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第七十四話 どんな道も楽しく歩いてこそなのです。


 翌日、早朝から迎えの馬車がやって来てイシュカと二人、それに乗り込むと連隊長と数人の近衛に先導されて城へと向かった。

 登城する貴族を送り届けるのは通常であれば近衛の仕事。

 団長は既に出掛けて先に城で待っているらしい。 

 城に到着すると門の前で待っていた団長に迎えられ、早速とばかりに陛下のもとへと案内された。

 

「こちらから呼び出しておいて悪いが私も忙しくてな。

 空いてる時間は食事の時間くらいしかないので許せ。

 昨日は迷惑かけたな、ハルスウェルト」

 連れて来られたのは小さな箱庭のようなテラス。

 朝も早いということもあって城の中を行き交う貴族の数も少なかった。

 陛下の前にはパンやスープなどが並べられている。

 他にはフィアとミゲル、宰相の姿があったが警護の騎士達は団長と連隊長が揃っているということもあって陛下に手で席を外すように指示をされると少し遠い場所からこちらに背中を向けて周辺の警戒をしていた。

 そうして近くから私達以外者を排斥すると陛下の前の席を勧められ腰掛けると陛下達と同じ食事が配膳され、その者もすぐに席を外した。

 本当に団長に聞いていた通りだ。

 下手をすればウチの朝からガッツリ系の朝食よりも質素と言ってもいい。

 私はペコリとその場で軽く頭を下げる。 

「いえ、たいしたことでは。怪我もありませんし」

 イシュカと団長の叫び声、ニセ乳代わりに胸に入れていた魔石がなかったら危なかったかもしれないけど特に心配されるような外傷もない。

 私が首を横に軽く振って答えると陛下は軽く目を伏せる。

「いや、こちらで対処すると言ったのにも関わらず其方のところに刺客を向かわせてしまったのは相違ない」

「でも彼が彼の者の仕業とは限らないでしょう?」

 陛下の声が小さいのは周囲に事情、情報を漏れるのを嫌ってのことだろう。

 私はそれに倣い、小声でそう返した。

「いや、多分だが、おそらく間違いない。二日ほど前にオーディランス経由で入国した形跡が残っている上にベラスミ地方特有の訛りもある。尋問して問いただしたいのだが奴隷契約が邪魔して吐かせることが出来ない。

 そこでアインツとバリウスが其方に協力を仰ぎたいと、こう申しておるのでな。悪いが手伝ってもらうぞ」

「仰せの通りに」

 もとよりそのつもりで来ているのだ、問題ない。

 私が頷くと宰相が一通の書類を差し出してきたのでお茶を飲んでいたカップを皿に戻し、それを受け取る。

「これが用意した奴隷契約書だ。其方は以前にも目にしたことがあったな」

「はい」

 ビスクとケイとの契約の際に。

 またお目にかかる機会が来るとは思ってもみなかったけれど。

「そこで再度確認したいのだが、今、其方の魔力量は幾つまで上がってる?」

 王妃様達がいないのはそのせいか。

 これはごく限られた者しか知らない極秘事項。

 王妃様達も国の重要人物とはいえ実家や他国の繋がりがあるため伏せておきたいのだろう。

 秘密というのは知るものが多くなるほどに漏れやすくなるものだ。

 フィアは次期国王、ミゲルはいずれ私のもとに来る予定。

 ここでそれを尋ねてくるということは知っていた方が良いという判断で同席させたに違いない。二人の目には興味本意というものは全くなく、むしろ緊張したように息を呑んでいる。

 おそらく陛下に口止めを言い渡されてこの場にいるのだろう。

 確かに陛下の判断はあながち間違ってもいない。

 フィアは既に陛下の後継であることを公表されているし、ミゲルもこの先一緒にいる機会が格段に増えてくる。それを思えば異論はない。

 私は小さく息を吐くとボソリと呟くように言った。

「六千九百です。三ヶ月前の話ではありますけど」

 そう、現在の私の魔力量は六千九百。

 大蛇との戦いなどを経て、更にあれから一割ほど増えたのだ。

 まるで大物を倒すと経験値が上がるゲームのレベル上げみたいだと思ったが、数字を画面で確認できるわけではないので断言することはできないが、どうも増加するのは保有魔力量が一割を切ったくらいで伸びるようだ。

 毎日毎日魔力量を測っているわけでもないのでその辺は定かではない。

 そもそも体内魔力量が何割くらい残っているのか、石碑を使って計測しない限りおおよその感覚でしか把握できないので今は満タンだとか、後何割くらい残っているだとか、これ以上使うと魔力不足で倒れるとか、その程度の認識でしかない。普通の人だと一割切ると危険水域と言われているが私の場合魔力量が多いので一割切ってもわりとけろっとしている。どのくらいでマズイという感覚になるのか知りたくて空の魔石を補充しつつ以前試してみたが、どうも二百以下になるとクラクラしてきたのでそこらへんが限界なのだろう。

 目を溢れんばかりに見開いているのはフィアとミゲル。

 そりゃあ団長のほぼ倍だし、その反応も無理ないか。

 計測開始されて以降最大だしね。

 実際私もここまで増やす気はなかったし。

 そのうちキャパオーバーして体から漏れ出るのではないかと前に心配していたのだが、今のところその兆候はない。

「相変わらずの公表もできぬバケモノぶりだな。もうすぐ七千ではないか」

 失礼なっ!

 バケモノで悪かったですね。

 このバケモノ並みの魔力量があるからこそ、時々必要だからと陛下(あなた)達が持ってくる大きな空の魔石に魔力補充ができるんでしょうが。

 ちゃんとお役に立っているでしょう?

 だが口調のわりには驚いた様子を陛下達は見せない。

 予想の範囲内ってことなのだろう。

「まあ良い。それならば心配もあるまい。だが一つだけ問題があってな」

「現在の主人が不利になるようなサインは出来ない、ですか?」

 奴隷契約の一番の遵守事項だ。

 忘れてはいない。

 渡された契約書には筆頭を除く、二人の名前が書かれていた。

 陛下とフィアの名前だ。謀反を起こされ、暗殺されるのを防ぐためだろう。

 筆頭は契約者である必要があるため私のサインになる。

「その辺の察しの良さも相変わらずだな。

 早い話がそういうことだ。上手くこの契約書にサインさせられるか?」

 私はそれをジッと眺めると差し出されたペンを取り、そこにサインをした。

「やってみます。お約束はできかねますが」

「構わぬ。もともと其方に襲いかかった時点で殺されても文句の言えぬヤツだ。

 情報が引き出せぬならアヤツに価値もないのでな。既に契約済みの身では上書きが出来ぬなら国の奴隷として強制労働もさせられぬ。そうなればアレに待っているのは死罪か良くて生涯檻の中だ。

 守備よくいけば其方に駒としてそのままくれてやろう」

 なんでそうなるかな。

 押し付けないでくださいよ、アッサリ、それが当然みたいに。

 明らかに陛下の目は面白がっているみたいだ。

 綺麗な二重の目がすがめられてこちらの様子を伺っている。

「いりませんよ」

「そうか? ならばアヤツは死罪になるぞ? 檻で飼うのは金が掛かるのでな」

 そうくるか。

 まあ確かに陛下の言うことも一理ある。

 通常暗殺者は極刑が一般的だ。

 人一人を閉じ込めるにはそれなりのお金がかかる。まして相手は罪人だ。言い方は悪いが国の税金を使って生かしておく理由もない。平民の人権が貴族の前では風が吹けば飛ぶような軽さであることを思えば罪人は更にそれ以下だ。罪人に優しい法律では再犯の可能性もあるし、自分の都合で被害者の人権を踏み躙っておいて罪人、特に凶悪犯が自分の人権を主張し、法律に守られたいというのはあまりに都合が良すぎるというものだ。反省する機会を与えたところで大半の悪党は心改めたりなんかしない。真面目に働くことなく楽してお金を手にする方法をよく知っているからだ。自分をブタ箱にブチ込んだ被害者に逆恨みするヤツだっているだろう。

 本当に被害者に申し訳ないと思っているなら罪を軽くして欲しいなどと言えるわけもない。救う価値があるとすればこういう人達だ。

 まあ契約の上書きができれば事情聴取も進む。

 隠すのが上手いあちらの陣営の情報は喉から手が出るほど欲しい。

 それを手に入れた上でどのような経緯でこうなったのか聞き出してから今後の扱いを決めればいい。

 私は大きく溜め息を吐いた。

「承知しました。ではありがたく頂戴致します」

 陛下は私の答えを想定していたのかニヤニヤと笑っている。

「そういうところはまだまだ其方も甘いな、ハルスウェルト。

 まあ良い。ではアインツ、バリウス頼んだぞ。

 それから其方らには明日より二週間の休暇をくれてやる。最近少々働かせすぎたのでな。どこぞでも好きなところに出掛けてハネを伸ばしてくるが良い」

 それが双璧が王都を不在にする表向きの理由付けね。

 了解、了解。 

「ありがとうございます。では俺はハルトのところに遊びに行ってきます」

「私もそうさせていただきましょう。新しく劇場も出来たと聞いていますし、あそこには美味しいものもたくさんありますからね」

 団長と連隊長がウチに休暇に来る設定ってわけだ。

 この事態で戦力増強、強力な援軍は非常にありがたい。

 できることの幅が広がってくる。

「好きにすれば良かろう。ほらっ、サッサと仕事に行け。私は忙しい」

 イヤイヤ、呼んだのは陛下だろう。

 その言い方はいくら国の最高権力者とはいえ如何なものか。

 まあとっとと決着つけたいと言ったのは私なので文句は言えないが。

 プレオープン以来、かなり陛下の態度が砕けてきたなとは思う。

 まんまとその術中にハマってる気がしてならないのだがこちらも別に陛下と顔を突き合わせて茶を飲みに来たわけでも、世間話をしに来たわけでもない。用が済んだらさっさと余計な厄介事を押し付けられる前に退散するに限る。

 私は『失礼します』と言い置いて席を立ち、会釈をして立ち去ろうとすると背後から呼び止める声が聞こえて足を止め、振り返る。


「ハルト。世話をかけるが頼んだぞ? この件が上手くいったらまた褒美をくれてやるから何が欲しいか考えておけ」

 またですか?

 団長のあの時の言葉は私を城に連れて行くための理由付けに利用しただけってわけじゃなかったのか。

 そんなものいらないよ。

 もう充分過ぎるほど色々もらっている。

 それにタダより高いものは無いと言うではないか。

 ここは丁重にお断りさせて頂こう。

「結構ですよ。これは私の問題でもありますから」

 私がそう遠慮したが陛下は引き下がらない。

「そうもいかぬ。王家としてのメンツもあるのでな」

 陛下、そんな面倒臭いモン、とっとと捨てた方がいいと思うよ? 

 余計なお世話かもしれないけど。

 欲しいもの、欲しいものねえ。

 やっぱりすぐには思いつかない。やはり後で団長か連隊長、もしくは陛下に定期的に報告書を送っているサイラス経由でと、そう考えたところでミゲルの顔が目に入った。

 そうか、その手があった。

 あるではないか。

 陛下にお金を出させた上で、私の懐にそれが入ることなく役立てられる方法が。

 私は一呼吸置いて切り出した。


「では上手くコトが片付いたあかつきには一つだけお願いが御座います」

「なんだ?」

 先を促され、私は陛下の目を真っ直ぐに見る。

「来年からでも構いません。金額は貴族達のメンツもあるでしょうからそれよりも低くて結構です。ミゲル達が立ち上げた生徒会に向こう十年間の寄付をお願いできますでしょうか?」

 直接賜るコトなく、それでいて商会の役に立つ方法。

 それは未来への投資だ。

 私の言葉にガタンッと音を立ててミゲルが立ち上がる。


「そんなもので良いのか?」


 陛下がトボケた調子で問うてくる。

 わかっているくせに。

 それがどんな意味を持つか。

 私はにっこりと笑ってそれに答える。

「ええ、勿論。そんなものが良いのです。

 これは私からではなく、陛下からの寄付であることが重要なのですよ。

 そうすればそれに追随する者も出てくるでしょうから。

 学院は貴重な人材の宝庫です。ウチの商会の将来の戦力となりえる子供達に投資し、育てるのは当然で御座いましょう?」

 子供達は未来を繋ぐ力と可能性のカタマリだ。

 それを育て、手に入れるために学院内に支部を作った。

 この先私達には彼等の力が益々必要になってくる。

「向こう十年だけで良いのか?」

 陛下のニヤニヤ笑いが気にはなったがまあいい。

 実にいい口実をくれたと考えればそのニヤけた顔にも腹も立たない。

 私は大きく頷いた。

「ええ、構いません。ミゲル達が将来的に目指しているのは学生会と生徒会の合併。貴族と平民の子供達の垣根を低くし、やがては取り払うことです。そのくらいの時間があればきっと今のミゲルならそれを実現させてくれると私は信じていますから」

 身分の差を埋めることは出来ないかもしれない。

 だけど親の持つ権力は子供に適応されるべきではないと思うのだ。

 子供は生まれてくる親を選べない。

 選べるのなら私は前世であんな親を選んだりしなかった。

 差別の産む弊害。

 才能ある者が押し潰され、消えていく格差社会。

 それを少しずつ改善していくことができるとしたら、それは未来を作る子供達だけだ。

 ミゲルが見るに耐えない暴君から変わったように、環境に染まりやすい幼い頃の教育はきっと世界を変えるキッカケになる。


 私には世界を変える力はない。

 だけど子供達にはある。

 一人ではできないことも、多くの力があれば可能になる。

 私がそう断言すると陛下は優しい顔で小さく笑った。


「良かろう。しかと引き受けた」

「ありがとうございます」


 私は御礼を言うと深くお辞儀した。

 これでいい。

 涙目になっているミゲルに小さく手を振ると陛下の手がその背中に添えられているのが見えた。

 その光景に、やはり陛下も人の親なのだと感じた。

 頑張れ、ミゲル。

 応援すると私は言ったでしょう?

 約束は守るよ。

 平民の信用できる友達がたくさん増えたミゲルには、彼等は既に見下す相手ではなく、共に歩く相手になっているはずだ。それは孤独な裸の王様でいるよりもずっと素晴らしいことではないかと私は思うのだ。

 どんなに立派な道も一人で歩くのは味気ない。

 仲の良い友人や大事な人達と歩く方が何倍も楽しい。

 だからこそガタガタの(めんどう)(もんだい)だらけの道でも私は楽しく歩けている。

 こちらを見ているフィアに『またね』と小さく挨拶すると今度こそ私は団長達と一緒にそこを後にした。


 団長と連隊長が私を微笑んで見守っていたことには気が付かなかったけれど。


 

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