水と風、商人生まれの者には多い属性らしい。

 親がそれを使うのを見て育つため自分に必要なものだと認識するからではないかといっていた。なるほど、商品を洗って乾かしたり、船の帆に風を送り速度を出したり、生鮮食品の鮮度を保つのにも必要な属性であることは間違いない。納得だ。

 なんにせよ、作業はありがたくもサクサクと進み、無事染色した布はこうして揃えられたということだ。

 色彩鮮やかなそれらの布は我ながらなかなかの出来だ。

 せっかくなので登城の際、着ていく予定の服に合わせて一枚大判のスカーフに仕立て、巻いていくことになり、私に似合いそうなものを一枚マルビスが選んでくれた。

 私はキョロキョロと視線を彷徨わせ、前回来た時に訪れた店とはまるで違う品揃えに興味津々。

 無地が圧倒的に多いが染色した糸を使って織られたストライプやチェック柄などもある。

 織り込んで作ることができる模様なら確かに難しくない。

 色を組み合わせれば洋服には奇抜でも小物ならばワンポイントで使えるし、そのまま使える生成りや安い黒や茶色と合わせれば材料費を抑えられるかも。染め物や焼印での模様以外にも使えそうな気がする。

 私はマルビスと店主の話の区切りを待って話しかけた。

「店内を見せて頂いても宜しいですか?」

 一応許可は取っておくべきだろう。

 後で何かあった場合高級店は怖い。

「勿論で御座います。どうぞ気になるものが手に取って御覧くださいませ。

 御用があれば申し付け下さい」 

 手に取って見ても多分御用はない。私は只今成長期、どうしても必要ならば考えるがすぐに着られなくなる服に高いお金は早々かけられない。

「見るだけになってしまうと思うのですけど」

 お客でなくて申し訳なくペコリと頭を下げるとニコニコと愛想のいい笑顔が返された。

「構いません。貴方様のお願いをお断りする者はこの町にはおりません。

 どうぞ御遠慮なさらず、ごゆるりと御覧になって下さいませ。

 宜しければ既製品も揃えてございますので好きなだけ試着なさって頂いて構いませんよ。ヘレン、御案内を」

 呼ばれて出てきたのは品のある二十代位の女性。


 客ではないよと断わったのに何故そんなに笑顔なのだ?

 貴族と言っても買い物決定権のない子供だよ? 

 好きなだけ試着していいとか、汚されるかもしれないとか気にしないのだろうか?

 相手をしてくれた女性は始終ニコニコと笑顔で私の質問に応えて、買う予定のない客だというのにあれこれと説明し、押し売りするでもなく既製品のコーナーでは着せ替え人形のように試着を勧められた。

 美形な父様似なだけあって普段父様が着ているような服は無難に似合う。

 今世の私はそれなりの美少年だし、普段節約して無駄遣いというものをしない貴族らしからぬウチだが、みんな決してオシャレが嫌いなわけではない。

 貴族は贅沢をしようと思えば出来ないわけではない。

 領民から絞り取れば取った分だけ暮らしは楽になるが領民は飢えることになる。何か飛び抜けた産業か副業でもあれば違うだろうがまともな経営をすれば贅沢は出来ない。

 下位になればなるほどそれは顕著になる。

 貴族のプライドだけでは飯も食えず、長男以外の息子や娘を上級貴族の側仕えに出している者も少なくない。見栄とプライドにしがみつき、借金まみれになっていたり、裏でろくでもない悪事に手を染めて贅の限りを尽くす者もいれば身を持ち崩す者もいる。貴族であれば問題や事件が起きない限り、質素倹約を心掛けていればそれほど生活に困るワケでもないのに身の丈に合わぬものを求めるから破滅するのだ。とはいえ、社交にはそれなりにお金が掛かるのも事実。母様も姉様もパーティに呼ばれるたびに着ていくドレスには悩まされているようだ。新調するのは年二回、いつも同じ服というわけにも行かないので互いのドレスを交換したり、リメイクしたりと工夫している。

 母様達にはそれぞれ特技があって一番目の私の母様は刺繍、二番目の母様は裁縫、三番目の母様は勇ましくも狩り、なかなかの弓の使い手だ。時間があるとそれなりに腕に覚えのある父様は三番目の母様と近くの森に魔獣を狩りに出掛けてギルドで換金していたこともあったようでダルメシアと仲が良かったのはそんな経緯もあったようだ。ちなみに父様の冒険者ランクはC、名前は愛称であるルイゼだ。あまりランクを上げると特権が生じる代わりに義務が発生するのでこれ以上ランクは上げるつもりはないらしい。


 でも私、既にC級なのだけどいいのかな?

 まあ、三男だし、一応外見はまだ子供、そういう義務が生じるのは十二歳からになるので問題があればそれまでは拒否権がある。

 いざとなったら引退と称して冒険者ギルドを辞めれば済む話のようだ。

 折角なのでとあれこれと試着させて貰って一時間ほど経った頃、話が終わったのかマルビスが店主と二人、私のところにやってきた。

 着せ替えごっこもどうやらこれで終わりのようだ。

「マルビス、用事は終わったの?」

「はい。夕方迄に仕上げて商業ギルドに届けて置いて下さるそうです。

 それにしても貴方はそういう濃い色も似合いますね。いつも汚れないようにと作業着姿か、そうでない時は明るい色彩が多いので新鮮ですよ」

 誕生会では自分で選ばせて貰ったが基本私の着ている物は兄様のおふるかもしくは、

「母様の趣味だよ、これって騎士服みたいでカッコイイよね。一度着てみたかったんだ」

 今、着ているのは黒地に金の飾りや刺繍をあしらった騎士服みたいなデザインだ。

 こういった制服姿は一度はしてみたいものだ。

 我ながらなかなか似合っているが普段使いには向かない、コスプレみたいなものだ。パーティの主役ならこの格好も許されるだろうがあまり目立ち過ぎは色々な意味でよろしくない。

「すぐ着替えるよ、待ってて」

「その必要は御座いません。どうぞそちらはお召しになってお帰り下さい」

 えっ、と、思わず動きを止めた。

 これって結構なお値段すると思うのだけれどどういう意味?

「私共からの町を守って頂いた、ささやかなお礼に御座います」

 こんな着る場所を選ぶ服は自分じゃ絶対買わないだろうし、買う人もそんなにいないだろうけどプレゼントされるような理由はない。私が辞退しようとすると店員のヘレンが私が着て来た服を後で商業ギルドに届けて置きますと言い残し、さっさと店の紙袋に畳んで入れると奥の部屋へ持っていってしまった。

「受け取れません、こんな高価なもの」

「では宣伝料とさせて下さい」

 シンプルなチーフに店のロゴが金の糸で刺繍されたものを私のポケットに差し込むと店主はニッコリと微笑んだ。

「貴方様は今この町一番の話題の方に御座います。

 この後、町を回られるとお伺い致しました。そのままの御姿で今日一日過ごして頂けるだけで当方には充分過ぎる益が御座います」

「まあ、間違いなくそうでしょうね。私でもそうします」

 要するにマネキン、広告塔というわけだ。

 派手な服で歩き回ればそりゃあ目立つだろうし、こんな格好、庶民にはなかなか厳しいだろう。

 宣伝料、先行投資ということか。

 マルビスでも店主と同じことを考えるというからには店に損はないのだろう。

「無碍にお断りするのは失礼にあたります。ここは御礼を言って頂いておくのが一番ですよ。貴方が着て歩くだけで店の売上が上がるのは間違いないですから」

 そういうものなのか。

 確かにどうぞと好意で差し出された物を断わるのは失礼かもしれない。

「ありがとうございます。では遠慮なく頂いていきます」

 元気よく御礼を言って戸口に向かうとガヤガヤと人のざわめきが聞こえてきた。


 扉の前に立って吃驚した。

 馬車の周りに人だかりが出来ていたのだ。

 私が姿を現したとたん、ドッと歓声が上がる。

 口々に私の名を呼び、感謝の言葉が飛び交っている。

 状況が飲み込めず目を白黒させていた私にマルビスがクスクスと笑う。

「やはり貴方はわかっていらっしゃらなかったのですね」

 何が? と、言いかけて少し考えるがわからない。

「貴方はここにいる者達にとっての英雄なのですよ。

 ワイバーンの脅威から町を救い、体を張って自分達を守って下さった」

 ああ、あれか。でも、

「あれは私の力では・・・」

「一緒に闘った者達が皆、口を揃えて言っています。

 貴方の功績なのだと、貴方がいなければ成し得なかったことなのだと。

 大人でも逃げ出したくなる状況でありながら子供の身である貴方が自ら先頭に立ち、闘い、護り切ってみせた。貴方がいなければこの町は地図から消えていたかもしれないのですよ。

 なのに貴方はそれを誇るでもなく、当然のように平民である彼ら兵士を誰一人欠けることなく無事に連れ帰り、労い、感謝の言葉を述べた。

 それがどれだけ稀有ことなのかわかっていらっしゃらないでしょう?」

 だって領民を守るのは貴族の務め、手伝って貰ったのならお礼を言うのは当然でしょう?

 彼等が働いて税を払ってくれなければ私達は生活も王家に税を納めることもできない。

 寄ってくる民衆をランス達が必死に押し止めている。

「役得ですね。今日一日貴方をエスコートする栄誉を私は賜った。

 多分、暫くはどこへ行ってもこんな感じですよ。

 失敗しました、護衛をもう何人か連れてくるべきでした」

 訳もわからず、ぎこちなく手を上げ、ヘラリと笑うとドッと観衆が沸いた。

 なんか地下アイドルのコンサート会場みたいだ。

「とはいえ、困りましたね。今日は片付けなければならない用件が」

 群衆というのは恐ろしい。

 感謝してくれる気持ち自体は嬉しいよ、嬉しいんだけどね。

 でも今日は用事があって出てきたんだよ、『とおせんぼ』は困るのだ。

 軽い気持ちでマルビスについてきたけど失敗だっただろうか。

 でも今日は両ギルドに顔を出さなければならない用事もあるし、不可避だ。

 押し寄せる人混みにグイグイ押されてランスもシーファもどんどん壁に追いやられ、マルビスと私は店の中へと押し戻されそうだ。

 すると人波をかきわけてくる人の姿がチラリと視界に入った。


「ほらほら、気持ちはわかるけど道を空けろって。ハルト様が潰れちまうだろっ」

「お前ら恩を仇で返す気かってぇの」

「ハルト様はまだ小せえんだから考えろよ、まったく」

 ブツブツと言いながらこちらに向かってくる男達にはしっかり見覚えがあった。

「ご無事ですか? 潰れてませんよね?」

 私と一緒にグラスフィート領地の防衛部隊として参加してワイバーンと闘ってくれたメンバーだ。

「ありがとう、助かったよ。ネイト、ハンス、ターナー。今日仕事は?」

 彼等は普段は町の警備をしている衛兵、警官みたいなものだ。

「非番ですよ、家でごろごろしてたんッスけどハンスの奴がハルト様が町に来てるって俺らんとこ駆け込んできたんです。あれは騒ぎになるからマズイって」

 ランスとシーファの二人と連携してガッチリと私に背を向けて壁を作り、ターナーが答えた。

「みんな悪気はないんです、許してやって下さい」

「わかってる」

 わかってはいても怖いのだ。

 押し潰されそうになることもだけど過剰な期待には応えられない。

 ネイトの言葉に頷いて答えるとハンスがチラリとこちらを確認する。

「今日はまた格好いい服着てるんですね」

「ここの店主がプレゼントしてくれたんだ」

「お似合いですよ、そういう格好してると貴族のお坊ちゃまに見えます」

「一応そのお坊っちゃんなんだけど」

 軽口の応酬にムスッとして言い放つと三人が一斉に大声で笑い出した。   

「違いねえ、そういう格好してるとワイバーン九匹前にして逃げるどころか隙を窺って睨みつけてた猛者にはとてもじゃないが見えねえな」

「ビビってる俺ら大人が情けなくなったぜ、アレは」

「心強いったらなかったぜ、まったく。なあ?」

 これって誉められてるのかなあ?

 一応誉めてくれてるんだよね? 

 そう思っておこう。

 そうでなければ上司を助けるために休日返上でわざわざ助けにきてくれないだろう。

「ハルト様、またメシ奢って下さいよ。代わりに今日一日護衛お引き受けますから」

「助かります、お酒も付けますので是非お願いします」

 すかさず答えたのはマルビスだ。

「ヨッシャ〜! 決まりだっ」

 三人の声が揃い、五人は馬車への道をこじ開けるようにして作ってくれた。

 馬車に乗り込むと窓を開け、領民達に手を振った。

「ありがとうございます。みなさん、体に気をつけてお仕事頑張って下さいね」

 引きつっていたものの精一杯の笑顔を作り、礼を述べると再び歓声が上がった。


 ランスとターナーは御者台に乗り、ネイトとハンスは後ろの荷台で警護につき、馬車はゆっくりと走り出した。途中、夜勤から帰るところだというナバルとカークが加わり、私達は次の目的地に向かった。

 


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