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第八十話 駄目な大人は見習ってはいけません。


 私の語った大雑把な作戦を基本にみんなが付け加え、更にそれをもとに練り直し、夜には大筋の計画が出来た。

 必要と思われる資材その他を書き出して早速マルビス達が手配に走る。

 テスラはテスラで必要と思われる道具等の改造を練り、ロイはやってくる近衛達の宿泊場所整備の指揮をとるために迎賓館に向かう。

 今現在そこに滞在なされているフリード様達もこの屋敷の敷地内に建築中の屋敷に移動することになったからだ。勿論建築中と言っても二階の居住区は完成していて、残すところは外壁と一階部分だけになっているので問題ないと申し出て下さったのだ。

 とはいえ迎賓館の空いた最上階、ロイヤルスイートは近衛に使わせるつもりはない。あそこはかかっているお金が桁違い、下手に汚され、傷つけられてはかなわない。大概戦闘職の方々は脳筋で、片付けるということを知らない人が多い。勿論連隊長のように綺麗好きの人もいないわけではないがほぼ団長寄りのおおらかといえば聞こえはいいが大雑把な細かいことは大嫌い、片付けるのは苦手という人達が多いのだ。


 そういうわけでいつものようにそれぞれが自分の受け持つべき仕事を理解しているウチの側近、幹部達は行動も早い。

 私はいつものようにその辺りの地理に詳しい者に手伝って貰い、中庭に張ったテントに下に土を盛って立体縮尺地図を作った。後はこれをもとに考えうる穴を全て塞ぐ手段を捻り出していく。

 要するに今回の大捕物帳の作戦本部というわけだ。

 今回は特に失敗するわけには絶対行かない。

 思いつく限りの問題点は徹底的に洗い出し、穴は塞ぐ必要がある。

 私はみんなに手伝ってもらいながら時間の許す限り考え、対策を練った。


 クルトはエルドとカラルの下に戻り、その日の夕方、ベラスミからの定期便と一緒にガイに届けられた一本のお酒がもたらした情報で反勢力を一網打尽にするこの計画の決行が五日後に決まった。

 連隊長の予測通りに向こうの陣営が動き始めたからだ。

 ゴードンにはジュリアスから直接今の状況が伝えられ、最初は頑なに自分の責任としてこちらへの移動を拒んでいたらしいがクルトの事情と手紙が渡され、それを目にしたと同時に頷いたらしい。自分は騎士団長としての責任があるが母や妹達にこれ以上の苦労はかけたくないと私達の提案を受け入れ、彼女達を明日にもこちらに向かわせるそうだ。反対されることも考え、ウェルトランドの優待チケットを贈られ、招待されたということにするのでクルトから事情を説明させてほしいということだったらしい。もと商家というだけあって庭こそ広いが屋敷自体はそこまで広くなく、古く、建物も家具も年季が入って傷みも激しいので価値はないと言っていたようで、それならばと土地の値段とゴードンが管理していた多少の財産を上乗せして借用書の証文を書き、それにゴードンがサイン、御家族が到着した時点でこちらからクリスを通して彼からの手紙と一緒にその借用書の金額を渡すことになった。

 後はこの資金で家族で暮らす家を建てても良し、家族用の従業員寮も利用しても良し、彼女達に任せるということだ。

 彼自身はとりあえずはこのまま知らぬフリを続け、こちらの日程が決まったら魔獣討伐依頼の偽情報を施設とは逆方向に流してもらえればウォルトバーグの軍勢に討伐部隊が担ぎ出されないように彼等を引き連れて一旦地方に向かうということだった。彼女達にはとりあえず申し訳ないのだが臨時で商業棟の女子寮に滞在して頂く予定である。

 連隊長は翌日騎士団寮にいた特殊部隊の一人にこの計画と情報を持って城に向かわせると同時に途中ですれ違うであろうこちらに向かっている近衛部隊に一旦レイオット領の町まで戻らせ、閣下の協力を仰ぎ、手続きを済ませてからこちらに来るようにと指示を出した。

 別に兵を貸して貰おうというわけではない。

 だがこれを伝えたところ閣下は面白がってついでに後学のためにレインを連れてこっちに向かうと即座に宣ったそうだ。

 当然だが陛下にもこの話は連絡され、それをたまたま城にみえていて話を聞きつけた辺境伯までもが興味本位で乗り込んできて、フリード様達が引っ越した後のウチの迎賓館のロイヤルルームには現在この方々が居座っ・・・違う、違う、お見えになっている。

 というわけ現在我が国上位五本指、連隊長、団長、閣下、辺境伯、前近衛連隊長のフリード様と全ての方々がこの屋敷に座すことになった。


 なんなの? この過剰戦力。


 どこかの国にでも戦線布告する気か?

 国は、領地の安全はどうしたっ?

 貴方達が守るべきはこの国と自分の領地でしょうがっ!

 まあここのところ運河建設と水道設備のおかげでこの国に戦争を仕掛けようという国もないらしいので魔獣被害とその討伐以外はそこそこ平和なわけだけれど。

 結局のところこの人達は暇つぶしに自分が遊びたいだけなのだろう、多分。

 辺境伯なんて特に戦闘狂的なところあるし。

 二人は出撃前日まで周囲を威嚇しないようにとラフな格好で平民に混じり、ウェルトランドを満喫しているがあの立派なガタイはどう取り繕っても目立つわけで、かなり周囲からは浮いていたが楽しそうで何よりだ。

 しかしながら我が家のエンゲル係数は大喰らいの方々が大勢おみえになっているお陰で跳ね上がっている。別にお金に困っているわけでもないし、マルビス達がしっかり食材の手配もしてくれるので問題ないと言えばないのだが、毎晩我が国の最高戦力の方々はロイと私に酒のツマミを催促し、酒好きのガイとテスラを引っ張り込んでの宴会だ。

 我が家の酒蔵は物凄いスピードでその在庫を減らしている。

 勿論高価な酒がしまってある中庭下の倉庫は開けてはいないけど水でも浴びるかのように大量に消費する方々には安酒とエールで充分だろう。

 ・・・・・。

 早く帰ってくれないかなあ、この人達。

 何事にも限度というものがある。

 すごく邪魔なんですけど、無駄に図体デカくて。

 一人、二人ならまだしも双璧に閣下、辺境伯みんな一回りイシュカより大きな人達ばかり。

 ただでさえ男所帯の我が家のムサ苦しさを明らかに倍増させている。

 特に団長、貴方がいるべきは隣の騎士団支部の方でしょう?

 いやまあこれも一週間の辛抱だ。我慢、我慢。

 間違いなく今回の一件では心強い味方になってくれる・・・はずだ。

 戦力というものは過剰であることは悪いことではない。

 圧倒的な戦力差であれば片がつくのも早いからだ。

 私は頭を抱えつつ、毎夜繰り広げられているそれを遠目に眺めた。



 いよいよ明日は作戦決行の日。


 作戦決行に向けて着々と準備は進み、連隊長とフリード様はマルビスと一緒に今朝陽も昇らぬ内に密かに一足先に船でベラスミへと向かい、夕闇に紛れて向こうの私達の別荘に明日に備えて待機予定。近衛と団員の方々は既にこの屋敷を出発し、所定の位置に各々ルートを変えて向かい、必要物資は既に船便でベイラス港とハルウェルト港の倉庫に搬入済み。こちらで必要なものを受け取り、街道を使わず裏道で指定した場所に向かう手筈になっているがこれにはケイが同行している。

 そしてゴードンの御家族も今日の夕方のウチの定期便に乗り、朝には私達の出発と入れ替わりで到着予定。クルトを御者にテスラとグラスフィート港までお迎えに行ってもらう予定だ。

 

「良いんですか? 作戦決行は明日ですよ?」

 私は無駄な労力と知りつつも、二階の応接室の床にラグを敷き、座り込んで酒とツマミを囲んでいる団長と閣下、辺境伯と酒好きのウチの側近二人に一応注意を促した。

 彼等が下にひいているそのラグ、私のお気に入りだったのに。

 もう泣きたい。

 あのケチャップとマヨネーズのシミ、綺麗に落ちるかなあ。

 それを言えばセコイことを言うなと言われそうだが一目惚れしてステラート領で手に入れた輸入品だったのに。使われる前に隠しておけば良かった。ふわふわで、柔らかくて優しいオレンジ色の一品。疲れた時そこに寝そべってひと休みするのが好きだったのだ。

 勘弁してくれと言ってしまいたい。

 だが案の定団長の呑気な声が返ってくる。

「心配するなって、この程度の酒で酔うほど弱くないぞ?」

 いや、むしろサッサと酔い潰れてくれないかな。

 そしたら毛布だけ掛けて床に転がしておくんだけど。

 緊張感というものがまるで感じられない。

 私はイシュカとロイ、レインとキールと一緒に遠巻きにそれを眺めている。

 近寄ったが最後、また捕まって酒の肴を要求されそうなのでエルドとカラル達にもここには近付かないように言ってある。片付けは明朝私達が出発した後でいいと。

 陽気に笑って酒瓶を抱え上げ、団長が宣った。

「任せておけ、安心してドンッと構えてろ。俺だけでなくベルゼとネイサンがついてるんだ、大船に乗ったつもりでいろって」

 そう言って閣下と辺境伯の肩を抱くと二人は盃を上に掲げて『そうだ、そうだ』と頷く。

 それが大きいだけの泥舟出ないことを祈りますけどね。

 多分問題ないのだろうけど。 

 一騎当千の猛者がここに三人、ベラスミ(むこう)にも二人いるわけだし、失敗する未来は見えない。

「いくら酒に強いとはいえ流石に今日は程々にして下さいよ? 

 明日は失敗するわけにはいかないんですから」

「ああ、これで今日は終わりにするさ」

 そう言って閣下が十数本並んだ酒瓶を指差した。

 それは『これで』で済ませていい量なのか? 

 わからない。

 どうせ言ったところで止めはしないだろうから、ここは酒蔵に鍵掛けてついでに結界を張っておき、私達は先に休ませてもらうとしよう。

 私は諦めの境地に達し、大きな溜め息を吐いた。


「わかりました。では私達は申し訳ありませんが先に休ませて頂きます。

 片付けは明日エルド達に頼んでありますからそのままにして下さい。

 いいですね? くれぐれも余計なこと、余分なことはしないように。

 朝食は一階のサンルームに用意させますから」

「ああ、わかった、わかった、いつも通りってことだろう?」

 団長が適当な返事を返してくる。

 本当にわかっているのかな、この人達。

 とはいえ言ったところではぐらかされるだけで言うことなんて聞かないだろうし、バケモノ並みの体力がある人達だ、然程問題もなかろう。

「ロイ、イシュカ、レイン、キール、今日は早めに四階(うえ)に行って休もう」

 明日に備えて。

 私は寝不足で戦場になんて立ちたくないですから。

 踵を返すとそれにみんなが追随する。

 駄目な大人達に関わってはダメなのだ。

 私は部屋を出る前に彼等の方にチラリと視線を流し、

「キール、レイン、くれぐれもああいう大人になっちゃいけないよ?」

 と、注意すると醒めた眼で二人は床に座り込んでいる大人達を見る。

「はい、わかってます、ハルト様」

「わかったよ、ハルト」

 そうそう、キール、レイン、良い子だね。

「おいっ、ハルト、全部聞こえてるぞ?」

「聞こえるように言ってるんです、当然でしょう?」

 辺境伯のそれに嫌味で答えると彼等はドッと笑う。

 本当に大丈夫かな?

 まあいいや。

 既に下準備と対策は打ってある。

 たとえ二日酔いだったとしても彼等はそこにいるだけで周囲への威圧にもなるだろう。

「ではおやすみなさい。明日はよろしくお願いします」 

 私はそう告げて言葉通りにサッサとそこを後にして眠りにつくことにした。



 翌日早朝、私達はベラスミに出発するための馬車に乗り込んだ。

 やや派手めの貴族然とした馬車にはロイ、レインと私が、二台めにはテスラとキール、三台めには木箱が詰まれている。窓を開けて私達は通る従業員やお客様達に挨拶しつつ、ウェルトランドを出たところで一度馬車を止め、窓越しに会話を交わすとクルトが御者を務めるテスラとキールを乗せた馬車と二手に分かれてベラスミへと向かう。

 こちらの二台の御者台には専属警備のギイス、レイブン、そして馬での護衛任務はいつものイシュカ、ガイ、ライオネルに加えて我がハルウェルト商会の誇る精鋭、獣馬乗りのダイナー、ハンス、ガジェット、ランス、シーファの五人。勿論私の愛馬ルナとノトス、レインのノワールも一緒に連れている。

 当然だが私が今日出発することはこちらでもベラスミ(むこう)にも通達済み。

 人一倍タフなガイが昨晩宴会が終わった後に密かに確認に向かったところ、やはりガイや団長達が地図の上で指差したそこに私達を襲撃するために息を潜めて待ち構えていたようだ。その数総勢二百名弱、予定より若干多いが問題もない。こちら側に割いた戦力は全体の三分の二、ほぼ同数だ。何故ならベラスミはガイも言っていたようにアレキサンドライト鉱石盗難と魔獣被害に備えて要塞とまでは行かないまでも非常時にはある程度の時間を稼ぐために籠城できるように堅固に設計されている。塀が壊せないとなれば正面突破、出入口からの侵入しか出来ない。だがここは一日に来場人数を制限するために前世でいうところのテーマパークのような形態を取っているので一気に攻め入るのは至難の業だ。総勢二百人以下の兵では尚更破壊しての突入は厳しい。そこでもう一つの従業員、及び業者の通用門からの侵入が妥当となるがここは謂わばテーマパークの舞台裏、採掘場にも続いているが搬入に使用される場所以外の通路はギリギリ一頭の馬が通行出来る程度に細くて狭い。代わりに走っているのは荷を運ぶためのトロッコだ。要するに人が歩く場所ではないために万が一の通路として残しているに過ぎないわけで、ここを進軍するにもかなりキツイ。だがこちら側の通用門に重要機関が集中している以上押さえるのならこちら側、広いパーク側から一度に侵入できたとしてもパーク側から商会支部、管理施設その他重要施設諸々が集中しているこちら側には簡単に侵入出来ないようにキッチリ区切られていて、二つをつなぐ門の警戒も厳重、両側は用のない時は二重の扉で塞がれ、緊急時には幾つものトラップが作動、しかもその途中にも鉄のシャッターが引き下ろせるようになっている上に見晴らしもいいので物陰に隠れることも出来ない。この情報は工事関係者なら多少は知っていることなので向こうが知らぬはずもない。

 となれば、余程の馬鹿でない限りは襲撃すべきは従業員通用門だ。

 だが、来るとわかっていれば備えることができる。


 私達が出発した後、私有地を出て行く者がいたとしても止める必要はないと警護、出入口の管理員には通達してあるので連絡に走られても問題はない。

 むしろ出発の状況確認できたなら是非とも報告に走って頂きたい。

 向こうにも連絡されている私達の予定はこうだ。

 まず朝から馬車で出発、宿場町の整備の様子を見学しつつ通り過ぎ、その時間によってはそのまま街道を使い馬車で、場合によっては港から船の定期便に変えてベラスミに向かい、明日の午前中には到着予定であると。

 つまり私の取る交通手段が確定しているのはグラスフィート領の私有地から一番初めに立ち寄るアリテッド港のみ。襲撃する人数からいけば通るかどうかもわからない場所に戦力を二分するような手段は良策ではない。となればこの区間が狙い目、しかもガイ達が指摘した襲撃しやすい峡谷があるのだ。

 山林の多い我がグラスフィート領の運河は真っ直ぐではない、ヘアピンカーブや急角度の水路がない代わりに山の合間を抜けるように作られているので街道も運河横に沿っているところばかりではなく小さな山を跨いで走っている場所もある。それが問題の襲撃に適した場所なのだ。山肌が崩れ、聳え立つというほどではないがかなり急斜面の崖があり、下を通る街道を襲撃するには上方を占拠出来れば優位に戦いを仕掛けられる。しかも削られているのは街道に面した部分だけ、残る外周三分の二ほどは木々が覆い繁っているわけで身を隠すのにも最適だ。街道沿いにはこういった場所が他にも点在しているのだが野盗集団ニ、三十人規模というならともかく二百人規模の兵が身を潜められるとなれば限定されてくる。しかもアリテッド港を過ぎれば陸路か水路かわからないとなれば軍勢を分けなければならなくなるわけで、必死にかき集めても三百から四百程度の軍勢では他に選択肢はない。

 早い話、敵の仕掛けられる場所を限定した上で自ら罠に掛かりに行ってあげましょうということだ。


 だが仕掛けられるとわかっていてそのまま通る馬鹿は当然いない。

 その渓谷に差し掛かる前、後方の荷物を乗せている馬車が車輪を取られたフリをして走りを止める。それに気がついたフリで前の馬車が止まり、御者同士がニ、三言葉を交わすと前を走る馬車だけが出発し、護衛が二手に分かれる。前を行く馬車にイシュカ、ガイ、ライオネルが護衛に、残りは後方の馬車の護衛に残して出発する。


 そして先頭を行く馬車が中央辺りに差し掛かった、その瞬間。

 いよいよ戦いの火蓋は切って落とされたのだった。



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