第八十四話 私はまごうことなき商人なのですから。
最上階の専用露天風呂にレインと浸かりつつ、服を着たままで湯船の脇に背を向けて近くの岩に腰掛けたフリード様に簡単に今日屋敷を出てからの出来事とガイの持ってきた情報を報告をした。
それを聞いてフリード様はすぐに風呂場を出て、現場に戻って行った。
準備は万全と言いたいところだが、こればかりは出たとこ勝負。
私が相手にできるのは知恵では人間に劣る魔獣程度。
対人戦の経験が皆無に等しい私は役立たずだ。
だからこそイシュカとガイだけではなく連隊長や団長、フリード様や閣下、辺境伯、協力してくれるみんなの意見を聞いて出来る限りの対策をした。
警戒は怠ってはならないが所詮相手は寄せ集め、多少戦力差があったところでまともに当たっても恐れるほどではないと連隊長も言っていた。
だけどまともに当たるということは剣を交えるってことでしょう?
綺麗事で片付かないのは百も承知。
それでも死傷者なんてものは少ない方がいいに決まってる。
相手に戦意喪失させて白旗上げさせるのが一番手っ取り早い。
私はお風呂から上がるとレインと二人、下に降りて行った。
すると食卓に温かな食事が用意されていて朝から何も口にしていなかったことを思い出し、催促し始めた腹の虫を宥めるためにありがたく頂いているとそこにガイ達がやってきた。
「おおっ、美味そうなモン食ってんな、御主人様」
レインと二人並んで食べていたこの季節には嬉しい温かい具沢山クリームシチューを横目で眺めつつリビングテーブルの前にガイが座ると他のみんなも次々とテーブルにつく。
ここにいるってことは何事もなく無事で入れたってことだろう。
見張りがいなかったってことなのかと思ったら、流石にそこまで甘くはなかったようで監視係は一人いたらしい。だが閣下達に注意を引いてもらっておいてライオネルと二人で挟み込み、無事に捕獲、連隊長達に既に引き渡してきたということだ。やはりそう簡単にアッサリいかせてくれるものでもないようだが、結局見つかって捕まっているのでは意味もないだろう。そもそもガイにかくれんぼで勝とうと思うのが間違いなのだ。
気配を読むのも消すのも上手いのだ。勝てるわけもない。
半分くらいはカンだと言っているが絶対なんかのセンサーが付いていると睨んでいる今日この頃だ。
「マルビスが用意してくれたからみんなの分もあるよ」
私はシチューをスプーンで掬いながらキッチンの方に視線を流すとイシュカとライオネル、ハンス、シーファが取りに向かった。このメンツなら動くのはその四人だろうなと思いつつ、黙って見ている。イシュカとライオネルは私にいつも付いているからキッチンの中はよく知っているし、ハンスもシーファも比較的マメだ。兄弟姉妹、特に弟と妹が多いせいだろうと本人達は言っていたけれど。
「そいつはありがたい」
「頂こう」
閣下と辺境伯は給仕されることが当たり前の上位貴族、動くわけもなし、すぐにどっかりと私達の前に座った。
いや、別にいいんですけどね。
ウチの警備は執事でもメイドでも、まして小間使いでもないんですよ?
私も手が空いてる者は遠慮なく使う主義なので人のことはいえないけど。
でも一応自分も動くようにしてますよ?
まあ慣れてない、やったこともないガタイの良過ぎる人達にキッチン彷徨かれたところで邪魔でしょうしね。
勝手にやってきて、勝手に戦に混じって、勝手に盛り上がっているだけでしょうとは口が裂けても言いませんよ?
例え心の中で思っていたとしても。
人数が多いので盛り付けてから運ぶより、こっちで配った方が早いと思ったのかイシュカがワゴンに大鍋に入ったシチューと籠一杯に入ったパンを乗せて押してきて、ライオネル達が食器やカトラリーを持ってきた。籠ごとパンはテーブルの中央に置き、大皿にたっぷり盛り付けたシチューを順番に配膳していくと、最後に私とレインの空になった皿にもシチューをよそってくれる。
「ありがとう、イシュカ」
レインと反対側の隣に腰掛けたイシュカに御礼を言う。
「いいえ。でも御無事で安心しました」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫、レインも一緒だったから」
そう言ってレインに視線を流すとレインが嬉しそうに頷く。
「んじゃまあメシを早速頂くとするか、腹が減っては戦はできぬってな」
ガイのその言葉を合図に一斉にみんなシチューに飛びついた。
流石にまだみんなに食事が行き渡る前から手をつける人がいないあたりは育ちの良さといったところか。だがはらぺこ戦士達のお腹がたかがスープ一杯程度で膨れるわけもなく、次々と皿は空になり、おかわりを催促して差し出される皿に、イシュカが立ちあがろうとしたのを見て、それを押しとどめ、私が立った。
私は既に食事を終えている、ここで食事中のイシュカにそれをやらせるのは如何なものか?
次々と差し出される皿にシチューをよそっていると途中でマルビスが戻ってきて交代してくれた。そして大喰らいの御仁達の腹に鍋いっぱいのシチューが全て収まり、空になると、一息吐いてガイが口を開いた。
「一応御主人様の言う通り、団長達が到着したら検問所のヤツらに合図送ってくれって頼んでおいたぜ?」
それは良かった。
「ありがとう、ガイ」
私が御礼を言うとガイは楽しそうにニヤニヤと笑う。
これは多分、面白がっているな。間違いなく。
ガイはこういった相手の計画や予定を逆手に取るようなことや作戦が大好きなのだ。
子供みたいっていうか、基本、ガイは悪戯小僧。
人の驚いた顔を見てよく楽しそうに笑う。
出会った頃からそういうところはまるで変わっていない。
マルビスはガイのそんな性格をよく知っているので面白そうに目を眇めて尋ねる。
「合図とは何ですか?」
食事の終わった皿をシーファが回収してくれたのでガイは机に肘を付いて顎を乗せ、勿体ぶった口調で口を開く。
「ああ、それな。渓谷で捕まえたヤツに吐かせたんだが、御主人様の暗殺の成否を火炎魔法で合図して知らせるつもりだったらしくてな」
それを聞いて今度はマルビスが悪人ヅラでニヤリと笑う。
「つまりあちらを引っ掛けようってわけですね」
「まあ早い話がそうだ。その合図を見て突入するつもりだったってんならそこまで早く踏み込んで来ねえだろうってことで、どうせならそれを利用して動揺を誘ってやろうという御主人様の提案だ」
いや、確かに発案者は私なんですけどもね。
この状況だけ見ると私が勧善懲悪水戸◯門御一行様に懲らしめられる悪徳代官か桔◯屋みたいでしょ。重箱に詰まった黄金色に輝く餅ならぬ小判はどこにもありませんからっ!
私はタラリと嫌な汗を流しつつ乾いた笑いを浮かべた。
それを意味深な満面の笑みでマルビスが言う。
「それは驚くでしょうね。暗殺に成功したはずのハルト様が目の前に現れたりすれば。しかも失敗したとしても本来なら背後から襲うつもりだったのでしたら尚更ですよ」
まあそうなんだけど、その言い方が私としては少々引っ掛かるわけでして。
「ホント、馬鹿だよなあ。ウチの御主人様を怒らせて無事で済むわきゃあねえっての」
「ですよねえ」
ガイとマルビスは顔を見合わせてウンウンと頷いている。
「突然の襲撃で混乱に陥れるつもりがこちらのタイミングで突入させられるわけですね。そして逃走を計ろうにもその逃げ道をシルベスタ王国自慢の魔獣討伐部隊、緑の騎士団に塞がれ、囲まれると」
「なかなかドSな作戦だよな。俺、アイツらに同情するぜ」
「ただでさえ様々な策を講じておられるますし」
「万全で待ち構えて、更にトドメを刺しに行ってるんだぜ?」
「お気の毒という他ないでしょう」
・・・・・。
その作戦を立てたのは間違いなく私。
私なんですけれどもね、なんか本当に極悪非道のボスキャラみたいな言い方、やめて頂けませんかね?
顔を思い切り顰めて真っ赤な顔で立ち上がり、私は怒鳴った。
「マルビスッ、ガイッ」
イシュカに肩を優しく叩かれて慰められ(?)つつ釈然としない表情で座り直すと二人は何をおかしな反応をしているんだとばかりに宣った。
「褒めてんだぜ? これは」
「そうですよ、敵は徹底的に叩き潰す。歯向かう気力を削ぐのは当然です」
それは確かに、確かに間違いないんですけどね。
私は叩き潰すというより、むしろ戦意喪失させて白旗を上げさせ、極力戦闘にならない方向に舵を切りたいわけですよ。おおよその考え方は間違っていないけど、私は血の気の多い戦争や戦闘みたいなのを望んでいるわけではなくてですね、どちらかといえば無駄な争いは避けたい平和主義者なわけでして。
だったら売られた喧嘩を片っ端から買うんじゃないとツッコミを入れられたら困るけど、だからといってやられっぱなしは性に合わないわけでして。言い訳が言い訳になっていないような気がしないでもないが、とにかく、どこぞの宗教のように右頬を打たれたら左頬を差し出すような真似は論外、目には目を、歯に歯をという古代バビロニア王国第一王朝、第六代王ハムラビが制定した『ハムラビ法典』の基本精神が合っているというか、お前も血の気が多いだけだろうと言われたら返す言葉もないですけど。
なんか自分で考えてもドツボにハマってる気がしないでもない。
私が何も言えずに拳を握り締めて俯いていると閣下と辺境伯の会話がボソボソと聞こえてきた。
「やはり此奴らは絶対敵に回してはならん」
「ああ。其方もそう思うか? ワシも同意見だ」
聞こえてますよ、お二人とも。
しっかりと。
声を潜めるくらいならそういうことは私のいないところで呟いて下さいよ。
なんか、もう、色々と泣きたい・・・
「でもまあ時間的にそろそろ団長達も到着するだろうぜ。俺らもサッサと準備しておくか」
ガイの一言にお二人が急いで最後の腹拵えと言わんばかりにテーブルの上のパンをもう一つ掴んだ。
「そうだ、そうであった。久しぶり戦場、腕がなるわい」
「其方の血の気の多さは変わらぬな」
「お前とて似たようなものであろうが。でなければここまでついてくるわけもあるまい。しかも息子まで担ぎ出しおってからに」
「違いないっ」
そう言って辺境伯と閣下は笑い合っている。
・・・・・。
こっちはこっちで別の意味で問題がありそうだ。
全く、血の気の多いことで。
この戦闘狂の人達、なんとかならないものか?
人が折角あの手この手と考えて、極力戦闘にならないように持っていこうとしてるっていうのに。
そんなに楽しみだというなら是非とも最前戦に立って頂きましょう。
上手く作戦が嵌ればそんなに激しい戦闘にもならないと思うけど。
敵はたかが二百人、されど二百人。
窮鼠猫を噛むという言葉もある。
後がない人間というものはどういう手に出るかわからない。
何事もなく、無事に終わってくれるといいなあと私は思っていた。
だが私は忘れていたのだ。
私の計画というものは常に崩れるもので、まともに進んだ試しは殆ど無かったということを。
食事を終えて通用門近くまでやってくるとそこには連隊長やフリード様の他にも敵地に潜入していたはずのリディがいた。
「お久しぶりです、ハルト様」
そう挨拶された姿は見慣れない、如何にも貴族然としていたが忘れるはずもない特徴的なオッドアイに私は挨拶を返す。
「こちらこそお久しぶりです。ガイやウチの商会の者とは上手くやって頂いて、様々な情報を流しているようですね。いつも感謝してます」
「それはこちらもですよ。
ガイやケイ、ハルウェルト商会の情報網にはいつも感心してます」
「お互い持ちつ持たれつ、お互い様ってこった」
リディの答えにそうガイが返す。
どうやら昨日の内にこちらと合流していたらしく、連隊長の指揮下に入っていたということだ。
「それで何か新しい情報はあるの?」
そう尋ねるとリディは小さく首を横に振る。
「先程検問所の方角から火炎系の魔法が二発打ち上げられました。間もなくあちら側の戦力が襲撃を開始してくるかと思います。潜んでいたのは近隣の村近くの山間部と鉄鉱石を運搬する貨物船、二手に分かれています。どちらも移動していましたので場所の特定までには至りませんでした。申し訳ありません」
そう言ってリディは頭を下げる。
となると、地上は陣を張ることなく隠れつつ、本隊は貨物船と見るべきか。
一応港もこの施設近くのウチの直接管理下にあるハルウェルト港は商業関係者には本日利用不可の連絡を通達しているので、港に停泊したのなら間違いなくウォルトバーグの船ってことになるわけだけれど。一応港の管理人達も今日は休日を出してあるのであそこにはウチの関係者はいない。そもそもウチは夜間の荷物受け入れ業務は行っていないのであまり関係ないのだけれど。
何故かって?
そうすれば夜に港を彷徨いているヤツは警備兵でなければ不審人物と特定しやすいからだ。夜の闇に紛れて動かれるのは色々と面倒くさいし、荷の良し悪しも判断し辛い。ならばいっそ荷の受け入れは朝から夕方までにしようということにしたのだ。ハルウェルト港はハルウェルト商会所有の港、領地の港とは扱い若干違っている。他にもそういう港を作りたいというところがあれば勿論可能だが、国からの財政援助はないので資金的に余裕がないと厳しいのが現実だ。密輸入監視のための国の役人を置くことと定期的な監査を入れるなど条件も遵守させられるわけだが、ウチはもともと違法なことをするつもりはサラサラないので好きなだけ調べてもらえばいい。
つまりは港から侵入してくるとしても戦闘にはならないわけで、彼らを邪魔する者はいないから真っ直ぐこの場所に向かって来られることだろう。港の利用価値と建設費用を考えればウォルトバーグも派手に破壊することはなかろうという算段だ。
「充分だよ。団長達が来てくれてるなら包囲網はほぼ完成してるもの」
合図が上がったというのならここは検問所からも近い、もうすぐ塀の向こうに到着することだろう。
団長にはあくまでもこちらの塀と門の攻略が始まって、あちら側の戦力がこっちに集中した時点で包囲してもらうように頼んであるし。
「はい。ここは砦か要塞の様相を呈していますからね。極端な戦力差がない限りは負けはないでしょう」
連隊長が通用門を睨み据えてそう言うとフリード様が心配そうに尋ねてきた。
「塀の護りは心配ないとマルビスが言っていたが本当に大丈夫なのか?」
マルビス、詳しく説明してなかったのか。
まあウチの重要防犯設備だしね。
大々的に売り出す予定もないわけで、そうするメリットも少ない。
ある程度限定的な人達になら売りつけても良いが契約書は取り付けると言っていたし。理論理屈的には難しいものでもないので対策を講じられるのも困ると言うのが理由なのだが、ウチへ無断侵入しようとしない限りはバレることも知ることもない仕掛けが施してあるのだ。
「多分、大丈夫です。サキアス叔父さん開発の秘密兵器がありますからよじ登られることはないと思いますよ?」
「なんだ、それはっ」
聞いてないぞとばかりに連隊長が声を張り上げる。
するとその声に少し離れた場所で警備達と話をしていた閣下と辺境伯も何事かと近づいて来た。
私は小さく息を吐いて応える。
「秘密兵器と言ってもあくまでも防犯のためのものであって武器ではありません。一般的な城壁や砦の塀からの侵入、攻略方法を講じてくるのであれば問題ないのではないかと」
イシュカやガイに聞いた塀を乗り越えるための手段であれば特殊な素材を使われない限りは問題ないはずで、だがそれを用いたところで片方は攻略出来ても、もう片方は無理だろう。現在稼働させている二重仕掛けのそれはどちらか一つであればなんとかなっても同時に防ぐ素材は殆ど無いはずで、とりあえずマルビスもその存在を知らないというので問題なかろう。前世の科学的技術力があれば可能だろうけど。
よく使われる塀や壁を乗り越える常套手段。
一般的なのは梯子を掛ける、縄に錨をつけて投げ、縁に引っ掛かけロープでよじ登る、移動式の高い櫓を組んで飛び移るだそうだ。歴史の教科書や映画、アニメでよく見たヤツだ。地面から数十センチほど浮く浮遊魔術はあっても高く空を飛ぶような飛行魔術もまだ存在しないとなれば攻略は厳しいだろう。
塀の向こう側が騒がしくなり始め、いよいよ侵入開始が始まったかと思い、様子を伺っているとカツンカツンと塀に何かがぶつかる音が聞こえて来た。
ウチの塀の高さはよく知っているはずなのでその辺は対策しているだろう。梯子を繋げたり、錨を縁に引っ掛けるために大弓を用意したり、台を組んだりと。だが短時間での襲撃を実現させるには当然だが無理な手段もあるわけで。スピードを重視するならそれらの道具をすぐに移動させて運び込み、組み立てるにはある程度軽い素材でなければ、となれば当然・・・
「ああ、大丈夫そうですね。上手く機能しているようです」
暗い夜空には所々で小さな火の手が上がり、稲光のようなものが走り、塀の向こう側からはどよめきと悲鳴が聞こえて来た。
そう、軽い素材ということは燃えやすいものであることが多い。
そして燃えないものであっても電流を通す素材であれば、それが伝わり感電する。
要するに火属性と光属性の両方を有刺鉄線で張り巡らせてあるのだ。
勿論、それは目立たないように装飾細工されている。
その光景に大騒ぎし出したのは向こうだけではなく、こちら側もだった。
「おいっ、燃えているぞ、っていうか、あのカミナリのように光っているのはなんだっ」
「ですから防犯設備ですって」
取り乱したように辺境伯が尋ねて来たのでそう返すと、それを聞いた連隊長達は目を見開いて私を凝視したが、私の声が届いていないウチの警備以外は相変わらずどよめいていた。
「詳しい話は後ほどマルビスとテスラに屋敷に戻ってから聞いて下さい。
買い付け、取り付け交渉はそちらに」
「あんなもの、商業登録されていませんでしたよっ」
連隊長の叫んだ言葉にやはりウチの商業登録商品は国の方でもチェックされているのかと知る。
まあいいんですけどね、別に。
隠しておきたい肝心な技術はテスラによって真似されないようにボカして提出されてますし、開発中のものならともかく、売り出そうとしているものを調査されたところでいたくも痒くもない。
私はウチの関係者以外の連隊長達の視線を浴びつつ続ける。
「当たり前じゃないですか。ウチは商業登録の宝庫です。
防犯対策を登録、公表してどうするんです?
開発しても商業登録するもしないも開発者の自由。
叔父さんにはとっておきの魔物と魔獣素材を渡して手を打って頂きました。
ウチの敷地の塀の上にも同じものが一年以上前から設置されていますよ?」
「一年以上、ですか?」
「ええ、そうです。因みにコレについてはヘンリー様も御存じありません。ウチに取り付け工事したのはウェルトランドオープン前ですから」
国への報告義務を怠ったと責められても困るのでそれを付け加えておく。
絶句状態の連隊長を他所に我に返った閣下と辺境伯が身を乗り出して詰め寄ってきた。
「なんだとっ、そんなものがあるなら金は払うっ、ウチの屋敷にも取り付けてくれっ」
「ワシのところにもだっ」
でしょうね。
これは警備費用を大幅に減らせる可能性があるものだ。
「お買い上げ、毎度ありがとうございます」
私はにっこりと笑ってそう言った。
呆れたように連隊長が私を見て溜め息を吐く。
「それで塀の上の見張りは最低限でいいと言ってたんですか」
「そうですよ? 何も対策をしていなくてそんなことを言うはずが無いでしょう。この塀の高さは矢を射ったところでギリギリ塀を越えられない高さです。となれば矢を射掛けたところでこちら側まで入ってくることもほぼ無いでしょう。無論、身体強化された上で射られる可能性もあるので絶対ではないですから塀周辺には火矢を射掛けられても燃えるような素材は建物に一切使用しておりません。万が一の場合にはもう一つの仕掛けも作動させます」
塀の上の防御は全部で三段階。
ここは貴重なアレキサンドライトの発掘現場でもあるのだ。
警戒は厳重にしておくに越したことはない。
「なんですか、それは?」
胡乱げな目で私を眺め、連隊長が問うて来た。
私はウチの強力設備を自慢するが如く胸を張って応える。
「塀の上にぐるりと一定の高さで結界を張るんです。こちらは魔力喰いなんで、三千クラスの魔石でも一晩が限界ですけど」
「そんなモンまであるのかっ」
ありますよ?
便利な魔法は工夫して使わなきゃ損でしょう?
「とはいえ、何発か大きな攻撃を喰らえば流石に割れますけど数発程度なら防げます」
それでも時間は稼げるわけで、その間に警戒体制を敷ければ被害も格段に減らせるだろう。
図らずも公表していなかったウチの警備体制を御披露することになってしまったわけなのだが、永遠隠しておけるものでもない。となれば以後も追加して設備を整えていけばいいわけで。
「おいっ、ハルト、それも注文だっ」
「ワシもだっ」
「重ね重ね、お買い上げありがとうございます」
再び発注を閣下と辺境伯に頂いたので私は頭を下げて礼を言う。
「貴方は本当にその辺は商売人ですね」
「そうですよ? 何を今更」
そう返すと連隊長は苦笑した。
「そうでしたね」
はい、そうなんです。
一応、これでも国内最大規模の商会の頭なんです。
ちっともらしくはありませんけどね。
忘れてもらっては困ります。
「ワシはだんだんウォルトバーグのヤツが気の毒に思えてきたぞ」
「それには私も同感だ」
再びボソリとこぼした辺境伯と閣下の声は勿論届いてましたよ?
でもナメられては終わりの業界ですからね。
特に問題ありません。
大丈夫、安心して下さい。
敵に回らない限りは手を出すつもりは全然、全くないですから。