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第七十九話 開き直りが肝心です。


 ひと休憩したところで馬車の片付けを引き受けてくれたタイラと別れて私達は学院から直接領地に戻った。

 既に荷造りは終えているので後は商会の王都支店の人達が定期便と一緒に運んでくれる手筈になっているので今から戻ればルナ達の脚なら夜半前には到着できるだろう。


 そうして屋敷に戻った翌日の昼頃、団長と連隊長が休暇(・・)にやってきた。

 帰ってきたのが遅かった私達は遅めの朝食兼昼食をサンルームで取っているところにやって来た団長達はそれを見て腹の音を盛大に鳴らしたのでエルドとカラルに追加で料理を持ってきてもらうようにお願いする。

 クルトは早速今朝から二人に付いて雑用その他の仕事を覚えようと張り切っている。


「毎度毎度スマンな」

 私の斜め前、テスラの横に二人が座るとロイがお茶を用意してくれる。

 言葉とは裏腹にそう思ってもいないであろう団長達をチラリと見る。

「どうせそれが目当てで食べて来なかったんでしょう?」

「お見通しか」

「すみません」

 団長と連隊長がそう答えた。

 お見通しも何もいつものことでしょうが。二人が食事をタカリに来るのは。

 まあ目くじらを立てるほどのことでもないし、二人にはそこそこ世話になっている。私が学院で講師業をしている間に王都でそこそこ平和にのんびりと生活をしていられるのは夜間この二人が階下に住み込んで護衛を買って出てくれているからに他ならない。

 この国で目の前の双璧を敵に回そうとするような馬鹿はいないからだ。


「それでどうなった?」

 せっかちだね、団長は。

 まずはロイの入れてくれた美味しいお茶でも飲んで一息つきなよ。

 折角ロイが美味しく入れてくれたんだから。

 団長達の食事だってまだ運ばれて来ていないでしょうが。

 私は小さく息を吐くと持っていたカップを皿の上に置いた。

「会議はまだこれからだよ。昼過ぎにはビスクとケイも仕事を切り上げてここに来る。ガイは四階(うえ)で昼寝。帰ってきたのが朝方みたいだからそのまま寝かせてる。みんなが揃ってから起こすよ。

 団長達は二人で来たの?」

 供も連れてないみたいだし。

「ええ。一応名目は休暇ですからね。今日から順次バラバラで馬車などで平民に紛れて商隊を装い、出発させる予定でいますから明日明後日にもこちらに一個中隊ほどの近衛が到着するはずです」

「俺んとこは支部のヤツらを使う。一応待機人員の五十程度は残しておくがな。陛下から派遣許可も得てある。幸い今は大きな討伐依頼も入っていないからな。アイツらへの連絡はまだだが」

 ウチと合わせると動かせる兵の数は総勢三百くらいってことか。

 結構な人数だ。

 となると必要なのは臨時の彼らの生活場所か。

「わかった。団長、騎士団支部の寮は空いてる?」

 いつもならある程度緑の騎士団支部で引き受けてくれるのだが今回は少々数が多い。 

「一個中隊っていうと百人くらいか?」

「はい。おおよそそのくらいです」

 連隊長に尋ねると団長はその答えを聞いてウ〜ンと唸る。

 頭の中で寮の部屋の空きでも計算しているのだろう。支部の人員は半年ごとに少人数とはいえ入れ替わりもある。ここに駐在している団員の数はおおよそ百五十名。これにイシュカと私の講義を受けに来る受講生三十名が加わるのだが現在は私が学院で教鞭を取っているので中止、陛下と約束した講義予定も残すところ後一回。冬の比較的客足が落ちるこの時期に予定しているのでそろそろ移動してくるはずだが現在その部屋は空いているはずで。

 だが団長は少し考えてから首を左右に振った。

「ちょいと厳しいな。本来なら講義を受ける予備人員が今はいないんで本来なら空いてるはずなんだが、そっちは今は客に紛れて施設内を見回ってる近衛の特殊部隊のヤツらが使っている」

 ああそれがあったか。

 私は直接顔を合わせていないので意識が薄かったけどガイが確かそんな話をしていたのは覚えている。

「大丈夫です。一週間程度野営できる準備を整えてこちらに向かっていますからテントを張る場所だけお貸し頂ければ。もしそれ以上長引くようなら兵糧の手配はお願いすることになるかもしれませんが」

 連隊長はそう言ったが夏場ならともかくこの時期になると夜は結構冷える。

 騎士の方々が頑丈とはいえいくらなんでも野営はキツイだろうし、作戦結構前に体調を崩されたり疲労が蓄積されるのはあまりよろしくない。それにその数のテントとなれば目立ちかねない。だからといって一般人立ち入り禁止エリアのサラマンダー保護区域もマズイだろう。

 仕方ない、ウチで準備しよう。

「ロイ、迎賓館を開けられる?」

「勿論です。今は来客の予定もありませんのですぐに準備させます」

「マルビス、足りない分のベッドは用意出来る?」

「流石に最上階のロイヤルルームは突然の来客に備えて空けておきたいので御遠慮願いたいですし。そうなるとそれより下の階となると足りないのはおおよそ六十床ほどですか、半分程度なら今から急いで組み立てさせればなんとかなりますが少し厳しいですね」

 材木加工工房では毎日のようにウチで使用予定の家具が生産されている。寮も増築されているのでそこに入れる家具もどんどん生産されているが今は木材も板や角材への加工は外注先にお願いしてウチで組み立てているというのが正しいのだがそろそろウェルトランド運営人員は飽和状態に近く、今主に募集をかけているのは職人とその見習い、研究者、ベラスミ及びシルヴィスティアでの食品加工などの労働要員、港の倉庫管理開拓土木作業要員、他警備員だ。

 私が頭を捻って考えているとロイの留守中、寮の人員管理をしていたカラルが提案してきた。

「ハルト様、それくらいの数なら空いている寮から回収できます」

 部屋が空いているとはいえ近衛は貴族が多い、平民の中に彼等を放り込むのはマズイ。それを思えば確かに寮で生活してもらうよりもこっちにベッドを運び込む方が間違いはないだろうが。

「ただ今は忙しい時期なので時間を考えるとベッドを運び込む人員が」

「それなら団員で手の空いてるヤツらにやらせる。任せておけ」

 ゲイルが難しい顔で唸ると団長が応援要員の派遣を申し出てくれた。

 体力、力自慢の団員達のお手伝い。

 それはありがたい、誠にありがたいのだが、

「あんまり目立つとマズイのでは?」

「それはあるな。情報が漏れないとも限らん」

 連隊長の指摘に団長が気が付いた。

 そう、問題はそこなのだ。

 出来上がった家具を寮に移動させるのはここでは日常茶飯事。

 だがその逆はない。

 とはいえ今日明日中にその数を用意するにはその方法が手っ取り早い。

 ならばむしろコソコソと隠すより堂々と移動した方が怪しまれないだろう。

 となれば、問題となるのはその理由付けだ。


「いいよ。この際堂々と運び込もう」

「いいんですか?」

 近衛が向かってるのは秘密となれば、それ以外の設定で。

「人目を避ける方がかえって怪しまれる。但し、名目を変えよう。ベラスミの施設内覧会招待客の中継点の宿泊施設として使うということでその準備だって通達して。ウチに見張りが客として紛れ込んでいたとしても、それを聞けばそこまで話が進んでるのかって慌てて行動を起こそうとするかもしれないし」

 実際にその予定もある、もっとも内覧会招待客の数はそれなりに多いが宿泊予定客は殆どいないけど。

「逆にそれを利用して向こうを焦らせようってわけか」

 私は団長の言葉に頷いた。

「二人一部屋かそれ以上になっちゃうかもしれないけどいいかな?」

「勿論です。テントで雑魚寝することを思えば屋根があるだけ床上でも天国でしょう」

 確かに雨風凌げる家の中の方がテント暮らしよりはマシだと思うけど、床上は流石に硬くて厳しいんじゃない?

草むらの方が草と土のクッションが効いているだけマシな気がしないでもないよ、連隊長。

 とにかく反対意見は出ないので早速それで手配するとしよう。

「一応迎賓館にもキッチンついてるからそこも使って。

 但しちゃんと綺麗に使ってね。それができないんだったら貸せないよ」

 これだけは念押ししておかなければ。

 騎士団寮のムサ苦しさと小汚さはよく知っている。

 まあ男所帯というものはそんなものだと思うけど帰った後の後片付けがあの状況は頂けない。元通りとまではいかなくてもすぐに戻せる程度にはしておいてもらわないとこちらの手間が増えてしまう。

 連隊長にそう伝えるとしっかり頷いてくれた。

「しっかりと伝えます。ですがこちらの不手際で御迷惑をかけるようなことがあれば迷惑料としてこちらに請求して下さい。経費で落とします」

「だって、ゲイル。その辺は頼んでもいい?」

「お任せ下さい」

「エルド、カラル、高価な調度品とかは商会事務所に移動させて。日常業務後回しでメイド使っていいから」

 ホコリが多少舞ったとしても不自由があるわけでもなし、問題はない。

「承知しました」

「クルトは食事を済ませたらとりあえず今日はロイに付いて。

 一応できれば一週間前後でカタをつけたいと思っているから、聞きたいこともあるし」

「はい、かしこまりました」

 これでとりあえずは迎入れの準備は間に合うはずだ。

 一斉に動き出したみんなの姿を見送って私は途中だった食事に戻る。

 そうこうしているうちに団長達の分の食事を料理長が運んできた。


「相変わらず手配が早いですね」

 連隊長が感心したようにみんなの出て行った戸口の方向を見遣る。

「みんな働き者だからね。助かっているよ、すごく。

 やると決めたらサッサと取り掛かって片付ける。

 ここには暇人はいないから時間は有限。有効活用しないとね」

 向こうもかなり焦っているだろうし、動きが活発になれば証拠も掴みやすくなると思うんだけど、どうだろう。

「では私達も用意して頂いた食事が冷めない内に頂きましょう」

 連隊長がそう言うと団長も早速目の前に置かれたハンバーグ定食にがっつき始めた。

 相変わらずの肉食獣か。

 団長がいると格段に肉料理の減りが早いんだよね。

 連隊長も肉は好きだがどちらかといえば好物はシーフード系だ。

 私も成長期真っ盛りとはいえ流石に二人の食欲には負ける。

 むしろこの食欲で腹が出ないのがスゴイ。

 どれだけのエネルギーをあの立派な筋肉が消費しているのだろう。

 私はどうでもいいことに感心つつ残りの食事を食べるためにナイフとフォークを動かした。



 作戦会議に必要な人員が揃ったところで三階の私の執務室に移動する。

 集めたのは団長と連隊長、それにサキアス叔父さんとキールを除いた私の側近達とゲイル、ライオネル、ケイとビスク、そしてクルトだ。

 まずはこの件で調査しているガイとケイの報告からだ。

 部屋の真ん中にある大きな会議用テーブルの上にこの辺り一帯からベラスミにかけての地図を広げる。運河建設自体はウチの管轄では既に終了している。後はそれに沿った街道の整備と宿場町の開発だ。

 船の方が速くて安心とはいえ客船はまだ皆無、商船の一部をそれらしく改造しているものがあるくらいでまだまだそれなりに高額。通っているのはほぼ物流関係の商船だ。もう少し船が増えてくれば客船も増えてくるだろうが結局のところ造船が間に合っていないというのが正しい。ウチも全部で五隻の客船とプライベート用のやや小さめの船を一隻発注しているのでそれが完成すればウチでもここからベラスミへの観光船の営業も考えている。因みに一隻は既に完成、特別室の内装装飾中、二隻はもうすぐ完成予定でベラスミ施設開業と同時にウチとベラスミ間で運行予定だ。

 本当にどんどん規模が拡大しているなあ、ウチの商会。

 屋敷からベラスミの施設までの間にある港は全部で四つ。今はグラスフィート領となった以前領主が住んでいた町にあるアリテッド港とベラスミ領と境界線にあるベイラス港、そしてウチの管理する私有地内にあるグラスフィート港とハルウェルト港(一応この先にはベラスミ領管理のベラスミ港もある)。グラスフィート港のウチで管理する倉庫街の対岸には現在国営の貿易センターが建設されている。シルベスタを横断する丁度中間付近になるから運河輸送される物資、他国との輸出入品の管理事務所ということらしい。今は臨時で小規模な別荘みたいなものが立ってそこで管理されているが建設中のものはかなり大規模だ。

 あの陛下はいったい何を考えているのやら。

 国の運営に手も口も出すつもりはないので私有地外でやっているものは知ったことではない。

 今は父様が、いずれはある兄様が管理する土地だ。

 危険なものであるならまだしも国のそういった重要機関ができるということは領地にとっても歓迎すべきことだろう。

 そういうわけでかなり賑やかになってきた我がグラスフィート領ではあるが、もともと領土だけは広い田舎貴族、二年前に併合した領地も御世辞にも都会とは言い難く、私の私有地付近から半日も馬で走れば街道こそ整備されたがまだまだ草木が覆い茂る田舎、いや、ド田舎だ。

 ガイとケイ、そして連絡を取っている潜入中のリディの調査によれば向こうの陣営はかなり焦りの色を隠せなくなってきているようだ。今年の春のベルドアドリ学院集団襲撃事件以降、私には殆ど報告されていなかったがあの手この手で妨害、暗殺計画を実行しようとしていたらしい。だが妨害工作や暗殺計画などというものはそもそも発覚した時点でほぼ失敗に等しいわけで、ウチの優秀な諜報員とシルベスタ王国の誇る隠密部隊の手にかかれば実行される前に偶然を装いつつ邪魔が入り、不都合が生じて失敗、どんどんと商業施設のショッピングモールに続き完全オープンが近づいてきて流石に余裕も無くなってきているらしい。二ヶ月前の夏くらいから焦り始め、ウォルトバーグの紳士然としていたはずの振る舞いも余裕がなく、苛立ちを隠せなくなっていて周囲の人間に当たり散らしていて密かに性格が変わったと言われているそうだ。

 いや、それは性格が変わったのではなくて、今まで単に猫を被っていただけ。こっちが本性なのだろう。

 主にそういった会議、というか悪巧みは主に深夜、今は役所となっているベラスミ城地下で行われているようだ。つまり反対勢力はやはりベラスミのもと貴族達が多いということなのだろう。これに私達ハルウェルト商会が店を構えたことで商売に翳りが出てきた商人達が加わってくる。騎士、兵士達も完全に内部で分裂で主に城内、城下警備を担当しているもと貴族子息達がウォルトバーグ達に加担、外警、要するにゴードンをトップとする魔獣討伐部隊がハルウェルト商会寄りということのようだ。二年前から慎重に仲間を集め始め、ウチへの不平不満を漏らしている者をピックアップ、調査をした上で仲間に引き入れる、これを繰り返し、現在のその数百五十を超える勢力と化していて、彼らの抱える兵士達は恭順、あるいは脅迫、もしくは人質を取られたりクルトのように奴隷契約を結ばされ、従っている戦闘員が三百超えたくらい。つまり総勢四百超えの五百近い人数が敵対しているということだ。

 私は人の感情を読むのが正直苦手だ。

 だからこそ今回は尚更みんなの力を借りたい。

 私に足りないものを補ってもらわなければならない。


「それで向こうは何か次を計画しているの?」

 ウチに攻め込むだけの戦力を確保出来ないと聞いていたからもっと人数は少ないと思っていたが人数が意外に多い。私が尋ねるとガイが答えてくれる。

「ああ、襲撃計画を練っている。おそらくアイツらはこれに全てをかけてくるだろう。ベラスミ施設開園前の最後のチャンス、御主人様が下見に来る機会を狙っているんじゃないかと踏んでいる」

「反対勢力の半数がここ数日で既に様々な方法で日程、通る領地間の検問所を変えるなどして抜け、もしくは抜ける準備を整えてこことここ」

 ガイの言葉を補足するようにケイが更に付け加え、地図上の二箇所を指差し、続けた。

「この運河沿いの港の宿場町、ベイラス港とアリテッド港の宿屋とそこから外れた農村に旅人や冒険者を装い潜伏しています。おおよそではありますがその数は二百前後、まだベラスミにも半数以上の数が残っています」

「ウォルトバーグは?」

 肝心の親玉はどこにいる?

 私の問いにケイが今度は応えてくれた。

「屋敷から動く気配はありませんね。残っているのは戦闘員が百五十名前後と戦闘能力が低い貴族、及び商人達です」

 全てを賭けてというには非戦闘員も含まれているとはいえ半数近い数が動いていない。

 これはどういうことか?


「連隊長、対人戦闘が多い近衛としてまずは意見をお聞かせ願えますか?」

 私が意見を求めると連隊長は少し間を空けてから口を開いた。

「おそらく、ではありますが、まずはハルトを襲撃した上でその命を狙い、殺害。同時にベラスミの施設をハルウェルト商会オーナー死去の情報で動揺させたところを一気に押さえ、その運営権を奪うつもりではないかと」

「ガイ、ケイ、二人はどう思う?」

「俺らも同じ意見だ。時間を与えてはシルベスタから近衛などが反乱軍を押さえに来る。それを考えるなら御主人様の首が取れても取れなくても一気に攻める必要が出てくる。御主人様襲撃に失敗したとしてもこちらの軍備を整えて向かうには時間もかかる。それを計算に入れるなら施設さえ押さえて籠城しちまえばあそこは城塞の如く周囲の警備設備も整っているからな。奪い返すにしても攻め込むのは至難の業だ。

 仮にどこかで密約を交わしているとしてもソイツらが駆けつけてくる時間を稼げる」

 ふ〜ん、なるほど。

 三人の意見が一致しているということはほぼ間違いなさそうだ。

「クルトはこの意見について何か情報か意見はある?」

 仮にもウォルトバーグに駒として使われていた身。

 何か側で見聞きしていた情報があったかもしれない。

「ほぼそれで間違いないのではないかと思われます。ハルト様はベラスミの開園半月前までには向かわれるという話があちらで情報として商会の間で出回っていました。そうなると学院での講義が終わり、こちらでの仕事を終えてから調整し、ハルト様の御父上、旦那様に仕事を引き継ぐ時間を考えればお見えになるとすれば講義が終わって一週間から二週間後くらいだろうと。

 私が暗殺を失敗したとしても、一度計画が潰れたならそんなにすぐに次の行動を起こすとは考えないだろうからと話をしていました」

 クルトの失敗も織り込み済みなわけか。

 本当に人をなんだと思っているのか?

 そんなにあちこちで敵を作って回ると私を首尾よく殺害し、運良くあの施設を乗っ取れたとしても長く続かないと思うけどね。恐怖政治なんてものは大抵民衆の力で押し潰される運命が待っているものだ。

 何故そこまでして権力にしがみついていたいのか。

 平凡平和な生活が一番だと思うよ? 

 私は。

 一番それに遠い生活を送っているヤツが何を言っているのだとツッコミを入れられそうだけど。

 全く面倒な。

 私は顔を顰めて髪を掻きむしった。

「私の移動方法は? 把握されている?」

「いえ、流石にそこまでは。ですがハルト様は獣馬に乗られていますから、ベラスミでの移動も考えれば船ではなく馬で来られるだろうと」

 クルトが私の質問に答えてくれた。

「つまり街道を通るだろうと予測されている、というわけだね」

 確かに普通に考えるならそういう結論に達するのもわからないでもない。

「そのつもりだったんですか?」

 連隊長の問いかけにマルビスが返答する。

「いえ、予定では船で向かうつもりでした。ルナとノトスを船室か甲板に乗せて。

 オープン記念祭の商品の運搬が思ったよりも早く片付きましたから。 

 優先するのは商品の運搬、自分達は街道からでも充分だと最初は仰っていたのですが従業員も増えて予定よりも生産が進みましたので後は向こうの商品の売れ行き次第でこちらの倉庫から順次輸送します。向こうの倉庫建設がまだ追いついていませんから。

 客船が一隻が内装を残して先日完成してますので、こちらからの応援要員は船で一気に移動し、客足が落ち着くまでのニヶ月間ほどはそこを宿泊所代わりに生活する予定です」

 そう、ゆったりとした船旅を楽しんでもらおうという計画のもとに貴族向けボッタクリ仕様のロイヤルスイートを眺めのいい最上階に配し、その階下を2ブロックに分けて富裕層と一般客用の食堂や小さなショッピングセンターに、以下を普通船室として利用予定としているのでそれを臨時宿泊施設に使うつもりだったのだ。

 その話を聞いて連隊長が息を吐く。

「では最初からこの計画は失敗だったわけですか」

 いや、そうとも限らない。

 何故なら運河の上、船の上なら襲撃目標は把握しやすい。

 そう思ったのは私だけではないようでガイが難しい顔で唸る。

「それはどうだろうな。船の上では逃げ場がない。

 御主人様御得意の罠を仕掛けるのにも限界がある。

 それを思えば鉄鉱石運搬に使われている輸出用商船を二隻ほど乗っ取っちまえば水上で挟み討ちだ。そうでなくても船の帆に火を射掛ければ運が良ければ丸焼きにできる。後は御主人様が逃げ出してきたところを迎え撃てば地上戦よりは楽だろうぜ? ウチの御主人様も水の上じゃ流石に動きも取りにくいだろ。警備兵で周りに囲むにも限界があるしな。

 まあそれも前もって情報を掴めれば、だが」

 そう、問題はそこなのだ。

 だが、水上でも実は手がないわけでもない。

 魔法という概念が存在するこの世界だからこそ使える手段が。

 まあそれにも膨大な魔力量が必要となるので私の保有魔力量が周囲にバレる可能性があるのであんまり使いたくない方法ではあるけれど。

 ガイの意見に連隊長が納得する。

「そうなるとやはり地上戦に持ち込む方が良いですかね?」

「無難でしょう。ハルト様の戦い方が講義で周知され始めているとはいえ、まだハルト様に及ぶほどの策を用いる者がいるとは思えません」

 それはどうだろう?

 イシュカの言葉に私は意見する。

「こういうのは才能。私を追い抜く人なんてすぐに現れるよ、イシュカ」

 私のは前世で読んだ歴史書、漫画、ラノベその他の知識がもとになっている。

 オリジナリティはほぼ無いと言ってもいい。

 これらが尽きれば私はタダの凡人だ。

 すると今度は連隊長に反論される。

「仮にそうだとしても、その才能が芽吹くのはまだ先でしょう。

 策を巡らせるには知識も必要です。騎士にはそういったものが足りていない者が多いですから」

 確かにそれも一理ある。

「団長も同じ意見?」

「ああ。俺もそう思う。机上と現場では認識が違う。

 ハルトを凌ぐ策士が現在いたとして、ソイツがすぐに現場にすぐ受け入れられるかといえば、かなり無理がある。それなりの功績と実績があれば従うかもしれんがその理論からいけば、現状、それができるのはハルト、お前だけだ」

「団長や連隊長なら・・・」

「無理ですよ。先頭に立って軍を率いることなら可能でしょうが。騎士としての名は上げていても軍師としての知名度は私達にはありません」

 私の言葉は即座に却下された。

 対人戦の戦場を知らない私がこれ以上言ったところで説得力はない。

 ならば、

「わかった。ここで押し問答しても無駄だし、質問を変える」

 私は反論を諦めて地図を眺める。

「連隊長や団長、イシュカ、ガイやケイ、ビスクに聞きたい。

 私が街道を通るとして、みんなが私を襲うとしたらどこで狙う?」

 私の問い掛けに一斉にみんなの視線が地図に向けられる。

 暫しの間を空けて六人が指差したのは、

「ここだな(ですね)」

 全て同じ場所だった。

 タイプの違う全員がみんなそこを指差したということは余程の策士か偏屈でも無い限り間違いないだろう。


「だとして、ウチの名軍師様はどういう手に出る?」


 ガイがそう言ってニヤリと笑ってこっちを見た。

 私は期待に満ちた二十四個の瞳に大きな溜め息を吐く。


 重過ぎる期待はやめて下さいよ、全く。

 私は凡人だと何回言えばこの人達は信じてくれるのか。

 どうすんのよ、失敗したら私はこの責任負いきれるの?

 いや、失敗したら私はこの世にいないわけでその心配はいらないのか?

 なんかそれもすごく嫌なんだけど文句を言ったところで仕方ない。

 私が仮に万が一死んだとしても残ったみんなが困るのはどう考えても許せない。

 まあ私が多少無茶振りしたところで優秀なみんながしっかり補正補強してくれるでしょうし?

 ならばこの際開き直って好き放題言わせてもらいましょう。

  

 私は早速思いついた作戦をみんなに語り始めた。



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