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第六十話 無茶だろうが嫌なんです。


 商会事務所、チケット売り場の他にも商業ギルドと騎士団支部にも募金箱の設置許可をもらい、ロイやマルビス、イシュカやテスラ、キールとサキアス叔父さん達と一緒にウェルトランド内周遊馬車を一台貸切、サイラスを案内する。

 ガイも一応誘ったのだけれど予想通りに断られた。


 ここの規模に驚いたようで感嘆の息を漏らしつつキョロキョロと見渡している。

「随分と広大な敷地を確保されているのですね」

 サイラスが興味深そうに呟く。

 広いことは広いが、ここは湖周辺をぐるりと囲んでいるので尚更大きく見えるところもある。森の三分の一ほどは所有地とはいえリバーフォレストサラマンダーの保護区域として国に貸し出し、立ち入り禁止となっているし、各種工房や工場、馬場や従業員寮もあるので実際のところウェルトランドランドの施設自体の規模としては所有する土地の四分の一にも満たない範囲だ。

「最初はここまで大規模にするつもりはなかったんだよ。

 でも開発していく上で土地の値段が上がる前に確保してしまおうというマルビスの提案を受け入れてこの辺り一帯をその時持っていた金貨を注ぎ込んで買い付けたんだ。

 現在ここの私有地には千人以上の従業員が暮らし、二千人以上の者が働いてる。ベラスミや王都の他にも各地に流通拠点を構えてるから従業員が実際にどのくらいの人数なのか把握してない。多分ゲイルかビスクあたりならおおよそ知っているとは思うけど日々入社退社する人間もいるから完全把握は難しいだろうね。寮管理しているロイならここで生活している人数くらいならだいたい把握してるかもしれないけど」

 隣に乗っていたロイが難しい顔をして答えてくれる。

「通いまでは把握しておりませんけど入寮者なら昨日時点で総勢千五百三十七人、日雇などの住み込みが三百七十七人です。今日入れ替わりがあれば多少変動するかとは思いますがおおよそ千九百人ですね。港の方の建設工事要員も入れての数にはなりますが」

 行き違う従業員やお客さん達に手を振り返しながら馬車はモール街を抜けていく。

 当初から予定した建築物はほぼ完成、残すは劇場の内装くらいのものだ。

 そうなると次はベラスミに向かう街道整備と港の倉庫、周辺の宿泊施設や宿屋の整備ってところか。従業員のための寮もまだ増やす必要もあるだろうし、それに応じて施設、設備も順次揃えていきたいところだ。

 ここがみんなの暮らしやすい場所になるといい。


「すごい数ですね」

 驚いたサイラスの声に

「ここはハルウェルト商会の取扱商品生産工房もあるからな。ウェルトランドの従業員だけならここまで多くならない。その他にも通いでや日雇い、緑の騎士団支部もあるからここで暮らしている人数というと更に上乗せになる」

「だからこそ日々揉め事なども起こりますし、多数の仕事、商業登録の管理、それに付随するその他の雑事もありますから貴方の存在は貴重な商会の戦力になります。頼りにしていますよ?」

 テスラとマルビスがロイの言葉に付け加える。

 ここまでの人数となると既に町と言って差し支えない数だ。

「どこまでお力になれるかはわかりませんが尽力させて頂きます」

 心強い言葉にホッとする。

「サイラスが来てくれて助かったよ。これで少しはマルビスやゲイルの負担も減らせる。特にこの二人とも働きすぎだからね。他の商業班のみんなもだけど」

「貴方に言われたくありません。貴方の歳でこれだけの仕事量を抱えている方は王国中探してもどこにもおりませんよ」

 そうかなあ。

 積み上がった書類にウンザリすることも多々あるけれど。

「農家に生まれた子供とか他にも私より小さな頃から家の手伝いをしてるでしょう」

「それはあくまでも『手伝い』であって仕事ではありません」

 それは詭弁だと思うんだけどなあ。

 農作業はナメてはいけない。あれは大変な重労働というべき過酷な仕事だ。

 ここで言い争いをしていても仕方がないので黙っているけど。


「陛下の方の仕事なら私一人を見張るより事業のことならマルビス達の側にいた方が間違いないよ。基本的にマルビス達商業班が動かないとここの事業は拡大しないから。私が向こうにいる時は団長達から情報が回るだろうしね。

 明日には私達は王都に戻るけど、荷物は商会の定期便で送っていいんだよね?」

「ええ、特に見られて困るようなものは置いておりませんので構いません」

 向こうにいてもサイラスの仕事は多くない。

 私がうっかり妄想癖を発動して漏らし、テスラが書類を書き起こしたところでマルビス達にそれが渡らなければ実際の行動に移されることもないわけで、ここ二ヶ月余り側にいたサイラスはそれがわかってきたようだ。

 結局マルビスがこちらに帰ってきてしまってからは日中のシルヴィスティアの屋台での釣り銭計算くらいしか仕事がないわけで、それももうじきキリも着く。オープニング記念祭もあと数日、終わりが近いとなればその雑用ですら殆どなくなるのだ。となれば確かにこっちの本部にいてもらった方が間違いないのは確かだ。

「暇を見つけて一度ベラスミも見にいくといいよ。見るのと聞くのでは理解の差も違うだろうし」

「そうですね。ですがその・・・」

 言い難そうにサイラスが口籠る。

 なんとなく言いたいことはわかった。

「その時は馬車で護衛を付けるよ。それとも今は運河もあるから船でもいい。客船は出てないけど運搬用の商船なら出ているからそれでも良ければになるけど。陸路なら距離もあるし道も悪いからちゃんと配慮する。そこはマルビスと相談して?」

「よろしくお願いします」

 いつもの如く獣馬特急便で昨日王都から屋敷まで帰ってきたわけだが相当体に堪えたらしい。

 なんとなく気がついていたけれどサイラスは運動全般が苦手なようだ。

 それもかなりの運動音痴。乗馬の苦手なテスラがマシだと思えるほどには。

 何かに気を取られていると平地でも蹴躓いてコケる。それを自分でも理解しているので滅多にそんなヘマはしないがコケても態勢を立て直す反射神経もあまり恵まれていないようで、この間受け身も取れずに見事に顔面から地面に突っ込んでいた。その時はすぐに立ち上がり、目撃されていないかキョロキョロ見回したので咄嗟に扉の影にイシュカと二人隠れたのだが、見られていないことを確認するとホッと息を吐き、土埃を払うと何事もなかったかのような顔で歩き出した。

 もしかして、とは思っていたが見かけによらずかなり鈍臭いようだ。

 貴族だよね、一応? 

 学者肌のサキアス叔父さんでさえそれなりに剣は扱えるのだが。

 まあ人には得意不得意というものもあるし、知られたくないこともある。

 男のメンツというものもあるだろうからその辺りは深く追求しない。

 ドジっ子属性というほどひどくはないし見ないフリ、気づかないフリだ。


「でもよくウチに来ようと思ったね。こちらとしてはありがたいけど私達は結構貴族から嫌われてるし、正直厳しいかなって思ってたんだけど」

 ウチに味方するってことは他の多くの貴族から疎ましく思われるということと同意だ。

 だからこそ陛下経由でお願いしたんだし。

 勿論来てもらう以上サイラスの家族も守るつもりはあったし、必要なら私有地内に住まいを用意する気もあったがサイラスはいつも『大丈夫です』としか言わなかった。

「実家はハルト様を逆恨みするほどの理由もない田舎貴族でしたし、私は跡取りでもありませんからね。既に実家とも縁が切れてますし、ハルト様の下にというお話を頂いた時点で陛下にお願いして実家の戸籍は抹消して頂きました。下位の貴族は数も多いので後を辿られにくいですしね。実家を出た三男以下なら尚更です。上位貴族に恨む理由はあっても媚び諂う理由がないというのも一つの理由ですが私は貴方に憧れていたのですよ。

 子供の身でありながら、上の権力に屈することなく悪は悪だと断じ、迷うことなく鉄槌を降す貴方の姿に」

 その言葉だけ聞いていると本当に正義の味方みたいに聞こえてくるなあ。

 権力に屈することなくって言うより単に降りかかってきた火の粉を払ったにすぎないのだけれど。

 やられっぱなしは私の性に合わない。

 私は黙ってサイラスの話を聞いていた。

「私達家族は階級が低いからと上流階級の貴族に逆らえず、相思相愛の相手と結婚が決まっていた姉はそんな権力者に目をつけられて四十近く上の男に無理やり嫁がされ、自殺しました。

 私はそんな横暴な上流階級の者が許せない以上に抗う術もなく、結局従うしかなかった無力な自分が悔しかった。

 私はそんな自分でも抵抗する術を身に付けたくて法の道に進んだんです」


 言いたくはないがよくある話だ。

 サイラスの容貌から察するにお姉さんは結構な美人だったのだろう。

 気の毒に、と、そう言うのは簡単だ。

 だけどこういう理不尽はそんな言葉では語れないし、片付けられない。

 身分の高い者の前ではそれ以下の者にとって人権などないに等しいのが現実。

 そんなものお構いなしに私が楯突くことができたのは運が良かったからだ。

 最初にたまたま挙げた功績で目の敵にされたものの、たかが子供と侮られていたからそこそこ限られた自由の中で動くことが出来たし、生意気なことを吐いても所詮子供と見縊られていたからその内下手を打つと思われて監視の目も緩かった。脅威と思われていなかったから口先だけのことと見逃されていたのだ。

 だが色々な事件に対処していく過程で団長や連隊長に会い、イシュカ達に出会って陛下の覚えもめでたい今の位置にまで上り詰めた。

 別の意味で運がなかったとは思うが陛下の後ろ盾がなければここまで来れなかったのも確かだ。

 実際弱い立場の者を守る法律が無いわけではない。

 だが金と権力という強大な力はそれを凌駕する。

 それは何もこの世界に限った話ではない。

 法律というものは大概においてその時の権力者に都合良くできているものが多いのだ。

 当然だ。

 だってその法律を作っているのがその権力者達なのだから。

 抜け道、言い訳、逃れる術を用意した上で自分達に都合が良い制度、法律を改正して制定する。上流階級の人間が得をするようなものに作られているのが現実だ。こんな世の中を変えなきゃいけないと思うけど私にはそんな力はないし、あったところでこういう問題は表に出てこない。

 どう法律を変えたところで穴というものは存在する。

 あらゆる手段を講じられ、真実は捻じ曲げられるのだ。

 金、権力、暴力、その他光に潜む影の力は簡単に払拭できはしない。

 より多く、大きな力を持つ者が支配するのは自然の摂理。

 どんな綺麗な言葉で取り繕おうとも、平和な世の中になろうともそれは変わることはない。

 誰かの利益は他の誰かの不利益であり、誰かの幸せは誰かの不幸せ。

 全員が公平な世界など存在しない。

 誰だって自分の掌の上にある幸せをこぼさないようにするので精一杯だ。

 それは私も例外ではない。

 私が幸せになることで私の知らない誰かが不幸になるとしても、私は私と私の大事な人達の幸せを守りたいと思う。

 誰かの幸せのためなら自分は不幸でもいいなんて思えない。


「ですが来る仕事は上の地位の貴族の有利に働くよう取り計らうような案件ばかり。結局私一人の力では強大な権力に逆らうこともできませんでした。

 己の無力さを嘆き、何もかも嫌気がさし始めたそんな時、貴方の噂を耳にしたんです。自分の大切な者を守るために自分よりも遥かに上の地位の者にも屈することなく己の意志を貫き、見事にやり込めてみせる貴方に憧れました」

 確かに上の身分の人達にくって掛かってましたけれどもね?

 それは私の後先考えない負けん気の強さ故のものですよ?

 決してそんな御大層なものではありません。

 物は言いようとはよく言ったものだ。

 語るサイラスに自分の今までしでかしてきた様々な過去が蘇り冷や汗がたらりと流れたが、雰囲気的に訂正し辛くて黙って彼の語る話を聞いていた。

「私は貴方のもとで働きたいと、そう思いました。

 でも私には力が足りない。そう気がついてこの二年間、周囲に認められるべく必死に仕事をしてきました。つまるところ、私は陛下に注意されるまでもなく、既に貴方にタラシ込まれているというわけです。それを陛下に見抜かれた上でのあの言葉だったのでしょうね」

 ・・・・・。

 私は私の目の届かないところまでタラシ込んでいるというのか?

 流石にそんなところまでは責任持てないのだが、しかし、

「世間一般に出回っている話を聞いてたって憧れてたってことは実物見て幻滅したんじゃないの?」

 あのどこをどう聞いても私の事とは思えない美辞麗句の数々。

 アレを耳にしてここに来たというなら最早詐欺と言えなくもない。

 私がそう尋ねるとサイラスは少しだけ笑って首を横に振った。

「いえ、全然。吃驚はしましたけど伝え聞くような人物像とはまるで違う、人間味溢れる姿により一層惹きつけられました」

 ? ? ?

 だからどこをどう見て、どうとればそういう結果に結びつくのか。

 これは何かよからぬ魔法か呪いでも掛かっているのかと疑いたくなってしまう。

 ただ言えるのは一言だけだ。


「やっぱり世の中って物好きが多いよね」


 呆れ返るほどに多いと思う。

 私の言葉にサイラスは更に微笑みを深くする。

「人は完璧なものには惹かれないものですよ。不完全だからこそ親しみを覚え、魅力的に感じるものです」

 確かに私はポンコツだけど。

 やはり何かの呪いが掛かっているに違いない。

「完全では私達が支える必要がないということになってしまいます。

 足りないところを自分なら補える、そう思えばこそ尚更お側にいたいと強く思うものだと私は思いますよ?」

 サイラスの言葉に思い当たることは幾つかある。

 私が自分に足りないものが多すぎて迷惑をかけてごめんねと謝罪した時などによくみんなに言われる言葉。

「そういえばロイ達にもたまに言われるよ。自分の仕事も残しておいてくれって」

 自分達が側にいていいのだという理由を残しておいて欲しいと。

 だから私はこのままでいいのだと。

 私のポツリと呟いた言葉にサイラスが苦笑する。

「でしょうね。貴方はマルビスが言うように働きすぎなのですよ」

 そんなつもりはないのだけれど。

 でも確かにマルビス達の仕事を増やしている原因の発端は私とも言えなくない。

 私が不用意にした発言のせいで怒涛のように仕事が押し寄せる。

 そんなに慌てることも、急ぐ必要もないと言ったところで私が逆の立場でも誰かに先に越される前にと、きっと思ってしまうだろう。そうなればじっとしていられる保証はできない。 

 要するに私が余計な事を口走るからいけないのか。

 これはよくよく戒めてこの先、己の言動に注意しなければ。


「気をつけるよ。みんなには長生きしてもらわないといけないから」


 私がそう言うといきなり会話と脈絡のない言葉にロイ達が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 なんでそんな意外そうな顔をするかな?

 別におかしなことでもないでしょう?

 みんなはずっと私の側にいてくれると言った。


「だってみんな私より十歳以上歳上だもん。置いて逝かれるのだけは絶対嫌」


 最期の一人になんてなりたくない。

「私がしわくちゃのお爺ちゃんになっても側にいて欲しいから頑張って長生きしてね。ずっと側に居てくれるって約束したんだから私より先に死ぬのは絶対許さないよ」

 やっと手に入れた自分の居場所。

 独りきり残されるなんて死んでも嫌だ。

 ロイやマルビス、イシュカやテスラ達をジッと見て私はそう言った。

 無茶だろうがなんだろうが嫌なものは嫌だ。

 たった一秒でもいいから私より長生きしてもらわなきゃ駄目。


「それは大変そうですね。私が貴方より何歳歳上なのか御存知のはずですが?」

 クスクスとロイが笑いながら呟いた。

 勿論知ってるよ。

 それでもその言葉を引っ込めようとしない私にロイが嬉しそうに微笑んだ。


「ですが滅多に聞けない貴方の我が儘ですから出来る限りの努力は致しましょう」

「ええ、そうですね」

「努力は致しますよ、勿論」

「無茶なこと言いますね、全く」


 ロイ、イシュカ、マルビス、テスラは笑ってそう言った。

 強引に取り付けたその約束が果たされるかどうかはわからない。

 だけど、それでも、側に変わらずみんながいてくれるつもりがあるのだという事実が、


 私は泣きたくなるほどに、本当に嬉しかったのだ。



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