第六十七話 やるからには徹底的にと決まっています。
昼食を食べて学院祭に向かうと商会支部には団長をはじめとする緑の騎士団の面々が来ていた。
「あれっ、なんで団長達がここにいるの?」
確か今朝は学院に来るとは言ってなかったはず。
なんでだ?
いつも予定を報告されるわけでもないし、別におかしなことでもないのだが大抵合流する時は前もって教えてくれるのに。
団長はぽりぽりと頭の後ろをかきながら不本意そうに顔を顰める。
「会場警備だ。ホールの方は近衛が担当しているがこっちまで警備員を回せんと言われたとミゲルから相談を受けた。日当を払えるなら非番のヤツに声を掛けておいてやるぞと言ったらパーティに回せる予算は使い切ってしまったと難しい顔をしたんで団員のヤツらが飛びつきそうな何か面白いネタはないのかと尋ねたら、『面白いかどうかはわからんが、ハルトが女装コンテストに出てくれることになった』と言ってな。
それを盗み聞きしたヤツが広めたらしくて団内で大騒ぎになった。
一目見たいから無料でいいと言い出したヤツらが多くて休日の取り合いで取っ組み合いの喧嘩だ。仕方がないからクジ引きだ。そういうわけで今日はその幸運を引き当てた非番のヤツら全員集合ってわけだ。
だが浮かれ気味のヤツらが多かったんで少々心配になってな。
要するに引率みたいなモンだ」
つまり本来は来る予定ではなかったということか。
私が団長と話をしているのを見て安心したのかイシュカが馬と馬車を置きに行き、ロイは一足先に商会支部に向かった。おそらく先に来ているマルビスやライオネル達に到着を知らせに向かったのだろう。
団長の側は様々な意味で安全だが、その一番の理由はガイとタメを張るほどに気配に敏感なところだ。いったい何のセンサーがいくつ付いているのかと思うことがあるのだが、理由を聞くと揃って職業病みたいなものだという。私にこの特技が修得できればイシュカ達の負担も格段に減ると思うのだが二人に尋ねると苦笑いして多分無理だという。
実際、私の危機察知能力は呆れるほど低いのだ。
ガイに言わせると『獅子はウサギを恐れたりしないだろう?』と言う。
意味がわからない。
話の流れからすると多分私が獅子になるのだろうけど、こんな間抜けが獅子なら即餓死に確定だ。
しかしながら私の女装ごときが見たくて団員達が休日返上のタダ働きとは。
「相変わらず物好き多いね」
「ウチは熱心なハルスウェルト教信者が多いからな」
呆れた私に団員は苦笑しながら言った。
ウチの側近達といい、緑の騎士団といい、世の中見る目がないというか変わった趣味の人が多いものだ。
「そんなの崇め奉ってるとその内人生持ち崩すよって言っといてよ」
「そいつは心配ない。というかとっくに手遅れだ」
溜め息を吐いて忠告する私に団長はケロリととんでもないことを宣った。
魔獣討伐部隊は王都男子の憧れだろう?
強く、優しく、勇ましく。
自分達を魔獣、魔物の危機から救ってくれる英雄だ。
それが手遅れとはどういうことか。
「ウチのヤツらの八割方は既に人生持ち崩しているからな。
酒好き、女好き、博打好きで金を貯め込んでるヤツは殆どいない」
・・・・・。
要するに私がシルヴィスティアのオープン記念祭で考えたことは当たらずも遠からずだったわけか。
命を張る仕事故に宵越しの金は持つつもりはないと。
「寮にいる限りは衣食住の内、食と住は保証されているしな。その他の生活必需品は給料が入ると同時に買うヤツが多い。そうすれば残った金は気兼ねなく散財できる。ウチの団員達には高利貸しも金を貸さねえし、そのお陰で借金のあるヤツもいないからそこは安心しているんだが」
それは安心すべきところなのか、団長?
身内家族に借金背負わせる心配がないってことは良いと言えなくもないけど実に微妙だ。
「魔獣討伐部隊の団員って結構高給取りだよね?」
それで借りられないってなかなか厳しいと思うけど。
「お前の講義のお陰で死亡率もかなり減っているんだが、イメージがな。
ウチは殉職率が高かったんで返ってくるかどうかもわからん金は貸せねえんだと。
ある意味ありがたいぞ?
じゃなきゃ多分、ウチのヤツらはきっと今頃借金まみれだ」
それもどうかと思うけど金貸しの言うことも理解できなくもない。
慈善事業でない以上回収できる保証がないなら貸し渋りも当然だ。
「でも女好きなのにハルスウェルト教信者っておかしくない?」
「男ってのはその辺結構いい加減なのさ。お前も年頃まで育てばわかる」
その辺って、どの辺?
年頃まで育てばって、要するに18禁的な意味ってこと?
私は顔を顰めた。
とはいえ所詮は他人事。
もと女である私はそのあたりは微妙な存在でもあるし、適応されるとも限らない。
「あんまり解りたくないかも。
まあ男五人の婚約者がいる身としては人のことをとやかく言う権利もないけど」
私がそう答えると団長が聞いて来た。
「六人じゃないのか?」
「増やした覚えはないよ?」
五人でも多すぎるくらいなのに何故そこで一人増えているのかがわからない。
「俺はレインもてっきりその予定かと」
ああ、そういうことね。
私は大きな溜め息を吐いた。
「口説き落とす宣言はされてるけど、一応まだだよ。
外堀は徐々に埋められてきてる気がしないでもないけど」
「なら時間の問題だろ」
「やっぱりそう思う?」
なにせ私以外の周囲の人間はほぼノリ気なのだ。
今までの過去からいけばコレに関しては私の意見はほぼ聞かれない。
侯爵家の次男が婿入りしてくるということは兄様達に引き続き、私にも上位貴族と公私共に繋がりができるということだ。
強力な後ろ盾ができることは悪いことではないと。
だがそれならアル兄様のところに王女のミーシャ様が降嫁してくるだけでも充分だろう。その上ウィル兄様と姉様まで国の重鎮達の子息令嬢と婚約、妹達にも既に有力貴族から他国の王族まで縁談が持ち込まれ、来年の双子の妹達の六歳の誕生日はかなり大規模になりそうだという。
なのに私もだなんて必要性は全く感じられない。
とはいえレインのあのストレート過ぎる愛情表現と口説き文句は心臓に悪い。
不覚にもときめいてしまったし。
あれはどうも閣下の教育の賜物らしい。
いったい閣下は息子にどんな教育をしているのか?
でも、いや、まあ順調に将来が楽しみなイイ男に育ってきているとは思うけど。
私が眉間に皺を寄せていると団長がクスリと笑う。
「別に嫌いじゃないんだろ? お前はそういうとこ、優柔不断だからな」
「優柔不断?」
そんなつもりはないのだが団長の次の台詞にグッと言葉を詰まらせた。
「ああ。嫌いなら容赦なく切り捨てられても好意のある相手は拒みきれない。
その結果が今の状況だろう?」
ひ、否定できない。
それは前世の友人も言っていた言葉だ。
もっとも前世では男より男らしいと称されていた私にそんなロマンスはとんと縁がなかったが。
「別に問題ないだろ。この国では重婚は認められているからな。
余裕で百人は軽く養える甲斐性もあって、それどころかその婚約者にも全員を養える甲斐性があるヤツらがいるんだ。絶対条件である財政的には一切問題ない。
この際開き直って新記録樹立目指したらどうだ?」
だから何故みんな数が百なの?
五人で多いと言ってるのに、十を飛ばして百って数はおかしいだろう?
いや、十人もいらないけど。
だが気になったのはその過去の人数だ。
「因みに過去最高って何人?」
「その法律が制定されてからなら現在最高は七十九人だ」
・・・・・。
なんとなく百という数にみんなが拘る意味がわかった気がする。
つまり百というのは歴史的にも記録が残る新記録樹立が狙える数なわけだ。
そんなところに名を残してどうするっ!
冗談ではない。
「そんなにいらないよっ」
ハーレムを作れとでも言いたいのか?
いやそこまでの深い意味はないと信じたい。
「そうか? 八歳で六人なら成人まで後七年ある。可能性は捨てきれんだろ?」
「だから六人じゃなくて五人だってばっ」
レインはまだ入ってないよ!
「お前、結構そういうとこ往生際悪いよな。
なんなら団員の何人かもお望みなら若いヤツを見繕ってやってもいいぞ。
この先お前んとこは益々警備に力を入れる必要も出てくるだろうからな。陛下もハルトは警備の層をもっと厚くすべきだと仰っておられた。他国に割り込まれるのを防ぐのにも婚約者を増やすのは効果的だと。
なんなら喜んで婿入りしそうなヤツが何人かいるから実力と見目麗しさも考慮した上で有望なヤツを選んでやるぞ?」
「いらないよっ、っていうかなんで性格じゃなくて見た目重視なんだよっ」
イケメンは観賞用、私は本当に面食いではないっ!
もっとも今の状況では説得力のカケラのないだろうけども。
しかも何故男限定?
私の性別は現在男だっ!
男だったはず。
男、ですよね?
なんか自信、無くなってきた。
しかしながら男である証も身体の中心にブラ下がっているのだ。
間違いなく男のはずだ。
そりゃあ我が儘放題で育てられた貴族令嬢は子供を持ったことのない私では正直キツイし、子供は守るべき対象にはなっても恋愛対象外。
かと言ってポコポコと成人過ぎの男の婚約者を増やすのも如何なものか。
しかも見目麗しい男限定となればまさしく逆ハーレム状態でないか。
私の主張に団長がその理由を答えた。
「連れて歩くならその方がいいだろう?
ハルトは市街地を彷徨くことも多いからな。あんまり迫力のあるガタイのいいヤツを連れて歩くと周囲の連中を威圧しかねん。だが圧迫感を与えず、危険を減らそうと思うなら注目を集めるに越したことはない。ならば面のいいヤツらを連れて歩くのは効果的だ」
「・・・そういう意味ね」
聞けばそれなりの理由で納得する。
「今はウチの部隊も少しずつ入団希望者が増えてきているしな。
これもお前のおかげと言えばお前のおかげか。ハルトに憧れて入団希望してくるヤツも結構いるぞ? そういうわけで多少ならお前の警備も兼ねて今なら人材を回してやれる。
アイツらは好みじゃないか?」
好みか好みじゃないかと聞かれると難しい。
ストーカーまがいの変質者でなければ好かれること自体は嬉しくないわけじゃない。団員のみんなは結構気の良い人達も多いし、私と関わりだしてから平民と話す機会が増えたせいか身分差に対する偏見を持っている人も徐々に減ってきている。もともと近衛と違って緑の騎士団が守るのはほとんどが平民だ。対立してては仕事にならないというのもあるのだろう。ウチでは平民と上手くやっていけない人は働くのが難しい。
だからといってそれとこれとは話が別。
「警備としてなら歓迎するけどやっぱり私はよく知らない人とは婚約なんて出来ない。
好みか好みじゃないかの問題じゃなくてさ。そういう事情でやって来てイシュカ達と同等に扱うのは無理だし、この二年、しっかり働いてくれていたライオネルやランス、シーファ達だっている。彼等より優遇するなんてできないもの。同じに扱えないのに立場だけ与えるなんて失礼でしょう?」
いくら重婚が許されていても、私が優柔不断でも誰でも良いわけではない。
「そういうとこがお前は律儀というか、義理堅いというか。
どんな理由があろうとハルトは人を駒として扱わないよな。
お前が多くの者に好かれるのはそこだろう」
「人は人、駒であるわけがないでしょう? 失礼だよ。
私は私のなりたく無い生き物にはなりたくないんだよ、団長」
この世界では私の当然としていることが当然でないことくらい承知してる。
身分が下であればあるほど人権が低いことも。
だからといって私がそれに倣う必要はないし、慣れる気もない。
権力で押さえつけたって本当の意味での信頼も忠誠も勝ち取ることなんてできない。
どちらも己が行動で勝ち取ってこそのものだ。
薄っぺらい関係など風が吹けばすぐに飛んで破れ、壊れる。
まして私の周りは暴風雨が吹き荒れがち、事件、事故その他諸々想定外の事態が起こっても仲間を見捨てるような人はいらない。
いざという時に人が守るのは自分が護りたいと思う人やものだと思うから。
団長は苦笑しているがそんなこと知ったことではない。
「まあお前がそれで良いなら俺がとやかく言う筋合いではないしな。
好きにしろ。だが間違いなく警備は強化した方がいいぞ?」
「団長がそういうなら検討する。戻ったらマルビスや父様に相談してみるよ」
ベラスミの件もあるから心配してくれているのだろう。
私は向けられる悪意には結構気がつくけど、殺意に敏感ではない。
その境目の判断がつきかねるのだ。
それに距離を取られるとその人の目や表情、仕草や態度で判断している私はそれさえも気が付けない。ベラスミの領主代行のように上手く隠されてもわからない。
つまりは向こうのほうが上手ということなのだろう。
団長やガイのようなアンテナは是非とも欲しいところだが、こういうのは才能や経験値がものをいう。それを踏まえるなら万が一私にその才能があったとしても開花するのは当分先に違いない。
無いものねだりしたってしょうがない。
そういう取らぬ狸の皮算用で期待の薄いそれに頼るより、私は私なりの対処の仕方があるというもの。
隠れて怯えるのは性に合わない。
陛下は任せてくれとは言ったけど、降りかかる厄災なら跳ね除けるだけだ。
「そういやあお前の女の好みは知っているんだが、男の好みはあんまり聞いたことねえな。
アイツらみんな見事にタイプ、バラバラだろう?」
それを私に聞いてくるということはまだ諦めていないということか?
陛下にしても、団長にしてもそういうところは結構諦めが悪くシツコイ。
国や軍を動かしている御仁だし、アッサリ諦めるような人達では国民も部下も困るからこれで良いのかもしれないけれど望まぬものを押し付けるのはやめてほしい。婚約者の押し込みはとりあえず御遠慮願ったし、警備、護衛に捩じ込まれる程度なら優秀な人材は歓迎、お待ち申し上げますということで放っておけばいいか。
私は素知らぬ顔で受け応える。
「そう? まあ確かに外見的に見ればあんまり共通点はないかも。
でも前に言ったような気もするんだけど。
好きな男のタイプというなら一応仕事ができる常識を持った頭のいい人かな」
頭が良いからと言って仕事ができるとは限らないし、サキアス叔父さん達のような専門馬鹿もいる。叔父さんは叔父さんで悪くはないが伴侶に迎え入れたいかと聞かれれば絶対に否だ。少なくとも甥っ子の心配より目の前の希少素材に涎を垂らさんばかりに食らいついているようなのは御免被りたい。
それが仮に絶世の美男だったとしてもだ。
そもそも限度を超えた美男は災いも招きかねない。そう思っているからこそ私はテスラの無精髭や野暮ったい格好も普段は止めることはしない。きちんとすべきところでキチンとすれば問題ない。
マルビスはよく勿体無いとブツブツとボヤいているけれど。
それも正論ではあるけどね。
テスラはマルビス達のような営業職ではないから特に困るものでもない。
私の言葉に団長が眉間に皺を寄せて唸る。
「ああそういえばそんなこと言ってた気もするな。確かにそれならお前の婚約者達はほぼ当てはまる。逆にウチのヤツらは殆ど弾かれる」
そうだね。基本、団員のみんなは脳筋が多い。でも、
「意外にそうでもないよ。基本的に素直で真っ直ぐで、嘘が吐けない愚直に自分の意志を貫こうとする人も結構好きなんだよね。安心するんだ、そういう人は。
イシュカって頭もいいけどそういうタイプでしょう?」
「そうか?」
「団長には違うの?」
同意を求めた言葉に疑問符で返されたということは団長は私と違うイメージを抱いているということだ。
問い掛けると団長がすかさず頷いた。
「ああ。だいぶ違うな。俺には強気で頑固で強情で、融通が利かない上に容赦がなくて、嫌味なほどに仕事ができて頼り甲斐はあるが愛想がなくて可愛げのないヤツだ」
本当にかなり違う。
人によって印象というものはこうも変わるものなのか。
まあ人は誰しも表と裏があるものだ。
好きな人と嫌いな人に対する態度が違うのと一緒。驚くこともないけれど、
「そんなことないよ。イシュカはすごく可愛いと思うもん」
表情豊かで真っ直ぐで人懐っこい大型犬を思い起こさせる。
少々天然なところもあるけどそこも可愛いと思う。
まあ見方によっても変わるし、強気で強情で頑固で融通が利かないって言うのは行動力があって意志が強いとも言えるわけだし、結局のところ好きになってしまえばアバタもエクボ、関係ないってことだ。
「しかしアイツを可愛いと言えるあたりお前も大概だぞ?」
呆れたように団長は言う。
「えっ、そうかな? そんなことないよ。イシュカはすっごく可愛いよ」
外見は可愛いなんて単語まるで似合わないハンサムだけど、性格が。
「それ、アイツの前で言うなよ?」
「言わないよ。男は可愛いよりカッコイイって言われたいもんね。それにやっぱりイシュカはカッコイイの方が似合うし、そのギャップが私としてはたまらないんだけどね。
でも可愛いのにカッコイイなんて最高だと思うんだけどなあ」
私はどっちを言われても嬉しいけれど。
「結局お前もイシュカに惚れてるってわけか」
「なんとも思ってない人を側に置きたいとは思わないよ。
これが恋かと聞かれるとまだ自信もないし、わからないけど。
でも、イシュカだけ選べないのは申し訳ないとは思ってるよ」
憧れが恋に変わることはあるだろうけど、憧れと恋は違うと思うのだ。
不意打ちの急接近やまるで口説き文句のような台詞にドキドキしてもただそれだけ。焦がれるような情熱があるかと言えば首を傾げてしまう。側にいるのが当然の日常に慣れてしまっただけだろうと言われると自信がないけれど。
「アイツらはそれで良いと言ってるんだろ?」
「マルビスに言われたよ。私は一人じゃ支えきれないほどには厄介極まりないから面倒らしいよ。だからタッグを組んだんだって」
ありがたくも情けない気がしないでもない言葉でもあるけれど、それを理由に現状があるなら構わない。
「ああ、なるほどな。それは妙に的を得ていないでもない」
「やっぱり団長も否定しないんだ? それは」
やはりハタから見ていてもそう見えるのか。少々複雑だ。
「お前が最強でいられるのはアイツら全ていてこそだろう?」
「最強かどうかは疑問だけど、誰か一人が欠けても現状キツイのは確かだね」
本当にありがたいと思ってる。
私がこうしていられるのもみんなの協力あってこそ。
日々、毎日感謝してますよ。
まあそれはそれとして、今最大に気になっているのはやや離れた前方で机を囲み、何やら図面を広げて言い争っている団員達の姿だ。
「ところでさ、非番の団員のお手伝いには感謝だけど、私が舞台に上がってる間、警備放ったらかして見学に来ないよね?」
私のそれが目当て出来たという物好き達の行動は若干心配なところがある。
すると団長が一際大きな溜め息を吐いた。
「問題はそこなんだよ。どうも今、それで揉めてるらしくてな。
誰がどこを担当するか決まらない。心配が的中したってわけだ」
やはりか。
会場は千人規模を収容できる場所なのだからそれなりに広い。
場所によっては舞台より遥か遠いところ、もしくはそれを見るのも不可能な場所。
というよりむしろそういう場所の方が絶対多いに決まってる。
そうこうしているうちにイシュカが私のところに戻って来た。
イシュカは首を傾げてどうかしたんですかと団員達の方に視線を向けた。
仕方ない。
「全く世話が焼けるね」
団長に引き続き、私の口からも溜め息が漏れる。
「まあいいや。私の女装姿ごときが報酬になるなら安いものだし。
団長。今日来てる団員には今日の警備の仕事が終わったらもう一度ここに来てもらうように言って? 私の出番は多分終わり近いし、順位発表が終わったらできるだけサッサと引き上げてくるつもりだけど、団員のみんなが仕事を終えてここに戻ってくるまでは着替えずに待っててあげるって。
遥か遠くの舞台を眺めるよりその方がいいでしょうって伝えてくれる?
但し、しっかり仕事してくれなかったらとっとと着替えちゃうからねって」
私の口から漏れたそれに原因と理由を察したらしいイシュカが苦笑する。
「わかった。助かったよ」
そう言いながら団長が団員達の方に歩いて行く。
これで上手く収まるといいけど。
すると成り行きを見守っていたらしいタイラがジッとこちらを見て尋ねてくる。
「嫌じゃないんですか?」
嫌? って、ああ女装のことか。
ごく普通の男児なら嫌がるだろうね。
ノリのいいお調子者なら面白がってノッてきそうだけど、この時代にアイドルなんてはない。男は男らしく、強く美しくが基本だ。昔、日本にも女形や影間なんてのもあったし、古代ローマ時代には美少年を愛でる文化もあったという話がある。この国にも少数派とは言え同性同士のカップルや夫夫もいるが、見かけた彼等は美男同士が多かったが所謂いかにも腐女子的な表現で言うなら典型的な『ウケ』タイプの可愛い感じの人はあまり見なかった。もっとも私が見た男同士のカップルは殆どが団員だからというのも勿論あるだろう。
騎士団自体にガッチリか細マッチョかの違いはあれどムッキリ筋肉マッチョ系が多いことを思えばそうなるのだろうし、可愛い人は綺麗であることが多いから単に雰囲気や服装、髪型のせいもあるかもしれないけど。
それに女の記憶がある私は抵抗が尚更薄い。
女である頃にそう言った褒め言葉に無縁だったのもあって『可愛い』とか『綺麗だ』と言われると御世辞でも素直に嬉しい。女の時に縁遠かったその言葉が、まさか男に生まれ変わってから頂けるようになるとは思いもしなかった。
そういうわけもあるので私はタイラに笑顔で答える。
「別に。どうせドレスを着て人に見られてもなんとか鑑賞に耐えられる出来映えになるのもそう長くはないよ。背が伸びて、骨格が男らしくなってくればいずれ似合わなくて笑われるようになる。女装が報酬になるのも数年がいいとこだよ。
それに天下の魔獣討伐部隊、緑の騎士団の警備への対価がその程度で済むなら御の字、上等でしょ?
使えるものならなんでも使うべきだよ、タイラ。
似合わなくても笑いが取れたら話のネタにもなるんだからお得だよ?
恥は恥だと思うから恥なんだ。堂々としてればいいんだよ」
それも私のような図太い神経を持ってこそできるものかもしれないけど。
もしも将来私が団長みたいにゴツイ体型に育ったとしたら尚更いい話題だ。あの時はあんな格好も似合う美少年だったと場を和ませ、親しみもわかせられるかもしれない。こういうものは思いっきり楽しんでこそいい思い出にもなるというものだ。
「・・・ハルト様にも間違いなく商人の血が流れていますね」
そりゃあそうだよ、タイラ。
私は胸を張って言葉を返す。
「何を今更。当然でしょう?
仮にも私はこの国最多の従業員数を抱えるハルウェルト商会の頭だよ?」
一応ってつくけどね。
面目上の見掛け倒しだとしても私は物を売って稼ぐ商人。
多少ヤンチャなことをしても、基本は変わらない。
タイラはそんな私を見ながら微笑んで口を開いた。
「そうですね。今日改めてそう感じました。マルビス様の仰っていた通りですね。彼の方は本当に貴方をよく見ていらっしゃる」
「マルビスはなんて?」
またロクでもないことじゃないでしょうね?
今更だけど。
「『自分とはタイプが違うがハルト様も間違いなく商人だ』と。
自分が考えるのはあるものをどう売るかであって、ハルト様は売れないものをどうすれば売れるようになるかを考える御方だと。あの考え方があってこそのグラスフィート領の発展であり、ベラスミの開発事業であり、水道運河開設事業であると。自分の持つ力はハルト様あってこそ最大限に発揮できるのだと」
なんとなくマルビスの言わんとしてることはわかる。
あるものを客に欲しいと言われる前に先んじて用意し、売るのがマルビスなら、私は客にどうやって欲しいと思ってもらおうかと考える。
「流石マルビス。的を得た言い方ですね」
それを聞いていたイシュカが納得の口調でそれを肯定する。
「ハルト様が私に教えて下さったことと一緒です。『不便は当然ではなく改善すべき問題点である』と。私が貴方に一番最初に御教授頂いた言葉です。つまり物が良いのに売れないのは改良すべき問題点が残っているからだと、そういうことなのでしょう?」
言われてみれば確かにそうだ。
私はあの土地にいる腕の良い職人にキールを紹介することでよりデザイン性にも優れた良いものを作った。町にあった様々な道具を使いやすく改良することで商品を流行させた。
常に不便を解消する手段を模索している。
私が手掛けているものの多くは改善だ。
そりゃそうだ。私にモノを作り出す力などない。
「私は天才なんかじゃないもの。あるものを利用してるだけだよ?」
「それもまた才能なんですよ。どんなに良いものも使い方を誤れば宝の持ち腐れですからね」
生活というものは工夫次第で変わるものも多い。
凡才は凡才なりの知恵というものだ。
「まあその話はとりあえずいいよ。今日はお祭りだしね。
やるからには徹底的に、楽しまなくっちゃ。気合い入れていくよ」
「女装をですか?」
タイラが苦笑して尋ねてくる。
当然。
「勿論それも全力だよ。審査員席も予定通りミゲルが二人分用意してくれてるって言ってたし、楽しみだよね。面白いのがあったら是非ともウチの商会にスカウトしたいね。この先イベント企画要員も増やさなくっちゃ。大衆は飽きさせないようにしなきゃ私達みたいな観光娯楽産業はすぐに廃れちゃうよ。
あんまり気を抜いてると足元が崩れてるのにも気がつけなくなるからね。
より良く新しく、だよ。タイラ」
さあ準備開始だ。
イシュカとロイが選んでくれたのは瞳の色と相性がいいからと可愛いビタミンカラーのドレスだ。相変わらずロイは小物や化粧品、靴に至るまで同色系で揃えられ、バッチリ用意してくれている。
折角だし上手く美少女に化けられるといいなあ。
でもただ女装するだけってのも芸がないような気もする。
何かいい案はないものか。
面白味に欠けるのは私らしくないし一捻り欲しいところだ。
とはいえ準備する時間も殆どないし、ロイ達の美少女登場の期待を裏切るのもねえ。
美少女になれると決まってるわけではないけど。
まあ父様似とはいえ兄様よりもどちらかといえば母様寄り。中性的な顔立ちだからそこそこにはなるだろう。後はロイ達の欲目、贔屓目モードが発動するだろうからさして問題もあるまい。始めからそこに期待しているあたりは自分でも如何なものかと思わないでもないが審査員でもあるわけで、グランプリを獲るのもどうかと思うのだ。
折角用意した景品と特別賞、私が持って帰るのは違うだろう。
やはりイシュカには申し訳ないがある程度笑いを取る方向で。
そんなことを考えつつ、いつもの如くブツブツと呟きつつ考え込み始めた私をイシュカやタイラ達が微笑んで見守ってくれていた。