第六十五話 学院祭もいよいよ近づいてきました。
グラスフィート領の収穫祭が終わった翌々日の夜明け前、アルバイト学生達を送り届けつつ王都に戻った。
今回はベラスミ施設の開業前最後の追い込みが掛かっているので一緒に行くのはロイとイシュカ、他、ライオネルやランス、シーファを含めた獣馬持ちの護衛陣七人の合計十名。
何か非常事態が起きても獣馬の脚で駆けつけ、逃げ切るための人員だ。
陛下からベラスミの領主代行のことを聞いているのか団長は私がいる時は騎士団の敷地内から出なくなった。それだけ状況が緊迫してきているということなのかもしれない。学院の送迎も馬車となり、必ずイシュカとライオネルを含めた数人が警護に付けられた。
学院での講師業も三回目ともなれば慣れてくるものだ。
イシュカの手助けを借りつつ、その日の午前中の講義が終わるとロイの御弁当を持って商会事務局までやって来た。ミゲルに昨日相談を持ち掛けられたためだ。
学院祭も間近に迫っているためにミゲル達も忙しそうだ。
結局食事の提供は屋台料理を利用することにしたようで、ウチから七台、王都の有名屋台を五店、計十二店舗を設営、参加希望者と提供できる総料理数を把握して一人当たり三枚の食券を配ることにしたそうだ。早い者勝ち売り切れゴメンので参加するのが遅れるほど料理も選べなくなる。当日は周囲をランタンで飾り付け、商業ギルドに音楽隊の派遣を依頼、中央のキャンプファイアーを囲んでの収穫祭に近い形式で、イベントも色々と計画しているらしい。関わる人員も格段に増えているようだが基本的に商会業務に関係ないことでは時給が出ない。
それでも多くの生徒達が進んで手伝ってくれるようになったらしい。
「で、私に相談って何?」
ロイのお弁当を美味しく頂きながら食堂で昼食を済ませて来たらしいミゲル達と合流する。
しかしながら何か言いにくいことなのかモジモジとするばかりで話が進まない。
私が弁当を食べ終わるまで待っていたものの切り出す様子がなかったのでミゲル達に詰め寄った。
「いいから言いなよ。駄目なら駄目って言うから遠慮なくどうぞ?」
何事も聞いてみなければわからない。
私がそう言うとミゲルが小さな声で呟いた。
「・・・ハルトが色々と今忙しいのはわかってるんだが」
「うん、そうだね」
それは間違いない。
ベラスミのオープン間近とあって商会支部から送られてくる書類は山のようだし、私が学院にいる間にロイが仕分けしてくれているのでとても助かっているけれど、今は妄想に浸る暇がないので好都合といえば好都合。私の呟きを漏らさず聞き取り、書類に纏め上げるテスラは屋敷でマルビスの手伝いをしているし、外出する暇は少しくらいはあるものの、基本は自宅待機。騎士団敷地内ならほぼ安心。下手に彷徨いてみんなを危険に巻き込むのも本意ではないので休日前は授業が終わると図書館に寄り、本を借りて帰宅する。
つまり、読書をする時間くらいはあるわけで。
だからミゲルのお願いも内容によっては聞く時間も都合できる。
だから、
「でもね、ミゲル。あまり時間を取らないことや難しくないことなら友達のお願いをくらい聞く余裕くらいはあるよ?」
私がにっこり笑ってそう告げるとミゲルの顔がぱああっと明るくなり、おずおずと口を開いた。
「あのな、参加するみんなにハルトは来ないのかって何度も言われて」
「それで?」
キマリ悪そうにミゲルが口籠る。
「つい、その・・・」
言い掛けたミゲルの横から友人達の援護射撃が入る。
「ハルト様っ、ミゲル様は悪くないんですっ、ミゲル様は一生懸命断ろうと」
「それなのに女のヤツらが集団で取り囲んでっ」
なんとなく想像がついた。
私もその経験がある。
忘れもしないダンスの授業免除をもぎ取るための講義室。
あの時はレインが助けてくれたからことなきを得たわけだけど。
友人達はその時の状況を思い出したのかぶるりと身体を震わせる。
「やっぱ集団になると女って怖え〜よっ」
「全然顔付き変わりやがって、一人、二人の時は大人しかったのに詐欺だっ」
その気持ち、わからなくはない。
私もあの時泣きそうになってたし。
女性というものは集団になると強気になりがちだ。仲間を得ての発言権はそういう場面では特に男性達を押し退けるパワーを発揮することがある。
ミゲル達に同情しつつも尋ねてみる。
「それでなんて答えたの?」
特に責めるでもなく、問い掛けた私にボソリとミゲルが言葉を漏らす。
「一応参加は頼んでみるけど保証はできないって」
「でもアイツら絶対参加してもらえるように頼んでくれって」
「アレはお願いじゃねえ、脅迫だっ」
続く友人達の言葉に余程恐ろしい思いをしたのだろうと悟る。
だが引き受けてしまった以上仕方ないとミゲルは決死の覚悟で口を開いた。
「ずっといてくれとは言わない、何か一つ、ちょっと顔をだして挨拶してくれるだけでもいいから参加して・・・」
「いいよ。一つくらいなら」
なんだ、そんなことか。
ずっとその場にいてくれっていうなら無理だけど、一つくらいのなら参加するのもやぶさかではない。
一応私も学院関係者、前世の記憶の片隅に残る高校時代の文化祭。大学時代はアルバイトに追われてそれどころじゃなかったけど楽しかった思い出も僅かに残ってる。
ああいうものは一緒になって楽しんだ者勝ちだ。
私の言葉を確認するようにミゲルが聞いてくる。
「・・・良いのか?」
「いいよ。手を貸してあげられるところなら手伝ってあげるって約束したしね。
それでどんな催し物があるの?」
尋ねるとミゲルがおずおずとプログラムみたいなものを出してくる。
キャンプファイヤーを囲んでのダンスだけじゃなく、後夜祭を盛り上げてくれるような各部活動の発表会や個人芸、女装、男装コンテストなんてのもある。商会協力のもと、コンテスト出場者には無料で衣装が貸し出されるようになっている。
各クラス出場者と審査員を1人ずつだして、その場で点数を付けて競わせるのか。優勝者はダンスの相手も指名できるようになっている。拒否権もあるってことは一種の告白大会みたいなものか。
なかなか考えたものだ。
「ふ〜ん、面白いね。ミスター、ミスコンじゃなくて男装、女装にしたんだ?」
一般的な方向ではなくてちょっと異色なものもある。
「ああ、それか? 計画してた時にそれじゃあ一部が盛り上がるだけで面白くないって女子が」
それで男女逆転のコンテストにしたのか。
流石、女の子達はこういうことには敏感だ。
「まあね。外見で順位をつけられても後々揉め事になるだろうしね」
人の外見など順位をつけない方が平和というものだ。余計な諍いが起きかねない。
「どうしてだ?」
「例えばミゲル。ミゲルは陛下や団長に似て結構ハンサムだと思うけど自分が一番だと思う?」
フィアも陛下に似てるけど、ミゲルは団長よりの男っぽい顔立ちをしている。もう少し育ったら体格もガッシリとして、もっと団長に似てきそうだ。
私の質問にミゲルは何をいきなりとばかりにそれに応えてくれる。
「いや。思わんぞ? 人の好みは違うからな」
ナルシストではないわけか。
上等上等。昔ならきっとそうは答えなかった。
私は再び問いかける。
「じゃあ例えば隣にいるトーマスと舞台に上がって大差でトーマスに負けたらミゲルはどう思う?」
ミゲルは何を聞きたいのだとばかりに首を傾げる。
「? トーマスはイイ男だぞ?」
そうだね。
トーマスはミゲルの一番初めに出来た友達。
ミゲルの過去を知っていても、今のミゲルを見て友達になってくれた。私もすごくイイ男だと思うよ。
「でも想像してみて? ことあるごとに女の子に比較されて、やっぱりミゲルよりトーマスのほうがカッコイイよね、トーマスに比べたら見劣りするよね、王子って言ってもたいしたことないんじゃないって言われ続けたらどう思う?」
それは遠い前世の記憶。
比べられ、比較され、可愛くない、女らしくないと言われ続けていた。
あれは自覚していたって傷つくものだ。言われて嬉しいものじゃない。
ミゲルは少しだけ考えて口を開いた。
「・・・あまり気分良くないかもしれん」
他人の痛みを想像する。
それは人間関係を築く上で大事なことだと思うのだ。
自分が嫌だと思うことを人にしない、それだけでも自分の周りの敵は少なくなるはずだ。誰でも自分を傷つける相手を大事にしようとは思わない。
こうしてミゲルの成長を見ているとまるで自分の子供みたいに思えてくる。
実際には外見だけなら年下なわけだけど。
「例えばそれが自分じゃなくても、ミゲルが嫌いな相手がトーマスよりも順位が上で、やっぱりアイツはたいしたことないってトーマスが貶されたりしたらミゲルは我慢できる?
絶対トーマスの方がイイ男だってミゲルは思うでしょう?」
「勿論、当然だ」
そうだよね。
ミゲルはよく知っている。トーマスはすごくカッコイイ男なんだって。
私はそうだねと、大きく頷いた。
「ミゲルの言うように人は好みも価値観も違う。
だから順位なんてつけなくていいんだよ。
ミゲルにはミゲルの、トーマスにはトーマスの良さがあるんだから。
でも多分これなら順位をつけられてもそんなに問題も出ない。
似合わなくても笑いが取れるし、仮に絶世の美女が出来上がっても男が女よりも美人だって言われてそんなに嬉しいものでもないだろうし、現実に戻ればどんなに美人でも結局男だろで済むでしょう? それは女の子も大差ないんじゃないかな。やっぱり女の子ならカッコイイって言われるより美人だ、可愛いって言われたいでしょ」
私が言うことをみんな真剣に頷きながらしっかり聞いている。
「確かに。男が美人だ、可愛いって言われてもそんなに嬉しくないよな」
「やっぱ男はカッコイイって言われてこそだろ」
「こだわりがないヤツも稀にいるけど大多数は異性が恋愛対象だしな」
「俺もいくら美人でも男は勘弁だな」
ミゲルもミゲルの友達も納得したようだ。
そう、これは学院祭の夜だけの、ひとときの夢。
とびっきりの美男美女に変身しようと、思いっきり笑われようと関係ない。
ただの青春の一ページに過ぎないものだ。
こういったお祭り騒ぎは大好きだが残念ながら前世でもあまり参加した覚えがない。だったらこの際、この機会を利用して出させてもらおうじゃないの。
だがそれだけじゃ盛り上がりにも少々かけるだろう。
これは一部の子供が楽しむだけのものじゃない。
「そうだな。じゃあ後は出場者に張り切ってもらうためにこれらのコンテスト優勝者には二泊三日で来年のウェルトランド周年祭のチケットを提供してあげよう。
優勝者には家族一同御一行様で、三位以内の上位入賞者にはペアで。
アルバイト送迎か商会の定期便と一緒でいいなら馬車もだしてあげる。
宿の方は取れるかどうかわからないけど最低でも従業員寮に泊まれるようにしてあげる」
「でもそれじゃハルト様が参加ってことには・・・」
ミゲルの友人達の言葉にそういえばどれに参加するか言っていなかったのを思い出す。
私はミゲル達の書いたプログラムを指で指し示した。
「だから私が参加するのはコレ」
にこにこと微笑む私にミゲル達がその紙を覗き込む。
すると面白いくらいに表情が抜け落ち、次の瞬間、驚愕の声が上がる。
「・・・えっ、えええええ〜っ」
まあ普通にそうなるかもね。
私の出回っている評判からすれば意外すぎる選択だろう。
私が選んだのは女装コンテスト。
ハルスウェルトはこの国で誰よりも男らしいと男と称される子供。
実際には看板に偽り有りもいいとこだけど。
それにこれなら最大とも言える利点がある。
「コレなら出ても私だってバレにくいだろうし、参加者は男限定なわけだから女の子に囲まれなくても済む。公平を期すために当日は全員偽名で登場、名前は審査員の点数が出た後でってことでどうかな?
参加者名簿にくらいなら明日からでも名前載せて構わないよ」
そうすれば私も参加するって目に見えてわかりやすい。
だがもう一捻り欲しいところだ。
「後は審査員席くらいならイシュカと一緒なら座ってあげるよ。
普通クラスって確か一クラス三十人くらいだったよね」
上位入賞者にしか商品が出ないのでは他の生徒が楽しくない。
出場権を争って喧嘩になることもあり得るだろう。
ならば自分のクラスの勝利することに意義を持たせてしまえばいい。
「各コンテストで一人、審査員特別賞を私から授与しよう。その人のクラスにはハルウェルト商会で売り出し前のスイーツを週明けに届けてあげる。私の独断と偏見で会場を盛り上げてくれた人のクラスの全員分ね。つまり私が吃驚するようなとびきりの美男美女をみんなで作り上げて出してもいいし、思いっきりウケを狙って観客を笑わせてくれた人でもいいってこと。
そうすれば代表者だけじゃなくてクラスの他のみんなも代表者を応援、協力するでしょう?
但し、よそのクラスを妨害する行為は一切禁止、勝負は正々堂々だよ」
自分が出ても勝てない、でも勝てるヤツを出すことで自分にも得がある。
そう思わせることでみんなが協力しやすい環境を作る。
「どう? これならミゲル達の面目も立つ?」
私が問い掛けるとミゲルが大きく頷く。
「ああ、勿論だ。ありがとう、ハルトッ」
それは良かった。
じゃあ今日の話し合いはこれで終了ってことで。
私は食べ終わった弁当箱を閉じて椅子から立ち上がる。
さて、私はどうしよう?
可愛いドレスを着る機会なんて滅多にないし、今の私が普段そんなことをしたらトチ狂ったとでも思われそうだ。上級貴族の中には変わった趣味を持つ人も多くて女装癖がある人もいないわけではないみたいだけど。
以前にも一度、密偵の見張りをかいくぐり、気付かれず、怪しまれずに城に赴くためにドレスを着たっけ。あの時はまだ今よりも幼かったからそれなりの美少女になったけど今はどうだろう?
あれから私も背も伸びたし、ぷっくりほっぺも少しだけ肉が落ちた。
女装というのはハンサムやイケメンが必ずしも綺麗になるわけではない。
化粧映えする顔というものがあるのだ。
目立たないフツメンが吃驚するくらい綺麗になることも、クラス一の男前が吹き出すような笑える顔に変わることもある。その辺は工夫次第ということで。
「楽しみだねえ、イシュカ。もし優勝できたら私と一緒に踊ってくれる?」
やっぱり王道は美少女狙いかな。
私が歩きながら尋ねると即座にイシュカの返事が返ってくる。
「勿論です」
しかし私も前より男の子らしく成長しているし、体格も骨格も変わってきてる。
以前よりドレスも似合わないかもしれない。
それならそれでウケを狙っていくべきか?
「それとも優勝狙うより、笑いを取りに行こうかなあ。
イシュカはどっちがいいと思う?」
「私はできれば貴方と踊りたいので是非優勝を狙う方向で」
そういえば練習したことはあっても公の場でイシュカと踊ったことないね。
まだまだ練習の余地有りで人にお見せできるようなシロモノではないが。
私は相変わらずのイシュカの物好きさに呆れて隣を見上げる。
「私、イシュカの足、踏みまくると思うけど?」
「貴方と踊れる栄誉を与えて頂けるならその程度たいしたことではありません。足の甲の骨が折れようと、翌日足が倍に腫れ上がろうと絶対それは譲れません」
・・・・・。
さすがにそこまでひどくはない。多分、だけど。
笑顔で会話しながら出て行く私達の後ろ姿をミゲルやタイラ達が呆然と言葉を無くして見送っていたことに私は気付くことはなかった。




