第八十二話 定番は外してはならないからこそのお約束です。
ノトスに飛び乗ると私はイシュカ達と一緒に急いでベラスミに向かった。
とはいえ街道は避けるべきだろう。
もし簡単に捕縛されたのが私達を油断させるためだとしたら?
この先で待ち伏せされている可能性がある。
私達は遠回りにはなるが一旦、道を戻ると運河を挟んで逆側の森の間を抜ける道を選んだ。付いて来ているのはイシュカとライオネルを含めた獣馬持ちのウチの精鋭達と閣下とレイン、辺境伯だ。
ベラスミまでの道を一気に駆けて行く。
向こうには連隊長とフリード様達がいる。滅多なことはないはずだ。
準備も支部ではなく内密に私の別荘の中でほぼ進められているのだ、バレてたまるか。
急ぐ必要はあるが慌てては駄目だ。全てが水に泡になる。
逸る気持ちを抑えつつ、いつもとは違う道を抜け、領境の検問所に到着するとそこには既にガイがいた。
「あれっ、ガイ、なんで?」
私達より遅く出発したはずだ。
なのに私達よりも早く到着してるなんてと、疑問に思って首を傾げるとその答えを教えてくれる。
「俺はいつもの道を通って来たからだ。
狙われているのは御主人様であって俺じゃあない」
ああ成程、その答えに納得だ。
ガイの人相書が出回っているかどうかはわからないがおそらくいつもの幻惑魔法も使ったのだろう。検問所を通らないここまでならば身分証の提示も必要ないのだ、別におかしなことじゃない。
「それでどうだったんですか?」
イシュカが険しい顔で尋ねるとガイは忌々しげにブツブツと宣った。
「必要最低限の情報は吐かせたつもりだ。全てではないかもしれんが、とりあえずいつもの道にはやっぱり刺客が三匹ばかり潜んでいやがった。
獣馬持ちの団員が四人ばかり一緒だったんで随時対応してもらった。今頃御縄になっているはずだ。逃がしたとしても深追いはするなと言ってある」
やっぱりか。妙に諦めが早いと思った。
「そうですか。他には?」
吐き捨てるようにイシュカが続きを促す。
「二百人で襲撃して退けたとなれば油断していつもの街道を駆け抜けてくるだろうと踏んでいたらしい。少しでも足止め出来れば船の定期便に乗るには間に合わないからな」
「要するにアレらはそのための囮だったというわけか」
ガイの説明に閣下が確認する。
「まあそういうことだ」
「それで? まだ何かあるのだろう?」
頷いたガイに今度は辺境伯が急かすように聞いてくる。
「ああ、ニ百名ばかりの兵隊が業者用の通用門近隣で潜伏している。
連絡を待って突入予定らしい。地元の従業員達の帰宅後に襲撃をかけ、朝までには制圧するつもりでいたようだ。
あそこではあの男が指示役だったんだが、あのまま渓谷で上手く御主人様を亡き者に出来ればラッキー、出来なくても街道沿いに刺客を配してそこで仕留められればそれも良し、四回も襲われれば流石にもう襲撃はないだろうと油断させたところで通用門近くで待ち伏せ、背後から襲撃して御主人様を仕留めて開いた門から侵入、乗っ取りをかますつもりだったってことだ」
ガイの話を要約するととどのつまりはウォルトバーグは今後のことも考えて自分が従える予定でいる従業員達に被害が出て反感を買わないように彼等が殆どいない時間帯を狙って制圧、翌朝までに襲撃のカタをつけてしまおうと画策していたと、こういうわけか。
従業員達を巻き込まなかった点だけについては誉めてあげよう。
やってることはロクでもないので許す気はないけど。
イシュカが苦々しい顔で尋ねる。
「つまり五段階で襲撃予定だったと?」
「そうだ。少しずつこっちの体力と魔力、兵力を削るつもりだったってわけだ。
このどこかで御主人様を仕留められりゃあいいと思ってな。
まさか俺達があの数の兵で迎え撃ってくるとは考えてなかったらしい。
要するに御主人様の方が一枚上手だったってこった。
俺達から優位を取って上から狙ったつもりがその背後を取られてその優位性を失った。だが手下共に時間稼ぎをさせて連絡に走ろうとしたところをドジ踏んで仕掛け網に掛かった。
とんだ間抜けなわけだが、その時点で逃げ出す隙を狙って大人しくしていやがったんだよ。身体検査したら出るわ出るわ、脱獄、縄抜け、その他いろんな道具を服の下や靴の中に大量に仕込んでた。奴隷契約を結ばされていた連中はアイツの指示に従うようにウォルトバーグのヤツに言いつけられていたみたいだな。今は契約させられている連中と引き離してある。気絶させといて正解だったってことだ」
つまりは大量の兵に襲わせて、私達がそれを退けたと安心したところを手練れの刺客に、それも三段階に狙わせて、やっと到着、ホッとしたところを更に背後から狙っていたと、こういうわけね。
全部で五段階用意していたとはなかなかに執念深い。
実際にはそこまで読んでいたわけではないのだが私達が通常のルートを通らなかったんで三人の刺客はスルーしたってことね。しかも失敗を見込んでその後の対処まで考えてたっていうところが手回しがいいというべきか、それとも部下や手下を信用していなかったのかというべきか迷うところ。
どちらにしても用心深い謀略家なのは間違いない。
だが私の方が一枚上手というのはどうだろう?
私は考え過ぎかなと呟いただけで、結局現場指揮官を特定していたのも、その嘘を見抜いたのもガイで、ヤツの懐に潜り込んで人質のリストアップをやってのけたのはガイと連絡を取っていたリディ、いつもと違うルートを通った方がいいと提案したのもガイで、ノトスの手綱を引いてきたロイを見て、それならば森を抜けようと私は提案しただけ。
これを私の手柄というのは図々しいにもほどがある。
それを主張したところで時間の無駄だというのは身に染みている。
今回は時間もないのでとりあえずスルーしておく。
結局のところ、部下の手柄は自分の手柄的な貴族が多いせいではないかと私は睨んでいるが定かではない。イシュカに言わせるとそういう能力を持っている部下を抱えられる実力とそれを見抜く力があるからだということだが私からすれば部下の手柄を取り上げているようにしか思えない。
能力があってもそれを発揮できる環境にいる者の方が少ないのだという。
要するに手柄だけを取り上げて褒めもしない、労いもしない、正当な評価も、それに値する褒賞も与えずに利用され、使い潰されている貴重な人材が多いってこと?
なんて勿体無いことをっ!
そんな優秀な人材なら是非とも私のところでその能力を発揮して頂きたいと思ったものだ。
勿論、有能なら給金だって弾みますよ、我がハルウェルト商会は。
稼ぎを独り占めしようとするよりも、その方がみんなのヤル気とテンションも上がって業績も上がるというもの。儲けているのに従業員に還元しないということは仕事が増えているのに給料が上がらない、負担ばかりが増えて仕事量が増えれば不満だって募る。やがては破綻するってものだ。
金貨百枚の利益の三十パーセントの儲けを一人でガメるより、金貨千枚の儲けの十パーセントの儲けの方がいいに決まってるじゃないか。だって、そこから金貨百枚の儲けと同じ三十枚の利益を自分の懐に入れても残りの金貨七十枚でもっと面白いことができるかもしれないじゃないか。
一握りの上層部だけが得をしようとするから企業というものは停滞する。
みんなのヤル気と気合いを出させてこそ会社も大きくなると思うのだ。
それは国の運営や軍事、政治だって同じだろう。
働く人が疲弊して、やりがいを無くせば回るものも回らなくなる。
少々話はズレたが、つまりは手柄とは上司ではなく挙げた本人が評価されるべきだ。
そういうわけで言いたいことは山ほどあるが、ここで主張したところで『御謙遜を』という事態になるのは目に見えているのでコトが片付いたら今回の功労者達は存分に景気良く労うとしよう。
なんにせよ、ウォルトバーグが厄介な相手であることは相違ない。
今までの頭隠して尻隠さずのお間抜けな方々とは一線を画しているのは間違いないわけで。
「なかなか面倒な相手のようだな」
「まあな」
辺境伯が唸るように言った言葉にガイが頷いた。
「それでどうする?
このままのこのこと出て行くとヤツの手の内まんま入り込むぞ?
まあこっちは体力どころか魔力も兵力も削られちゃいないわけだが、流石にこの数でニ百人近いの敵を相手にするとなると結構厳しいだろ?」
ガイに尋ねられて私は考え込む。
罠を張られているとわかってて自ら掛かりに行くのは馬鹿だ。
飛んで火に入る夏の虫ってなもんだ。今は晩秋だけど。
かといって既に襲撃開始されていて被害を被っているよりは幾分マシな状況と言えなくもない。
ある意味あの園内は城壁だ。外に出て彷徨くくらいなら中にいた方が巻き込まれなくて済むし、そもそも向こうは私の抱えている人材ごと奪い取ろうとしているわけだからその心配は少ないかもしれないが、戦争というものは始まってしまえば人間の常識と理性を弾き飛ばす非日常的なものだ、わからない。
だからこそ歴史の教科書ではあまり語られない、踏み躙られた民衆の被害は悲惨なものだ。虐殺、略奪、暴行、その他諸々の犯罪が相手の掲げた正義の名の下に正当化される。勝ったもん勝ち、やったもん勝ちで人間の尊厳が塵の如く舞い散り、踏み潰される。
あんなもの、許してはいけないのだ。
私はこの状況を打破する方法を模索する。
私が頭をかかえていると辺境伯がポツリと言った。
「怪我と犠牲覚悟なら無理ではないぞ?」
「それはダメッ」
今ここにいるのは確かにみんな強者だし、最強の脚というべき獣馬に乗った精鋭だが、だからこそ犠牲になんてできない。
イシュカとガイだけじゃない、ライオネル、ダイナー、ハンス、ガジェット、ランス、シーファ達もみんな大切な仲間だ。誰一人として失うわけにはいかない。
即座に私はそれを却下する。
そりゃあレインと私以外は戦闘経験も豊富でしょうが、それは私を含めた、たった十ニ人で二百人を相手取るってことだ。
タダで済むわけがない。
とにかくまずは中と連絡を取るか、もしくは合流するのが先。
それができるならむしろこの状況は戦力増強もできる状態なのだ。
とはいえ時間がないのも事実で。
「ガイ、検問所付近に怪しい人影はある?」
まずは検問所を潜らねば合流も出来ない。
私がそう尋ねるとガイは真剣な表情で首を巡らせ、首を横に振った。
「いや。今のところそういったヤツの気配はないな」
「近衛の特殊部隊も潜り込んでいる筈ですからそれは厳しいでしょう」
ああそれもあったっけ。
イシュカの言葉でそれを思い出す。
となればまずは検問所を抜けるべきか?
いや、向こうが私達の存在に気付いてないなら目立つ獣馬乗りの面々で慌ただしく即突入では周囲も騒がしくなって気付かれる可能性も否定できない。
「ガイ、待ち伏せしている場所はどこか聞いた?」
「ああ。聞いたことは聞いたが知らねえってよ。捕まって吐かせられるのを警戒してか聞かされてないみたいだな」
やはりそんなに甘くはないか。
二百人という数は微妙なのだ。戦争を仕掛けようと考えるとかなり戦力が不足している状態なわけだが、一施設を落とすことだけに特定するならそれなりに多い。どこかに隠れているとしたら、そこそこに探しにくい数でもある。ここは山々に囲まれた田舎町だ。隠れる場所は言葉通り、山ほどある。塀の中では連隊長達が待機しているので滅多なことはないだろうとはいえ、私達援軍のこの段階での到着は計画を立てた段階で計算に入れていなかった。ウォルトバーグの計画はガイの吐かせた情報からすると施設を抑えることより私の首を取ることが最優先になっている。
内側にいるメンバーならウォルトバーグの潜伏している場所を把握している可能性もあるけれど、こういう事態を想定していなくて連絡を取る方法は考えていなかった。
まさか施設を抑えるよりも粘着質に私を消すことに心血注がれるとは。
私、そんなにアイツに恨まれるようなことやったっけ?
殆ど会ったことも、会話したこともないのに。
今からヤツらの潜伏先を探すには時間もない。
宵の口を待ってアイツらが突撃を掛けるのを待って合流するという手もなくはない。だがそれをするには人数が少なすぎる。少数精鋭、一騎当千のメンツが揃っているとはいえ人数に差がありすぎる。それに向こうが私の首を最優先にしているとなれば施設に向かって突撃をかました戦力がそのままこちらに回れ右をして囲みにかかってくる可能性だってある。そしたらあちらで立てている作戦も台無しだ。
だがここで一つの疑問がわき上がる。
「でもそれじゃあ私達がここまで来てるって連絡は向こうはどうするつもりだったの?」
「魔法だ。初級の火炎魔法を空に向けて門に入ったところで打ち上げる。二回なら暗殺成功、四回なら暗殺失敗、この連絡がなくても夜半前には突入になる」
となればまだ最低でも三、四刻以上程度の時間はあるってことだ。
「刺客撃退をお願いした団員達が下手を打つとは思えないけど一人じゃ厳しい状況もあるかもしれないしね。あんまり時間を掛けるのも宜しくないよね?」
「まあそうだな。逃げるだけなら細い路地にでも逃げ込まれりゃあ馬での追跡も厳しいだろ。ああいうヤツらはいざという時の逃走手段を確保しているヤツも多いからな。だが普通に考えれば陽が落ちれば検問所のチェックも厳しくなる、そう簡単にはいかないだろ。
手下にも潜伏先を教えていないくらいだ。そういうヤツらに教えているとも考えにくい。奴隷契約でもされていれば別だろうが金で雇われているなら金で寝返る可能性も考えているだろ。
一応暗殺者のヤツらを追わせた団員には逃げられた場合は深追いするより連絡のために検問所を抜けられる前のここで捕まえろと言ってあるし」
流石ガイ、その辺はしっかり対策している。
以前自分のスタイルは対人向きだと言っていたのも頷ける。
だが、とりあえず通用門から入るのは望ましくない。
この時間では園内はキッチリ施錠されているだろうし、もともと今日のこの襲撃に備えてキッチリ閉めてある。従業員達も昨日より三日間、開園前の英気を養うためにという理由の名の下に休日を取らせるようになっている。これが終われば暫くは休みもまともに取れないかもしれないからと。
今あそこにいるのはウチの商業班幹部と警備員、そして連隊長達だけだ。
勿論、マルビスを始めとしたジュリアスなどの非戦闘員には避難を呼びかけたがガンとして聞き入れなかった。
『自分達の作り上げた施設を見捨て、尻尾巻いて逃げられるかっ』ということらしい。でもとりあえずはみんなの安全第一で施設の破損、破壊もやむなし、それが最優先事項でと通達してある。
物というものはいつか壊れるものだし、壊れたなら作り直せばいい。
人さえ無事なら後はどうとでもなるものだ。
となれば問題はどこから中へ入るかだ。
容易く魔獣も人も侵入できないようにガッチリ作ったのはいいけれど、こういう時は困ってしまう。
みんなで頭を悩ませているとイシュカが何かを閃いたのか顔を上げる。
「あります。一つだけ、中に入る方法が」
そう言うと私を少し離れたところまで引っ張ってきてそれを口にした。
思いついたのなら何故すぐその場でと思ったのだが耳打ちされた内容を聞いてそれがみんなの前で言えない理由を知る。
「そんなものいつの間にっ」
私は驚いて声を上げそうになって慌てて口を塞ぐ。
それは私も、おそらく他の側近も知らないであろう抜け道の存在だった。
大きく頷いてイシュカは声を潜め、みんなに背を向け、先を続ける。
「ビスクとケイですよ。あの二人が別荘を建てるときに密かに用意していたんです。あの二人は土属性持ちですからね。ベラスミは消えていく国だ、それを快く思わない者がいずれ出てくるかもしれない。誰かに命令すればその者の口からこの道の存在が露呈するかもしれないが、奴隷契約している自分達なら決して口外できないからと。
貴方は周囲の者が危険な時に他の者を置いて自分だけ逃げるような方ではない、だからこそ貴方を一番近くで護る私には知っておいてほしいと。貴方は決して失ってはならない御方、いざという時には私が貴方を抱えて逃げて欲しいと教えて下さいました」
それはある意味で大国と渡り合える力がない国で暮らしてきたからこその杞憂とも言えなくはない。
「ただ、繋がっているのは別荘の床下、一階のキッチンの作業台の下です」
「なんでまたそんなところに」
普通なら寝室の壁の裏とか、居室に掛けてある絵画の裏とか、目立たない裏庭の隅とかに作るものだろう?
私が疑問に思って口に出した言葉に返ってきた答えに思わず納得する。
「普通の貴族の男なら滅多に出入りしない場所だからということです」
なるほど、確かに。
私は滅多にどころか毎日のように出入りしているけど、私が料理をするためにキッチンに立つと言うと大抵の場合において驚かれる。この世界、この時代において『男児厨房に入らず』は一般的常識、そういう仕事に携わる男以外は珍しいことではない。
だが、
「あそこって今、たくさんの食器が置いてあるよね?」
「はい。ですから開ければそれらは全て割れる可能性はありますし、音が鳴ればその存在をあそこにいる全ての者に知られてしまう可能性もあります」
それはつまり一度使えば二度と使えない道であるということだ。
今が非常時であることを考えればそれを使うのは妥当な手段とも言えなくはない。でもビスクとケイが私のためにと用意してくれたそれはここで使って良いものなのか?
私が思案しようと顔を伏せたその時、視界に入ったそれに私はその方法を思いついた。
「・・・もう一つあったよ、イシュカ。入れる道が」
あるではないか、他にも塀の向こうに行く手段が。
多少無茶な気がしないでもないが、それは私だからこそ取れる手段。
別荘がある場所は商業関係の施設、倉庫からやや離れた塀にも近い場所。
通用門からも少し離れているとなればまさに好都合ではないか。
それはまさしく前世の漫画やアニメでも使い古された手ではあるけれど。
良いではないか、ごくありふれた手段、上等だ!
それが有効的手段であれば尚更迷う必要など何もない。
定番は外してはならないからこそのお約束というものなのだ。




