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第十八話 狭いながらも我が城(倉庫)の完成です。


 昼半ば頃に屋敷に戻ってくると三人で父様のところに報告を済ませるとリゾート施設建設予定地の構想を説明し、了承を得ると計画はすぐに実行段階へと移行することになった。

 まずは馬車が通るための予定地までの道の整備が最初だろう。

 道が整備されれば資材も運びやすくなる。

 それと並行して周辺の土地の詳細な調査も必要だ。


 屋敷では王都への出発を明々後日に控え慌ただしく準備が進められている。

 とはいえ、荷造りは既にメイド達に用意されている私には特に準備しなければならないものはないのでマルビスと二人、今日完成予定の倉庫兼キッチンまでやって来た。

 帰って来たときに一度顔を出し、二階倉庫入口以外の結界二枚を外しておいたので一度外された二階への階段は再び取り付けられ、さっき来た時には工事の資材やら道具やらが雑多に置かれていた物もスッキリと片付けられ、この間購入したラグや机等も一式運び込まれていた。

 外見はレンガ調、内側は明るい色の木材を使用したこだわりの日本家屋仕様の土足厳禁のフローリング。綺麗に磨かれ、艶剤を塗られた床はピカピカで私は玄関で靴を脱ぐと奥のキッチンまで駆け込んだ。

 窓際に並ぶ四台のコンロと窯、水回りが並び、壁には鍋等を掛けられるフックや調味料等を置く棚も備え付けられ、作業のできるカウンター兼食器棚がその後ろに、反対側はそのまま椅子に座って食事も出来るように折りたたみ式のテーブルになっている。空きスペースも充分に広く、ラグを敷いても余裕がある。

 ほぼ注文通りだ。


「問題がなければこれで終了となりますがよろしいですか?」

 同じように靴を脱いで上がり、造りを確認して回っていたマルビスが横に並ぶ。

 成長期なので身長が伸びることを考えて作業台やコンロ等、大人の仕様にしてもらっているので私が使いやすいように踏み台まで用意されている。排気も排水も外側に出来るようになっているのもありがたい。

 折角の床上裸足生活が水浸しになるのは避けたかったので嬉しい。

「これで心置きなく料理が出来る」

「喜ぶところはそこなんですね」

「だって厨房にお邪魔するのも毎度毎度じゃ申し訳なくて気にしてたんだよ、一応は」

 空いてる時間とか、暇がありそうな時間を狙ってお伺いを立てつつ厨房に行くのタイミングが掴み辛くて骨が折れた。コック達の仕事を邪魔するのは気がひけたし、不味いワケでもないのにお願いするのも失礼かとずっと思っていたのだ。 

「貴方にお願いされていた珍しい調味料もそろそろ届き始める頃ですからね、明日諸々の手配のついでに確認してきます。

 欲しいものがあれば書き出しておいてくだされば買ってきますよ」

「できれば私も一緒に行きたいところなんだけど」

「構いませんが明日は工房や工場等の業者巡りが多いので退屈だと思うのですが」

 商店街巡りよりむしろそっちの方が面白そうかも。

 ここの国の技術レベルがある程度わかれば自分が出来そうなこともわかるだろうし。

 あ、でも我がグラスフィート領はそういったことは遅れているんだっけ。

 まあ、それならそれで少しの改善や提案で変えられる物が見つかれば上手くいけば特産品を作れるかもしれないし。そんなに簡単ではないだろうからそこまでは期待していないがこれから何かを頼むことになった時、どこまで頼めるのか見ておくだけでも悪くない。

「買い物は王都に行く機会に恵まれたことだし、向こうの商店街見てから決めるよ。

 マルビスがいればこっちで買えるものかどうかは判断つくよね」

「お任せ下さい」

 即答だよ、全く私には勿体ないほど優秀だ。

 人材に恵まれているというのは何よりもありがたい。

 結構好き勝手にやってると思うのだが周りが上手くまとめてどんどん雑用を片付けていってくれるのですごく助かっている。無茶無謀をすれば説教もされるがそれ以外は基本的に私のやる事をフォローしてくれる人はいても止める人はほとんどいない。むしろもっとやれとばかりに手を差し伸べられ、環境を整えられ、財源も確保されていく。意図的なものを感じないでもなかったが嫌なことをやらされているわけでもないし、その辺りはあまり気にしないことにした。

 流石にワイバーンのような事件は出来れば勘弁願いたいというのが本音だが、私はトラブルメーカーの自覚があるので多分また巻き込まれそうな気がしないでもない。

 適当にのんびりするはずがこの忙しさは想定外。

 しかもこの忙しい時に王都呼び出しは迷惑以外何ものでもなかったが見物してみたいという願いは図らずも叶ってしまった。王都滞在期間も三日から六日に延びた。父様とロイはワイバーン討伐についての報告書を完成させて、王室からの呼び出しであれば滞在費は国が負担してくれるのでできればその報告もついでに終わらせてしまおうと滞在を延ばすことにしたようでそのため今日は徹夜だそうだ。兄様達も手伝わされているらしい。

 そういえば学院の春休みがそろそろ終わって新年度が始まるので一緒に王都に行くことになったと言ってたな。兄様達はそのまま学院の寮に向かうみたいだけど姉様は今年入学だ。手続きもあるので三番目の母様も一緒にくるようでメイドも入れると結構な大所帯になってしまった。

 春の種蒔き時期が終わった頃から新年度で秋の収穫時期に長い休みがあるってことは平民の働き手を確保するのも理由の一つなんだろうけど基本的に学院は上位の成績を修められるならば四分の一の出席でも進級できるらしいし、全ての科目に於いて優秀であると認められれば飛び級制度というのもあるそうだ。但し、普通の成績で普通に卒業するのには最低四分の三以上の出席日数が必要で、落第、留年すればその分の学費、寮費、食費その他は実費になる。無事卒業出来れば平民でもそれなりの職にありつけるし、上位で卒業出来れば官僚への道も開けるので結構必死のようだ。

 兄様達はそれなりにいい成績のようなので姉様が焦っていたのは知っている。

 でも実際のところは下位は嫁入り先の決まっている貴族女性が多いらしい。彼女達はダンスや礼儀作法さえしっかり出来れば多少教養が欠けていようと社交界の華となれる見た目の美しさや話術が重要視される傾向があるからだ。

 この話を兄様達に聞いた時、私はがっかりとした。

 私の憧れは知的で色気のある年上の女性。

 美人に越したことはないが容姿と性格ならば迷わず性格を取る。

 女性は着ている服のセンスや髪型、化粧で変わるものだ。

 自分の手で綺麗に変わっていくなんて最高じゃないか。

 そう言って力説した時の兄様の冷めた眼差しは少々痛いものではあったが、兄弟同士、好みのタイプがかぶらないということは別に悪いことではないので適当に流した。ちなみにアル兄様は可愛い系、ウィル兄様は綺麗系が好みらしい。男は守備範囲外ということだ。

 とことん私とは趣味が違うようだ。

 まあ、好みのタイプだから好きになるというわけではないし、先のことはわからない。

 今のところまわりは男だらけで屋敷の使用人以外の女の人とあまり知り合うキッカケもないし、これから最低一年は土木関係者か、職人と関わる機会が多そうだから率先してそういう場に出掛けない限りは縁もないだろう。それにやはり私も肉体的には六歳児であっても中身は違う、年端もいかない子供は守備範囲ではないので当分恋愛沙汰は遠慮したい。後十年ばかりはお気楽に過ごせたら最高なのだが果たしてそれが可能か否かは判断つきかねる。

 少々目立ち過ぎた感は拭えない。

 父様に令嬢達からの見合い話が押し寄せてるらしいことも聞いた。

 さて、どうしたものか。

 いっそのこと見目麗しい男性達でも連れ歩き、男好きの噂でも広めてみようか。

 いや、そしたらそれならばと今度は子息からの申し込みが押し寄せてこないとも限らない。

 既成事実を作ってしまえばとばかりに襲われても令嬢なら逃げられても筋肉マッチョからの逃亡は厳しそうだ。貴族のそういう見栄や権力争いに巻き込まれるのはゴメンだ。面倒事になる未来しか見えてこない。

 貴族社会の身分に関する上下関係はかなり厳しいので断りきれない話が来たら非常にマズイ。

 そのために冒険者ギルドや商業ギルドに登録したのだがワイバーンのせいで計画が狂った。

 こうなってくると王宮への呼び出しなんて迷惑以外の何ものでもない。

 褒美を取らせると言っていたが何をくれるつもりなのか。

 勲章や名誉職なんかだったら謹んでご辞退申し上げたいくらいだ。よく前世で事ある毎に賞状だ、記念品だと会社で配っていたが私にとって会社の名前が入ったボールペンやバッチ、トロフィーなど家の押入れの中で埃をかぶっていたものでしかなかったし、地域ゴミで出しにくい分、非常に面倒な代物だった。まだ金一封とかで千円札の一枚でも頂いたほうがファストフードでランチが食べられるのでありがたいというものだ。

 王都といえばもう一つ、気になっていたことがあったな。

 新しく父様の側仕えになるかもしれない人のことだ。

「そういえばサキアス叔父さんっていつ到着するんだろ。一緒に王都に行くんだよね」

 いろんな意味でワケありな人。

「先程お見えになられたようですよ」

 今が問題なければ私にとってはたいした問題ではないのだが不精というのは持って生まれた性格もあるのでなかなか矯正が難しそうなのだが。

「大丈夫なのかなあ、優秀な人だけど生活能力は低いんだよね?」

「最低限は大丈夫だそうですよ。生前、奥方に大分仕込まれたらしいんで。執事は無理そうですけど頭の切れるお方なので主に領地の経営などの手伝いをお願いするおつもりのようですよ」

 あ、そうなんだ。

 すごいな、奥さん、尊敬に値するよ。

 確かに不精者に執事は厳しいよね。

 秘書も大変だとは思うけど他人の身の回りのお世話は無理そうだ。

「様子でもお伺いに行かれますか?」

 マルビスの言葉に少々心揺らされたが慌てなくとも二日後の朝には会えるのだし慌てることもない。

 早ければ今日の夕食の席でも顔を合わせるだろうし。二番目の母様に似ているということは私の好きな綺麗系なのだろう。頭がいいというのも、いまだに死んだ奥さんに一途なところもポイント高い。

 あくまでも見ているだけならという注釈はつくけれど。

「急ぐほどではないからいいよ。父様が呼び出して来ないということは急ぎの用事はないということだろうし、私達も暇ではないしね。やりたいことも試したいことも沢山あるし」

「そうですね、そう言えば視察前の染め物も明日ギルドへ商業登録に出したいのですがお借りできますか?」

 あれも商業登録に出すのか、元は私のアイディアじゃないから後ろめたい気はするのだが。

「二階の倉庫に入れてあるよ、持ってくる」

 世界が違うのだし、今更だ。

 ブランコや野外コンロ、アスレチックの遊具もジャングルジムに始まり移動手段として考えている『浮島』、『ジップライン』その他諸々、数え上げるときりがない。

 二階への階段を登り、最後に残した一枚の結界を解き、入口の鍵を開けて重ねておいた布を持ち出すと再び三枚の結界を張って一階へと戻る。するとマルビスは階段下で大きな荷物を右手に持って立っていた。

 私が持ってきた布を左手で受け取ると今度はそれを差し出される。

「それからこの染め物をもう一度作って頂きたいのですが、今度は明るい色合いでこちらの布を使って何種類か。お願い出来ますか?」

 私は受け取ると床の上に座り込み、渡された袋の中身を確認する。

「染めるだけならそんなに時間はかからないけど。これって絹、だよね」

 この肌触りは私が使った安物とはまるで違う。

 染料も高価で迷って結局手を出さなかったやつだ。

 多分それなりの高級品。

 ってことは、

「はい、折角ですので女性が喜ぶような手土産もあった方がよろしいかと。もし今日中にお願いできるなら明日朝一で仕立て屋に持ち込んで献上できるように整えようかと」

「いつの間にこんな布と染料手配したの?」

「染め物を見たすぐ後ですよ。留守中に届けて貰えるように頼んでおきました」

 全く抜け目がない。

 物珍しいものはそれだけでも目を引くものだ。

 手土産として持参して、気に入られ、万が一身に着けてもらえようものなら王族はこれ以上ない広告塔。仮に王族に気にいられなくてもそこで広げて貰えるだけでも高位の貴族の目に触れて誰か一人の目にとまれば宣伝効果は充分だ。

 そうなると種類だけでなく、色も女の子が好きそうな淡い色から落ち着いた色彩、派手な色合いのものもあった方がいいだろう。用意された布地は全部で十二枚、多分失敗することも計算に入れてるだろうから持って行きたいのは八枚前後ってところか。

 私は軽くため息をつくと了承する。

「いいよ、すぐに取り掛かる。手伝ってくれる?」

「勿論です。それでこの染め物技術の名前は如何致しましょう」

 嬉々としたマルビスの顔。

「適当、ってわけにもいかないのか」

「私としては是非ハルト様の名前を・・・」

「却下」

 冗談でもそれだけは遠慮したい。

「適当でよろしかったのでは?」

「却下っ、絶対嫌っ」

 そんなことしたら、ずっとこの染色技法が続く限り私の名前が残るってことでしょ、そんな見せしめか見世物みたいなのは絶対ゴメンだ。

「だいたいこういうものは開発者の名前がつくものなのですが」

「せめて私の名前だってわからないようにして」

 譲歩できるラインはそこまでだ。

「そうですね、ハルスウェルト、ルストではありきたりですし、ウェルトもその辺にいそうな名前ですし、スウェルト、スウェルト染めと言うのは?」

「すぐに私だって気付かれそうだけど」

 下半分、まんまじゃないか。わかりやすすぎる。

 口をへの字にして抗議するとマルビスは小さく笑った。

「気にしすぎですよ。では仮に壁に掛かっている絵にマルビスのサインがあったとして、貴方は私が描いたものだと思いますか?」

 偶然一緒だったくらいにしか思いませんよね、と付け加えられて納得してしまった。

 言われてみれば確かにそうだ。

 私の今の名前にしても同じ名前が皆無なわけではないだろう。まして下半分だけなら他にもいるに違いない。否定すれば嘘をついたと言われてしまうだろうが問われても適当に流して肯定しなければ終わる話だ。

「この技法でグラスフィート領地の染織職人に色々と作らせてみたいのですが構いませんか? 勿論、他の領地には当分伏せておくように契約致しますが」

「その辺は全部マルビスに任せるよ。一応グラスフィート家の事業ってことになってるから父様への報告はお願いしたいけど」

「心得ております」

 確か、商業登録用紙もタダではなかったはず。

 紙はそれなりに高価だし、この間マルビスが束で持ち歩いているのを見たけれどいったいどれだけ申請するつもりなのか。私が作った新しい物はすべて私の名前で登録許可を出しているのだが、ほとんど書類は全てマルビスとロイが代理人として作成して最後に私に確認してサインをして欲しいと持ってくる。

 何枚書いたか覚えていないし、どれだけの数が登録されたか把握していないが道具や遊具、料理など、この間は二人して私の部屋までやってきて不便だからと適当に改造して部屋で使っていたものも書類作成されていた。全部の申請が通るとは限らないし、許可が出ない場合もあるらしいので私もその数は把握していない。

 まあ、有能な二人に任せておけば心配はないのだろうけど。


「それじゃ、早速取り掛かるとしますか。王族の方々の好みは知ってる?」

「はい、身に着けているものから推察すると王様はロイヤルブルー、王妃様はワインレッド、第一王子はマリンブルーやスカイブルー、第二王子はエメラルドグリーン、第一王女はクリムゾンレッドやオレンジ、第二王女ピンクやレモンイエローですかね」

 なるほど定番と言えば定番、ブルー系をメインに三、四枚、グリーン系で二枚、残りは赤や黄色を使って濃淡つけて仕上げるとしよう。どうせなら一色じゃなくて各カラーで五色くらい作ってグラディエーションかけたり二色、三色染めも面白いかも。最初っから絹は失敗が怖いのでまずは安い布地で試してからにしよう。

 まずは桶に水を張って、それから・・・

「よろしければこちらもお使い下さい」

 頭の中でシュミレーションしながら準備をし始めると差し出されたのはやや大きめの色の薄い金属製の底が深めの四角形のトレイ。

 数にしてニ十はありそうだ。

「木桶では色の種類や濃淡などがわかりにくいかと」

 実にタイムリーに目の前に出されたそれに思わず目を丸くする。

 布や染料は店に行けば売っている物だから出てくるのはわからないでもない。

 だけどこれって特注品だよね? 

 確か町に買い物に出掛けた時には見つけられなかったものだ。

「こんなのいつ作ったの?」

「この間一緒に町に出掛けた時に注文しておきました。

 こういうものがあれば欲しいと仰っていらしたので」

 一緒にいたのに全然気が付かなかった。

「手際良すぎない? 無駄になるかもしれなかったのに」

「貴方は無駄になどしないでしょう? 欲しいと仰ったからにはそれなりの理由があるはずだと思いまして用意致しました」

「凄く助かるけど、吃驚だよ。私の心の中読めるのかと思うくらい」

「それは光栄ですね。相手をよく観察し、趣味や好み、欲しいと思うものを察し、先んじて用意するのが一流の商人というものです。

 言われてから用意するのは二流、売り時を逃してしまいますからね」

 ならばまぎれもなくマルビスは一流の商人だ。

 ニッコリと微笑む彼を私は思わずじっと見つめてしまった。


 

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