第六十八話 それが私の一番の我が儘です。
流石に外でのパーティということで、レンタルドレス業の方は売上が伸びないのではと若干心配していたのだが、それなりに需要があったようだ。
まだまだ様子見という子も勿論いる。
それでもこういう時くらい可愛い服を着たいという女の子もいるし、婚約者の決まっていない男の子達はこういう機会に少しでもカッコつけておきたいというところか。
服というのは良くも悪くもそれだけで印象を変えるものだ。
似合わない服を着ていれば野暮ったくもなるし、似合えば普段は冴えない存在もとびっきりの美男美女に変身させることもある。見た目というのはそれなりに重要なのだ。顔立ちが、というのも勿論無いとは言わないが不潔感漂う人の側に近寄りたい人は多くはないし、似合わない服を着ればどんなにハンサムでもダサくも見える。会ったばかりのイシュカがいい例だ。アレには驚いたけれど速攻でマルビスに洋品店に押し込まれ、着替えさせられていた。マルビスの指導、買い付けの甲斐あって今ではイシュカも結構オシャレだ。町を出歩く時や学院に出勤する時は防具などはつけていないが腰に下げた剣を隠すために裾の長いコートやジャケットを羽織っていることが多い。
それに服を新調するお金がないのは何も下位の貴族に限ったことではない。
伯爵位であるウチにしても二年半くらい前までは私の誕生日パーティ用のタキシードを用意するのもそこそこ苦労していたわけで、地方の貴族では財政が厳しいところも少なくない。学院祭だけでなくちょっとしたパーティへのお呼ばれや上位の貴族邸への訪問時などをはじめ、年下の妹や弟の社交界デビューである誕生日パーティのドレスなどの御用命もあるという。ただ体裁が悪いという意識が強いのは間違いないようで、そういう場合にはある程度の好みや色を伺った上で近ければ御屋敷にお邪魔したり、指定された宿屋などで待ち合わせして選んでもらっているそうだ。時間さえ頂ければ誰かが着ていたものと同じでは格好もつかないであろうから有料で簡単なアレンジも行っているらしく、これを担当してくれているのが以前タイラの言っていた服飾リメイク職人候補の女の子達。
彼等も色々考えて、なかなか上手い具合に回っているようだ。
赤字経営でも構わないと思っていた部署にも関わらず、それなりに売上を上げているのはタイラ達の努力やミゲル達の協力あってこそというわけか。
流石はゲイル仕込み、抜かりはない。
やはり任せておいて正解だったようだ。
とりあえず、ボランティア警備の団員達は無事に持ち場も決まり、担当部署に向かい、ロイも設営の手伝いで駆り出され、それと入れ替わりでミゲルが最終確認のためにやってきた。
「ハルト、審査員席は用意しといたぞ。本当に大丈夫か?」
不安気というか、心配そうなというか、申し訳なさそうな顔で支部の事務所に入ってくる。
私は座ったまま振り返ると椅子の背に肘を掛けて尋ねる。
「大丈夫って何が?」
「こちらから頼んでおいてなんだが審査員もやって、コンテストにも出てもらって」
一瞬、言われたことの意味がわからなくてキョトンとしてしまった。
何をいきなりと思ったものの少し考えてみて合点がいった。
多分ミゲルなりにそれに出場することの弊害を心配してくれたのだろう。
もしかしたら既にそういった噂話みたいのを耳にしたのかもしれない。
本当に随分と変わったものだと思う。やはり子供の成長は早い。
私は軽く手を振って答える。
「平気、平気。最後の女装コンテストの前に時間も少しあるでしょう? 出番を後ろに持ってきてもらえば充分。そっちの審査員はマルビスに代わりを頼んでおいたからちゃんと特別賞も出せるよ。準備も終わらせてあるから明日作って週明けの昼休み、食堂前で配るように手配する」
「これで変な噂になって困ったりしないか?」
ミゲルは顔を顰めて問いかける。
自分が持ち掛けた話だけに責任を感じているのだろう。
私はミゲルに隣の椅子を勧めると私の隣に立っていたイシュカがミゲルのために椅子をひく。
ミゲルが腰掛けるのを待って私は口を開いた。
「心配してくれてありがとう、ミゲル。
でも大丈夫。不名誉上等、妙な噂が立ったら立ったで構わないよ。
商会の評判を下げるようなものならともかく、私自身の評判が下がるくらいなら全然許容範囲。身体中が痒くなりそうな美辞麗句の並ぶ称賛の声もいい加減勘弁して欲しいところだしね。変な趣味があると思われたら側室候補も送り込まれにくくなりそうだし、それはそれで丁度いいよ。
噂に伝え聞くような人間じゃないってわかってみんなの目も醒めるでしょ」
もと女の私はドレスを着ることに対しては抵抗感がまるでない。
それが似合うかどうかは別問題ではあるけれど前世でも男より男前、スカートを穿けば女装だと囃し立てられていたくらいだ、気になんてしない。
この世界の価値観は男は男らしく、女は女らしくが一般的。
私個人としては所詮他人の趣味、嗜好、個人の自由。男装しているから女性が恋愛対象と決まっているわけでもなければ、男の人が同性を好きだからと全ての男が恋愛対象というわけではないし、誰にでも好みというものがあるのだからその人が男好きだから男の自分が襲われると思うのは被害妄想、自意識過剰というものだ。
その理屈からすればその男は自分が全ての女性が恋愛対象で襲う可能性があると言っているのと同意だということに気がついていない。そういう男に限って好みがうるさかったりするのだ。
馬鹿らしい。
笑顔で軽い口調で応えた私にとミゲルは苦笑する。
「ハルトは本当に変わっているな。普通は良く見られたいものだろう?」
「過剰な期待を持たれるより、少し侮られるくらいがいいんだよ。
馬鹿だと思われて相手が油断してくれればそれはそれでラッキー。
そういうわけだから気にしなくていいよ」
寄せられる期待にいつまでも応え続けられるわけもなし。
ここらへんで実物の私より遥かに高騰している私の価値をできる限り下げておかなきゃ後々面倒なことが益々列を成してやって来かねない。
私は有能でも立派でもなければ、噂されてるような人格者でもない。
見ず知らずの人のために命を賭けるような聖者じゃないのだ。
救いを求めれば必ず助けてもらえると勘違いされて逆恨みされても困る。
私は私の人生を謳歌したくて頑張っているのだ。
「ミゲル、学院は楽しい?」
私がそう尋ねると元気な答えが返ってくる。
「ああ。すごく楽しいぞ。
入学して半年近くも通ってなかったのが勿体なかったと思うくらいには」
でしょうね。目がキラキラしてるもの。
二年前に初めて会った頃とは比較にならないほど生き生きしてる。
「そう。それは良かった。今は学院生活を思いっきり楽しむといいよ。
ウチに就職したら忙しくなるしね。
ミゲルにピッタリの仕事と部屋を用意して待ってるから」
お祭り、イベント大好き、この時代にあるまじき独特の発想力と行動力を持つミゲルは私の欲しいと思っている人材にきっとなるだろう。
そのためにもキバって学院生活を楽しみながらその力を磨いてもらわねば。
まさかこんなふうな関係になるなんて想像もしていなかったけど。
「ああ。必ず行く。あと一年半、待っててくれ」
力強くミゲルが頷く。
約束は間違いなく果たされるに違いない。
私は後夜祭の準備に戻るというミゲルを笑顔で送り出す。
「貴方は本当にまるでミゲル様の母親のようですね」
ミゲルと私のやりとりを見ていたイシュカがクスクスと笑う。
中身はともかく自分より年上の息子を持った覚えはない。
「ミゲルは私より年上だよ?」
「そうですね。でもまさか陛下や団長でも手を焼いていたミゲル様がここまで変わるとは思いませんでしたよ?」
まあそれは私も、だけど。
手もつけられない高飛車な馬鹿王子に辟易してた。
間違った価値観を植え付けていたミゲルのお婆様は今は地方の離宮で数人の側仕えと一緒に暮らしているそうだ。プライドが高く、華やかな生活を好んでいた彼女はすっかり老け込んでしまっているらしい。
悪いけど気の毒だとは思えない。
彼女のしていた贅沢は平民の税金で賄われていたのだから。
それに見合う仕事をしていたのならまだしも孫を甘やかし、彼女が育てていたのは暴君。それでは民が納得しようはずもない。そんなことをすれば国は滅び、困るのはその可愛い孫なのだ。とはいえ今まで自分の味方であった祖母を疑い、その行いを否定し、城から遠ざける結果となってしまったのにはミゲルなりの葛藤があっただろうし、変わるキッカケがあったとしても逆戻りする可能性だってあった。
だけどそれでもミゲルは自分で選んだ。
それは彼自身の決断であり功績だ。
「変わったのはミゲルの努力の賜物。私はちょこっと手を貸しただけ」
「貴方に出会わなかったらああはならなかったと思いますよ?」
かもしれないね。
「それでもミゲルが頑張って変わろうとしなかったら意味がない。
だから認められるべきはミゲルの努力。
頑張った子供は存分に褒めてあげるべきだよ」
これだけ急激に変わったということはそれだけミゲルが必死に頑張ったという証。ミゲルお陰で私も少しだけ子供に対する認識が変わった。以前は正直に言えばそこそこ苦手だったのだ。
「それは大人の台詞ですよ?」
「私が年寄り臭いのは今に始まったことじゃないでしょう?」
イシュカの言葉に私は平然と返す。
そりゃあトータル年齢ではイシュカのほぼ倍の記憶がありますから。
最近はその単語にも慣れてきて焦らなくなってきた。
大人の世界に早く関われば関わっただけ子供は精神的に早く大人になるものだ。
珍しいことでもない。それはフィアを見てもわかる。
位の高い古狸や古狐に日々囲まれて生活しているフィアは考え方や行動、仕草に至るまでほぼ大人のそれだ。品格ならば下品一歩手前の私は足元にも及ばない。
「それに私だってイシュカ達が褒めてくれるから頑張ろうって思うんだよ。
だからもしミゲルが変わったのが私のお陰だというなら私が今の私になったのもイシュカ達のお陰ってことになるね?」
自分の大好きな人達に誉められて、頼りにされて、調子に乗りすぎた結果が今の私だ。
私の言葉にイシュカが一瞬目を丸くする。
「貴方は初めて会った時から少しも変わっていませんよ?」
「変わったよ、随分。変わらないところもあるとは思うけど少しずつだから毎日一緒にいるイシュカが気が付かないだけじゃない?」
鋼鉄ハートの向こうみず、後先考えずに飛び出すとこは変わっていない。
だけどそれができるのもイシュカ達がいてくれるってわかっているからだ。
今たった一人で放り出されたらきっと二度と立ち上がれない。
もう孤独になんて耐えられない。
「でもミゲルを変えた責任は取らないとね。
当然イシュカ達にも取ってもらうよ? 私を変えた責任」
横に立つイシュカを見上げてそう言うと嬉しそうにイシュカが笑う。
「そういうことでしたら喜んで。
貴方がお望みになるのなら如何様な責任でも承りますよ」
なんでみんなそんな言葉を簡単に口にするのかなあ。
「そんなこと言ってると私にどんな無茶言われても知らないよ?」
「構いません。貴方のお側にずっと置いて頂けるのであれば後は些末なことですから」
瑣末って、確かに私は基本嫌われるのが怖くてでできないビビリだし、たいしたお願いができると思えないけど、それでもこの先みんな私に甘いからいい気になって何を言い出すかわからないんだよ?
「私が今よりずっっと大きくなってイシュカくらいの歳になっても甘えて抱っこしてってねだったらどうする?」
とりあえず何かにつけてみんなが抱き上げてくれるからすっかり抱っこ癖ついてるし、このまま育っても治らなかったらどう責任とってくれるつもりなんだろう。
「勿論喜んで抱き上げさせて頂きますよ?」
そんなあっさりと・・・
私はいつまでも小さいままじゃない。前より確実に重くなってるし、これからも間違いなくもっと重くなる。
まして私はまだまだ成長期。どのくらい大きくなるかもわからない。
「すごく重いよ? きっと」
上目遣いで心配そうに見る私をイシュカはそれがどうしたとばかりに返してくる。
「貴方はいきなり大きくなるわけではありませんからね。
私がこれからもっと鍛えれば済む話です。
それに貴方はどれくらい重くなるつもりなのかは分かりませんが私は今でもバリウスくらいなら抱き上げられますよ?」
突然出てきた名前に目が点になった。
「団長をっ? 抱き上げたことあるのっ⁉︎」
あのガッチリガチムチ筋肉の巨体を?
イシュカの倍くらい体積と重量がありそうな・・・って流石にそこまではいかないにしても1.5倍はあるよね、絶対。驚いて声を上げる私にイシュカが苦笑する。
「ええ。討伐部隊では大規模遠征が終わって一段落つくと大宴会をやるのが常でしたからね。
陛下から労いの酒も届けられますし。
バリウスは酔っ払うと時々とんでもないとこで眠ってしまったりしたんです。あの人は風邪なんてひきませんし、石畳の上で寝ようと平気な方ですから邪魔にならないところならそのまま蹴飛ばして部屋の隅に転がしておいたのですけどそうもいかない場合もありましたので。流石にバリウスのように負傷した体格の良い団員二人を軽々といっぺんに運ぶのは無理ですけど」
この場合どっちにツッコミを入れるべきか、それとも称賛すべきなのか私は迷ってしまった。
あの団長の立派な体躯を抱え上げる細マッチョイシュカを流石もと緑の騎士団副団長と讃えるべきか、ゴリマッチョの団員二人をヒョイッと担ぎ上げる団長の剛腕、馬鹿力を褒めるべきか。
いや、どっちもスゴイことは凄いのだけれど。
唖然としている私にイシュカが尋ねてくる。
「それで貴方はバリウスほど立派な体躯まで成長するおつもりですか?」
その言葉にハッと我に返ると慌てて否定する。
「一応あそこまでは流石に考えてない。
私の最大の長所である逃げ足の速さとすばしっこさを殺しそうだし」
「賢明な判断です。ならば問題ありません。
後は私が歳と共に力が衰えないよう努力するだけですから。
貴方の無茶なお願いとはその程度の可愛いものですか?」
そう返されて私は声を詰まらせた。
その程度って、つまり私がオジサンになっても、お爺さんになってもイシュカは今までのように抱き上げて甘やかしてくれるということだ。結構無理難題だと思うのに可愛いお願いと言い切ってしまえるあたりがある意味怖いけどスゴイ、でも嬉しいと思う。
それ以上に無茶なお願いと言われても思いつかない。
私はウ〜ンと真面目に考えたけどすぐに出てこなかった。
「・・・思いつかない」
「では是非考えておいて下さい。
私は貴方に我が儘を言って頂けるのを楽しみに待っています」
「楽しみなの?」
我が儘を言われるのが?
面倒臭いって思わないの?
何馬鹿なことを言ってるんだって軽蔑しないの?
本当に?
私が少しだけ不安になってオズオズと尋ねるとイシュカは嬉しそうに頷いた。
「ええ、とても。
我が儘を言って下さるというのはそれだけ気を許されているという証ですから。
私はロイやマルビスほど気を回すのは得意ではないのでどうしてもあの二人に比べると出遅れがちですし、ガイやテスラほど気安く扱って頂けないので」
言われてみると確かにその通りで、ロイとマルビスは今までの仕事で培ってきたものもあるだろうし、ガイとテスラに気安い態度を取るのは向こうもフランクに話しかけてくるからだ。
テスラは一応敬語を使ってるけど時々忘れてるし、体裁的なもので、ガイに至ってはそもそも敬語を使う気すらない。私は別にそれでいいと思ってるし、ロイやマルビス、イシュカ達にも必要ないと言ってるのだけれど対外的に印象がよろしくないという。テスラやガイ、キールはお偉いさんの前に出ることは滅多にないし、サキアス叔父さんは親戚だから問題もない。
そう考えるとイシュカの立ち位置というのは確かにみんなと少し違っている。
イシュカの主な仕事は私の護衛、側にいることが多いけど商会の仕事に口を挟むことは殆どない。
「でも私が心細い時にいつも側にいてくれるのはイシュカだよ?」
危険や戦闘に巻き込まれた時、必ず側にいてくれる。
ビビリな私の手をぎゅっと握って安心させてくれるのだ。
自分が隣にいるのだから絶対大丈夫だとでもいうかのように優しく微笑んで。
だからこそ私はどんな苦境も負けずに踏ん張っていられた。
「光栄ですね。ではこれからもその場所だけは譲らないよう努めましょう」
努めなくてもいいよ。
側に、隣にいて手を握っていてくれるだけで私は強くなれるから。
だから変わらず、ずっと側にいてほしい。
もしかしたら、それが私の一番の我が儘なのかもしれないなあと、
イシュカの綺麗な横顔を見ながらそんなことを思った。