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第七十二話 私は女王様ではありません。


 イシュカに抱え上げられたまま支部まで戻ってくると私は破れたドレスを脱いでラフな格好に着替えた。


「マルビス、ゴメン。折角の戦力獲得の予定が」

 審査を終えて戻って来たマルビスに私は開口一番、謝罪した。

 まさかあのような事態が起こるとは。

 私の予定と行動に想定外はつきものとはいえこんな時までそれが発動することはないだろう。被害は出なかったとはいえ、子供達の前での捕物帳は如何なものか。

 私が謝るとマルビスは上機嫌で返してきた。

「いいえ、想定以上の上出来ですよ。

 おそらく今年度卒業生から更にウチへの就職希望の方が増えるでしょうね」

 だから何故ゆえ?

 舞台の上で楽しませるどころか大立ち回り、本来の目的は達成出来なかった。

 折角綺麗に着飾って気張って化粧までしたのに。

 アクションスターでもあるまいし刺客との戦闘シーンがウケるわけもない。

 破れてしまったドレスは現在ロイが繕ってくれているので団員達に報酬代わりに見せる約束なので今はそれを待っている。化粧も髪型もそのままなので実にチグハグだ。

 マルビスはにこにこ上機嫌で微笑い、宣った。


「ウチの仕事に興味を持ってもらうのに、今日の貴方の弁舌ほどのものを私では用意できないからですよ」


 弁舌?

 今日は私お得意の講釈(?)を垂れたつもりはないのだけれど。

 舞台を台無しにした犯人に愚痴を溢して、団長相手に説教かまして。

 いつもながらの平常運転ではあるけれど。

 学院生に興味を持ってもらえるような立派なこと、何か言ったっけ?

 まるで覚えてない。

 どちらかといえばドレスで格闘し、もしかしたら捲れ上がったドレスのスカートの奥のお見せしてはならないものをお目に掛け、醜態を晒してしまった可能性の方が高い気がする。

 しかしこうなってくるともう二、三日屋敷に戻るのが遅れるかもなあ。

 また城に呼び出されはしないかと心配している。

 最近ではすっかり慣れて緊張もしなくはなったけど。

 陛下は腹黒なだけでなく意外にお茶目だというのもわかってきたし。

 私に時折見せる顔が素であるならばではあるけれど。

 ああいう人なのでそれが計算である可能性も捨てきれない。


 でも、暴漢を蹴り上げた時に見えたアレ、なんか見覚えがあるような気がしてならない。チラリとしか見えなかったから自信もないし、思い出せないんだけど。女生徒達もいるし、壇上で悪漢の服を剥ぎ取るわけにもいかないので確かめはしなかったのだけれども。

 何故やらなかったのかって?

 別に襲撃者に情けをかけたわけではない。

 だってそれでは私が襲いかかっているようにも見えるじゃないか。

 冗談じゃない。

 私にも選ぶ権利はある。


 いや、問題はそこではないだろうって?

 そうですね、でも私の噂はとんでもない方向にシフトチェンジすることもあるし、妙な噂が立たないとは限らない。評判を落としたいとはいえそんな節操なしみたいなものは御遠慮願いたい。五人の婚約者がいる時点でそんなもの無駄だと言われそうな気がしないでもないけれど。

 ベラスミのオープンも近くなって来てるのに最悪だ。

 私が不機嫌にムスッと机の前に座って肘を付いているとその真ん前にマルビスが座ってきた。

 まじまじと私の顔を観察している。

 一瞬なんで? とも思ったが考えてみれば化粧をしたままだっけ。

 じっくり眺め終わった後、感嘆の溜め息がマルビスから漏れた。


「それにしても見事な化けっぷりですね。先程も思わず見惚れてしまいました。

 もっとも私はいつもの貴方の方が好きですけど。

 貴方にそのような才能もあるとは知りませんでしたよ」

 その意味ありげな笑顔が些か引っ掛かるところではあるけれど、いつもの私の方がいいと言ってくれるのは素直に嬉しい。

「そう? それは頑張った甲斐があったよ。結構時間掛かったし」

 適当にトボケておけば余程のことがない限りマルビスは追求してこない。

 商売のこと以外では。

 その辺はありがたいところではある。

 極力平静を保ちつつ素知らぬ顔で答えるとマルビスは小さく溜め息を吐く。

「まあいいでしょう。貴方は本当にミステリアスなところがありますね。

 貴方に話す気がないなら無理に聞き出すつもりはありませんよ。

 代わりにそちらの方でも協力をお願いしますよ。女性ターゲットの商品は利益率も高いですから」

 ミステリアス、ね。

 物は言いようとはよく言ったものだ。

 つまりそっちのほうにも手を出したいということなわけか。

「了解。手伝えることならね。

 ある物を利用しただけだからあんまり期待しないで欲しいけど」

 多分かなり厳しいと思うけど。

 残念ながらもともと私はメイクに時間をかける方ではなかったし、掛けるお金も厳しかった。オマケにツラの皮の厚さと反比例するが如く肌が弱かった私は化粧かぶれが酷かったのだ。

 安い化粧品は軒並みアウト。

 ナチュラルメイクと言えば聞こえはいいがほぼスッピン。

 だから友達のやることを横で見ていたり、テレビ番組で時々やっていたそういう企画を観たくらい。私も可愛く見えるようになるかもと期待して真似したこともあったけど、どうしても男が女装してる感が拭えなかったし、プチプラメイクは使用した数時間後には既に痒みに悩まされる結果となり翌日の肌荒れを避けられなかったので途中から諦めた。

 不細工と言われていた頃と別の意味であの頃は苦労していたものだ。

 だがメイクというものも日進月歩、変化が激しい。

 前世で私が就職した頃と死ぬ直前ではかなり常識やメイクの仕方も変わっていたし、個人の技術によるものや流行というものもある。ただありがたいことに男である今は化粧を息苦しいと思っても幸い痒みはやってこない。肌が丈夫なのか、それとも今回はツラの皮の厚さに見事比例したのか、さもなくば明日以降に肌荒れが出てくるのかはまだ定かではないけれど。

 

「でも胸に魔石詰めといて助かったよ。アレがなかったら危なかった」

 刺された時、結構ガツッと大きな音がしていた。

 打撲といかないまでも赤くはなってたし。

 魔石はちょっとやそっとでは傷ついたり割れたりするような物ではないけれど少しだけヒビが入っていた。あの勢いで刺されていたら心臓が切り裂かれ今頃あの世行きだっただろう。毒も塗られてるっぽかったし、一応万が一のために洗浄魔法をかけてから脱ぎはしたけれど、見ただけではどれだけ強力な毒物かは判断できない。暗殺者が使用しているくらいなのだ、触れるだけでも私の体内解毒作用効果が追いつくとも限らない。

 イシュカと団長の叫び声がなかったら間に合わなかったかもしれない。


「団長はむしろそれがあったから目測を誤って服が切り裂かれたのだろうと言ってみえましたよ。ハルト様がナイフの先を避けるために僅かに足を後ろに引いていたので、いつもならそれもあたらなかったのではないかと仰ってました」

「それもある。でも忘れてた時点でそれも私の未熟なところ。

 それにヒールを履いたままじゃいつもの動きは厳しいよ。

 凄いよね、女性は。あんなものを履いて普通に歩けるんだもの」

「確かにそれは私も同感です」

 私は前世でも駄目だった。

 厚底、もしくはある程度ヒールの底の面積がないとキツかった。

 そういえばここではああいうのは見てないな。今度提案してみよう。

 面積が広くなると見た目が悪くなるというならそこに細工を施せばいい。木彫りにレース、リボンやバイカラー、オシャレに見える方法はいくつもある。

 あの姿で思い切り脚を振り上げてしまったからドレスのスカートの中身が見えていないと良いのだが。まあ見られたところで小僧の脚、しかも膝上丈のワイドパンツを履いていたから色気も何もあったものではないけれど。

 だってねえ、自慢ではないが私だよ?

 途中ですっ転んでスカートが破ける事態になったとしたら流石にそのままでは歩けない。だからドレスを脱いでも大丈夫なように対策はしてたのだ。男の半裸は隠すほどでもないし、まだまだ鑑賞に値するほどの身体は手に入れていない。下半身さえ隠れていれば公然猥褻罪にも問われまい。

 そんな法律があるかどうかは定かではないけれど。

 だがそこまで考えたところでふと思いつく。

 そういえば私が来ていたのはレンタルドレス、自分の商会のものだから弁償の必要はないが既に次の予約があるかないかは確認してなかった。

 もし借り手が決まっていれば補償問題ではなかろうか。

 だとしたら謝罪に行かなければならないかも?

 私は恐る恐る振り返る。


「そういえばタイラ。今ロイが繕ってくれてるドレス、レンタル予約入っていないよね?」

 私が不安になって尋ねるとタイラは小さく笑った。

「大丈夫です。アレはかなり派手めのドレスですからね。借りられる方はほぼいないので今も予約は入っていません。あまり印象的なものだと御婦人の方々の記憶に残っている場合もありますから人気は無難な淡いピンクやブルー、白などですね。

 それにアルバイトの女の子達がレンタルから戻ってくると目立つ装飾は一旦外してシンプルなデザインに戻してくれています。そうすればレンタルされる時も好みと御要望に合わせて小物やレース、リボンなどの変更も可能ですから見た目がかなり変わります。色褪せなどがあるものは染め直しなどもしてますし同じパターンで借りられる方は殆どお見えになりません。

 心配ありませんよ。今、ロイ様が繕われているハルト様がお召しになっていたドレスも女の子達がきっと上手く修復してくれるはずです」

 それを聞いてホッと息を吐く。

 例の期待のリメイク職人候補の女の子達か。

 やはりこれは是非ともウチに就職斡旋しておくべきだろう。

 実際、子供は成長も早いし、同じドレスを着ることは殆どない。勿論兄弟姉妹がいればお下がりを着ることもあるだろうけど、似合う、似合わないだってある。特に女の子なら尚更だ。似合わないお古を着させられたり、安物の飾り気のないドレスを用意されるより、自分の好きな色、好きなリボン、レースで飾り付けて着られるのならその方がいいという子も多いはず。一着金貨何十枚もするようなドレスもレンタルなら存分に装飾してもその半分にも満たない。パーティに行くのにも前と同じドレスを着て行かなくても良いのだ。

 選べる選択肢は多い方がいい。

「それなら良かった。女の子達が楽しみに待ってるのにガッカリさせてしまうのは頂けないからね、安心したよ」

 女性のオシャレに対する情熱は侮れないものがある。

 そういう工夫は必要だ。

 まずは一安心と気を抜くとタイラからとんでもない言葉が飛び出した。


「ですが、多分ハルト様がお召しになったドレスはこの先予約が殺到するかと思われますので装飾その他はそのままで展示するつもりでいますよ」

 ・・・・・。

 だからなんで?

 男が着たドレスだよ?

 普通なら女の子は嫌がるものではないのか。

 私がそう言おうとしたところにマルビスが口を挟んでくる。

「でしょうね」

「やはりマルビス様もそう思われますか?」

「当然でしょう。ここの支部にレンタルドレスがあるのは貴族の間で周知の事実です。みなさん口にこそ出さないでしょうが財政の逼迫状況は隠し通せるものではありません。借り物であることは周囲に予想されるはずです。ですがそれを隠す必要がないものであれば話は変わって来ますからね。

 レンタルであることを隠すことなく自慢できるのはハルト様がお召しになったあの一着だけです。

 タイラ、取り扱いには充分注意して下さいよ?」

「勿論です。早めに女の子達にお願いして綺麗に修復してもらい、ガラスのショーケースに一式展示しておきます。希望が多ければレプリカの作成も考えようかと」

「それが良いでしょうね」

 

 だから何故ゆえ?

 悪漢を退けた縁起物とでも言いたいのか?

 頭を抱えている私を置いてマルビスとタイラの会話に花が咲いている。

 私は今回の件で笑い者になり、失笑を買い、呆れ返るほど上がりきった評価をガタ落ちさせる予定でいたのだ。ついでにロイやマルビス、イシュカとイチャついて年上の男好きの印象を植え付け、縁談持ち込みを拒絶する理由の一つにしようと画策した。

 二兎を追う者は一兎をも得ず、結局両方失敗したということか?

 いや、イシュカに抱っこされての退場で縁談拒否の理由付けはできたのか? 

 ここまでくると色々ありすぎて何がなんだかわからない。

 マルビスとタイラは実に楽しそうで何よりだが私としては少々、いや、かなり気分は複雑だ。どうして私のやることなすこと、変な意味、別の意味、あらゆる意味でおかしな方向に進むのか?

 最早理解不能だが、更に不可解なことは理解不能なのは私だけであるということだ。

 なんでこうも私の予想外の方向にコトが大きくなっていくのか。


 私が苦悩しているとロイが近づいてくる。

「ハルト様。応急処置の繕いは終わりました。少々目立ちはしますが」

 渡されたドレスの左胸部分は確かに破れを隠しきれてはいないけど、補修はロイの本来の仕事ではない。出来るだけでも上等、流石はロイといったところだ。

 それにおそらく私がやるよりもかなりマシなはず。

 私もできないわけではないのだが何をやるにしても大雑把。

 『だいたいね』が基本だ。

「いいよ、いいよ。大ぶりのビーズ細工のブローチでも付けて誤魔化しとく」

 確か小物を飾ってある棚に同色系のそれがあったはず。

 他のを着ても良かったのだけれど約束したのは舞台に上がった時の格好。タダ働きさせておいて詐欺はマズイだろう。

 私が頼んだわけではないが一応関係者でもあるわけだし。

「お召しになられますか?」

「そうだね、そろそろ団員達も戻って来そうだし、着るよ」

 私は立ち上がり、盛り上がってるマルビスとタイラを置いて試着室に向かう。

「胸はどう致しますか?」

 尋ねられて少しだけ考えたが化粧はそのままなのだ。バランスも悪いだろう。

「この顔にスレンダーは似合わないよね?」

「ではタオルでも詰めますか?」

「そうする」

 私は外からガヤガヤと聞こえ始めた団員達の報酬のためにとっとと着替え始めた。

 

 そうして着替え終わったところで団員達にドレス姿の御披露となった。

 一人一人笑顔で握手して一応御礼を言っていたのだが、私が刺客を蹴り倒し、ヒールで踏んづけたという話を聞いたらしい団員の何人かが握手はいいので是非ヒールで背中を踏んで罵って欲しいと懇願され、思い切り引いたのは言うまでもない。  

 身を持ち崩している上にドМとは実に救い難い御仁もいたものだ。


 それでどうしたかって?


 勿論丁重にお断りさせて頂きましたとも。

 私はこの上、更に女王様の称号を上乗せするつもりは決してないのだから。  

 


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