第六十九話 『可愛い』は男でも褒め言葉だと思います。
学院祭の一般客入場が許されているが最終日のみ学院生が楽しむための時間を設けるため禁止されていて昼より少し回ったあたりから各会場、各教室などの催し物は終了し夜のパーティに向けての準備が始まる。
ホールでのパーティに参加をする者は支度をするために、それ以外いつもであれば学院祭の片付けか寮で明日の片付けに向けて休むかであるけれど今日はいつもと違う。ホールでのパーティに参加できない最下層の貴族子息から平民までソワソワとしている。ミゲル達が企画しているパーティに参加してみたかったというタイラと会話しながらミゲル達が迎えに来るのを待つ。
マルビス達の屋台準備も終わり、開始まで一息つきにやってきた。
「お疲れ様、マルビス。会場の雰囲気はどう?」
額の汗を拭きつつふうっと息を吐きマルビスが口を開く。
「悪くないですよ。どなたの提案であのように飾り付けしたのか後で是非伺いたいですね。町や村の収穫祭に近いですけど、それでいて貴族の方々の好みそうな上品さもどこか残してある。なかなかのセンスですよ」
へええ、ちょっと楽しみかも。
派手さや色合いなら私でもなんとかなるかもしれないが上品さを出すのは厳しい。
「それでしたらミゲル様に伺うと良いですよ。
寄付金が集まりだした頃から上級、下級生の参加も増えまして、美術系の学院生も手伝いもあったようですから勧誘するなら渡りをつけますが」
タイラがマルビスに答える。
やはり資金が動けば人も動くか。
何か大きなことをするとなれば当然といえば当然だが。
「そうですね。何年生かにもよります。卒業するまでに何年かあるようならもう一度見てみたいところです。ミゲル様にお願いして近い内にウチの遊びに見える時に誘って頂きましょう」
一度なら偶然もあり得るってことだろう。
それが二度、三度と続けば間違いなく金の卵の発掘だ。
偶然というのはそう何度も続くものではない。
「卒業が今年なら?」
タイラの問い掛けにマルビスが考える。
「家庭の事情もあるでしょうからとりあえず話を聞いて、就職先が決まっていないようでしたらこちら側の事情は伏せた上で勧誘、確保です。無理する必要はありません。ゴリ押ししてやっぱり才能があると思ったのは見当違いでした、すみませんってわけにはいきませんからね。
キールやハイドのようにそれを納得して来て頂ける方は珍しいですから」
あの二人は家庭の事情もあったからっていうのもある。
今のところ客入りも落ちていないし、劇場も完成したばかりだ。
焦る必要もない。
私は劇場には近づいてないけど。
暫くは様子見でもいいだろう。前売りチケットの売り上げが今の半分以下になってきたら考えなきゃいけないだろうが、当日券も売れているし、利益率からすれば充分だ。毎日混雑、長蛇の列ではお客さんも楽しめない。
満員御礼はありがたいけど最大定員数の七十パーセント前後がベストだと思うのだ。
「しかしミゲル様達の提案で予想外の人材が手に入りそうですね。
審査員席に私も割り込むことは可能ですか? 是非今後必要になるであろう人材見極めのためにも間近で見たいところですね」
つまりイベント要員候補の選定がしたいということだろう。
企画、運営、興行、司会進行係など必要な戦力はたくさんある。
マルビスの言葉に私は頷いた。
「頼んでみるよ」
「お願い致します」
そう会話に区切りをつけたところでマルビスはタイラの方を振り返る。
「タイラ。卒業間近、一ヶ月前になったらゲイルをこちらに寄越します。
一般従業員と別の就職先を探している学院生がお見えになられた場合はその時に相談、面談を行うとお伝えして下さい。一旦は見習いで入って頂くのが基本です。ウチは制度は他所と大きく変わりますから。即戦力か下積みが必要であるかは貴方達ではまだ判断も難しいでしょうが、いずれは任せられるようになってもらわねばなりませんのでその時はできるだけ貴方達も同席するようにして下さい」
「承知致しました」
ゲイルも相変わらずコキ使われてるというか、自ら率先して動いているというべきか呆れるほど精力的に動いてる現状を鑑みるにゲイルもマルビスと同種の趣味が仕事人間なのだろう。
「では私はもうひと頑張りしてきます」
「設営は終わったんじゃないの?」
「最終確認をして参ります。不備があっては今後の評判にも関わりますので。
優秀な人材を獲得する機会を逃してなるものですかっ」
ハイハイ、頑張ってね。期待してるよ。
「ホント、ああいうところは変わらないね、マルビス」
出て行ったマルビスの後ろ姿を見送りながら私がそう呟くとイシュカが小さく笑う。
「あれが生き甲斐ですから良いのですよ、やらせておけば。
顔色が悪く、無理をしているようなら殴って気絶させてでも止めますから」
それは乱暴すぎないか、イシュカ?
まあそのくらいしないとマルビスは休まなそうなのは間違いない。
「タイラは手伝いに行かなくてもいいの?」
「ええ。期間中は営業時間内はここを極力開けておくように承りましたので。
私以外の者はお手伝いに出ていますよ。お客様が必要としている時に開いていない店の店主は失格だそうです」
確かにこういうイベントの時に突然必要な物が出てきて開いている店というのは非常にありがたいものだけど。
それにここはマルビスの言うようにもともとこういったイベントでも活用してもらうために開店させたところ。それを思えばマルビスの言葉ももっともで説得力もある。
馬子にも衣装なんて言葉もある。
女の子は自分に合ったオシャレを見つけられれば誰でも綺麗になれる。
その手助けが少しでも出来ればいい。
「今日は楽しみだなあ。どうやって驚かそう」
ワクワクするのだ。
こういうお祭り気分は。
騒がしい雰囲気が嫌いな人もいるかもしれないけど大多数の人はこういった行事は心踊ると思うのだ。本当は花火みたいなのも開発したいところだけれど、火薬の研究は一歩間違えば戦争被害などを拡大させる。それを考えるならあんまり流通させたいものではない。
となれば既にあるものを工夫して使えないものか?
魔術を戦いにではなくて、生活魔法みたいな方向で活用できないかな。
簡単な炎の形は変更、変形できたのだから無理でもないと思うのだけれど。
魔法を人に感動や幸せを与える方向でもっと活用できるようになったら素敵だろう。今はサキアス叔父さんもヘンリーもいる。あの二人なら面白がって協力してくれないだろうか。
落ち着いたらやってみたいことは山積みだ。
とはいえ、とりあえずは目の前の女装コンテスト。
ウケを狙う定番ともいえる方法はいくつかあるけれど、どこまでやって良いものかが迷うところ。
やり過ぎないホドホドのところの加減がわからない。
とりわけ私は加減というものをよく誤る。
顎に手をあててウ〜ンと唸っている私を見てイシュカが笑う。
「先程色々考えられてらしたのでは?」
確かにいつもの病気は出ていたけれども。
「まあね。でもあんまり派手なのはね。
学院生が主役の後夜祭だもの、私が目立ち過ぎちゃ駄目でしょう?」
特別参加枠であり、審査員、しかも商品を用意しているスポンサー側の人間。
すると横からタイラが助言してきた。
「それは考えなくてもよろしいのでは?」
イヤイヤイヤ、やり過ぎ、目立ち過ぎるのは流石にマズイでしょ。
みんなも頑張っていたらしいからそれ以上が出来るとは限らないのだけれども。それでも前世のお笑い、コントなどでの定番ネタなどを知っている私は結構ズルをしている気がしないでもない。
「どうして?」
頼まれたとはいえ学院生のお祭りに割り込んだ身なのだ。
私が尋ねるとタイラがケロリと答える。
「貴方が参加なされる時点で既に大事だからですよ。
ハルト様は一般生徒の前には滅多に姿をお見せになりませんから。生徒の中では講義室以外の場所で一日の内に三度見かけると良いことがあるとと言われてるくらいですよ」
・・・・・。
だからなんでそうなる?
長寿の御利益の次は幸運を呼ぶ招き猫か?
最早人間扱いされていないのでは?
顔をあからさまに顰めた私にタイラが微笑む。
「ですが支部としてはとても助かっていますよ?
お陰で放課後にここを訪れる学院生が増えましたから。マルビス様もキッカケはどうであれウチを見て、知って頂くにはいい機会だと」
私は誘蛾灯か、見せ物小屋の珍獣か?
まあいいや、役に立っているならそれはそれで。
マルビスの意見ももっともだ。
確かに何事も興味を持ってもらわなければ始まらない。
好意の反対は嫌悪ではなく無関心。
嫌悪はある意味注目している証拠、キッカケさえあれば容易くひっくり返せるものだ。
「ですからむしろ目一杯目立って頂けるとウチとしてはありがたいです」
なんか考え方とか言い方とか、すっごくあの二人を思い起こさせるのだけれど。
「タイラ、そういうとこ、マルビスやゲイルに似てきたね」
「光栄です。尊敬する先輩方に比べればまだまだ私など尻にタマゴの殻が付いたヒヨッコですよ」
ちょっとだけ嫌味を込めたのだけれど見事にスルーして返された。
そういうところもそっくりなんだけど。
「でも飛び入り参加で一応ウチで商品も用意してるんだし・・・」
言い訳するみたいに言っている途中で気がついたのは何を今更と言わんばかりの二人の目。
尻窄みするように声は小さくなり、その視線に負けた。
「わかったっ、わかったよっ、ウケるかどうかはわからないけどやってみるよ。
まあ優勝は無理だとは思うけど」
そうと決めれば徹底的だ。
思いついたネタがここで使い古されているものかどうかはわからないが『笑い』というものはある程度万国共通のものだろう。
「レンタル品の中に女性用の小物も幾つかあったよね?」
何事も小道具というものは重要だ。
「はい。首飾りに耳飾り、ブローチ、指輪に髪飾り、靴に鞄、リボン、鏡や化粧品、帽子から手袋、扇など女性が使われるものでしたらその他一通りは揃えていますよ。物によっては選べるほど種類はまだ揃っていませんが」
「じゃあマルビスが戻ってきたらドレスに合わせてコーディネートしてもらおう。
出来るだけとびっきりの美少女に見えるように」
センスならマルビスが一番。
まずは土台を作らなきゃ駄目だろう。
ふんすっと拳を握って決意新たにする私にタイラが思わず一言こぼす。
「そのままでも充ぶ・・・いえっ、ウケを狙うのではないのですか?」
わざとらしく咳き込むタイラ。
別に誤魔化す必要ないんだけどね。
普通の男の子にとってありがたくもないその言葉も私にとっては褒め言葉。
充分に嬉しいですよ?
アル兄様と一緒で父様似ではあるけれど、明らかに私の方が母様よりの女顔だし、迫力に欠けるのは承知している。迫力どころか威厳も皆無だし。
まあいいや、貶されてるわけでもなし、ここは素直に喜んでおこう。
「狙うよ、勿論。笑ってくれるかどうかは賭けだけど。
二番煎じにならないことを祈ってて? まあ失敗しても御愛嬌ってことでシラけたらゴメンね」
思い出した女装ネタのコントの幾つかをやってみる価値はありそうだ。
テレビのバラエティ番組やお笑い芸人の使っていたアレやコレやを思い出しつつ、作戦を練る。
私のセリフに不安を覚えたらしいイシュカが恐る恐る聞いてくる。
「いったい何をするつもりですか?」
試しにやってみせるのも良いけれど、過保護、過剰賛美しがちなイシュカ達がどういう反応をするかはわからない。ここは黙っておくべきだろう。
「内緒。バレたらロイに止められそうな気がしないでもないけど」
ニタリと笑ってそう言った私にイシュカが焦った様子でもう一度問いかけてくる。
「いったい何をするつもりなんですかっ」
「何って、ウケを狙いに行くんだよ。笑いを取るならビジュアルには拘らないと」
ああいうものはギャップあってこそ更に映えるものだろう。
なんだか楽しくなってきて不気味にふふふふふっと笑い出した私を見て不安を覚えたらしいイシュかが慌てて確認してくる。
「美少女に変装して私と踊って下さるはずではっ」
ああ、そんな話してたね。
だけどそれはあくまでも優勝出来たらの話であって約束した覚えはない。
「ゴメン、それ、キャンセルで。コレをやると多分入賞は無理」
にっこり微笑んでそう返すとイシュカは墓穴を掘ったことに気付いたらしい。
こういう私の性格知っているはずでしょう?
「やはり目立つのはやめて下さいっ、地味でいいですっ、是非無難でお願いしますっ」
「駄目。やるからには徹底的にって決まっているでしょう? 諦めて?」
タイラと一緒になって煽ったのがイシュカの失敗。
多分イシュカの期待した方向と別の方向に舵を切ったのに気づいたのだろう。
久しぶりに見るイシュカの困ったような情けない顔に私は楽しくなって笑い出した。
この世界にお笑い文化はまだ存在しない。
せいぜい大道芸人のコミカルな動きがいいところ。
大好きだったお笑い、バラエティ番組のコント、是非とも根付かせたい。
それが簡単に広がるとも思えないが笑いは人を幸せにすると思うのだ。
大恥、赤っ恥全て上等。
実物を遥かに凌駕する、おかしな具合に盛りに盛られた評判を落とす手段としては最高だろう。
出来るなら思いっきり観客を笑わせてみたい。
それに折角劇場もあるのだ、観光娯楽産業がメインのハルウェルト商会としては個人的にお笑い興行も視野に入れ、多いに取り入れていきたいところ。
ニタニタと笑っていた私はさぞかし不気味だったに違いない。
遠巻きに見ているイシュカとタイラそっちのけで私は作戦を練り始めた。
ブツブツとああでもない、こうでもないと考え込んでる間に屋台の準備確認を終えて戻ってきたロイとマルビス達に気づかないまま唸っていると微かにマルビスの声が聞こえてきて我に返る。
「呼んだ?」
顔を上げて振り向くとニコニコと楽しそうな顔のマルビスがいる。
「ええ、少し前から。タイラに聞いてロイが用意した物の他にも一応ドレスに合わせた小物一式一通り選んでおきましたが衣装合わせはよろしいのですか?」
「そうだね、一度着て合わせてみるよ」
マルビスが選んでくれたなら間違いないと思うけど。
私が更衣室に向かうと置いてあるそれら一式を抱えてロイが付いて来てくれる。ファスナーなどという便利なものはないので普段着ならともかくドレスは流石に一人では無理だ。
服を脱いでそれらに袖を通しつつ、ロイに形を整えてもらっていると仕切りのカーテンの向こうからマルビスの声が聞こえてくる。
「随分と熱心に考えておられましたが、また何かやるつもりですか?」
やるつもりというか、どちらかというと『しでかす』という言葉が相応しい気がしないでもない。
「まあね。どうせやるならこの際徹底的に道化に徹してみようかと思って」
色々と記憶を思い起こして考えてみたけれど、お笑い文化が根付いていないならあまり凝った演出するよりも単純なわかりやすいものがウケるのではないかという結論に達した。
所謂使い古されたネタだ。
私がボケたところでツッコミを入れてくれる相棒もいないし。
「とびきりの美少女に見えるようにとの御希望だと伺いましたが?」
道化と聞けば普通はそのような要望は普通は出ないだろうとばかりにマルビスが尋ねてくる。大道芸の笑いを取る方向の人達は登場、格好からしてコミカルなことが多いからそう思うのも当然だが。
「合ってるよ、それで。こういうのはギャップが効果的だと思うんだよ」
面白いことをやるぞやるぞと期待を持たせて煽るより、素人の私が狙うなら観客に期待に構えさせる前の油断した状態からの方が笑わせやすいと思うのだ。
馬鹿が馬鹿をやってもいつものことで済まされる。
馬鹿に見えないヤツが馬鹿をやればその意外性で笑いがとれる。
だとすれば、身の丈を遥かに上回る高評価の私がやったとしたら?
「マルビスは止めないの?」
カーテンの向こうからは明らかにマルビスの面白がっている雰囲気がその声で伝わってくる。
「ええ、止めませんよ。どうぞ御存分に。
貴方が意味なくそのようなことをするとは思えませんので」
それを聞いてロイは苦笑している。
ロイも止める気配はないけれど、こちらはどちらかといえば諦めたというのが正しそうだ。
「イシュカはオロオロしてたよ?」
それも無理ないし、ある意味イシュカの心配は的中している。
一つ間違えればこれは私の周囲の評価を一気に下落させるもの。
イシュカ的には美少女姿は許容範囲でも私が笑われるのは嫌なのだろう。
それとも本当に私の女装が優勝を取れると思っていたのかな?
父様似だが母様寄りの女顔、それなりに見られるとは思うし、化粧で多少は誤魔化せる。二年前のまだ幼い頃なら女の子で通せたが、今もそれが可能かと言われると疑問だ。それに私程度の顔は貴族には珍しくない。美男美女が掛け合わされている上位の貴族なら目を見張るほど綺麗な人もいる。
まあだからといって私の好みであるかと問われれば否だけど。
とはいえイシュカ達の欲目贔屓目フィルターはある意味無敵なので仮に振り返る人人見惚れて立ち尽くすような美人が横に並んでいたとしても私の方が綺麗だと言いかねない。それはそれでありがたいし、嬉しいけれど、逆にイシュカ達の曇りまくった審美眼からすれば似合わないドレスでさえお似合いですと言いそうなのであまりその辺は信用できない。
なんにせよロイとイシュカの二人は私が笑い者になるのを良しとしないところがある。
テスラやガイは赤の他人がどう思おうと関係ないと思っているフシがあるし、だがマルビスは少しだけ違う。
小さく笑ってマルビスは言う。
「私は誰よりも貴方の価値を知っています。それは他人の貴方に対する評価がどのように変化しても私のそれが変わることはありませんから」
そう、言わせたいヤツには言わせておけば良い。
そんなふうに思っているのだと思う。
私の価値が解らない者には笑わせておけば良いと。
過剰な評価なような気がしないでもないけれど。
「失敗するかもしれないよ?」
「貴方のことですからそれも織り込みでしょう? 構いませんよ」
勿論計算には入れてある。
私の上がり過ぎた評価を下げるのが目的だ。
それがマルビスの望む方向であるかは疑問だが。
「いや、マジで。確率は低いし浸透するのに時間もかかるかもしれない。
けど、でも確かに狙ってることはあるよ。
それが上手くいくかどうかは私の出来次第かな」
私のやることで面白いと思って笑ってくれたなら、それを真似して人を笑顔にすることが楽しいと思ってくれる子供が増えてくれたなら、きっと世界はもっともっと楽しくなる。
成功するかは保証出来ないと言う私にマルビスが動じることなく口を開く。
「でしたら私は止めません。後のフォローはどうぞお任せを。
それが私とロイの仕事ですから」
「頼もしいね」
「はい。貴方の補佐をするからにはそのくらい肝が据わっていませんと」
流石私自慢の片腕。
私は着替えを手伝ってくれているロイを振り返る。
「ロイには止められるかと思ったんだけど」
笑われる方向にシフトチェンジしているのは聞いているはずだ。
「貴方をお支えするのが貴方の秘書であり、執事である私の仕事です。
それが間違っているならば身体を張ってでもお諌めも致します。
ですがそうでないなら私のすべきことは貴方をお止めすることではなくそれをサポートするのが私の務めですから」
本当に私は私を支えてくれる人に恵まれている。
ならば私は私のやりたいことを貫くだけだ。
私と踊るのを楽しみにていたイシュカには申し訳ないけど。
まあ今はそれなりの美少年に転生いているわけだけど、まともに女装だけで勝負して優勝できるほどほど甘くはないだろう。それを考えるならそれだけで勝負しても勝てる見込みは少ないと思う。
ミゲルにも言ったように人の好みは千差万別なのだ。
着付けたドレスを整えてくれていたロイが『終わりました』と教えてくれる。
マルビスが一言断りを入れると仕切りのカーテンが開けられた。
似合うかなと心配はしてたけど、カーテンの向こうにいたマルビス、イシュカとタイラ、それに支部の外で見張り番をしてくれていたらしい団長までそこにいたけれど、みんな一様に息を呑む音が聞こえた。
良かった。反応からするにそこそこ見られるナリではあるようだ。
似合ってなければ笑い声が上がることだろ・・・いや、上がらないな。
団長以外、最強の欲目と贔屓目フィルターかかってるし。
だが団長も吹き出していないということはまあ合格点以上なのか。
一瞬の間を置いて、マルビスが微笑んで自慢げに呟く。
「やはり私の見立てに間違いはなかったようですね」
んんんんっ、!?
それはどういう意味だ?
そりゃあマルビスのセンスに間違いはないだろうが、私が褒められたのではなく、自分のセンスに感嘆しているということか?
「すっごくお似合いですよ、ハルト様。流石マルビス様です」
タイラの言葉にやはり感心されているのはマルビスの見立ての腕なのかと思っているとイシュカが無駄に瞳をキラキラさせてのたまった。
「やはりまともにこれで勝負して優勝を狙い、私と是非踊って頂けませんか?」
「それはダメ。もう決めたから」
だから勝てないって、普通に勝負するにはそれなりの美少女(?)じゃなくて『最上級の』である必要がある。これだけじゃインパクトが弱いし、最高MAXの欲目に曇ったイシュカ達の評価ではアテにならない。
「すっげえ美少女だぞ? やっぱ、お前、才能あるんじゃないか?」
「だからなんの才能があるって? 団長?」
そう切り返すとモゴモゴと口籠る時点でその評価も疑問視だ。
私はジッと鏡の前に立ち、覗き込むと育った分だけ子供らしさの消えた美少女姿の自分が映っている。以前は可愛いって感じの言葉が似合いそうな雰囲気だったけど少しだけ大人びてきてる。
皮肉なものだ。
女であった前世には『男装だ』と囃し立てられるほど違和感があったのに、男に転生した今の方がこんな可愛いドレスを着こなしているだなんて。
結局のところ外見は今も前世も世間一般評価の逆をいっているのは間違いなさそうだ。以前は女なのに男らしくカッコイイと女性に逆ナンパされ、今は男なのにドレスを着れば美少女のようだと褒められる。不細工で出来が悪いと言われるよりもずっと良いけどコレは喜ぶべきなのか?
いや、言われて嬉しいと思うからここは素直に喜ぶべきか。
「まあいいや。褒められてるのは間違いなさそうだし、ここは素直に御礼を言っておくよ」
「それでいいのか?」
団長の問い返しに私は首を傾げる。
「? 褒めてくれてるんじゃないの?」
「それはそうなのだが、前にも言ったが普通嫌がらないか?」
男は男らしくって?
そんなのナンセンス、男が可愛くて何が悪い。
私がなりたいと狙っているのは中身のカッコイイ『イイ男』。
そりゃあそりゃ外見もカッコイイならそれにこしたことはないけれど。
「それ程度でガタガタ言う方がみっともないと思うけど?
私が目指すイイ男はその程度のことでたじろいだり文句なんか言ったりしないよ。イイ男ってのは器も大きくなくっちゃ」
とはいえ私も女の子の集団に囲まれるとオロオロとなる辺りは修行不足ではあるのだけれど。
集団でぐるりと囲まれると思い出したくもない前世の記憶を思い出す。一人一人なら怖くもないけど多数集まると人は気も大きくなるし、善悪の区別が曖昧になることがある。誰かが是と認めてそれに賛成する人数が増えれば増えるほど悪だと思っていたことも周囲の意見を聞くことで貫き通し辛くなり、間違いだと思っていたことも正しいと錯覚する。あんな状況下でも平然と言い返せるほどには私はまだ強くないということだ。
あれしきのことは軽く流して切り抜けられるくらいにはならないと。
女装姿で力説してもサマにはならないだろうけど。
「ハルト、お前、既に中身も充分過ぎるほど男前でイイ男だろ」
ポツリと呟く団長に私は肩を竦めて首を振る。
「まだまだ全然足りないよ。結構ヘタレで情けないとこあるし」
女の子達の勢いに押されて上手くあしらい切れていないあたりが特に。
やっぱり男はそういうところもスマートに対応出来てこそだ。
団長は大きな溜め息を吐いてボヤく。
「俺はお前と同世代に生まれなくて良かったとつくづく思ったぞ?」
「なんで?」
「女がこぞってお前に夢中になって、大多数の男は俺を含めて泣きを見ることになりそうだからだ」
それは流石にないだろう。
女の子というのは小さい子供でも男と違って現実的だ。
振り向いてくれない男より、自分を大切に大事にしてくれる人を選ぶものだ。
「それは過剰評価だよ。ありえない」
「お前と同年代の男は苦労するぞ、絶対。間違いない」
何を根拠に自信満々で言っているんだ?
第一、それ以前に団長はまだ一人も捕まえられていないでしょ。
そう思ったもののここは言わぬが花というものだ。
私は胡乱げな目で団長を眺めつつも口を嗣んだ。




