第六十三話 コレは何の羞恥プレイですか?
二期目の講師業を終えて帰る時、フリード様達も一緒に移動をすることにした。
当面必要な荷物は一緒に持って行き、後は商会の定期便で必要に応じて運搬をすることになったため、三日前に一度王都の商会支部責任者のガッシュ達を連れてフリード様の御屋敷まで挨拶と打ち合わせにやって来た。
連隊長に連れられて、前日にバッチリ用意したスイーツを手土産に王都郊外に近い屋敷にお邪魔することになったのだが、馬車で訪問しようとしていたのだけれど馬好きとあってルナが見たいとフリード様の御母上にお願いされ、私が来訪すると待ちきれないといった様子で二人の御婦人が飛び出してきた。
「ようこそ、救国の英雄ハルスウェルト様。お会いできて光栄ですわ」
一人はフリード様と同じくらいの歳、となればもう一人は馬好きというフリード様の御母上か。活発なのもあってか随分と御若くみえた。
私はルナから飛び降りると貴族らしく礼をする。
「過分なお言葉と評価、恐れ入ります。どうぞ私のことはハルトとお呼び下さい。
この度は色々と当方の都合に巻き込んでしまい、申し訳ございませんでした」
まずは謝罪をすべきだろう。
自分のせいではないとはいえ、責任はある。
住み慣れた土地から引っ越してもらうことになってしまったのだから。
頭を下げた私の上からコロコロと女性らしい笑い声が降ってきて顔を上げる。
「あらっ、そんなこと全然構わなくってよ。
むしろ社交界では私達羨まれてるくらいですもの。この国の多くの流行の発信地であり、その商会のトップであるハルト様の私有地に住むことが許されるなんて、こんな栄誉なことはないわ。
ねえ、御義母様?」
「ええ。それに彼の地にはたくさんの馬がいて珍しい獣馬も多くいると聞いているわ。この子が王都でも噂の神々しくも美しいと評判の馬ね。触れても宜しくて?」
義理の母だと聞いていたが随分と仲が良く、雰囲気が似ているように思う。
イシュカが多分私好みだろうと言っていたのを思い出す。
確かに貴族の女性特有の、ツンッと御高くとまったところがあまり見えない、明るく活発な方達のようだ。
一緒に出て来た使用人達に指示を出し、早速ガッシュ達を連れて行き、荷物の運搬、その他について説明してくれるようだ。そうしてすべきことを済ませると、いまだ興奮気味のお二人に声をかけて諌める。
「ハルトが困っているだろう。二人とも少し落ち着きなさい」
一緒に暮らしている時間が長いからこそ似てきたのだろう。
やはり元々の資質だけでなく、人間というのは環境に大きく左右され、適応していくものなのだろうなあと思う。
それともフリード様の好みが母君みたいな方で、そういう女性を選んだのかも?
なんにせよこれから関わることが多くなる方々が私にとって好ましい方であるのは嬉しい限りだ。
私は微笑んで首を小さく横に振った。
「いえ、構いませんよ。この獣馬はルナと言います。
ですが普通の馬よりは間違いなく気性が荒いので御注意を」
私がそう言うと御母上の方が少しだけテンションを落として深呼吸した。
「心得てるわ」
気を落ち着けるように一度目を閉じた後、静かにゆっくりとルナに向かってその白い手が差し伸べるられる。ルナはその手を逆らうことなく受け入れ、優しく撫でられる鼻先に小さく鼻息を鳴らした。
「本当に綺麗な馬ね。羨ましいわ。こんな馬に好かれて。
私も男に生まれていたら絶対に乗ってみたかったのに」
そう呟く彼女にフリード様が声をかける。
「母上、獣馬は乗りたくてもそんなに簡単に乗れるものではない。
私が昔乗っていたセルジュも気難しかったでしょう?」
「そうだったわね。一緒なら大丈夫だからと遠乗りに連れて行ってもらう約束をした前日に招集がかかって、結局出兵した先でセルジュは亡くしてしまって・・・」
乗ることは叶わなかったのか。
余程残念だったのか、次第に小さくなる声にフリード様が困った顔をしている。だがフリード様のその表情を見て慌てて御母上の方が気にしないでとばかりに微笑みを作る。
フリード様が獣馬に乗っていたのは知らなかったけれど、考えてみれば前近衛連隊長であり、今でも剣の達人だ。昔、獣馬に乗っていたとしてもおかしくない。団長だって戦闘で獣馬を亡くしたことがあるという話も聞いている。そうでなくても馬の寿命は通常ニ十年くらいだそうだ。環境や食べる餌にもよるし、戦場に出るような馬なら更にストレスとかで短くなり、人より更に短い。ルナのような魔力量の多い馬なら長生きだと言うが実際どの程度長生きなのかはわからない。
それに獣馬は人を選ぶ。
亡くしたとしてもすぐに代わりが見つかるとは限らないし、以前は希少だったことを思えば選ばれるための馬さえいなかったこともあったかもしれない。
本当はフリード様自身が御母上を乗せてあげたかったのだろうけど。
余計なお世話かもしれない。
でも・・・
「あの、フリード様」
私はフリード様の袖口を引っ張ると、屈んでくれたその耳もとで提案を囁いた。
すると驚いたように目を見開き、私をマジマジと見つめてきた。
「良いのか?」
「はい、フリード様の御許しさえ頂けるのであれば」
フリード様の問いかけに私は頷いて答えた。
巻き込んでしまったせめてものお詫びに。
この程度のことがその償いになるとは思ってないけれど。
「感謝する」
私に礼を言ったフリード様に首を傾げる御婦人達に向き直り、フリード様は私の提案をお二人に告げる。
「母上、グラスフィートに向かう途中、人目につきにくい場所であればハルトがこの獣馬に一緒に乗せてくれるそうだ。どうなさいますか?」
同乗するのが彼女自慢の御子息、フリード様でないのは申し訳ないけれど。
フリード様から彼女の視線が私に移る。
「本当に? 本当に私を乗せて下さるの? この馬に?」
信じられないとでもいうように目を見開いて尋ねてきた。
「はい。私のような小僧と一緒でも御容赦頂けるということでしたら」
「勿論よ。こんなに嬉しいことはないわっ」
女性を乗せるのは初めてだけど。
ルナを畏れず、綺麗だと優しく撫でてくれるこんなに素敵な方なら構わない。
「御義母様ばかりズルイわっ、私も乗ってみたい」
すると奥方様からそんな声が上がった。
これから近い場所で生活していく人達、謂わばお隣さんみたいなものだ。
差別、依怙贔屓はマズイだろう。御近所付き合いは上手にしなければ。
「フリード様の御許可さえ頂けるのでしたら私は構いませんよ?
ですが、どうか内密にお願い致します。私は一応これでも婚約者を持つ身の上ですので、あらぬ噂が立つようなことは控えたいと存じますし、フリード様に御迷惑をお掛けするのも本意ではありません」
ここは押さえておかないと。
御婦人達の自慢話のネタにされるのくらいなら構わないが誤解を招くような事態は芳しくない。迷惑を被るのは私だけではなくフリード様もだ。機会があれば私を陥れようとしている貴族のエサになるのは望ましくはない。
「承知しているわ。ねえあなた、乗せて頂いても宜しくて?」
「ああ。このような機会は滅多にない。是非乗せて頂きなさい」
フリード様の許可が出たのであれば問題ない。
レイオット領との境目、検問所を抜けて暫くは街道も森や林に挟まれて人目も殆どない。そして街を抜ければまた暫くは森が続く、お一人ずつこちらでお乗り頂けば問題もないだろう。
「では当日は麗しいドレス姿ではなく、乗馬に適した格好でお願い致します」
私がそう言うと二人の御婦人は嬉しそうに私達を迎えて下さるためのお茶の準備に向かわれた。
素敵な女性達だと思う。
活発で、それでいて女性らしさを忘れていない。
前世の私にはとても出来なかった芸当だ。
「ありがとう、ハルト。結局私が叶えてやれなかった母の夢を叶えてくれて」
再び感謝の言葉を口にされるフリード様に私は小さく首を横に振る。
「いえ、光栄ですよ。美しい御婦人と御一緒できるのですから。
フリード様も青年男子と一緒に奥方様達を乗せるのは気が気じゃないでしょう? ですが子供の私ならば万が一もあり得ないですから」
フリード様は団長や連隊長とも交流がある。
お願いすれば二人は拒まなかったはず。
でもそれをしなかったということは御自分もあまり愉快な状況ではなかったのだろう。
その気持ちもわからなくはない。
自分の愛する女性達が強くて自分よりも若い他の男と相乗りなんて見たくはないに決まってる。いくら御自分が愛されているとわかっていたとしても嫌なものは嫌だ。
私の言葉にフリード様が苦笑する。
「君のそういう気遣いは本当に子供らしくないがね。
だが、心より礼を言わせてくれ」
そう何度も御礼を言われるほどのことではない。
私がルナに乗せるのは彼女達限定なわけではない。
父様達家族やフィア、ミゲルに陛下、側近のみんなは獣馬持ちのイシュカとガイ以外、よく一緒に乗っている。
フリード様がずっと叶えてあげられなかった御母上の望みだけど。
「ですがフリード様。ご存知かもしれませんが、今は辺境伯の抱える獣馬の数も増えています。貴方が今回賜った地位を返上されるのは当分先なのですから新しい相棒を手に入れることに挑戦してみては?
私の抱える護衛達も複数の者が今年獣馬に認められ、獣馬乗りになりました。
フリード様であればきっと獣馬に気に入られることと存じます。
ウチにもまだ主人の決まっていない個性的な獣馬が四頭ばかりおりますし、気が合えばお譲り致します。ですから次は是非フリード様御自身が奥様や母君を乗せて差し上げると良いですよ?」
諦めるには早過ぎる。
まだまだフリード様は男盛りといっても差し支えないだろう。
今は戦乱もなく、平和な世が続いているという。
ならば男性の平均寿命もきっと上がるだろう。
人生この先長いのだ。
私がそう言うとフリード様は目をまんまるくして私を凝視した。
「君は本当に子供らしくない」
「よく言われます」
そりゃそうですよ、中身オバサンの詐欺状態ですし。
苦笑した私にフリード様は晴々とした表情で呟くように言った。
「だが、ありがとう。そうだな、私もまだまだ諦めるには早いのかもしれないな」
また口にされた感謝の言葉。
だけど今度は意味が違う。私はそれをありがたく受け取り、続けた。
「そうですよ。男の価値を上げるのも下げるのも年齢や体力などでありません。
イイ男というものは幾つであってもイイ男だと私は思います。
その人が諦めず、そうあろうと努力をする限り。
私はそう、信じています」
年老いても、若くても。
その人が魅力的だと思う理由は一つではない。
溢れる若さがあったとしても、他者を圧倒できる力があったとしても、その人達が必ずしもイイ男だとは限らない。人を惹きつける力を持った、芯の強い、自分の大切な人を何があっても守り抜ける、私がなりたいのはそんな男なのだから。
「確かにな。君のような、まだ幼いと言っても過言ではないほど若くとも成人の男に負けぬ立派な男もいる。男は歳ではないのかもしれんな」
そうですよ。
少なくとも私はそう思ってる。
「私が立派な男であるかどうかは分かりませんが、フリード様は充分過ぎるほどだと思います。私も歳を重ねたらフリード様のような男になりたいと思いますよ?
そしたらきっと、今私の側にいてくれる者達も私を自慢に思ってくれるでしょうから」
フリード様が後ろに流した視線の先にはロイやイシュカ達がいる。
それを見て彼は微笑った。
「君は既に彼らの自慢だろう?」
「だと嬉しいんですけど。
ですが既に、ではなく私はこの未来もずっとそうあり続けたいんです。
彼らに変わらず私の側にいたいと思ってもらえるように」
一瞬だけならその人の英雄になるのは難しくない。
だけどそうあり続けるのは難しいと思うのだ。
私は誰にでも、ではなく、私の大切な人達にとっての最高の英雄であり続けたい。
そう思っているのだ。
こうして戻ってきた我が屋敷。
待っているのはウェルトランド建設計画初期の最後の目玉、劇場のオープンだ。
とは言っても決して豪華なものでも御上品なものでもない。
目指すは大衆が楽しめる大衆芸能や大掛かりな大道芸能、分かりやすく言うなら旅の一座や手品、サーカスみたいな類だ。そういうわけでここには二つの見世物小屋に毛が生えたような劇場が二つとそこそこに立派な劇場が一つ建設されている。料金は内容によって当然変わるわけで料金設定も演目や出し物によって当然変わる。だいたい目安は二カ月交代だが人気があればロングラン公演もあり得る。
今回は王国でも人気の旅芸人や一座を呼んだりしていると聞いているが将来的には劇団も持つ予定である。
商業棟の隔離病棟にはこういった方面を得意とする者もいる。
文学、芸術方面を得意とする者から人を驚かすのが趣味という奇術師まがいや自作の下手な詩に曲をつけ、歌だけは天下一品という一芸持ち、その他諸々の特化型の変人達の出番だ。一人、二人ではどうにもならなくとも組み合わせれば充分な見世物になる物も多い。商業棟の女子寮に大衆向けの冒険活劇やロマンス小説などを書くのが好きな人もいる。
是非とも彼らには特技を活かして腕を奮って欲しいものだ。
一緒に王都からやって来たフリード様達にはとりあえずウチの迎賓館に滞在して頂き、ゆっくりと私の私有地を見て回って頂いた上で、『ここがいい』という場所を決めて頂くことにしたが今はウェルトランドを楽しまれているようだ。フリード様もウチにいる黒毛の獣馬ハデスと相性があったようで、お近付きの印にとお譲りした。意外だったのはヘンリー様も緑毛のオシリスに気に入られたことだった。
いや、気に入られたというには些か語弊がある。
触らせもする。鞍も付けさせる。
手綱を引いても従うのにその背には乗せないのだ。
どういうことだと首を傾げるがヘンリー様を気に入っているのは確かなようで後を付いてまわったりする。なのに乗馬しようとすると逃げるのだ。そしてそれが幾度か繰り返されると体力のないヘンリー様は息が上がってその場に尻餅をつく。するとその頬に鼻面を寄せてくるあたりがよくわからない。
揶揄われているように見えるのが面白くないらしくヘンリー様がムキになるが、やっぱり懐いてくるのに乗せようとしない。矛盾してるように見えるのだがどういうことだろう?
するとその様子を見ていたフリード様が意味深に微笑った。
「多分気に入ったが気に入らないということなのだろう」
どういう意味だ?
全く逆の意味を持つ二つの単語。
「獣馬は心技体揃ってこそ手にすることが出来るものだということだ」
つまりはフリード様は欠けているものがあるということか。となれば後足りないのはおそらく『体』。すぐに息の上がる体力では不合格だとでも言いたいのだろう。
この先ヘンリー様がオシリスに乗れるようになるかはヘンリー様次第。
フリード様は日々の支部副団長仕事に追われながらもヘンリー様の手綱を取りつつも、お二人の御婦人と屋敷の建設場所を検討されている。
問題のヘンリー様がどうなったかって?
獣馬オシリスにも相変わらず懐かれているのに乗馬できない状態が続いている。
どちらかが飽きるのが先か、オシリスが認めるのが先かはわからないけど。
そして住まいは鉱石好きの変人、ジェットがベラスミに転勤になってから空いていたサキアス叔父さんの研究室横の工房に無事に入りましたとも。その上を改造して居住空間を整えたが自炊出来ないと言うので食事の時間はちゃんと自分で屋敷に来ることを条件に屋敷への出入りの許可を出した。
食い道楽らしいヘンリー様は食事の時間になるとほぼ忘れずにサキアス叔父さんと揃って屋敷のサンルームでカラルやエルドの入れてくれたお茶を味わいつつ待っている。
今は紙一重の天才同士、サキアス叔父さんと様々な談義に日々花を咲かせ、実に楽しそうだ。
この話だけ聞いていれば叔父さんが自ら食事に来るようになった分、キールの仕事も少しだけ減って、さして問題があるようには思えないだろう。
ところが問題大有りなのだ。
天才二人が寄れば、当然思考は加速する。
以前は『たまに』だった爆発、異臭騒ぎも今や『しょっちゅう』だ。
しかしそうなってくると『吃驚』も『またか』という日常に変化して、みんなも爆発騒ぎが起きてもあまり驚かなくなった。あれほど欲しいと望んでいた優秀な研究者は手に入ったものの悩みのタネは増えたわけで、何事も全て丸く、上手くとはいかないものだと実感する。こうなってくると逆にあの二人に割り込める人材を見つける方が苦労しそうだ。
とはいえ、いよいよ差し迫って来た柿落とし。
マルビス達の様子が明らかにおかしいのだ。
ミゲル達は学祭準備に追われているから今度の秋の収穫祭時にアルバイトに来てくれる生徒はこちらから迎えに行く必要がある。
劇場の柿落としはグラスフィートの収穫祭の日付の一週間前に設定し、この日は他領地からの訪問客も多い、折角だからお祭り気分をそのまま持ち込み、延長して我がグラスフィート領の収穫祭も楽しんでもらおうというわけだ。
そういうわけで学院生アルバイト期間は学院の休暇に入ってから二日後に迎えの馬車を用意する。収穫祭終了の翌々日に学院に送り届け、この間のシルヴィスティアの方も短期イベントが入っているのでこちらの方のアルバイトも同時に募集をかけていたから学院休暇と同時に私が専属護衛部隊と一緒に学院の休暇翌日にシルヴィスティアにこちらでのアルバイト学院生を、その翌日に今度はグラスフィートまで学院生を護衛して連れてくることにした。そして王都に戻るのと一緒に学院まで送って行き、更にはその足でシルヴィスティアの学院生を寮に送り届ける。
要するに私の仕事は学院生の送迎の警護だ。
もともと私は厨房仕事以外こういった時には役に立たないので率先して立候補した。
とかく私が表に出ると面倒なことに騒ぎになりがちだ。
普段なら領民が多いウェルトランドもイベント時には他領のお客さんが多くなるので、あの盛りに盛られている噂のせいで見物客が押し寄せて来るので下手をすれば他のお客さんの迷惑にもなりかねない。
それに大人数になれば普段はなりを潜めてる、よからぬ輩に狙われるとも限らない。
小悪党達の間では悪名高い私が送迎に出れば危険も少ないだろう。
グラスフィート家の紋章が刺繍された大きな旗を掲げて、一際目立つルナで迎えに出ることにした。
お迎えのための王都出発はいよいよ三日後、柿落としはその五日後。
なのだが。
何かにつけてマルビスは私を劇場に近づけたがらない。
やれ『これをお願いします』だの、『あれを至急で届けてくれませんか?』だの、普段は私に頼んでこないような雑事を振ってくる。
そりゃあ私にできることなど出迎えとお遣い、調理場くらいしかないけれど。
何かあるとは思うのだ。
多分劇場に、私に見せたくないものが。
「なんでそんなに私を劇場に近づけたくないの?」
隠されると暴きたくなるのが人間の性というもの。
気になって、気になって仕方がない。
「いや、別にそういうわけでは・・・」
珍しくお茶を濁すようなマルビスの物言いといい、見回すとさりげに私から逸らされる視線といい、明らかにおかしい。
「確かに劇場の出来上がりは確認してるし、マルビス達の仕事を疑ってるわけじゃないけど、私を遠ざけようとしてるよね、絶対」
それもマルビスだけではないのだ。
みんな揃ってだ。
強行突破して見に行っても構わないのだが、それはそれでみんなを信じてないようにも思えて気がひける。そんなに隠したがっているものを、ただ『知りたい』というだけで暴くのはどうかと思ってしまったのだ。
四階のリビングで私が両頬を膨らませて教えてもらえないことに拗ねているとそれをニヤニヤと愉快そうに寝っ転がって見ていたガイが口を開いた。
「別にそろそろ隠す必要もねえだろ? どうせもう変更きかねえんだろ?」
変更きかないとは?
意味がわからなくて頭に『?』がたくさん浮かび上がる。
つまりやっぱりあるわけだ。劇場に私を近づけたくない理由が。
最後にあそこに見学に行ったのは一週間ほど前だ。
外観も内装も全部仕上がっていて明日にでもお客さんを入れられると言っていた。
「まあ、そうなんですが」
マルビスが苦笑する。
「御主人様は今更既に準備万端出来てるものに気に入らねえからって無茶言って変更させるようなことはしねえよ。なあ?」
ガイに同意を求められて言葉に詰まる。
みんなに任せた以上文句を言うつもりはない。
つもりはないけれど。
「なんかすごく嫌な予感がしてるんだけど」
私が憮然とした顔で言うとガイが面白くてたまらないとでも言うように笑い出した。
「それ、多分正解だぜ?
まあ仕方ねえよな? 劇場完成記念、領民アンケートによる初の演劇公演演目リクエスト、ぶっちぎりで最多得票数を取られちゃそれで行くしかねえもんな。なっ、そうだろ?」
領民アンケート? そんなモン取っていたのか。
ここは平民、特にこの領地に住まう人に楽しんでもらうために作った場所。
喜んでもらうための聞き取り調査をするのは悪いことではない。
だが、そこまで考えたところでハタと気付く。
「・・・まさかっ⁉︎」
『当日の演目は知らない方が楽しみも増すでしょう』というマルビスの言葉に納得し、深く追求はしなかった。
平民の識字率はまだ低い。書物もまだまだ高級品。
子供達が知る物語は大抵親から伝え聞いたりするもので。
そうなってくるとその物語に一つだけ心当たりがある。
「やったな、御主人様。流石はグラスフィート領の英雄。
公開前から続編公演決定してるぜ? 脚本家キャロラインが伯爵や屋敷の使用人、警備員その他全面協力のもとに取材に取材を重ねて事実に基づく伝記として書籍化発行も決まってるらしいぞ?
ハルウェルト商会初の書籍出版決定、既に予約待ち状態だってよ。
有名人は辛いねえ。なあ、御主人様?」
・・・・・。
絶句した私の前にスッと差し出されたのは一冊の脚本。
マルビスがぽりぽりと顳顬のあたりを人差し指で掻きつつ、『すみません』と謝った。
その表紙に書かれていた題目は、
『ハルスウェルト物語 第一章 グラスフィートの英雄誕生篇』
第一章?
つまり続編もあるということか?
この恥ずかしい事態がまだまだ続くということか?
なんの羞恥プレイだコレはっ!
私は顔を真っ赤に染めつつもワナワナと震え、涙目で俯いた。
恥ずかしいと思いつつ、みんながよそよそしかった理由がコレだと知って少しだけホッとしたのだった。
だけど公演中は絶対足を運ぶもんかと心に誓った。




